東京高等裁判所 平成18年(行コ)65号 判決 2006年8月17日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人が,控訴人に対し,平成13年12月25日付けでした,平成9年8月分から平成13年8月分に至る,原判決別表1記載の年月分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分及び不納付加算税の各賦課決定処分を取り消す。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第2事案の概要
1 本件は,控訴人が,社債の発行会社(3社)との間で,それぞれ控訴人が一定の金額を受領し,社債の償還債務の履行を引き受けることなどを内容とする契約(「デット・アサンプション契約」と称されている。)を締結し,同契約に基づき,各社債の元利金の支払期日に,各社債の支払代理人に対して当該元利金を支払ったところ,被控訴人が,控訴人に対し,控訴人が支払った上記社債元利金から各社債発行会社から受領した金員を控除した差額相当額について,「預貯金の利子」を国内で支払ったものであるとして,源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分をするとともに,不納付加算税の各賦課決定をしたため,控訴人が,被控訴人に対し,上記差額相当額は「預貯金の利子」に当たらず,また,その支払は「国内において」支払われたものではないなどと主張して,上記各納税告知処分及び不納付加算税の各賦課決定処分の取消を求めた事案である。
原判決は,控訴人による上記差額相当分の支払は「国内において」,「預貯金の利子」を支払ったことに当たるなどと判断し,上記各納税告知処分及び不納付加算税賦課決定は適法であり,控訴人の請求は理由がないとして棄却した。
控訴人は,これを不服であるとして,本件控訴を申し立てた。
2 前提事実及び争点は,次のとおり控訴人の当審における補充主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決4頁20行目の「利息を加算した金額」の次に「であるが,甲との契約書においては,一定の基準により決定する返還価格を支払うものとされている。」を加える。
(1) 利子等該当性について
ア 本件各契約は,委任契約にすぎず,消費寄託契約の性質を一切有していないから,本件各契約に基づき本件各社債発行会社が控訴人に支払ったA金員は所得税法23条1項の預金に該当しない。原判決は,消費寄託契約と委任契約が複合した契約であるとするが,契約条項にも消費寄託契約であることを明示するものはないばかりか,「払戻不能な資金」,「発行会社はバンクから本件支払資金の返還を受けることができない」との条項があり,返還請求権が存しないことが明記されているのであって,原判決の判示は誤りである。
また,本件各社債発行会社が控訴人に支払うA金員は,履行引受という委任事務処理に要する費用であり,前払いが義務づけられていること(民法649条)と整合する。このA金員は,履行引受の事務遂行と等価であり不足しているものではない。
イ 仮に,A金員が所得税法23条1項の預金に該当するとしても,控訴人と本件各社債発行会社との間で利息に関する合意は一切存しないから,本件金員は同条の利子に該当しない。
ウ 経済的実質をみても,本件各社債発行会社が得た利益は,金利が下がった場合に借換えをすることによる「金利差益」であるから,本件金員は預金の利子に該当しない。
エ 源泉徴収義務の成立要件を満たしていないこと
本件各社債発行会社は,控訴人に対して預金(預託金返還請求権)を有していないし,利息債権も有していないことは既に述べたとおりであるから,本件各社債発行会社が自己の「預金の利子」を収受することはあり得ない。控訴人が受け入れたA金員について,たまたま定期預金勘定を用いて会計処理を行っていたことは上記実質を左右するものではない。以上のとおり,本件各社債発行会社には,本件各契約により所得税法5条3項に規定する「預金の利子」は生じておらず,控訴人が本件各契約に従って支払った本件金員を利子と評価することはできないから,同法212条3項の源泉徴収義務の成立要件を充たさない。
(2) 国税通則法67条1項但書の適用について
控訴人が本件告知処分に係る税額を法定納期限までに源泉徴収し納付しなかったことには,以下のとおり「正当な理由」があるから,本件不納付加算税の賦課決定処分は違法である。
ア 明確な法令及び通達が全く存しないこと
デット・アサンプション契約が締結された場合に,社債発行会社等が銀行に支払う金員が「預金」に,本件金員のような差額が社債発行会社等において取得する「利子」に該当するか否かについて,これを明確に定めた法令及び通達は一切存在していない。
イ 社会通念上「預金の利子」と考えることが困難であること
社会通念上,「預金」というのは,後日に同額の金銭の返還を受ける約束の下に他人に金銭を預けることをいうとされているが,デット・アサンプション契約に基づく本件金員のような支払が,社債発行会社等に帰属する「預金の利子」であると認識することは極めて困難であった。
ウ 会計上利子でないとされていること
会計上の取扱いにおいても,デット・アサンプション契約によって社債発行会社等の企業側に生ずる損益は,償還差益損であり,「預金の利子」とはされていなかった。
エ 国税庁は「利子」に該当しないという公的見解を表示していたこと
国税庁調査課主査藤村和男「週刊税務通信2519号」や国税庁調査査察部調査課秋山秀仁「税理41巻3号」では「デット・アサンプション契約については,…… 経済的実質を重視して,原則的に契約実行日に債務の一括弁済が行われたものと同視してこれに伴う償還差損益の計上を行うことを認めている。」旨の記載がなされている。このように国税庁職員が顕名で課税実務を解説し,あるいは課税庁の認識を反映している等と認められる記述がされ,国民に対して指針的なものとして一定の影響力を持ち,国民にとっても,そこに示された内容について一定の信頼を置くものと推認されることに照らせば,国民の信頼を保護すべき程度にまで課税庁による公的見解の表明があったということができる。
以上のとおり,控訴人には,「行政上の制裁を課すること」が「不当あるいは苛酷とされるような事情」が存在するから,国税通則法67条1項但書の「正当な理由」が認められる。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は,次項に「控訴人の当審における補充主張に対する判断」を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第3,第4に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴人の当審における補充主張に対する判断
(1) 控訴人は,本件各契約は委任契約にすぎず,消費寄託契約の性質を一切有しておらず,本件各契約に基づき本件各社債発行会社が控訴人に支払うA金員は,履行引受という委任事務処理に要する費用であり,前払いが義務づけられていること(民法649条)と整合し,かつ,履行引受の事務遂行と等価であるといえるから,所得税法23条1項の「預金」には当たらない旨主張する。
しかしながら,引用に係る原判決の「事実及び理由」中の第3の1の(3)記載の事実に基づき検討すると,控訴人は,本件各社債発行会社から,控訴人において当該金員を費消し,運用することを認める前提の下に,A金員の寄託を受けるとともに,本件各社債の元利金の支払日に,A金員及びその運用の対価としてあらかじめ定められた利率により算定された本件金員との合計額であるB金員を,預金者である本件各社債発行会社に対して直接払い戻すことに代えて,本件各社債の元利金の支払債務の履行のために,本件各契約上指定された原契約の相手先に対して支払う旨の合意が成立したものと認められるのであり,控訴人は,この支払により,預金(利子を含む。以下同じ。)の払戻しを行ったもの,あるいは,本件各契約における合意に基づき,その支払による求償権と預金の返還請求権とが相殺され,預金を返還したのと同一の効果が生じたものとみることができる。したがって,本件各契約は,控訴人が本件各社債発行会社から社債元利金支払日を返還期限としてA金員の預託を受け,A金員に預託を受けた期間に係る利子に相当する本件金員を加算した額をB金員として返還するという預金契約(消費寄託契約)と,預託されたA金員及びその利子を原資としてB金員を本件各社債発行会社に代わって支払うという委任契約が複合した契約であって,A金員の預託は「預金」に当たり,本件各金員はその利子に当たると認められる。控訴人は,控訴人と甲との本件契約書で表記されているA金員についての「deposit」は「預託」ではなく,「支払」と翻訳されるべきであり,また,他の社債発行会社との本件契約書では「deposit」が用いられてないのであるから,控訴人が本件各社債発行会社からA金員を預託されるということはない旨主張するが,資金の支払との翻訳がより的確であったとしても,そのことから各社債発行会社が預金の認識を有していなかったとはいえず,また,控訴人においても預金の認識を有していたことは前記引用にかかる原判決の「事実及び理由」中の第3の1の(3)のエ,オ記載のとおりである。
そして,委任契約では,委任者は受任者に対して経済的負担をかけないのが通常であり,受任者は,費用前払請求権及び費用償還請求権を有し(民法649条,650条),委任事務を処理するための費用は,本来,委任者が全額を負担すべきものとされているが,本件各契約が委任契約の性質しか有しないものとすると,控訴人が本件各社債発行会社から受領したA金員よりも多額であるB金員を支払わなければならず,かつ,これについて精算義務も認められていないことを合理的に説明することが困難である。この点につき,控訴人は,A金員は,支払日に支払うべきB金員を現在の価値に換算したものであるから,B金員と等価であって前払費用であることに変わらない旨主するが,原判決に判示(10頁のイ)のとおり,B金員からA金員への換算は,本件各契約時の市場実勢金利に基づく割引率を用いて現在価値に割り引くことによりなされるというものであるところ,控訴人においてB金員とA金員との差額を当然に獲得できることが担保されているものではないから,両者が等価であるとはいえない。控訴人は,受領したA金員を自由に運用することができ,現に原判決判示のとおりA金員を「定期預金」の勘定科目に計上してこれを管理し,本件金員を「支払利息」の勘定科目に計上する会計処理をしていたのであるが,このように控訴人においてA金員を自由に運用することができるということは,委任契約のみであるとする場合の効果を超えているものというべきである。
さらに,本件各契約によると,本件各社債発行会社は,控訴人が各社債元利金の支払義務を負担している間,控訴人からA金員の返還を受けることができない旨定められているが,これは,控訴人が受任した各社債元利金支払のための原資となることが予定されているところ,その支払が行われるまでの間に払戻しがされれば,控訴人の上記支払の履行が不可能になるため,本件各社債発行会社が自ら払戻しを受けることが制限されているにすぎないのであり,換言すれば,本件各契約が控訴人に各社債元利金の支払を委任する内容を含んでいることから,その支払を行うまでの期間は,返還請求権の行使が制限されているにすぎないと解されるのであり,そもそも本件各社債発行会社にA金員についての払戻請求権がないということはできない。
したがって,控訴人の上記主張を採用することはできない。
なお,控訴人は,定期積金に対する給付補填金は,経済的実質は預金の利子であるのに,所得税法23条1項の「預金の利子」に当たらず,同法35条の「雑所得」に当たるとされているところ,本件各契約が預金契約(消費寄託契約)の法的性質を有していない以上,経済的実質が預金である側面を有していたとしても,定期積金についての取扱いと同一にすべきであるから,A金員の支払をもって「預金」ということはできない旨主張するが,上記のとおり本件各契約が預金契約の性質を有しないという前提そのものを採用することができない(定期積金契約は,消費寄託ではなく,銀行等が積金の受入れと見合って反対給付を行う一種特別の双務契約とされているため,定期積金に対する給付補填金は,「預金の利子」に当たらないとされている。)から,この主張も失当である。
(2) 控訴人は,仮にA金員が「預金」に当たるとしても,控訴人と本件各社債発行会社との間で利息に関する合意は一切存しないから,本件金員は所得税法23条1項の預金の「利子」に当たらない旨主張する。
しかしながら,本件各契約においては,本件各社債発行会社がA金員(A金員は,B金員を一定の割引率によりA金員を受領する時点の現在価値に割り戻した金額を基に決定される。)を控訴人に預託し,控訴人が社債元利金の支払日にB金員を支払って,A金員及び本件金員を各社債発行会社に返還する趣旨が合意されていることが明らかであるから,A金員を超える本件金員は,A金員の預託によって本件各社債発行会社に発生する利子とみるべきであり,そのような契約がされている以上,控訴人と本件各社債発行会社との間に利子を支払う合意が成立していたものと認めるのが相当である。
したがって,控訴人の上記主張も採用することができない。
(3) 控訴人は,経済的実質をみても,本件各社債発行会社が得た利益は,金利が下がった場合に借換えをすることによる「金利差益」であるから,預金の「利子」に該当しない旨主張する。
しかしながら,控訴人が主張する借換えの例は,新たな負債によって得た資金で旧来の負債を返済する取引であり,本件各契約とは全く異なるものである。また,本件各契約に基づく本件金員は,預託されたA金員の自由な運用に対して,約定された一定利率により算出され支払われる金員であり,借換えによって生ずる利息負担の減少すなわち金利差益とはその本質において異なることが明らかである。経済的実質をみても,本件金員と,金利が下がった場合に本件各社債発行会社が借換えによって得る金利差益とを同一視できる合理的根拠を見出すことができない。
もっとも,本件各社債発行会社は,本件各契約を締結したことにより,社債元利金返済債務を繰上償還したものとしてオフバランス化する会計処理をとることができるけれども,これによって本件金員の預金の利子としての性質が失われることはないものというべきである。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(4) 控訴人は,本件各社債発行会社は,控訴人に対し預金返還請求権を有しておらず,また,控訴人から預金の利子も収受していないのであるから,本件各社債発行会社に預金の利子税の納付義務は発生しておらず,したがって,控訴人の源泉徴収義務もない旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件各社債発行会社が交付するA金員は「預金」に当たり,同会社の預金返還請求権の行使は本件各契約の目的達成のために制約されているにすぎず,社債元利金支払日に控訴人から支払われる本件金員は「利子」に該当し,本件各社債発行会社が預金の利子税を納付すべき義務があったといえるから,この点に関する控訴人の上記主張も採用することができない。
控訴人は,本件各契約に基づき,控訴人が社債元利金を支払ったことについて,事前の合意に基づき,本件各社債発行会社の求償債務と控訴人の預託金返還債務とが相殺されるとしても,求償債務額が預託金返還債務額よりも多いのであり,控訴人が利子を支払ったことにならないから,源泉徴収義務の成立の要件である「預金の利子」の支払を欠く旨主張するけれど,相殺に供される控訴人の預託金返還債務には預託金に対する利子も含まれているものであるから,これと異なる前提に立った控訴人の上記主張を採用する余地はない。
(5) 控訴人は,国税通則法67条1項但書の適用について,本件各契約のようにデット・アサンプション契約がなされた場合,社債発行会社等が銀行に支払う金員が「預金」に当たるか,本件金員のような差額が「利子」に当たるか否かにつき,これを明確に定めた法令及び通達はないうえ,本件金員の支払が社会通念上預金の利子であると認識するのは極めて困難であったのであり,会計上の取扱いにおいても,デット・アサンプション契約によって生ずる企業側の損益は,償還差益損と目されており,国税庁職員が税務雑誌上でデット・アサンプション契約による社債発行会社側に生ずる損益は「預金の利子」に該当しない旨の見解を明示していたことなどの事情からすると,控訴人が本件各納税告知処分に係る税額を法定納期限までに源泉徴収し納付しなかったことについて「正当な理由」があったというべきである旨主張する。
しかしながら,デット・アサンプション契約による差額分の支払が「利子」であるか否かについて明確にした法令及び通達上の基準等が存在しているとは認められないものの,そのような事情が「正当な理由」があると認められる場合に当たらないことは明らかである。また,上記差額分の支払が預金の利子ではないとする社会通念があるとは認め難く,むしろ控訴人は,前記のとおり本件各社債発行会社からのA金員を「定期預金」勘定に計上して管理し,本件金員を「支払利子」勘定に計上して会計処理をしていることなどからすると,本件金員が預金の利子であることを認識することができたというべきである。そして,税務雑誌上で発表された国税庁職員の見解は,デット・アサンプション契約について社債発行会社における法人税の税務上の取扱いを述べるものにすぎず,これにより国税庁が,デット・アサンプション契約による差益が「預金の利子」に該当しないという公的見解を表示していたものと認めることはできない。
以上によると,控訴人は,税法の解釈,適用について自らの解釈に基づき,源泉徴収税の徴収及び納付をしなかったものといわざるを得ないから,本件各納税告知処分に係る源泉所得税を法定納期限までに納付しなかったことについて「正当な理由」があるとは認められず,控訴人の上記主張は採用することができない。
3 よって,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宗宮英俊 裁判官 坂井満 裁判官 畠山稔)