東京高等裁判所 平成19年(う)1087号 判決 2007年12月10日
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金20万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は,検察官髙木和哉作成名義の控訴趣意書及び検察官藤宗和香作成名義の控訴趣意書補正書記載のとおりであり,これに対する答弁は,主任弁護人原木詩人及び弁護人小林喜浩連名作成名義の控訴答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。
第1 論旨に対する判断
論旨は,法令適用の誤りの主張であり,要するに,原判決は,「被告人は,世田谷区長が指定する者以外の者であるのに,平成16年6月23日午前9時40分ころ,世田谷区清掃・リサイクル条例第35条第1項に規定する一般廃棄物処理計画で定める所定の場所である東京都世田谷区代沢2丁目2番先路上において,同所に置かれた古紙を収集したため,同日,世田谷区長から,同条例第31条の2第2項の規定により,古紙,ガラスびん,缶等再利用の対象として区長が指定したものを収集し,又は運搬する行為を行わないよう命ぜられた者であるが,同年11月10日午前7時24分ころ,上記一般廃棄物処理計画で定める所定の場所である同都世田谷区代田2丁目23番3号先路上において,同所に置かれていた再利用の対象として区長が指定したものである古紙約12.1キログラムを普通貨物自動車に積み込んで収集し,もって上記命令に違反したものである。」との世田谷区清掃・リサイクル条例(以下「本条例」という。)違反の公訴事実に対し,おおむねそのとおりの外形的事実の存在を認定しながら,本件罰則の適法性・有効性を疑問視し,「『持ち去り行為』を一律かつ無条件で禁止した上,1回の命令の存在を要件として違反者に対して刑罰を科することとしている区条例・区規則は,実質的にみて廃棄物処理法7条1項ただし書に違反し,地方自治法所定の地方公共団体の条例制定権の範囲を超えたものと判断」するとともに,「犯罪構成要件としての明確性・公示性に欠けているなどの理由によって無効といわざるを得ないと判断した」と判示して,本件公訴事実に対し無罪の判決を言い渡した,しかしながら,上記原判決の判断には,法令の解釈・適用に重大な誤りがあり,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決は到底破棄を免れない,というのである。
そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに,原判決が,本条例の罰則規定は,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)7条1項ただし書に実質的に違反し,犯罪構成要件としての明確性・公示性にも欠けているなどとして,これを違法・無効と判断し,公訴事実記載の被告人の行為は罪とならないとして,被告人を無罪としたのは,法令の解釈・適用を誤ったものというほかなく,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決は破棄を免れない。以下,説明する。
1 まず,本条例及び本条例施行規則の関係規定等を概観しておく。
(1) 本条例は,31条の2第1項で,「第35条第1項に規定する一般廃棄物処理計画で定める所定の場所に置かれた廃棄物のうち,古紙,ガラスびん,缶等再利用の対象となる物として区長が指定するものについては,区長及び区長が指定する者以外の者は,これらを収集し,又は運搬してはならない。」と規定した上,同条2項で,「区長は,区長が指定する者以外の者が前項の規定に違反して,収集し,又は運搬したときは,その者に対し,これらの行為を行わないよう命ずることができる。」と規定し,79条1号で,「第31条の2第2項の規定による命令に違反した者」は,20万円以下の罰金に処すると規定している。そして,本条例施行規則は,本条例31条の2第1項に規定する「再利用の対象となる物として区長が指定するもの」は,「古紙,ガラスびん及び缶」とし,同条に規定する「区長が指定する者」は,「世田谷リサイクル協同組合」とする旨を定め(同規則22条の2),本条例31条の2第2項の規定による「収集又は運搬の禁止命令」は,その「処分の理由及び内容を記載した書面」により行うものとする旨を定めている(同規則22条の3)。
(2) ところで,本条例は,地方自治法上の特別区(同法281条。廃棄物処理法との関係では,都に留保されていた清掃事業の特別区移管後は,一般廃棄物の処理等に関して市町村が処理するものとされている事務を処理することとなった。)である東京都世田谷区(以下「世田谷区」あるいは単に「区」という。)が,地方自治法,廃棄物処理法等の関係法令に基づき,ないしはこれらを踏まえて平成11年に制定し(同年条例第52号),以後,数次の改正を経て現在に至っている。
本条例は,廃棄物の適正処理に関し,「区長は,規則で定めるところにより,一般廃棄物の処理に関する計画(以下「一般廃棄物処理計画」という。)を定め,これを遅滞なく公表しなければならない。」と規定しているほか(35条1項。なお,同計画に定めるべき事項は,本条例施行規則25条1項で定めている。),「一般家庭の日常生活に伴って生じた廃棄物」を「家庭廃棄物」ということとして(2条2項1号),「区長は,家庭廃棄物を生活環境の保全上支障が生じないうちに収集し,及びこれを運搬する等,適正に処理しなければならない。」(28条),あるいは,「区長は,一般廃棄物処理計画に従い,家庭廃棄物を処理しなければならない。」(36条1項)旨規定するとともに,「土地又は建物の占有者」は,「その土地又は建物内の家庭廃棄物を可燃物,不燃物等に分別し,各別の容器に収納して所定の場所に持ち出す等一般廃棄物処理計画に従わなければならない。」(37条1項)旨規定している(以上につき,廃棄物処理法6条,6条の2等参照)。
さらに,本条例は,「活用しなければ不要となる物又は廃棄物を再び使用すること又は資源として利用すること」を「再利用」ということとした上(2条2項4号),再利用等による廃棄物の減量に関し,「区長は,再利用の対象となる物の収集,回収等を行うことにより,廃棄物の減量に努めなければならない。」旨を規定するとともに(12条1項),「区長は,再利用等による廃棄物の減量を促進するため,再利用に関する計画を定めるものとする。」(13条1項),「前項の計画は,第35条第1項に規定する一般廃棄物処理計画の再利用に関する実施計画として定めるものとする。」(同条2項)旨を規定し(なお,再利用に関する計画に定めるべき事項は,本条例施行規則4条1項で定めている。),また,「区民は,再利用の可能な物の分別を行うとともに,集団回収等による再利用を促進するための区民の自主的な活動に参加し,協力する等により,廃棄物の減量及び資源の有効利用に努めなければならない。」(25条)旨規定している(なお,循環型社会の形成についての基本原則を定め,国,地方公共団体,事業者及び国民の責務を明らかにするなどした法律が,循環型社会形成推進基本法である。)。
(3) 世田谷区長が定めた平成16年度一般廃棄物処理計画の中で,「4 分別して収集するものとした一般廃棄物の種類及び分別の区分並びに一般廃棄物の適正な処理及びこれを実施する者に関する基本的事項等」について定めているところをみると,同計画においては,「家庭廃棄物」に区分される「可燃ごみ(資源を除く。)」,「不燃ごみ(資源を除く,不燃ごみ及び焼却不適ごみをいう。)」,「資源(再利用を目的として分別して収集するもので,古紙,ガラスびん,缶及びペットボトルをいう。)」のうちペットボトル以外の処理に関する「区民・事業者の協力義務等」として,「可燃ごみ,不燃ごみ及び資源に分別し,別表第1に定める収集曜日及び時間に,保管している場所から定められた場所(原則としてそれを利用しようとする区民等が協議のうえ位置を定め,その場所を区に申し出て,区が収集可能であると確認した場所とする。以下同じ。)へ排出すること。」,「資源のうち,古紙」については「新聞,雑誌類及び段ボールをそれぞれ別に,ひもで束ねて排出すること。」,「資源のうち,ガラスびん及び缶」については「世田谷区が定められた場所に配付する資源回収容器の中に,又は規則第27条第2項の基準に適合した袋により排出すること。」などが定められている(以上の内容は,平成17年度一般廃棄物処理計画においても同様である。)。
なお,「世田谷区家庭ごみ等の収集・回収作業実施要綱」では,まず,一般家庭から排出される家庭廃棄物のうち可燃ごみの収集作業について,「一般廃棄物処理計画で定める収集曜日,時間及び所定の場所(以下「集積所等」という。)から世田谷区清掃・リサイクル条例施行規則(平成12年3月世田谷区規則第39号。以下「規則」という。)第27条に規定する容器等で集積された可燃ごみを,清掃事務所が定める収集順路に従い収集するものとする。」旨定めるとともに,「集積所等は,原則としてそれを利用しようとする地元住民が協議のうえ申し出た場所とし,清掃事務所は道路交通法(昭和35年法律第105号)等の法令及び収集作業上必要な範囲でその位置の調整を行うものとする。集積所等の間隔は,原則として間隔を20m程度とし,住宅地図を利用して場所を明示する。」旨定めた上,「一般家庭から排出される資源のうち集積所等に集積するものの回収作業(資源分別回収作業)」について,「あらかじめ定められた日時に集積所等に集積された資源を一定の回収順路に従い回収するものとする。」,「回収する資源の集積場所等の位置及び明示は,原則として可燃ごみの集積所等と同一とする。」旨などを定めている。
(4) 以上のように,世田谷区が,一般廃棄物処理行政の一環として,いわゆる資源廃棄物の行政回収制度(資源分別回収事業)を整備し,これを実施,運用していく中で,集積所に出された古紙について,業者による持ち去りが多発し,これをめぐって住民から多くの苦情が区に寄せられるという事態が続き,平成14年度以降,こうした事態がますます悪化してきたことから,実効性のある対策を講じるため,平成15年条例第81号による本条例の改正で,上記(1)に示した31条の2,79条1号の規定が新たに設けられ,31条の2の規定は平成15年12月9日から,79条1号の罰則規定は平成16年3月10日からそれぞれ施行された。
本条例31条の2第1項は,「一般廃棄物処理計画で定める所定の場所」,すなわち,同計画中で,区の分別収集する廃棄物を区民等が排出すべき場所とされた「定められた場所(原則としてそれを利用しようとする区民等が協議のうえ位置を定め,その場所を区に申し出て,区が収集可能であると確認した場所)」に置かれた廃棄物のうち「再利用の対象となる物として区長が指定するもの」,すなわち,古紙,ガラスびん及び缶については,「区長」及び「区長が指定する者」である「世田谷リサイクル協同組合」以外の者は,これらを収集し,又は運搬してはならない旨を定めて,いわゆる集積所(世田谷区における呼称では「資源・ごみ集積所」)等に置かれた古紙等の持ち去り行為を禁止し,違反行為に対しては,まず,第一次的には,同条2項が,「区長は,区長が指定する者以外の者が前項の規定に違反して,収集し,又は運搬したときは,その者に対し,これらの行為を行わないよう命ずることができる。」旨定めて,世田谷区長が違反者に対して収集・運搬の禁止を命ずることができることとし(この命令は,「処分の理由及び内容を記載した書面」により行うものとされており,世田谷区長作成名義の「収集・運搬禁止命令書」が違反者に交付される。),この禁止命令に違反したとき,すなわち,違反者がこの禁止命令に従わずになおも違反行為に及んだときに初めて,その者を20万円以下の罰金に処することとしている(79条1号)。
2 ここで,原判決の判断順序に従い,まず,原判決が,本条例は,本条例施行規則とあいまって,廃棄物処理法7条1項ただし書に実質的に違反する旨判断した点について検討する。
(1) 原判決は,本条例が直ちに廃棄物処理法7条1項ただし書に違反するとはいえないであろうとしながら,行政による資源ごみの収集等に協力することが住民の責務とされている上,週1回,決められた時間までに決められた場所に排出するだけで足りる分別回収は,住民にとってメリットが大きく,月1回か2回程度と排出機会が少なく手間のかかる集団回収や民間業者のちり紙交換などよりもはるかに簡便であるから,多くの住民が資源ごみを分別回収のルートで資源・ごみ集積所に排出することになる,その結果,古紙等の多くが資源・ごみ集積所に排出され,その余の古紙等が激減して,世田谷リサイクル協同組合(以下,単に「協同組合」ともいう。)以外の業者の回収業務の継続が至難な状態に陥るのは,むしろ必然ともいえる状況であるとして,条例で持ち去り行為を規制することは,違反者に対する規制の内容(程度・方法)によっては,実質的にみて廃棄物処理法7条1項ただし書に違反するといわなければならないとしているが,是認できない。
すなわち,違反者に対する規制の内容(程度・方法)については,後に別途説明することとし,まず,廃棄物処理法7条1項の規定は,「一般廃棄物の収集又は運搬を業として行おうとする者」は「市町村長の許可を受けなければならない。」として,一般廃棄物収集運搬業を原則として許可制とする旨を定め(同項本文),「事業者」が「自らその一般廃棄物を運搬する場合」のほか,古紙回収業者のように「専ら再生利用の目的となる一般廃棄物のみの収集又は運搬を業として行う者」等についてはその例外とし(同項ただし書),本件で問題とされている古紙回収業者につき,市町村長(本件では世田谷区長。以下,同様である。)の許可が必要ないことを定めただけの規定である。一方,本条例31条の2,79条1号の規定は,区が行う資源廃棄物の行政回収制度において,集積所等に置かれた古紙等の収集・運搬(持ち去り)行為を最終的には罰則をもって禁止したものであり,古紙回収業者等が業として行う本来の事業活動に対しては何らの規制を加えるものではない。廃棄物処理法7条1項ただし書が本条例の上記各規定による規制を禁止しているとは解されないこともちろんであり,本条例の上記各規定が廃棄物処理法7条1項ただし書に違反するものでないことは明白である。そうであるところ,原判決が本条例による持ち去り行為の規制が実質的に廃棄物処理法7条1項ただし書に違反して,条例制定権の範囲を超えたものとして無効であるとする根拠の一つは,多くの住民が資源ごみを分別回収のルートで資源・ごみ集積所に排出することになり,その結果,古紙等の多くが資源・ごみ集積所に排出され,その余の古紙等が激減して,協同組合以外の業者の回収業務の継続が至難な状態に陥るのは必然ともいえる状況であるというものであるが,仮に,区の行う行政回収制度が協同組合に属さない業者の回収業務に間接的に影響を与えることがあるとしても,後記のとおり,本条例の上記各規定による規制の必要性,合理性が肯認されることを併せ考慮すると,本条例の上記各規定が廃棄物処理法7条1項ただし書に実質的においても違反することはないものというべきである。けだし,繰り返すが,同条1項ただし書は,古紙回収業者等に市町村長の許可が不要なことを定めただけの規定にすぎないし,そもそも,廃棄物処理法は,第2章第1節において一般廃棄物の処理につき市町村がその責任を負うこと(6条ないし6条の3),同第2節において一般廃棄物処理業が市町村の処理を補完する存在であること(7条ないし7条の5)を規定しているのであって,このような法の建前からしても,世田谷区が,廃棄物処理法に基づき,一般廃棄物処理計画に従って,その区域内における一般廃棄物の収集等をするに当たって,資源廃棄物の行政回収制度の維持及び円滑な実施の確保を目的として古紙等の持ち去り行為を規制した本条例の上記各規定が,廃棄物処理法の規定に実質的にも違反するなどということはあり得ないものといわなければならない。
原判決は,また,行政による資源ごみの収集等に協力することが住民の責務とされていることもその根拠に挙げているところ,廃棄物処理法はその2条の3において,国民の責務として,「国民は,廃棄物の排出を抑制し,再生品の使用等により廃棄物の再生利用を図り,廃棄物を分別して排出し,その生じた廃棄物をなるべく自ら処分すること等により,廃棄物の減量その他その適正な処理に関し国及び地方公共団体の施策に協力しなければならない。」旨を定め,これを受けて,本条例は,「区民は,廃棄物の減量及び適正な処理に関し区の施策に協力しなければならない。」(10条2項)と定め,例えば,「区民は,再利用の可能な物の分別を行うとともに,集団回収等による再利用を促進するための区民の自主的な活動に参加し,協力する等により,廃棄物の減量及び資源の有効利用に努めなければならない。」(25条)などと規定している訳であるが,いわゆる資源廃棄物の行政回収制度の利用を区民に義務づけることはしていない(なお,循環型社会形成推進基本法がその12条において国民の責務として定めるところも,廃棄物処理法のそれとほぼ同様である。)。すなわち,資源廃棄物に関し,区民は区の行政回収制度を利用するか,集団回収等の自主的な活動に参加するか,あるいは,古紙回収業者等の回収を利用するか選択することができるのであって,他方,世田谷リサイクル協同組合以外の古紙回収業者も,区の行政回収制度以外の分野で,自己の営業努力によりその業務を行うことができるのである。
原判決は,さらに,持ち去り行為を禁止する必要があるというのであれば,やはり法律の改正をもって臨むべき筋合いではないかと考えるとか,本条例の持ち去り行為禁止規定が,副次的には,協同組合の企業利益の保護をも目的としている疑いがあり,少なくとも結果的には,他の回収業者を罰則によって排除して協同組合に独占的利益をもたらすものとなっているとか,本条例は,資源ごみ回収業者の競争を実質的に制限している点で私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に違反している疑いがあり,区が協同組合に資源ごみ回収事業の一部を委託するに際して随意契約によっていることの適否をも審究しなければならないとか述べた上で,本件持ち去り行為禁止規定は,廃棄物処理法の上記規定との関係において,その目的及び必要性を慎重に吟味すべきとし,分別・排出された古紙等の資源ごみを協同組合以外の回収業者の自由な収集にゆだねるということと,これを全面的に禁止することとの中間にはいろいろな施策があるはずであり,分別回収のために排出された資源ごみの収集・運搬を第一次的には民間業者に任せ,どうしても賄えない部分を行政が補充的に収集等して処理するというやり方は,十分検討に値するとか,区民の中に,せっかく区の分別回収に協力しているのに回収業者らがこれを横取りしているという反感やこれを放置している区の行政への不満があることは事実であろうが,そのような区民に対しては,資源ごみの分別回収が必要となった背景やその趣旨・目的などを説明し,民間業者による収集であっても,的確に再生事業者に持ち込まれて再利用される点では違いがないはずであることや,区が分別回収のために支出している費用や持ち去り行為の規制に要する費用などについても,その実情報を正しく開示して,理解・協力を求めることによって解決すべきものと考えられるのであり,少なくとも区当局による努力,特に情報の開示が不十分なまま,持ち去り行為禁止規定を強行することには疑問があるなどと述べている。しかしながら,上記判断の基礎にある事実認識が正確なものであるか否かはおくとしても,その言わんとするところは,帰するところ,持ち去り行為に対処する本条例の上記各規定を制定した世田谷区の政策判断の当・不当を論ずるものというべきである。後記のとおり,世田谷区における本条例の上記各規定による規制の必要性は肯認できるし,その規制の内容等が著しく不合理であるといえないこともちろんであり,区が条例制定に当たってその裁量権を逸脱したものとは認められない。
(2) 原判決は,また,協同組合以外の回収業者らによる持ち去り行為を刑罰をもって規制する本条例の規制には合理性が認められないとするが,これも到底是認できないところである。
すなわち,本条例31条の2,79条1号の規定は,世田谷区が,いわゆる資源廃棄物の行政回収制度(資源分別回収事業)を整備し,これを実施,運用していく中で,集積所に出された古紙について,業者による持ち去りが多発し,これをめぐって住民から多くの苦情が区に寄せられるという事態が続き,平成14年度以降,こうした事態がますます悪化してきたことから,実効性のある対策を講じるため,平成15年条例第81号による本条例の改正で新設されたものであり,資源廃棄物の行政回収制度の維持及び円滑な実施の確保を目的として古紙等の持ち去り行為を規制したものであって,規制の必要性は明らかであるし,規制の目的とするところも,もとより正当なものである。規制の対象及び態様をみても,いわゆる集積所(世田谷区における呼称では「資源・ごみ集積所」)等に置かれた古紙等の収集・運搬(持ち去り)行為を禁止した上(31条の2第1項),違反行為に対しては,まず,第一次的には,区長が違反者に対して収集・運搬の禁止を命ずることができることとし(同条2項),この命令に違反したとき,すなわち,違反者が,この命令に従わずになおも違反行為に及んだときに初めて,その者を20万円以下の罰金に処することとしているのであって(79条1号),規制が不必要に広範に及ぶものではないし,規制の態様もすぐれて謙抑的なものであって,罪刑の均衡を失することもないといえる。
原判決は,本条例が禁止命令違反者に対して罰金を科することとしていることの合理性について考察してみても,この点に関する区当局の提案説明を聞き,特別委員会等の審議内容を見ても,持ち去り行為を規制するための実効性ある方法というのみで,なぜに罰金という刑罰による必要があるのか,秩序罰である過料は考えられないのかという観点からの検討がなされたとは到底いえないのであり,区当局には,この改正規定が人に刑罰を科するものであることの重みに対する自覚が乏しかったのではないかと疑わざるを得ないなどというのであるが,すでに述べたとおりであって,是認できない。そもそも,区民が集積所等に排出する資源については,一般的に,これを最終的には区の管理・所有にゆだねる意思で集積所等に置くものと解されるから,区長が指定する者でない者がこれを持ち去る行為は,まさに横取りというべきもので,区又は排出者の管理権ないし所有権を侵害する行為にほかならないから,区の行政回収制度を維持等していくためにこれを最終的に刑罰をもって禁止する必要性は十分肯認でき,その規制の内容も合理的なものと認められる。
(3) 以上によれば,原判決が,本条例は,本条例施行規則とあいまって,廃棄物処理法7条1項ただし書に実質的に違反するものと考えられ,かかる規制には合理性が認められないから,地方自治法14条3項の認めている条例による罰則制定権の範囲を超えたものとして,無効といわなければならないと判断したのは,法令の解釈を誤ったものというほかない。
3 次に,原判決が,本条例の罰則規定は,犯罪構成要件の一部である犯行場所としての「所定の場所」の明確性・公示性に欠けると判断した点について検討する。
原判決は,(1)区当局は,新たに刑罰規定を設けるに際し,現になされている区民の資源ごみ分別・排出状況と,これに対応する区の行政回収実務の運用を当然の前提とし,第三者の目から見て刑罰規定として明確であるといえるか,よく検討・吟味しなかったと考えざるを得ないとして,改正された規定が犯罪構成要件としては極めてあいまい・不明確なものというほかないとし,弁護人からの「所定の場所」が定められていない旨の指摘には,相当の理由があると考えるが,(2)仮に犯罪場所としての「所定の場所」が決められていて,その決め方自体には特に問題視すべきものはないという立場に理解を示すとしても,「所定の場所」の管理や公表の方法等には極めて問題が多いといわざるを得ないとして,犯罪構成要件の一部である犯行場所としての明確性・公示性に欠けているとするが,是認できない。
まず,(1)の点につき検討するに,そのいわんとするところは必ずしも明確ではないが,本条例31条の2第1項は,本条例35条1項に規定する「一般廃棄物処理計画で定める所定の場所」,すなわち,公表されている一般廃棄物処理計画中に,区の分別収集する廃棄物を区民等が排出すべき場所として明記された「定められた場所(原則としてそれを利用しようとする区民等が協議のうえ位置を定め,その場所を区に申し出て,区が収集可能であると確認した場所)」に置かれた廃棄物のうち「再利用の対象となる物として区長が指定するもの」,すなわち,古紙,ガラスびん及び缶については,「区長」及び「区長が指定する者」である「世田谷リサイクル協同組合」以外の者は,これらを収集し,又は運搬してはならない旨を定めて,いわゆる集積所(世田谷区における呼称では「資源・ごみ集積所」)等に置かれた古紙等の収集・運搬(持ち去り)行為を禁止し,本条例31条の2第2項は,この禁止規定に違反して収集・運搬(持ち去り)行為に及んだ者に対して,区長が収集・運搬の禁止を命ずることができることとし,本条例79条1号は,この禁止命令に違反したとき,すなわち,違反者がこの禁止命令に従わずになおも違反行為に及んだときに初めて,その者を20万円以下の罰金に処することとしているのであって,犯罪構成要件として特にあいまい・不明確な点はないというべきである。
原判決が指摘する点につき繰り返すと,本条例31条の2第1項にいう「第35条第1項に規定する一般廃棄物処理計画で定める所定の場所」とは,区長が定めた一般廃棄物処理計画中に定められている,区の分別収集する廃棄物を区民等が排出すべき場所である「定められた場所(原則としてそれを利用しようとする区民等が協議のうえ位置を定め,その場所を区に申し出て,区が収集可能であると確認した場所)」,すなわち,集積所等を指すことは明らかであり,そこに何らのあいまいさ,不明確さはない。
原判決は,上記(2)につき,さらに,①集積所に排出された資源ごみは,収集されるまで区によって管理されているとはいえない状態の上,「資源・ごみ集積所地図」による管理も,極めてあいまい・不十分なものであり,公表とはいえないものであるとして,これだけでは,犯罪構成要件の一部である犯行場所としての「所定の場所」の明確性・公示性に欠けるとし,また,②現在の集積所の中には缶とびん専用のコンテナも置かれていないところがあるというのであるから,あらかじめ上記地図で確かめない限り,通常の判断能力を有する一般人には「所定の場所」かどうか判断のできない集積所が存在するということであるとして,犯罪場所としての「所定の場所」の明確性・公示性に欠けるとしている。しかし,これらの点は,いずれも本条例31条の2,79条1号の各規定の文言自体の明確性の問題に直接影響するとは思われないところであるが,原審でこの点の審理もなされたところであるので,以下,念のため検討しておきたい。
原判決が上記①で取り上げている「資源・ごみ集積所地図」は,区清掃・リサイクル部に備え付けられているものであって,新たな集積所等が決まるたびに,職員がその場所をこの地図に赤丸等の印で書き入れるなどしており(なお,「世田谷区家庭ごみ等の収集・回収作業実施要綱」においても,「集積所等」は「住宅地図を利用して場所を明示する」旨定めている。),区では,この地図を用いて一元的に集積所等の把握・管理を行っているところ,その目的は,区として,一般廃棄物の収集を円滑に行うために曜日ごとの収集ルートを把握するとともに,区民が集積場所を把握したいときに,おおよその位置を把握できるようにすることにある(原審甲24。なお,原判決は,この地図による管理について極めてあいまい・不十分なものであると批判しているが,万全ではないところがあるにしても,この批判は当たらないといわざるを得ず,本件の違反現場である集積所も,原審甲13にあるとおりおおよその位置が明示されている。)。
また,原判決が上記②で取り上げているのは,集積所であることが一見して分かるような標示の有無の問題にすぎず,この点については,確かに,「資源・ごみ集積所」の看板は世田谷区内の集積所等のすべてに必ず設置されているわけではないし(「世田谷区家庭ごみ等の収集・回収作業実施要綱」においては,「集積所等には,地元住民の申し出により,収集品目,収集曜日,排出ルール等を表示した看板を設置することができる。」と定めているにすぎない。),区が用意する資源回収容器であるびん回収用(黄色)・缶回収用(青色)の各コンテナも,すべての集積所等に必ず配られるわけではないが(「世田谷区家庭ごみ等の収集・回収作業実施要綱」では,「ガラスびん及び缶は,原則として資源の回収曜日の前日に集積所等に配布したガラスびん用又は缶用の回収コンテナ(以下「コンテナ」という。)にそれぞれ排出させるものとする。」としつつ,「ガラスびん又は缶が一時的にコンテナに入りきらない場合のほか,3軒以内で資源を排出しているところ又は商店街及び狭小路地などコンテナを配布することが適さない集積所等では,品目別に規則第27条第2項に規定する袋を用いて排出させるものとする。」としており,一般廃棄物処理計画中にも「資源のうち,ガラスびん及び缶」については「世田谷区が定められた場所に配付する資源回収容器の中に,又は規則第27条第2項の基準に適合した袋により排出すること。」との定めがある。),仮に,「資源・ごみ集積所」の看板も上記各コンテナもない集積所に置かれた古紙を,そこが集積所であるとは知らずに持ち去ったという者がいたとすれば,その者について本条例違反の故意を欠く可能性が生じるにすぎないというべきである(ちなみに,本件の違反現場が集積所であること自体は看板等により一見して明らかであり[原審甲4,当審検9等参照],被告人も,本件の違反現場が集積所であることの認識があったことについては,検挙されて以来,ほぼ一貫して自認している。)。
すでに述べた本条例の上記各規定の文言自体が明確なものであることに加え,以上のような,集積所等が住宅地図を利用して場所が明示されていること,原則として看板等によって集積所等であることが標示されていることなどの実状にかんがみても,犯罪構成要件の一部である犯行場所の明確性・公示性に欠けるとする原判決の説示は是認できない。
以上のとおりであるから,原判決が,本条例の罰則規定は,構成要件要素である犯行場所の明確性・公示性にも欠けているなどとして,これを無効と判断した点も,法令の解釈を誤ったものというほかない。
4 なお,弁護人は,(1)上記2の論点に関して,本条例31条の2,79条1号の規定は,①立法の目的,規制態様共に全く合理性はなく,憲法22条が保障する営業の自由を不当に侵害していると同時に,廃棄物処理法7条1項ただし書と矛盾する違法な状態にある,また,②地方の特殊性に的確に順応して定められたといえないことも明らかであり,憲法14条の定める平等原則に反する,そして,③廃棄物処理法7条1項ただし書とともに民法239条1項にも矛盾することから,憲法94条及び地方自治法14条に反する旨主張し,(2)上記3の論点に関して,本条例31条の2,79条1号の規定は,その構成要件の一つである「所定の場所」が定められているとはいえず,また,一応定められているとの見解に従ってみるとしても,その概念が極めてあいまい不明確であるため,犯罪行為と非犯罪行為を明確に区別することができず,国民の予測可能性を害し,行政の恣意を許すものであって,憲法31条の保障する罪刑法定主義の趣旨に完全に反している旨主張する。
しかしながら,上記(1)の主張についてみると,上記1,2に説示したところからも明らかなように,本条例31条の2,79条1号の規定は,廃棄物処理法等の関係法令にのっとった適法なものであり,もちろん同法7条1項ただし書と矛盾するものではなく,その規制の必要性及び内容の合理性も肯認されるから,公共の福祉にかなうものであり,古紙回収業者に関し,憲法22条1項の保障する営業の自由を不当に侵害するものとはいえないし,上記のとおり,世田谷区における規制の必要性も認められることなどからすると,憲法14条に違反するとはいえず,廃棄物処理法7条1項ただし書,民法239条1項に矛盾・抵触するともいえない(集積所に排出された資源は,上記のとおり,区の行政回収制度のシステムに乗せられたものであるから,一般的に,区又は排出者の管理権ないし所有権の下にあるものと解され,その管理権ないし所有権を侵すことは許されないもので,本条例の上記各規定は,これを明確にしたものであり,無主物先占の規定とは何ら抵触するものではない。)から,地方自治法14条,憲法94条に違反するものでもない。さらに,上記(2)の主張についてみても,上記1,3に説示したところから明らかなように,本条例31条の2,79条1号の規定には,犯罪構成要件として特にあいまい・不明確な点はなく(弁護人は,本条例31条の2第1項にいう「所定の場所」が定められているとはいえないともいうが,その意味内容が明確に定められていること上述したとおりである。),これが憲法31条の保障する罪刑法定主義の趣旨に反するとは到底いえない。弁護人の主張はいずれも採用できない。
5 以上のとおり,本条例31条の2,79条1号の規定は適法かつ有効なものと解されるところであって,原審で取り調べられた関係各証拠により優に認定できる公訴事実記載のとおりの被告人の行為(当審における事実取調べの結果を併せてみても,この認定が揺らぐことはないといえる。なお,原判決も,公訴事実に沿う事実が存在すること自体は,これを肯定している。)について,本条例違反罪が成立することは明らかであるにもかかわらず,原判決が,公訴事実記載の被告人の行為は罪とならないものであるとして,刑訴法336条により,被告人に対し無罪を言い渡したのは,法令の解釈・適用を誤ったものというほかなく,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
論旨は理由がある。
第2 破棄自判
そこで,刑訴法397条1項,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して被告事件について更に判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は,世田谷区長が指定する者以外の者であるのに,平成16年6月23日午前9時40分ころ,世田谷区清掃・リサイクル条例35条1項に規定する一般廃棄物処理計画で定める所定の場所である東京都世田谷区代沢2丁目2番先路上において,同所に置かれた古紙を収集したため,同日,同区長から,同条例31条の2第2項の規定により,古紙,ガラスびん,缶等再利用の対象として同区長が指定したものを収集し,又は運搬する行為を行わないよう命ぜられた者であるが,同年11月10日午前7時24分ころ,上記一般廃棄物処理計画で定める所定の場所である同区代田2丁目23番3号先路上において,同所に置かれた再利用の対象として同区長が指定したものである古紙約12.1キログラムを普通貨物自動車に積み込んで収集し,もって,上記命令に違反したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示行為は世田谷区清掃・リサイクル条例79条1号,31条の2第2項,1項,同施行規則22条の2第1項,2項に該当するので,その所定金額の範囲内で被告人を罰金20万円に処し,その罰金を完納することができないときは,刑法18条1項,4項により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川武隆 裁判官 後藤眞知子 裁判官 小川賢司)