大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成19年(う)401号 判決 2008年7月15日

主文

原判決を破棄する。

被告人Y1株式会社、同Y2、同Y3、同Y4をそれぞれ罰金二〇万円に処する。被告人Y2、同Y3、同Y4においてその罰金を完納することができないときは、金一万円をそれぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。原審及び当審における訴訟費用は、被告人四名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官山舗弥一郎作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する被告人Y1株式会社(以下「被告会社」という。)の答弁は、弁護人奥田洋一作成の答弁書に、被告人Y2、同Y3、同Y4(以下、併せて「被告人三名」という。)の答弁は、弁護人笠原靜夫、同田中克幸、同政木道夫、同岡田良雄作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、本件公訴事実は、

「被告会社は、自動車及びその部品の開発、設計、製造、売買等の事業を営む自動車製作者、被告人Y2は、被告会社取締役副社長兼最高執行責任者であり、かつ、被告会社の社内分社であったaカンパニー(以下「a社」という。)社長として、被告会社代表取締役社長兼最高経営責任者の命を受けて、a社の業務全般を統括していたもの、被告人Y3は、被告会社上級執行役員であり、かつ、a社副社長兼同トラック・バス開発本部長として、被告人Y2を補佐し、その命を受けてトラック・バス開発本部の開発業務全般を統括するとともに、他の職制に対し必要な指示を与える権限を有していたもの、被告人Y4は、被告会社執行役員であり、a社品質保証・購買担当として、被告人Y2の命を受けて、トラック・バス開係の品質に関する業務等を統括していたものであるが、被告人三名は、a社品質統括部長D、a社トラック・バス開発本部品質情報部長Eらと共謀の上、被告会社の業務に関し、平成一四年二月一日、東京都千代田区<以下省略>所在の国土交通省において、同省自動車交通局技術安全部審査課リコール対策室長Fほか二名から、被告会社が製造したトラック、バス等の大型車両の共用部品であり、前輪のタイヤホイールと車軸を結合する重要保安部品であるフロントホイールハブ(以下「ハブ」という。)についてリコール等の改善措置に関する報告を求められた際、真実は、過去にハブが輪切り破損する不具合が約四〇件発生しており、ハブの強度不足が疑われた上、摩耗と破損の因果関係も明らかではなく、確たる技術上の根拠がなかったにもかかわらず、ハブ破損の原因は設計・製造上の要因による強度不足ではなく、整備不良に起因するハブフランジ部の異常摩耗であり、ハブの点検を実施して異常摩耗したハブを交換すればハブの破損を防止できるとして、過去に〇・八mm未満の摩耗量でハブが破損した事例についてその摩耗量を隠蔽するなどした上、『スチールホイール装着車両につき摩耗〇・八mm以上のハブを交換すれば、通常の使用状態において十分なハブの耐久寿命を確保できる。』旨説明し、もって改善措置に関する国土交通大臣からの報告要求に対し虚偽の報告をした」

というものであるところ、原判決は、大要、

「当時の国土交通大臣が、被告会社に対し、平成一四年法律第八九号による改正前の道路運送車両法六三条の四第一項に基づく報告要求を行うことを自ら意思決定し、それを被告会社に表示した事実は認められない。」「Fらの行為が、外部的な通知書や告知により、あるいは内部的な決裁書類の存在等により国土交通大臣の名による報告を求めたと認めるべき証拠は全くない。」「上記職員が国土交通大臣の代理として報告要求を行った事実も認められない(授権行為が認められない。)。」「事実上行政官庁の補助機関が行政官庁の名において行う専決があったとも証拠上認められない。」「平成一四年二月一日の国土交通省における国土交通省側と被告会社側との折衝において、国土交通省職員の報告要求が国土交通大臣の意思決定に基づく上記道路運送車両法六三条の四第一項に基づくものであるとの表示が何らかの手段方法でなされたとは認められない。」

などと判断し、本件において、平成一四年法律第八九号による改正前の道路運送車両法(以下「車両法」という。)六三条の四第一項に基づく報告要求(以下「車両法に基づく報告要求」という。)が存在したとは証拠上認め難いので、結局本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるとして、被告会社及び被告人三名にいずれも無罪を言い渡したが、上記Fらリコール対策室職員によってなされた報告要求が専決権限に基づいてなされた車両法所定の報告要求であり、被告会社側にとってもそのことが明らかであったと認定できたにもかかわらず、これを認定しなかった点において、事実を誤認しており、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

そこで、原審で取り調べた証拠に当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、被告会社及び被告人三名に無罪を言い渡した原判決は、事実を誤認したものといわざるを得ず、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。以下、説明する。

第一車両法に基づく報告要求の存否について

一  車両法のリコールに関する諸規定と問題の所在

(1)  車両法は、道路運送車両の安全性の確保及び公害の防止等を図るため(一条)、四〇条ないし四二条で「自動車は、その構造、装置、乗車定員又は最大積載量について、国土交通省令で定める保安上又は公害防止上の技術基準(保安基準)に適合するものでなければ、運行の用に供してはならない」旨定めるとともに、第四章(四七条以下)で道路運送車両の点検及び整備に関する諸規定を設けている。

(2)  そして、同一の型式の一定の範囲の自動車について、その構造、装置又は性能が保安基準に適合しなくなるおそれがある状態又は適合していない状態にあり、かつ、その原因が設計又は製作の過程にあると認められる場合に、当該自動車を製作するなどした自動車製作者等が、当該自動車について、保安基準に適合しなくなるおそれをなくすため又は適合させるために必要な改善措置を行うことをリコールというが、車両法は、これが適切に行われるようにするため、六三条の二ないし四に関連の規定を置いている。すなわち、車両法六三条の二は、一項で、国土交通大臣が、自動車製作者等に対し、基準不適合自動車を保安基準に適合させるために必要な改善措置を講ずべきことを勧告することができる場合を定めるとともに、三項で、勧告を受けた自動車製作者等がその勧告に従わないときは、その旨を公表することができる旨定めている(リコールの勧告と公表)。次に、車両法六三条の三は、一項で、自動車製作者等がその製作するなどした自動車について上記の必要な改善措置を講じようとするときは、あらかじめ所定の事項を国土交通大臣に届け出なければならない旨定めて(リコールの届出)、国土交通大臣において、その改善措置が適切なものであるかどうかを確認することができるようにするとともに、適切でないと認めるときは、二項により変更を指示することができるとしている。また、三項により、リコールの届出をした自動車製作者等は、国土交通省令で定めるところにより、改善措置の実施状況について国土交通大臣に報告しなければならないものとされている。

(3)  さらに、車両法六三条の四第一項は、国土交通大臣が、上記改善措置の勧告、公表や改善措置の届出等に関する規定の施行に必要な限度において、基準不適合自動車を製作するなどした自動車製作者等に対し、その業務に関し報告させることができる旨定めており、この規定に違反して報告をせず、又は虚偽の報告をした者については、同法一一〇条一項三号により二〇万円以下の罰金の制裁が定められており、また、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者が、その法人の業務に関し、同号に該当する違反行為をしたときには、同法一一一条により、行為者を罰するほか、その法人にも同様の罰金の制裁が定められている。

(4)  本件は、被告会社の従業者であった被告人三名が、他の従業者(D、E等)と共謀の上、被告会社の業務に関し、国土交通大臣から車両法六三条の四第一項に基づく報告を求められて、虚偽の報告をしたことを公訴事実として、被告人三名を同法一一〇条一項三号、六三条の四第一項、一一一条により起訴するとともに、以上を前提に被告会社を同法一一一条に基づき起訴したものである。

(5)  原判決は、同法一一〇条一項三号、六三条の四第一項の虚偽報告の罪が成立するためには、同項に基づく国土交通大臣の報告要求が必要であるとした上、本件においては、国土交通大臣による報告要求が存在したとは認められないとして、被告会社及び被告人三名を無罪とした。これに対し、所論は、本件においては、リコール対策室長ら同室職員が、その専決権限に基づいて、あるいは専決権限を有する自動車交通局長の決裁に基づいて、同法六三条の四第一項に規定する報告要求を行ったものであり、被告会社側にとってもそのことが明らかであったとして、事実誤認を主張している。すなわち、本件においては、Fリコール対策室長ら同室職員により車両法に基づく報告要求が行われたと認めることができるか否かという点が、まず問題となる。以下、検討する。

二  本件の経緯

関係証拠によれば、本件公訴事実で虚偽報告とされる説明が行われるに至った経緯等として、以下の事実を認めることができる。

(1)  被告会社は、自動車及びその部品等の開発、設計、製造、組立、売買、輸出入その他の取引業等を目的とする株式会社であり、平成一四年一月当時、その業務のうちトラック、バス事業等については、社内分社であるa社が担当していた。被告人Y2は、当時、被告会社の取締役執行副社長兼最高執行責任者であるとともに、a社の社長であり、被告会社のG代表取締役社長兼最高経営責任者の命を受けて、a社の業務全般を統括していた。被告人Y3は、当時、被告会社の常務執行役員であるとともに、a社の副社長兼トラック・バス開発本部長であり、被告人Y2を補佐し、その命を受けてトラック・バス開発本部の開発業務全般を統括するとともに、他の職制に対し必要な指示を与える権限を有していた。被告人Y4は、当時、被告会社の執行役員として、a社の品質保証・購買を担当し、その業務の執行の責任者であった。また、本件公訴事実で共犯者とされるDは、当時、a社の品質統括部の部長として、被告人Y4の命を受けて、市場で生じた製品の不具合に関して販売会社から送られてくる商品情報連絡書をデータベース化し、必要な生産措置や既販車に関するリコール届出等の改善措置を担当する品質統括部を統括していた。やはり共犯者とされるEは、当時、a社のトラック・バス開発本部の品質情報部長として、被告人Y3の命を受けて、トラック・バス関係の市場情報にかかる技術的取りまとめ及びサービス技術に関する事項を担当する品質情報部を統括していた。

(2)  平成一四年一月一〇日(以下、年の明示がない日付は、平成一四年のそれを指す。)、横浜市瀬谷区内において、被告会社が製作した大型トラクタの左前輪のタイヤホイールと車軸を結合するフロントホイールハブが輪切り状に破断し、このため左前輪が脱落し、歩道上を通行していた母子に衝突して、母親が死亡し、子供が負傷する事故(以下「瀬谷事故」という。)が発生した。

(3)  国土交通省自動車交通局技術安全部は、道路運送及び道路運送車両の安全の確保等の事務を所管しており(国土交通省設置法四条八〇号、国土交通省組織令一二条二項、一項)、そのうち設計又は製作の過程に起因する基準不適合自動車についての改善措置に関する事務は、同部審査課の所管事項とされ(同組織令一三七条三号)、この改善措置に関する事務を所管するため、同課にリコール対策室が置かれている。瀬谷事故の翌日(一月一一日)、当時リコール対策室の課長補佐であったHは、事故に関する当時の報道内容をI技術安全部長、J審査課長、Fリコール対策室長に報告し、I部長らから、メーカーに対して原因調査と報告を指示するよう命じられ、これをリコール対策室K係長に指示した。同日午後、K係長らは、a社の品質統括部Lグループ長らの訪問を受け、瀬谷事故の原因は確認されていないが、想定される原因はハブの破損による脱輪であるとの説明を聞いた。K係長らは、Lグループ長らに対し、それまでに発生した同様の不具合の件数と事故車両の調査結果を報告するよう指示した。I部長は、そのころ、F室長又はH補佐からハブの破損が事故の原因であるとの報告を受け、重要保安部品で通常壊れることがないハブが破損した異常な事故であり、設計ないし製造の過程に起因する不具合が想定され、リコールを促すべき場合に該当する可能性があると考え、H補佐に対し、その認識を伝えた上、早急に被告会社に原因の究明と再発防止策の検討を行わせ、報告させるよう指示した。I部長は、一月一五日の自動車交通局の局会議において、M自動車交通局長に対し、ハブ破断による脱輪事故で死傷者が出たこと、大変悲惨な事故である上、極めて異例で、リコールに該当する可能性があるので、審査課に調査をさせているところであり、内容については逐一報告する旨説明した。これに対し、M局長は、その機会に、I部長に対し、メーカーから報告を求めるなどしてしっかり調査し、原因と改善措置について明らかにするように指示し、その後も随時、I部長、H補佐らに対し、同様の指示をした。

(4)  被告会社が製作した大型トラック、大型バスについては、瀬谷事故より一〇年近く前の平成四年六月に高知山秀急送が使用する大型トラックの左前輪のハブが輪切り破損し脱輪する事故が起こって以来、ハブの破損による不具合が起こるようになり、平成一一年の中国JRバス株式会社が使用する大型バスの右前輪のハブが輪切り破損した事故では、人身被害も生じた。被告会社では、高知山秀急送の事故後、不具合を生じたハブの状況を調査したほか、走行していたルートで実際に車両を走らせ、ハブに発生する応力(物体が荷重を受けたときに内部に生じる抵抗力のことで、応力が疲労限度以下であれば、繰り返し荷重をかけられても疲労破壊しない。)を測定する実車応力測定や、ハブとその周辺部品に荷重を加えて破壊試験を行う台上耐久試験、同時期・同一ユーザー納入車のハブに対するサンプリング調査などを実施した上で、そのデータをクレーム対策会議を開いて検討した。その結果、ハブが破損する原因について、タイヤホイールをハブに取り付ける際にホイールナットの締付け不良があると、ハブとホイールの取付け面に摩耗が生じ、そこでホイールナットを締め付けると、ハブに大きな応力が生じるので、ハブの疲労強度が低下し、これに大きな旋回負荷や過積載などの過酷な使用条件が加わると、不具合が生じると推定し、ホイールナットの締付けが確実で締結力が低下しない限り、不具合は生じないと結論づけていた。また、中国JRバス事故後、被告会社が作成し中国JRバスに提出したフロントハブ不具合調査報告書(弁一七資料一一)は、不具合品の調査結果、サンプル品調査結果、同社が使用する実車のホイールナットの締付け状況及び整備状況とハブの摩耗量に関する調査結果、運転状況とハブに発生する最大応力に関する調査結果、ハブボルトの軸力測定、ハブ組付け応力測定、ハブ耐久強度に関する台上調査結果等を記載した上で、不具合発生の原因について、ホイールナット締付け不良等の整備不良によりボルトの軸力不足が生じ、ハブのホイール取付け面が摩耗し、ハブフランジ付け根部の応力が増大する状態で走行負荷が繰り返しかかることにより、ハブが疲労破損するというメカニズムと、ハブの摩耗量が大きくなるにつれてハブの寿命が短くなるという関係を示し、当該不具合車の摩耗量と走行距離では試験結果からみて破損しないが、運転走行条件や強度のばらつき等で破損するおそれのある領域に入ったものと推定し、その要因については特定できないと結論づけている。また、同報告書は、ハブフランジ部が〇・五mm以上摩耗したものについて交換を促していた。なお、被告会社には、その後も、販売会社からの商品情報連絡書等を通じて、ハブの輪切り破損が報告されていたが、国土交通省には、中国JRバスの事件のほか一件しか報告していなかった。

(5)  被告会社では、一月一四日に、a社のトラック・バス開発本部長である被告人Y3、員質保証担当の執行役員である被告人Y4、品質統括部長であるD、開発本部でハブ等の設計を担当する駆動系設計部のN部長やOグループ長、トラック・バスのアフターサービス及び販売会社のサービス営業関係を担当するPトラック・バスサービス部長、被告会社における国土交通省に対する対応窓口を担当する品質保証本部のQ本部長及びR本部長代理らが集まり、Dらが、同様のハブの破損不具合が高知山秀急送の事件以降四〇件程度、平成一〇年四月以降でも三〇数件あることと、高知山秀急送及び中国JRバスの各事例の調査結果から推定される原因について説明した。被告人Y3は、設計部門に対し、ホイールナットを正規に締めている限り問題を生じないということを設計の理論上明確にするよう指示した。Dらは、商品情報連絡書を検討して、平成一〇年四月以降の大型トラック・バスのハブ亀裂破損による不具合が二六件であることを確認し、国土交通省に説明するため、これらについて車台番号、架装(車両などに積載されている装備のこと)、不具合発生日、登録日、走行距離、取付部摩耗の事実(未返却により未確認の場合はその旨)等を記載した「大型トラック・バス フロントハブ亀裂破損 商連書一覧表」(甲九〇資料五、以下「商連書一覧表」という。)を作成し(平成一〇年三月以前の不具合については、以前国土交通省に対してデータがない旨虚偽の説明をしていたことから、一覧表には記載しないこととした。)、これについて被告人Y4の了承を得た。

(6)  翌一月一五日、R品質保証本部長代理、D品質統括部長らは、国土交通省を訪れ、リコール対策室のK係長らに対し、上記商連書一覧表等を提出し、平成一〇年四月以降のハブの破損事例が二六件あり、その原因はタイヤ交換時のホイールナットの締付け不良によるハブのホイール取付け面の摩耗のためハブの強度が低下することであるが、整備不良が原因としても大きな事故が起きたことから、被告会社としても何らかの再発防止策(例えば、ハブの摩耗の点検)を検討しているなどと説明した。K係長らから報告を受けたH補佐は、破損事例が多いことから、何らかの強度上の問題もあり、リコールを促すべき場合に該当する可能性もあるのではないかと考え、K係長に指示して、商連書一覧表の記載について、取付部摩耗がある場合の摩耗量の具体的数値、脱輪の有無とハブの種類を記載して報告するよう被告会社に求めさせた。

(7)  D品質統括部長は、部下に指示して商連書一覧表に国土交通省側が求めるデータを記入したものを作成させたところ、取付部摩耗の量が記載されたものが一二件あり、うち五件については摩耗量が〇・八mm未満であったことから、摩耗量の数値の記載を削って単に「有」との記載に改めるなどした。Dは、この修正した商連書一覧表(甲九〇資料六)を被告人Y4に見せ、摩耗量が〇・八mmよりも小さいものもあるが、計測ミスや著しい過積載、著しい整備不良等もあり得るので、摩耗「有」とだけ記載して、後で精査した上で国土交通省に報告することを提案し、被告人Y4の了解を得た。

(8)  翌一月一六日、D品質統括部長らは、国土交通省を訪れ、K係長に対し、修正した商連書一覧表とトラック・バス開発本部が作成した大型フロントハブの種類一覧表(一九八九年まで用いられていたBハブ、九〇年から九二年にかけて用いられていたCハブ、九三年から用いられたDハブ、九五年から用いられたD'ハブ及びEハブ、九八年から用いられるようになったFハブの各形状・材質等とそれぞれの不具合発生件数を整理したもの。甲九〇資料七)を提出して説明した。さらに、D部長は、K係長の指示を受けて、大型フロントハブの種類一覧表に各ハブごとに摩耗がない場合と一mmの摩耗がある場合に発生する応力の大きさと疲労安全率を記載して修正した一覧表(甲九〇資料八)を作成し、翌一七日に、R品質保証本部長代理、O駆動設計部グループ長らとともに国土交通省を訪れ、H補佐、K係長に対し、この一覧表を提出して、摩耗がなければ疲労安全率に問題はないが、摩耗があるとこれが低下することを説明した。この間、国土交通省側は、①Dハブ、D'ハブに不具合が多い理由は何か、これらのハブに摩耗しやすい材料を使っていないか、過酷な使用状態があるのか、②ホイールナットの締付け不良が破損の原因であったとの証拠はあるのか、摩耗しやすい構造なのではないかといった点を指摘したほか、③ハブの種類ごとの強度を検証するとともに、特にDハブの使用状況や積載量を調べて報告すること、④ホイールナットの締付け不足と摩耗の関係、摩耗と破損の関係が分かりにくいので、メカニズムを分かりやすく示す資料を提出すること、⑤被告会社としての再発防止策として、摩耗について対策をとるということであれば、ハブの点検をどういう形で実施するのかを早く取りまとめて報告することなどを求めた。

(9)  被告会社では、ハブの破損問題に対応するための対策本部(file_3.jpg対策本部)を立ち上げることとし、一月一七日午後、同社本社ビルで、被告人三名のほか、R品質保証本部長代理、D品質統括部長、Pサービス部長らが出席して、第一回の会議を開いた(甲九〇資料九)。その席で、D部長らが、国土交通省に提出した商連書一覧表、設計変更経緯と疲労安全率を記載した一覧表、ホイールナットの締付け不良からハブの摩耗を生じ、疲労強度が低下して疲労破損に至るという推定原因を記載した資料、中国JRバス事故の調査報告書の概要等を配付して、上記のような推定原因と国土交通省への提出資料について説明するとともに、平成一〇年四月以降同様の不具合が二六件生じていること、それ以前にも一〇件前後の不具合があったことなどを説明した上で、対応について話し合った。その際、摩耗量が少ないのに破断した事例があることを念頭に置いて、不具合二六件における使用状況(過酷な使用条件があったかどうか)を調査することが確認事項とされた。

(10)  H補佐は、被告会社以外のメーカー製の大型自動車でハブの破損による脱輪事故が発生しているかどうか調査したところ、確認されなかったことから、F室長にこれを報告し、同室長の指示を受けて、一月一八日にL品質統括部グループ長らが国土交通省を訪れた際、再発防止策を早急に決めて届け出るよう求めた。

(11)  このため、被告会社では早急に再発防止策を取りまとめることになり、一月一九日に同社本社ビルで被告人Y3、同Y4、D品質統括部長、N駆動系設計部長、Pトラック・バスサービス部長、R品質保証本部長代理らが集まり、自主点検の方法について話し合い、①車輪のディスクホイールを外してハブのホイール接触面の摩耗量を計測する方法と、②ハブを車軸から外し、ブレーキドラムを外してカラーチェックにより亀裂の有無を確かめる方法を検討した結果、②の方が再発防止策としてはより確実なものであったが、点検に長時間を要することなどから、①の方法を採用することとした。そこで、一月二〇日に被告人Y3、同Y4、D品質統括部長、N駆動系設計部長、O同部グループ長らが同社川崎工場に集まり、自主点検の範囲や具体的な計測方法、摩耗したハブの交換基準等について検討した。その結果、同社製の一部車種を除く大型トラック・バスについて摩耗量を計測し、〇・五mm以上摩耗しているハブについて有償交換することとした。この検討結果は、翌日、被告人Y2に報告された。

(12)  R品質保証本部長代理及びD品質統括部長は、一月二一日に国土交通省を訪れ、H補佐、K係長らに対し、「大型トラクタ前輪脱落事故に係る自主点検実施の件」と題する書面(甲九〇資料一三)を提出し、翌二二日から上記の方法で自主点検を無償で行い、不具合品については有償で交換すること、交換の基準は〇・五mm程度とすることを報告した。H補佐は、I部長、J課長、F室長にこれを報告し、この対策で取りあえず様子を見て、更に具体的なことが分かったら、それに対応するということで了解を得た。I部長は、無償点検、有償交換という方針に了承を与えたことをM局長に報告した。

(13)  被告会社は、一月二二日から自主点検を開始したが、同月二四日に開かれたfile_4.jpg対策本部会議(被告人三名、R品質保証本部長代理、D品質統括部長、Pトラック・バスサービス部長ら出席。甲九〇資料一四)において、摩耗量〇・五mm以上で交換となったハブが四割に達することが報告され、部品供給が間に合わなくなるため、交換基準を緩和することになった。そこで、被告人Y3の指示の下、翌二五日から二六日にかけて、川崎工場において、E品質情報部長、D品質統括部長、Sトラック・バス開発本部副本部長、N駆動系設計部長、O同部グループ長らに加え、同社喜連川研究所の実験部門の技術者が加わって、過去の実験データに基づき摩耗したハブの残存寿命を推計し、十分な残存寿命が確保される摩耗量を推計するという方法で、交換基準をどこまで緩和できるかの検討を行った結果、スチールホイール装着車で摩耗量〇・八mm(アルミホイール装着車で〇・五mm)以上のものについてハブを交換するとの結論となった。この検討に際し、平成一〇年四月以降の商品情報連絡書による情報では〇・八mm未満の摩耗量で破損している事例が七件あることが問題となったが、〇・八mm未満の摩耗量の場合、計算上は十分な走行寿命が確保されていることから、実際に不具合が起こった七件は、極端に過酷な走行条件か整備不良による特異事例であろうと推測し、その稼働状況、整備状況のデータを収集することになった(弁一六資料一四、一五)。この結論については、一月二八日にS副本部長、E部長らが被告人Y3及び同Y4に報告した。被告人Y3に対する報告に際しては、〇・八mm未満の摩耗量で破損している事例が七件あることも含めて説明された。

(14)  被告会社では、一月二九日に、被告人Y2、同Y4、E品質情報部長、R品質保証本部長代理、D品質統括部長、Pトラック・バスサービス部長らが出席してfile_5.jpg対策本部会議が開かれ(甲九〇資料一九)、ハブの点検基準の検討結果が報告され、了承された。その際、摩耗量〇・八mm未満でハブが破損した事例が平成一〇年四月以降で七件あるとの話が出たが、極端な過積載や整備不良など使用状態が著しく悪い特異事例と思われると説明され、被告人Y2から、摩耗量〇・八mm未満の破損事例について、著しい過積載や整備不良等の事実を調べて整合性のある説明がつくようにするよう指示がされた。また、それまで国土交通省に対してデータがないと説明してきた平成一〇年三月以前の不具合についても取りまとめて報告する方針が決まった。二月一日段階で取りまとめられた商連書一覧表によると、平成四年一〇月以降、約四〇件の破損事例が報告され、うちハブの摩耗量が判明しているのが二〇件で、摩耗量〇・八mm未満の破損事例が一〇件であった。

(15)  H補佐は、一月三〇日、被告会社から、「大型トラック・バス フロントハブ摩耗量点検状況(平成一四年一月二九日現在)」と題する資料(甲八〇資料八―②。ただし、手書き部分は、同補佐がD品質統括部長から聴取して書き込んだもの。)を受け取ったが、スチールホイール装着車で摩耗量〇・八mm(アルミホイール装着車で同〇・五mm)以上でハブを交換した車両が点検台数の一六・二%に達するとの内容であったことから、I部長、J課長にこれを見せて説明した。I部長は、これだけ交換率が高いことからすると、設計から製造に起因する問題があるのではないかとの疑いを強め、H補佐に対して、被告会社にリコール届出をする意思がないかを問い合わせるよう指示した。H補佐は、出張中のF室長にも連絡し、その了承も得た上で、一月三〇日午後八時ころ、被告会社のR品質保証本部長代理に電話し、国土交通省の上層部に報告した結果、これだけ不適合車両の割合が高いということは、整備上の問題だけとして片付けられず、設計上の問題も考えられるから、被告会社がリコール届出をすることが適切との判断であると伝え、被告会社としてリコール届出をどうするかについて見解をまとめて、翌三一日午前中に報告するよう求めた(弁一八資料二六)。

(16)  翌三一日朝、被告人Y3、同Y4、Q品質保証本部長、R同本部長代理、D品質統括部長が本社ビルの被告人Y3の部屋に集まり、H補佐の上記電話の内容についてRから説明を受け、対応について協議した。その後、被告人Y3、同Y4、Q本部長、R本部長代理がG社長、被告人Y2のところに説明に行き、協議した結果、設計上、製造上の要因ではないからリコールを行う法的根拠がないとして、サービスキャンペーンの形でハブの有償交換を無償交換に切り替えることも念頭に置き、しばらく点検結果をみて判断する方向で国土交通省と交渉することとした。R本部長代理は、H補佐に電話をして説明したが、同補佐は、対応が遅れるほどマスコミにたたかれる危険が増すので、遅くとも二月五日までには決断するように求めた。

(17)  被告会社では、国土交通省への説明資料として、「大型トラック・バス フロントハブ摩耗量点検状況(平成一四年一月三一日現在)」と題する資料(摩耗が基準以上の車両の割合が九・一%に減少していることを示すもの。甲九〇資料二三の①。ただし、手書きの書き込み部分は除く。以下同じ。)、「摩耗量と残存寿命」と題する資料(摩耗量と残存寿命の相関関係を示すグラフ等により、ハブのホイール接触面の摩耗量が〇・八mmの場合の残存寿命は、架装がカーゴの車両に一二〇%の過積載状態で一〇〇万kmの走行距離を上回ることが示され、「通常の使用状態において、今回の点検基準により十分なハブの耐久寿命を確保できる」との記載があるもの。同資料の②)、「ハブの強度計算」と題する資料(ハブにかかる負荷により応力が発生する仕組みと各ハブの設計強度を記載して安全率に問題がないことを示すもの。同資料の④)、「整備不良からハブ破損に至るメカニズム」と題する資料(ホイールナットの締付け不良からハブのホイール接触面の摩耗や締付けの不均衡が生じ、応力の増大によりハブの疲労破損に至る経緯を図示するもの。同資料の⑥)、「整備不良時の検証」と題する資料(ホイールナットの締付け不良があるとハブに発生する応力が増加し、摩耗量が多くなるにつれて更に増加することを示すもの。同資料の⑧)等を用意した。翌二月一日午前中に開かれたfile_6.jpg対策本部会議(被告人Y2、同Y4、E品質情報部長、D品質統括部長らが出席。甲九〇資料二二)において、これらの資料に基づき国土交通省に説明し、①ハブの破損は整備不良あるいは想定している条件を著しく超えた使用実態によるものと考えているが、道路交通安全確保の観点から、無償点検を実施していること、②点検基準はある程度過酷な使用条件にも十分に耐え得る安全係数を見込んだものであること、③サービス実施の促進を図るため、必要であれば点検基準を超えているものについて無償交換(サービスキャンペーン)に応じることを基本スタンスとして、国土交通省との交渉を行うことが了承された。

(18)  R品質保証本部長代理、E品質情報部長、D品質統括部長及びO駆動系設計部グループ長は、同日午後、国土交通省を訪れ、F室長、H補佐、K係長らに対し、上記(17)記載の資料を提出した上で、これらを用いて、①整備不良やホイールナットの締付け不良があると、ハブのホイール面が摩耗し、ハブに生じる応力が増大して疲労破損したり、締付けが不均等なために変動応力が増大して、ハブの疲労破損に至るのであり、あくまでも整備不良や過酷な使用条件が破損の原因であって、設計、製造上の要因によるものではないから、リコール届出をすべき場合には当たらないこと、②スチールホイール装着のカーゴについて、ハブの摩耗量が〇・八mmの場合、一二〇%程度の過積載でも一一〇万kmの走行寿命があり、自主点検を通じてこの基準以上のハブを交換すれば、通常の使用状態において十分なハブの耐久寿命を確保できること、③リコールはせずに自主点検を継続するが、摩耗量が基準以上のハブについて有償交換では点検が進まないということであれば、これを無償交換に切り替えることなどを説明した。

(19)  F室長、H補佐は、被告会社側のこの説明内容をM局長、I部長、J課長に報告し、I部長らからT技術総括審議官、U事務次官にも諮った上で、その時点で、整備不良が原因とする被告会社側の説明を覆すだけの技術的根拠を挙げることができないことから、リコール勧告を行うことは困難であり、むしろ再発防止策を早急に実施するという観点から、自主点検の上でハブの摩耗量が基準を上回る車両について無償交換を実施するという被告会社の申出を了承することにした。その結果、被告会社は、リコール対策室と調整した上で、二月六日、国土交通省に対し、三か月間限定で「無償点検/有償交換」を「無償点検/無償交換」として実施することなどを内容とした自主点検強化策の実施を報告した(甲八〇資料一〇)。

三  車両法に基づく報告要求の存否に関する判断

(1)  本件における車両法に基づく報告要求について、検察官の所論は、①上記二で認定した経緯の中で、一月一〇日に瀬谷事故が発生したことに端を発して、翌一一日から三〇日にかりて、リコール対策室長の指揮を受けた同室職員が、面談又は電話により、被告会社の担当者に対し、原因解明と再発防止策について繰り返し報告を求めたことがこれに当たるとした上で、②報告要求を行う権限に関して、国土交通省決裁規則(以下「決裁規則」という。)一〇条一項四号が「許可、認可、免許、承認、指定、指示、決定その他の処分(その取消し及び停止を含む。)(重要なもの及び軽易なものを除く。)」を所管する局長の専決事項としているところ、車両法に基づく報告要求については、この「その他の処分」として、所管する自動車交通局長が専決権者とされており、file_7.jpg本件では、自動車交通局長が法律に基づく報告要求を行う旨の意思決定をしたと認めることができること、file_8.jpg車両法に基づく報告要求については、その目的、内容、これを行う上での実務環境のほか、法律上権限者とされる国土交通大臣の意思等を含めた従前からの慣行上、国土交通大臣からリコール対策室長に専決権限が委譲されていたことを主張する。また、所論は、さらに、③前記①の報告要求は、リコール対策室長の指揮の下、同室職員により行われ、従前の慣行に合致している上、その目的及び内容、経緯から、安全性の確保のためにリコールの実施により対処することを視野に入れて、原因解明と再発防止策の策定をさせるべく、基準不適合状態やメーカー責任の存否等について報告を求めていたものであり、被告会社にとって、車両法に基づく報告要求であることが明らかであったから、被告会社及び被告人らとの関係で、行政行為として有効に成立していると主張する。

(2)  そこで、まず、車両法に基づく報告要求を行う権限について検討すると、車両法六三条の四第一項の文理によれば、「国土交通大臣」が車両法に基づく報告要求の主体として予定されている。しかし、法律が国土交通大臣の権限とする事務は極めて広範に及んでおり、同大臣がこれらすべてを自ら処理することができないことは明らかであって、法律は、一定の範囲の事務について、行政組織内部の決裁規則や慣行により、補助機関等が専決としてこれを行うことを当然に予定していると考えられる。現に、決裁規則一〇条一項四号は、「許可、認可、免許、承認、指定、指示、決定その他の処分(その取消し及び停止を含む。)(重要なもの及び軽易なものを除く。)」について、所管する局長の専決事項と定めているのであり、この規定が、旧運輸省訓令三条三号が「法令に基づく報告の徴収に関する職権」を局長の代決事項と定めていたものを引き継いだものであることからすると、車両法に基づく報告要求については、この「その他の処分」として、これを所管する自動車交通局長が専決権限を有するものと解すべきである。

さらに、車両法に基づく報告要求は、設計又は製造の過程における要因により一定の範囲の自動車が保安基準に適合しない状態にあるか、適合しなくなるおそれがある状態にある場合、それが道路交通の安全を損ない、社会に大きな危害を及ぼすおそれがあり得ることから、自動車製作者等が必要な改善措置を施すことを確保するため、これを所管する国土交通省が自動車製作者等から必要な情報を迅速かつ柔軟に入手し、改善措置が必要な場合には、自動車製作者等に改善措置を促し、これを勧告できるようにするとともに、改善措置の内容が適切であるか否かを確認できるようにすることなどが不可欠であると考えられて認められた制度である。そして、一定の範囲の自動車が保安基準に適合しない状態等にある疑いがある場合には、道路運送車両の安全を確保し、ひいては道路交通の安全を図るために、事態に即応して極めて迅速にこの報告要求を行い、自動車製作者等側の報告に対応しながら、柔軟に報告要求を重ねていく必要性が想定されるが、国土交通省組織令一二条が定める自動車交通局の所管事項が極めて広範囲に及んでいることからすると、このような迅速かつ柔軟な対応が必要な場合に、その都度自動車交通局長の決裁を得なければならないとすることは、現実的でなく、かえって車両法六三条の四の趣旨を没却することになりかねない。

そこで、自動車交通局技術安全部審査課には、専らリコールに関する事務を所管する部署としてリコール対策室が置かれ(国土交通省組織規則九二条一項、二項)、室長がその事務を統括しており(同条三項)、車両法に基づく報告要求については、実務上、自動車交通局長の決裁を得て行うことは異例であり(弁一八資料一五はその例)、審査課長又はリコール対策室長の判断・指示に基づき、同室の職員がこれを行うのが通例であった(証人I、同H(原審)、同M(当審)の各証言)。このことは、過去に、審査課長やリコール対策室長の名義はもとより、同室職員の名義の書面により、車両法六三条の四に規定する報告であることを明示して、報告要求が行われていることからもうかがわれるところである(弁一八資料五、六、八、一〇)。

このような車両法六三条の四第一項の趣旨及びこれに基づく報告要求に関する事務取扱いの実情からすると、車両法に基づく報告要求の事務については、慣行として、決裁規則上の専決権限を有する自動車交通局長から同局技術安全部長、審査課長及びリコール対策室長に、その意思決定を含めた処理権限が委ねられ、法律上の権限を有する国土交通大臣も、これを了承していたものと認めることができる。

(3)  ところで、検察官は、本件においては、一月一一日から三〇日にかけて、国土交通省のリコール対策室職員が、被告会社の担当者に対して、面接又は電話により、ハブの破損の原因解明と再発防止策に関して、繰り返し種々の求めをしたことが車両法に基づく報告要求であると主張している。

しかし、本件においては、起訴状記載の公訴事実によれば、二月一日にD、Eらが国土交通省を訪ね、リコール対策室のF室長、H補佐、K係長らに対して行った説明が、虚偽報告として起訴されているのであり、関係証拠によれば、二月一日のDらのこの説明は、一月三〇日にH補佐がR品質保証本部長代理に対して上記二(15)で認定したとおり報告を求めたことに対応して行われたものと認められるから、まずは、これが車両法に基づく報告要求といえるか否かを検討すべきである。なお、この点に関し、本件当時の自動車交通局長であったM証人は、瀬谷事故後二月一日に本件報告が行われるまでの間にリコール対策室職員が被告会社の職員に様々な要求をしたことは、すべて一体として一個の報告要求と理解しているとしつつ、リコール対策室の被告会社の細かいやり取りの中には、相互に勘違いや間違いが入ることもあり得るから、これを一つ一つ報告要求とこれに対する報告と考えるのではなく、全体として一個の報告要求として考えるべきであり、被告会社の最終的な回答が重要である旨証言しているところ、一月三〇日のH補佐の上記の求めは、その内容からしても、この最終的な回答を求めるものである。

そこで、一月三〇日にH補佐がR本部長代理に対して電話で報告を求めたことが、車両法に基づく報告要求と評価できるか否かについて検討すると、まず、上記(2)で認定したとおり、自動車交通局技術安全部長、審査課長、リコール対策室長には、慣行上、車両法に基づく報告要求の事務を行う権限が認められる。また、本件に関しては、上記二(3)で認定したとおり、決裁規則上車両法に基づく報告要求の専決権限を有するM自動車交通局長が、一月一五日に瀬谷事故について報告を受け、I技術安全部長、Hリコール対策室課長補佐らに対し、メーカーから報告を求めるなどして調査し、原因と改善措置について明らかにするように指示することによって、リコールを所管する技術安全部審査課とリコール対策室に対し、ハブ破損の原因を解明し改善措置を講じさせるため、被告会社に対して必要な報告要求を行うことについて、包括的に命じたものと認めることができる。したがって、I技術安全部長、J審査課長及びFリコール対策室長は、上記の実務慣行上の権限に加えて、このM局長の包括的な指示により、被告会社に対して必要な報告を求める権限が与えられていたと認められる。

これに関し、所論は、報告要求の決裁は報告を求める具体的な質問の内容を確定して行われるべきであり、単に「報告要求をする」というような決裁や包括的な再委任は許されないと主張する。しかし、本件においては、広く一般的に報告要求をすることを委任したというのではなく、瀬谷事故で生じたハブ破損の原因と改善措置を明らかにするための被告会社に対する報告要求という限定された事項について、Iらに包括的に命じたものである。上記のとおり、一定の範囲の自動車が保安基準に適合しない状態等にある疑いがある場合には、道路運送車両の安全を確保し、ひいては道路交通の安全を図るために、事態に即応して極めて迅速にこの報告要求を行い、自動車製作者等側の報告に対応しながら、柔軟に報告要求を重ねていく必要性が、当然に想定される。このように迅速かつ柔軟な対応が必要な場合に、報告を求める具体的な質問の内容を確定してその都度自動車交通局長の決裁を得なければならないとすることは、現実的でなく、車両法六三条の四の趣旨を没却することになりかねないから、報告要求の内容が上記の程度に限定されていれば、それ以上の具体的な質問の内容の確定は、補助機関に委ねることも許容されるものと解すべきである。そして、H補佐は、上記二(15)で認定したとおり、I技術安全部長の具体的な指示を受け、J審査課長、Fリコール対策室長の了承も得た上で、R本部長代理に対して報告を求めたものであり、これを行う権限に欠けるところはない。

(4)  次に、このH補佐がR品質保証本部長代理に対して報告を求めた行為が、被告人らとの関係で、車両法に基づく報告要求として有効に成立しているか否かについて検討する。

まず、車両法に基づく報告要求は、法律上要式行為とはされていないから、電話により口頭で行うことも許されるし、上記二で認定した経緯からすると、緊急に報告を求める必要が認められるから、口頭で行ったこともやむを得ないところである。報告要求が今回のような態様で行われた点については、国民に義務を課すものとしては不適当との見方もあり得るが、本件は、リコールという極めて専門性の高い事務を共に日常的に取り扱う国土交通省と自動車製作者との間における問題であって、一般の場合とは同列に論じられないというべきであり、とりわけ、瀬谷事故直後における事柄の緊急性に照らせば、本件のような態様で報告要求が行われたことを不当視するのは、相当でないと認められる。

次に、H補佐がR本部長代理に求めた内容をみると、自主点検においてハブの摩耗量が交換基準以上の車両が一六・二%に達することを国土交通省の上層部に報告した結果、これだけ交換率が高いということは、整備上の問題だけとして片付けられず、設計上の問題も考えられるから、被告会社がリコール届出をすることが適切との判断であることを告げた上で、被告会社としてリコール届出をどうするかについて見解をまとめて、翌三一日午前中に報告するよう求めたというのである。これは、車両法六三条の三の改善措置の届出が必要という国土交通省の担当部局としての判断を伝え、これについての被告会社の見解(改善措置の届出を行うか否かだけでなく、行うとすれば改善措置の内容、行わないとすればその理由を含むと認められる。)の報告を期限を定めて求めたものであり、正に車両法六三条の四第一項にいう「前二条(六三条の二及び三)の施行に必要な限度において、基準不適合自動車を製作した自動車製作者等に対し、その業務に関し報告」を求める内容となっており、根拠条文を明示しているわけではないが、車両法に基づく報告要求であることは明白であって、このことは、被告会社における国土交通省との交渉担当者として要求を受けたR本部長代理や、Rらからその要求について聞いた被告人三名及び共犯者とされるD品質統括部長らにとっても明らかであったと認められる。

(5)  以上によれば、H補佐のR本部長代理に対する上記要求は、権限、方法、内容のいずれの点からみても、車両法に基づく報告要求として適法・有効に行われたものと認めることができる。なお、上記のとおり認められる以上、一月一一日から三〇日までにリコール対策室職員が被告会社の担当者に対して行ったその余の種々の求めが車両法に基づく報告要求に当たるか否かについては、この際、更に立ち入って論ずる必要は認められないところである。

訴因との関係について付言すると、本件公訴事実では、二月一日、国土交通省において、リコール対策室長Fほか二名から報告を求められた際の説明が問題とされているが、ここにいう「報告を求められた」との点については、原審の審理過程において、検察官が、その前提として、冒頭陳述に対する釈明を求められた段階から、瀬谷事故の発生後、二月一日までの間に数度にわたって報告要求がされており、その中で二月一日に結びつくまでの報告要求があったとして、控訴趣意と同旨の主張をしているところである。したがって、上記の説明が一月三〇日の報告要求を受けて行われたと認定することについては、訴因との関係でも特に支障はないものと理解される。

四  弁護人の所論について

(1)  所論は、①決裁規則一〇条一項四号は、許可、認可、免許、承認、指定、指示、決定その他の処分のうち、「重要なもの及び軽易なものを」除いて、局長の専決事項としているのであり、「特に重要なもの」は四条六号により大臣の決裁事項とされ、「重要なもの」は七条三号により事務次官の専決事項とされているところ、車両法一〇五条、同法施行令九条が、国土交通大臣から地方運輸局長に委任できる権限から車両法に基づく報告要求の権限を明文で排除していること、車両法に基づく報告要求は違反者に対して刑事罰を科すものであることを考えると、その報告要求は「特に重要なもの」に該当すると解すべきであり、その専決権限は自動車交通局長に付与されていないこと、②国土交通省訓令である決裁規則は、「許可、認可、免許、承認、指定、指示、決定その他の処分」のうち「軽易なもの」であっても課長等にしか専決権限を付与していないのであるから、慣行により課長より下位のリコール対策室長に車両法に基づく報告要求の専決権限が付与されていると解することはできないこと、③同じ内容の専決権限が階位を異にする複数の者に付与されているということ自体専決の趣旨に反するから、車両法に基づく報告要求の専決権限が、決裁規則により自動車交通局長に付与されるとともに、慣行によりリコール対策室長に付与されていたと解することはできないことを主張する。

しかし、まず、所論③についてみると、各省の訓令や地方自治体の決裁規程等により専決権限が定められている場合であっても、実務上の必要性と合理性があれば、慣行上更に下位の者に事務処理を行う権限が委ねられることはあり得るところである(最高裁昭和五一年五月六日第一小法廷判決・刑集三〇巻四号五九一頁参照)。これを車両法に基づく報告要求についてみると、道路運送車両の安全を確保し道路交通の安全を図るために、事態に即応して迅速かつ柔軟にこの報告要求を実施する必要がある場合が当然に想定されるのであり、その性質上、専決権限を一人の者に限定することは現実的でないから、専決権限が複数の者に付与されているということ自体が専決の趣旨に反して認められないという所論は、採用できない。

また、所論①及び②についてみると、「専決」は、「行政官庁」が法律上権限を有することを前提として、「行政官庁」とその補助機関を含めた行政組織内部の事務処理において、どのような手続によれば行政組織を代表する「行政官庁」の行為といえるかという問題であり、権限を相手方に移す委任とは異なるものであるから、所論指摘の点を考慮しても、実際の事務処理に際して、自動車交通局長に専決権限を認めることに特段の問題はないものと解される。また、上記のとおり、車両法に基づく報告要求は、道路運送車両の安全を確保し道路交通の安全を図るために、迅速かつ柔軟に実施しなければならないのであり、報告を求める都度国土交通大臣や自動車交通局長の決裁を得なければならないとすることは、現実的ではなく、法六三条の四の趣旨を没却するものであるから、車両法及び決裁規則が、車両法に基づく報告要求に関する事務処理を行う権限について、自動車交通局長からリコールに関する事務を所管する補助機関に処理を委ねることを排除する趣旨であるとは解されないところである。

そして、国土交通省組織規則九二条一項、二項により、自動車交通局技術安全部審査課に、専らリコールに関する事務を所管する部署としてリコール対策室が置かれ、室長がその事務を統括しているところ、このような車両法及び決裁規則の定めの下で、車両法に基づく報告要求が国土交通大臣名義で行われた例は証拠上見当たらず、自動車交通局長名義で行われた例も少なく、審査課長やリコール対策室長、同室職員名義の書面により行われた例が多く認められることからすると、実務慣行上、決裁規則に基づき専決権限を有する自動車交通局長から審査課長及びリコール対策室長や、これを指揮監督する技術安全部長に、その意思決定を含む処理権限が委ねられており、国土交通大臣も、その慣行を了承していたものと認められる。所論はいずれも理由がない。

(2)  所論は、決裁規則一五条一項は、専行権限を有する場合に自らが決裁する必要がない事項を下位者に専決させることができることを定めているが、専決権限を有する場合にその事務を下位者に専決させることを認めていないのであるから、専決権限に属する事項については、専決権者が自ら専決権限を行使することが必要であり、これを下位の職位の者に専決させることは認められないとも主張する。

しかし、決裁規則一三条は、官房長等(局長も含む。)の専決に属する事項のうち、部の所掌事務に係るもの等について、その定めるところにより、部長等の専決とすることを認めているのであるから、少なくとも、自動車交通局長が、リコールに関する事務を所掌する技術安全部長に車両法に基づく報告要求の専決権限を委ねることは決裁規則上認められているのであり、上記のような車両法に基づく報告要求に関する実務の取扱いからすると、慣行上、技術安全部長にその事務の専決権限が委ねられていたことは明らかである。また、決裁規則は、国土交通省訓令として国土交通大臣が定めたものであるから、車両法に基づく報告要求の事務を審査課長又はリコール対策室長の判断で行う慣行を国土交通大臣も了承している以上、これに従い審査課長又はリコール対策室長が車両法に基づく報告要求の事務を行うことが、決裁規則により排除されているとは考えられない。

(3)  所論は、車両法に基づく報告要求が存在するというためには、要求を受けた者に対し権限者である国土交通大臣によることが明示され、処分の内容、処分日時、報告期限が明示されていなければならない上、これが相手方に伝達され、相手方がこれを了知したときに効力を生じるとされているところ、①本件においては、国土交通大臣によることを明示した報告要求はないこと、②行政処分であることを外部に明らかにすることを求められているのは、それが国民の権利義務に関するものであるからである以上、行政処分の主体、内容、根拠条文等を明らかにすることは、行政処分をする側に課せられた義務であり、当該行為が行政処分として成立するための不可欠の要件であること、③行政官庁の名を表示しないで行政処分の主体が明らかであることはあり得ないこと、④報告要求を実際に実施する主体、報告要求の目的、内容、経緯、相手方の対応、報告要求の実例等は、相手方からしてみると、行政処分としての報告要求と行政指導としての事実上の報告要求の区別をする上で何の意味もないこと、⑤相手方の対応により行政処分であるか否かを区別することは、複数の相手方に対して一定の行為をした場合に、それが行政庁による行政処分であると認識した相手方との関係では行政処分となり、そうでなかった相手方との関係では行政処分ではないという事態を招くので、そのように解することはできないこと、⑥過去に、審査課長、リコール対策室長、同室係長又は係員の名義の書面により報告を求められていたのは、行政指導としての報告要求や事実上の情報提供要請であり、被告人らは、常日ごろ、こうした行政指導としての報告要求や情報提供要請等を受け、これに対応していただけであるから、本件におけるH補佐からR本部長代理に対する求めについても、車両法に基づく報告要求とは認識していなかったこと、⑦報告要求の内容が不明確で特定できないことなどの点を指摘して、車両法に基づく報告要求が存在しなかったと主張する。

そこで検討すると、車両法に基づく報告要求が行政処分として有効に成立するためには、相手方にそれであることが了知されなければならないことは、所論の指摘するとおりであるが、それには、必ずしも国土交通大臣の名義を明示しなければならないわけではない。過去の実務の運用においても、国土交通大臣の名義を明示して車両法に基づく報告要求を行った例は証拠上見当たらず、自動車交通局長、審査課長、リコール対策室長又は同室職員の名義の書面により、法六三条の四という根拠条文を明示して報告要求を行った例があることは既に述べたとおりであるところ、このような方法によれば、たとえ国土交通大臣の名義を明示しなくとも、車両法に基づく報告要求であることは、誰の眼から見ても明らかである。このような根拠条文を明示した書面によるものの、車両法に基づく報告要求ではなく、行政指導による報告要求か事実上の情報提供要請にすぎないという弁護人の所論には、無理があるといわざるを得ない。

そして、本件報告要求においては、国土交通大臣の名義が明示されていないことは、所論が指摘するとおりであり、また、根拠条文も明示されていないが、上記二(15)で認定したとおり、専らリコールに関する事務を所管するリコール対策室の課長補佐であるHが、国土交通省の上層部に報告した結果、整備上の問題だけとして片付けられず、設計上の問題も考えられるから、被告会社がリコール届出をすることが適切との判断に至ったことを告げた上、期限を切って、リコール届出をどうするかについて被告会社としての見解を報告するよう求めたのであるから、やはり誰の眼から見ても車両法に基づく報告要求であることは明らかであり、その内容も明確に特定されているのであって、そのことは、被告人三名及び共犯者であるD品質統括部長、E品質情報部長らも認識していたものと認められる。また、車両法に基づく報告要求が要式行為ではないこと、この報告要求はリコールという極めて専門性の高い事務を共に日常的に取り扱う国土交通省と自動車製作者との間における問題であって、一般の場合とは同列に論じられないこと、瀬谷事故直後における事柄の緊急性に照らし、今回のような態様で報告要求が行われたことを不当視すべきでないことは、上記三(4)において指摘したとおりである。したがって、弁護人の上記の所論は、いずれも採用できない。

(4)  所論は、二月一日のDらの説明は、マスコミリリース用資料の下打合せとして行ったものであって、車両法に基づく報告要求に対する報告ではないと主張するようである。しかし、上記二(15)ないし(18)で認定した経緯からすると、H補佐がR品質保証本部長代理に対して電話で報告要求をしたことを受けて、翌朝被告人三名を含むa社の幹部が緊急に協議し、被告会社のG社長の了承も得て、国土交通省に対する報告方針を決定し、これに基づきD品質統括部長やE品質情報部長らが本件報告を行ったことは明らかである。E部長は、一月三一日に本社ビルから川崎工場の駆動系設計部に本件報告に用いられた資料の作成に協力を求めるファックス(甲九一資料四)を送っているが、その内容からも、国土交通省に対し緊急の技術説明を行う必要が生じて、これらの資料が作成されたことが裏付けられている。

所論は理由がない。

五  小括

以上によれば、本件において車両法に基づく報告要求が存在し、これに対応して公訴事実記載の報告が行われたことは明らかであり、これが証拠上認め難いとした原判決は、事実を誤認している。

第二虚偽報告について

一  関係証拠によれば、上記第一の二で認定したとおり、①被告会社が製作したトラック、バス等の大型車両においては、平成四年の高知山秀急送の事故以来、ハブの輪切り破損による不具合が散発していたこと、②被告会社では、高知山秀急送の事故及び平成一一年の中国JRバスの事故の際、実車応力測定や台上耐久試験、ハブのサンプリング調査等を実施して検討した結果、ハブの破損の原因として、ホイールナットの締付け不良等の整備不良によりボルトの軸力不足が生じ、ハブのホイール取付け面が摩耗し、ハブフランジ付け根部の応力が増大する状態で、走行負荷が繰り返しかかることにより、ハブが疲労破損するというメカニズムを推論していたことを認めることができる。

二  しかしながら、上記第一の二(13)及び(14)で認定したとおり、被告会社において自主点検の際のハブの交換基準を決めるに際し、平成一〇年四月以降ハブの破損が二六件発生し、そのうち七件については、交換基準である〇・八mm未満の摩耗量で破損したことが判明していた。そして、これらの事例において極端な過積載や整備不良など使用状態が著しく悪かったことを実証できるだけの情報は得られておらず、むしろ、その稼働状況や整備状況に関するデータを収集することが課題とされている状況にあったのであり、被告人三名及びD品質統括部長、E品質情報部長らも、その状況について認識していた。こうした事情がある以上、ハブの破損の原因が整備不良による摩耗や過酷な使用条件であり、設計、製造上の要因による強度不足ではないことが明らかになっていたとはいえず、摩耗量〇・八mm以上のハブを交換しても、通常の使用状態においてハブの破損を防止できないおそれがあることを否定し得ないのであって、そのことは被告人三名らも十分に認識していたと認められる。

それにもかかわらず、上記第一の二(15)ないし(18)で認定したとおり、被告人三名らは、本件報告要求を受けると、ハブの破損の原因は整備不良による摩耗や過酷な使用条件であって、設計、製造上の要因による強度不足ではなく、自主点検を継続して、摩耗量〇・八mm以上のハブを交換すれば、通常の使用状態において十分なハブの耐久寿命を確保できることが明らかになっているかのような事実に反する報告を行うとの方針を了承し、D部長、E部長らは、この決定に従って、Fリコール対策室長らに本件報告を行ったものと認められる。

三  以上によれば、本件報告の内容が虚偽であること、被告人三名は、そのことを十分に認識しながら、D部長、E部長らと虚偽の報告を行うことを共謀し、両部長らが本件虚偽報告を行ったことを認めることができる。

四  被告人らは、高知山秀急送及び中国JRバスの事故の際に、各種の試験や調査を行った結果として、ホイールナットの締付け不良という整備不良に起因するハブの摩耗が破損の原因であることが明らかになっていたのであり、本件報告内容は虚偽とはいえないし、少なくとも被告人三名には虚偽報告との故意がなかった旨弁解し、弁護人もこれに沿う主張をする。

確かに、被告会社においては、高知山秀急送及び中国JRバスのハブ破損事故の際、実車応力測定や台上耐久試験、ハブのサンプリング調査等を実施して検討した結果、整備不良によるハブの摩耗が破損の原因であると推定していたのであり、本件当時、被告会社内で、この推論が技術的根拠を全く欠くものと考えられていたとは認められない。そして、瀬谷事故の後の被告会社の対応は、この推論を前提としており、被告人三名も、部下からの説明を受け、この推論を認識していたものと認められる。

しかしながら、平成四年一〇月以降、本件報告を行うまでに、約四〇件のハブの破損事例が報告され、ハブの摩耗量が判明している二〇件のうち、摩耗量〇・八mm未満の破損事例がその半分の一〇件に及んでおり、これらについて極端な過積載や整備不良など使用状態が著しく悪かったことを実証できるだけの情報は得られていなかったのであるから、整備不良によるハブの摩耗や過酷な使用条件が破損の原因であることは明らかとはいえず、摩耗量〇・八mm以上のハブを交換しても、通常の使用状態においてハブの破損を防止できないおそれがあることを否定し得ない状況にあった。言い換えれば、本件当時、整備不良によるハブの摩耗や過酷な使用条件が破損の原因であり、摩耗量〇・八mm以上のハブを交換すれば、通常の使用状態においてハブの破損を防止できるという本件報告の内容は、過去に行った限定された試験等の結果に基づく一応の推論・仮説にすぎず、摩耗量〇・八mm未満での破損事例が、この推論と整合するか否かについて、実証的なデータが得られていない状況にあった。そして、証拠上、被告人三名がこれらの約四〇件のハブの破損事例の詳細を認識していたとまでは認められないものの、平成一〇年四月以降の破損事例二六件のうち七件の摩耗量が〇・八mm未満であることについては、部下の報告を受けていたのであるから、被告人三名も、上記のような状況にあることを認識していたはずである。

このことは、一月二九日に被告人Y2及び同Y4が出席したfile_9.jpg対策本部会議において、摩耗量〇・八mm未満でハブが破損した事例が平成一〇年四月以降で七件あるとの話が出て、極端な過積載や整備不良など使用状態が著しく悪い特異事例と思われるとの説明がなされたものの、被告人Y2から、摩耗量〇・八mm未満の破損事例について、著しい過積載や整備不良等の事実を調べて整合性のある説明がつくようにするよう指示があったことによっても裏付けられている。なお、被告人Y3は、この会議に出席していないが、前日に同様の説明を受けた上で、摩耗量〇・八mm以上というハブの交換基準を了承している。

また、被告会社においては、二月一日の本件報告から間もない同月一五日に、ハブ関連懸案事項が取りまとめられているが、そこには、ハブの強度検証も懸案事項として掲げられ、その具体的項目として「正規締め付け時に車両寿命まで強度OKかの検証と評価基準作り」や「摩耗のメカニズム」が記載されていた(甲九二資料一四)。そして、同月下旬ころから、被告人Y3の指示により、トラック・バス開発本部内でハブの強度検証のワーキングが開始されたことが認められる。こうした本件直後の被告会社内の動きも、ハブの破損は整備不良による摩耗や過酷な使用条件が原因であり、摩耗量〇・八mm以上のハブを交換すれば通常の使用状態においてハブの破損を防止できるという本件報告の内容が、本件当時、実証的な裏付けデータを欠いた推論にすぎず、被告人三名らを含む被告会社の幹部が、そのことを認識していた事実を裏付けている。

そして、このワーキングによる検証の結果、約一か月後の三月下旬には、返品されたハブを調査した結果、ハブの摩耗が基準以上か未満かによって、亀裂の発生率に有意な差異はないことから、ハブの摩耗は破損にそれほど影響しないこと、むしろ定常円旋回(一定の半径の円に沿って車を旋回させること)の際にハブに発生する最大応力値が疲労限度応力以下でなければならないという基準が満たされておらず、ハブの強度に問題があることが判明した(証人Nの証言、甲八〇資料一三表三、同資料一四の一の(2))。被告人Y3は、当審公判において、この調査結果に関し、疲労安全率が基準を下回ったとしても、その車種に求められる平均の走行距離は耐えられるという認識であったと供述するが、通常あり得る走行条件である定常円旋回(〇・一三G旋回)や交差点左折時の旋回でも、疲労安全率が基準を大幅に下回っていることからすると、被告人Y3のこの供述は不自然であり、Nの証言に照らしても、信用性に乏しい。しかも、その後、自主点検で摩耗量〇・八mm未満であったためハブを交換しなかった車両について、ハブの破損事故が相次いで発生したことなどから、一一月には、被告会社は、摩耗量の点検を止めて、一定の車種のハブをすべて交換する措置をとるに至った(証人Nの証言)。これらの事実も、整備不良によるハブの摩耗や過酷な使用条件が破損の原因であり、摩耗量〇・八mm以上のハブを交換すれば、通常の使用状態においてハブの破損が防止できるとの本件報告の内容が、実証的な検証に裏打ちされたものではなく、一応の推論、仮説のレベルのものに過ぎなかったことを裏付けている。

五  弁護人は、摩耗量〇・八mm未満で破損した七件の事例について、過酷使用があったという検証はできていなかったが、被告人らは、駆動系設計部の見解によれば過度の整備不良、過酷使用があれば摩耗の程度が小さくてもハブの破損が発生すると説明されていた上、実際に市場で使用されていた約一二万台のうちの七件で破損が生じたにすぎないのであり、市場における使用実態として過度の整備不良、過酷使用が多数存在するものと認識していたのであるから、少ない摩耗量でハブの不具合が生じたとしても、駆動系設計部見解と矛盾するものではなく、整合性を有するものであり、その七件は検証を待つまでもなく過度の整備不良あるいは過酷使用によるものであると信じていたと主張する。

しかし、ハブは、重要保安部品として破損することが想定されていない部品であるから、自社が製造し市場に出ている搭載車両が一二万台であり、実態として過積載や著しい整備不良が多数存在すると認識していたからといって、そのうち二六台が四年足らずのうちにハブの破損を生じてもやむを得ないと評価することが許されないことは明らかであり、上記第一の二で認定した瀬谷事故後の被告会社の対応の経緯をみても、被告人三名を含む被告会社の関係者が所論主張のように信じていたものとは認められない。しかも、被告人らが認識していたと証拠上認定できる破損事例二六件のうち、四分の一以上の七件が交換基準とされた摩耗量〇・八mm未満で破損していたのであるから、この交換基準でハブを交換してもハブの破損を防止できないおそれがあることは否定し難い。また、所論がいうように、被告人らが、摩耗量〇・八mm未満でハブが破損した事例について、過度の整備不良や過酷使用によるとの説明を受けていたとしても、実証的データによる裏付けのない説明であり、上記四で述べたとおり、被告人三名もそのことを十分に認識していたと認められる。また、瀬谷事故後の一月一八日に、被告会社の法務部長が、被告人Y3及び同Y4を含む被告会社の幹部に対し、警察対応の成否は締め付け不良がなければ不具合が発生しないことをデータに基づいて疎明できるか否かにかかっていることを指摘していた(甲九五資料一六)。そして、上記第一の二で認定したとおり、被告人三名らが出席した一月一七日のfile_10.jpg対策本部会議において、摩耗量が少ないのに破損した事例があることを念頭に置いて、不具合事例における使用状況について調査する必要性が確認され、一月二九日の同会議でハブの点検基準の検討結果が了承された際にも、被告人Y2から、摩耗量〇・八mm未満の破損事例について、著しい過積載や整備不良等の事実を調べて整合性のある説明がつくようにするよう指示がされている。こうした事情に照らすと、被告人三名は、摩耗量〇・八mm未満でハブが破損した事例が七件ある以上、整備不良によるハブの摩耗や過酷な使用条件が破損の原因であり、摩耗量〇・八mm以上のハブを交換すれば、通常の使用状態においてハブの破損が防止できるとの本件報告の内容が、実証的な検証に裏打ちされたものではなく、国土交通省がこのことを知った場合、リコールを求められるおそれが高いことを承知していたと認められる。

これらの事情からすると、被告人三名は、本件当時、ハブの破損の原因は整備不良による摩耗や過酷な使用条件であり、設計、製造上の要因による強度不足ではなく、自主点検を継続して摩耗量〇・八mm以上のハブを交換すれば通常の使用状態において十分なハブの耐久寿命を確保できることが明らかであるかのような本件報告が、リコールが必要か否かを判断する上で重要な事項に関して事実に反することを十分に認識していたと認められるのであって、被告人らに虚偽報告の故意がなかったとの弁護人の所論は、採用できない。

第三結論

以上によれば、被告会社の従業者である被告人三名が、D品質統括部長、E品質情報部長らと共謀の上、被告会社の業務に関し、車両法に基づく報告要求を受けて虚偽の報告をした事実を認定することができる。したがって、被告人四名を無罪とした原判決は、事実を誤認しており、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄した上、同法四〇〇条ただし書を適用して、当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告会社は、東京都港区<以下省略>(平成一五年五月一日、同区<以下省略>に、平成一九年一月一日、同区<以下省略>に変更)に本店を置き、自動車及びその部品の開発、設計、製造、売買等の事業を営む自動車製作者、被告人Y2は、被告会社取締役副社長兼最高執行責任者であり、かつ被告会社の社内分社であったa社社長として、被告会社代表取締役社長兼最高経営責任者の命を受けて、a社の業務全般を統括していたもの、被告人Y3は、被告会社常務執行役員であり、かつ、a社副社長兼同トラック・バス開発本部長として、被告人Y2を補佐し、その命を受けてトラック・バス開発本部の開発業務全般を統括するとともに、他の職制に対し必要な指示を与える権限を有していたもの、被告人Y4は、被告会社執行役員であり、a社品質保証・購買担当として、被告人Y2の命を受けて、トラック・バス関係の品質に関する業務等を統括していたものであるが、被告人三名は、a社品質統括部長D、a社トラック・バス開発本部品質情報部長Eらと共謀の上、被告会社の業務に関し、平成一四年一月三〇日午後八時ころ、国土交通省におけるリコールに関する事務を所管する部署の統括者ないしその直属部課長であり、かつ、M自動車交通局長から包括的指示を受けていたI技術安全部長、J同部審査課長及びF同課リコール対策室長からの指示を受けたH課長補佐から、被告会社品質保証本部R本部長代理を通じて、車両法六三条の四第一項に基づき、国土交通省としては、被告会社が製造したトラック、バス等の大型車両の共用部品であり、前輪のタイヤホイールと車軸を結合する重要保安部品であるフロントホイールハブについて、設計上の問題がある疑いがあり、リコール等の改善措置を届け出ることが相当であると考えるが、被告会社として改善措置の届出をどうするかについて見解をまとめて報告するよう求められたのに対し、同年二月一日午後一時ころ、D部長及びE部長らが、東京都千代田区<以下省略>所在の国土交通省内リコール対策室において、F室長、H補佐らに対し、真実は、平成一〇年四月以降にハブが輪切り破損する不具合が二六件発生しており、そのうちハブのホイール取付け面の摩耗量が〇・八mm未満で不具合を生じたものが七件あったことから、摩耗が破損の原因であるか否か明らかではなく、ハブの点検を実施して摩耗量が〇・八mm以上のハブを交換しても、通常の使用状態においてハブの破損を防止することができるとは限らなかったにもかかわらず、ハブ破損の原因は設計・製造上の要因による強度不足ではなく、整備不良に起因するハブのホイール取付け面の異常摩耗や過酷な使用条件であり、ハブの点検を実施して、スチールホイール装着車両につき摩耗量〇・八mm以上のハブを交換すれば、通常の使用状態において十分なハブの耐久寿命を確保できるから、改善措置の届出をすべき場合には当たらないと説明し、もって改善措置に関する国土交通大臣からの報告要求に対し、虚偽の報告をしたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

罰条 被告人三名につき、それぞれ刑法六〇条、平成一四年法律第八九号附則九条により同法律による改正前の道路運送車両法一一〇条一項三号、六三条の四第一項、一一一条。

被告会社につき、以上を前提に同法一一一条。

労役場留置 被告人三名につき、それぞれ刑法一八条一項、四項。

訴訟費用(原審及び当審) 被告人四名につき、それぞれ刑訴法一八一条一項本文、一八二条(連帯負担)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井敏雄 裁判官 稗田雅洋 兒島光夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例