東京高等裁判所 平成19年(ネ)1012号 判決 2007年9月12日
控訴人兼被控訴人(一審原告)
株式会社 ダイエー(以下「一審原告」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
遠藤英毅
同
今村健志
同
戸張正子
同
宮坂英司
被控訴人兼控訴人(一審被告)
ノースランド有限会社(以下「一審被告」という。)
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
古田啓昌
同
桑原秀介
同
檜山聡
主文
一 一審原告の本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(1) 一審原告が一審被告から賃借している原判決別紙物件目録記載一ないし一〇の土地建物の賃貸借契約の賃料は、平成一六年二月一〇日以降一か月四六二〇万円(消費税別)であることを確認する。
(2) 一審原告のその余の請求を棄却する。
二 一審被告の本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を一審原告の負担とし、その余を一審被告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 一審原告の控訴の趣旨
(1) 原判決中、一審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告を賃借人、一審被告を賃貸人とする原判決別紙物件目録記載一ないし一〇の土地建物の賃貸借契約の賃料が、平成一六年二月一〇日以降、一か月三一七二万円であることを確認する。
(3) 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。
二 一審原告の控訴の趣旨に対する一審被告の答弁
(1) 一審原告の本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は一審原告の負担とする。
三 一審被告の控訴の趣旨
(1) 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。
四 一審被告の控訴の趣旨に対する一審原告の答弁
(1) 一審被告の本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は一審被告の負担とする。
第二事案の概要
本件は、一審被告から土地、建物を、賃料月額五五五七万〇三九九円で賃借して大規模なスーパーマーケットを経営している一審原告が、平成一六年二月九日当時の貸主に対し賃料減額請求をしたことにより、同日一〇日以降の賃料が一か月三一七二万円に減額されたとして、同日以降の賃料が一か月三一七二万円であることの確認を求めた事案である。
一審被告は賃料減額を必要とするような事情変更はなく一審原告の賃料減額請求は理由がないとして、一審原告の本訴請求の棄却を求めた。
原審は、原審が鑑定を命じた鑑定人の鑑定(以下「裁判所鑑定」という。)に基づき、平成一六年二月一〇日以降の賃料は一か月四九七〇万円(消費税別)であるとして、一審原告の本訴請求をその限度で認容し、その余の請求を棄却したところ、一審原告及び一審被告双方が不服を申し立てた。
そのほかの事案の概要は、次のとおり付加し、又は、訂正するほかは、原判決の事実及び理由欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
一 原判決二頁一三行目末尾の次に行を改め次のとおり加える。
「 なお、平成一六年二月九日の上記賃料減額請求当時の賃貸人は株式会社ジェー・イー・エルであったが、本件訴訟係属中である平成一七年二月二八日同社の組織変更により有限会社ジェー・イー・エルが設立され(同年三月一日登記。なお、便宜上、以下、「株式会社ジェー・イー・エル」及び「有限会社ジェー・イー・エル」をいずれも単に「ジェー・イー・エル」という。)、同社が賃貸人となり、さらに、同社が同年五月二日一審被告に吸収合併された(同日登記)ため、同日、一審被告が賃貸人の地位を承継した。
また、本件土地建物の当初の賃借人は株式会社北広島エステート(以下「北広島」という。)で、一審原告は、北広島からの転借人であったが、平成一四年一一月一日、北広島から賃借人の地位を承継した。」
二 原判決二頁二一行目の「商号」を「現商号」に、同三頁六行目の「(本件店舗)を建築し、」を「(本件店舗)を建築し、これを北広島に店舗として賃貸するとともに、」に、同五頁一一行目の「五五〇万円を交付した」を「五五〇万円の交付を受けた」にそれぞれ改める。
三 原判決七頁三行目冒頭から同七行目末尾までを次のとおり改める。
「ウ 裁判所鑑定に対する批判
原審は裁判所鑑定に依拠して判断しているが、裁判所鑑定は以下のとおり不当なものである。
(ア) 本件賃貸借においては、平成五年一〇月ころ、当時の賃借人である北広島が当時の賃貸人であるジェー・イー・エルに対し建築協力融資金として三八億四〇〇〇万円を交付し、その後、平成八年一〇月一七日に建築協力融資金を二五五〇万円増額し、建築協力融資金の額は三八億六五五〇万円となったが、裁判所鑑定はこの運用益を実質賃料に加えていない点で不当である。
不動産鑑定評価基準における賃料の鑑定評価は、実質賃料の鑑定評価を原則とする。そして、実質賃料は、『賃料の種類の如何を問わず貸主に支払われる賃料の算定の期間に対応する適正なすべての経済的対価をいい、純賃料及び不動産の賃貸借等を継続するために通常必要とされる諸経費等から成り立つ類のものである。』と定義されており、支払賃料は実質賃料から一時金の運用益及び償却額を控除して求めるとされている。
賃料の鑑定評価は、対象不動産の用益の経済的対価を評価することであるから、賃借人が賃貸人に対し、賃貸借に関して金融の利益を与える場合は、その運用益を経済的に評価し、賃料としての名目が付されないものでも、実質的に賃料として評価する。
本件建築協力融資金は、据置期間一〇年、返済期間一〇年、据置期間は無利息、その後利息二パーセントというもので、賃貸人に経済的利益を与えるものであるから実質賃料に含めるべきものである。
(イ) 裁判所鑑定は、上記のとおり本件建築協力融資金の運用益を実質賃料算定において考慮していないが、他方で、一審被告が平成一六年一〇月二八日から本件建築協力融資金の返済を開始することを差額配分法、スライド法、利回り法等試算賃料の調整の各鑑定過程に反映させていることも不当である。
(ウ) 本件賃貸借契約はいわゆるオーダーメイド賃貸借ではないのに、裁判所鑑定は本件賃貸借をオーダーメイド賃貸借としている。すなわち、本件賃貸借契約締結当時の賃貸人であるジェー・イー・エルの代表者は一審原告の創業者Cの長男であるDで、本件賃貸借は賃貸人に利益が還元されるよう仕組まれたものである。本件賃貸借契約の対象となっている本件土地建物は転用が可能であり、転用可能性の乏しいいわゆるオーダーメイド賃貸借とは異なる。また、本件賃貸借ではオーダーメイド賃貸借に通常ある賃料保証が存在しない。
しかるに、裁判所鑑定は、本件賃貸借契約がオーダーメイド賃貸借であるとして、① 差額配分法における配分比において、賃貸人に帰属するマイナス配分の割合を三分の一とし、② 利回り法において継続賃料利回りを上方修正し、③ スライド法においても変動率の最も低い継続賃料の変動率を採用している。
(エ) 裁判所鑑定は、市中金利を基準に敷金の運用利回りを二パーセントとしているが、敷金のような一時金の運用利回りは、投資家である貸主にとっての事業資金であるから市中金利を基準とするのは相当でない。平成一六年地価公示において、三大圏及び地方中心都市以外の商業地の基本利率は五・二ないし五・八パーセントであったから、運用益を二パーセントとする裁判所鑑定は不当である。
(オ) 裁判所鑑定は、利回り法の継続賃料利回り算定評価において、賃貸人の賃料確保という観点から純賃料利回りを上方修正している。しかし、利回り法は、現行賃料を定めた時点での基礎価格に対する純賃料利回りの割合を価格時点の基礎価格に乗じて価格時点の純賃料を求め、これに価格時点での必要諸経費等を加えて改定資料を求めるもので、現行賃料決定時の貸主、借主の合意を価格時点の改定賃料に反映させ、既存の契約関係に配慮した公平な賃料改定を目指すものである。したがって、評価主体が恣意的に実績利回りを上方へ修正するのは不適切である。
(カ) 裁判所鑑定が、差額配分法において、いわゆるマイナス差額配分を行っているが、これは不当である。差額配分法は、継続賃料について、地価、新規賃料の上昇があり、継続賃料が低水準に抑えられているときに、継続賃料の適正な増額を求める場合の評価手法であり、正常実質賃料の相場が下落している場面では、対象不動産の適正な新規賃料(正常実質賃料)と現行賃料(実際実質賃料)との差額を賃貸人、賃借人に配分する合理的な理由がない。
特に、裁判所鑑定は、マイナス差額の配分に関して、建築協力融資金の返済、オーダーメイド賃貸借であること、継続賃料の市場動向等を理由に、配分割合を三分の一としているのは不当である。マイナス差額配分をするにしても、二分の一ずつの配分とすべきである。
(キ) 裁判所鑑定は、スライド法を用いるに当たり、スライド指数として他の店舗の継続賃料の改定率を重視しているが、これは不当である。スライド指数は、土地、建物価格の変動率、物価変動率、所得水準の変動率等各種指数を総合的に勘案して決定すべきである。
(ク) 裁判所鑑定は賃貸事例比較法を採用していないが、これも不当である。」
四 原判決七頁一四行目末尾の次に行を改め、次のとおり加える。
「 平成一四年一〇月三一日付け地位承継に関する覚書(甲六)において、新たな賃借人である一審原告と賃貸人であるジェー・イー・エルとの間で賃料につき、従前と同額の賃料とする旨の合意がされた。したがって、一審原告の本件賃料減額請求は最後の賃料合意時点である平成一四年一〇月三一日からわずか一年余が経過しただけでされたものとなり、賃料減額の理由はない。
また、産業再生機構の支援決定という事実から、一審原告の経営悪化という事情があるということはできず、むしろ業績回復という側面も認められるというべきである。
本件賃貸借は、ジェー・イー・エルが北広島から建築協力融資金等の名目で資金の提供を受け、敷地を購入し、北広島ないし一審原告仕様の建物を建築し、北広島ないし一審原告に賃貸するといういわゆるオーダーメイド賃貸借であり、このような形態の賃貸借は、賃貸人と賃借人との共同事業というべき性質のものである。こうした賃貸借における賃料額の決定に当たって最も重要なのは、いうまでもなく、事業全体の収支計算である。本件賃貸借契約においては、賃借人に提供させた建築協力融資金、銀行からの借入金の返済及び建築した店舗の維持費等に要する費用を賃料収入で賄うことを前提に賃料額が決定されている。
ジェー・イー・エルは、北広島ないし一審原告から建築協力融資金及び敷金として四八億円の資金調達を受けるとともに銀行から四二億円を借り入れて、これらを本件土地建物の取得、建築費に当ててきたが、平成一六年からは建築協力融資金の返済が開始し、また、今後多額の修繕費用が見込まれることからすると、一審被告の本件土地建物に係る支出の負担は非常に重くなっており、現在の賃料額を前提としても事業収支は厳しいといわざるを得ず、賃料減額請求が認められると事業収支が損なわれることは明らかである。
以上によれば、本件においては、経済事情の変動等によって現行賃料額が不相当になったということはできず、賃料減額請求は認められない。」
五 原判決七頁二三行目末尾の次に行を改め、次のとおり加える。
「 賃貸人が賃借人から建築協力融資金の名目で資金提供を受けるなどして建物が建築され、一定の収支予測の下に賃料額が決定された事案においては、賃貸人が事業を行うに当たり考慮した収支予測、それに基づく建築資金の返済計画をできるだけ損なわないように配慮して相当賃料額の決定がされるべきである。しかし、原判決は、裁判所鑑定の月額賃料四九七〇万円をもってそのまま相当賃料額と認定しており、収支予測に係る事情や借入金の返済の予定に係る事情を考慮していない。」
第三当裁判所の判断
一 当裁判所は、一審原告の本訴請求は、本件土地建物の賃料が、平成一六年二月一〇日から一か月四六二〇万円(消費税別)であることを確認する限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1) 賃料減額請求に関連する諸事情
前提事実、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
ア ダイエー上磯店の敷地は、昭和六三年ころから戸田建設株式会社(以下「戸田建設」という。)が土地買収を進めていた。一審原告の創業者であるCの資産管理会社というべきCインターナショナルの関連会社株式会社ダイエー・リアル・エステート(以下「リアル・エステート」という。)は、戸田建設から上記土地を買収して店舗を建設し、それをリアル・エステートの一〇〇パーセント子会社である北広島に賃貸し、北広島はこれを一審原告に転貸してダイエー上磯店を営業させることを計画していた。
しかし、計画の途中である平成四年六月、Cの長男であるDの資産管理会社ともいうべきジェー・イー・エルがリアル・エステートに入れ替わって計画に参入した。そして、平成五年一〇月ダイエー上磯店の店舗はジェー・イー・エルによって竣工となり、同店舗は同社から北広島に賃貸され、北広島は一審原告にこれを転貸した。
イ このようにダイエー上磯店においては、賃貸人が創業者一族であったため、賃料は通常の店舗賃貸借の賃料よりも高めに設定された。すなわち、一審原告は賃借物件で出店する場合には、通常、月額賃料を敷金と建築協力融資金の合計額の一パーセント以下としているが、ダイエー上磯店の場合は建築協力融資金が三八億四〇〇〇万円、敷金が九億六〇〇〇万円、合計四八億円であるのに賃料の月額は五四六九万六六六七円に設定された。
ウ しかし、その後、一審原告は平成八年ころから経営危機に陥り、北広島は平成一三年一一月ころからジェー・イー・エルに対し賃料減額を申し入れてきたが、同社はこれに応じず、そのため、一審原告は北広島の賃借人の地位を承継した後である平成一六年二月九日本件賃料減額の意思表示をし、同年五月函館簡易裁判所に賃料減額の調停を申し立てたが合意は成立せず、同年一二月調停は不成立で終わった。
エ 一審原告は平成一六年一〇月一三日産業再生機構に支援を要請し、産業再生機構の支援を受けて経営の再建をしている。
一方、Dは、本訴係属中に、ジェー・イー・エルの全株式をゴールドマン・サックスグループに売却し、一審被告がジェー・イー・エルを吸収合併し、賃貸人の地位を承継した。
オ ジェー・イー・エルは、北広島から建築協力融資金及び敷金として約四八億円の資金調達を受けるとともに銀行から四二億円を借り入れて、本件土地建物の取得、建築費に当て、銀行からの借入金は営業開始後間もなく返済を開始し、これは平成一五年一二月までに全額返済された。
建築協力融資金は、契約締結時から一〇年経過後の平成一五年一〇月二八日まで一〇年間は無利息で据え置き、同月二九日から年利を二パーセント付した上、以下のとおり返済する約束となっている。
返還日 返還元利金(円) 元本残高(円)
H16・10・28 四六三、八六〇、〇〇〇 三、四七八、九五〇、〇〇〇
H17・10・28 四五六、一二九、〇〇〇 三、〇九二、四〇〇、〇〇〇
H18・10・28 四四八、三九八、〇〇〇 二、七〇五、八五〇、〇〇〇
H19・10・28 四四〇、六六七、〇〇〇 二、三一九、三〇〇、〇〇〇
H20・10・28 四三二、九三六、〇〇〇 一、九三二、七五〇、〇〇〇
H21・10・28 四二五、二〇五、〇〇〇 一、五四六、二〇〇、〇〇〇
H22・10・28 四一七、四七四、〇〇〇 一、一五九、六五〇、〇〇〇
H23・10・28 四〇九、七四三、〇〇〇 七七三、一〇〇、〇〇〇
H24・10・28 四〇二、〇一二、〇〇〇 三八六、五五〇、〇〇〇
H25・10・28 三九四、二八一、〇〇〇 〇
カ 企業向けサービス価格指数(不動産賃貸料・全国。日本銀行調べ)は、平成一〇年九月を一〇二・八とすると平成一六年二月は九三・二(九〇・七パーセント)、消費者物価指数(総合・北海道。総務省調べ)は、平成一〇年を一〇〇・三とすると平成一五年は九八・〇(九七・七パーセント)、スーパー売場効率(月・坪当たりの売上高。北海道経済産業局調べ)は、北海道全体で平成一〇年を一〇〇とすると平成一五年は七六・二、函館市では平成一〇年を一〇〇とすると平成一五年は八〇・二である。
また、ダイエー上磯店の直営部分の年間売上高は、平成一〇年が年間八八億六九〇〇万円で、平成一五年が六二億三四〇〇万円(七〇・三パーセント)である。
北海道内における総合スーパーの賃料改定状況は、道央圏の中核都市の事例では、平成一七年に-8パーセント程度改定した店舗があり、平成一四年に-3パーセント程度改定した店舗もある。また、道南圏の中核都市の店舗には平成一六年に-12パーセント程度の改定をしたものがある。道東圏の中核都市の店舗には平成一四年に-30パーセント程度の改定をしたところがある。
本件土地建物付近にある地価推移を表す基準値【上磯(道)七―一】の地価は、平成一〇年が一平方メートル当たり七万六〇〇〇円であったのが、平成一五年には一平方メートル当たり六万七〇〇〇円(約八八パーセント)に下落している。
(2) 賃料減額請求の相当性と適正賃料
一審原告は、平成一六年二月九日、ジェー・イー・エルに対し本件賃料減額請求をしたので、以下、賃料減額請求の相当性と適正賃料について検討する。
ア この点につき、一審被告は、一審原告とジェー・イー・エルとの間で、一審原告が賃借人たる地位を承継した平成一四年一〇月三一日の時点において、本件土地建物の賃料確認がされており、その後賃料の減額をするのを相当とする事情の変更はないと主張する。
なるほど、前提事実及び証拠(甲六)によれば、平成一四年一〇月三一日、一審原告、北広島及びジェー・イー・エルの三者間で、一審原告が北広島の賃借人の地位を承継し、ジェー・イー・エルがこれを異議なく承諾するという合意が結ばれ、地位承継に関する覚書(甲六)が作成されたことが認められる。しかし、同覚書は、賃料に関しては、「第一条の地位承継に伴い、一審原告は、平成一四年一一月分より原予約契約に基づく賃料をジェー・イー・エルに支払うものとし、これ以前の賃料については、既に北広島よりジェー・イー・エルに支払済みであるが、北広島はこれを一審原告との間で精算し、ジェー・イー・エルは一審原告に対しては支払いを請求しないものとする。」(五条)と、賃借人の地位承継に伴う賃料支払開始時期の確認と、従前支払われた賃料については北広島と一審原告との間で精算することを取り決めているに過ぎず、賃料額の確認がされているとはいえないから、平成一四年一〇月三一日にジェー・イー・エルと一審原告との間で本件賃貸借の賃料額についての合意がされたと認めることはできない。
したがって、ジェー・イー・エルと賃借人(北広島)との間の最終的な賃料額の合意は、前記平成一〇年九月二五日の覚書(甲五)による合意ということになる。
イ 原審の鑑定人Eは、本件土地建物の平成一六年二月一〇日時点での適正賃料は月額四九七〇万円(消費税別)と鑑定した(裁判所鑑定)。
上記裁判所鑑定は、適正な継続賃料の鑑定方法として、① 最終合意時点(平成一〇年九月二五日)と価格時点(平成一六年二月一〇日)における本件土地建物の基礎価格をそれぞれ求め、② 次に、本件土地建物の新規賃料を査定し、③ これらを基に、継続賃料の各評価手法(利回り法、差額配分法、スライド法)を適用の上、鑑定評価額を査定したものであるが、その理由の要旨は、以下のとおりである。
(ア) 本件土地建物の基礎価格は、最終合意時点(平成一〇年九月二五日)で五七億六〇〇〇万円、価格時点(平成一六年二月一〇日)で四六億六〇〇〇万円である。
(イ) 新規賃料
価格時点(平成一六年二月一〇日)における新規賃料は、価格時点における基礎価格に期待利回りを乗じて得た額(純賃料)に賃貸借を継続するために通常必要とされる諸経費を加算して査定する積算賃料と売上高家賃負担率から求めた賃料を関連づけて査定する。
① 積算賃料
積算賃料(月額実質賃料)は、期待利回りを五パーセント、必要諸経費等を一億六四五三万円として、三三二〇万円とした。
(計算)
四六億六〇〇〇万円(基礎価格)×〇・〇五(期待利回り)=二億三三〇〇万円 (純賃料)
二億三三〇〇万円(純賃料)+一億六四五三万六三二八円(必要諸経費等)≒三億九八〇〇万円(年額実質賃料)
三億九八〇〇万円(年額実質賃料)÷一二か月≒三三二〇万円(月額実質賃料)
※ なお、必要諸経費等を一億六四五三万六三二八円としたのは以下の計算による(維持管理費は年額支払賃料の〇・五パーセントとし、年額支払賃料Xを方程式で算出する計算。)。
二億三三〇〇万円(純賃料)+一億六二六五万一六六七円(必要諸経費等《維持管理費を除く》)+〇・〇〇五X(維持管理費)=X+二〇六〇万四二〇〇円(敷金の運用益)
X≒三億七六九三万二一二八円
必要諸経費等=一億六二六五万一六六七円(維持管理費を除く必要諸経費等)+〇・〇〇五×三億七六九三万二一二八円(維持管理費)≒一億六四五三万六三二八円
※ 敷金の運用益=敷金(一〇億三〇二一万円)×運用利回り二パーセント=二〇六〇万四二〇〇円
② 売上高家賃負担率から求めた賃料直営店については想定売上高を五九億二〇〇〇万円、家賃負担率を四パーセントとして、売上高家賃負担率から求めた実質賃料を二億三七〇〇万円とし、専門店については想定売上高を一八億一〇〇〇万円、家賃負担率を九パーセントとして、そこからテナント運営管理費等三二六〇万円を控除して実質賃料を一億三〇〇〇万円として、年額実質賃料を上記二億三七〇〇万円に上記一億三〇〇〇万円を加算した三億六七〇〇万円、月額実質賃料を三〇六〇万円とする。
③ 新規賃料
新規賃料は、売上高家賃負担率から求めた三〇六〇万円を重視し、積算法による賃料を斟酌して三一〇〇万円とする。
(ウ) 利回り法
① 継続賃料利回り
実質純賃料利回り=五億一二九二万六六〇一円(最終合意時点の純賃料)÷五七億六〇〇〇万円(最終合意時点の基礎価格)≒〇・〇八九
※ なお、最終合意時点の純賃料=年額実際実質賃料(六億八七四四万八二六八円)-最終合意時点の必要諸経費等(一億七四五二万一六六七円)
年額実際実質賃料=月額実際支払賃料(五五五七万〇三三九円)×一二か月+敷金の運用益(二〇六〇万四二〇〇円)
② 利回り法による賃料
継続賃料利回りは上記のとおり八・九パーセントであるが、建物の経年劣化、地価の下落基調により純賃料利回りは逓増傾向にあることや建築協力融資金の返済が開始することから継続賃料利回りを九・七七パーセントとして利回り法による賃料を査定すると、年額実質賃料は六億二〇〇〇万円、月額実質賃料は五一七〇万円になる。
(計算式)
四六億六〇〇〇万円(価格時点における基礎価格)×〇・〇九七七(継続賃料利回り)+一億六四五三万六三二八円(価格時点における必要諸経費等)≒六億二〇〇〇万円
六億二〇〇〇万円÷一二か月≒五一七〇万円
(エ) 差額配分法
新規賃料月額は前記のとおり三一〇〇万円、実際実質賃料の月額は五七二八万七三五六円(前記年額実際実質賃料六億八七四四万八二六八円÷一二か月)であるから、賃料の差額は-二六二八万七三五六円となる。
建築協力融資金の返済が開始するのでこの差額のうち賃貸人に帰属する割合を三分の一とする。
差額配分法による賃料=五七二八万七三五六円-二六二八万七三五六円×一/三≒四八五〇万円
(オ) スライド法
最終合意時点から価格時点までの変動率を九四パーセントとする。
年額実際実質賃料六億八七四四万八二六八円から最終合意時点の必要諸経費等一億七四五二万一六六七円を控除した純賃料五億一二九二万六六〇一円に〇・九四を乗じると、査察純賃料は四億八二一五万一〇〇五円となる。
上記査定純賃料四億八二一五万一〇〇五円に価格時点での必要諸経費等一億六四五三万六三二八円を加算すると、スライド法による年額実質賃料は六億四七〇〇万円、月額実質賃料は五三九〇万円となる。
(カ) 試算賃料の調整と鑑定評価額の決定
利回り法による実質賃料月額五一七〇万円、差額配分法による実質賃料月額四八五〇万円、スライド法による実質賃料月額五三九〇万円を斟酌して月額実質賃料を五一四〇万円と査定する。
(キ) 月額支払賃料の決定
月額支払賃料は、月額実質賃料から敷金の運用益を控除する。その額は四九七〇万円になる。
(計算式)
五一四〇万円-一〇億三〇二一万円(敷金)×〇・〇二÷一二か月(敷金の運用益の月額)≒四九七〇万円(消費税別)
ウ 上記裁判所鑑定のうち、本件土地建物の基礎価格の評価に特段疑念を差し挟む点はなく、また、賃貸事例比較法を採用しないことも本件土地建物の特殊性からすると合理的なものといえる。さらに、敷金の運用益を市中金利の動向から二パーセントとすることも合理的といえる。
しかしながら、建築協力融資金は一〇年間無利息で据え置くもので賃貸人に金融の利益を与えるものといえ、また、前記認定の賃貸借契約締結の経緯からすると、上記金融の利益は本件賃貸借契約と密接に結びついているといえるから、本件における建築協力融資金については、敷金同様その運用益を実質賃料算定に当たり考慮すべきである。
また、裁判所鑑定は、利回り法において、実績純賃料利回りを八・九パーセントとしながらこれを上方に修正して継続賃料利回りを九・七七パーセントとしているが、この点については合理的な理由に欠けるから、上方修正はしないのが相当である。
さらに、差額配分法においては賃貸人と賃借人の公平という観点からマイナス差額の配分は二分の一とするのが相当である。なお、この点に関し、一審原告は、差額配分法は、継続賃料について、地価、新規賃料の上昇があり、継続賃料が低水準に抑えられている場合の評価手法であり、正常実質賃料の相場が下落している場面では適正な新規賃料と現行賃料との差額を賃貸人、賃借人に配分する合理的な理由はない旨主張する。なるほど、差額配分法も他の継続賃料の評価手法と同様主として賃料増額が問題とされた時期に対応して論じられてきた手法であるが、新規賃料が下落する経済情勢において生じるマイナス差額を配分しない、すなわち、マイナスの差額が生じてもそれを賃料の減額要因としないというのは、上記のような経済情勢によりやはり家主同様不利益を受けると考えられる借主側にのみ不利益を強いる結果となるから、マイナス差額が生じた場合も差額配分をするのが相当というべきである。
スライド法において変動率を九四パーセントとしている点は、消費者物価指数が九七・七パーセント、企業向けサービス価格指数(不動産賃貸料・全国)が九〇・七パーセントとなっていることを重点に諸要素を考慮すると九四パーセントとする裁判所鑑定には合理性があるということができる。
なお、建築協力融資金は、金額が三八億六五五〇万円で、返済条件は契約締結から一〇年間は無利息で据置き、その後一〇年間で年二パーセントの金利を付して毎年一回返済するというものであるが、利回りを敷金同様年二パーセントとすると、その平均運用利回りは一・〇九八七パーセント、年額四二四七万〇二四九円になる(甲二八の別表Ⅱ)。
エ そこで、裁判所鑑定を基礎に、上記不合理な点を修正して、利回り方式、差額配分方式、スライド方式による試算賃料を算定する。
(ア) 新規賃料 月額三一〇〇万円
① 積算賃料
価格時点の基礎価格は四六億六〇〇〇万円であるから、期待利回りを五パーセントとする純賃料は二億三三〇〇万円になる。
そして、年額支払賃料Xを、以下の方程式により求める。
二億三〇〇万円(純賃料)+一億六二六五万一六六七円(維持管理費を除く必要諸経費等)+〇・〇〇五X(維持管理費)=X(年額支払賃料)+六三〇七万四四四九円(敷金の運用益二〇六〇万四二〇〇円+建築協力融資金の運用益四二四七万〇二四九円)
X≒三億三四二四万八四六〇円
そうすると、維持管理費を含む必要諸経費等の額は一億六四三二万二九〇九円となる。
(計算式)
一億六二六五万一六六七円(維持管理費を除く必要諸経費等)+三億三四二四万八四六〇円×〇・〇〇五(維持管理費の額)≒一億六四三二万二九〇九円
したがって、年額実質賃料は三億九七〇〇万円となる。
(計算式)
二億三三〇〇万円(純賃料)+一億六四三二万二九〇九円(維持管理費を含む必要諸経費等)≒三億九七〇〇万円
月額実質賃料は三三一〇万円となる。
(計算式)
三億九七〇〇万円÷一二か月≒三三一〇万円
② 売上高家賃負担率による賃料月額三〇六〇万円(裁判所鑑定のとおり)
③ 新規賃料
以上によれば、新規賃料月額は裁判所鑑定と同様三一〇〇万円と算定される。
(イ) 利回り法 月額実質賃料五一二〇万円
年額実際実質賃料=五五五七万〇三三九円(月額実際支払賃料)×一二か月+六三〇七万四四四九円(敷金の運用益二〇六〇万四二〇〇円+建築協力融資金の運用益四二四七万〇二四九円)=七億二九九一万八五一七円
最終合意時点の純賃料=七億二九九一万八五一七円(年額実際実質賃料)-一億七四五二万一六六七円(最終合意時点の必要諸経費等。裁判所鑑定どおり)=五億五五三九万六八五〇円
継続賃料利回り=五億五五三九万六八五〇円(最終合意時点の純賃料)÷五七億六〇〇〇万円(最終合意時点の基礎価格)≒〇・〇九六四
以上を前提に利回り法による年額実質賃料を算定すると六億一三五四万六九〇九円となる。
(計算式)
四六億六〇〇〇万円(価格時点における基礎価格)×〇・〇九六四(継続賃料利回り)+一億六四三二万二九〇九円(価格時点における必要諸経費等)≒六億一四〇〇万円
月額実質賃料は五一二〇万円となる。
(計算式)
六億一四〇〇万円÷一二か月≒五一二〇万円
(ウ) 差額配分法 月額実質賃料四五九〇万円
前記のとおり新規賃料は三一〇〇万円、実際実質賃料の月額は六〇八二万六五四三円(前記年額実際実質賃料七億二九九一万八五一七円÷一二か月≒六〇八二万六五四三円)であるから、差額は-二九八二万六五四三円となる。
これを二分の一ずつ配分すると、差額配分法による月額実質賃料は四五九〇万円となる。
(計算式)
六〇八二万六五四三円(実際実質賃料月額)-一四九一万三二七一円(差額二九八二万六五四三円の一/二)≒四五九〇万円
(エ) スライド法 月額実質賃料五七二〇万円
最終合意時点の純賃料五億五五三九万六八五〇円に変動率九四パーセントを乗ずると査定純賃料は五億二二〇七万三〇三九円になる。
査定純賃料に価格時点の必要諸経費等一億六四三二万二九〇九円を加えるとスライド法による年額実質賃料は六億八六三九万五九四八円になる。
スライド法による月額実質賃料は五七二〇万円になる。
(計算式)
六億八六三九万五九四八円÷一二か月≒五七二〇万円
(オ) 以上、利回り法による月額実質賃料は五一二〇万円、差額配分法による月額実質賃料は四五九〇万円、スライド法による月額実質賃料は五七二〇万円となる。
オ 上記試算された各実質賃料の額は上記のとおりであるが、上記実質賃料の金額と最終の賃料合意の時期が平成一〇年九月二五日であり本件賃料減額請求までに五年余が経過していることに前記認定の不動産賃料の下落傾向、消費者物価の低下、地価の下落、スーパーマーケットの売上高の下落等の諸事情を斟酌すると、平成一〇年九月二五日の最終合意賃料は不相当になったというべきである。
そして、適正賃料は、本件賃貸借契約において上記試算実質賃料の数値につきどれかに重点を置いて相当賃料を算定する理由は認められないから、その平均値をもって適正な実質賃料とすることとする。
その額は五一四三万円となる。
(計算式)
(五一二〇万円+四五九〇万円+五七二〇万円)÷三≒五一四三万円
その上で、上記五一四三万円から敷金と建築協力融資金の運用益の月額五二五万六二〇四円(六三〇七万四四四九円÷一二か月≒五二五万六二〇四円)を控除して月額支払賃料を求めるとその額は四六二〇万円となる。
(計算式)
五一四三万円-五二五万六二〇四円≒四六二〇万円
カ したがって、一審原告の本件賃料減額請求により、平成一六年二月一〇日以降の本件賃貸借の賃料は四六二〇万円(消費税別)に減額されたというべきである。
この点につき、一審被告は、賃貸人が賃借人から建築協力融資金の名目で資金提供を受けるなどして建物が建築され、一定の収支予測の下に賃料額が決定された事案においては、賃貸人が事業を行うに当たり考慮した収支予測、それに基づく建築資金の返済計画をできるだけ損なわないように配慮して相当賃料額の決定がされるべきであり、平成一六年からは建築協力融資金の返済が開始し、また、今後多額の修繕費用が見込まれることからすると、一審被告の本件土地建物に係る支出の負担は非常に重くなっており、現在の賃料額を前提としても事業収支は厳しいといわざるを得ず、賃料減額請求が認められると事業収支が損なわれることになるから、賃料減額請求は理由がない旨主張するが、前記のとおり、賃料の最終合意の後の事情の変更があり、また、賃貸人に収支予測があるのと同様、賃借人にも収支予測があるのであって、事情の変更による負担は双方が等しく分担しなければならず、また、前記賃料の試算方法は双方の公平にかなうものであるから、上記賃料減額を不当ということはできない。
なお、一審被告は、本件賃貸借はオーダーメイド賃貸借であり、そのことを考慮すると現行賃料は適正な賃料であり、減額が認められるとしても相当賃料は五〇五〇万円と現行賃料五五五七万〇三九九円との間の金額である旨主張する。確かに、本件賃貸借契約は、本件土地建物で一審原告が総合スーパーマーケットを経営することを前提に土地の取得、建物の建築がされて締結された賃貸借契約ではあるが、本件賃貸借契約は、一審被告が一審原告に対し本件土地建物を使用収益させ、一審原告が一審被告に対しその対価として賃料を支払うというもので、基本的には通常の賃貸借契約と異なるものではないし、また、本件土地建物の当初の賃貸人は一審原告創業者の長男の資産管理会社で、本件土地建物の取得、建築は一審原告のグループとしての事業として行われたものとみることができるから、地主が賃借人のために汎用性を犠牲にした建物を建築し、賃料の改定等の場面において不利な立場に置かれる危険のあるとされるいわゆるオーダーメイド賃貸借とは趣を異にするもので、賃料の増減の局面において、当初の合意賃料を維持することに特に重点を置いて賃料額を定めるべき事情も認められないから、一審被告の上記主張は理由がない。
二 以上により、当裁判所の上記判断と一部異なる原判決を、一審原告の本件控訴に基づき本判決主文第一項のとおり変更することとし、一審被告の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮﨑公男 裁判官 山本博 今泉秀和)