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東京高等裁判所 平成19年(ラ)917号 決定 2007年7月09日

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第1申立て

1  抗告の趣旨

(1)  原決定を取り消す。

(2)  相手方が平成19年6月24日の株主総会決議(第7号議案)に基づいて現に手続中の新株予約権無償割当て(以下,この新株予約権を「本件新株予約権」といい,この無償割当てを「本件新株予約権無償割当て」という。)の発行を仮に差し止める。

(3)  申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

2  抗告の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,証券取引法(以下「証取法」という。)に基づき相手方の全株式の公開買付けを行った外資系投資ファンドが,相手方が防衛策として導入した会社法に基づく新株予約権発行に対し,その差止めを求めた事案である。

(1)  相手方の株主である抗告人は,相手方が平成19年6月24日の株主総会決議(第7号議案)に基づいて現に手続中の本件新株予約権の発行について,①本件新株予約権の内容が株主平等原則(会社法109条1項)に反し,法令に違反すること,②抗告人関係者(原決定別紙「本件新株予約権無償割当ての内容」第9項に記載された者)の持株比率を大幅に希釈化させることのみを目的とするもので,著しく不公正な方法によるものであること,③上記株主総会決議は無効又は取り消されるべきものであるから,一定の新株予約権無償割当てに株主総会決議を求める定款(第6号議案決議に基づいて変更された第19条)に違反することなどを理由として,会社法247条の類推適用に基づき,これを仮に差し止めることを求めた。

(2)  原審は,上記①について,ア 新株予約権が,株主に対する無償割当ての方法で発行される場合には,当該新株予約権についても株主平等原則の趣旨が及ぶと解すべきである,イ しかし,株主に無償で割り当てられた新株予約権について定められた差別的な行使条件又は取得条項のために,特定の株主が持株比率の低下という不利益を受けるとしても,少なくとも株主総会の特別決議に基づき新株予約権無償割当てが行われた場合であって,当該株主の有する株式の数に応じて適正な対価が交付され,株主としての経済的利益が平等に確保されているときは,当該新株予約権無償割当ては,株主平等原則に違反するものではない,ウ 本件においては,1株当たり3個の新株予約権が割り当てられるものの,抗告人関係者はその行使ができないという不利益を受けるが,抗告人関係者には適正な対価が交付され,株主としての経済的利益が平等に確保されているから,本件新株予約権無償割当ては株主平等原則には違反しないとし,上記②について,ア 特定の買収者が公開買付けの制度に基づき買収手続を進めている場合においても,株主総会として,当該買収者による支配権の取得が企業価値を損なうおそれがあると判断する場合には,株主全体の利益の観点から相当な対抗手段を採ることが許容される,イ 株主総会は株式会社の最高意思決定機関であるから,特定の買収者による支配権の取得が企業価値を損なうおそれがあるという対抗手段の必要性の判断については,原則として株主総会にゆだねられるべきであり,当該株主総会の判断が明らかに合理性を欠く場合に限って対抗手段の必要性が否定されるところ,対抗手段の相当性については,株主総会が当該対抗手段を採るに至った経緯,当該対抗手段が既存株主に与える不利益の有無及び程度,当該対抗手段が当該買収に及ぼす阻害効果等を総合的に考慮して判断すべきである,ウ 抗告人関係者(うち3名)が本件公開買付け(平成19年5月18日に公告された相手方の発行済株式の全株式を取得することを目的とした公開買付け)により発行済株式全部の取得を目指しているにもかかわらず,経営権取得後の経営方針や投下資本の回収方針を明らかにしないことに基づき,本件公開買付けに対する対抗手段を採ることが必要であるとした株主総会の判断が明らかに合理性を欠くものとは認められず,また,本件新株予約権無償割当てが,株主総会がその権限を濫用したものとして,著しく不公正な方法によるものと認めることはできない,上記③について,上記株主総会の本件新株予約権無償割当てを承認した特別決議が,特別利害関係人の議決権行使による著しく不当な決議に該当し,又は多数決の濫用に該当するとはいえず,無効又は取り消されるべきものということはできないから,本件新株予約権無償割当てが,株主総会の特別決議を要する相手方の定款に違反するとはいえず,結局,抗告人の本件新株予約権の発行の差止めを求める仮処分の申立ては,被保全権利の存在について疎明がないとして,同申立てを却下する旨の決定をした。

(3)  この原審の認定,判断を不服として,抗告人が本件抗告を申し立てた。

2  前提事実

疎明資料(認定事実に付記したもの)及び審尋の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(1)  当事者等

ア 相手方

(ア) 事業内容等

相手方は,明治時代に個人商店として開業された後,大正15年9月21日に設立された,ソースその他調味料の製造及び販売等を主たる事業とする株式会社であり,現在,同事業のグループシェア(子会社であるイカリソース株式会社を含む。)は全国1位である。

相手方の平成19年3月期の年間連結売上高は約167億円,連結営業利益は約7億円である。グループとしての従業員数等は436名(パートを含む。)であり,日本国内に営業拠点24箇所,生産拠点3箇所を有している。(甲11)

(イ) 資本構成

平成19年6月8日現在,相手方の資本金の額は10億4437万8250円,発行可能株式総数7813万1000株,発行済株式総数は1901万8565株であり,相手方は,その発行する株式を株式会社東京証券取引所(以下「東京証券取引所」という。)市場第二部に上場している。相手方においては,単元株制度が採用されており,単元株式数は1000株である。平成18年9月30日現在で,相手方の発行済株式の総数に対する大株主(上位10名)の保有株式数の割合は約33パーセント,抗告人の保有株式数の割合は約9パーセントであるのに対し,抗告人以外の大株主の保有株式数の割合はいずれも4パーセント以下にとどまる。(甲1)

(ウ) 定時株主総会

相手方の定時株主総会は,毎年6月に招集され,同総会の議決権の基準日は毎年3月31日とする旨が定款に定められている。(甲3)

イ 抗告人等

(ア) 抗告人

抗告人は,日本株への投資を目的とする英領ケイマン諸島法に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップ形態の米国系投資ファンドである。抗告人は,平成19年5月18日現在,相手方株式178万株を,抗告人の関連法人であるリバティ・スクェア・アセット・マネジメント・エル・ピー(以下「LSAM」という。)も相手方株式17万株を保有しており,その合計は相手方の発行済株式の10.25パーセントとなる。(甲1)

(イ) SPVⅡ

スティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド-エス・ピー・ヴィーⅡ・エル・エル・シー(以下「SPVⅡ」という。)は,アメリカ合衆国デラウェア州法に基づいて設立されたリミテッド・ライアビリティー・カンパニー(有限責任会社)である。SPVⅡは,抗告人のために株式等の買付けを行うことのみを目的として設立された会社であり,その持分の100パーセントを抗告人が有しており,抗告人が完全に所有,支配している。(甲1,5)

(ウ) 抗告人関係者(原決定別紙「本件新株予約権無償割当ての内容」第9項に記載された者ら)

a SPJら(以下の①ないし⑫をいう。)

① SPVⅡ

② 抗告人

③ スティール・パートナーズ・ジャパン株式会社

④ スティール・パートナーズI

⑤ スティール・パートナーズⅡ

⑥ スティール・パートナーズ・ジャパン・アセット・マネジメント・エル・ピー

⑦ LSAM

⑧ リバティ・スクェア・アセット・マネジメント・エル・エル・シー

⑨ エス・ピー・ジェイ・エス・ホールディングス・エル・エル・シー

⑩ スティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド-エス・ピー・ヴィーI・エル・エル・シー

⑪ スティール・パートナーズ・リミテッド

⑫ WGLキャピタル・コーポレーション

b SPJらの共同保有者(証取法第27条の23第5項に規定する「共同保有者」をいい,同条第6項に基づき共同保有者とみなされる者を含む。)

c SPJらの特別関係者(証取法第27条の2第7項に規定する「特別関係者」をいう。)

d 上記aないしcに該当する者から,相手方取締役会の承認を得ることなく本件新株予約権を譲り受け若しくは承継した者

e 上記aないしdに該当する者の関連者

(エ) ウォレン・ジー・リヒテンシュタイン

ウォレン・ジー・リヒテンシュタイン(以下「リヒテンシュタイン」という。)は,アメリカ合衆国ニューヨークに拠点を置くいわゆる投資ファンドであるスティール・パートナーズグループの代表である。同グループは,複数のリミテッド・パートナーシップ(有限責任組合)やリミテッド・ライアビリティー・カンパニーから構成されている。(甲1,13,37)

(オ) 上記のとおりいわゆるスティール・パートナーズグループは様々な法人で構成されており,その全体像は本件疎明資料によっても必ずしも明らかではない。したがって,本決定においては,上記(ウ)に記載された者及び上記スティール・パートナーズグループの各法人のいずれもを単に「抗告人関係者」と表記する。

(2)  当事者等以外の前提事実は,原決定の「理由」中の「第2 事案の概要」2(2)ないし(12)(原決定6頁8行目から16頁22行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する(ただし,原決定9頁11行目の「平成19年9月24日」を「平成19年6月24日」に改める。)。

3  抗告理由の要旨

(1)  本件新株予約権無償割当てが株主平等原則に違反すること

ア 株主平等原則の例外として差別的取扱いが許容される場合

株式会社は,株主を,その有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならず(株主平等原則,会社法109条1項),このような株主平等原則に違反する差別的な内容の株主総会決議や業務執行行為は,会社法109条1項に違反し無効である。

したがって,株主平等原則の例外となる差別的取扱いは,法律上明文の規定がある場合,又は当該差別的取扱いによって不利益を受ける本人の同意がある場合に限って認められるにすぎない。

仮に,これらの場合以外に株主平等原則の例外となる差別的取扱いが認められる場合があり得るとしても,それは,①差別的取扱いを必要とする正当な目的(必要性)があり,かつ,②かかる目的達成のために求められる限度を超える差別的取扱いでないこと(相当性)が必要であると解すべきである。

イ 新株予約権無償割当てについて差別的取扱いが認められる要件

会社法278条2項の定めなどからすれば,新株予約権無償割当てについては,株主平等原則がそのまま妥当するのであり,厳密に貫徹されるべきである。仮に同原則の例外があり得るとしても,差別的取扱いが許容されるための上記①②の要件は,極めて高度な水準が求められるべきである。

本件新株予約権無償割当ては,株主総会の特別決議を要件として,特定の株主という属人性に着目して内容の全く異なる新株予約権を割り当てることを一般的に認めるものであるが,このような株主平等原則の重大な例外を何ら法令上の根拠がないのに一般的な規範として認めることは不当である。

ウ 本件新株予約権無償割当てには正当な目的も必要性もない。

本件新株予約権無償割当てにおける差別的な取扱いの目的は,抗告人関係者の議決権割合を低下させることにある。しかし,抗告人関係者はグリーンメイラーでもその他の濫用的買収者でもない。したがって,抗告人関係者を差別的に取り扱わなければならない必要性も正当な目的もない。

エ 本件新株予約権無償割当てには相当性が無い。

仮に抗告人関係者を差別的に取り扱う必要性が認められるとしても,本件新株予約権無償割当ては,抗告人関係者を一般株主と比べて著しく不利に扱うものであり,目的に照らして許容される限度を超えていること,すなわち相当性が認められないことは明らかである。

(ア) 本件新株予約権無償割当ては,抗告人関係者の株主たる地位の約4分の3を強制的に失わせるものであるが,このような行為は,会社法が本来予定していないものであり,同法に明文で定められた場合に限り正当化されるものであるのに,そのような明文は存在しない。

(イ) 相手方は,抗告人関係者が本件公開買付けを通じて相手方の経営権を支配することが目的であるとして,本件新株予約権無償割当てを行い抗告人関係者の議決権を4分の1に希釈しようとする。しかし,上記目的であるならば,一律に抗告人関係者の有する議決権を約4分の1に希釈するという買収防衛策は著しく不相当であるし,抗告人関係者が本件公開買付け以前に長期にわたって保有していた株式についてまで希釈する必要性はないはずである。

このことは,本件新株予約権無償割当てが買収防衛策に名を借りた株主排除策であることを示している。

(ウ) 本件新株予約権無償割当てには抗告人関係者と一般株主の間で経済的に著しい不平等があること

a 抗告人関係者に割り当てられる本件新株予約権には意図的に権利性が一切付与されていない。本件新株予約権が1個当たり396円で相手方に取得される法律的な保障はない。本件新株予約権は,相手方の取得が法律上確実であるという内容のものではなく,かつそのように設計された合理的な説明もない。

b 相手方取締役会は,相手方による,株式会社が一定の事由が生じたことを条件として当該新株予約権を取得することができる旨の条項(以下「取得条項」という。)に基づく取得により,一般株主に対する課税負担が発生する場合には,取得条項に基づかない譲受けの場合にも同様に一般株主に課税負担が生じること,そして,相手方が,一般株主に課税負担が発生しないように慎重な配慮を払っている事情にかんがみれば,取得条項に基づく取得ができない場合には,取得条項に基づかない譲受けも同様にできないことになる。

c 相手方は,抗告人関係者に割り当てられた本件新株予約権について,取得(又は譲受け)を行う法的義務を負っていない。したがって,客観的にみれば,抗告人関係者に割り当てられた本件新株予約権の経済的価値はゼロに等しい。にもかかわらず,このような経済的価値のない本件新株予約権を相手方1個当たり396円で取得した場合,相手方取締役の善管注意義務違反を構成するだけでなく,抗告人関係者に対する利益供与に該当する可能性がある。

d 取得又は譲受けの対価について適正性の保障がない。

e 一般株主の課税負担には手厚い配慮がなされている一方で,抗告人関係者の課税負担には全く配慮がなされていない。

オ 株主総会の特別決議について

およそ一般的に,株主総会の特別決議があれば,対価が適正である限り,少数株主の締出し等の差別的取扱いを行うことが株主平等原則に違反しないなどとはいえない。

(2)  本件新株予約権無償割当てが著しく不公正な方法によるものであること

本件新株予約権無償割当ては,会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させることを唯一の目的として新株予約権の発行がされる場合であり,著しく不公正な方法によるもの(会社法247条2号)であることは明らかである。

仮に,上記新株予約権の発行について,その必要性及び相当性の双方が認められれば,著しく不公正な方法に該当しない場合があり得るとしても,本件新株予約権無償割当てには,かかる必要性及び相当性のいずれもが欠如している。

ア 本件新株予約権無償割当てには必要性がないこと

(ア) 特定の買収者による経営支配権の取得が企業価値を損なうおそれがあるという対抗手段の必要性の有無について,株主総会に広範な裁量を認めることは相当ではない。相手方のような上場会社においては,買収行為に対する対抗手段の発動の要否についての株主総会の判断それ自体に当然に合理性があるとは考えられないのであり,その合理性については裁判所による事後審査が十分にされなければならない。

(イ) 本件における本件新株予約権無償割当ての必要性に関する株主総会の判断に合理性はない。

a すなわち,本件公開買付けの目的は基本的に純投資であって,かかる目的を持つ抗告人関係者が,相手方の全株式の取得後の経営計画を明らかにしていないことは証取法上何ら問題のないことであり,また,抗告人関係者が投下資本の回収方針を明らかにしていないことも,これを決めておく必要性がそもそもないのであるから,これらのことを理由として,抗告人関係者が相手方の企業価値を損なうおそれがあるなどと考えるのは短絡的かつ不合理である。

以上のとおり,本件公開買付けに対する対抗手段を採ることが必要であるとした株主総会の判断には合理性がない。

b 本件公開買付けのような非友好的買収に対する対抗措置の必要性の有無の判断の合理性は,その判断権者が取締役会であろうと株主総会であろうと,客観的かつ厳格に吟味されなければならない。その必要性は,当該買収行為が「株主共同の利益に対する明白な侵害」と認められる場合にのみ肯定される。仮に,緊急避難的な行為が認められる場合があるとしても,そのためには,急迫な権利の侵害とその回避のための手段の相当性,更には侵害者に対する適正な補償が行われてこそ正当化されるのであって,本件ではそのいずれもが欠けている。

買収者が,濫用的買収者である場合に限り,「株主共同の利益に対する明白な侵害」があると考えられるが,抗告人関係者は,真に企業経営に参加する意思がないわけではないこと,本件公開買付けにおいて,株式を相手方及びその関係者に引き取らせる目的を有していないこと,これまでの投資活動においても,投資先企業の株式を上記関係者に引き取らせる目的で公開買付けを行ったことはないことから,グリーンメイラーでもなければ,その他の濫用的買収者でもない。

イ 本件新株予約権無償割当てには相当性もないこと

本件新株予約権無償割当ては,株主総会が当該対抗手段を採るに至った経緯,当該対抗手段が既存株主に与える不利益の有無及び程度,当該対抗手段が当該買収に及ぼす阻害効果のいずれの観点からみても不当である。

(ア) 仮に,相手方において,本件公開買付けによって抗告人関係者が経営支配権を取得することを妨げる必要があるとしても,そのことから直ちに本件公開買付け自体を阻止させるほどの対抗措置が許されるという結論は導かれない。本件公開買付けを失敗に終わらせるためには,本来的には,一般株主が本件公開買付けに応募しなければ済むのである。現経営陣は,株主に対し,現経営陣に経営を任せておけば株価は公開買付価格よりも上昇するから株式の保有を継続するべきであるということによって,本件公開買付けを失敗に終わらせることに努力するのが本道である。その努力を怠って,本件公開買付け自体を阻止することは,自ずと相当性を欠く行為である。

(イ) 本件においては,現経営陣と敵対的買収者のいずれに経営をゆだねるべきかの判断は問題になっていない。また,抗告人関係者は本件総会前の平成19年6月15日,本件公開買付けの買付等の期間を同年8月10日まで延長した。したがって,本件総会の時点では,現経営陣に代替案を提出する時間的余裕を与えないまま,株主に公開買付けに応ずるか否かの判断を迫る状況は消滅していた。相手方が本件公開買付けに対抗する手段として本件新株予約権無償割当てを実施することを株主総会に提案し,同総会がこれを可決することがやむを得ないものであるとはいえない。

(ウ) 本件新株予約権無償割当ては,抗告人関係者の経営支配権の取得を妨げるという目的達成のための手段であるとしても,少数株主権の行使が不可能な程度にまで抗告人の既存の持株比率を著しく低下させる必要はない。本件新株予約権無償割当てによって抗告人関係者が被る不利益は甚大である。また,本件新株予約権無償割当てに反対し,本件公開買付けに応募したいと考えていた少数の株主の利益を一顧だにしていない点で不当である。

(エ) 本件公開買付けの目的を阻止するような対抗措置に相当性は認められない。また,仮に,特定の買収者による経営支配権の取得を妨げる必要があったとしても,持株比率が50パーセントを超えないようにすれば足りるはずであり,発行済株式を約4倍に増やす本件新株予約権無償割当ては過剰防衛というべきである。

(3)  本件新株予約権無償割当てには定款違反があること

ア 株主総会決議の有効性については,当該決議内容を当該決議時点において判断すべきものであり,決議後の事情によって有効性が左右されるものではない。本件決議の時点では,相手方が取得条項に基づき,抗告人関係者から本件新株予約権を取得するか否かは不明である。本件決議後の相手方取締役会決議(乙37)及び記者発表(乙53)を考慮せず,本件決議時点において決議内容を検討すれば,これが著しく不当な決議であり,かつ,一般株主が特別利害関係者に該当すること,及び,客観的にみて著しく不公正な内容のものであり,かつ,一部の株主にのみ損害を与えるものであることはいずれも明らかである。本件新株予約権無償割当てを承認した本件決議は,特別利害関係者の議決権行使による著しく不当な決議,ないし多数決濫用の決議として,取り消し得べきものである。したがって,本件新株予約権無償割当ては,本件決議の取消しにより無効となる。取消原因のある本件決議を基礎とする本件新株予約権無償割当ては,その手続に相手方の定款19条2項違反があるので,会社法247条1号の類推適用により差し止められなければならない。

イ 本件新株予約権無償割当てにおいて,抗告人は持株比率が著しく減少するという不利益を受け,他方で一般株主は支配の利益が増加するという利益を受ける。このような場合には,特別利害関係者の関与により著しく不当な決議が行われ,また多数決の濫用が行われた場合に該当するものと考えるべきである。

4  相手方の反論の要旨

(1)  本件新株予約権無償割当てと株主平等原則

ア 相手方のような公開会社においては,会社法上,既存株主の持株比率の要請は,株式の経済的価値の平等の要請に劣後するものとして取り扱われている。また,会社法における株主平等原則では,株式の内容の同一性は原則的要請ではないとされ,あるいは株主の不平等取扱いについて適法と解釈する余地もあるとされている。それにもかかわらず,株式ではない新株予約権の内容の同一性に関して,形式的平等を貫徹すべきであるという主張は成立しない。

イ 株主平等原則は,法の理念たる衡平に根拠を有するものであり,究極的には会社・株主の最善の利益を実現するための会社法の原則の一つである。したがって,株主の属性に応じて差別的取扱いをすることも一律に禁止されるわけではなく,株主の属性によって差異を設けることが当該会社の企業価値の毀損を防止するために合理的であれば,その差異は株主平等原則に反せず,あるいは多数決の限界を超えるものでもない。

そして,株主の属性によって差異を設けることが合理的か否かについては,当該差異を設けることが相手方の企業価値の毀損を防止するために必要か否か,相手方の対応策が上記必要性に照らして相当な範囲にとどまっているかという二つの視点から考える必要があるところ,本件においては,上記2要件について欠けるところはない。

ウ 本件新株予約権無償割当てが,株主の地位を強制的に失わせるものであるとしてもそれは抗告人関係者の持株比率が減少することにすぎず,持株比率の維持の要請は株主平等原則の当然の帰結ではないこと,同無償割当ては,抗告人関係者は濫用的買収者であって,その全株式について希釈化しなければ,相手方の企業価値の毀損を防止できないという必要性に基づくものであるから,本件新株予約権無償割当ては相当性を欠くものではない。

エ 本件新株予約権無償割当ては,相手方の株主総会の特別決議に基づき行われるものであり,交付金合併や譲渡制限株式の買取り等に関する会社法の他の諸規定に照らしても,株主平等原則に違反するものではあり得ない。

(2)  本件新株予約権無償割当てによる経済的損害

抗告人関係者は,自らその機会を放棄しない限り,本件新株予約権の全部について,1個当たり396円の支払いを確実に受けることができるのであって,抗告人関係者に何らの経済的損害が生じることはなく,株主としての経済的利益は平等に確保されている。

(3)  本件新株予約権無償割当てが著しく不公正な方法によるものではないこと

ア 本件新株予約権無償割当ての必要性

(ア) 長い間培ってきた消費者の信用が経営の根元である相手方にとっては,長期的視点に立った企業運営が必要不可欠である。抗告人関係者は,相手方のソース事業について知識,関心はなく,その事業自体を全く評価の対象としておらず,経営支配権取得後の相手方の経営方針についても何ら明らかにしていない。抗告人関係者が相手方の議決権の多数を取得した場合に,短期的な目先の利益の追求を目的とすることは容易に予想できるところであり,相手方が目指すべき中長期的な企業運営の実現を困難ならしめ,相手方の企業価値ひいては株主共同の利益に毀損が生じるおそれがある。このような点から本件新株予約権無償割当てに必要性が認められることは明らかである。

(イ) 会社における具体的な経営方針の在り方は,誰に経営をゆだねるかで決定されることでもあり,株主総会の過半数の賛成で取締役を選任することを通じて行われる。すなわち,企業価値ひいては株主共同の利益の確保・向上に向けての方策の在り方については,資本多数決の原理に基づき株主の多数の意思によりこれを決定するのが会社法の基本である。そして,抗告人関係者による本件公開買付けの結果,抗告人関係者が相手方の議決権の多数を取得することによって,相手方の企業価値ひいては株主共同の利益の毀損が生じるおそれがあることは明らかであって,相手方の株主総会が本件公開買付けに対応策を採る必要があるとし,本件新株予約権無償割当てが必要であるとした判断には合理性がある。

イ 本件新株予約権無償割当ての相当性

本件新株予約権無償割当てには,本件総会が本件新株予約権無償割当てを決定するに至った経緯,既存株主に与える不利益及び程度並びに本件公開買付けに及ぼす効果等を総合的に考慮すると相当性が認められることは明らかである。

(4)  抗告人関係者がグリーンメイラーであること

相手方の株式全部の取得を目指しているという抗告人関係者に相手方の企業価値を確保し,これを高めていこうとするオーナーとしての健全な意思があるのであれば,株式取得後の計画を具体的に説明できて当然のはずであるが,抗告人関係者はこれをしない。抗告人関係者の過去の行動等に照らすならば,このような抗告人関係者の態度は,本件公開買付けの内面に専ら自己の利益のみを追求するという真の目的を秘していることを十分に推認させるものである。抗告人関係者が一般株主の利益ないし株主共同の利益を害するおそれがある存在であることは,広く認識され,もはや社会一般の共通認識とすらいえる。

上記の点は,抗告人関係者が平成17年10月19日,相手方に対し,経営陣による企業買収を打診し,その後本件公開買付けを開始するに至る経緯,また,その前後における日本国内における抗告人関係者による他企業への買収攻勢等からしても明らかである。

(5)  本件新株予約権無償割当てに定款違反はないこと

本件決議に会社法831条1項が定める決議取消事由はない。本件新株予約権無償割当てによって抗告人関係者に議決権比率の低下が生じるとしても,それをもって一般株主が特別利害関係者であるとされたり,株主総会における決議が多数決の濫用に当たるとされるものではないし,また,本件新株予約権無償割当てに係る株主総会決議は著しく不公正でもないから,取消事由はなく,有効な特別決議に基づく本件新株予約権無償割当ては定款に違反しない。

第3当裁判所の判断

1  本件は,いわゆる外資系投資ファンドである抗告人関係者が,ソースの製造販売等を事業目的とする相手方の株式を大量に保有し,さらには,全株式取得を目指して証取法に基づき本件公開買付けに及んだところ,相手方が買収防衛策として,会社法に基づき抗告人関係者に対し差別的行使条件を付した本件新株予約権無償割当ての制度を導入したことから,抗告人が本件新株予約権の発行差止めの仮処分の申立てに及んだというものである。

当裁判所は,上記のような買収防衛策の発動自体は,明文の根拠規定を有しないものであるが,証取法,会社法はこれを排斥するものとは解されず,合理的な事情がある場合には是認されるべきものであり,また,その手段としての新株予約権無償割当てが株主平等原則に違反する,あるいは新株予約権の不公正発行に当たるかどうか等の具体的判断は,買収者及び被買収者の属性も考慮の上,公開買付けの態様と対比し,買収防衛策を導入すべき必要性の存否,買収防衛策としての相当性の存否について検討の上,相対的に判断すべきものと考える。そして,本件においては,抗告人関係者は後記認定のとおりいわゆる濫用的買収者であって,抗告人関係者による本件公開買付けは,相手方の企業価値ひいては株主共同の利益を毀損するものであり,このような株式公開買付けに際しては買収防衛策を導入すべき必要性が認められ,また,同防衛策の手段としての本件新株予約権無償割当ては相当性を有するものであるから,同無償割当てが株主平等原則に違反するとも,あるいは著しく不公正な方法によるものともいえず,また,同無償割当てを承認した株主総会の特別決議が,無効又は取り消されるべきものとはいえないから同無償割当てが上記特別決議を要する相手方の定款に違反するとはいえないと判断する。

前記争点に沿ってその理由を述べると次のとおりである。

2  新株予約権無償割当てについて会社法247条が類推適用されるか

差別的行使条件を付した本件新株予約権無償割当てについて会社法247条が類推適用され,抗告人がその発行差止めを申し立てることができると解すべきことは原決定の「理由」中「第3 当裁判所の判断」1(原決定16頁末行から19頁1行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  本件新株予約権無償割当てが株主平等原則に反し法令に違反する場合に該当するか

(1)  会社法109条は,株式会社は,株主をその有する株式の内容及び数に応じて,平等に取り扱わなければならない旨を規定するところ,この規定は,株主としての資格に基づく法律関係については,株主を,その有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならないという,いわゆる株主平等原則を定めるものと解されている。

しかし,会社法の定めるこのような株主平等原則は,あくまでも原則であって,会社法自体においてその例外を定めたと解される規定が存在する(募集株式又は募集新株予約権の募集事項の決定等に関し同法201条1項,240条1項,吸収合併及び株式交換を行う場合の株主等に対して交付する対価に関して749条1項2号,751条1項3号,768条1項2号,770条1項3号,749条3項,751条3項,768条3項,770条3項,783条1項,309条2項12号,譲渡制限株式の買取り等に関して140条2項,5項,309条2項1号,特定の株主からの自己株式の取得に関して156条1項,160条1項,309条2項2号,現物配当に関して454条4項,309条2項10号であり,その具体的内容は原決定21頁13行目から22頁9行目までに記載のとおりである。)こと,株主平等原則が,法の理念たる衡平に根拠を有するものであって,同法109条はそのことを上記の解釈に係るものとして明文化したものにすぎないといえることからすると,株主であれば,法に定める以外はその有する株式の内容及び数に応じて形式的(平均的)にすべて平等に扱われるべきことを定めているものと解することは相当ではなく,株主間に差別的な取扱いがなされたとしても,関連する会社法の諸規定等も考慮した上で,上記差別的な取扱いに合理的な理由があれば,それは株主平等原則ないしその趣旨に違反するものではないというべきである。

(2)  本件新株予約権無償割当てについてみると,新株予約権について,株式会社は,一定の行使条件を付すことができ,また,取得条項を定めることができるところ,このような行使条件又は取得条項の定めは,新株予約権の内容に係ることであって,株式の内容や株主としての資格自体に直接関係するものではない。したがって,行使条件や取得条項について新株予約権者間で差別的取扱いを行うことを内容とする新株予約権が発行されたとしても,これをもって,当該新株予約権が直ちに株主平等原則に違反するということはできないと解するのが基本的な論理帰結である。

(3)  確かに,本件新株予約権無償割当ては,株主に対して新たに払込みをさせないで新株予約権を割り当てるもの(会社法277条)であるから,株主は,当該新株予約権の割当てを株主としての資格に基づいて受けるということができ,また,差別的な取扱いがされる新株予約権者は抗告人関係者のみであるから,このような特定の株主を標的にして差別的な取扱いをする行使条件及び取得条項は,上記株主平等原則の理念ないし趣旨に反することになるものではないかとの疑問が生じないではない。

しかし,会社法は,株主総会の特別決議を要件として,一部の株主に対する新株及び新株予約権の有利発行を行うことができるものとしており(同法199条2項,201条1項,238条2項,240条1項),また,多数の株主の意思をもって少数の株主の有する議決権を現金等の対価を供することにより,他のものに代えることも制度上許容している(同法768条1項)。そうすると,会社法は,一部の株主を経済的にも,また,議決権比率の変動の面においても,差別的に取り扱うことを制度上否定はしていないということができる。

また,会社法に定める株主の権利行使は当然のことながら,信義誠実等の基本的な法規範の規律の下にあり,権利の濫用にわたるような行使は許されないのであるから,他者の権利との相対的関係において一定の場合には制約を受けることがあるのである。したがって,株主平等原則は,会社法の原則の一つであるが,株主の属性によって差異を設けることが当該会社の企業価値の毀損を防止するために必要かつ相当で合理的なものである場合には,それは株主平等原則に反するものではないというべきである。本件新株予約権無償割当ては,いわゆる買収防衛策として導入されたものであり,後記認定,判断のとおり,同無償割当てについては,買収防衛策としてその必要性及び相当性を肯定することができ,抗告人関係者に過度ないし不合理に財産的損害を与えないように配慮もされているから,株主間の上記差別的な取扱いについても合理的なものといえるのであって,上記無償割当てが株主平等原則に反する違法なものということはできない。

(4)  抗告人は,株主平等原則の例外となる差別的取扱いは,法律上明文の規定がある場合,又は当該差別的取扱いによって不利益を受ける本人の同意がある場合に限って認められるにすぎず,仮にこれらの場合以外に差別的取扱いが認められる場合があるとしても,極めて高水準の必要性及び相当性が要件とされる(要するにグリーンメイラーに該当する場合のみ是認される)べきである旨主張する。

しかし,前記したところからして,株主平等原則を抗告人の主張のごとくに解することは相当ではなく,また,抗告人関係者が濫用的買収者であることは後に詳述するとおりであり,上記主張は採用することができない。

4  本件新株予約権無償割当てが著しく不公正な方法により行われる場合に該当するか

(1)  本件新株予約権無償割当ては,抗告人関係者が,相手方の発行済株式の全株式を取得することを目的とする本件公開買付けを実施したのに対し,相手方が,本件公開買付けは相手方の企業価値ひいては株主の共同の利益の毀損につながるとして,いわゆる買収防衛策として,株主総会の特別決議による承認を得て導入した制度である。そして,その目的は,本件公開買付けを行う抗告人関係者の持株比率を低下させることにある。

株式会社は,理念的には企業価値を可能な限り最大化してそれを株主に分配するための営利組織であるが,同時にそのような株式会社も,単独で営利追求活動ができるわけではなく,1個の社会的存在であり,対内的には従業員を抱え,対外的には取引先,消費者等との経済的な活動を通じて利益を獲得している存在であることは明らかであるから,従業員,取引先など多種多様な利害関係人(ステークホルダー)との不可分な関係を視野に入れた上で企業価値を高めていくべきものであり,企業価値について,専ら株主利益のみを考慮すれば足りるという考え方には限界があり採用することができない。

真に会社経営に参加する意思がないにもかかわらず,専ら当該会社の株価を上昇させて当該株式を高値で会社関係者等に引き取らせる目的で買収を行うなどのいわゆる濫用的買収者が,株式を買い占め,多数派株主として自己の利益のみを目的として濫用的な会社運営を行うないし支配することは,会社の健全な運営などという観点を欠くのであるから,結局はその株式会社の企業価値を損ない,ひいては株主共同の利益を害することにつながるものであり,このような濫用的買収者は株主として,差別的な取扱いを受けることがあったとしてもやむを得ないものである。それゆえ,そのようなおそれがある場合において,株式会社が,特定の株主による支配権の取得について制限を加えるなどして,企業価値を確保又は向上させることを内容とする買収防衛策を導入することは,対抗手段として必要性,相当性が認められる限りにおいて株式会社の存立目的に照らして適法かつ合理的なものといえる。したがって,買収防衛策が上記のようなものであれば,本件新株予約権無償割当ての結果として買収者の持株比率の低下等の事態が生じたとしても,それをもって著しく不公正な方法により行われる場合に当たるということはできない。なお,抗告人もグリーンメイラーの用語の下ではあるが,理由には触れないものの,その活動に否定的であることは一貫している。

そこで,本件が上記のような場合に当たるかどうかについて検討を加える。

(2)  相手方の属性等

前提事実(前記第2・2(1)ア)及び審尋の全趣旨によれば,相手方は,明治時代に個人商店として開業し,大正15年に法人成りした,ソースの製造販売事業を主たる目的とする会社である。相手方は,日本国内において安全で美味なソース造りに専念し,堅調に実績を上げ,同事業においてグループシェア全国1位である。しかし,従業員数は約400名(グループ会社を含む。)にすぎず,中堅企業というべき存在であると認められる。

(3)  抗告人関係者の属性等

抗告人は,抗告人関係者の方針は,原則として投資先の経営を経営陣に委ね,取締役の選任・解任権限や会社の基本的事項の決定権限を通じて,適宜経営陣を監視するという,株式会社の基本原理たる所有と経営の分離の原則に沿う合理的かつ正当なものであって,抗告人関係者はグリーンメイラーではない旨主張し,一方,相手方は,抗告人関係者は会社経営に参加する意思など毛頭なく,企業買収において株価を上昇せざるを得ない状況を作り出した上で,自己の買付けにより高騰している相場で株式を売り抜けるという行動をとっているのであり,典型的なグリーンメイラーであり濫用的買収者である旨主張するので,まず,抗告人関係者の属性等について検討する。

ア 認定事実

前提事実,疎明資料(認定事実に付記したもの)及び審尋の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(ア) 抗告人,SPVⅡ及び抗告人関係者について

前記第2・2(1)イ記載のとおり。

(イ) 抗告人関係者の企業買収行為等

a 抗告人関係者は,グループを形成して,世界各地で企業に対する多額の投資(運用額は40億ドルを超えているという(乙70)。)を行ってきている。米国における活動については,「株主名簿や帳簿の閲覧請求,ポイズンピル(毒薬条項)の解除請求はもちろん,プロクシーファイト(委任状争奪戦)も辞さないが,最も得意なのは情報戦である。」,「経営陣に圧力を加えて余剰資金や不動産などを狙うのが常套手段」,「業種はまるで脈絡がない。」などとも報じられている。(乙12,16)

b 抗告人関係者は,我が国においては,遅くとも平成14年ころから,ハウス食品株式会社,キッコーマン株式会社,日清食品株式会社(以下「日清食品」という。),明星食品株式会社(以下「明星食品」という。),江崎グリコ株式会社(以下「江崎グリコ」という。)サッポロホールディングス株式会社(以下「サッポロ」という。),株式会社アデランス,株式会社ノーリツ,ブラザー工業株式会社,ユシロ化学工業株式会社(以下「ユシロ化学」という。),株式会社ソトー(以下「ソトー」という。)等の様々な会社に大規模な投資を行い株式を大量に取得しており,これまでに,日本企業約30社に対して総額40億ドルを投資してきた。また,抗告人関係者は,我が国においてこれまでに公開買付けによる敵対的買収を数回試みてきた。(甲38,乙2,3の1・2,4ないし6,8,12,13,15,16,43ないし45)

① 抗告人関係者は,平成15年12月19日,突然,その子会社を通じて毛織物の染色大手のソトーの株式に対する公開買付けを開始した。ソトーは,主幹事証券会社である大和証券系列の会社をいわゆるホワイトナイトとして,経営陣による企業買収で対抗したが失敗した。ソトーは,その後,平成16年3月期に大幅増配を行うことを決定,発表したこと等から市場価格が公開買付けの買付価格を上回り,買付けに応募する株主はほとんど現れないまま公開買付けは終結した。しかし,抗告人関係者の一連の買収行為の結果,ソトーの株価は2倍前後に高騰し,抗告人関係者は,既に保有していた上記株式の約4割を配当を受ける前に売却して多額の売却益を得た。(乙2,3の1・2,4,15)

② 上記と同時期に,抗告人関係者は,金属加工油剤のトップメーカーであるユシロ化学に対する公開買付けも実施した。同会社は,大幅増配を伴う配当政策の転換を行い,株価は抗告人関係者による買付価格を大きく上回って推移し,公開買付は応募がゼロという結果に終わった。(乙15)

③ 抗告人関係者は,平成15年11月までに明星食品の株式約414万株(議決権総比率10.25パーセント)を取得し,平成16年10月に抗告人関係者役員と明星食品代表者らが面談した。その際,抗告人関係者は明星食品に役員の派遣を要求し,これを断れば株主代表訴訟等様々な手段に出る旨伝え,明星食品は,抗告人関係者からの役員派遣を受け入れることとした。抗告人関係者は,平成18年3月末日現在で明星食品の株式約984万株を保有していたところ,そのころ,明星食品に対し,経営陣による企業買収を求めたが,同会社はその後この提案を断った。抗告人関係者は,同年10月27日,明星食品の株式の公開買付けを開始した。これに対し,明星食品は,それまでの抗告人関係者の態度から上記公開買付けは株主共同の利益に合致しないとして,これに反対する意思を表明した。この公開買付けの開始後,明星食品との資本業務提携を前提とする日清食品が,抗告人関係者の買付価格を大幅に上回る価格での公開買付けを開始したことから,抗告人関係者は,保有する明星食品の株式全部(議決権比率23.1パーセント)を日清食品に売却した。抗告人関係者が明星食品株の大量取得を始めた平成15年11月当時,株価は200円台であったが,日清食品による公開買付価格は870円であり,抗告人関係者は多額の売却差益を得た。(甲36,89ないし93,乙6,8,15,43ないし45,74)

④ 抗告人関係者は,その後,サッポロ等に対して買収提案を行い,平成19年5月24日,天龍製鋸株式会社(以下「天龍製鋸」という。)の株式に対する公開買付けを実施した。また,江崎グリコ,フクダ電子株式会社など4社に増配要求をしたが,同年6月28日の各社の株主総会でその提案は否決され,抗告人関係者が株主である日清食品,天龍製鋸では,株主総会で会社側が提案した買収防衛策が出席議決権の3分の2以上の賛成で可決された。(甲94,乙15,60ないし63)

(ウ) 本件公開買付け及び本件仮処分申立てに至る経緯等

a 抗告人は,平成14年に相手方株式の取得を始め,同年12月12日には,その関係者と併せて相手方株式96万株(発行済株式総数の5.05パーセント)を保有していることを明らかにした。

b 抗告人関係者役員らは,平成17年10月19日,相手方代表者らと面談した際,経営陣による企業買収を打診したが,相手方はこれを拒否した。(甲82,乙46)

c 抗告人は,平成19年1月11日には,LSAMと共に大量取得報告書(変更報告書)を提出して,同月1日現在で抗告人が相手方株式を176万株,LSAMが17万株を保有していること,保有目的が株主としてのリターンの享受のための投資及び状況に応じて経営陣への助言,重要提案行為等を行うこと,その取得に要した資金の額が抗告人は16億9963万1000円,LSAMは1億1756万1000円であること等を明らかにしていた。(乙31)

d 相手方は,平成19年5月16日,突然,抗告人から,相手方の発行済株式の全部の取得を目的として,1株につき1584円の買付価格により,取得株式数に下限を付さずに公開買付けを実施することを意図している旨の内容の書簡(英文のファクシミリによる文書)を受領した。抗告人は,上記の書簡の送付までに,相手方に対し,経営方針や取締役の選任等について具体的な提案をしたことはなく,また,上記書簡でも公開買付けの開始日や買付期間,取得目的や相手方の経営への関与方針等については,明らかにしていなかった。(乙1)

e SPVⅡは,平成19年5月18日,抗告人及びLSAMを併せて,相手方の発行済株式の全株式を取得することを目的として,次のとおり本件公開買付けを行う旨公告し,公開買付開始届出書を関東財務局長に提出した。そして,同届出書には,次のようなことが記載されていた。(甲1)

① 本件公開買付けの目的は,あくまでも証券売買による利益を得ることを目的としている。

② 本件公開買付けの結果,対象者は上場基準を満たさないことにより上場を維持できなく可能性が生じる。

③ 公開買付者は,現在のところ,本件公開買付けによって取得する対象者株式を他の第三者に売却することは予定していないが,証券売買による利益を目的とするものであるため,諸般の事情を考慮の上,その時々の状況に応じ,将来その所有株式を市場内外において処分することは可能性としてある。

④ 公開買付者は,所有している対象者株式を不確定の期間所有すること及びこれらの株式を所有すること,又は対象者が公開買付者の完全子会社となった場合,対象者の資産を処分することを見込んでいる。

f また,同届出書には,買付価格について,相手方株式の直近の市場価格が相手方の株主が認識している公正な株式価値を合理的に反映したものであると判断し,適切と考えるプレミアムを加算して決定したこと,当該買付価格は,本件公開買付け開始前の平成19年5月16日までの1か月間,3か月間,6か月間及び12か月間の相手方株式の東京証券取引所における取引日の終値の単純平均値1342円,1404円,1360円,1351円に対して,それぞれ約18.03パーセント,約12.82パーセント,約16.47パーセント及び17.25パーセント,同日の終値1336円に対して約18.56パーセントのプレミアムを加算したものとなっていること等が記載されていた。(甲1)

g 相手方は,平成19年5月25日,本件公開買付けに対する意見を留保することを取締役会で決議し,SPVⅡに対する質問事項を記載した意見表明報告書を関東財務局長に提出した。これに対し,SPVⅡは,同年6月1日,上記質問事項に対する対質問回答報告書を関東財務局長に提出した。対質問回答報告書には,抗告人は日本において会社を経営したことはなく現在その予定もないこと,抗告人は現在のところ相手方を自ら経営するつもりがないこと,企業価値を向上させることができる提案等をどのように経営陣に提供できるか想定しているものはないこと,抗告人は相手方の支配権を取得した場合における事業計画や経営計画を現在のところ有していないこと等が記載され,また,相手方の行うソース類の製造販売事業について質問の大部分については,現在のところ相手方の日常的な業務の経営を行うことを意図していないため回答する必要がないと考えるとの回答が記載されていた。(甲5)

h 相手方は,平成19年6月1日,SPVⅡの代理人に対し,「当社の同年5月25日付け意見表明報告書に記載の質問事項に対するご回答のお願い及び秘密保持契約案文のご送付」と題する書面を送付し,SPVⅡが機密情報に当たるとして回答を留保した質問事項について,秘密保持契約を締結した上で同年6月6日までに回答するように求めたが,抗告人から,同日,これに応じられない旨の回答がされた。(甲6,7)

i 相手方取締役会は,平成19年6月7日,本件公開買付けに対して反対することを決議した。そして,相手方取締役会は,同日に公表した意見表明報告書の訂正報告書及び「当社の企業価値向上に向けて」と題する書面において,本件公開買付けは,相手方の企業価値ひいては株主の共同の利益の毀損につながると判断して反対の意見を表明するとし,その理由として,公開買付者であるSPVⅡ及び抗告人が,株主共同の利益に資する経営支配を行う能力を有していないこと,本件公開買付け後の相手方の経営に対して具体的な方針を明らかにしていないこと,ファンドとしての性質上追求する利益と中長期的視点での相手方の企業価値等の拡大が衝突する可能性があること等から,SPVⅡ及び抗告人が相手方の議決権の多数を取得することが企業価値の毀損につながると述べ,また,買付価格が相手方の企業価値を適正に反映していないもので,その算定根拠についても市場価格に一定のプレミアムを付したものと説明するのみで具体的な説明がないこと等から,本件公開買付けの条件及び方法が不適切である旨述べた。(甲8)

j 相手方取締役会は,上記意見表明の同日,本件公開買付けに対する対応策として,平成19年6月24日開催予定の本件総会の特別決議による承認に基づき,本件新株予約権無償割当てを行うべく,①一定の新株予約権無償割当てに関する事項を株主総会の特別決議事項とする等の内容の本件定款変更議案,②本件定款変更議案が承認可決されることを条件として,本件新株予約権無償割当てを行うことを特別決議により承認することを求める議案をそれぞれ本件総会に付議することを決定した。(甲10)

k 相手方及び相手方のグループ会社であるイカリソース株式会社の従業員一同は平成19年6月8日に,相手方の取引先である凸版印刷株式会社他8社は同月13日までに本件公開買付けについて反対する旨の声明を出した。(乙26ないし30)

l 相手方代表者は,平成19年6月13日,抗告人関係者のリヒテンシュタイン代表と本件公開買付けに関して会談し,同代表に対し,相手方株式取得の目的や買収後の事業計画など相手方の企業価値の確保の向上に欠かせない事柄について問いただしたが,同代表はこれには答えずそうしたことには関心のないことを明らかにする結果となった。抗告人は,同日,本件仮処分の申立てをした。(乙25)

イ 検討

前記認定事実に基づき考察する。

抗告人は,日本株への投資を目的とする英領ケイマン諸島法に基づいて設立された米国系投資ファンドであり,抗告人関係者は,その実態は明らかではないものの,日本企業30社以上に対し,総額40億ドル以上投資してきたこと,日本企業に投資するとともに,対象企業に対し,経営陣による企業買収を持ちかけたり,株式の公開買付けを行うなどし,最終的には保有する株式を売却して高額の利益を得たことがあること,相手方に対しても,多数の株式を保有した後,経営陣による企業買収を持ちかけたが拒否された後,株式を買い進め,相手方の発行済株式の全株式を取得することを目的として本件公開買付けを行うに至ったこと,本件公開買付けの開始届出書においても,あくまでも証券売買による利益を得ることを目的とし,将来相手方の株式を市場内外で売却することがあり,相手方が完全子会社化したときはその資産を処分することを見込んでいることを表明したこと,抗告人関係者は,相手方からの質問に対し,日本において会社を経営したことはなく現在その予定もないこと,相手方を自ら経営するつもりがないこと,企業価値を向上させることができる提案等をどのように経営陣に提供できるか想定しているものはないこと,相手方の支配権を取得した場合における事業計画や経営計画を現在のところ有していないこと等が記載されていたこと,相手方の行うソース類の製造販売事業について質問の大部分については,現在のところ相手方の日常的な業務の経営を行うことを意図していないため回答する必要がないと考えるとの回答が記載されていたことが認められる。これらの事実に疎明資料(乙12,13,15,23,42)及び審尋の全趣旨を総合すると,抗告人関係者は,投資ファンドという組織の性格上,当然に顧客利益優先の受託責任を負い,成功報酬の動機付けに支えられ,それを最優先にして行動する法人であり,買収対象企業についても,対象企業の経営には特に関心を示したり,関与したりすることもなく,当該会社の株式を取得後,経営陣による買収を求める一方で突然株式の公開買付けの手続に出るなど,様々な策を弄して,専ら短中期的に対象会社の株式を対象会社自身や第三者に転売することで売却益を獲得しようとし,最終的には対象会社の資産処分まで視野に入れてひたすら自らの利益を追求しようとする存在といわざるを得ない。そして,抗告人関係者は,相手方の全株式を取得するといいつつ本来協働し合うべき企業の経営面を顧慮せず,いたずらに相手方に不安を与えている。すると,このような抗告人関係者がした前記の経緯,態様による本件公開買付け等は,前記の企業価値ひいては株主共同の利益を毀損するものとして信義誠実の原則に抵触する不当なものであり,これを行う抗告人関係者は本件については濫用的買収者であると認めるのが相当というべきである。

抗告人は,抗告人関係者は,企業経営に参加する意思がないわけでなく,株式を公開買付けの相手方に引き取らせる目的を有していないことなどから濫用的買収者ではない旨主張するが,濫用的買収者の意義ないしその否定的評価の根拠は上記のとおりであり,前記認定のとおり,抗告人関係者のこれまでの言動からうかがうところと相容れないものであり,採用することはできない。

(4)  本件新株予約権無償割当ての必要性

本件は,前記認定のとおりの属性を有し濫用的買収者と認められる抗告人が,日本国内で創業以来100年余の歴史を有し,堅調にソースの販売製造事業を行っている相手方を本件公開買付けによって買収しようというものである。相手方は,このような買収行為によって,場合によって解体にまで追い込まれなければならない理由はないのであって,このような事態に直面した相手方が自らの企業価値ひいては株主共同の利益を守るために自己防衛手段を採ることは理由のあることである。そして,会社法及び証券取引法もこのような防衛手段を禁じてはいないと解されることからすると,相手方が採った買収防衛策,その手段としての本件新株予約権無償割当てについてはこれを導入すべき必要性(目的の正当性)が認められるというべきである。

(5)  本件新株予約権無償割当ての相当性

ア 以上のとおりであるが,濫用的買収に対する防衛策といえども,防衛策である以上当然に防衛の限度にとどまることが要請されるのであり,濫用的買収者に対する差別的取扱は無限定なものであってはならず,また,買収者以外の株主に不測の損害を与えてはならないから,買収防衛策として相当なものであることが必要である。この相当性を検討するに当たっては,買収防衛策を導入するに至った経緯及び手続,濫用的買収者あるいはその他の株主に与える不利益の程度,当該買収に及ぼす効果等に買収行為の不当性の程度等を総合的に考慮すべきところ,前記認定のとおり,前記認定に係る抗告人関係者による本件公開買付けは容認し難い不当なものと評価すべきであって,これに対抗する本件新株予約権無償割当てはやむを得ない手段であり,手続的な観点からも少なくとも株主総会の特別決議を経て導入されたものであること,本件新株予約権無償割当ては,抗告人関係者の持株比率を10.25パーセントから2.82パーセントまで低下させるものではあるが,抗告人関係者は,相手方による新株予約権の取得又は新株予約権の譲渡により,新株予約権1個につき396円の交付を受けることが予定されており,本件新株予約権無償割当ては抗告人関係者に対し,その不当性の程度との相関関係からすると過度の財産的損害を与えるものとはいえないこと,後記認定のとおり,抗告人関係者以外の株主の利益という観点からみても,同株主がこれを受忍することを了承したと解されるのであり,同株主に本件新株予約権無償割当てを違法とするような不利益を与えるものとはいえないことなどを考慮すると,本件新株予約権無償割当ては相当性を有する対抗策であるというべきである。

イ 抗告人の主張に対する判断

(ア) 抗告人は,本件新株予約権無償割当ては,経済的利益において一般株主と平等ではない旨主張する。

しかし,前記認定に係る事情の下でされた買収防衛策としての本件新株予約権無償割当てが経済的利益の観点から相当性を有するためには,防衛の趣旨,目的を超え,抗告人関係者に過度ないし不合理な財産的損害を与えないことで足りるものと考えられ,不当な公開買付けに対する防衛策であることの性質上経済的利益において他の株主と平等であることまでは必要とされないというべきである。本件においては,相手方が抗告人関係者に対して本件新株予約権の取得の対価として提供する1個当たり396円は,本件公開買付けにおいてSPVⅡが当初買付価格としていた1株当たり1584円の4分の1に相当する金額である。そして,当該買付価格は,当然のことながら,相手方株式の直近の市場価格が相手方の株主が認識している公正な株式価値を合理的に反映したものであるとの判断に基づき,SPVⅡが適切と考えるプレミアムを加算して決定したものであると解されること,当該買付価格は,本件公開買付け開始前の1か月間,3か月間,6か月間及び12か月間の相手方株式の東京証券取引所における取引日の終値の単純平均値に対して約13パーセントないし約18パーセント,本件公開買付け開始直前の終値に対して約19パーセントのプレミアムを加算したものになっていることは,前記のとおりである。そうであれば,抗告人関係者が有する本件新株予約権を相手方が取得した場合に抗告人関係者が交付を受ける1個当たり396円という対価は,直近の市場価格にプレミアムが加算されたものであるから,これが,過度にないしは不合理に抗告人関係者に対して財産的損害を与えるものでないことは明らかというべきである。

ちなみに,前記した本件の経緯に照らしてみると本件においては,この価格より低額であったとしても買収策としての相当性を欠くものではないとの評価も考えられる。なお,この点については,前記の経緯からして,我が国において類例も乏しく,過去に経験のない突然の外資ファンドの公開買付けに混乱した中での対応策であったともいえることからすれば,他の株主に不当,不合理な不利益を強いるものというのは的外れであり,本件総会の特別決議はこうした諸事情を了承した上での他の株主の意思表示と解すべきものである。我が国において,本件のような敵対的買収行為の対応が成熟し,しかもそれが相手方ないしそれ以下の内容,規模の企業にまで浸透するには,なお時間と経験を要するであろうことは諸々の現実に照らしやむを得ないものであり,各企業の今後の重い課題である。

(イ) 抗告人は,本件新株予約権無償割当ては,①株主の地位を強制的に失わせるものであるから相当性を欠く,②抗告人関係者が株式の過半数を取得できないように買収防衛策を設ければ足りるはずであるのに,一律に抗告人関係者の有する議決権を4分の1に希釈することは過剰防衛である,③抗告人関係者が本件公開買付け前に保有していた株式について希釈化の対象とする必要はないなどと主張する。

しかし,上記①については,前記のとおり持株比率を低下させること自体が不当とはいえない上に,本件公開買付けの不当性を考慮すれば,抗告人主張の点が上記相当性を欠くなどとはいえないし,また,上記②及び③については,同様に濫用的買収者である抗告人関係者が不当な公開買付けを開始したことに対して,買収防衛策を導入したことの結果とみることができるのであり,一律に希釈したとしてもそれをもって本件新株予約権無償割当てが防衛策として相当性を欠くということはできない。

(ウ) また,抗告人は,①抗告人関係者に付与される本件新株予約権には権利性がないなどの事情からして,本件新株予約権を1個当たり396円で取得できない可能性がある,②上記取得行為が相手方の取締役の善管注意義務違反を構成するだけでなく,利益供与に該当する可能性がある,③取得又は譲受けの対価について適正性の保障がない,④抗告人関係者の課税負担について配慮がないなどと主張する。

しかし,上記①については,相手方取締役会は,抗告人関係者の有する本件新株予約権について,税務当局からの回答によって取得条項に基づく取得をしない場合であっても,抗告人関係者の有する本件新株予約権の全部を,抗告人関係者に何らの負担又は義務を課すことなく1個当たり396円で譲り受ける旨を決議し,同日付け記者発表においてその旨を公表していることは前記のとおり(原決定引用部分)であって,前記の事業歴史を有する相手方が我が国取引社会においてこれまで培ってきた信用に対する影響を考慮すれば,相手方取締役会が当該決議を撤回することは考え難く,また,かかる事態を疑わせる事情は見当たらない。そうであれば,抗告人関係者は,その有する本件新株予約権について,取得条項による取得がされない場合においても,相手方への譲渡の申入れをすることにより,1個当たり396円で譲渡する機会を確保していると評価できる。上記②については,相手方が本件新株予約権を抗告人関係者から取得条項により取得する場合に行う1個当たり396円の支払は,本件新株予約権の内容としてあらかじめ定められた取得の対価の交付であって,「株主の権利の行使に関して」抗告人関係者に供与されるものではない。同様に,相手方が取得条項を行使せずに本件新株予約権を譲り受ける際に抗告人関係者に支払う金銭も,相手方が取得条項を行使した場合と同一の対価を支払うのであるから,上記対価の交付と実質的に異なるところではなく,「株主の権利の行使に関して」供与するものではあり得ないから,抗告人の上記主張は採用することができない。上記③については,前記のとおり,本件新株予約権1個当たり396円という価格は,公開買付けを実施しているSPVⅡ自身が適切と考えるプレミアムを加算した相手方株式の価格に基づいて算出されたものであって,それが過度に抗告人関係者に対して財産的損害を与えない価格であることは明らかであり,それが相手方による取得又は譲受けの対価として適正を欠くということはできない。上記④については,抗告人関係者が,取得条項に基づく取得の対価又は相手方への譲渡の対価として相手方から金銭の交付を受けた場合に,いかなる課税がされるのか必ずしも明らかではないが,仮に課税されたとしてもそれはその利益取得の経緯に照らせば,抗告人関係者において甘受すべきものでありやむを得ないものというべきであるし,そのことにより抗告人関係者に対し過度ないし不合理な財産的損害を与えることになると認めるに足りる根拠は明らかではないから,上記の点をもって相当性を欠くということはできない。

(エ) 抗告人関係者以外の株主について

抗告人関係者以外の株主は,本件公開買付けへの対抗手段として本件新株予約権無償割当てが実施されることに伴い,SPVⅡが本件公開買付けを撤回する場合には,本件公開買付けに応じて買付価格で売却する機会を失うことになるが,他方,公開買付期間中であっても証券市場で売却することは何ら妨げられないこと,前記(原決定引用部分)のとおり本件新株予約権無償割当ての実施については株主総会において議決権総数の約83.4パーセントの同意を得て可決されたものであり,そうすると,本件公開買付けに応募する機会の喪失は,本件公開買付けに対する防衛のために了承されたものといえるのであるから,これをもって,本件新株予約権無償割当てが抗告人関係者以外の株主に不測の不利益を与えるものということはできない。

また,本件新株予約権の権利落ち日に相手方株式の市場価格は約4分の1に下落することが予想され,かつ,本件新株予約権の行使又は相手方による取得によって抗告人関係者以外の各株主に割り当てられることになる新株は,相手方による現実の取得又は新株予約権行使期間の到来に至るまで譲渡することができず,抗告人関係者以外の株主にとっては,本件新株予約権の権利落ち日以降,一定期間にわたり,その有する株式の4分の3に相当する部分について投下資本の回収が制限される結果となる。しかしながら,前記(原決定引用部分)のとおり本件新株予約権無償割当ての実施は,出席した株主の議決権の約88.7パーセントの同意を得て可決されたものであるから,株主総会において議決権を行使した株主のほとんどにとっては,その同意に基づいて生じた事態であり,株主総会後に株式を取得した株主にとってもあらかじめ予想し得た事態であること,本件新株予約権無償割当ての実施に反対の株主は,本件新株予約権の権利落ち日までに証券市場で売却することは何ら妨げられないこと,投下資本の回収が制限される期間は長くとも約2箇月にすぎないことを考慮すると,抗告人関係者以外の株主の資本投下の回収が制限されることをもって,本件新株予約権無償割当てが抗告人関係者以外の株主に不測の不利益を与えるものということはできない。

(6)  まとめ

以上によれば,本件新株予約権無償割当てをもって,著しく不公正な方法によるものと認めることはできない。

5  本件新株予約権無償割当てが定款に違反する場合に該当するか否かについて

上記の点について定款違反に該当しないことは,原決定の「理由」中の「第3 当裁判所の判断」4(原決定40頁5行目から41頁19行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。なお,抗告人は,決議の有効性は,決議後の事情によって左右されるものではないから,本件決議後の相手方取締役会決議及び記者発表を考慮せず判断すべきものである旨主張する。しかし,前記したところからすれば,上記相手方取締役会決議及び記者発表を考慮することなく,本件総会の特別決議を著しく不当な決議ということはできないということができる。

6  以上によれば,抗告人の本件申立ては,被保全権利の存在について疎明がないので,保全の必要性について判断するまでもなく理由がなく却下すべきものである。

よって,これと同旨の原決定は相当であって,本件抗告は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤村啓 裁判官 佐藤陽一 裁判官 古久保正人)

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