大判例

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東京高等裁判所 平成19年(行コ)147号 判決 2007年9月26日

控訴人

代表者兼処分行政庁

法務大臣

長勢甚遠

指定代理人

秦智子

外9名

被控訴人

Y1

被控訴人

Y2

被控訴人

Y3

同法定代理人親権者母

Y2

被控訴人ら訴訟代理人弁護士

伊藤和夫

高橋融

梓澤和幸

板倉由実

伊藤敬史

井村華子

岩重佳治

打越さく良

大川秀史

近藤博徳

猿田佐世

島薗佐紀

白鳥玲子

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鈴木雅子

曽我裕介

高橋太郎

高橋ひろみ

田島浩

濱野泰嘉

原啓一郎

樋渡俊一

福地直樹

水内麻起子

村上一也

毛受久

山﨑健

山口元一

渡邉彰悟

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の申立て

1  控訴の趣旨

主文同旨

2  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第2  事案の概要

1  事案の要旨

本件は,ミャンマー国籍を有し,わが国に居住する被控訴人らが,難民に当たると主張して,控訴人に対し,出入国管理及び難民認定法61条の2第1項に基づく難民認定の申請に対して控訴人代表者兼処分行政庁から同項の規定に基づき受けた難民の認定をしない旨の各処分がいずれも被控訴人らが難民に当たらないことを前提としてされたもので違法であるなどとして,各処分の取消しを求める事案である。

原審は,被控訴人らが難民に当たると認定の上,被控訴人らが難民でないことを前提とする各処分は違法であるなどとしてこれをいずれも取り消したので,控訴人が控訴に及んだものである。

2  前提となる事実,主要な争点及び当事者の主張の要旨

原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1ないし3(原判決2頁21行目から10頁24行目まで。ただし,8頁25行目冒頭から26行目末尾までを除く。)に記載のとおりであるからこれを引用する。

第3  当裁判所の判断

1  争点に対する判断に先立つ事実経過について

(1)  まず,ミャンマー及び在日ミャンマー人の一般情勢については,おおむね原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」の1(1)ア(原判決11頁1行目から14頁3行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する(認定証拠は掲記のもの,以下同じ。)。

(2)  次に,被控訴人らの個別的事情についてみるに,被控訴人夫の本国における政治活動と軍による逮捕等及び出国の経緯に関して同被控訴人が主張し供述するところは,原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」の1(1)イ(ア)及び(イ)(原判決14頁4行目から15頁末行まで)に,また,被控訴人妻の本国での活動等及び出国の経緯に関して同被控訴人が主張し供述するところは,原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」の1(1)ウ(ア)及び(イ)(原判決19頁8行目から20頁4行目まで)に記載のとおりである(ただし,原判決20頁3行目の「11月3日」を「11月30日」に改める。)。その各供述を裏付けるに足りる客観的な資料はないためその真偽を見極めることは困難であるが,他方でこれを覆すような証拠もなく,また,その各供述の限りではそれ自体及び他の証拠と対比して一見して明らかに不自然不合理というべき事情があるとまではいえないことから,ひとまずその各供述に沿う上記の事実を前提にして検討を進めることとする。

また,被控訴人夫及び同妻の来日後の活動等については,原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」の1(1)イ(ウ)a及びb並びにウ(ウ)(原判決16頁1行目から18頁5行目まで及び20頁5行目から21頁6行目まで)に各記載のとおりであるから,これを引用する。

2  争点(1)(難民該当性の有無)について

(1)  被控訴人らが難民と認められるための要件については,原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」の2(1)(原判決26頁8行目から18行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。

(2)  被控訴人夫の難民該当性について

被控訴人夫は,本件の不認定処分がされた当時,ミャンマーの民主化運動を推し進めるという政治的意見を理由として,ミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有していた旨主張する。

そこで検討するに,なるほど前記引用に係る原判決認定のとおりミャンマーにおいては同被控訴人が主張するような政治的意見を理由としてミャンマー政府から迫害を受ける者があり,同被控訴人がミャンマー及びわが国において行ったという上記一連の活動を前提とすれば,それを理由としてそうした迫害を受ける可能性があるとは考えられないとまでは言い切れないであろう。

しかし,以下の事情に照らすならば,同被控訴人には上記時点においてミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有していると認めるには足りず,したがって,同被控訴人が難民に該当するとは認めることができないというべきである。

ア まず,被控訴人夫は,平成3年7月3日付けで,ミャンマー政府から正規の旅券の発給を受け,同月30日にこの旅券を用いてミャンマーから出国したという事実がある(乙2)。

この事実は,平成3年7月当時にミャンマー政府が被控訴人夫に対する迫害の意思を抱きその動向について特別の関心を抱いてはいなかったことを推測させるものというべきである。

被控訴人夫は,上記旅券の入手及び出国手続はいずれもいわゆるブローカーに手配させたものであるから,上記の事実は難民性を減殺させる事実には当たらない旨主張する。しかし,同被控訴人がその政治的言動等によりミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあると危惧していたのであれば,その本名により旅券を入手しこれを用いて出国しようとすること自体が不可解というほかなく,その点からしても,同被控訴人が主張し供述するミャンマー国内での同被控訴人に対する迫害の事実については重大な疑念を抱かざるを得ない。むしろ,被控訴人夫が本名で旅券の発給を受け,その旅券を用いてミャンマーから出国しようとし,実際にそのように経過したことは,たとえそれがブローカーによる手配の結果であったにしても,ミャンマー政府が当時同被控訴人の政治的言動に対して迫害の意図を有してはいなかったし,同被控訴人自身もそうした迫害を受ける現実の危険を感じてはいなかったことを端的に示すものというべきである。

さらに,被控訴人夫は,上記の点は難民性の認定に当たり重視すべき事項ではなく,現に正規の旅券でミャンマーを出国した者についても難民として認定された者が多数存在する旨主張する。しかし,正規の旅券でミャンマーを出国しながら難民として認定された者についての個別的な事情が明らかではない(甲42はそうした事例の一覧表であるが,個別的な事情は一切不明である。)から,その主張するような難民認定事例があるからといって直ちに上記認定を妨げるものではないし,他方,法務省入国管理局局付の作成に係る平成16年当時におけるミャンマー政府の旅券発給審査及び出国審査が厳格に行われている旨の報告(乙51)があることに照らすと,被控訴人夫の上記主張はこれを採用することができない。

イ 次に,被控訴人夫は,わが国に入国後はミャンマー政府からの迫害をおそれるような行動がみられず,約十年間は専らミャンマーに居る家族への仕送りのために稼働を続けていたという事情がある。もっとも,被控訴人夫は,平成13年ころからNLD-LA日本支部での活動に参加するようになり,平成15年からは機関誌の発行やデモ活動にも積極的に参加し,ニュースでもその姿や顔写真が報道されるようになったというのであるが,平成15年9月には,顔写真4枚を添えた申請の手続から3週間ほどで,ミャンマー政府から正規に国際運転免許証の交付を受けている(乙6,15)。この事実は,平成15年9月当時においてもミャンマー政府が被控訴人夫に対する迫害の意思など抱かずその動向について特別の関心を抱いてはいなかったことを推測させるものというべきである。

被控訴人夫は,その申請は被控訴人妻の姉の夫に依頼して手続を行ったものである旨述べるが(乙15),そうであるからといって上記判断を妨げるものではないのみならず,その手続を実際に行う親族に格別の危害が及ぶおそれを危惧している様子が被控訴人夫にうかがわれないことからみても,同被控訴人がその当時自らの政治的言動によりミャンマー政府から迫害を受ける危険があるとは考えていなかったことをうかがわせるものというべきである。

これに対し,被控訴人夫は,ミャンマー政府から迫害を受ける危険がある旨の供述を裏付ける証拠として,その友人であるAから受け取ったという平成15年9月6日付けの手紙(甲6)及びその母からの同年6月24日付け(消印は同年7月14日であり,乙15によれば被控訴人夫はそのころこれを受け取ったという。)の手紙(甲5)を援用する。

しかし,それらの手紙が真実その作成名義人の意思に基づいて作成され投函されたことを裏付けるに足りる証拠はなく,また,その内容はいずれも当時ミャンマー政府官憲が被控訴人夫の政治的活動等に関心を抱いていたというものであるが,被控訴人夫が母からの上記手紙を受け取りながら,格別の危惧を抱くことなく上記国際運転免許証の申請手続を親族に依頼するという行動に出ていることは不自然不合理であり,これに先立つ手紙の内容の信憑性に疑念を抱かざるを得ない。したがって,上記手紙の存在は上記判断を左右するには足りないというべきである。

また,被控訴人夫は,姪からの電話による話として,ミャンマー政府の官憲が母のもとを訪れ,旅行禁止と出頭命令を出したと聞いたとの部分(乙4)があるけれども,前同様に裏付けに欠けるものであって,これを法的判断の根拠として採用することはできず,上記認定を左右しない。

ウ 他方,証拠(乙54)によれば,横田洋三中央大学法科大学院教授は,平成4年から平成8年までの間,国連人権委員会ミャンマー担当特別報告者に任命されミャンマーの人権状況の調査に従事しており,その後もミャンマーの人権状況に通じていると認められるところ,同教授によれば,ミャンマー国外には反政府活動に参加するミャンマー人が少なくとも数万人に及んでいるが,同政府が迫害を加える危険性があるのは,その者に自由な活動を許しておくとこれが他の活動家に影響を与え,民主化運動全体を活発化させるような危険性のある者などの一部の活動家であることが認められ,これを左右するに足りる証拠はない。そして,被控訴人夫がミャンマー政府にとって自由な活動を許しておくことで他の活動家に影響を与え,民主化運動全体が活発化するような危険性のある者と判断される者かどうかは必ずしも明らかとはいえないが,前記のような同被控訴人の述べる活動歴に照らしても特に民主化運動の指導者と目されるような活動に及んだとはいえず,実際,同被控訴人に対して平成3年には旅券が,また,平成15年には国際運転免許証がそれぞれ発給されていることからみても,ミャンマー政府が同被控訴人を迫害を加えなければならないような危険人物とはみていなかったことを推測させるものというべきである。

以上の認定判断によれば,被控訴人夫は,本件の不認定処分がされた当時,難民であると認めることはできないから,同被控訴人が難民に当たるとはいえないとしてした上記処分には同被控訴人が主張する瑕疵ないし違法事由はないというべきである。

(3)  被控訴人妻の難民該当性について

被控訴人妻は,本件の不認定処分がされた当時,ミャンマーの民主化運動を推し進めるという政治的意見を理由として,ミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有していた旨主張する。

そこで検討するに,なるほど前記引用に係る原判決認定のとおりミャンマーにおいては同被控訴人が主張するような政治的意見を理由としてミャンマー政府から迫害を受ける者があり,同被控訴人がミャンマー及びわが国において行ったという上記一連の活動を前提とすれば,それを理由としてそうした迫害を受ける可能性があるとは考えられないとまでは言い切れないであろう。

しかし,以下の事情に照らすならば,同被控訴人には上記時点においてミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有していると認めるには足りず,したがって,同被控訴人が難民に該当するとは認めることができないというべきである。

ア まず,被控訴人妻は,平成6年10月14日付けで,ミャンマー政府から正規の旅券の発給を受け,同年11月30日にこの旅券を用いてミャンマーから出国したという事実がある(乙22)。

この事実は,平成6年10月当時にミャンマー政府が被控訴人妻に対する迫害の意思など抱かずその動向について特別の関心を抱いてはいなかったことを推測させるものというべきである。

被控訴人妻は,上記の点は難民性の認定に当たり重視すべき事項ではなく,現に正規の旅券でミャンマーを出国した者についても難民として認定された者が多数存在する旨主張する。しかし,正規の旅券でミャンマーを出国しながら難民として認定された者についての個別的な事情が明らかではない(甲42はそうした事例の一覧表であるが,個別的な事情は一切不明である。)から,その主張するような難民認定事例があるからといって直ちに上記認定を妨げるものではないし,他方,法務省入国管理局局付の作成に係る平成16年当時におけるミャンマー政府の旅券発給審査及び出国審査が厳格に行われている旨の報告(乙51)があることに照らすと,被控訴人妻の上記主張は採用することができない。

イ また,被控訴人妻は,平成7年にわが国に入国後はミャンマー政府からの迫害をおそれるような行動がみられず,専らミャンマーに居る家族への仕送りのために稼働を続けていたものである。

もっとも,被控訴人妻は,被控訴人夫と婚姻をした平成15年ころからNLD-LA日本支部での活動に積極的に参加するようになりデモ活動にも積極的に参加してニュースでもその姿や顔写真が報道されるようになった。しかし,上記(2)ウのとおり,ミャンマー国外には反政府活動に参加するミャンマー人が少なくとも数万人に及んでいるが,同政府が迫害を加える危険性があるのは,その者に自由な活動を許しておくとこれが他の活動家に影響を与え,民主化運動全体を活発化させるような危険性のある者などの一部の活動家であることが認められるところ,被控訴人妻がミャンマー政府にとって自由な活動を許しておくことで他の活動家に影響を与え,民主化運動全体が活発化するような危険性のある者と判断される者かどうかは必ずしも明らかとはいえないが,前記のような同被控訴人の述べる活動歴に照らしても特に民主化運動の指導者と目されるような活動に及んだとはいえないのであって,同被控訴人に対して平成6年には旅券が発給されていることを併せ考えてみると,ミャンマー政府が同被控訴人を迫害を加えなければならないような危険人物とはみていないのではないかと推測するのが相当であるというべきである。

これに対し,被控訴人妻は,前夫が平成14年7月ころ,ミャンマーに一時帰国した際,ヤンゴン国際空港で軍関係者から被控訴人妻の活動を知っているか詰問されたことがある旨供述するが,これを裏付けるに足りる資料はなく,同被控訴人が出国した平成6年当時は格別ミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあったとは認められないし,また,同被控訴人がわが国で積極的な活動に参加したのが平成15年以降であることに照らしても,上記の供述はたやすく採用し難い。

以上の認定判断によれば,被控訴人妻は,本件の不認定処分がされた当時,難民であると認めることはできないから,同被控訴人が難民に当たるとはいえないとしてした上記処分には同被控訴人が主張する瑕疵ないし違法事由はないというべきである。

(4)  被控訴人子の難民該当性について

上記のとおり,被控訴人夫妻について難民に該当するとは認められないから,本件の不認定処分当時3歳であった被控訴人子について難民に該当するとは認めることができない。したがって,同被控訴人が難民に当たるとはいえないとしてした上記処分には同被控訴人が主張する瑕疵ないし違法事由はないというべきである。

3  したがって,その余の争点について判断するまでもなく,上記各不認定処分の取消しを求める被控訴人らの本件請求はいずれも理由がなく,これと異なる原判決は不当であるから取り消した上,被控訴人らの本件請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤村啓 裁判官 佐藤陽一 裁判官 古久保正人)

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