東京高等裁判所 平成19年(行コ)357号 判決 2009年9月30日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の,関東経済産業局長が被控訴人に対し平成16年11月19日付けでした行政文書部分開示決定のうち,原判決別紙不開示部分目録(3)記載の各部分を不開示とした部分の取消しを求める請求を棄却する。
3 被控訴人の,中国経済産業局長が被控訴人に対し平成16年12月8日付けでした行政文書部分開示決定のうち,原判決別紙不開示部分目録(5)記載の各部分を不開示とした部分の取消しを求める請求を棄却する。
4 被控訴人の訴えのうち,原判決別紙不開示部分目録(3)記載の各部分の開示決定を求める部分を却下する。
5 被控訴人の訴えのうち,原判決別紙不開示部分目録(5)記載の各部分の開示決定を求める部分を却下する。
第2事案の概要(略語等は原判決の例に従う。)
1 本件は,被控訴人が,北海道,関東,中国,四国及び九州の各経済産業局長に対し,情報公開法3条に基づき,省エネ法11条に基づく定期報告書の開示を求めたところ,各行政処分庁から当該事業者における平成15年度の燃料等や電力の使用量が記載された原判決別紙不開示部分目録記載の各部分を不開示とする部分開示決定を受けたことから,当該決定のうちの当該不開示部分の取消しと同部分の開示決定の義務付けを求めた事案であり,本件訴訟の提起後,各行政処分庁において当該決定を一部変更して追加開示を決定したことから,現時点で係争の対象となっているのは,関東経済産業局長による原判決別紙不開示部分目録(3)記載の部分(ABに関するもの。)と中国経済産業局長による同目録(5)記載の部分(CDとEF事業所に関するもの。)の各不開示情報についてである。
2 原審は,被控訴人の請求のうち,関東経済産業局長が被控訴人に対し平成16年11月19日付けでした行政文書部分開示決定のうち,原判決別紙不開示部分目録(3)記載の各部分を不開示とした部分,及び,中国経済産業局長が被控訴人に対し平成16年12月8日付けでした行政文書部分開示決定のうち,原判決別紙不開示部分目録(5)記載の各部分を不開示とした部分の取消しを認め,上記各部分の開示決定を命じた。
当裁判所も,上記各部分に関する不開示決定を取消し,それぞれの開示を命ずるのが相当であると判断した。
3 前提となる事実,本案の争点及び当事者の主張は,次のとおり改めるほかは,原判決の事実及び理由の「第2 事案の概要」の1ないし3(原判決4頁4行目から15頁末行まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決4頁17行目から21行目まで,5頁24行目から6頁19行目まで,同頁22行目から7頁3行目まで,同頁8行目から11行目まで,同頁16行目から23行目まで,同頁末行から9頁3行目までの各部分をそれぞれ削除する。
(2) 原判決9頁12行目末尾の後に改行の上,「情報公開訴訟においては,不開示情報が公にされた場合に当該法人等の正当な利益が害されるおそれの有無は,当該情報が公にされた場合に,経験則上,一般的類型的な支障が生ずる蓋然性があれば足りるというべきである。すなわち,情報が一旦開示されれば開示以前の原状に回復することは不可能であり,しかも誤って開示されたときの弊害は多大であるから,情報公開訴訟においては,当該行政文書に記載された個別具体的な文言を明らかにすることなく審理が行わなければならず,そこにいかなる性質・種類の情報が記録されているかという一般的類型的な観点から行わざるを得ない。また,行政機関の長は,情報開示前の時点において,あらゆる事態を想定し,当該行政文書を開示した結果いかなる具体的支障がどのような具体的機序で生ずるか,その支障が生ずる蓋然性がどの程度かについて具体的に判断することは極めて困難である。しかも,情報公開法は,何人に対してもその理由や目的の如何を問わずに開示請求権を与えているから,正当な利益が害されるおそれの有無の判断は,当該情報の性質やその事業上の意義に通暁している者が情報を入手する場合も考慮する必要がある。そのため,開示請求を受けた行政機関の長は,不開示情報が開示された場合に生じ得る支障につき,開示請求者と不開示情報との具体的な関連性を捨象し,あらゆる事態を想定してあらゆる角度から検討を加えなければならない。そこで,正当な利益が害されるおそれの有無の判断は,想定すべき将来惹起されるであろう支障の内容について相当程度一般的類型的なものを前提とし,その支障が発生する蓋然性の判断も,このように一般的類型的に把握された支障内容を前提とした判断で足りるというべきである。そして,省エネ法は,定期報告書に記載された燃料使用量等の数値情報が企業秘密に関わるものであることを前提としており,本来,このような情報の公開を予定していない。そこで,」を加える。
(3) 原判決12頁24行目末尾の後に改行の上,以下を加える。
「(オ) 各事業者ごとの事情
a AB
鉄鋼業界における競争は元々熾烈であったが,近年では韓国,中国等のアジア諸国の事業者が競争力を高めており,世界的に競争が激化しているなか,海外の事業者は,日本の事業者に関する製造原価等の情報を欲している。そのため,本件情報が開示されると,海外の事業者にとって,一般には得ることができない製造原価やエネルギーコストの推計と分析やエネルギー効率化技術の水準・進展状況の把握を可能とする情報を簡単に入手することが可能となってしまい,海外で同様の情報を入手できないAを含めた日本の高炉製鉄業者のみが国際競争上,著しく不利な立場に追い込まれ,競争上の地位を害されることになる。そのため,本件情報のようなエネルギーの消費情報が企業秘密として扱われることが国際的にも当然の常識とされている。
ABは,高炉による銑鋼一貫製鉄所であるところ,15年から20年に一度の割合で高炉の改修を行う際,能力変更やエネルギー効率改善など企業戦略上極めて重要な投資を実施するが,仮に本件情報が開示されたならば,高炉改修前後の数値情報を対比することにより,競業他社が高炉改修によるエネルギー効率改善の実績を知り得ることとなる。さらに,Aでは全社で9基の高炉を保有し,約2年に1回の割合で順次高炉改修を行っているから,仮にBの高炉改修実績が把握されると,他の高炉の改修効果も推知されることになる。現在,AGでは次世代コークス炉の技術開発を行っており,今後,他の製鐵所にも順次導入される予定であるが,本件情報の開示を契機として経年的データが明らかになった場合,次世代コークス炉の運転性能の実績を容易に推定することができ,競業他社がそれを基礎にリスクを冒すことなく設備投資計画を作成でき,その反面,Aが被る不利益は大きい。なお,Aが積極的に開示しているエネルギー効率改善のための技術等は,既に競業他社の間で広く知られたものであったり,開発から相当程度の時間が経過したことにより公開可能と判断されたもの等であって,公開のメリットがデメリットより大きいと判断されたものに限られている。
b EF事業所
EF事業所では,購入した燃料を用いて自家発電し,これによって得られた電力を用いて塩水の電気分解を行い,化学工業の基礎原料である苛性ソーダを製造している。苛性ソーダは,品質や機能といった優位性で差別化されることがほとんどない製品であるため,製造原価低減に基づく販売価格の低廉化だけが競争力を決することから,競業他社の製造原価に関する情報は非常に貴重である。苛性ソーダの電力原単位が業界で既知であることから,発電コストこそが苛性ソーダの価格競争力を決定する要素となる。したがって,本件情報が開示された場合には,情報把握能力に長けて業界事情に精通している競業他社であれば,既に公開されているEの情報等を総合して相当正確に製造原価を推計することが可能となり,過小投資や過剰投資の危険性を相当程度回避した上,その利を生かして値引き競争が発生し,EF事業所の価格競争力が失われる可能性が高い。さらに,ソーダ業界でも海外の競業他社との間でオーストラリアにおける苛性ソーダの販売競争が激化している状況にあり,製造原価が明らかになると,その輸出市場において日本の事業者が一方的に不利な立場に置かれることになる。
c CD
CDも高炉による銑鋼一貫製鉄所であるところ,その業界を取り巻く競争が激化しており,本件情報が開示された場合に多大な不利益を被る点でABと同様である。特にCでは,日本で初めて高炉に都市ガスを吹き込む技術の研究開発を行い,二酸化炭素削減と高炉生産性向上の技術を確立しており,本件情報が公表されてその経年的な推移が明らかになると,同技術の実績が競業他社に容易に推知されることになり,その結果,競業他社がリスクを冒さずに無駄のない設備投資計画を策定することが可能となってしまう。競業他社に情報面で一方的な優位に立たれるという事態に至った場合,リスクを最小限に抑え,無駄のない設備投資計画を作成することが企業活動の生命線と言えることに鑑みると,本件情報の開示により,Cが競業他社との関係で深刻な競争上の不利益を被るおそれがある。」
(4) 原判決13頁初行末尾の後に「情報公開訴訟においては,不開示情報が公にされた場合に当該法人等の正当な利益が害されるおそれの有無は,行政機関の長が,法人一般ではなく,個々の法人ごとに,個々の情報ごとに,個別に開示による不利益が発生するという具体的事実を主張立証し,これと開示による利益とを具体的に比較衡量して判断しなければならないが,本件情報については,いずれも当該法人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれはない。」を加える。
(5) 原判決14頁6行目末尾の後に改行の上,以下を加える。
「(オ) 各事業者ごとの事情
a AB
ABでは複数の製品を製造しており,本件情報が開示されても,エネルギーコストや製造原価の正確な推計はできないし,単一製品でも多くの設備を使用し,各々の設備に異なったエネルギー効率化技術が採用されているから,エネルギー効率の推計も困難である。また,Aでは,自ら事業所ごとのエネルギー技術を積極的に公表しているから,本件情報が競業他社に知られることで,技術革新の方向性,速度,将来における到達点想定が初めて判明するというわけではない。高炉改修については,その事実を知っても高炉の改修だけを行ったのか,周辺の省エネルギー技術も改修したかは分からないから,経年的データを入手しても,多数の省エネルギー技術のうちのどれがエネルギー効率の改善に寄与したのか把握することは困難である。次世代コークス炉は,複数のエネルギー技術の組み合わせであり,その効果を既存の技術と単純に比較はできないし,もともと同技術は,財団法人H及び社団法人Iが研究開発したものであって,その省エネルギー効果は公表されている。海外の競業他社との競争は,どの業界でも一般的に存在することであって,本件情報の開示による不利益を特別基礎づける事情ではない。日本の事業者と海外の事業者とは人件費や固定費その他経費において,その製造原価の構造が大幅に異なるから,製造原価の正確な把握は困難であり,大雑把な推計をしてもそこから意味のある製造技術の内容・効果を抽出して知りうることはできない。そればかりか,日本の事業者は,海外の競業他社に対して積極的な技術協力を行っており,その技術力の高さで海外の競業他社の脅威には晒されていないのが実情である。
b EF事業所
EF事業所は,苛性ソーダのほかに,塩ビモノマーの化学品,セメント,石油化学事業としてのポリエチレン,有機化成品であるエチレンアミン,臭素や機能材料であるジルコニアなどの多数の製品を製造しており,その電力コストの算定は,いくつもの推計を重ねて計算するもので精度が低い上,原材料の価格も大きく変動するばかりか,為替相場の影響も受けるために精度よく推計することは難しく,製造原価を構成するその他の製造設備固定費,人件費の推計もまた困難であり,結局のところ,製造原価の推計の精度が著しく低く,EF事業所に競争上の不利益が生ずることはない。実際にソーダ工業の業界のうち,約半数の事業所が電力・燃料等の使用量を開示しており,その開示の実態に照らすと,本件情報を開示しても,他の事業所と比較して,EF事業所が競争上の不利益を被るおそれはない。
c CD
本件情報が開示された場合の製造原価やエネルギーコストの正確な推計が困難であることはABの場合と同様である。Cは,高炉に都市ガスを吹き込む技術について自ら公表し,その吹き込み量と効果について数値情報を明示している。また,エネルギー効率改善のための技術とその改善度についても,製鉄所ごとに積極的に開示しているのであるから,控訴人の主張に係る不利益はいずれも抽象的なものに過ぎない。」
第3当裁判所の判断
1 当裁判所の判断は,次のとおり改めるほかは,原判決の事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」2及び3(原判決16頁10行目から27頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決19頁14行目「被告の主張内容からは,」から19頁末行「不明瞭である以上」までを「証拠(証人J)によれば,ABでのエネルギーコストの大部分を占める原料炭には,コークス用の高品位のものと価格が安い低品位のものがあり,その配合率は外部に公表しておらず,また,低品位のものを利用しても高品位のものと同様の効果が発揮できるように工夫され,仕入れについても長期契約を結んでいてその購入価格は一般とは異なること,品質によっても価格が異なり為替相場の影響も受けることが認められる。そこで,原料炭の使用量が明らかになったとしても,上記の諸要素が正確に把握できない限り,エネルギーコストの正確な推計は困難であると考えられる。控訴人は,情報把握能力に長けて業界事情に精通した競業他社であれば,既に公開されている情報と組み合わせて,相当正確にエネルギーコストを推計することが可能であると主張し,これに沿う証拠(証人J,乙20)もある。そこで説明されている推計がどれほどの精度のものか確認することはできないが,仮に有意な推計ができるとしても,Aのエネルギー効率が毎年改善していること及びその割合はAの作成している環境・社会報告書から知り得ることができ(甲27),また,エネルギーに関する情報や設備投資の情報等は,刊行物やインターネット上で数多く公表されている(甲114,116)ところから,競業他社は,これらを集積して設備投資判断の参考としていると考えられる上,エネルギー効率化技術は多数あり,どの技術によってエネルギーが効率化したか必ずしも推定することはできず(証人J),エネルギー効率化のための設備投資にあたっては省エネルギー技術とそれを運用するノウハウが必要であり,その他にこれに要する費用と会社の財務状況,生産性の確保,今後の景気動向,需給関係の見通し,果ては二酸化炭素の削減問題への対応等の諸事情を総合的に検討して,企業戦略の一環として設備投資や技術開発投資の経営判断をするものであるから,エネルギー効率化に関する数値情報を得たからといって,それが投資行動への誘因となり得るとしても,必ずしも決め手となるものではなく,仮にリスクを最小化した設備投資や技術開発投資を実施したとしても,その目論見どおりにコストダウンやエネルギー効率化を達成できるかどうか確実とはいえないし,その成果を得たとしても市場シェアの拡大は様々な経済的要因が絡み合って生ずるものと考えられるから,設備投資や技術開発投資により直ちに市場シェアの拡大につながるとは限らないというべきであり,結局のところ,」に改める。
(2) 原判決21頁8行目末尾に「証人Jは,Aがエネルギー効率の改善を理由に需要家から価格の引き下げを求められたことはないと思うと供述している。」を加える。
(3) 原判決22頁21行目「被告の主張内容からは,」から23頁9行目「不明瞭である以上,」までを「証拠(証人K,乙21,30)によれば,EF事業所では,購入した燃料(重油類,石油コークス,石炭)を用いて自家発電を行い,これによって得られた電力で塩水の電気分解を行うことで,主力製品である苛性ソーダ等を製造しているところ,品質や性能で格差が生じない苛性ソーダは販売価格が競争力の決定の主要素であることが認められ,その意味で製造原価に関する数値情報の重要性が高いことは否定できない。しかしながら,製造原価に占める発電コストの割合が概ね一定であるとしても,上記各種燃料の価格が購入時期により異なり(甲21,22),使用するボイラーによって燃料利用効率が異なる等,発電コストの推計にはその積み重ねの過程でそれぞれに誤差が生ずる可能性があり,原料となる工業塩の取引価格や輸入経費と為替相場の変動,事業所ごとに異なる減価償却費等のその他経費や労務費等も加わると,製造原価の正確な推計は困難と思われる。控訴人は,競業他社であれば精度の高い推計をなし得ると主張し,これに沿う証拠(証人K,乙21)もあるが,仮に有意な推計ができるとしても,設備投資等の経営判断において,必ずしも発電コストやエネルギー効率化に関する数値情報が決め手になるわけではなく,設備投資等を実施したところで市場シェアの拡大につながるとは限らないことはABについて述べたところと同様であり,」に改める。
(4) 原判決25頁13行目「の具体的な内容」から25行目「不明瞭である以上」までを「の具体的な内容として主張する都市ガス吹き込み技術については,都市ガス,石炭等の使用量からその実績を見極めたとしても,直ちに同様の技術を導入し実施することが可能であるとの根拠が必ずしも明確で具体性があるものではないし,そもそも本件情報によって,製造原価やエネルギーコストの正確な推計ができるのか疑問がある。控訴人は,前記2事業者の場合と同様に,競業他社によって正確な推計がなし得ると主張して,これに沿う証拠(証人L,乙29)もあるが,仮に有意な推計ができるとしても,設備投資等の経営判断において,コストやエネルギー効率化に関する数値情報が決め手になるわけではなく,設備投資等を実施したところで市場シェアの拡大につながるとは限らないことはABについて述べたところと同様であり,」に改める。
(5) 原判決26頁14行目末尾に「証人Lは,Cが省エネルギー効果が上がったことを理由に需要家から価格の値下げを求められたことはないと思いますと供述している。」を加える。
2 控訴人は,情報公開法5条2号イの該当性の判断基準について,当該情報が公にされた場合に,経験則上,一般的類型的な支障が生ずる蓋然性があれば足り,当該情報の開示によって各事業者に競争上の不利益を及ぼす具体的な機序を主張・立証するまでの必要はないと主張する。しかしながら,同法が,国民主権の理念の下に行政機関の保有する情報の公開を図り,政府による諸活動に関する国民への説明の責務を果たす目的で制定され,同法5条が原則として当該行政文書の開示を義務づけた趣旨に照らせば,当該情報の開示に伴って一般的類型的な支障が生ずる蓋然性だけでは足りず,当該情報を公にすることにより,当該情報に係る個々の法人等について,その権利,競争上の地位その他正当な利益が具体的に侵害される危険性のあることが客観的に認められる場合であって,その危険性が法的保護に値する蓋然性のあることを要すると解すべきであることは原判決説示のとおりである。情報公開訴訟の性質上,当該情報の内容を明らかにすることができないとしても,当該情報を公にした場合の支障について,その内容,具体的な利益侵害に至るまでの機序とその可能性を主張・立証することは決して困難でないと考えられるから,控訴人の上記主張は採用できない。
3(1) 控訴人は,省エネ法が定期報告書に記載された燃料使用量等の数値情報を企業秘密に関わるものとして定めており,本来,このような情報の公開を予定していないと主張する。しかしながら,前記のとおり,当該情報を開示するか否かは,あくまで情報公開法5条2項に定める例外事由に該当するか否かによって判断するもので,当該行政文書の作成根拠となった法律による当該情報の位置付けや取扱い等によって左右されるものではない。
(2) 控訴人は,鉄鋼業界やソーダ業界では海外の競業他社との競争が激化しており,国際的にも企業秘密とされている本件情報の開示は,国際競争上,日本の事業者の競争力を失わせて著しく不利な立場に追い込み,競争上の地位が害されるおそれがあると主張する。確かに,本件情報が開示されることにより,日本への進出を積極的に進めようとしている海外の競業他社が様々な方法で収集していた情報が入手でき,その正確性に資する結果になることは否めないが,本件情報によって,海外の事業者が日本の事業者の製造原価やエネルギーコストの推計,エネルギー効率化技術の水準や進展状況の把握がどれほど正確に行えるか疑問であり,有意な推計や情報の把握をなし得たとしても,それを実現できるだけの技術力やノウハウ等を保有しているのかという問題もあり,もとより多額の費用を要する設備投資や技術開発投資については,国内外を問わず企業一般の重要な経営判断事項であると考えられるから,当該情報の入手がそのまま投資活動に結びつくものではないことは前記のとおりである。また,本件の各事業者は,技術情報の一方的開示による海外事業者との情報の不平等性とこれによる技術先進性の喪失を指摘するものの,証拠(甲108)によれば,日本の鉄鋼業界が中国等の海外事業者にエネルギー効率化等の技術協力をしている事実もあり,また,本件情報の開示によってコストやエネルギー効率化に関する数値情報が把握されると如何なる機序で技術先進性が失われるのか判然とせず,結局,本件情報の開示に伴って,日本の事業者の技術先進性や国際競争力が失われるという具体的な危険性が生ずる蓋然性を認めることはできない。
(3) 控訴人は,本件情報の開示により,製造原価やエネルギーコスト,エネルギー効率化技術の水準・進展状況が把握されると,競業他社がこれに基づいてリスクを最小化した設備投資戦略を選択し,その結果,当該事業者の競争力を失わせて最終的に市場のシェアを奪うこととなり,当該事業者にシェアの減少に伴ってその利益を喪失させるという,競争上の不利益が生ずるまでの具体的な機序が想定できると主張する。しかしながら,エネルギー効率化技術は多数あるから,どの技術によってエネルギーが効率化したかを推定することは困難であり,技術を運用するノウハウも必要であるところから,上記の情報の取得が直ちに投資行動に結びつくものでないことは前記のとおりである。仮に投資行動に出たとしても,これによって,当該事業者の競争力を失わせて市場のシェアを奪うとするのは一般的な推論の域を出ておらず,競争上の不利益が生ずる機序として具体性,現実性を欠いている。
(4) 控訴人は,本件の鉄鋼事業者2社につき,需要家との関係において,エネルギーコストを把握された場合には,この情報を交渉材料として需要家に有利に活用され,販売価格の値下げを余儀なくされる不利益が生ずると主張する。しかしながら,エネルギーコストの低下が需要家にとって価格決定に影響を与える有利な交渉材料とするには,製造原価に占めるエネルギーコストの割合が明らかであり,エネルギーコストが設備投資による減価償却費を上回る程大きく引き下げられる効果が現れる必要があることは原判決説示のとおりであり,価格交渉は,様々な諸要因が絡まって行われるものであるから,本件情報の開示が直ちに値下げ交渉の有利な材料になるということはできない。当審における証人J及びLが,エネルギー効率の改善を理由に価格の引下げを求められたことはないと証言していることは前記認定のとおりである。
(5) 控訴人は,燃料供給者との関係において,本件情報の開示によって燃料等の調達需要を知られると,燃料調達力を把握されて高価格による供給を迫られ,当該事業者の燃料調達戦略を崩される不利益が生ずると主張する。しかしながら,本件各事業者のように燃料を大量に使用する工場においては,複数の供給業者から調達を図ることで,価格交渉力を高めているのが一般的な取引形態であると推認されることは原判決説示のとおりであり,本件各事業者のような大手の企業が,1つの供給先との交渉如何によって直ちに調達に支障が生ずるような脆弱な燃料調達体制を敷いているとは到底考えられない。また,供給業者は,本件各事業者の生産量等から自社の供給シェアを概ね把握していると考えられるところ,大口取引先との間で,そのシェアが大きいことを奇貨として,商取引上の信頼関係を損ねるリスクを冒してまで価格増額を迫ることもにわかに想定し難い。従って,本件情報の開示によって,直ちに当該事業者の燃料調達戦略が崩されるおそれがあるとは認められない。
以上のとおり,控訴人の主張は理由がない。
第4結論
よって,原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 一宮なほみ 裁判官 田川直之 裁判官 石垣陽介)