東京高等裁判所 平成19年(行コ)393号 判決 2009年6月01日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成11年12月1日付けで新東京国際空港公団に対してした,同月17日付け運輸省告示第○号に係る新東京国際空港の工事実施計画の変更認可処分を取り消す。
3 被控訴人が平成11年12月1日付けで新東京国際空港公団に対してした,運輸省空無第○号に係る航空保安無線施設(16L:ILS及び34R:ILS)の各工事実施計画変更認可処分を取り消す。
4 被控訴人が平成11年12月1日付けで新東京国際空港公団に対してした,運輸省空保第○号に係る航空灯火の工事実施計画変更認可処分を取り消す。
5 被控訴人が平成11年12月1日付けで新東京国際空港公団に対してした,同月17日付け運輸省告示第○号に係る新東京国際空港についての延長進入表面,円錐表面及び外側水平表面の変更指定処分を取り消す。
第2事案の概要(略語等は,原則として,原判決に従う。)
1 本件は,新東京国際空港(現成田国際空港,本件空港)の敷地又は周辺地に現に権利関係を有している一審原告ら10名(控訴人ら7名とその余の一審原告3名)が,滑走路Bに関する工事の完成が困難であるとして被控訴人がした滑走路B’に関する本件空港の工事実施計画の変更認可(本件空港変更認可),本件空港の航空保安無線施設の工事実施計画の変更認可(本件航空保安無線施設変更認可)及び本件空港の航空灯火の工事実施計画の変更認可(本件航空灯火変更認可)並びに延長進入表面,円錐表面及び外側水平表面(延長進入表面等)の変更指定(本件指定)の各処分は違法であるとして,前記各処分の取消しを求めた事案である。
なお,平成13年1月6日に中央省庁等改革関係法施行法(平成11年法律第160号)が施行されたことに伴い,運輸大臣が行った処分は相当機関である被控訴人がした処分とみなされることとなったため,運輸大臣が行い,被控訴人がしたとみなされる処分の主体についても,「被控訴人」と表記する。
2 原審は,次の理由をもって,本件空港変更認可並びに本件航空保安無線施設変更認可及び本件航空灯火変更認可(まとめて本件航空保安施設変更認可)の各取消しの訴えについては一審原告らの訴えを却下し,本件指定の取消しの訴えについては,控訴人P1及び一審原告亡P2訴訟承継人を除く一審原告らの訴えを却下し,上記2名の請求を棄却した。
(1) 本件航空保安施設変更認可の取消しの訴えについて
①公団は,形式的には国から独立した法人であって,実質的には国と同一体をなし,機能的には被控訴人の下部組織を構成し,広い意味での国家行政組織の一環に位置付けられるものと解すべきであり,②本件空港の設置及び管理を行うに当たって,公団が被控訴人の定めた基本計画に従わなければならないことに照らせば,本件航空保安施設変更認可は,本件空港の建設に関する被控訴人の方針と公団の工事実施計画との適合性を確保するための下級行政機関に対する上級行政機関の監督手段として行われる承認の性質を有するものであって,行政機関相互の内部的な行為と同視すべきものであり,これにより独立した法主体である公団に対し認可に係る建設工事の実施権限を新たに付与する法的効果を発生させるものではなく,また,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果を伴うものではないというべきであるから,抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しない。
(2) 本件空港変更認可及び本件指定の各取消しの訴えについて
①本件空港変更認可は,昭和42年1月23日に15年改正前航空法(以下において引用する原判決中,本件に適用される航空法は「15年改正前法」をいう。)55条の3第1項に基づきなされた本件空港の工事実施計画の認可(当初認可)の告示による私権制限の及ばない範囲について付加的に私権制限を及ぼすことを目的として,公団に対し,空港施設を変更する権限を付与する行政処分であり,②本件指定は,昭和42年1月23日に15年改正前法56条の2第1項に基づきなされた延長進入表面等の指定(当初指定)の告示による私権制限の及ばない範囲について付加的に私権制限を及ぼすことを目的としてされた行政処分であるところ,
原告適格については,
①飛行場の範囲あるいは制限表面等の変更の許可に係る告示がされた後は,何人も,制限表面の上に出る高さの建造物等の設置等が制限されることとなるが(15年改正前法56条,49条1項,56条の2第1項,56条の4第1項,40条),本件空港変更認可及び本件指定は,制限表面等の範囲の変更を生じ,これによる私権制限の範囲を変更する法的効果をも有するものであるから,これにより新たにあるいは従前以上に制限表面等による私権制限を受ける不動産の権利者は,本件空港変更認可及び本件指定の各取消訴訟について原告適格を有するところ,一審原告らの中に,本件空港変更認可によって新たにあるいは従前以上に制限表面等による私権制限を受ける者は存在せず,また,本件指定により新たにあるいは従前以上に制限表面による私権制限を受ける者は控訴人P1と一審原告亡P2訴訟承継人のみであり,また,②(Ⅰ)15年改正前法55条の3第2項が準用する法39条1項2号及び56条の3第1項の規定により保護すべきものとされている「利益」には,個人の騒音,振動等による著しい被害を受けない利益が含まれているといえるから,この利益は法律上保護されているものということができ,(Ⅱ)公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律(騒防法)及び特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法(騒特法)の目的並びに騒防法及び騒特法によって定められている騒音による障害の防止,補償等の措置の内容等に照らすと,15年改正前法55条の3第2項が準用する39条1項2号及び15年改正前法56条の3第1項は,騒防法8条の2の第1種区域に指定された区域又は騒特法3条2項1号の航空機騒音障害防止地区(防止地区)及び航空機騒音障害防止特別地区(防止特別地区)に居住する住民のうち,本件空港変更認可又は本件指定がされることにより,新たに又は従前以上に,騒音等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者の利益を個別具体的な利益として保護する趣旨を含むものと解するのが相当であるものの,(Ⅲ)滑走路B’供用による騒音の影響は当初認可当時に想定された滑走路B供用による騒音の影響に比べて小さくなるものと見込まれるから,騒防法の第1種区域に指定された区域又は騒特法の防止地区及び防止特別地区に居住する一審原告らのうち,本件空港変更認可及び本件指定がされることにより,新たに又は従前以上に,騒音等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は存在しないし,本件空港変更認可により,本件空港周辺地域の環境が明らかに激変することが見込まれる状況があると認めるに足りる証拠はない,③したがって,本件空港変更認可の取消しを求める訴えにつき,一審原告らはいずれも原告適格を有しないから,同訴えは不適法であり,本件指定の取消しを求める訴えは,一審原告らのうち控訴人P1と一審原告亡P2訴訟承継人が原告適格を有するが,その余の一審原告らに係る訴えは,原告適格を有しない者の訴えとして不適法である。
(3) 控訴人P1と一審原告亡P2訴訟承継人の本件指定の取消しを求める訴えについて
本件指定は,手続的要件,実体的要件を充足し,適法である。
3 一審原告中控訴人ら7名が,原判決の取消しと本件空港変更認可及び本件航空保安施設変更認可並びに本件指定の各取消しを求めて控訴した。
4 前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」第2の1ないし3(P3,P4及び亡P2訴訟承継人に関する部分を除く。)に摘示されたとおりであるから,これを引用する。
《原判決の訂正》
(1) 7頁23行目末尾に「また,公団は,昭和44年9月20日,被控訴人に対し,15年改正前法55条の3第1項に基づき,航空保安無線施設及び航空灯火の各工事実施計画認可申請を行い,被控訴人は,同年10月3日,同項に基づき,同工事計画を認可(以下「航空保安施設当初認可」という。)した。」を加える。
(2) 8頁16行目の「移転表面」を「転移表面」に改める。
(3) 30頁5行目の「滑走路B」を「滑走路B’」に改める。
第3当裁判所の判断
1 争点1(本件航空保安施設変更認可の処分性の有無)について
本件航空保安施設変更認可も,本件空港変更認可と同様に,抗告訴訟の対象となる処分と解される。その理由は,次のとおりである。
(1) 抗告訴訟の対象となるべき行政庁の処分とは,行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものである。公団のような特殊法人が行政行為の名宛人となる場合において,それが国民と同様の立場で行政行為による規制ないし権限を付与されるものとして立法されているときは,このような特殊法人を名宛人とする行政行為も処分と解することになる。
(2) 被控訴人は,15年改正前法55条の3第1項に基づき,昭和42年1月23日,本件空港の工事実施計画の認可申請に対し当初認可をした。当初認可は,公団に対し本件空港の設置工事の実施権限を付与し,直接,公団の権利義務を形成する行政処分であり,抗告訴訟の対象となるものと解すべきである。また,被控訴人は,平成11年12月1日付けで,15年改正前法55条の3第1項に基づき,公団による本件空港変更認可申請を認可したものであり,これにより被控訴人が公団に対し,当初認可に加えて,本件空港の変更工事実施権限を付与したものと解すべきであるから,本件空港変更認可も,当初認可と同様に,直接,公団の権利義務を形成する行政処分であり,抗告訴訟の対象となるものと解すべきである。
(3) 被控訴人は,昭和44年10月3日,15年改正前法55条の3第1項に基づき,航空保安施設当初認可をし,これに加えて,平成11年12月1日付けで,本件航空保安施設変更認可をした。
同法55条の3第1項は,本件空港と航空保安施設とを併記したうえ,航空保安施設の設置又は重要な変更について,本件空港におけると同様に,工事実施計画又は変更工事実施計画について被控訴人の認可を受けなければならない旨を規定している。そして,本件航空保安施設変更認可は,当初認可,航空保安施設当初認可及び本件空港変更認可と同様に,この規定に基づきなされたものである。また,同法55条の3第2項が準用する同法39条1項2号は,飛行場と航空保安施設とを併記したうえ,これらの設置が「他人の利益を著しく害することとならないものであること」を上記認可の審査事項としていることからすると,同法は,飛行場と同様,航空保安施設についても,その設置が「他人の利益」を害する場合を想定しているのであって,これらの規定及び「認可」との用語からすると,空港の設置,変更を「処分」と構成した同法(上記(2))は,航空保安施設の設置,変更についても,これを「処分」とする旨の立法政策を採用しているものというべきである。
そうすると,本件航空保安施設変更認可は,公団に対し工事実施権限を付与した当初認可及び本件空港変更認可等と同様に,直接,公団に対して変更に係る保安施設の工事実施権限を付与する行政処分であり,抗告訴訟の対象となるものと解するのが相当である。すなわち,被控訴人が公団に対し同認可を違法に与えなかった場合は,公団は,同不認可に対して取消しの訴えを提起することができ,また,被控訴人が公団に対し,違法に航空保安施設変更認可を与えた場合は,同認可により法律上保護された利益を害される者は,当該認可の取消しを求め得るというべきである。
(4) 被控訴人は,①公団法における公団の目的,資本金の出資者,役員等の人事,業務,財務及び会計,監督等に係る各規定によると,当初認可,本件空港変更認可及び本件航空保安施設変更認可の名宛人である公団は,形式的には国から独立した法人であっても,被控訴人から強度の関与を受けることが制度的に予定されているものであって,また,本件空港の設置及び管理を行うに当たって,公団は,被控訴人が定め,公団に指示した基本計画に従わなければならないことに照らせば,本件空港の設置等に関しては,実質的には同一主体性を有し,被控訴人の下部行政機関ともいうべき関係に立ち,一般の法人とは異なる地位にあり,同法55条の3第1項の認可は監督手段としての承認の性質を有し(最二小判昭和53年12月8日(以下「成田新幹線最判」という。)参照),②ただし,当初認可及び本件空港変更認可は,上記各認可により進入表面等又は延長進入表面等の規制によって公団以外の特定の範囲の第三者に対する直接的な法的義務を課するものである(同法56条,49条)から処分性が肯定されるとした上,本件航空保安施設変更認可については,①の点に加え,第三者である国民との関係で②のような権利の制限を加えるものではない点で当初認可及び本件空港変更認可と異なるから,行政機関相互の内部的な行為と同視すべきものであり,かつ,それによって直接国民の権利義務を形成するものではないので,抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないと主張する。
確かに,公団は,公団法に基づき設立された法人であり,被控訴人主張のとおり被控訴人による種々の監督を受けることは事実である。ところで,①の点は,本件空港の当初認可あるいは本件空港変更認可についても妥当することになるから,被控訴人の上記主張は,本件空港の当初認可あるいは本件空港変更認可も,実質的には,本来行政機関内の監督手段としての承認行為であるが,②の国民の権利義務への影響を考慮して抗告訴訟の対象たる「処分」と構成したものであるということになる。しかし,公団と実質的一体性を有すると主張する国土交通省の直轄事業であれば,国民の権利義務への影響があっても(被控訴人が処分性の根拠とする物件制限(平成15年改正前法56条,49条)は国土交通大臣による飛行場の設置にも準用されている(同法55条の2)。),公団への認可(同法55条の3第1項)あるいは公団以外の者への許可(同法38条1項)に対応する処分を予定しないのに,公団については,特殊法人を設立して認可手続,認可要件を規定したことからすれば,15年改正前法は,公団を国土交通大臣と明確に区別していることは明らかである。また,航空保安施設の設置又は変更についても,飛行場の設置又は変更の場合と同一の条文に基づく認可を介在させており,現実には希有ではあっても,私権侵害が生ずる場合(同法39条1項2号)を想定しているのであって,空港工事実施計画又はその変更に係る認可の場合と異なる立法政策を採用したと解することは困難であり,②記載の物件制限の存否のみが空港と航空保安施設との各工事実施計画の認可に関する処分性の有無を決するとの主張を採用することは困難である。
そうすると,法は,公団の飛行場設置及び変更について,認可という形式でのチェックを介在させ,これを抗告訴訟の対象とすることにより,私権との衝突(その典型が平成15年改正前法56条,49条の物件制限であることはいうまでもない。)の調整を図り,同様の趣旨から航空保安施設の設置又は変更についても,公団に対する認可を抗告訴訟の対象としたものと解すべきである。
被控訴人が引用する成田新幹線最判は,検討対象となる公団の行為につき国の機関が指示監督する関係にある点で本件と類似するが,根拠法規を同一にする公団に対する行政処分が存在する場合の事例ではなく,本件とは事例を異にする。
2 争点2(原告適格の有無)について
控訴人らは本件空港変更認可の取消しを求める訴えについて原告適格を有するものと認められる。また,控訴人P1は本件指定の取消しを求める訴えについて原告適格を有するものと認められるが,本件航空保安施設変更認可の取消しを求める訴えについて原告適格を有する控訴人はいないと認められる。その理由は,次のとおりである。
(1) 法律上の利益を有する者の意義について
行政事件訴訟法9条1項にいう処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとされ,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)。
したがって,原告適格の検討においては,まず,当該処分により侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある利益につき,当該処分の根拠となる法令及びこれと目的を共通にする関係法令の趣旨及び目的を考慮して個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解されるか否かを検討し,次いで,これが肯定されるときは,当該処分が違法である場合に害されることとなる利益,すなわち,当該処分が違法であるとして取り消された場合の事態と当該処分の効果の発生及びそれにより必然的に生ずべき事態とを対比して(当該処分の前後の利益状態を対比して),害されることとなる利益の内容,性質,態様及び程度を勘案すべきことになる。
(2)ア 制限表面による私権制限
本件空港変更認可及び本件指定は,いずれも当初認可及びこれに係る当初指定を前提とするものであるところ,本件空港変更認可及び本件指定の前に,既に当初認可及びこれに係る当初指定の告示による私権制限の効果が生じている。したがって,本件空港変更認可及び本件指定による私権制限をもって,この各処分の取消しを求める原告適格を有する者は,当初認可及びこれに係る当初指定の告示による私権制限の効果を超えて,本件空港変更認可及び本件指定によって更に私権制限を受けることとなる者に限られる。この点については,原判決の「事実及び理由」第3の2(2)ア(原判決58頁ないし60頁)に説示されたとおりであるから,これを引用する。
控訴人らのうち,これに該当する者は,本件空港変更認可については存在せず(乙24の1),本件指定については,控訴人P1のみである(乙24の2。なお,甲76及び弁論の全趣旨によれば,控訴人P5については,乙24の2中に図示された箇所の土地建物を所有していないものと認められる。)。
控訴人らは,当初認可及び当初指定が存在することを前提として原告適格の有無を判断することは,「第15回成田空港問題シンポジウム」(甲91)において,P6調査団の提案を受けて,越智伊平運輸大臣がB,C滑走路建設計画を白紙に戻すことを受け入れたとの実体を無視したものであって,違法であり,最高裁大法廷平成17年12月7日判決(民集59巻10号2645頁)に反する,と主張する。しかし,この主張は,上記のP6調査団の提案から滑走路B’建設に至る経緯をもって,控訴人らが被控訴人あるいは公団の対応の不当ないし違法をいうものであるとしても,本件空港変更認可及び本件指定の取消しを求めるにつき,既に説示した意味での原告適格を肯定すべき理由にはならない。また,最高裁大法廷平成17年12月7日判決(民集59巻10号2645頁)は,都市計画事業の認可の取消しを求める原告適格につき,法律上保護された利益の内容を具体的に検討したものであり,上記説示がこの判例に触れるものではない。
イ 騒音等による被害
本件空港変更認可に係る空港の供用(滑走路B’の利用開始)による騒音,振動等により著しい被害を受けない利益は,当該認可において法律上保護されるべき利益であると解される。
騒音,振動等により著しい被害を受けない利益が本件空港変更認可において法律上保護されるべき利益であると解される点については,本件指定への言及を除き,原判決の「事実及び理由」第3の2(2)イ(原判決60頁ないし63頁)に説示されたとおりであるから,これを引用する。
ところで,本件空港変更認可の時点において,A滑走路の利用による本件空港の供用が既に開始されており,控訴人らは,これによる騒音等による生活被害を被っていたものであるから,本件空港変更認可の取消しを求める訴えの原告適格の有無は,本件空港変更認可に係る空港の供用(滑走路B’の利用開始)により新たに,又は従前以上に生ずるとされる騒音,振動等の内容,程度をもって,判断すべきことになる。なお,当初認可に係る滑走路Bの利用によっても,騒音等による生活被害が想定され,後記のとおり,本件空港変更認可の違法性の判断においては,「変更による被害」の有無,程度を検討すべきことになるが,原告適格の有無は,違法性の判断それ自体とは異なり,処分の違法性を主張して当該処分の取消しを訴求するだけの法的関連(利益)を有するか否かという観点から決せられるべき問題であるから,本件空港変更認可による空港供用の前後において騒音,振動等による著しい被害が現に増加するおそれが認められるときは,原告適格が肯定されるべきである。
これを本件についてみると,控訴人P8は第2種区域内に所在する建物に居住し,控訴人P9,控訴人P10,控訴人P11,控訴人P5,控訴人P12,及び控訴人P1は第1種区域内に所在する建物に居住し,いずれも,本件空港変更認可前,滑走路B’の供用がない状態での生活を享受し得たものであり,本件空港変更認可が予定した滑走路B’が用に供されるときは,これによる新たな騒音,振動等の発生が生じ,控訴人らの居住位置に照らせば,控訴人らは,本件空港変更認可が目的とする滑走路B’の供用による騒音,振動等によって著しい被害を受けるおそれがある者ということができる(なお,滑走路B’の供用開始後の現実の騒音等被害については,甲85ないし90,117,126,127,173ないし214(枝番を含む。以下同じ。),証人P13,控訴人P8)。
したがって,本件空港に離着陸する航空機の墜落等による危険によって,生命,身体,財産等を害されるおそれの有無を検討するまでもなく,控訴人らは,本件空港変更認可について,その取消しを求める原告適格を有するものということができる。
他方,本件指定は,航空機の離着陸の安全,航空保安施設の効用の確保の観点から延長進入表面等を超える建造物等の制限という公用制限を目的とするものであり(平成15年改正前法56条の2,同条の4),航空機の離着陸時の騒音を考慮要素とするものではないから,騒音,振動等により著しい被害を受けない利益は本件指定の原告適格を基礎づけるものとは解されず,また,控訴人らの主張する騒音,振動及び航空機の墜落等による危険が本件指定によりもたらされたものであると認めるべき事情はない。
ウ 本件航空保安施設変更認可の取消しを求める訴えの原告適格
本件航空保安施設変更認可も処分と解すべきであり,この処分による保安施設の設置により「他人の利益を著しく害することとならないこと」が求められることは前記のとおりであるところ,原告適格の存否に関しては,当該保安施設の設置によって必然的に生ずる生活利益の著しい侵害も法律上保護された利益ということができると解される。
この点につき,控訴人らは,航空保安施設は空港システムに不可欠であり,滑走路等と一体の施設であって,有事の場合には攻撃目標となるから,生命,身体の危険を生じさせ,また,航空灯火施設が夜間において周辺の広範な範囲を強度の照明で照らし出すため,控訴人らの生活を激変させ,鶏や農作物等に多大な被害を与えると主張するが,本件航空保安無線施設変更認可の対象となる施設は航空機に対して滑走路B’を巡る位置情報を提供するものであり(乙22),本件航空灯火変更認可の対象となる施設も,同様に,上空の航空機に対して灯火をもって滑走路B’を巡る位置情を提供するものであって,直接私人の生活圏を照射することを目的とするものではなく(乙23),また,有事の際には道路,橋梁を含め社会的に有用なインフラが攻撃目標になることが考えられるが,そのことが当該インフラ施設を設置することによる個人の権利侵害となるものではなく,控訴人らの主張する被害も本件空港変更認可に係る滑走路B’の供用自体によるものと解され,これを超えて本件航空保安施設変更認可の対象となる施設の設置により侵害されている具体的な利益の存在を認めるに足りる証拠はない。
したがって,控訴人らは,本件航空保安施設変更認可について,その取消しを求める原告適格を有するものということはできない。
3 争点3ないし5(本件各処分の適法性)について
当裁判所も,本件空港変更認可,本件航空保安施設変更認可及び本件指定(以下まとめて「本件各処分」という。)は,手続要件及び実体要件において,違法とは認められないと判断する(以下,原告適格が肯定されなかった控訴人らの訴えについても,これを含めて判断する。)。
なお,本件各処分は,公団に対し,本件各処分に対応する当初認可,航空保安施設当初認可及び当初指定(以下まとめて「当初各処分」という。)を前提として,変更工事をする権限を付与し,あるいは制限表面等を変更する処分であり,当初各処分による私人の利益に対する制限を超えて更に付加的にその制限を及ぼすことを目的としてなされるものであるから,実体要件のうち私権又は利益に対する制限の適否については,当初各処分による制限を超える私権又は利益の制限について,本件各処分の適否が検討されるべきことになる。
この点につき,控訴人らは,本件空港変更認可が当初認可を前提とすることから,当初認可と本件変更変更認可がいずれも成田空港建設を目的とし,一体不可分の関係にあるとして,本件空港変更認可の違法性の判断において,当初認可の違法性をも検討すべきである旨の主張をする。しかし,いわゆる違法性の承継とは,異なる行政処分であるが,先行処分が後行処分の準備行為であったり,各処分の間に手段,結果の関係がある場合に,先行処分の取消しがされないときでも,後行処分の審査対象に先行処分の違法性の存否が含まれる場合をいうものであるところ,本件各処分は当初各処分の変更という点で,当初各処分の存在を前提とするが,当初各処分を超える変更を審査対象とし,先行処分の適法性を審査対象とするものではないから,本件各処分の違法性の判断において,当初各処分の違法性をも検討すべきものではない。なお,前提となる先行処分が無効である場合には,その変更処分は独自処分として適法といえない限り違法となるが,本件においては,当初認可及び当初指定が適法であることは,最高裁判所平成15年12月18日決定により確定しており(乙91),航空保安施設当初認可が無効であると認めるに足る証拠はない。また,控訴人らの論旨は,後に検討する当初認可後の経過において平成5年6月16日には収用裁決申請が取り下げられ土地収用法上の事業認定が失効し,当初認可に基づく強制収用が想定されない事態が生じたことから,本件空港変更認可が前提とする当初認可の適法性が喪失したとの趣旨とも解されるが,被控訴人において裁決申請及び明渡裁決の申立てを取り下げたこと(乙78)によって当初認可により生じた法律関係が変容されるものではない。
(1) 争点3(本件空港変更認可の適法性)について
争点3(本件空港変更認可の適法性)については,次のとおり原判決を訂正するほか,原判決の「事実及び理由」第3の3(原判決66頁ないし89頁)に説示されたとおりであるから,これを引用する。なお,訂正個所の冒頭に,対応する事項の見出し及び原判決の該当頁数を示した。
《原判決の訂正》
ア 基本計画との整合性(原判決67頁イ(ア))について
69頁5行目末尾に改行して次のとおり加える。
「 控訴人らは,基本計画に定める滑走路Bと滑走路B’とは,滑走路Bの長さが2500mであるのに対し,滑走路B’の長さが2180メートルであること,着陸帯の幅が300m以上から150mに変更されたこと,敷地面積が滑走路B’において北方へ約19ha拡大されたことにおいて異なっているのであるから,被控訴人は,そもそも基本計画の変更をすべきであった,と主張する。
しかし,基本計画とは,公団法21条により,本件空港及び保安施設の設置,管理の業務につき被控訴人が公団に指示するために,完成されるべき本件空港及び保安施設について予定される概要を定めたものであり,滑走路の長さも概要が示されているものにすぎず(滑走路Bについても「おおむね2500m」とされているに止まる。),滑走路B’は滑走路B完成までの暫定的なものとされている以上,基本計画に変更はないというべきであり,滑走路Bが完成すれば滑走路B’の役割は終えるものであって,位置的にも滑走路Bと相当部分重なり合うものであるから,基本計画と矛盾するものではないことは前記のとおりである。したがって,本件空港変更認可は基本計画を前提とするものであり,その変更を予定するものではない。」
イ 着陸帯の幅(原判決69頁(イ)c(a))について
72頁20行目末尾に改行して次のとおり加える。
「 控訴人らは,本件空港変更認可時において,本来の着陸帯の300m幅の予定地内のα×-5には約50m×30mで深さ約10m(あるいは約60m×70mで深さ約8m)の巨大な窪地が存在していたから,未買収地が着陸帯全体の「わずか」であるということはできない,と主張する。
この趣旨は,控訴人らも未買収地(乙15,原審被控訴人準備書面(11))が着陸帯全体の0.04パーセントを大きく上回ると主張するものではなく(原審控訴人ら準備書面(13)),窪地の存在により300m幅の着陸帯の実質は確保されていなかったとの趣旨に解されるが,上記未買収地の故に300m幅の着陸帯を確保できないものの,単に150m幅の着陸帯のみならず,300m幅の着陸帯予定地の大半が確保され,上記窪地も公団において買収し,既に埋め立てられているものと推認されるのであって(甲61,乙15,16の1ないし3),この点に関する原審説示を不当とすべき点はない。
ウ 誘導路と固定障害物との間隔(原判決72頁(b))について
73頁16行目の「以上,」の次に「甲155の1,2,乙102,」を加える。
エ 滑走路B’と誘導路との離間距離(原判決74頁(a))について
74頁21行目末尾に改行して次のとおり加える。
「 控訴人らは,最短離間距離107.1mの部分においては,B777-200型機が滑走路と誘導路の両端に位置したときの両者の翼端の距離は12.4mとなり,いずれかが滑走路か誘導路の縁を12.4m以上それた場合には確実に翼端が接触する(滑走路B’が主としてB767機の利用を予定するとしても(甲2),シカゴ条約の勧告方式に違反するが,シカゴ条約に関しては後述。)と主張する。
しかし,離間距離は最長で200mであり,航空機は,滑走路又は誘導路の中心線に沿って走行するのが通常であるから,原判決が指摘する運用の実際をも考慮すれば,そもそも二つの航空機が同時に滑走路と誘導路の両端を走行するという事態や,ましてや最短離間距離107.1mの部分を走行する際に漫然と滑走路又は誘導路の縁を12.4m以上それて走行するという事態は想定し難く,滑走路と誘導路との離間距離が同規定に定める「十分な距離」を有しないということは相当ではない。
オ 他人の利益の著しい侵害(原判決76頁(ウ))について
76頁2行目冒頭から8行目末尾までを次のとおり改める。
「 15年改正前法55条の3第1項は,「当該空港・・・に国土交通省令で定める重要な変更を加えようとするときは,」,「工事実施計画を作成し,国土交通大臣の認可を受けなければならない。」と規定し,同条第2項は,「39条・・・は,前項の工事実施計画の認可について準用する。」と規定しているところからすれば,本件空港変更認可における法39条1項2号の「他人の利益を著しく害することとならないものである」との要件の充足性は,本件空港変更認可によって生ずるとされる利益侵害のうち,当初認可により必然的に生ずる利益侵害を超える部分について検討することとなり,「著しい」かどうかの判断基準は,基本的には,設置される空港の公共性の程度とその設置によって侵害される他人の利益のその侵害の程度とを,その侵害に対する補償措置の内容,程度をも考慮しつつ総合的に比較衡量して,決すべきものと解される。
この点につき,控訴人らは,上記2号要件は,あくまで他人の利益(本件では騒音等の利益)の侵害の存在のみをもって判断すべきであり,公共性の程度等の侵害行為の態様が考慮されてはならない,と主張する。しかし,「著しい」との評価は社会通念によるものであるから,同2号の判断基準は,当該利益の侵害の内容,程度がまず検討されるべきであるとしても,これに止まらず,補償措置の存否,内容及び設置される空港の公共性の程度等をも総合的に比較衡量して判断すべきである。」
カ 騒音等による被害(原判決76頁b)について
原判決76頁24行目末尾に改行して次のとおり加える。
「 既に説示したとおり,本件空港変更認可は,当初認可を前提として,これによる私権又は利益に対する制限を超えて更に付加的にその制限を及ぼすことを目的としてされる処分であるから,騒音等による利益侵害に関しても,当初認可に基づく空港供用によって必然的に生ずると予想される被害を超える部分について,その適否が検討されるべきことになる。
そして,証拠(乙86,104)及び弁論の趣旨によれば,滑走路B’供用に伴う航空機騒音については,滑走路Bより最大発着回数が少なく,滑走路Bより滑走路の長さも短いためボーイング767等の中型機の運航が中心となり,当初認可当時よりも世界的に航空機の低騒音化が進んでいるため,滑走路B’供用による騒音の影響は当初認可当時に想定された滑走路B供用による騒音の影響に比べて小さくなるものと見込まれ,当初認可の想定を超えて新たに生ずる被害の存在を認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件空港変更認可により,当初認可において生じると想定された航空機騒音の被害の程度を越えて,航空機騒音の被害が生じるものと認めることは困難であるから,控訴人らが現に被っていると主張する騒音被害をもって,本件空港変更認可がされることによって,当初認可の想定を超えて新たに生ずる被害ということはできず,控訴人らが主張する騒音被害をもって,本件空港変更認可の違法事由とすることはできない。
なお,航空機騒音等による被害は,控訴人らの強調する論点であるので,以下において,2号要件の検討を加えることとする。」
キ 航空機騒音による被害の程度(78頁(b)②)について
79頁9行目冒頭から11行目末尾を次のとおり改める。
「 そうすると,控訴人ら,特に控訴人P8,同P9及び同P12らは,本件空港変更認可当時でも,騒音曝露により何らかの健康被害を被る可能性があったと推認することができる(甲85ないし90,117,126,127,173ないし214,証人P13,控訴人P8)。
ク 航空機騒音による被害の検討(81頁(e))について
81頁18行目の「心理的被害」から19行目の「認められない」までを「心理的被害があり,これによる身体的健康被害が生ずる可能性も否定できない」に改め,同頁26行目の「公共性の高さ」から82頁1行目の「ものであって」までを「公共性の高さが優越するから,前記のような騒音被害等を考慮しても」に改める。
ケ 航空機事故(原判決82頁(a)の①②③と(b))について
83頁7行目の「(甲60,61,93,114)」を「(甲58の1ないし4,60(一部),61(一部),93,114(一部))」に改め,84頁9行目の「原告らは」から13行目の「証拠はない。」までを「控訴人らは,平成15年1月27日のオーバーラン事故(①)について,事故原因がパイロットの操縦ミスであるとする「航空調査インシデント報告書」(甲93)の結論は誤っている旨主張し,P14作成の鑑定意見書,同補充書(甲113,114)及び同人の別件における証人調書(甲60,61)等を提出する。しかし,当日の状況からすれば,当該飛行機は滑走路進入端から834mまでの位置に接地すべきであったと推定されるところ,実際には進入端から940mの位置に接地し,その後同機は浮揚したため制動動作ができず,2度目に接地し,制動動作が可能となったのが滑走路進入端から1250mの位置であり,しかも,機長は滑走路上の接地帯標識の数を勘違いしていたため,1度目の接地が進入端から約600mの位置と判断していたものと推定される。また,上記鑑定意見補充書及び上記証人調書は,事故の原因が滑走路へのゴムの付着等によるハイドロプレーン現象によるとの可能性があることを指摘するが,上記「航空調査インシデント報告書」の結論を左右するに足りるとはいえない。なお,滑走路へのゴムの付着による摩擦係数の低下(特に降雨時の撥水によるハイドロプレーン現象)に対しては適切な管理が求められることはいうまでもなく,また,滑走路B’が滑走路Bより短く,滑走路Bと同様の機能を求め得ないこと,航空機事故は人的,物的に甚大な被害を生ずる危険が大きいことなどからすれば,その管理に当たっては,人為的ミスあるいは降雨,降雪に止まらず,突風,竜巻などの気象条件による事故をも考慮し,滑走路B’に代えて滑走路Aを選択し,あるいは滑走路B’の使用を一時停止するなど,十分に慎重な配慮が求められるべきであるが,このことが直ちに,滑走路B’の設置における構造的欠陥に当たると解することはできない。」に改める。
また,84頁19行目の「滑走路上」を「誘導路上」に改め,同頁23行目末尾に改行して「さらに,前記(a)②の接触事案の後は,原因究明と事故防止対策が確立するまで,滑走路B’の南端の誘導路上の停止位置標識の手前で航空機が停止しているときは,その後方を航空機が通行することを全面的に禁止することにした(甲57の1・2)ため,今後,同様の事故が発生する可能性はほとんどなく,また,前記(a)③の事案は,前記のとおり,P15航空機が管制官の指示に反して走行したことが原因で発生したものである。」を加える。
コ シカゴ条約違反の主張(原判決85頁(2))について
87頁20行目冒頭から22行目末尾までを次のとおり改める。
「 以上のとおり,シカゴ条約締約国は,同条約に沿った国内法を制定する国際法上の義務を負っているものの,同条約第14付属書の国際標準及び勧告方式は,いずれも条約国に対して,その内容を基準としてできるだけその実現を図ることを求めているのであって,これに従うことを強制するものではなく,標準についても遵守できない場合を予定しているのであって,それらの内容に合致しない点があるとしても,直ちに空港の工事実施計画が違法となるものではない。」
同頁25行目の「要求」を「強制」に改める。
サ 憲法9条違反の主張(原判決88頁(4))について
88頁17行目冒頭から22行目末尾までを次のとおり改める。
「 控訴人らは,本件空港が軍用空港の実質を有することから,本件空港変更認可が憲法9条に違反する旨の主張をする。
しかし,本件空港変更認可は,平成15年改正前法55条の3の規定に基づき,当初認可を前提にその変更工事の権限を付与するものであって,滑走路Aの使用形態は本件空港変更認可における違法事由とはならず,滑走路B’の供用開始後の使用態様,利用方法は,本件空港変更認可の要件となるものではないから,既に自衛隊等が本件空港を利用したことがあることをもって,本件空港変更認可が憲法9条に違反することにはならない。」
シ 当初認可後の経過等による本件変更認可の違法及び村落共同体の破壊等(原判決89頁(6))について
89頁12行目末尾に改行して次のとおり加える。
「 控訴人らは,本件空港変更認可が,第15回成田空港問題シンポジウム(甲91)におけるP6調査団の提案(収用裁決申請の取下げ,滑走路B,同Cの建設計画を白紙に戻すこと,及び,本件空港問題の解決については地元住民のコンセンサスを丁寧に得ながら行うこと)を受け入れた越智伊平運輸大臣の公約に反し,β地区住民のコンセンサスを得ることなく,一方的に進められたものであり,地元住民に多大な被害を与えることを容認してなされたものであって(このことはP16元運輸事務次官の「β地区の皆様へ」と題する陳謝文からも明らかである。),拙速,杜撰なものであり,違法である,と主張する。
ところで,「第15回成田空港問題シンポジウム」(甲91)におけるP6調査団の提案から,滑走路B’建設に至る経緯は次のとおりである。
a 同提案は,①公団は土地収用裁決申請を取り下げる,②国は2期工事滑走路B,同Cの建設計画について白紙の状態に戻し,地域の人々と話合いをして解決の道を探る,③今後,地域住民と国が地域における空港の在り方などについて話合いを継続する,というものであり,国,公団及び反対同盟の参加者がすべてこの所見を受け入れることになり,これを受けて同シンポジウムは終結し,次に,P6調査団主宰の成田空港問題円卓会議において,空港と地域の共生の道が探られることになり,その後,運輸省,関係自治体,地域住民,反対同盟などから種々の提案がなされ,平成6年10月11日の第12回円卓会議においてP6調査団から,①平行滑走路の整備は必要であるという運輸省の方針は理解できるが,その用地取得は話合いで行うこと,横風用滑走路の整備については,平行滑走路が完成する時点で改めて提案をすること,②空港の建設,運営における公正を担保するための第三者機関として,共生懇談会を設置すること,③騒音対策の一層の充実や本件空港周辺地域振興策の推進などについては,円卓会議の結論に従い,その実現のための努力をすることなどの所見が提示され,関係者全員がこれを受け入れ,円卓会議は終了した(乙43の1・2,84)。
b 被控訴人は,平成6年10月14日,この円卓会議の結論について閣議報告を行い(乙44),同年12月10日,円卓会議拡大運営委員会において,騒音問題,移転問題,落下物問題,環境問題,滑走路計画,移転跡地についての22項目が確認され(乙45),その後,被控訴人は,平成8年12月,「今後の成田空港と地域との共生,空港整備,地域整備に関する基本的な考え方」(以下「基本的な考え方」という。)を発表し,共生策,空港整備,地域整備を三位一体のものとして進め,滑走路B(平行滑走路)の整備につき平成12年度の完成を目標として進めていくことにした(乙51の1・2,79)。
c 被控訴人は,平成10年7月,平成12年度を目標とする滑走路Bの整備を含む「地域と共生する空港づくり大綱」を地域に提案し,平成11年以降,滑走路B建設を望む地元住民が多数となる中で(平成11年3月に地元新聞社が千葉県民約3000人に対し行ったアンケート調査によれば,空港圏在住の住民の約7割が「滑走路Bの整備を急ぐべきだ」と回答しており,また,成田空港早期完成促進協議会が同年4月に平行滑走路の早期建設を求める署名活動を行ったところ,目標としていた10万人を大幅に上回る26万人の署名が集まり,同署名が被控訴人に提出された。),平成14年夏のサッカーワールドカップ開催に向けて国際的な輸送力の確保が緊急課題となってきたため,平成11年5月21日,公団に対し,滑走路Bの早期着工の努力を続けつつ,それが当面困難な場合の暫定的措置として,滑走路B’を建設することを考慮するように指示した(乙14,80)。これを受けて,公団は,滑走路B’を含む空港建設及び運用に関し,現在及び将来における環境影響の程度を把握するとともに,既に講じた環境対策及び今後講じる環境対策について体系的に取りまとめ,平行滑走路の整備の基本的考え方と暫定平行滑走路について周辺地域住民に対し説明を行い(乙14),その後,本件空港変更認可申請,本件航空保安施設変更認可申請,進入表面等,延長進入表面等の告示の手続を行った。なお,公団(成田国際空港株式会社)のβ地区の住民に対する文書の最終案として同社社長のP16作成名義の文書(甲120)が提出されており,これには,暫定滑走路整備にあたって「話合い」や十分な「説明」を欠いた状態であり,暫定滑走路の運用に伴い日々大変な迷惑と不便をかけている等の記載がある。
第15回成田空港問題シンポジウム(甲91)におけるP6調査団の提案から本件空港変更認可に至る経緯については,以上のとおりであり,β地区の住民への説明,合意形成につき公団に至らぬ点があり,控訴人らが滑走路B’の建築に納得していないとしても,本件空港変更認可に至るまでの経緯がP6調査団の上記提案に反するものであるとか,本件各処分の手続について,これを違法とする事情があるとは認められない。
また,控訴人らは,滑走路B’の供用により,β部落の多数の構成員が離村し,その結果,村落共同体を破壊し,残存する部落構成員の共同生活に著しい損害を与えた,と主張する。
ところで,村落共同体の破壊は当初認可に伴う問題点であり(甲216),本件空港変更認可によって生じたものとは言い難いが,その点をさておいても,公団は,騒防法9条に基づき,第2種区域内に存在する建物等を区域外に移転する場合に,建物の補償及び建物の所在する土地等の買取りを実施してきており,しかも,集落分断又は村落共同体の崩壊を招くことをできるだけ防止するため,集落で同一移転先に移転できるように取り組んできたことは,引用に係る原判決81頁に認定のとおりである。このような補償措置は,第2種区域内に居住する住民の騒音被害を防ぐために必要なものであり,公団がこのような補償措置を講じてきたことを考慮すると,控訴人らが主張する事情をもって15年改正前法39条1項2号の「他人の利益を著しく害する」ものに当たるということはできないとの上記判断を左右することはできない。」
(2) 争点4(本件航空保安施設変更認可の適法性)及び争点5(本件指定の適法性)について
争点4(本件航空保安施設変更認可の適法性)及び争点5(本件指定の適法性)については,次のとおり原判決を訂正するほか原判決の「事実及び理由」第3の4及び5(原判決89頁ないし92頁)に説示されたとおりであるから,これを引用する
ア 89頁18行目の「本件航空保安施設変更認可については処分性」を「本件航空保安施設変更認可の取消しを求める訴えについては原告適格」に改める。
イ 90頁25行目の「あることが認められ,そうすると,これらの設置によって」を「あって,滑走路Bに予定された航空保安施設当初認可と対比して,本件航空保安施設変更認可がされることによって,控訴人らに,航空保安施設当初認可による以上の新たな利益侵害が生ずるとは認められず,本件航空保安施設変更認可に基づく航空保安施設の設置によって」に改める。
ウ 91頁13行目の「及び亡P2訴訟承継人」を削る。
エ 91頁18行目の「法38条」を「平成15年改正前法39条」に改める。
(3) その余の控訴人らの主張も,本件各処分の違法性に関する上記判断を左右するものではない。
4 控訴人らは,本件の口頭弁論の終結後,平成21年3月23日に本件空港のA滑走路上で発生した航空機事故に関する新聞記事を書証として取り調べるために,弁論の再開を申し立てた。
ところで,本件請求は平成11年12月1日付けでされた本件空港変更認可及び本件航空保安施設変更認可並びに本件指定の取消しを求めるものであるから,本件請求との関係では,上記航空事故は,上記各処分の違法性判断において,処分時において上記航空事故のような事故の発生を検討すべきか否かという観点から問題となるものであり,この点については,滑走路B’の管理上の問題として,人為的ミスあるいは突風等による事故を考慮すべきことは既に説示したとおりであって(3(1)ケ),弁論再開申立書と同時に提出された証拠説明書(6)の各書証の立証趣旨に記載された上記事故の具体的経過自体は本件請求に関する判断を左右する関係にはないので,弁論を再開することはなく,判断を示すこととした。
5 よって,本件航空保安施設変更認可の取消しの訴え及び控訴人P1を除く控訴人らの本件指定の取消しの訴えを却下し,控訴人P1の本件指定の取消しの訴えを棄却した原審の判断は相当であるから,この点に関する控訴を棄却することとし,本件空港変更認可の取消しの訴えについては,原告適格が認められるので,訴えの却下によることなく請求を棄却すべきものであるが,民事訴訟法304条の趣旨に照らし,控訴棄却にとどめることとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 設樂隆一 裁判官 大寄麻代)