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東京高等裁判所 平成19年(行コ)406号 判決 2008年4月30日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  関東信越国税局長が控訴人に対し平成5年7月29日付け「連帯納付義務に係る納税告知書」によって告知したAの相続税債務(本税3190万円)に関する控訴人の連帯納付義務に基づく債務が存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,Aの負担すべき相続税につき相続税法34条1項に基づく連帯納付義務を負った控訴人が,被控訴人に対し,Aに対する相続税に係る国税の徴収権及び他の共同相続人であるBに対する連帯納付義務に基づく国税の徴収権がいずれも時効消滅したので,控訴人の連帯納付義務に基づく債務も全部ないし一部消滅しており,また,控訴人に対する上記連帯納付義務に係る国税の徴収権の行使が濫用されているなどと主張して,控訴人の上記連帯納付義務に基づく債務の不存在の確認を求めるのに対し,被控訴人が,Aに対する相続税に係る国税の徴収権は時効中断しているなどと主張して,控訴人の請求を争う事案である。

原判決は,控訴人の請求を棄却したので,控訴人が控訴をした。

2  本件における前提となる事実並びに争点及び当事者の主張は,下記3に控訴人の当審における主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2事案の概要」の1項及び2項(原判決2頁6行目から同9頁22行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  控訴人の当審における主張

(1)  相続税法34条1項に基づく連帯納付義務は,国税通則法8条により,連帯債務の性質を有するものであり,また,本来の納税義務者であるAは100%の負担部分を負うところ,Aに対する本件相続税に係る国税の徴収権は,川越署長がAの本件延納申請を却下した平成5年3月31日から5年間が経過したことにより,時効消滅している。したがって,控訴人の本件連帯納付義務に係る国税の徴収権も時効消滅している。

被控訴人は,本件差押えによりAに対する国税の徴収権の消滅時効が中断したと主張するが,本件差押えは,差し押さえることのできる財産の価額がその差押えに係る滞納処分費を超える見込みがないときに当たるので,国税徴収法48条2項が禁止する無益な差押えに該当する上,A及びその相続人である長女Cらに督促していないので,同法47条1項1号及び国税徴収法基本通達の第47条関係の18に違反し,無効であり,時効中断事由には当たらない。また,本件差押えの解除は,違法な差押えの取消しに該当するので,この点からも本件差押えに時効中断の効力は生じない。

(2)  他の連帯納付義務者であるBに対する本件相続税に係る連帯納付義務は,平成5年3月31日から5年が経過したことにより時効消滅しているので,控訴人の本件連帯納付義務も,Bの負担部分に当たる50%が消滅している。

(3)  徴収官は,本来の納税義務者であるAに対する本件相続税の徴収を怠り,これを適正に行使していれば,控訴人の本件連帯納付義務は消滅していたはずであり,また,控訴人に対し,著しく不適切かつ不誠実な対応をして,本件連帯納付義務に係る国税の徴収をしようとしている。したがって,控訴人に対し本件連帯納付義務に係る国税徴収権を行使することは,国税の徴収権の濫用に当たり許されない。その結果,控訴人の本件連帯納付義務に係る債務は存在しないこととなる。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,下記2に当裁判所の判断を補足するほか,原判決が「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1項ないし4項(原判決9頁24行目から同22頁22行目まで)において認定・説示するところと同一であるから,この認定・説示を引用する。

2  当裁判所の判断の補足

(1)  本件差押え等による時効中断の有無について

ア 控訴人は,本件差押えは差し押さえることのできる財産の価額がその差押えに係る滞納処分費を超える見込みがないときに当たるので,国税徴収法48条2項が禁止する無益な差押えに該当する上,A及びその相続人である長女Cらに督促していないので,同法47条1項1号及び国税徴収法基本通達の第47条関係の18に違反し,無効であって,時効中断事由には当たらず,また,本件差押えの解除は,違法な差押えの取消しに当たるので,この点からも本件差押えに時効中断の効力は生じないと主張する。

イ 確かに,本件差押えにより差し押さえた財産(A名義の普通預金に係る払戻請求権)の価額は32円であり(<証拠省略>),また,第三債務者に対する債権差押通知書の送達のために少なくとも80円の郵送費用を要したものとうかがわれる。また,本件相続税の滞納者に対する差押えは,滞納者が督促を受け,その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときになし得るものである(国税徴収法47条1項1号)ところ,本件差押えは,長女Cらに対する督促をせずに行われている。

ウ(ア) しかし,国税徴収法48条2項は,差し押えようとする財産の価額がその差押に係る滞納処分費及び徴収すべき国税に先だつ他の国税,地方税その他の債権の金額の合計額を超える見込みがないときは,その財産の差押えを禁止するものであるところ,本件差押えの当時,本件差押えに係る国税に先だつ他の国税,地方税その他の債権が存在していたことはうかがわれず,また,債権差押通知書送達郵送費以外の費用を要したこともうかがわれない。そして,「滞納処分費」については,同法136条が,「国税の滞納処分による財産の差押,交付要求,差押財産の保管,運搬,換価及び第93条(修理等の処分)の規定による処分,差し押えた有価証券,債権及び無体財産権等の取立並びに配当に関する費用(通知書その他の書類の送達に要する費用を除く。)」と規定していて,通知書その他の書類の送達に要する費用は,滞納処分費から除かれているのである。そうすると,郵便費用が差押え財産価額を超えていても,本件差押えが国税徴収法48条2項が禁止する無益な差押えに該当するものでないことは,明らかというべきである。

なお,その後,関信局長は,本件差押えを解除しているから,これが国税徴収法72条3項により準用される民法154条にいう「権利者の請求により取り消されたとき」に該当しないかも問題となる。しかし,<証拠省略>によると,関信局長は,死亡したAの子である長女CらがAの本件相続税に係る納税義務を承継したという前提で本件相続税に係る納税義務承継通知書を同人らに送付するとともに,本件差押えをしたところ,同人らが相続放棄の申述をしたことが判明したので,長女Cらに対する納税義務の承継通知を取り消し,その結果,債権差押通知書及び差押調書に記載された「滞納者の氏名及び住所又は居所」が実体と合致しなくなったことから,いったん本件差押えを解除(将来に向かって効力を消滅させる構学上の撤回に当たる。なお,行政庁は,公益上の必要性があれば適法にこのような撤回行為をなすことができると解される。)したものであり,その後更に次順位の相続人である控訴人らを名宛人とする差押えを実施しようとしたが,控訴人らも相続放棄の申述をしたため,再度の差押えに至らなかったことが認められるのである。そうすると,本件差押えは,手続上の理由から解除(撤回)しただけで,上記のようにこれが不適法であったわけでもないし,被控訴人として権利行使の意思を放棄したわけでもないのであって,被控訴人がこれにより権利の実行に着手したと十分評価できるものであるから,本件差押えの解除によっては,差押えによる時効中断効は失効しないというべきである。そして,その理は,仮に本件差押えの解除が預金額が32円しかないことから差押えが実質的にみて無益であるという理由によりされたものであったとしても,妥当するというべきである(民事執行法の強制競売の申立てについては,これが剰余を生じないことを理由に取り消されたとしても,差押えによる時効中断効は消滅しないと一般に解されているところであって,その理は異ならない。)。

(イ) また,平成5年4月28日にAに対して督促状が発出された事実は,Aに係る滞納処分票(滞納処分票を複写して督促状を作成する様式のもの。<証拠省略>)の「督促状発付」欄には「5年4月28日(1号)」と記載されており,Aに係る一件別徴収カード(<証拠省略>)にも「督促番号」欄に「1」と,「督促区分」欄に「(1)一般」と,「督促等決議年月日」欄に「H5.4.28」と,「本税」欄に「31,900,000」と各記載されていることに照らして,優に認定できるというべきである。

そして,国税通則法5条1項が,国税の滞納者について相続があった場合には,相続人は,その被相続人が納付し,又は徴収されるべき国税を納める義務を承継すると定めていることからすると,国税について被相続人が既に督促を受けていた場合には,その督促に基づいて滞納処分を受けるべき地位も当然に相続人に承継されると解される。したがって,被相続人が生前督促を受け,その督促に係る国税がその督促状の発せられた日から起算して10日を経過した日までに完納されないときは,徴収職員は,改めて相続人に対する督促を行うことなく,直ちに相続人に対して差押えをすることができるというべきであり,長女Cらに対する督促がなかったことは,本件差押えを違法ならしめるものではない。

エ 以上のとおり,本件差押えは有効であり,Aに対する本件相続税に係る国税の徴収権については,これにより時効中断の効力が生じているのである。

(2)  Bに対する本件相続税に係る連帯納付義務の消滅時効の成否

ア 控訴人は,他の連帯納付義務者であるBに対する本件相続税に係る連帯納付義務は,平成5年3月31日から5年の期間が経過したことにより時効消滅しているので,控訴人に対する本件連帯納付義務も,Bの負担部分に当たる50%が消滅していると主張する。

イ ところで,相続税法34条1項は,相続人や受遺者が2人以上ある場合に,各相続人に対し,自らが負担すべき固有の相続税の納付義務のほかに,他の相続人等の固有の相続税の納付義務について,当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として,互いに連帯納付義務を負わせているものである。したがって,この連帯納付義務は,国税通則法8条にいう「国税に関する法律の規定により国税を連帯して納付する義務」に該当するということができるところ,同条は,国税の連帯納付義務については民法の連帯債務に関する規定が準用されることを定めている(ただし,「準用」とは,ある事柄に関する法規を適当な修正を施して他の事柄に適用することを意味するものである。)。ところで,相続税法34条1項の連帯納付義務は,上記のとおり,相続税徴収の確保の目的で,当該相続税の本来の納税義務者でない相続人等をして,自らが負担すべき固有の相続税のほかに,本来は納税義務のない,他の相続人等の固有の相続税について納付義務を特別に負担させるもので,相続人の内部関係では連帯納付義務を負わされる相続人には負担部分がないことに照らすと,本来の納税義務者と当該連帯納付義務者との関係は民法上の主たる債務者と連帯保証人との関係に類似するもので,その本質は,民法上の連帯保証債務に準ずる特殊な法定の人的担保と解するのが相当である。このような納付義務の性質に照らすと,連帯保証について定める民法458条が同法434条から440条までの規定を準用しているにもかかわらず,連帯保証債務の時効の中断に関しては,同法440条が準用されず,同法457条1項が適用されると解されているのと同様に,相続税法34条1項の連帯納付義務の時効の中断に関しては,民法440条は準用されず,むしろ保証債務の時効の中断に関する民法457条1項が適用されると解するのが相当である。したがって,本来の納税義務者に対する履行の請求その他の事由による時効の中断は,相続税法34条1項の連帯納付義務者に対してもその効力を生ずるものと解される。

そうすると,本件相続税の本来の納付義務者であるAに対する国税の徴収権は,時効中断事由があるために,未だ時効消滅していないのであるから,Bの連帯納付義務も未だ時効消滅していないというべきである。

したがって,控訴人の上記主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。

(3)  徴収権の濫用の有無

ア 控訴人は,徴収官が本来の納税義務者であるAに対する本件相続税の徴収を怠ったところ,これを適正に行使していれば,控訴人の本件連帯納付義務は消滅していたはずであり,また,控訴人に対し,著しく不適切かつ不誠実な対応をして,本件連帯納付義務に係る国税の徴収をしようとしているとして,控訴人に対し本件連帯納付義務に係る国税の徴収権を行使することは,徴収権の濫用に当たり許されないと主張する。

イ しかしながら,控訴人は,控訴人の敗訴で確定した本件前訴において,国税当局の怠慢によって本来の納税義務者であるAから相続税を徴収できなくなったのであるから,控訴人に対し本件連帯納付義務に係る国税の徴収権を行使することは許されないと主張していたところ,本件前訴の裁判所は,これを審理した上,上記主張に理由がない旨判断しているのである(<証拠省略>)から,控訴人の上記主張のうち徴収官の怠慢をいう部分は,実質前訴のむし返しに当たるものであって,このような主張を繰り返すことは,信義則上許されないものというべきである。

その点をさておくとしても,相続税法34条1項の連帯納付義務については,補充性がなく,第2次納税義務のように,本来納税義務者に対する滞納処分を執行しても徴収すべき額に不足すると認められる場合に限って納税義務を負担するものではないことを考えると,仮に国税当局において本来の納税義務者に対する滞納処分等の徴収手続を適正に行っていれば本来の納税義務者から滞納に係る相続税を徴収することが可能であったにもかかわらず,国税当局がその徴収手続を怠った結果本来の納税義務者から上記相続税を徴収することができなくなったという事実があったとしても,そのことにより直ちに,控訴人に対し連帯納付義務の履行を求めて徴収手続を進めたことが徴収権の濫用になるとはいえないというべきである。また,国税当局が控訴人に対し著しく不適切かつ不誠実な対応をしたとの控訴人の主張についても,仮に控訴人の主張するような事実が存在したとしても,これをもって国税の徴収権の濫用を基礎付けるに至らないというべきである。

3  結論

よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 大坪丘 宇田川基 新堀亮一)

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