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東京高等裁判所 平成19年(行コ)67号 判決 2007年11月16日

主文

1  1審被告及び1審被告参加人の控訴に基づき,原判決主文第1項(1)の部分を取り消す。

2  上記取消しに係る部分の1審原告らの請求をいずれも棄却する。

3  1審原告らの控訴をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを5分し,その4を1審原告らの,その余を1審被告及び1審被告参加人の各負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  1審原告ら

(1)  原判決の主文第2項を取り消す。

(2)  1審被告が1審原告らに対してした平成15年5月2日付け行政文書開示決定処分のうち,原判決別紙「不開示文書目録」記載の各文書(ただし,同目録①記載の各文書については,原判決別紙「本件対象文書①の開示請求部分と不開示理由」記載の各開示請求部分に限る。)を不開示とした部分(ただし,原判決認容部分(原判決が主文第1項で取り消した部分)を除く。)を取り消す。

(3)  1審被告及び1審被告参加人の控訴をいずれも棄却する。

(4)  訴訟費用は,第1,2審とも1審被告及び1審被告参加人の負担とする。

2  1審被告及び1審被告参加人

(1)  原判決中,1審被告敗訴部分のうち原判決主文第1項(1)に係る部分を取り消す。

(2)  上記取消しに係る部分の1審原告らの請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも1審原告らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,1審原告らが1審被告に対し,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づき,抗癌剤「イレッサ(ゲフィチニブ)」の動物実験及び臨床実験等に関する行政文書の開示請求をしたところ,1審被告が,開示請求対象文書を「イレッサ錠250」に係る1審被告参加人による承認申請書の添付資料の一部等であると特定した上で,その一部を開示し,その余は情報公開法5条2号イの不開示情報(公にすることにより,法人等の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある情報)に該当するとして不開示決定をしたことから,1審原告らが不開示決定の取消しを求めた事案である。

なお,本件訴え提起後,1審被告が,上記不開示決定を一部変更する決定をして,当初不開示とした文書の一部を更に開示したことから,1審原告らは,当初の請求を減縮して,上記変更決定によってもなお不開示とされた文書のうち,原判決別紙「不開示文書目録」記載の各文書(ただし,同目録①記載の各文書については,原判決別紙「本件対象文書①の開示請求部分と不開示理由」記載の各開示請求部分に限る。)に係る不開示決定(以下「本件不開示決定」という。)の取消しを求めている。

2  原判決は,下記のとおり判示して,本件不開示決定のうち,下記(1)のアの各部分及びイの各文書を不開示とした部分は違法であるとしてこれを取り消し,下記(2)の各部分の取消しを求める部分はいずれも理由がないとして1審原告らの請求を棄却した。

(1)ア  原判決別紙「不開示文書目録」(以下「別紙目録」という。)記載①の文書(以下「本件対象文書①」という。)の開示請求部分のうち,原判決別紙「本件対象文書①の請求認容部分」記載の各部分(プロトコール(治験実施計画書)承認日,初回投与日,最終剖検日,査察日,報告日及び署名日その他の日付並びに査察項目)は,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当しない。

イ  次の各文書は,それぞれ一つの行政文書(別紙目録記載②から④までの各文書)の一部であるにもかかわらず,1審被告が,いずれも開示請求対象文書ではないとの不適切な文書の特定をして,開示・不開示の判断をしなかったことは,違法である(これらの部分についても,不開示決定をしたかのような外形が存在するので,その違法を宣言し,取消しをするのが相当である。)。

(ア) 別紙目録記載②の文書(以下「本件対象文書②」という。)のアからウまで及びカの各文書の別添

(イ) 本件対象文書②のエの文書の別添のうち,D109頁からD262頁まで及びH27頁からH345頁までの各部分以外の部分

(ウ) 本件対象文書②のオの文書の別添のうち,B1頁からB5頁まで及びC1頁からC10頁までの各部分以外の部分

(エ) 別紙目録記載③の文書(以下「本件対象文書③」という。)のイの文書のうち,C377頁,C380頁からC383頁まで,C409頁,C410頁,C598頁からC604頁まで及びC641頁からC643頁までの各部分以外の部分

(オ) 別紙目録記載④の文書(以下「本件対象文書④」という。)の付録

(2)  本件対象文書①の開示請求部分のうち,上記(1)のアの各部分(以下「本件対象文書①の請求認容部分」という。)以外の部分(以下「本件対象文書①の請求棄却部分」という。)及び本件対象文書②から④までは,情報公開法5条1号本文又は同条2号イの不開示情報に該当し,同条1号ただし書ロ及び同条2号ただし書には該当しない。

3  これに対し,1審原告ら,1審被告及び1審被告参加人が,いずれも敗訴部分(ただし,1審被告及び1審被告参加人は,原判決中上記2(1)のアの部分のみ)について,本件控訴を申し立てた。

したがって,当審における争点は,本件対象文書①の開示請求部分及び本件対象文書②から④までが不開示情報に該当するか否かである。

4  「前提事実」及び「争点」は,当審における当事者の補充主張を次項に付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の1及び2(ただし,第2の2(1)を除く。)に記載のとおりであるから,これを引用する。

5  当審における当事者の補充主張

(1)  1審原告ら

ア 医薬品に関する情報公開の必要性及び不開示情報該当性の判断基準について

医薬品の副作用被害の防止等のため,広く第三者が医薬品の評価を行うためには,医薬品の有効性及び安全性に関する情報が公開されることが必要である。情報公開法の制定の背景には,大規模な薬害の続発があり,医薬品の安全性に関する情報を広く公開させることによって,薬害の発生・拡大を防ぐことが,その制定の大きな動機付けとなっている。このように,情報公開法は,国民の健康を守るために必要な情報,その代表的な情報である医薬品の安全性に関する情報を公開させることができる制度として制定されたものであるから,法人の「権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある」情報でなければ不開示とすることができないと規定している情報公開法5条2号イの規定並びに「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要である」情報は開示すべきであると規定している同条1号ただし書ロ及び同条2号ただし書の規定は,情報公開制度を実効あるものにするために極めて重要な規定であって,情報開示の方向で積極的に適用されるべきである。

そして,情報公開法の上記制定の趣旨にかんがみると,情報公開法5条2号イに該当すると認められるためには,情報の開示により法人等の具体的・実質的な利益侵害が相当の蓋然性をもって予測されることが必要であって,観念的・形式的な利益侵害のおそれが存在することのみでは足りないと解すべきである。また,情報公開法5条1号ただし書ロ及び同条2号ただし書の適用に当たっては,情報の開示により保護される人の生命,健康等の利益と情報の不開示により保護される法人等の利益とを具体的に比較考量し,前者の利益の保護の方が上回るときは,積極的に情報を開示しなければならないと解すべきである。すなわち,これらの「ただし書」は,原判決が判示するように,不開示の原則に対する特別な例外的開示を規定したものではなく,開示により保護される利益と不開示により保護される利益とを比較考量すべきことを規定しているものと解すべきである。

イ 本件対象文書①の開示請求部分の不開示情報該当性について

(ア) 本件対象文書①の請求棄却部分について

① 「実験施設及びその部署の名称並びにその住所,電話番号,ファックス番号及びメールアドレス」の部分(以下「本件実験施設特定情報」という。)について

毒性試験の委託先の決定が,それまでの事業活動において蓄積された情報を参考として行われるものであるとしても,その開示によって,競合する製薬会社が原判決の判示するように「試験の委託,ひいては,新薬の開発をより迅速かつ効率的に進めることが可能になる」と直ちにいうことはできない。すなわち,本件毒性試験においても,被験動物(マウス,ラット,イヌ)にイレッサを投与し,一定期間その身体状況に関するデータを収集するという,ごく一般的な方法が採られているから,その委託先の選定について,それほどの困難があるとは考え難い。1審被告及び1審被告参加人は,本件毒性試験におけるいかなる事情から,その委託先の開示により競合医薬品の開発が早まるおそれがあるのか,また,どの程度早まるおそれがあるのかについて何ら具体的な主張立証をしていないから,本件実験施設特定情報が情報公開法5条2号イに該当すると認めることはできない。

また,本件実験施設特定情報は,実験の信頼性を示す上で最も基本的な情報であり,イレッサの安全性評価という見地から開示されるべき利益があるのに対し,不開示により守られるべき利益があるとしても,それは財産的なものにとどまり,開示により不利益が生ずる蓋然性も極めて乏しく,開示により得られる利益が不開示により守られる利益を上回っているといえるから,情報公開法5条2号ただし書により開示すべきである。

② 「試験責任者,病理担当者,試験従事者及び信頼性保証部門担当者の氏名,所属,役職及び資格並びに引用文献の人名」の部分(以下「本件試験責任者等特定情報」という。)について

試験責任者等は,医者又はこれに準ずる医療関係の専門職(獣医師,薬剤師等)であるはずであって,公的な申請の裏付けとなるという意味で公益性の高い試験の実施又は報告について責任を持つ者であるから,その氏名等は,情報公開法5条1号ただし書イの「慣行として公にすることが予定されている情報」に当たるというべきである。情報公開・個人情報保護審査会の答申においても,医師又はこれに準ずる人の生命,健康にかかわる専門職の氏名等は,慣行により公表され,又は公表が予定されている情報として取り扱われている。

また,動物実験の実施又は分析に関与した研究者は,当該動物実験の結果を論文等で公表するに際し,少なくともその氏名を明らかにしているから,この点からも,研究者の氏名は,上記「慣行として公にすることが予定されている情報」に当たるというべきである。

したがって,本件試験責任者等特定情報は,情報公開法5条1号ただし書イにより開示すべきである。

さらに,本件試験責任者等特定情報は,その社会的活動において表示されたものであり,情報公開法5条1号の趣旨とする個人のプライバシーの保護という面からみると,不開示により守られるべき利益はほとんどないというべきであるから,同号ただし書ロにより開示すべきである。

(イ) 本件対象文書①の請求認容部分について

① 「プロトコール(治験実施計画書)承認日,初回投与日,最終剖検日,報告日及び署名日その他の日付」の部分(以下「本件日付情報」という。)について

毒性試験相互のタイミング・順序が各製薬会社の判断で決定されるものであるとしても,それがノウハウとしての保護に値するものであるかは不明であるし,そもそも,当該情報がノウハウであると主張すれば不開示情報に該当するなどという論理は成り立たないのであって,端的に,当該情報が法人の「正当な利益を害するおそれ」があるかどうかが検討されるべきである。

医薬品の開発は,毒性試験及び臨床試験において,どのような有効性・安全性に関するデータが得られるかによって,その進捗が大きく左右されるから,本件日付情報の開示が他の新薬の開発期間の短縮に容易に結び付くものとは考えられないし,新薬を販売するに至るまでには相当の開発過程を経る必要があるから,イレッサが販売された後の時点における本件日付情報の開示によって,イレッサの総販売量に大きな影響が生ずるとも考えられない。また,イレッサは,その販売後に予想外の重篤な副作用を多数発生させた薬であって,医薬品の開発の迅速化の成功例とは到底いえないものであって,迅速化についての「ノウハウ」は,保護の必要性に乏しいものであるから,本件日付情報の開示によって1審被告参加人に多少の不利益が生ずることがあるとしても,それは,1審被告参加人の「正当な利益」を害するものではないというべきである。

したがって,本件日付情報は,情報公開法5条2号イに該当しない。

② 「査察日及び査察項目」の部分(以下「本件査察情報」という。)について

上記のとおり,当該情報がノウハウであれば直ちに不開示情報該当性が認められるというわけではなく,不開示情報該当性が認められるためには,法人の正当な利益が害されるおそれがあること,すなわち,具体的・実質的な利益侵害が相当の蓋然性をもって予測されることが必要であるが,本件査察情報の開示によって1審被告参加人にいかなる不利益が生ずるかについての具体的な主張立証がされていない。

したがって,本件査察情報は,情報公開法5条2号イに該当しない。

ウ 本件対象文書②から④までの不開示情報該当性について

(ア) 医薬品の製造等の承認を受けようとする者は,厚生労働省令で定めるところにより,申請書に臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付しなければならないとされており(薬事法14条3項,薬事法施行規則18条の3第1項1号),その添付すべき資料については,平成11年4月8日付け医薬発第481号厚生省医薬安全局長通知「医薬品の承認申請について」(以下「481号通達」という。)が詳細な内容を示している。481号通達は,先発医薬品の再審査期間中に限り,後発医薬品の承認申請の際にも,通常の新医薬品の承認申請の場合と同様の添付資料の提出を求めているが,これは,先発医薬品は,再審査を経て有効性・安全性が確認されるまでの間は,有効性・安全性が確認されていない,いわば「見習い期間中」の薬であるため,それとの同一性を証明するだけでは不十分であるからである。こうした481号通達の趣旨からすれば,先発医薬品の再審査期間中における後発医薬品の承認申請に当たっては,先発医薬品の承認申請の添付資料を流用することは許されず,別個独立の治験データを提出しなければならないというべきである。したがって,本件対象文書②から④までが開示されたとしても,それを他の製薬会社がイレッサと同一性を有する後発医薬品の承認申請の添付資料として利用するなどということはできないから,本件対象文書②から④までは,情報公開法5条2号イに該当せず,開示すべきである。

(イ) 本件対象文書②から④までには,審査報告書又は申請資料概要(以下「申請資料概要等」という。)によって既に公表されている情報も含まれている。少なくとも公表されている情報は,営業秘密性はなく,不開示情報に該当しないから,本件不開示決定が,これらの既に公表済みの情報が記載されている部分も含めて本件対象文書②から④までを全部不開示としたことは違法である。

(ウ) 本件対象文書②から④までは,承認審査におけるイレッサの有効性・安全性に関する最も基本的かつ重要な資料であり,多くの人の生命という人格的利益の中でも最も重要と考えられる利益に強くかかわるものであるのに対し,これを不開示とすることにより守られる利益は財産的なものにとどまるし,製品の製造上のノウハウなどの場合とは異なり,医薬品の臨床試験に関する情報が製薬会社の財産的利益に与える影響は間接的なものであって,損害発生の機序・可能性とも曖昧であるから,その開示により,多くの人の生命の保護に優る程度の1審被告参加人の不利益が生ずる蓋然性が立証されていないというべきである。したがって,本件対象文書②から④までは,情報公開法5条2号ただし書により開示すべきである。

(2)  1審被告

ア 不開示情報該当性の判断基準について

情報公開法5条2号イが規定する法人等の「権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれ」とは,単なる確率的な可能性ではなく,法的保護に値する蓋然性のある「おそれ」でなければならないが,1審原告らが主張するような具体的・個別的な「おそれ」である必要はない。すなわち,情報公開法は,開示請求の主体を「何人も」としているから,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当するか否かの判断に当たっては,当該情報の一般的な性質に基づき,それが公にされた場合に,当該法人の権利等にいかなる支障を及ぼす蓋然性があるかを客観的に判断すれば足りるというべきである。

また,情報公開法5条2号は,条文の構造上,同号本文に該当する情報は原則不開示であり,例外的に同号ただし書に該当する情報のみを開示すべきこととしていると解すべきである

イ 本件対象文書①の開示請求部分の不開示情報該当性について

(ア) 本件対象文書①の請求棄却部分について

① 本件実験施設特定情報について

毒性試験をどの実験施設に依頼すべきかについては,法令等に特段の定めがなく,製薬会社は,各自,毒性試験を安全,適正,的確かつ効率的に行うことができる優秀かつ熟練した能力を有する試験従事者を確保している実験施設を探索し,当該施設と信頼関係を構築し,連携を密にしているから,製薬会社が毒性試験をどこの実験施設に依頼しているかという情報が公になり,優秀な実験施設を他の競業会社に奪われることになれば,当該製薬会社の競争上の地位が害されることになる。したがって,本件実験施設特定情報は,1審被告参加人の競争上の地位を害するおそれがある情報であり,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当する。

② 本件試験責任者等特定情報について

1審原告らが指摘する情報公開・個人情報保護審査会の答申と本件とでは,事案を異にしているから,開示請求の対象となっているのが同じく医者等の氏名であるからといって,当該答申と同様に,本件でも医者等の氏名を開示すべきであるということにはならない。また,本件では,動物実験等の結果を論文等で公表していないから,研究者の氏名が「慣行として公にすることが予定されている情報」に当たらないことは明らかである。

(イ) 本件対象文書①の請求認容部分について

① 本件日付情報について

毒性試験は,通常,まず,試験実施施設を選定し,当該試験実施施設と共に試験計画を策定することから始まり,次に,動物を対象とした具体的な投与,休薬(毒性所見の回復性を確認する場合),解剖・病理検査を行い,その後,上記投与等の結果を受けて,報告書案の作成,試験実施施設に置かれている「信頼性保証部門」による調査,最終報告書の作成という手順で行われる。これらの毒性試験相互のタイミング・順序については,法令等に特段の定めがなく,製薬会社が,より早期の医薬品の販売を実現すべく,医薬品の安全性確保と開発の迅速化の調和を図り,試験中止及び試験計画の再考というリスクを回避しながら,その経験,実績,技術等を駆使して,独自に策定するものであるから,そのタイミング・順序及びそれを構築するための技術は,製薬会社のノウハウである。そして,本件日付情報が開示されると,イレッサに係る毒性試験相互のタイミング・順序等が明らかになるから,それが開示されない場合と比べて,他の製薬会社は,より安全かつ効率的に試験期間を短縮することができる毒性試験相互のタイミング・順序を発案することができ,その結果,より早期にイレッサの競合薬を販売することができることになる。その反面,1審被告参加人は,イレッサの販売により得られたはずの利益を失い,その競争上の地位を害されるおそれが生ずる。したがって,本件日付情報は,1審被告参加人の競争上の地位を害するおそれがある情報であるから,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当する。

② 本件査察情報について

毒性試験において医薬品の安全性が確認された後に行われる信頼性保証部門責任者による毒性試験の調査(査察)についても,法令等に時期及び項目の定めがなく,製薬会社は,独自に,その経験,知識等を駆使して,毒性試験の信頼性保証の重要性に配慮しながら,調査に要する人員数,経費等とのバランスを保ち,必要かつ十分で無駄のない調査となるための時期及び項目を策定するものであるから,この調査時期及び調査項目も,製薬会社のノウハウである。そして,本件査察情報のうち,査察日が開示されると,上記調査時期が明らかとなり,査察項目は,上記調査項目そのものである。したがって,本件査察情報は,1審被告参加人のノウハウであり,これが開示されると,その正当な利益を害するおそれのある情報であるから,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当する。

ウ 本件対象文書②から④までの不開示情報該当性について

(ア) 薬事法は,医薬品の製造等の承認を受けようとする者は,申請書に臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付しなければならないと規定し,同法施行規則や481号通達が添付資料の内容を示しているが,これらの法令等は,添付資料が,当該申請企業が自らの出費によって試験を実施し,自ら収集したものでなければならないことまで求めているものではないから,情報公開によって取得した先発医薬品に関する添付資料を後発医薬品の承認申請の添付資料等として利活用する可能性が全く否定されるものではない。そうすると,本件対象文書②から④までの開示がなければ暗中模索で試験を行わなければならなかった製薬企業にとっては,その開示があると,労力やコストを費やすことなく承認前例である試験結果の全データを得ることができ,それによって試験モデル,実施スケジュールを策定し,早期に,かつ,コストをかけずに競合医薬品を開発することが可能となるから,その結果,1審被告参加人の競争力を低下させるおそれがあることは明らかである。したがって,本件対象文書②から④までは,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当する。

(イ) 申請資料概要等には本件対象文書②から④までに記載された情報の概要が記載されているにとどまり,本件対象文書②から④までには更に詳細な試験データに基づいた記載がされているから,申請資料概要等において本件対象文書②から④までの一部が公表されていることが,直ちに本件対象文書②から④までの不開示情報該当性を否定するものではないし,本件対象文書②から④までのうち,公表されている部分と公表されていない部分とを容易に区別することもできない。

また,申請資料概要等は,本来,製薬会社の営業秘密というべき情報であるものの,新医薬品の適正使用を図るとともに,当該医薬品の承認審査業務の透明化に資するという公益的な見地から,医薬品の有効性・安全性を確保するために必要となる情報は公開する必要があるとして,公開されているものであるから,申請資料概要等が公開されていることと新薬の開発過程にかかわる情報が本来的には営業秘密であることとは,何ら矛盾するものではない。

したがって,本件不開示決定が既に公表済みの情報が記載されている部分も含めて本件対象文書②から④までを全部不開示としたことが違法であるとの1審原告らの主張は,理由がない。

(ウ) 本件対象文書②から④までは,承認審査におけるイレッサの有効性・安全性に関する最も基本的かつ重要な資料であるから,情報公開法5条2号ただし書により開示すべきであるという1審原告らの主張は,医薬品の承認審査に関する資料であれば,すべて開示すべきであるというに等しく,情報公開法が個人のプライバシーや法人の競争上の利益,情報の性質等に配慮して,開示すべき範囲に一定の制限を設けていることを無視するものであって,理由がない。

(3)  1審被告参加人

ア 不開示情報該当性の判断基準について

情報公開法は,5条1号本文の情報については主に個人のプライバシー保護の観点から,同条2号イの情報については法人等が被る不利益の観点から,いずれも原則として不開示とする扱いとしているが,このような原則不開示の情報であっても,「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」については,それぞれ,同条1号ただし書ロ又は同条2号ただし書によって,例外的に開示するとしている。このような規定の仕方にかんがみれば,例外的に開示する場合とは,開示に伴う不利益(正当な利益の侵害)を当該個人又は当該法人等に甘受させても,なお人の生命,健康等を保護するために差し迫った高度の必要性がある場合であると解すべきである。

イ 本件対象文書①の開示請求部分の不開示情報該当性について

(ア) 本件対象文書①の請求棄却部分について

① 本件実験施設特定情報について

同じく動物実験を行う施設であっても,施設ごとに経験や技術レベルが異なるから,同じ内容の試験を実施するにしても,試験の質やスピードは,当然,動物実験の経験が豊富で技術レベルの高い施設の方が優ることになる。また,他の製薬会社が競合医薬品を開発するための動物実験を委託する場合を考えると,1審被告参加人が動物実験を委託した施設には1審被告参加人の医薬品に係る動物実験で培ったノウハウの蓄積があるから,その施設に動物実験を委託すれば,当該競合医薬品に係る動物実験をより適切かつ迅速に実施することが可能となり,その結果,他の製薬会社は当該競合医薬品を早期に販売することができることになり,他方,1審被告参加人の医薬品の販売は明らかな打撃を受けることになる。したがって,本件実験施設特定情報は,情報公開法5条2号イに該当する。

② 本件試験責任者等特定情報について

1審原告らが指摘する情報公開・個人情報保護審査会の答申は,本件とは全く事案を異にする事案についての答申であり,本件には当てはまらない。本件試験責任者等特定情報が情報公開法5条1号の「個人に関する情報」であって,かつ,「特定の個人を識別することができるもの」に該当することは明らかであるし,本件試験責任者等特定情報に関し,公にし,又は公にすることを予定している法令の規定や慣行(同号ただし書イ)も存在しない。したがって,本件試験責任者等特定情報は,情報公開法5条1号の不開示情報に該当する。

(イ) 本件対象文書①の請求認容部分について

① 医薬品の開発期間短縮の要請について

医薬品の開発は,医薬品となり得る候補化合物を選定する基礎研究に始まり,毒性試験,臨床試験を経て,医薬品の承認申請を行い,最終的に承認されるまでに,多大な時間と費用を要するものであるから,製薬会社にとっては,安全性を確保しつつ,承認までの開発期間を短縮することが極めて重要である。そのために,毒性試験や臨床試験を効率的に実施すること,具体的には,個々の試験期間を短縮すること,個々の試験を効率的に組み合わせることによって,全体の試験期間を短縮することが重要であり,そのための手法は,各製薬会社が長年の試験の経験を通じて培った重要なノウハウであり,不正競争防止法上の営業秘密に該当する。

② 本件日付情報について

本件日付情報が開示されると,個々の毒性試験のタイミング・順序が明らかとなり,毒性試験の全体像が時系列で明らかになる。また,査察日が開示されると,信頼性保証部門の査察のタイミングと頻度も明らかとなり,毒性試験の詳細がより明らかとなる。したがって,これらの日付が開示されると,競業会社は,何ら費用をかけることなく,毒性試験短縮のための貴重な参考情報を得て,それを利用することができることになるから,日付に関する情報は,それが開示されると,1審被告参加人の正当な利益を害するおそれのある情報として,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当する。

③ 本件査察情報について

査察項目の具体的内容については,法令等に特段の定めがなく,毒性試験の信頼性を保証するに足りる内容を製薬会社が独自に設定することが予定されているから,査察項目自体も,1審被告参加人のノウハウに属し,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当する。

ウ 本件対象文書②から④までの不開示情報該当性について

(ア) 481号通達は,新医薬品と同一性を有する競合医薬品の承認申請における添付資料の内容及び入手方法について特段の制限を設けていないから,当該新医薬品の承認申請の添付資料を競合医薬品の承認申請の添付資料として利用することができる(もちろん,当該新医薬品の承認申請の添付資料のみで競合医薬品の製造等が承認されるかということとは,別問題である。)。本件対象文書②から④までが開示されると,イレッサの競合医薬品の承認申請を行う他の製薬会社は,これを添付資料として利用することが可能となり,独自に添付資料を収集する費用や労力を節約して,競合医薬品について早期に承認を得る可能性が高まるものと考えられ,こうした事態が1審被告参加人グループの競争上の地位を害することは明らかである。したがって,本件対象文書②から④までは,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当する。

(イ) 本件対象文書②から④までは,その具体的な記載内容が営業秘密に含まれることはいうまでもないが,いかなる事項をどの程度詳細に記載するかといった記載の濃淡に関するノウハウ,項目の分け方やレイアウト等を含めた記載の形式,図表のまとめ方,記述の順序,分量等を含めたものが不可分一体のものとして,1審被告参加人グループの営業秘密に属するものというべきであるから,情報公開法5条2号イの不開示情報該当性を検討するに当たっては,申請資料概要等で公表されている情報とそれ以外の情報とを分けて,後者についてその該当性を検討するという手法は適切でなく,本件対象文書②から④までの性質(すなわち,個々の具体的な記載内容,記載の濃淡に関するノウハウや項目の分け方やレイアウトが不可分一体のものとして1審被告参加人グループの営業秘密に属すること)にかんがみて,その全体を不可分一体のものとして検討すべきである。したがって,本件不開示決定が既に公表済みの情報が記載されている部分も含めて本件対象文書②から④までを全部不開示としたことが違法であるとする1審原告らの主張は,理由がない。

(ウ) 情報公開法5条2号ただし書に該当するというためには,当該情報が開示されることにより,人の生命,健康等を保護することが相当程度具体的に見込まれ,かつ,その利益が,当該法人等に不利益を強いてもなお,やむを得ない利益であるといえることが必要であるが,本件では,もとより,そのような利益はないし,この点についての1審原告らの主張立証もない。

第3当裁判所の判断

1  本件対象文書①の開示請求部分の不開示情報該当性について

(1)  本件実験施設特定情報の不開示情報該当性について

当裁判所も,本件実験施設特定情報は,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当するものと判断する。その理由は,原判決17頁13行目から同19頁9行目まで(「(1)」の項)に記載のとおりであるから,これを引用する。

1審原告らは,当審において,①本件毒性試験においても,被験動物(マウス,ラット,イヌ)にイレッサを投与し,一定期間その身体状況に関するデータを収集するという,ごく一般的な方法が採られているから,その委託先の選定について,それほどの困難があるとは考え難いし,その委託先の開示により競合医薬品の開発がどの程度早まるおそれがあるのかについて,1審被告及び1審被告参加人から何ら具体的な主張立証がないから,本件実験施設特定情報は情報公開法5条2号イの不開示情報には該当しない,②本件実験施設特定情報は,実験の信頼性を示す上で最も基本的な情報であり,イレッサの安全性評価という見地から開示されるべき利益があるのに対し,不開示により守られるべき利益があるとしても,それは財産的なものにとどまり,開示により不利益が生ずる蓋然性も極めて乏しく,開示により得られる利益が不開示により守られる利益を上回っているから,本件実験施設特定情報は同号ただし書により開示すべきであるなどと主張する。

しかしながら,同じ動物実験であっても,その経験が豊富で技術レベルの高い施設に対して実験を委託した方が質の高い実験結果を迅速かつ的確に得られることになることは明らかであるから,本件実験施設特定情報が開示された場合には,他の製薬会社は,競合医薬品の開発に係る動物実験を当該施設に依頼することによって,当該競合医薬品の開発期間をより短縮することが可能となり,当該競合医薬品を早期に販売することができることになる反面,1審被告参加人グループは,イレッサの売上げ・利益の減少という影響を受けることになり,その競争上の地位が害されるおそれがあるというべきであって,1審原告らの上記①の主張は採用することができない。

また,本件実験施設特定情報は,その開示がされたとしても,本件毒性試験に関与した施設が特定されることになるだけであって,そのことから直ちに本件毒性試験の正確性や信憑性の検証が可能となるわけではなく,逆に,その開示がなければ,イレッサの安全性の評価ができないという関係にある情報でもないから,本件実験施設特定情報は情報公開法5条2号ただし書には該当しないというべきであって,1審原告らの上記②の主張も採用することができない。

(2)  本件試験責任者等特定情報の不開示情報該当性について

当裁判所も,本件試験責任者等特定情報は,情報公開法5条1号の不開示情報に該当するものと判断する。その理由は,原判決19頁10行目から同20頁9行目まで(「(2)」の項)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決20頁7行目の「(なお,」から同頁9行目の「ととする。)」までを削除する。

1審原告らは,当審において,①試験責任者等は,医者又はこれに準ずる医療関係の専門職(獣医師,薬剤師等)であるはずであって,公的な申請の裏付けとなるという意味で公益性の高い試験の実施又は報告について責任を持つ者であるから,その氏名等は,情報公開法5条1号ただし書イの「慣行として公にすることが予定されている情報」に当たるというべきであり,情報公開・個人情報保護審査会の答申(4例)においても,医師又はこれに準ずる人の生命,健康にかかわる専門職の氏名等は,慣行により公表され,又は公表が予定されている情報として取り扱われている,②動物実験の実施又は分析に関与した研究者は,当該動物実験の結果を論文等で公表するに際し,少なくともその氏名を明らかにしているから,この点からも,研究者の氏名は,上記「慣行として公にすることが予定されている情報」に当たるというべきである,③本件試験責任者等特定情報は,その社会的活動において表示されたものであり,情報公開法5条1号の趣旨とする個人のプライバシー保護という面からみると,不開示により守られるべき利益はほとんどないというべきであるから,同号ただし書ロにより開示すべきであるなどと主張する。

しかしながら,試験責任者等や動物実験の実施等に関与した研究者の氏名等を公開するものとする慣行があると認めるに足りる証拠はないし,1審原告らが指摘する情報公開・個人情報保護審査会の答申(4例)は,以下のとおり,いずれも本件とは事案を異にするものであるから,上記の運用実例等を根拠として本件試験責任者等特定情報が「慣行として公にすることが予定されている情報」に当たると解することはできないというべきである。すなわち,上記答申例のうち,(ア)「a病院の勤務時間報告書及び当直日誌の一部開示決定に関する件」に関する平成13年12月12日付け答申は,同病院で診療に従事していた公務員たる医師の氏名が職員録や病院内の掲示によって明らかにされているなどから,当該医師の氏名を開示すべきであるとしたものであり,(イ)「労災認定に係る局医の氏名等を記載したリストの不開示決定に関する件」に関する平成14年1月25日付け答申は,労災保険給付などの行政処分に関する医学的な判断を提供していた非常勤の公務員(中央労災医員)の氏名,委嘱年月日等を労災保険行政の透明性確保の観点等から開示すべきであるとしたものであり,(ウ)「労災協力医名簿の一部開示決定に関する件」に関する平成19年3月2日付け答申も,②と同様に,非常勤の公務員である労災協力医の名簿を労災保険行政の透明性確保の観点等から開示すべきであるとしたものであり,(エ)「柔道整復師に対する行政処分の命令書の一部開示決定に関する件」に関する平成14年3月11日付け答申は,医師等の免許取消し等の行政処分においては,その氏名等が公表されていることから,同じく医療の専門職である柔道整復師の行政処分においても,その氏名等を開示すべきであるとしたものであると解されるところ(弁論の全趣旨),本件は,民間企業において医薬品の研究開発等に従事している者の氏名等の開示が問題となっている事案であり,また,その氏名等が一般に明らかにされているような事情も認められないのであるから,上記答申例とは事案を異にしていることが明らかである。したがって,1審原告らの上記①及び②の主張は採用することができない。

また,本件試験責任者等特定情報が,情報公開法5条1号の趣旨とする個人のプライバシー保護という面からみると,不開示により守られるべき利益がほとんどないなどとは到底いえないし,本件試験責任者等特定情報も,その開示がされたとしても,本件毒性試験に関与した個人が特定されることになるだけであって,そのことから直ちに本件毒性試験の正確性や信憑性の検証が可能となるわけではなく,逆に,その開示がなければ,イレッサの安全性の評価ができないという関係にある情報でもないから,本件試験責任者等特定情報は同号ただし書ロには該当しないというべきであって,1審原告らの上記③の主張も採用することができない。

(3)  本件日付情報及び本件査察情報の不開示情報該当性について

証拠(乙21,22,58ないし63,丙10,23,25)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

ア 我が国においては,一般に,新薬1品目当たり200億円から300億円もの研究開発費用を要するものとされており,この研究開発費が製薬会社の総売上高に占める比率は,8.6%であって,他の産業に比べて高い比率を示している。

イ 新薬の開発には,基礎研究から新薬の承認を得るまでに9年から17年という長い年月を要するものとされているが,新薬の開発成功率は,わずか1万2076分の1にすぎず,新薬の研究開発は,非常に大きなリスクを伴っている。

ウ 厚生労働省は,医薬品の承認申請等のために必要となる安全性に関する試験の標準的な実施方法として,「医薬品毒性試験法ガイドライン」(丙10号証。以下「毒性試験ガイドライン」という。)を示しているが,毒性試験ガイドラインにおいては,単回投与毒性試験,反復投与毒性試験等の各試験について投与期間を含めた一般的な試験方法が記載されているにとどまり,各試験の実施のタイミングや順序等については,特段の記載がされていない。

エ 上記アのとおり,新薬の開発には多額の資金と長い年月を要することから,製薬会社にとっては,新薬の有効性・安全性を確認しながら,いかにして必要な試験を早期にかつ効率的に実施するかという開発戦略が,新薬開発の成否とスピードを左右している。

オ そこで,製薬会社は,新薬の有効性・安全性の確保とその早期開発という相反する要請の調和を図るため,自社のノウハウに基づき,新薬の特性や事前に得られた試験の結果等も踏まえて,ケース・バイ・ケースで試験スケジュールを策定し,試験の中止や試験計画の再考という開発の長期化をもたらすリスクの回避を図りつつ,各試験を実施するタイミング,順序等を決定している。

カ 特に,イレッサのような分子標的治療薬という新しいタイプの抗癌剤については,市場規模の拡大が予測されて注目を集め,開発競争が激化していることから,製薬会社にとっては,新たな分子標的治療薬の開発とその開発期間の短縮が極めて重要な課題となっている。

以上の事情及び証拠(乙62,丙23,25)によれば,製薬会社は,新薬の早期の開発・販売を実現すべく,過去の経験や実績,技術等を駆使して,新薬の有効性・安全性の確保とその開発の迅速化という要請の調和を図るとともに,試験の中止や試験計画の再考という開発の長期化をもたらすリスクを回避しながら,毒性試験相互のタイミング,順序等を独自に策定しているのであって,その内容及びそれを構築するための技術は,当該製薬会社のノウハウということができる。そして,本件日付情報が開示されると,毒性試験ガイドラインには記載されていないイレッサに関する毒性試験の早期実施に関する1審被告参加人グループのノウハウが明らかとなり,他の製薬会社がイレッサの競合医薬品を開発する際に,毒性試験の実施に要する期間を短縮し,その結果,当該競合医薬品の承認に至るまでの期間をより短縮することが可能になるものと考えられ,これにイレッサのような新薬の開発競争が激化している状況にあることも考え併せるならば,本件日付情報の開示は,1審被告参加人グループの競争上の利益を害するおそれがあるものというべきである。

また,毒性試験において医薬品の安全性が確認された後に行われる信頼性保証部門責任者による査察についても,法令等にその時期や項目について特段の定めがなく,製薬会社が,その経験等によって蓄積された自社のノウハウに基づき,独自に,その時期や項目を定めているものと認められるところ(丙23,25,弁論の全趣旨),本件査察情報が開示されると,信頼性保証部門責任者による査察のタイミングと頻度及びその査察項目が明らかになり,それによって毒性試験の全体像が時系列的に示されることにつながるから,本件日付情報が開示された場合と同様に,他の製薬会社によるイレッサの競合医薬品の開発期間の短縮を可能ならしめ,1審被告参加人グループの競争上の地位を害するおそれがあるものというべきである。

したがって,本件日付情報及び本件査察情報は,情報公開法5条2号イの不開示情報に該当するものと認めるのが相当である。

これに対し,1審原告らは,当審において,本件日付情報等の開示によって競合医薬品の開発が早まったとしても,既にイレッサは販売されているから,その総販売量に大きな影響が生ずるとは考えられないとか,イレッサは,その販売後に予想外の重篤な副作用を多数発生させた薬であるから,医薬品の開発の迅速化についての「ノウハウ」は保護の必要性が乏しいなどと主張するが,本件日付情報等の開示によってイレッサの競合医薬品の開発及び販売の時期が早まれば,必然的にイレッサの売上げ・利益の減少という影響が生ずることは避け難く,1審被告参加人グループの「正当な利益」が害されるおそれがあることから,1審原告らの上記主張は採用することができない。

なお,本件日付情報及び本件査察情報は,それらの開示がされたとしても,イレッサに係る毒性試験相互のタイミング,順序等の時系列が特定されることになるだけであって,そのことから直ちに本件毒性試験の正確性や信憑性の検証が可能となるわけではなく,逆に,それらの開示がなければ,イレッサの安全性の評価ができないという関係にある情報でもないから,本件日付情報及び本件査察情報は情報公開法5条2号ただし書には該当しないというべきである。

2  本件対象文書②から④までの不開示情報該当性について

(1)  情報公開法5条2号イの該当性について

当裁判所も,本件対象文書②から④までは,申請資料概要等によって既に公表されている部分とそうでない部分とを区別することなく,それぞれ一体のものとして,その全体が情報公開法5条2号イの不開示情報に該当するものと判断する。その理由は,原判決21頁18行目から同25頁26行目まで(「(2)」の項から「(6)」の項まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

1審原告らは,当審においても,481号通達の趣旨からすれば,先発医薬品の再審査期間中における後発医薬品の承認申請に当たっては,先発医薬品の承認申請の添付資料を流用することは許されず,別個独立の治験データを提出しなければならないから,本件対象文書②から④までが開示されたとしても,それをそのまま後発医薬品の承認申請の添付資料として利用することなどできないと主張する。しかしながら,引用に係る原判決が判示するように,481号通達は,先発医薬品と同一性を有する後発医薬品の承認申請における添付資料の内容や入手方法について特段の制限を設けていないから,先発医薬品の承認申請の添付資料を後発医薬品の承認申請の添付資料として利用することができないわけではない(もちろん,先発医薬品の承認申請の添付資料を後発医薬品の承認申請の添付資料として利用することができるということと,先発医薬品の承認申請の添付資料のみで後発医薬品の製造等が承認されるかということとは,別問題である。)。そうすると,本件対象文書②から④までが開示されると,イレッサの競合医薬品の承認申請を行う他の製薬会社にとっては,これを添付資料として利用することによって,独自に添付資料を収集する費用や労力を節約して,競合医薬品について早期に承認を得る可能性が高まるものと考えられるから,その結果,1審被告参加人グループにとっては,イレッサの売上げ・利益の減少という具体的な影響が生じ,その競争上の地位が害されるおそれがあることは明らかであって,1審原告らの上記主張は採用することができない。

なお,1審原告らは,当審において,情報公開法5条2号イの該当性が認められるためには,情報の開示により法人等の具体的・実質的な利益侵害が相当の蓋然性をもって予測されることが必要であって,観念的・形式的な利益侵害のおそれが存在することのみでは足りないと解すべきであるとも主張するが,情報公開法は,開示請求の主体を「何人も」としているから,情報公開法5条2号イの該当性の判断に当たっては,当該情報の一般的な性質に基づき,これが公にされた場合に,当該法人の権利,競争上の地位その他正当な利益に対し,どのような影響を及ぼす蓋然性があるかを客観的に判断すれば足りるというべきであって,1審原告らの上記主張は,採用することができないし,また,本件においては,前示のとおりイレッサの売上げ・利益の減少という1審被告参加人グループの具体的・実質的な利益侵害が相当の蓋然性をもって予測されるから,1審原告らの主張する立場に立ったとしても,情報公開法5条2号イの該当性が認められるというべきである。

(2)  情報公開法5条2号ただし書の該当性について

当裁判所も,本件対象文書②から④までは,情報公開法5条2号ただし書には該当しないものと判断する。その理由は,原判決26頁3行目から同30頁24行目まで(「(1)」の項)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決26頁17行目から18行目までを削除し,同28頁16行目の「証拠はない。」の次に「1審原告らは,「治験の総括報告書の構成と内容に関するガイドライン」(甲37号証。以下「治験報告書ガイドライン」という。)によれば,臨床試験報告書には死亡例や有害事象例についての分析や考察を記載すべきことが定められ,それらの例に関する患者データ一覧や症例記録を添付すべきこととされているから,治験報告書ガイドラインの存在からしても,本件対象文書②から④までには中止例や有害事象例の評価に関する詳細な情報が含まれていることは明らかであると主張するが,治験報告書ガイドラインは,治験の総括報告書を作成するに当たっての標準的な方法あるいは指針を示したものであって,当然のことながら,治験の規模等によっては,異なった方法による報告書の作成も許容されている(治験報告書ガイドラインは,序文の末尾(甲37号証,5頁)において「非常に大規模な治験の場合には,本ガイドラインの規定のいくつかが実際的でなかったり不適切であるかもしれない。そのような治験の計画時や報告時には,審査当局と連絡をとり,適切な報告書の書式について協議することが奨励される。」と記載している。)から,治験報告書ガイドラインの存在をもって,直ちに申請資料概要等に記載されているよりも詳細かつ具体的な判断根拠が本件対象文書②から④までに記載されているものと推認することはできない。」を加え,同30頁7行目の「上記(3)」を「上記(ア)」と改める。

なお,1審原告らは,当審において,情報公開法5条2号ただし書の規定は同号本文の不開示の原則に対する特別な例外的開示を規定したものではなく,同号は,本文(不開示)により保護される利益とただし書(開示)により保護される利益とを比較考量すべきことを規定したものと解すべきであるところ,本件対象文書②から④までは,承認審査におけるイレッサの有効性・安全性に関する最も基本的かつ重要な資料であり,多くの人の生命という人格的利益の中でも最も重要と考えられる利益に強くかかわるものであって,製薬会社の財産的利益よりも保護の要請が優越するものであるから,同号ただし書により開示すべきであるなどと主張するが,同号は,その構造上,本文に該当する情報は原則不開示として扱い,例外的にただし書に該当する情報(人の財産を保護するために必要な情報も含まれる。)を開示すべきこととしているのであって,人の生命,健康等といった人格的利益にかかわりあいがあれば,法人等の財産的利益に直ちに優越することを規定しているものではない。

3  結論

以上によると,本件対象文書①の開示請求部分及び本件対象文書②から④までは,情報公開法5条1号本文又は同条2号イの不開示情報に該当し,かつ,同条1号ただし書及び同条2号ただし書の例外的に開示すべき情報には該当しないから,これらの部分及び文書に係る本件不開示決定には違法はない。

そうすると,1審原告らの請求は理由がないから,原判決中,本件不開示決定のうち本件対象文書①の本件日付情報及び本件査察情報に係る部分を取り消した部分の取消しを求める1審被告及び1審被告参加人の控訴は理由があるが,1審原告らの控訴は理由がない。

よって,1審被告及び1審被告参加人の控訴に基づき,原判決中の上記部分を取り消して,その取消しに係る部分の1審原告らの請求をいずれも棄却するとともに,1審原告らの控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宗宮英俊 裁判官 坂井満 裁判官 原優)

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