東京高等裁判所 平成19年(行コ)97号 判決 2008年2月20日
主文
1 原判決主文1項及び4項を次のとおり変更する。
(1) 麹町税務署長がP1に対して平成14年3月29日付けでした同社の平成10年7月1日から平成11年6月30日までの事業年度の法人税についての決定処分及び無申告加算税賦課決定のうち,所得金額81億4349万8803円,納付すべき税額28億0874万6800円及び無申告加算税額4億2131万1000円を超える部分をいずれも取り消す。
(2) 控訴人東京国税局長が被控訴人P2に対して平成14年6月7日付けでした納税者P1の滞納国税に係る第二次納税義務による納付告知処分のうち,第二次納税義務者として納付すべき限度の額69億0074万0400円を超える部分(ただし,納付限度額について,同16年1月29日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。
(3) 被控訴人P2のその余の各請求をいずれも棄却する。
2 控訴人江東西税務署長及び控訴人品川税務署長事務承継者渋谷税務署長の各控訴をいずれも棄却する。
3 被控訴人P3株式会社と控訴人江東西税務署長との間に生じた控訴費用は同控訴人の,被控訴人P2と控訴人品川税務署長事務承継者渋谷税務署長との間に生じた控訴費用は同控訴人の各負担とし,被控訴人P2と控訴人国及び控訴人東京国税局長との間で生じた訴訟費用は,第1審,2審を通じ,これを5分し,その2を同控訴人らの負担とし,その余を被控訴人P2の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
1 本件は,株式の譲渡を巡る課税処分の適法性が争われた事案であり,その譲渡関係は,次のとおりである。
a 平成9年6月23日,被控訴人P2が,P4株式会社(以下,同社を「P4」といい,その株式を「P4株式」という。)に対し,株式会社P5の株式(以下,同社を「P5」といい,その株式を「P5株式」という。)3万6000株を代金9億0644万4000円(1株当たり2万5179円)で譲渡した(「本件P5株式譲渡」と略称する譲渡)。
b 平成11年1月12日,オーストラリア連邦法人であるP1が,被控訴人P2に対し,P4株式600株を代金13億8000万円(1株当たり230万円)で譲渡した(「本件譲渡1」と略称する譲渡)。
c 平成11年2月2日,被控訴人P2が,被控訴人P3株式会社(以下「被控訴人会社」という。)に対し,P4株式600株を代金121億9178万2800円(1株当たり2031万9638円)で譲渡した(「本件譲渡2」と略称する譲渡)。
d 平成11年2月2日,P6外3名が,被控訴人会社に対し,各人が有するP4株式合計100株を代金合計20億3196万3800円(1株当たり2031万9638円)で譲渡した(「本件譲渡3」と略称する譲渡)。
上記のような株式の譲渡関係の下で,本件は,
(1) 麹町税務署長が,P1に対して,本件譲渡1におけるP4株式の譲渡価額は時価に比し低額であるから,譲渡時の適正な価額と譲渡価額との差額相当額が法人税法142条によって準用される同法22条2項に規定する「収益の額」として,「当該事業年度の益金の額」に算入され,低額譲渡に係る譲渡価額と適正な価額との差額が,同法142条によって準用される同法37条7項(平成14年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく譲渡の対価の額と譲渡時における価額との差額として寄附金の額に算入されるとして,法人税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を行い,さらに,控訴人東京国税局長(以下「控訴人国税局長」という。)が,被控訴人P2に対して,本件譲渡1は,国税徴収法(以下「徴収法」という。)39条にいう著しく低い額の対価による譲渡に当たるとして,第二次納税義務の納付告知処分を行ったのに対して,被控訴人P2が,本件譲渡1は,株式の売買という法形式が採られているものの,その実質は,被控訴人会社の株式公開の円滑な実現を目的とした,P5株式の一時的な預託行為の一部としての株式の返還にほかならず,本件譲渡1が適正な価額より低い対価をもってする低額譲渡に当たらず,処分行政庁である麹町税務署長がP1に対してした法人税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分は違法であると主張して,控訴人国に対して,これらの処分の取消しを求め(原裁判所平成18年(行ウ)第227号事件,以下「第4事件」という。),また,本件譲渡1の譲受け価額は徴収法39条にいう著しく低い額の対価に当たらないなどと主張して,控訴人国税局長に対して,上記第二次納税義務納付告知処分の取消しを求め(原裁判所平成16年(行ウ)第167号事件,以下「第1事件」という。),
(2) 品川税務署長が,被控訴人P2がP1から本件譲渡1の譲受け価額が適正な価額に比して低額で,譲受け価額と適正な価額との差額が所得税法36条1項に規定する経済的利益に当たり,一時所得に該当するとして,所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったのに対し,被控訴人P2が,本件譲渡1の譲受け価額は適正な価額より低い対価をもってする資産の譲受けに当たらないなどと主張して,控訴人品川税務署長事務承継者渋谷税務署長(以下「控訴人渋谷署長」という。)に対して,これらの処分の取消しを求め(原裁判所平成16年(行ウ)第168号事件,以下「第2事件」という。),
(3) 控訴人江東西税務署長(以下「控訴人江東西署長」という。)が,被控訴人会社が控訴人P2外4名からそれぞれ譲り受けた本件譲渡2及び本件譲渡3の譲受け価額が適正な価額に比して低額であるとして,譲受け価額と適正な価額との差額が法人税法22条に規定する益金(受贈益)に当たるとして,被控訴人会社に対し,法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたのに対して,被控訴人会社が,本件譲渡2及び本件譲渡3の譲受け価額は,税理士の評価に基づく適正な価額であって低額譲受けには当たらないなどと主張して,控訴人江東西署長に対して,これらの処分の取消しを求めた(原裁判所平成16年(行ウ)第169号事件,以下「第3事件」という。)事案である。
2 原審は,本件譲渡1が,適正な価額より低い対価をもってする低額譲渡に当たらないと認定して,第1事件において,控訴人国税局長が被控訴人P2に対して行った第二次納税義務の納付告知処分を違法として取り消し,第2事件において,品川税務署長が行った上記所得税更正処分のうち所得税申告書に記載された額を上回る部分を違法とし,また,所得税更正処分に係る過少申告加算税賦課決定処分も違法としていずれも取り消し,第4事件において,本件譲渡1が低額譲渡に当たらない場合におけるP1の課税関係及びその計算根拠について主張及び立証はないとして,処分行政庁である麹町税務署長がP1に対して行った法人税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を違法として取り消した。また,第3事件においては,本件譲渡2及び本件譲渡3の譲受け価額が適正な価額に比して低額とはいえないと認定して,被控訴人会社に対する法人税更正処分等のうち所得金額555億2116万5839円,納付すべき税額214億3803万6200円を超える部分及び過少申告加算税額169万1000円を超える部分を違法として,いずれも取り消し,被控訴人会社のその余の請求を棄却した。
そこで,控訴人らが敗訴部分の取消しを求めて控訴した。
3 前提事実及び控訴人らが主張する被控訴人らの税額等については,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1項及び2項に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 争点
(1) P1に対する本件決定処分等の違法性(第4事件)
ア 本件譲渡1は,譲渡時におけるP4株式の適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲渡に当たり,譲渡時の適正な価額と本件譲渡1の代金との差額相当額が法人税法142条によって準用される同法22条2項に規定する「収益の額」として,「当該事業年度の益金の額」に算入され,低額譲渡に係る譲渡価額と適正な価額との差額が,同法142条によって準用される同法37条7項の規定により,寄附金の額に含まれるか。
イ 本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額を純資産価額方式によって算出する場合,
(ア) P4が所有するP5株式の評価においては,P5が所有する投資有価証券としての被控訴人会社株式の価額を,財産評価基本通達174(平成14年課評2-2,課資2-5による改正前のもの。以下「通達174」といい,財産評価基本通達を「評価通達」という。)の(1)のイ,ロのいずれを準用して評価すべきか。
(イ) P4株式の評価及びP4が所有するP5株式の評価において,評価差額(相続税評価額と帳簿価額との間の純資産価額の差額)に対する法人税額等相当額(法人税,事業税,都道府県民税及び市町村民税各税の各税額合計相当額,以下同じ。)を控除して1株当たりの純資産価額を算出すべきか。
(2) 被控訴人P2に対する本件納付告知処分の違法性(第1事件)
ア 本件譲渡1は,徴収法39条に規定する「著しく低い額の対価による譲渡」に当たるか。
イ P1の滞納国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められることが,本件譲渡1に基因すると認められるか。
ウ 本件納付告知処分が,本件所得税更正処分等とともに被控訴人P2に対する実質的な二重課税といえ,課税権を著しく濫用したものとして,違法といえるか。
(3) 被控訴人P2に対する本件所得税更正処分等の違法性(第2事件)
ア 本件譲渡1は,譲受時におけるP4株式の適正な価額より低い対価による資産の低額譲受けに当たり,譲受時の適正な価額と本件譲渡1の代金との差額相当額が所得税法36条1項に規定する「経済的な利益」といえるか。
イ (1)イ(ア)(イ)と同一。
ウ 本件所得税更正処分等が,本件納付告知処分とともに被控訴人P2に対する実質的な二重課税といえ,課税権を著しく濫用したものとして,違法といえるか。
(4) 被控訴人会社に対する本件法人税更正処分等の違法性(第3事件)
ア P7税理士の作成したP4株式の鑑定評価書(乙8。以下「P7評価書」という。)に基づいて定められた譲渡価額は,本件譲渡2及び本件譲渡3の時点におけるP4株式の適正な価額とはいえず,本件譲渡2及び本件譲渡3は,譲受時におけるP4株式の適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲受けに当たり,譲受時の適正な価額と本件譲渡2及び本件譲渡3の各代金との差額相当額が法人税法22条2項に規定する「収益の額」として,「当該事業年度の益金の額」に算入されるか。
イ 本件譲渡2及び本件譲渡3の時点におけるP4株式の適正な価額を純資産価額方式によって算出する場合,
(ア) P4が所有するP5株式の評価においては,P5が所有する投資有価証券としての被控訴人会社株式の価額を,通達174の(1)のイ,ロのいずれを準用して評価すべきか。
(イ) P4株式の評価及びP4が所有するP5株式の評価において,評価差額に対する法人税額等相当額を控除して1株当たりの純資産価額を算出すべきか。
5 当事者の主張
(1) 争点(1)(P1に対する本件決定処分等の違法性・第4事件)について
(控訴人国の主張)
ア 本件譲渡1は,譲渡時におけるP4株式の適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲渡に当たる。
(ア) 本件譲渡1の譲渡価額(1株当たり230万円)は,本件譲渡2及び本件譲渡3の譲渡価額(1株当たり2031万9638円)と比較しただけでも,譲渡時における適正な価額より低い対価をもってされたことは明らかである。
(イ) 最高裁平成6年(行ツ)第75号同7年12月19日第三小法廷判決・民集49巻10号3121頁(以下「最高裁平成7年判決」という。)が判示するように,法人税法上の資産の低額譲渡とは,資産を「譲渡時における適正な価額より低い対価をもって」譲渡することをいうのであるから,当該譲渡における具体的な譲渡価額とその資産の「譲渡時における適正な価額」と比較検討して判断すべきであり,「適正な価額」とは,当該財産につき,不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額(客観的交換価値)と解すべきであり,結局時価相当額を意味する。
(ウ) 法人税法22条2項の趣旨が適正な価額で取引を行った者との間の税負担の公平の確保・維持にあることや,資産の担税力が時価相当額と認められることからすれば,法人が資産を他に譲渡した場合,譲渡者たる法人において,流入した経済的価値が譲渡時における適正な価額の一部である場合には,流入した経済的価値に加えて当該資産の適正な価額との差額も,同項の定める益金に算入されることになる。そして,この益金の額は,譲渡にかかる資産自体の客観的な交換価値を基準として算定すべきであって,再売買予約という特約を考慮することは許されない。
(エ) したがって,本件譲渡1の時点におけるP4株式600株の適正な価額が,本件譲渡1の譲渡価額を上回るときには,法人税法142条によって準用される同法22条2項により,その適正な価額を,P1の平成11年6月期の所得の金額の計算上,本件譲渡1によりP1に生じた収益の額として,益金の額に算入すべきであり,低額譲渡に係る譲渡価額と適正な価額との差額が,同法142条によって準用される同法37条7項の規定により,寄附金の額に含まれることになる。
(オ) 本件譲渡1は,株式の売買であり,それ自体独立した課税要件充足行為であって,次のAからFのとおり,被控訴人P2が主張するような再売買予約付き譲渡契約に基づく義務の履行と位置づけることはできない。
A 本件P5株式譲渡は被控訴人P2とP4との取引であり,本件譲渡1はP4株式についての被控訴人P2とP1との取引であって,両取引は,売買の当事者も目的物も異なるのであるから,被控訴人P2が主張するところの再売買予約があったとは認められず,もとよりその履行でもない。
B 「MEMORANDUM」と題する文書(甲21の1。以下「覚書1」という。)は被控訴人P2,P8及びP9との間で,「Agreement」と題する文書(甲21の2。以下「覚書2」という。)は被控訴人P2とP8との間でそれぞれ交わされているのであって,いずれにおいてもP4又はP1の法人としての意思表示はされていないから,覚書1又は覚書2の合意が被控訴人P2とP4又は被控訴人P2とP1との間で有効に成立したものとはいえない。
C また,本件P5株式譲渡に係る売買契約書(甲20。以下「P5株式売買契約書」という。)には,覚書1又は覚書2についての記載がない上,覚書1及び覚書2は,本件P5株式譲渡の3か月後である平成9年9月17日に作成されたものであること,本件譲渡1は,被控訴人P2とP1との間の取引であるのに対して,P5株式の売買契約並びに覚書1及び覚書2がP1以外の者を当事者として締結されていることをも併せ考えれば,被控訴人P2が主張するようにP5株式の売買契約が再売買予約付きで締結され,これが被控訴人P2,P4及びP1の三者間で成立したとは解し得ない。
D P1においては,名義上の取締役が必要だった合理的理由は存在しないのであるから,P8が本件譲渡1の時点に,P1の事実上の業務執行取締役であったと認めることはできない。また,P8がP1の実質株主であることを明らかにする客観的な根拠は何ら示されていないばかりか,P1の会社履歴情報抜粋の記載,P9とP10との間にP1株式の売買契約が存在すること,P1からP9に平成10年9月に18万オーストラリアドルの配当金が支払われていることなどを考慮すると,P10とP6がいずれもP1の実質株主であると認められ,P8が実質株主であったと認めることはできない。したがって,P8が,本件譲渡1の時点においてP1の実質株主ないし実質的支配者であったとは認められない。
E 仮に,覚書1,2による再売買予約が被控訴人P2,P4及びP1の三者間で成立していたとしても,覚書1,2と同時に作成された「Agreement」と題する文書(乙24。以下「覚書3」という。)によれば,被控訴人P2とP8は,覚書1,2において合意したP4株式の譲渡価額について,日本の国税当局に否認される可能性を予想し,その場合にはその売買価格を変更して差額を支払うことを予定していたことが認められるから,P4株式の再売買価格なるものが,本件P5株式譲渡の時点においてはもちろん,覚書1ないし覚書3の作成時点においても13億8000万円に確定したものではなかったことは明らかである。
F P4は,P5の発行済株式の100パーセントを所有しているのであるところ,P6らに対するP4株式の第三者割当増資に伴い,P1が間接的に所有するP5株式の割合は100パーセントから約85.7パーセントに減少することとなり,本件譲渡1によっても,被控訴人P2が間接的にP5株式の全部を買い戻すことはできなくなる。仮に,被控訴人P2が,P1との間の取引によって,間接的にP5株式の全部を買い戻すことができるとしても,それは,P1がP4の発行済株式の100パーセントを所有していることが前提となる。したがって,上記前提を欠いた本件譲渡1が,再売買予約付き譲渡契約に基づく譲渡であると解することはできない。
イ 本件譲渡1によってP1から被控訴人P2に譲渡されたP4株式の適正な価額(時価)は,法人税基本通達9-1-14(4),9-1-15(平成12年課法2-7による改正前のもの。以下同じ。)並びに評価通達185(平成12年課評2-4,課資2-249による改正前のもの。以下「通達185」という。)の定めに従い,純資産価額方式によって算定すべきであり,その評価時点は,本件譲渡1の時点,すなわち平成11年1月12日時点ということになる。
ウ 本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額を純資産価額方式によって算出する場合,P4がP5株式を介して間接所有する被控訴人会社株式は,通達174の(1)ロを準用して評価すべきであり,被控訴人会社株式の適正な価額(時価)は,本件譲渡1の時点である平成11年1月12日のP11協会により公表されている被控訴人株式の高値3330円及び安値3000円の平均値である3165円となる。
(ア) 本件譲渡1の時点において,P4は,P5株式を介して被控訴人会社株式を間接的に所有していたことから,P4株式の評価を純資産価額方式で行う場合には,本件譲渡1の時点における被控訴人会社株式の適正な価額を算定する必要があるが,被控訴人会社は,当時店頭銘柄として登録されていたことから,法人税基本通達9-1-14(4),9-1-15の定めを準用し,通達174を準用して評価することになる。通達174は,気配相場のある株式の評価についての定めであり,同(1)イにおいては,登録銘柄及び店頭管理銘柄の評価額について,P11協会により公表されている課税時期の取引価格によって評価することを原則としつつ,そのただし書において「その取引価格が課税時期の属する月以前3か月間の毎日の取引価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額を超える場合には,その最も低い価額によって評価する」と定めている。このただし書が設けられている趣旨は,偶発的な財産の無償取得である相続や贈与においては,課税要件事実が臨時偶発的に発生するため課税時期を選べず,株式の時々の値動きの影響が偶発的に作用することに配慮し,一定の期間における取引価格の実勢をも考慮することとしたものである。
しかし,負担付贈与又は個人間の対価を伴う取引により取得した登録銘柄及び店頭管理銘柄の評価額については,負担付贈与等による財産の取得は,一般の売買取引に準じた対価を伴う経済取引行為であり,一般の相続や贈与による財産の取得のような偶発的な無償取引であること等に配慮した評価上のしんしゃくは不要であると考えられることから,評価上のしんしゃくを行わず,原則的な評価方法であるP11協会により公表されている課税時期の取引価格によって評価することとしている(通達174の(1)ロ)。
(イ) 被控訴人会社は,被控訴人会社株式の適正な価額(時価)の算定に当たっては,評価上のしんしゃく又は評価の安全性を考慮すべきであり,通達174の(1)イただし書により,本件譲渡1が行われた月以前3か月間の毎日の取引価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額とP11協会により公表されている課税時期の取引価格のうち,低い価額により評価すべきである旨主張する。
しかしながら,通達174の(1)イにただし書が設けられている趣旨は,上記(ア)のとおりであり,本件譲渡1のような一般の売買取引については,通達174の(1)ロの場合に当たり,相続や贈与による財産の取得のような無償取引の偶発性に配慮した評価上のしんしゃくは不要であるから,被控訴人会社の主張は理由がない。
(ウ) 被控訴人P2は,第三者割当増資,株式交換及びTOB等を行う場合の株式の価格決定に,一定期間の取引相場の平均値が用いられた事例が多いことを根拠として,被控訴人会社株式の評価方法として,3か月間の取引価格の平均値を用いる方法,具体的には,平成10年10月22日から,本件譲渡2及び本件譲渡3に係る取締役会決議の日の前日である同11年1月21日までの3か月間の被控訴人会社株式の取引価格の平均値により評価すべきである旨主張する。しかしながら,そもそも,本件譲渡1は,P1と被控訴人P2との間の相対の売買取引であり,第三者割当増資等を行う場合と同列に扱うべきではない。すなわち,第三者割当増資等を行う場合の株式の価格決定に,一定期間の取引相場の平均値が用いられた事例が存在し,仮に,それが,被控訴人P2が主張するように,株価は,会社の業績のほか,為替や金利といった経済的要因,政局や天災といった経済的要因以外の要因,そのほか市場関係者の思惑といった種々雑多なものの影響を受け,時に急激に値を上げ,あるいは値を下げることがあるため,そのような不安定要素を排除する目的から,一時点ではなく一定期間の平均値を用いることが一般化しているとしても,これは,利害関係の相反する当事者間の取引を前提としているのであって,そのことを根拠に,いわゆる特殊関係のある当事者間の相対取引における上場株式の適正な価額(時価)を3か月の株価の平均によって算定すべきであるという結論は,直ちには導かれないのであって,被控訴人P2の主張は理由がない。そして,一定期間の株価の平均値は,あくまでも,一定期間における株式の取引価格の中間的な値でしかなく,取引時点の適正な価額(時価)とはいえないから,本件譲渡1の時点における被控訴人会社株式の適正な価額(時価)の算定に当たり,3か月間の取引価格の平均値を用いることはできない。
エ 本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額を純資産価額方式によって算出する場合,P4株式及びP4が所有するP5株式の純資産価額の算出において,評価差額に対する法人税額等相当額を控除しないで算出すべきである。
(ア) 被控訴人らは,最高裁平成14年(行ヒ)第112号同17年11月8日第三小法廷判決・裁判集民事218号211頁(以下「最高裁17年判決」という。)及び最高裁平成16年(行ヒ)第128号同18年1月24日第三小法廷判決・裁判集民事219号285頁(以下「最高裁18年判決」といい,最高裁17年判決と併せて「本件各最高裁判決」という。)の判示は,平成12年通達改正前のすべての取引における取引通念においても妥当することを明らかにしたものであり,平成11年に行われた本件譲渡1ないし3にも妥当するものであるとして,P4株式の純資産価額の算定に当たっては,評価差額に対する法人税額等相当額を控除すべきである旨主張する。
(イ) 本件各最高裁判決は,所得税基本通達については平成12年課資3-8,課所4-29による改正により,法人税基本通達については平成12年課法2-7による改正により,所得税及び法人税の課税における1株当たりの純資産価額の評価に当たり法人税額等相当額を控除しないことが規定されるに至ったのであって,この改正前に行われた株式の取引時点において,通達185が定める1株当たりの純資産価額の算定方式のうち法人税額等相当額を控除する部分が,所得税課税あるいは法人税課税における評価に当てはまらないということを関係通達から読み取ることが,一般の納税義務者にとって不可能である旨判示した。
しかしながら,本件各最高裁判決は,純資産価額の算定に当たって法人税額等相当額を控除すべきとする判断が,これが平成12年通達改正前のすべての取引における取引通念として妥当することを明らかにしたものではなく,「法人税額等相当額を控除することが通常の取引における当事者の合理的意思に合致しない」場合,ひいては,法人税額等相当額を控除することに「課税上の弊害がある」場合には,法人税額等相当額を控除しないで算定された1株当たりの純資産額をもって,所得税基本通達23~35共-9(4)(平成10年課法8-2,課所4-5による改正前のもの),又は,法人税基本通達9-1-14(4)にいう「1株当たりの純資産額等を参酌して通常取引されると認められる価額」に当たる余地があることを判示しているものと解すべきである。本件各最高裁判決は,昭和62年当時又は平成7年2月ころの「通常の取引における当事者の合理的意思」を踏まえて判断したものであり,これと異なる当事者の合理的な意思が認められる場合には,異なった結論となるべきである。
(ウ) 最高裁18年判決にいう「通常の取引における当事者の合理的意思」というのは,評価の対象(課税処分の対象)となる非上場株式を所有又は売買した当事者の認識をいうのではなく,当該非上場株式の売買取引のうち評価の対象とならない(当該課税処分の対象取引とは別の)売買取引における当事者の認識をいうものであり,P4株式1株当たりの純資産額の評価において,法人税額等相当額を控除することが通常の取引における当事者の合理的意思に合致するか否かとの判断に当たって,本件譲渡1の各取引当事者の認識を考慮する必要はない。したがって,被控訴人P2は,本件譲渡1の当時,P1及び被控訴人P2に法人税額等相当額を控除しないことが適正な評価であることの認識は全くなかった旨主張するが,その主張自体が失当である。
(エ) 本件譲渡1がされた平成11年1月以前から,所得税課税に関し,取引相場のない株式の売買を行う場合の適正な価額(時価)の算定に当たって,法人税額等相当額を控除しないとする裁決例や裁判例が公表されていたこと,さらには,所得税基本通達の一般的な解説書である「所得税基本通達逐条解説」においても,所得税法36条2項に規定する収入金額の算定について定めた所得税基本通達23~35共-9の解説の中で同様の裁決例を紹介する解説が記載されていることから,本件譲渡1の時点において,法人税額等相当額を控除すべきでないと認識することは,一般の納税者にとって不可能ではなかったといえる。
(オ) また,本件譲渡1ないし3の当事者でないP7税理士が,平成10月12月当時においてP4株式の売買取引を行う場合の価額算定のために作成したP7評価書においても,法人税額等相当額を控除することなくP4株式の純資産価額を算定しているのであって,このことは,平成10年12月時点で,法人税額等相当額を控除することが当事者の合理的な意思に合致するものでなかったことを示しているといえる。のみならず,P7税理士は,被控訴人会社から平成9年5月20日時点におけるP5株式の価額算定の依頼を受けて,平成11年1月18日付けで作成した株式評価書(以下「P7評価書2」という。)でも,法人税額等相当額を控除することなく純資産価額の評価を行っており,平成10年12月当時,専門家である税理士の間では,非上場株式の売買取引を行う場合に,非上場株式1株当たりの純資産価額の評価において,法人税額等相当額を控除することが通常の取引における当事者の合理的意思に合致しないものとして取り扱われていたことは明らかである。
(カ) 以上のとおり,本件においては,P4株式の適正な価額(時価)を純資産価額方式で算定するに当たり,法人税額等相当額を控除しないことが,当事者の合理的意思に合致すると認められるのであり,本件各最高裁判決の判示に照らしても,本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額(時価)は,法人税額等相当額を控除しない純資産価額方式により算定すべきである。
(キ) 被控訴人P2は,P4株式の価額を純資産価額方式で評価するに当たり,通達185及び評価通達186-2(平成12年課評2-4,課資2-249による改正前のもの。以下「通達186-2」という。)に従って,P4が所有するP5株式の純資産価額の算出においても,法人税額等相当額を控除すべきである旨主張する。
しかしながら,P4は,子会社株式として,P5の全株式を所有しているところ,P4の所有するP5株式は,評価会社が有する取引相場のない株式に該当するから,評価通達によれば,その評価は,評価通達186-3(平成12年課評2-4,課資2-249による改正前のもの。以下「通達186-3」という。)の定めによることとなる。そして,通達186-3によれば,評価会社の資産のうちに取引相場のない株式があるときの純資産額の算出においては法人税額等相当額は控除しない旨定められているから,本件においても,通達186-3を準用し,P5株式の価額の算定に当たっては,評価差額に対する法人税額等相当額は控除すべきではない。
オ したがって,本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額(時価)は,別表6のとおり,1株当たりの評価額は2383万8082円となり,被控訴人P2の平成11年1月12日時点におけるP4株式所有数は600株であるから,当該株式の評価額は143億0284万9200円である。
(被控訴人P2の主張)
ア 本件譲渡1は,譲渡時におけるP4株式の適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲渡に当たらない。
(ア) 本件譲渡1は,その客観的な事実経過に照らすならば,P4株式の売買という法形式が採られているものの,その実質は,被控訴人会社の株式公開の円滑な実現を目的とした,P5株式の一時避難的な預託行為の一部(預託株式の返還)であることは明らかであり,これをその法形式に着目して経済的取引行為ととらえたとしても,この株式預託行為全体を一連の取引行為として見るべきことは当然である。
すなわち,被控訴人P2は,当時自らが代表者を務めていた被控訴人会社の株式公開の準備をしていたところ,役員が公開予定の会社と同業のP5の株式を所有することは公開の支障となるおそれがありP5株式を第三者に売却すべきである旨を株式公開の専門家から助言されたが,将来の事業の拡大を図る上でP5株式を手放すことは到底できないと考えたため,上記専門家の助言に従いつつP5株式を手放さないで済む方法として,P5株式を一時的に譲渡して被控訴人会社の株式公開後に買い戻すことを考案し,P4の代表者であるとともにP1の実質的な代表者であったP8に対し,事情を説明して一時的にP5株式をP4において所有してもらうことを依頼し,P8がこれを了解したことから,P1及びP4との間で再売買予約付き譲渡契約を締結するに至ったものである。したがって,本件P5株式譲渡とその返還方法として行われた本件譲渡1は,被控訴人会社の株式公開の円滑な実現を目的とした,P5株式の一時避難的な預託行為であり,本件P5株式譲渡と本件譲渡1は,一体的な取引行為である。
(イ) 本件譲渡1は,再売買予約付き譲渡契約に基づいてされた契約履行行為の一部分であり,より具体的にいうならば,主契約たる本件P5株式譲渡に付随してされた特約たる再売買予約に基づいてされたものである。そして,本件譲渡1が再売買予約付き譲渡契約に包含される特約に基づく法律行為であることは,契約を締結した当事者,とりわけ,契約を申し込んだ被控訴人P2の明確な意思より明らかであるが,その合意内容からも客観的に明らかということができる。
なぜなら,被控訴人P2は,P5株式をP4に対して売却するに当たり,将来,必ずこれを一定の金額で買い戻すことをP8との間で合意しているからである。すなわち,買戻しの金額や方法については,被控訴人会社及びP4の各株式公開の実現の有無によって変動する約定であったものの,再売買予約付き譲渡契約における特約は,あらゆる場合を網羅的に定めたものであるから,各株式公開の実現いかんにかかわらず,将来必ず買い戻すことは明確に合意されていたということができるのである。そして,現実には,被控訴人会社が株式公開を実現させ,P4が株式公開を断念したことから,再売買予約付き譲渡契約の特約②に基づき,これによって定められていた範囲内の譲渡価額にて本件譲渡1がされたのである。
したがって,本件譲渡1は,再売買予約付き譲渡契約に基づく義務の履行行為としてされたものであり,被控訴人P2にとっては上記買戻し義務を履行するものとして,また,P1にとっては上記売戻し義務を履行するものとして,行われたものである。
なお,再売買予約付き譲渡契約は,P4の代表者であるとともにP1の実質的な代表者であったP8の地位に照らし,被控訴人P2とP4とP1との3者間で成立した契約と解すべきであるが,これを被控訴人P2とP4との間で締結された契約であり,その特約部分の一部に第三者であるP1のためにする契約を包含するものと解したとしても,本件譲渡1が再売買予約付き譲渡契約に基づく債務の履行行為としてされたものであるとの点に変わりはないということができる。
(ウ) 課税は原則として私法上の法律関係に即して行われるべきであって,法人税法22条2項の収益の額を判断するに当たって,その収益が契約によって生じているときは,法に特別の規定がない限り,その契約の全内容,つまり特約等をも含めた全契約内容に従って収益の額を定めるべきであり,契約内容の主要な一部というべき再売買予約を考慮して,「適正な価額」を判断し,法人税法22条2項に規定する「収益の額」を判断すべきことは当然である。
(エ) 本件譲渡1は,合理的かつ相当な再売買予約付き譲渡契約に基づいてされたものであり,特約をも含めた全契約内容に従って定められた価額自体が適正な価額であって,適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲渡に当たらないことは明らかである。
(オ) 最高裁平成7年判決は,何らの特約もない株式の簿価における譲渡の事案について判示したもので,本件のように再売買予約特約が付されている譲渡契約に関する事案ではなく,事案の異なる本件には適用されない。
(カ) 本件のように再売買予約特約が付されている譲渡契約の事案においてまで,適正な価額とは時価であるとする控訴人らの主張自体が失当である。
イ したがって,譲渡価額と時価との差額が,法人税法142条によって準用される同法22条2項により,本件譲渡1によりP1に生じた収益の額として,算入されるべき「益金」に該当する余地はないし,低額譲渡に係る譲渡価額と適正な価額との差額は,同法142条によって準用される同法37条7項の規定する「実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額」に該当せず,寄附金の額に含まれることにもならない。
ウ 本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額を純資産価額方式によって算出する場合,P4がP5株式を介して間接所有する被控訴人会社株式は,通達174の(1)イを準用して評価すべきであり,P4が間接所有する被控訴人会社株式の適正な価額は,「その取引価格が課税時期の属する月以前3か月間の毎日の取引価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額を超える場合には,その最も低い価額によって評価」されることになる。
(ア) 通達174の(1)ロは,負担付贈与又は個人間の対価を伴う取引により取得した登録銘柄及び店頭管理銘柄の価額について,原則通り,課税時期の取引価格により評価すべきことを定めたもので,これを法人が株式を譲り受けた場合にも適用されると読み取ることは,一般人には到底不可能であり,P4が間接所有する被控訴人会社株式については,通達174の(1)イが適用されるというのが素直な解釈である。しかるに,控訴人国は,通達174の(1)ロを適用すべきとする。通達174の(1)ロが設けられた趣旨は,3か月の各月ごとの平均額のうちで最も低い価額によって評価され得ることを利用して,租税回避を図る事案が出てきたことを受けて,そのような事案については通常の評価額と異なる評価を可能とし,もって租税回避を防ぐことにあった。すなわち,同(1)イを原則とし,その原則を不当な租税回避に用いるケースについては,例外的に同(1)ロを適用することとしたのである。とすれば,同(1)ロが適用されるのは,不当な租税回避が行われるケースに限定すべきであって,上記通達が適用される範囲をむやみに広げ,本件のように法令を遵守して株式譲渡を行ったようなケースにまでこれを適用すべきではない。
(イ) 上記のとおり,控訴人国が主張する被控訴人会社株式の価格は,誤った通達の解釈に基づく点でまず問題であるが,取引実務にも反するものであり,およそ客観的交換価値すなわち時価とは認め難いものである。
実務の世界においては,株式の評価につき確立した評価方法が存在するわけではなく,不動産鑑定等と同じく,個々の専門家により評価額はおのずと異なってくるものである。ただ,上場株式を評価するに際しては,評価の安全性の観点から,一定期間の平均値を用いることが多い。すなわち,株価は,会社の業績のほか,為替や金利といった経済的要因,政局や天災といった経済外的要因,そのほかの市場関係者の思惑といった種々雑多なものの影響を受け,時に急激に値を上げ,あるいは値を下げることがあるため,そのような不安定な要素を排除する目的から,一時点ではなく一定期間の平均値を用いることが一般化しているのである。上場企業が行う第三者割当増資価格の算定,株式交換の比率の算定やTOB価格の算定の場面でも,一定の期間の平均値を採ることが一般的に行われ,既に定着した実務になっているのであって,被控訴人会社株式の価額の評価において,通達174の(1)ロを適用すべきとする控訴人らの主張は,通達の一方的解釈として許されないし,取引実務からも乖離するものである。
エ 本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額を純資産価額方式で算定する場合には,P4株式及びP4が所有するP5株式の純資産価額の算出において,評価差額に対する法人税額等相当額を控除すべきである。
(ア) 本件各最高裁判決によれば,「課税上の弊害」とは,法人税額等相当額を控除することが,評価において著しく不合理な結果を生じさせることである。具体的には,例えば,取引当事者双方が,当該株式の価額は,法人税額等相当額を控除しないで算定しなければ適正に評価できないことを認識しながら,意図的に法人税額等相当額を控除して価額を決定したというような価額設定過程における積極的意思ないし明白な認識がある場合に,そのような実情を無視して通達185の規定を機械的に適用して法人税額等相当額を控除して算定することは,当事者の合理的意思からかい離しており,ひいてはその評価が著しく不合理な結果を生じさせることとなり,所得税あるいは法人税の課税上弊害があることになると解される。
言い換えれば,当該取引についてこのような株式評価上の特別の事情がない限り,法人税額等相当額を控除して算定された純資産価額が一般に通常の取引における当事者の合理的意思に合致するというのが,本件各最高裁判決の判断の中核である。
(イ) 本件譲渡1においては,取引の当事者である被控訴人P2やP8が税務実務に通じているわけでははなく,実際の取引に当たって法人税額等相当額を控除しない意思やこれを控除しないのが適正な評価であるとの認識があるはずもない。本件譲渡1の取引の実情は,被控訴人P2がもともと所有していて一時的に他に譲渡していたP5株式に係る買い戻しの約束に基づいて取引されたものであることは明らかであり,譲渡価額を決定した要因は,平成9年2月の合意に基づく予めの約束であって,そこには通常の取引における時価によるという発想はそもそもなかったものである。本件譲渡1におけるP4株式の譲受価格は,被控訴人P2のP4に対する本件P5株式譲渡の価格を基準として,覚書1及び覚書2により,その150パーセント以内(最大額14億円)の範囲内で定められたものであり,本件譲渡1においては,P1及び被控訴人P2としては,結果において法人税額等相当額を控除して算定した価額よりずっと低い価額で取り引きする意思であったのである。そして,その価格決定の基になった税理士のP12(以下「P12税理士」という。)作成の鑑定評価書は,所有株式の時価の算定につき,法人税額等相当額を控除した価格及び簿価で算定している。
(ウ) このように,本件譲渡1の取引価額の決定の要因,背景等の取引の事情は,本件譲渡2及び本件譲渡3とは全く異なっており,本件譲渡1について,法人税額等相当額を控除した算定額で課税することが課税上の弊害を生じさせることにはならない。
(2) 争点(2)(被控訴人P2に対する本件納付告知処分の違法性・第1事件)について
(控訴人国税局長の主張)
ア 本件譲渡1は,徴収法39条に規定する「著しく低い額の対価による譲渡」に当たる。
上記(1)の控訴人国の主張アのとおり,本件譲渡1は,被控訴人P2が主張する再売買予約に基づいてされたものとはいえない。上記(1)の控訴人国の主張オのとおり,本件譲渡1の時点のP4株式600株の適正な価額は,143億0284万9200円であるから,被控訴人P2が同株式を13億8000万円で譲り受けたことは,徴収法39条に規定する「著しく低い額の対価による譲渡」に当たる。徴収法39条は,衡平の理念に基づいて,国税債権者と利益を享受している譲受人との調整を図ろうとするものであるから,たとえ,契約当事者間では相当な理由に基づいて資産の低額譲渡が行われた場合であっても,時価の1割にも満たない価額による譲渡がされることについて客観的に合理的な理由がなく,それによって,滞納者が納税できないような資産状態に陥ったときには,譲受人に第二次納税義務を課す必要性があることは明らかである。
イ ①本件譲渡1によってP1から被控訴人P2に譲渡されたP4株式の適正な価額(時価)は,法人税基本通達9-1-14(4),9-1-15並びに通達185の定めに従い,純資産価額方式によって算定すべきであり,その評価時点は,本件譲渡1の時点,すなわち平成11年1月12日時点であること,②本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額(時価)を純資産価額方式で算定する場合,P4が間接所有する被控訴人会社株式を,通達174の(1)ロを準用して評価すべきであり,P4株式及びP4が所有するP5株式の純資産価額の算出においては,評価差額に対する法人税額等相当額を控除しないで算出すべきであることについては,上記(1)の控訴人国の主張イからエまでと同一である。
ウ P1の滞納国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足が生じたのは,本件譲渡1に基因する。
(ア) 徴収法39条にいう徴収不足と無償譲渡等の処分との間の基因関係については,その無償譲渡等の処分がなかったならば,現在の徴収不足は生じなかったであろうという場合に認められるのであり,P1が本件納付告知処分時に,国内財産として61万円余の銀行預金しか財産を有していなかったことが認められ,主要な財産であるP4株式を著しく低い額の対価によって譲渡したために,そのような財産状況に至ったことが認められることからすれば,P1からの徴収不足は,本件譲渡1(P4株式の譲渡)に基因することが明らかである。
(イ) 徴収法39条に規定する徴収不足が無償又は著しく低い額の対価による譲渡に「基因すると認められるとき」とは,その無償又は著しく低い額の対価による譲渡がなかったならば,現在の徴収不足は生じなかったであろうということができれば足り,その判定は,第二次納税義務の納付告知をする時の現況によるべきものであることから,無償又は著しく低い額の対価による譲渡の行為の前に滞納国税が存在していたことを要すると解すべき理由ははない。
エ 本件納付告知処分は,本件所得税更正処分等とともに行っても,被控訴人P2に対する実質的な二重課税には当たらず,かつ,課税権の濫用とはいえない。
(ア) 本件において,被控訴人P2に課せられた第二次納税義務は,著しく低い額の対価による譲渡である本件譲渡1によって得た利益が存する限度で,P1の滞納国税の納税義務について納付責任を負わせるものであるのに対し,本件所得税更正処分等は,被控訴人P2自身の所得について税額を確定する処分であって,全く別の法律関係に基づくものであることから,二重課税とはいえない。このように全く異なる法律関係に基づいて,納付税額が多額に上ったからといって,これが課税権の濫用になるものではない。
(イ) また,第二次納税義務者が主たる納税義務者の滞納国税を納付した場合,第二次納税義務者は,主たる納税義務者に対する求償権の行使を認められていることに照らしても(徴収法32条5項),実質的な二重課税には当たらない。
(被控訴人P2の主張)
ア 本件譲渡1は,徴収法39条に規定する「著しく低い額の対価による譲渡」に当たらない。
本件譲渡1が徴収法39条にいう「著しく低い額の対価による譲渡」に当たるかどうかは,本件の取引の実態に即して契約の全内容から判断すべきところ,上記(1)の被控訴人P2の主張アのとおり,本件譲渡1は,合理的かつ相当な再売買予約付き譲渡契約に基づいてされたものであるから,「著しく低い額の対価による譲渡」に当たらないことは明らかである。
イ 本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額を純資産価額方式によって算出する場合,①P4が間接所有する被控訴人会社株式を,通達174の(1)イを準用して評価すべきこと,②P4株式及びP4が所有するP5株式の純資産価額の算出において,評価差額に対する法人税額等相当額を控除して算出すべきであることについては,上記(1)の被控訴人P2の主張ウ及びエと同一である。
ウ P1の滞納国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足が生じたのは,本件譲渡1に基因しない。
(ア) 徴収法39条にいう「基因する」とは,当該無償譲渡等がなかったならば,国税の徴収不足を生じなかったであろうことをいうものであり,いわゆる条件関係があることを意味すると解される。このような条件関係を要するという観点からも,「基因性」があるというためには,顕著な低額譲渡が行われる前に,滞納者に納付すべき国税が存在していたか,あるいは,その発生が見込まれる状況にあったかのいずれかの場合であることを要するといわなければならない(この点は,詐害行為取消しの要件も参照されるべきである。)。
(イ) 以上のような観点から本件を見ると,本件譲渡1がなかったならば,P1に対する本件課税はなく,徴収不足となる国税も存在しないことになるから(外国法人であるP1の国内源泉所得は,本件譲渡1に係るもののみである。),上記条件関係が存在するという前提が欠けていることになる。このような条件関係を肯定するためには,本件譲渡1がなかったならば,実際に時価による譲渡があったはずであることが認められるか,税法上の法理により,同譲渡を否認して時価による譲渡があったものとみなすことができるということが加わらなければならないが,本件譲渡1をめぐるいきさつや事情に照らすと,被控訴人P2がP1からP4株式を時価で譲り受ける可能性は全くなかったし,同譲渡を否認して時価による譲渡があったとみなし得る税法上の法理についての主張も控訴人国税局長からされていない。
エ 本件納付告知処分は,本件所得税更正処分等とともに行われると,被控訴人P2に対する実質的な二重課税となり,課税権を著しく濫用したものとして,違法といえる。
(ア) 被控訴人P2は,P4に対しP5株式を売却して,代金9億0644万4000円から取得価額2億5460万1000円及び有価証券取引税190万3500円を差し引いた6億4993万9500円を得た。そして,P1からP4株式を買い戻して代金13億8000万円を支払い,その後,被控訴人会社に対してP4株式を売却して,121億9178万2800円を得,有価証券取引税1219万1700円を支払った。
したがって,上記一連の取引によって被控訴人P2が得た収益は,合計114億4953万0600円である。
これに対して,被控訴人P2は,被控訴人P2に対する本件所得税更正処分等,P1に対する本件決定処分等及び被控訴人P2に対する本件納付告知処分並びにこれに伴う住民税の納付により,上記収益額の約84.89パーセントに及ぶ97億1943万4700円を課税された。
(イ) このような不当な結果が生じた最大の原因は,本件譲渡1による1つの利益について,一方では被控訴人P2の一時所得とし,他方では顕著な低額譲渡による第二次納税義務の対象として,被控訴人P2 1人に対して実質的に二重に課税したことにある。しかも,本件譲渡1に係る利益は,P1に対する寄附金課税の対象ともなっており,この意味で三重課税の実体さえある。
(3) 争点(3)(被控訴人P2に対する本件所得税更正処分等の違法性・第2事件)について
(控訴人渋谷署長の主張)
ア 本件譲渡1は,譲受時におけるP4株式の適正な価額より低い対価による資産の低額譲受けに当たり,譲受時の適正な価額と本件譲渡1の代金との差額相当額が所得税法36条1項に規定する「経済的な利益」といえる。
(ア) 上記(1)の控訴人国の主張アのとおり,本件譲渡1は,再売買予約に基づいてされたものとはいえず,被控訴人P2が時価143億0284万9200円のP4株式を13億8000万円で譲り受けたことは適正な価額よりも低い対価をもってする資産の低額譲渡に当たる。
(イ) 所得税法36条1項は,人の担税力を増加させる経済的利益の収入をすべて所得として課税の対象とし,時価よりも低い価額で金銭以外の物又は権利その他経済的な利益を得た場合についても,当該低額譲渡により得た時価との差額が課税の対象となる。つまり,被控訴人P2は,P1が所有する時価143億0284万9200円のP4株式を13億8000万円で譲り受けたのであるから,当該取引により,P4株式の時価と対価との差額に相当する経済的利益を受けたことは明らかであって,仮に,被控訴人P2の主張するような再売買予約が存在したとしても,本件譲渡1により,時価143億0284万9200円の株式を13億8000万円で譲受けたものには変わりはなく,P4株式の所有権がP1から被控訴人P2に移転し,その結果,被控訴人P2に経済的利益が発生したことに変わりはない。したがって,被控訴人P2がP4株式の時価と譲受金額との差額相当額を所得税法36条1項に規定する経済的な利益として収入を得たことは明らかである。
(ウ) 上記(1)の控訴人国の主張オのとおり,本件譲渡1の時点のP4株式600株の適正な価額は,143億0284万9200円であるから,譲渡価額13億8000万円との差額である129億2284万9200円は,被控訴人P2が経済的な利益として収入を得たと認められ,一時所得として,総収入額に算入されることになる。
イ ①本件譲渡1によってP1から被控訴人P2に譲渡されたP4株式の適正な価額(時価)は,法人税基本通達9-1-14(4),9-1-15並びに通達185の定めに従い,純資産価額方式によって算定すべきであり,その評価時点は,本件譲渡1の時点,すなわち平成11年1月12日時点であること,②本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額(時価)を純資産価額方式で算定する場合,P4が間接所有する被控訴人会社株式を,通達174の(1)ロを準用して評価すべきであり,P4株式及びP4が所有するP5株式の純資産価額の算出においては,評価差額に対する法人税額等相当額を控除すべきでないことについては,上記(1)の控訴人国の主張イからエまでと同一である。
ウ 本件所得税更正処分等は,本件納付告知処分等とともに行われても,被控訴人P2に対する実質的な二重課税には当たらず,かつ,課税権の濫用とはいえない。上記(2)の控訴人国税局長の主張エのとおり,被控訴人P2に課された第二次納税義務は,著しく低い額の対価による譲渡である本件譲渡1によって得た利益が現存する限度で,P1の滞納国税の納税義務について納付責任を負わせるものであるのに対し,本件所得税更正処分等は被控訴人P2自身の所得について税額を確定する処分であって,全く別の課税関係に基づくものであるから,何ら二重課税というべきものではないし,何ら課税権を濫用したものでもない。
(被控訴人P2の主張)
ア 本件譲渡1は,譲受時におけるP4株式の適正な価額より低い対価による資産の低額譲受けに当たらず,本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額と対価との差額は,所得税法36条1項に規定する「経済的な利益」に当たらない。
(ア) 上記(1)の被控訴人P2の主張アのとおり,本件譲渡1は,合理的かつ相当な再売買予約付き譲渡契約に基づいてされたものであり,その法律行為としての意義は,本件再売買予約付譲渡契約に基づく債務の履行行為としてされたものである。すなわち,取引当事者間には,一定の場合にはP4株式600株を最大金額14億円でP1から被控訴人P2に再売買すべき契約上の権利義務が生じていたところ,その権利義務に基づいてされたものであるから,譲渡価額と時価との差額相当額は,「収入すべき金額」としての経済的利益の「価額」には該当しない。
(イ) 課税は原則として私法上の法律関係に即して行われるべきであって,収益が契約によって生じているときは,法に特別の規定がない限り,その契約の全内容,つまり特約をも含めた全契約内容に従って収益の額を定めるべきであるということは,所得税法36条1項の解釈においても妥当するものである。
イ 本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額を純資産価額方式によって算出する場合,①P4が間接所有する被控訴人会社株式を,通達174の(1)イを準用して評価すべきこと,②P4株式及びP4が所有するP5株式の純資産価額の算出において,評価差額に対する法人税額等相当額を控除すべきであることについては,上記(1)の被控訴人P2の主張ウ及びエと同一である。
ウ 本件所得税更正処分等は,本件納付告知処分とともに行われると,被控訴人P2に対する実質的な二重課税といえ,課税権を著しく濫用したものとして,違法といえる。
上記(2)の被控訴人P2の主張ウのとおり,被控訴人P2は,被控訴人P2に対する本件所得税更正処分等,P1に対する本件決定処分等及び被控訴人P2に対する本件納付告知処分並びにこれに伴う住民税の納付により,収益額の84.89パーセントにも及ぶ97億1943万4700円を課税されたものであり,このような不当な結果を生じた課税は,決して健全な納税者の理解を受けられないというべきである。
(4) 争点(4)(被控訴人会社に対する本件法人税更正処分等の違法性・第3事件)について
(控訴人江東西署長の主張)
ア 被控訴人会社は,本件譲渡2及び本件譲渡3に際して,P7評価書のP4株式の評価額をもとにP4株式の譲受け価額を決定している。しかしながら,本件譲渡2及び本件譲渡3の各当事者は,利害関係の相反する独立した第三者の関係にはないのであって,評価通達に基づいて,譲渡時点における適正な価額(時価)を評価する必要がある。控訴人江東西署長が主張するP4株式の純資産価額方式による評価額が,子会社株式(P5株式)のほか,前払費用,投資有価証券,出資金,投資不動産の各科目を除いて,P7評価書による評価額と一致していることからも明らかなように,P7評価書による評価方法の合理性を否定するものではないが,P7評価書は,P4株式の評価時点を平成10年12月1日として作成されているから,その評価額に基づいて定められた譲渡価額は,本件譲渡2及び本件譲渡3の時点(平成11年2月2日)におけるP4株式の適正な価額とは認められない。
イ そうすると,本件譲渡2及び本件譲渡3は,譲受時におけるP4株式の適正な価額(時価)より低い対価をもってする資産の低額譲受けに当たり,譲受時の適正な価額(時価)と本件譲渡2及び本件譲渡3の各代金との差額相当額が法人税法22条2項に規定する「収益の額」として,「当該事業年度の益金の額」に算入される。
ウ 上記(1)の控訴人国の主張イからエまでは,本件譲渡2及び本件譲渡3にも妥当するから,①本件譲渡2及び本件譲渡3のP4株式の適正な価額(時価)は,法人税基本通達9-1-14(4),9-1-15並びに通達185の定めに従い,純資産価額方式によって算定すべきであり,その評価時点は,本件譲渡2及び本件譲渡3の時点,すなわち平成11年2月2日であり,②本件譲渡2及び本件譲渡3の時点におけるP4株式の適正な価額(時価)を純資産価額方式で算定する場合,P4が間接所有する被控訴人会社株式を,通達174の(1)ロを準用して評価すべきであり,P4株式及びP4が所有するP5株式の純資産価額の算出においては,法人税額等相当額を控除すべきではない。
エ このような考え方に基づき,平成11年2月2日時点におけるP4株式の時価を算定すると,別表5のとおり1株当たり2457万2595円となり,その総額は,当該1株当たりの金額に被控訴人会社が取得した株式の数700株を乗じた172億0081万6500円となる。そうすると,本件譲渡2及び本件譲渡3の合計の譲渡価額142億2374万6600円との差額である29億7706万9900円は,被控訴人会社の平成11年3月期の所得の金額の計算上の益金(受贈益)の額に算入される。
(被控訴人会社の主張)
ア P7評価書に基づいて定められた譲渡価額は,本件譲渡2及び本件譲渡3の時点におけるP4株式の適正な価額といえ,本件譲渡2及び本件譲渡3は,譲受時におけるP4株式の適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲受けに当たらない。
(ア) 被控訴人会社は,P7評価書による評価額が適正な価額であると判断して取引をしたものであり,被控訴人会社株式が高騰した時を狙って取引をしたものではなく,また,P7評価書も,故意にP4が間接所有する被控訴人会社株式の時価の低い時を狙って鑑定をしたものではないし,取引時点からかけ離れた過去の時点をとらえて鑑定をしたものではない。そして,被控訴人会社の実際のP4株式の譲受け価額と控訴人江東西署長の認定した適正な価額との差額は,わずか2割にすぎないのである。
(イ) 本件においては,被控訴人P2及びP6らが,独立第三者の関係にないことを意識して,特に低額の譲渡をしたものではない。租税回避の目的を持って不公正な鑑定に基づき,著しく低い額をもって不自然な代金額を定めたという特段の事情があれば格別,そのような特段の事情が認められない本件のような事例においては,私的自治を尊重し,売買当事者が定めた売買代金をもって適正な価額と認めるべきである。
イ 控訴人江東西署長は,本件譲渡2及び本件譲渡3の行われた日である平成11年2月2日の時点をもってP4株式を評価すべきであるとする。しかし,株式の取引において,取引の日に価額を決めるということは,通常では考えられず,契約に先立つ取引の交渉の中で決められるのが一般的である。加えて,本件のように取引相場のない株式が取引の対象となっている場合に,その鑑定評価には相当の時間を要するので,評価の時点は,取引日から見てある程度前の日とならざるを得ない。したがって,株式の評価時点を本件譲渡2及び本件譲渡3の行われた日とするのは取引の実情に即したものではなく不当であり,P4株式の価額の評価の基準日は,本件譲渡2及び本件譲渡3の時点ではなく,譲渡価格決定の基になったP7評価書の評価時点である平成10年12月1日か,あるいは譲渡のために必要な手続をとり得るだけの合理的な期間を考慮した日とすべきである。
ウ(ア) 上記(1)の被控訴人P2の主張ウ及びエは,本件譲渡2及び本件譲渡3にも妥当するから,仮に,本件譲渡2及び本件譲渡3の時点におけるP4株式の適正な価額を純資産価額方式によって算出する場合,①P4が間接所有する被控訴人会社株式を,通達174の(1)イを準用して評価すべきであり,②P4株式及びP4が所有するP5株式の純資産価額の算出において,評価差額に対する法人税額等相当額を控除すべきである。
(イ) 本件譲渡2は,取締役の自己取引に当たることから,取締役会の承認が得られるような客観的に適正な価額で行われなければならず,それゆえ,被控訴人会社の管理本部がP7税理士に評価を依頼し,その結果に基づいて価額を決定したものである。本件譲渡2及び本件譲渡3において,取引当事者は,決定された価額が法人税額等相当額を控除しないで算定したかどうかなどは判らず,これを控除しないで算定する方が適正な評価方式であるなどという認識もなかった。
(5) 本件譲渡1が譲渡時における適正な価額より低い対価をもってされたと認められない場合の予備的主張
(控訴人国の予備的主張)
ア 仮に,本件譲渡1が譲渡時における適正な価額より低い対価をもってされたと認められず,徴収法39条に規定する「著しく低い額の対価による譲渡」に当たらないと認められれば(争点(1)ア及び(2)ア),被控訴人P2は,P1の滞納国税につき第二次納税義務を負わないことになり,被控訴人P2は,処分行政庁である麹町税務署長がP1に対してした本件決定処分等を争う原告適格を有しないのであって,第4事件における被控訴人P2の訴えは却下されるべきである。
イ 仮にそうでないとしても,本件決定処分等は,次の範囲内で適法というべきである。すなわち,本件譲渡1が低額譲渡に当たらないとした場合のP1の平成11年6月期の所得金額及び納付すべき法人税額は,別表4のとおりであり,その詳細は,次のとおりである。
A 所得金額 13億4584万0666円
上記金額は,次のa及びbの各金額を合計した金額である。
a 申告所得金額 0円
P1は,平成11年6月期に係る法人税の確定申告書を提出していない。
b 所得金額に加算すべき金額 13億4584万0666円
上記金額は,次の(a)の金額から(b)の金額を減算した金額である。
(a) 有価証券売却収入として益金の額に算入されるべき金額 13億8000万円
上記金額は,本件譲渡1の譲渡価額である。
(b) 有価証券売却収入に係る原価として損金の額に算入されるべき金額 3415万9334円
上記金額は,P1がP4株式を取得するに当たって支出したと認められる金額であり,P4株式の金額41万1360オーストラリアドルに,平成8年3月末の電信売買相場のオーストラリアドル1ドル当たりの仲値83.04円を乗じて邦貨換算した金額である。
B 所得金額に対する法人税額 4億6355万4800円
上記金額は,法人税法66条1項及び2項の規定に基づき,前記Aの所得金額(ただし,通則法118条1項の規定に基づき1000円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)のうち,①800万円に100分の25の税率を乗じて算出した金額200万円と,②13億4584万円から800万円を減算した金額に100分の34.5の税率を乗じて計算した金額4億6155万4800円との合計額である。
C 確定申告に係る法人税額 0円
P1は,平成11年6月期に係る法人税の確定申告書を提出していない。
D 差引納付すべき法人税額 4億6355万4800円
上記金額は,前記Bの金額から前記Cの金額を差し引いた金額である。この場合の無申告加算税の額は,通則法66条1項の規定により,上記計算によってP1が差引納付すべき税額4億6355万円(ただし,通則法118条3項の規定により1万円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)に100分の15の割合を乗じて計算した6953万2500円となる。
ウ 仮に,本件譲渡1の時点におけるP4株式の評価を純資産価額方式で行う場合に,法人税額等相当額を控除すべきと認められるとき(争点(1)イ(イ))のP1の平成11年6月期の所得金額及び納付すべき法人税額は,別表2のとおりであり,その詳細は,次のとおりである。
A 所得金額 81億4349万8803円
上記金額は,次のa及びbの各金額を合計した金額である。
a 申告所得金額 0円
P1は,平成11年6月期に係る法人税の確定申告書を提出していない。
b 所得金額に加算すべき金額 81億4349万8803円
上記金額は,次の(a)の金額から(b)及び(c)の各金額を減算し,(d)の金額を加算した金額である。
(a) 有価証券売却収入として益金の額に算入されるべき金額 82億8074万0400円
上記金額は,平成11年1月12日時点におけるP4株式1株の価額を法人税額等相当額を控除する純資産価額方式で算定した場合における価額1380万1234円に,P1が被控訴人P2に譲渡したP4株式の数600株を乗じて算出した金額である。
(b) 有価証券売却収入に係る原価として損金の額に算入されるべき金額 3415万9334円
上記金額は,P1がP4株式を取得するに当たって支出したと認められる金額であり,P4株式の金額41万1360オーストラリアドルに,平成8年3月末の電信売買相場のオーストラリアドル1ドル当たりの仲値83.04円を乗じて邦貨換算した金額である。
(c) 被控訴人P2に対する寄附金として損金の額に算入されるべき金額 69億0074万0400円
上記金額は,前記(a)の有価証券売却収入として益金の額に算入されるべき金額82億8074万0400円から,本件譲渡1に係る譲渡価額13億8000万円を差し引いた金額である。
(d) 寄附金のうち損金の額に算入されない金額 67億9765万8137円
上記金額は,前記(c)の被控訴人P2に対する寄附金として損金の額に算入されるべき金額のうち,法人税法37条2項(平成14年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)の規定により,損金の額に算入されない金額である。
B 所得金額に対する法人税額 28億0874万6810円
上記金額は,法人税法66条1項及び2項の規定に基づき,上記Aの所得金額(ただし,通則法118条1項の規定に基づき1000円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)のうち,①800万円に100分の25の税率を乗じて算出した金額200万円と,②81億4349万8000円から800万円を減算した金額に100分の34.5の税率を乗じて計算した金額28億0674万6810円との合計額である。
C 確定申告に係る法人税額 0円
P1は,平成11年6月期に係る法人税の確定申告書を提出していない。
D 差引納付すべき法人税額 28億0874万6800円
上記金額は,前記Bの金額から前記Cの金額を差し引いた金額(ただし,通則法119条1項の規定に基づき100円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)である。
この場合の無申告加算税の額は,通則法66条1項の規定により,上記計算によってP1が差引納付すべき税額28億0874万円(ただし,通則法118条3項の規定により1万円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)に100分の15の割合を乗じて計算した4億2131万1000円となる。したがって,本件決定処分等は,上記範囲内で適法というべきである。
(予備的主張に対する被控訴人らの主張)
原判決が未確定な段階では,本件納付告知処分は公定力,執行力等の効力を失わず,他方,第二次納税義務者は,自己に対する納付告知処分の取消訴訟において主たる納税義務者に対する課税処分の違法を主張することはできないが,その違法を主張して同課税処分の取消しを訴求することができるとされているのであるから,被控訴人P2は,現時点で,P1に対する本件決定処分等の取消しを求める法律上の利益(原告適格)があることは明らかである。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件の各処分のうち,次の各部分が違法であり取り消すべきものと判断する。
(1) 麹町税務署長の行ったP1に対する本件決定処分等のうち,所得金額81億4349万8803円,納付すべき税額28億0874万6800円及び無申告加算税額4億2131万1000円を超える部分。(第4事件)
(2) 控訴人国税局長の行った被控訴人P2に対する本件納付告知処分(ただし,納付限度額について,平成16年1月29日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち,第二次納税義務者として納付すべき限度の額69億0074万0400円を超える部分。(第1事件)
(3) 品川税務署長が行った被控訴人P2に対する本件所得税更正処分等(ただし,いずれも平成16年1月29日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち,総所得金額11億3593万2077円,納付すべき税額22億5657万2600円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定。
(第2事件)
(4) 控訴人江東西署長が行った被控訴人会社に対する本件法人税更正処分等(ただし,いずれも平成16年1月29日付け審査裁決により一部取消された後のもの)のうち,所得金額555億2116万5839円,納付すべき税額214億3803万6200円及び過少申告加算税額169万1000円を超える部分。(第3事件)その理由は,以下のとおりである。
2 事実関係
認定事実については,原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」1項及び2項(1)(56頁7行目冒頭から72頁2行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決63頁3行目の「P5株式の再売買等の予約」を「P5株式の再売買等の合意」と,同65頁4行目の「甲21の1から3まで」を「甲21の1及び2」と,同68頁4行目の「甲26」を「甲24」と,それぞれ改める。)。
3 本件においては,本件譲渡1が,P4株式の売買という法形式が採られているものの,その実質は,被控訴人会社の株式公開の円滑な実現を目的とした,P5株式の一時避難的な預託行為の一部としての,預託したP5株式の返還とみることができるかどうか,すなわち,平成9年2月に被控訴人P2とP8との間で合意され,同年9月17日付けで覚書1ないし3として書面化された本件特約において予め定められた価格でのP5株式の再売買(買戻し)とみることができるかどうかが最大の争点であり,まず,この点について判断する。
上記引用に係る認定事実によれば,被控訴人P2は,当時自らが代表者を務めていた被控訴人会社の株式公開の準備をしていたところ,被控訴人会社と同業でありかつ被控訴人会社株式の約5パーセントを所有しているP5の発行済の全株式を被控訴人P2が所有することは株式公開の支障となるおそれがあるため,P5株式を第三者に売却すべきである旨を株式公開の専門家から助言されたが,将来の事業の拡大を図る上でP5株式を手放すことは到底できないと考えたことから,被控訴人会社の株式公開が実現した後には確実に買い戻すことができるような方法で,P5株式を第三者に譲渡することを考え,長年公私にわたり親密な交際を続けており,かつ,被控訴人P2がP4を支援し,成長させてきたことに多大な感謝をしているP4の代表取締役であるとともにP1の実質的な代表者であったP8との間で,上記意図に合致した譲渡の形態を協議したものと認めることができ,本件特約の合意は,P4に売却するP5株式を被控訴人P2が再所有することを企図して行われたものと認めることができる。
しかしながら,上記認定のとおり,覚書1ないし3で書面化された本件特約の内容は,覚書1において,3つの選択肢,すなわち,①被控訴人会社が株式を公開した後,被控訴人P2がP8から,P5株式を元の価格の110パーセントから130パーセントまでの価格で購入すること,②被控訴人会社が株式を公開することができ,P4が株式を公開することができなかった場合に,P8は被控訴人P2に,P4株式とP5株式に加えてP5が所有している被控訴人会社株式を元の価格の150パーセント以内の価格で売却すること,③被控訴人会社が株式を公開することができなかった場合には,被控訴人P2がP8から,P5株式を平成9年6月23日に取引したのと同一の条件及び価格で買い戻す権利を有することを定め(以下,それぞれ「オプション①,②,③」という。),覚書2において,本件主契約における被控訴人P2がP8へのP5株式の売却代金を9億0644万4000円と定めると共に,オプション②の内容を,P4株式を9億0644万4000円の50パーセントから150パーセントの範囲内とし,最大額は14億円とすることを定めているのであるが,各覚書の内容を精査すると,覚書1のオプション①,③の内容は,被控訴人P2からP4に譲渡されたP5株式を,再びP4から被控訴人P2へ再売買することを合意したとみることもできるが,オプション②の内容は,P8(P1)から被控訴人P2が譲渡を受けるのは,P5株式を所有しているP4の株式600株であって被控訴人P2からP4へ譲渡された株式と異なる株式が譲渡の対象となっており,その価格も9億0644万4000円の50パーセントから150パーセントの範囲内(最大額14億円)と幅が大きく,P4が所有するP5株式以外の資産や負債といったP4の財務状況やP4の発行済株式総数の変動(上記認定のとおり,現にP4の発行済株式総数は,本件特約の合意当時は600株であったが,その後,平成10年1月に第三者割当増資がされ,発行済株式総数は700株となっている。)等をP4株式の価格決定に勘案することを当然予定してこのような幅のある決め方になったものと推認でき,単に買戻しへの報酬を付加して価格決定されたとは認めることができず,さらに,被控訴人P2と取引を行う主体も,P4からP1に変わっているのであって,このような点を考慮すれば,オプション②の内容はこれを直ちにP5株式の再売買と認めることはできないというべきである。実際にも,P4の平成10年1月の第三者割当増資に伴い,被控訴人P2は,P4株式600株の譲渡を受けても,P4が間接的に所有するP5株式全部の譲渡を受けることはできなくなっていたものであって,同一物を買い戻す効果は生じていない。本件において,結果的に,上記第三者割当増資により株式の割当てを受けた者がいずれも被控訴人P2と親しい関係にある者ばかりで,P4株式の割当を受けた者から被控訴人会社がP4株式を譲り受けることができ,被控訴人会社は,結果としてはすべてのP5株式を有するP4の全株式を取得しているが,本件特約が,オプション②が選択されるまでの間にP4がどのような増資をするかについて,P4を法的に拘束するものでないことは明らかであって,また,上記のような結果は本件譲渡1に当然に随伴するものとはいえないから,このような結果は上記認定を左右するものではない。
また,経済的な価値の移転の観点からみても,本件主契約は,被控訴人P2からP4への売買の形式をとっており,担保の実質を持つものとも金融取引ともいえないから,本件主契約の履行によって,P5株式の経済的価値は被控訴人P2からP4に移転していることは明らかであるし,P1と被控訴人P2との間の本件譲渡1によって,P4株式600株の経済的価値がP1から被控訴人P2に移転していることも明らかであり,その移転した経済的価値は,単に,被控訴人P2のもとに,同一目的物が戻ってきて,被控訴人P2からP1に本件P5株式譲渡の価額と本件譲渡1の価額の差額4億7355万6000円が移転したのと同視することはできない。
更に,上記認定のとおり,覚書3では,オプション②の場合のみを特別に取り上げて,被控訴人P2がP4株式の価値について,日本の国税当局から,覚書2と異なる内容を採用することを要求された場合に,P4株式の価値を再評価したうえ,価格の変更があり得ることを明記しており,その内容は,被控訴人会社株式の店頭公開に伴う値上がり益を反映させて,当然に譲渡価額を変更することを予定していたものとまでは解することはできないものの,被控訴人P2及びP8が,オプション②の場合に,日本の国税当局からP4株式の譲渡価額が低額に過ぎるとの指摘がある可能性を認識した上で,国税当局からP4株式の譲渡が資産の低額譲渡に当たるなどの指摘を受けた場合には,事後的に覚書2で合意した売買価格の変更があり得ることを定めたものと認められるのである。
以上認定説示したところに照らせば,覚書1で合意されたオプション中,オプション②が選択され,実行されたものである本件譲渡1については,平成9年に被控訴人P2からP8に譲渡されたP5株式の再売買予約付き譲渡契約に基づく再譲渡(本件主契約たる本件P5株式譲渡に付随してされた特約であるP5株式の再売買予約義務の履行)としてされたものと解することはできないというべきである。このように,オプション①,③については,P5株式の譲渡人である被控訴人P2と譲受人であったP4との間で,その譲渡対象株式そのものを,約定内容の事後の変更を予定しない価格で再売買することを合意したもので,譲渡の際の合意に基づいて,P4は約定の際に合意した額で再売買するべき契約上の義務を負ったP5株式を有していたものとみることもできるのとは異なり,オプション②については,P1にP5株式の再売買義務を負わせたものではなく,P1は,その保有するP4株式を,事後における額の変更があり得ることが留保された上,約定の際に合意した額で譲渡すべき契約上の義務を負っていたのであって,本件譲渡1は,そのような内容のP1の義務の履行としてされた譲渡というべきである。
4 争点(1)(P1に対する本件決定処分等の違法性・第4事件)について
(1) 以上を前提に,本件譲渡1が,譲渡時におけるP4株式の適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲渡に当たるか否かについて(争点(1)ア)検討する。
ア 法人税法22条2項は,無償による資産の譲渡も収益の発生原因になることを定めているが,この規定は,法人が資産を他に譲渡する場合には,その譲渡が代金の受入れその他資産の増加を来すべき反対給付を伴わない場合であっても,譲渡時における資産の適正な価額に相当する収益があると認識すべきことを明らかにした規定であって,同項の趣旨が,適正な価額で取引を行った者との間の税負担の公平の確保・維持にあることに照らせば,法人が資産を他に譲渡した場合,譲渡者たる法人において,流入した経済的価値が譲渡時における適正な価額の一部である場合には,流入した経済的価値に加えて当該資産の適正な価額との差額に相当する収益があると認識すべきであり,その収益が同項の定める益金に算入されることになると解される。そうすると,当該譲渡における具体的な譲渡価額とその資産の「譲渡時における適正な価額」とを比較して低額譲渡に当たる場合には,その差額を収益の額として,益金に算入されるべきであり,この「適正な価額」は,原則として,譲渡時における当該財産の客観的な交換価値,すなわち時価相当額を意味するものと解される。
イ 本件譲渡1が,本件特約によるP5株式の再売買とみることができないことは上記説示のとおりであるから,本件譲渡1当時のP4株式の時価相当額を検討する。本件譲渡1によってP1から被控訴人P2に譲渡されたP4株式は,気配相場のない株式に該当するところ,このような気配相場のない株式の売買取引における適正な価額(時価)を法人税基本通達9-1-14(4),9-1-15並びに関連する評価通達の定めを準用し,純資産価額方式によって算定することが合理的な評価方法と認められ,その評価時点は,本件譲渡1の時点,すなわち平成11年1月12日時点ということになる。
(2) 本件譲渡1の時点におけるP4株式を純資産価額方式で行う場合,P4がP5株式を介して間接所有する被控訴人会社株式の価額を評価する必要があるところ,被控訴人会社株式は,本件譲渡1の当時,店頭登録銘柄として登録されていたのであるから,通達174の定めを準用してその価額を算定することになるが,その場合,同通達の(1)イ,ロのいずれを準用して評価すべきか(争点(1)イ(ア))について検討する。
ア 通達174は,気配相場等のある株式の評価についての定めであり,同通達の(1)イにおいては,同ロに該当しない登録銘柄及び店頭管理銘柄の評価額は,P11協会の公表する課税時期の取引価格によって評価することとした上で,そのただし書において「その取引価格が課税時期の属する月以前3か月間の毎日の取引価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額を超える場合には,その最も低い価額によって評価する」と定め,同ロにおいては,負担付贈与又は個人間の対価を伴う取引により取得した登録銘柄及び店頭管理銘柄の価額は,P11協会により公表されている課税時期の取引価格によって評価するとしており,上記のようなただし書を置いていない。これは,通達174がそもそも相続税財産評価に関する通達であり,同イが典型的に念頭に置いているのは取得時期を選ぶことのできない相続による財産取得であることから,そのときどきの需給関係による偶発的な値動きがある登録銘柄及び店頭管理銘柄の価額の評価に当たっては,そのような偶発性を排除し,ある程度の期間における取引の実勢を評価の判断基準として考慮して評価上のしんしゃくを行うことが適切であると考え,評価上のしんしゃくを行うことを通常の評価方法として規定したものと解される。一方,同ロで定められた負担付贈与又は個人間の対価を伴う取引といった売買取引に準じた対価を伴う経済的取引行為の場合には,その取引の時期を自由に選択できることから,上記のような偶発性を排除するための評価上のしんしゃくを行うことは不要であるとして,課税時期一時点の取引価格で評価することとしたものと解される。本件は,本件譲渡1が行われた時点における株式の売買取引において通常取引される価額を評価する場合であるから,一定期間における取引価格の変動を判断要素としてしんしゃくして偶発性を排除することは不要であり,同ロを準用して,本件譲渡1の時点の取引価格によって評価すべきものと解される。
乙17号証の1によれば,P11協会の公表した平成11年1月12日における被控訴人会社株式の取引価格は高値3330円,安値3000円と認められるから,その平均値である3165円をもって,本件譲渡1の時点においてP4が間接所有する被控訴人会社株式の価額と評価するのが相当である。
イ なお,この点,被控訴人P2は,第三者割当増資,株式交換及びTOB等を行う場合の株式の価格決定に,一定期間の取引相場の平均値が用いられた事例が存在することを理由に,同イを準用して3か月間の被控訴人会社株式の取引価格の平均値により評価すべきである旨主張する。
しかしながら,本件のように本件譲渡1の時点というある一時点における相対の株式の売買取引において通常取引される価額を評価する場合と,第三者割当増資等における株式の価格決定とは,全く事情が異なるのであって,第三者割当増資等において一定期間の取引相場の平均値が用いられた事例が存在するとしても,これをもって直ちに本件のような場合に,一定期間における取引価格の変動を判断要素としてしんしゃくして偶発性を排除することが必要であり,そうすることが株式取引実例に沿うものと解することはできず,被控訴人P2の主張は採用することができない。
(3) 次に,平成11年1月12日時点のP4株式の評価及びP4が所有するP5株式の評価において,評価差額(資産の相続税評価額と帳簿価額との間の差額)に対する法人税額等相当額を控除して1株当たりの純資産価額を算出すべきか(争点(1)イ(イ))について検討する。
ア まず,平成11年1月12日時点のP4株式の評価については,当裁判所は,評価差額に対する法人税額等相当額を控除して1株当たりの純資産価額を算出すべきものと判断する。その理由は,原判決を次のとおり改めるほかは,原判決79頁3行目冒頭から同83頁19行目末尾までと同一であるから,これを引用する。
(ア) 原判決80頁16行目から17行目にかけての「支配している場合との」を「支配している場合とでは,その所有形態が異なるから,両者の所有形態を経済的に同一の条件のもとに置き換えた上で」と改める。
(イ) 同81頁14行目から15行目にかけての「平成11年2月」を「平成11年1月」と改める。
(ウ) 同81頁末行の「平成11年2月当時におけるP4株式」を「平成11年1月当時におけるP4株式及びP4が所有するP5株式」と改める。
(エ) 同82頁8行目冒頭から同83頁19行目末尾までを次のとおり改める。
「これに対して,控訴人国は,関係会社間等において非上場株式の売買を行う場合における適正な価額(時価)の算定に上記通達を準用する場合の留意点については,本件譲渡1が行われた平成11年当時,法人税基本通達の一般的な解説書には,合理的な理由があると認められるときを除き,評価差額に対する法人税額等相当額を控除しないところで純資産価額を計算すべき旨解説されており,関係会社間等において非上場株式の売買を行う場合における適正な価額(時価)を純資産価額方式で算定するに当たり,法人税額等相当額を控除しない取扱いは,課税実務として一般に定着しており,上記当時において,気配相場のない株式の売買を行う場合の適正な価額(時価)の算定に当たって,通達185を準用する際の留意点,すなわち,評価通達が定める1株当たりの純資産価額の算定方式のうち法人税額等相当額を控除する部分が,合理的な理由がない限り法人税課税における評価に当てはまらないということを認識することは,一般の納税義務者にとって不可能ではなかったとし,また,本件譲渡1の直後に行われた本件譲渡2及び本件譲渡3における価額算定の基礎となったP7評価書(乙8)及び平成11年1月18日にP7税理士が作成したP7評価書2において,いずれも評価差額に対する法人税額等相当額を控除しない純資産価額方式で評価が行われていることから,本件においては,P4株式の適正な価額(時価)を純資産価額方式で算定するに当たり,法人税額等相当額を控除しないことが,通常の取引における当事者の合理的意思と認められるのであり,本件各最高裁判決の判示に照らしても,上記当時におけるP4株式の適正な価額(時価)を純資産価額方式で算定するに当たり,評価差額に対する法人税額等相当額を控除すべき理由はない旨主張する。
しかしながら,本件各最高裁判決の趣旨に照らすと,法人税基本通達の一般的な解説書に上記のような記載があることを考慮に入れても,なお,平成12年課法2-7による法人税基本通達の改正前の平成11年1月ころに,通達185が定める1株当たりの純資産価額の算定方式のうち法人税額等相当額を控除する部分が,法人税課税における評価に当てはまらないということを関係通達から読み取ることは,一般の納税義務者にとっては不可能と認めるのが相当であり,また,本件において問題とされているのは,法人税額等相当額を控除して算定された1株当たりの純資産価額が一般に通常の取引における当事者の合理的意思に合致するか否かであって,被控訴人会社から依頼を受けてP5株式及びP4株式の評価を行ったP7税理士の評価手法から,直ちに通常の取引における当事者の合理的意思を推認することはできず,他に上記認定と異なる通常の取引における当事者の合理的意思を認めるに足りる証拠はないのであって,結局,控訴人国の上記主張はいずれも失当というべきである。」
イ 次に,平成11年1月12日時点のP4が所有するP5株式の評価に当たって法人税額等相当額を控除するか否かについて検討する。乙8号証によれば,P4は,子会社株式として,P5の発行済全株式を所有していると認められ,P5株式は,法人であるP4が有する取引相場のない株式に該当するところ,通達186-3は,純資産価額方式を適用して評価会社の所有する資産を評価する場合に,その資産に取引相場のない株式が含まれるときは,当該株式の評価においては法人税額等相当額は控除しない旨定めている。これは,個人が財産を直接所有し,支配している場合と,個人が当該財産を会社を通じて間接的に所有し,支配している場合とでは,その所有形態が異なるから,両者の所有形態を経済的に同一の条件のもとに置き換えた上での評価の均衡を図るには,法人税額等相当額を控除すべきであるという,法人税額等相当額控除の趣旨は,個人と個人が所有する株式の発行会社(評価会社)との関係において考慮すれば足り,株式の発行会社(本件ではP4)と当該会社が所有する株式の発行会社(本件ではP5)との関係において,さらに重ねてその均衡を考慮する必要はないと考えられるためであると解され,このことは,本件においても妥当するから,本件においても,通達186-3を準用して,P5株式の価額を算定するのが相当である。したがって,平成11年1月12日時点のP4が所有するP5株式の評価においては,評価差額に対する法人税額等相当額は控除すべきではないと解される。この点について,通達185及び通達186-2に従って,P4が所有するP5株式の純資産価額の算出において,法人税額等相当額を控除すべきとする被控訴人P2の主張は,評価通達の趣旨を正解しないものであって,採用することができない。
(4) 以上を前提に,本件譲渡1の時点である平成11年1月12日時点におけるP4株式の評価は,別表1記載のとおり,1株当たり1380万1234円であり(このうち,P4の資産中,P5株式の評価額及びP5が間接所有する被控訴人会社株式の評価額以外のP4株式評価に係る算出方法については,被控訴人P2は,本件決定処分等における算出方法を争うことを明らかにしない。),本件譲渡1に係るP4株式600株の適正な価額は,82億8074万0400円となるから,本件譲渡1の対価である13億8000万円が適正な価額に比して著しく低い額であることは明らかである。
(5) そして,本件譲渡1が,本件特約によるP5株式の再売買とみれないことは上記認定のとおりであり,本件譲渡1により,P1が所有していたP4株式がP1の所有から離れる際に,P4がP5株式を取得したこと等によって上昇したP4株式の価値が顕在化したものとみることができるから(本件譲渡1が履行されれば,P4はP5株式を被控訴人P2に再売買する義務を負わないことことになる。),譲渡時の適正な価額と本件譲渡1の代金との差額相当額69億0074万0400円が法人税法142条によって準用される同法22条2項に規定する「収益の額」として,P1の「当該事業年度の益金の額」に算入されるものというべきである。そして,上記認定のとおり,被控訴人P2とP8は,オプション②の場合に,日本の国税当局からP4株式の譲渡価額が低額に過ぎるとの指摘がある可能性があり,その場合には合意した価格を変更することがあり得ることを十分認識していながら,本件譲渡1の対価を13億8000万円と定めていることも勘案すれば,譲渡時の適正な価額と本件譲渡1の代金との差額相当額69億0074万0400円は,同法142条によって準用される同法37条7項に規定する「実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額」に該当し,寄附金の額に含まれることになる。
なお,この点につき,被控訴人P2は,収益の内容は,本件特約を含めた本件契約全体の内容に従って定められるべきで,譲渡時の適正な価額と本件譲渡1の代金との差額相当額をP1の収益とみたり,寄附金と認定することは,取引の実態を全く無視するものであると主張し,P13教授作成の鑑定意見書(甲43の1)を提出するが,上記認定の本件譲渡1の内容に照らし,前提を欠くものであって採用の余地はない。
また,被控訴人P2は,平成9年6月11日付けで行われた被控訴人P2からP4に対する本件P5株式譲渡の価額は9億0644万4000円であり,この価額を前提とする課税処分を行っていながら,平成11年1月12日付けで行われた本件譲渡1においては適正な価額でないとして課税するのは自己矛盾である旨主張するが,本件譲渡1が,被控訴人P2からP4に移転したP5株式と同一物を被控訴人P2に再売買する内容でないことは上記認定説示のとおりであって,平成9年6月11日付けで行われた被控訴人P2からP4に対する本件P5株式譲渡につき低額譲渡として課税しなかったことの当否が,本件における課税処分の効力に直ちに影響を与えると解することはできず,この点の被控訴人P2の主張も失当である。
(6) 以上認定説示したところに従って,P1の平成11年6月期の所得金額及び納付すべき法人税額並びに無申告加算税額を算定すると,次のとおりとなる(別表2及び3)。
ア 所得金額 81億4349万8803円
上記金額は,次の(ア)及び(イ)の各金額を合計した金額である。
(ア) 申告所得金額 0円
P1は,平成11年6月期に係る法人税の確定申告書を提出していない。
(イ) 所得金額に加算すべき金額 81億4349万8803円
上記金額は,次の(a)の金額から(b)及び(c)の各金額を減算し,(d)の金額を加算した金額である。
(a) 有価証券売却収入として益金の額に算入されるべき金額 82億8074万0400円
上記金額は,平成11年1月12日時点におけるP4株式1株の価額を法人税額等相当額を控除する純資産価額方式で算定した場合における価額1380万1234円に,P1が被控訴人P2に譲渡したP4株式の数600株を乗じて算出した金額である。
(b) 有価証券売却収入に係る原価として損金の額に算入されるべき金額 3415万9334円
上記金額は,P1がP4株式を取得するに当たって支出したと認められる金額であり,P4株式の金額41万1360オーストラリアドルに,平成8年3月末の電信売買相場のオーストラリアドル1ドル当たりの仲値83.04円を乗じて邦貨換算した金額である。
(c) 被控訴人P2に対する寄附金として損金の額に算入されるべき金額 69億0074万0400円
上記金額は,前記(a)の有価証券売却収入として益金の額に算入されるべき金額82億8074万0400円から,本件譲渡1に係る譲渡価額13億8000万円を差し引いた金額である。
(d) 寄附金のうち損金の額に算入されない金額 67億9765万8137円
上記金額は,前記(c)の被控訴人P2に対する寄附金として損金の額に算入されるべき金額のうち,法人税法37条2項の規定により,損金の額に算入されない金額である。
イ 所得金額に対する法人税額 28億0874万6810円
上記金額は,法人税法66条1項及び2項の規定に基づき,上記アの所得金額(ただし,通則法118条1項の規定に基づき1000円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)のうち,①800万円に100分の25の税率を乗じて算出した金額200万円と,②81億4349万8000円から800万円を減算した金額に100分の34.5の税率を乗じて計算した金額28億0674万6810円との合計額である。
ウ 確定申告に係る法人税額 0円
エ 差引納付すべき法人税額 28億0874万6800円
上記金額は,前記イの金額から前記ウの金額を差し引いた金額(ただし,通則法119条1項の規定に基づき100円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)である。
この場合の無申告加算税の額は,通則法66条1項の規定により,上記計算によってP1が差引納付すべき税額28億0874万円(ただし,通則法118条3項の規定により1万円未満の端数金額を切り捨てた後のもの)に100分の15の割合を乗じて計算した4億2131万1000円となる。
(7) したがって,P1に対する本件決定処分等は,所得金額81億4349万8803円,納付すべき税額28億0874万6800円及び無申告加算税額4億2131万1000円を超える部分が違法であり,取り消されるべきことになる。
5 争点(2)(被控訴人P2に対する本件納付告知処分の違法性・第1事件)について
(1) まず,本件譲渡1が,徴収法39条に規定する「著しく低い額の対価による譲渡」に当たるか否かについて検討するに(争点(2)ア),上記3において認定したとおり,本件譲渡1を本件特約によるP5株式の再売買とみることはできず,本件譲渡1の時点におけるP4株式の適正な価額は上記4(4)で認定したとおりであるから,被控訴人P2が本件譲渡1に係るP4株式600株の適正な価額である82億8074万0400円を大きく下回る13億8000万円で譲り受けたことになり,既に判示したところに照らせば,徴収法39条に規定する「著しく低い額の対価による譲渡」に当たることは明らかであり,被控訴人P2は本件譲渡1の時点のP4株式の時価と譲受金額との差額相当額を所得税法36条1項に規定する「経済的な利益」として享受したものと認められる。
(2) P1の平成11年6月期の滞納法人税の額は,上記4(6)で認定したとおりであり,弁論の全趣旨によれば,本件納付告知処分時において,P1の国内財産は僅少な銀行預金しかなく,上記滞納国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足することは明らかであると認められるから,その徴収不足が,本件譲渡1に基因すると認められるかについて,検討する(争点(2)イ)。
ア 徴収法39条は,滞納者の国税につき徴収不足と認められることが,当該国税の法定納期限の1年前の日以後に,滞納者がその財産につき行った無償譲渡等に基因するときに,その権利取得者等が第二次納税義務を負う旨規定している。被控訴人P2は,本件では,本件譲渡1より前には,そもそもP1には何らの国税債務も生じておらず,P1は,本件譲渡1を原因として課税された国税自体の徴収不足が生じているのであって,このような場合には,国税の徴収不足が無償譲渡等に基因するとはいえないと主張するが,徴収法39条にいう「滞納者の国税につき徴収不足と認められることが,当該国税の法定納期限の1年前の日以後に,滞納者がその財産につき行った無償譲渡等に基因する」は,当該無償譲渡等によって滞納者の国税について徴収不足が生じた場合を含むと解するのが相当である。なぜなら,徴収法39条の上記文言は,無償譲渡等が当該国税の法定納期限の1年前の日以後に行われたものであることを要件とするのみで,無償譲渡等の時点で当該国税が発生していることを要件としていると解することには無理があるし,また,主たる納税義務が申告又は決定,更正等により具体的に確定したことを前提として,その確定した税額につき本来の納税義務者の財産に対して滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められる場合に,租税徴収の確保を図るため,本来の納税義務者と同一の納税上の責任を負わせても公平を失しないような特別な関係にある第三者に対して補充的に課される義務である徴収法に定める第二次納税義務の性格(最高裁昭和48年(行ツ)第112号同50年8月27日第二小法廷判決・民集29巻7号1226頁,最高裁平成6年(行ツ)第7号同年12月6日第三小法廷判決・民集48巻8号1451頁参照)に照らしても,無償譲渡等が行われる前に,滞納者に納付すべき国税が既に存在したか否かということのみによって,第二次納税義務に消長を来すと解するのは相当でないからである。
イ 被控訴人P2は,徴収法39条に規定する第二次納税義務の要件の解釈に当たっては,民法424条の詐害行為取消権の要件の解釈が参考になり,詐害行為取消権においては,その要件として,詐害行為の前に債権が存在していたか,あるいはその発生が高度の蓋然性をもって見込まれていることが要求されていると主張する。確かに,徴収法39条による第二次納税義務制度は,詐害行為の成否が問題となるような場面において,詐害行為の取消しという訴訟手続によることなしに簡易迅速に租税徴収の確保を図るために設けられたものである点で,詐害行為取消制度に類似する性質がないとはいえないが,同条による第二次納税義務制度は,民法424条を準用する通則法42条とは別に,明文の規定をもって定められたものであるから,徴収法39条の定める要件については,その文言,趣旨に従って独自に解釈すべきものであって,ことさら,詐害行為取消権の要件に即して限定的に解釈すべき理由はないというべきである。
ウ 以上のとおり,P1の滞納国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足が生じたのは,本件譲渡1に基因しないというべきであるとする被控訴人P2の主張は採用することができない。
(3) 本件譲渡1が滞納国税の法定納期限の1年前の日以後にされたものであることは当事者間に争いがなく,P1の本件譲渡1によってP4株式600株を譲り受けた被控訴人P2は,その譲り受けた利益が現に存する限度において,P1の滞納に係る国税の第二次納税義務を負うものと認められる。
そこで,被控訴人P2が本件譲渡1により受けた利益が現に存する限度について検討する。控訴人国税局長は,本件譲渡1によって被控訴人P2に譲渡されたP4株式600株を,本件譲渡2によって被控訴人P2が被控訴人会社に譲渡した代金121億9178万2800円からその代金を得るために要した費用と認められる有価証券取引税1219万1700円を控除し,さらに当該P4株式取得のために要した費用として本件譲渡1の代金13億8000万円を控除した,107億9959万1100円が,被控訴人P2が本件譲渡1により受けた利益が現に存する限度とする(甲8)。しかし,後記7で認定したように,本件譲渡2の時点におけるP4株式1株当たりの適正な価額は1420万0455円であり,本件譲渡2におけるP4株式1株当たりの譲渡価額である2031万9638円を下回っており,被控訴人P2は,本件譲渡2により,適正な価額を超える代金で譲渡したことによる利益を受けたものと認められるのであるから,そのような新たな譲渡によって受けた利益を徴収法39条にいう処分(本件譲渡1)によって受けた利益と解することはできない。
本件譲渡2により,被控訴人P2がP1から譲り受けたP4株式600株は,被控訴人会社に譲渡され,既に被控訴人P2の下に現存しなくなっており,その対価としては上記の107億9959万1100円が被控訴人P2の下に現に存するといえるものの,本件譲渡1によって,被控訴人P2が受けた利益は,P4株式600株の適正な価額と売買価額の差額としての経済的利益69億0074万0400円にとどまるものと解すべきである。
(4) 上記4(6)で認定したとおり,P1の平成11年6月期の所得金額は81億4349万8803円,納付すべき税額は28億0874万6800円及び無申告加算税額は4億2131万1000円であるから,被控訴人P2は,本件譲渡1により受けた利益が現に存する限度である69億0074万0400円を納付限度額として,P1の上記国税について,第二次納税義務を負うと認められる。
(5) 次に,本件納付告知処分が,本件所得税更正処分等とともに行われるのは,被控訴人P2に対する実質的な二重課税といえ,課税権を著しく濫用したものとして,違法といえるか否かについて検討する(争点(2)ウ)。
被控訴人P2は,本件譲渡1による1つの利益について,一方では被控訴人P2の一時所得とし,他方では顕著な低額譲渡による第二次納税義務の対象としたことが,被控訴人P2 1人に対する実質的な二重課税といえ,課税権を著しく濫用したものと主張する。
しかしながら,本件納付告知処分によって,被控訴人P2に課せられる第二次納税義務は,著しく低い額の対価による譲渡である本件譲渡1によって得た利益が存する限度で,P1の滞納国税の納税義務について納付責任を負わせるものであるのに対し,本件所得税更正処分等は,被控訴人P2自身の所得について税額を確定する処分であって,全く異なる法律関係に基づくものであるし,第二次納税義務の制度は,主たる納税者の財産に滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められるときに,補充的にその履行の責任を第二次納税義務者に負わせるものであり(補充性),第二次納税義務者が主たる納税義務者の滞納国税を納付した場合,第二次納税義務者は,主たる納税義務者に対する求償権の行使(徴収法32条5項)が認められているのであって,両者が二重課税に当たるものではなく,要件を具備した異なる法律関係に基づく課税等の処分が課税権の濫用になる余地はない。
したがって,本件納付告知処分は,本件所得税更正処分等とともに行われても,被控訴人P2に対する実質的な二重課税には当たらないし,課税権の濫用ともいえない。被控訴人P2の上記主張は採用することができない。
(6) 以上のとおり,控訴人国税局長の行った被控訴人P2に対する本件納付告知処分のうち,第二次納税義務者として納付すべき限度の額69億0074万0400円を超える部分(ただし,納付限度額について,平成16年1月29日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)が違法であり,取り消されるべきことになる。
6 争点(3)(被控訴人P2に対する本件所得税更正処分等の違法性・第2事件)について
(1) 上記認定説示したところに照らせば,本件譲渡1は,譲受時におけるP4株式の適正な価額より低い対価による資産の低額譲受けに当たり,本件譲渡1に係るP4株式600株の適正な価額である82億8074万0400円と本件譲渡1の代金13億8000万円との差額相当額69億0074万0400円が所得税法36条1項に規定する「経済的な利益」といえることは明らかである(争点(3)アイ)。
被控訴人P2は,本件譲渡1が,従来所有したP5株式を一時手放したものを再売買によって取り戻したにすぎず,新たに取得した経済的価値はない旨主張するが,上記3で認定した本件譲渡1の内容に照らし,前提を欠くもので採用の余地はない。また,被控訴人P2は,一時的にP5株式の預託を行ったに過ぎない本件では,預託の間のP5株式の経済的価値の増加に見合う利得は未だ実現しておらず「所得」は発生しないと主張するが,本件譲渡1により,P1が所有していたP4株式がP1の所有から離れる際に,P4がP5株式を取得したこと等によって上昇したP4株式の価値が顕在化したとみれることは上記認定のとおりであって,顕在化した経済的価値の増加が被控訴人P2に移転しているのであるから,この主張も採用の余地はない。
(2) 以上を前提に,被控訴人P2の平成11年分の所得金額及び納付すべき税額並びに過少申告加算税額を算定すると,次のとおりとなる。
ア 総合課税の総所得金額 45億8605万2277円
上記金額は,所得税法22条2項の規定に基づき,次の(ア)から(エ)までの各金額を合計した金額である。
(ア) 配当所得の金額 7億9227万円
上記金額は,本件所得税申告書の配当所得の金額欄に記載された金額と同額である。
(イ) 給与所得の金額 3億2225万円
上記金額は,本件所得税申告書の給与所得の金額欄に記載された金額と同額である。
(ウ) 雑所得の金額 2141万2077円
上記金額は,本件所得税申告書の雑所得の金額欄に記載された金額と同額である。
(エ) 一時所得の金額 34億5012万0200円
上記金額は,被控訴人P2が,P1からP4株式600株(適正な価額82億8074万0400円)を低額(13億8000万円)で譲り受けたことに伴い,当該株式の時価と当該譲受け価額との差額(69億0074万0400円)が所得税法36条に規定する経済的な利益に該当することから,一時所得として算定したものである。
なお,上記金額は上記の経済的な利益の金額から所得税法34条3項に規定する特別控除額50万円を控除した後の金額に,同法22条2項2号の規定を適用した後の金額(一時所得の金額の2分の1に相当する金額)である。
イ 所得控除の合計額 201万6704円
上記金額は,本件所得税申告書の所得控除の合計額欄に記載された金額と同額である。
ウ 総合課税の課税総所得金額 45億8403万5000円
上記金額は,上記アの総所得金額から上記イの所得控除の合計額を控除した後の金額(ただし,通則法118条1項により1000円未満の端数金額を切り捨てた後の金額)である。
エ 分離課税の総所得額 38億9885万0700円
(株式等の譲渡所得の金額 38億9885万0700円)
被控訴人P2は,本件所得税申告書に,P4株式600株を被控訴人会社に対して譲渡した譲渡収入金額121億9178万2800円から取得価額13億8000万円及び有価証券取引税1219万1700円を控除した107億9959万1100円を株式等の譲渡所得の金額として申告しているが,上記認定のとおり,P4株式を1株当たり1380万1234円で取得したことになり,取得価額は82億8074万0400円と算出されることになるから,譲渡所得金額は38億9885万0700円となる。
オ 納付すべき税額 21億5296万9000円
上記金額は,次の(ア)及び(イ)の合計額から(ウ)から(オ)までの各金額を控除した金額(ただし,通則法119条1項により,100円未満の端数金額を切り捨てた後の金額)である。
(ア) 総合課税の課税総所得金額に対する税額 16億9360万2950円
上記金額は,上記ウの総合課税の課税総所得金額に,所得税法89条に規定する税率(経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律(平成11年法律第8号,以下「負担軽減措置法」という。)4条の特例を適用したもの。)を乗じて算出した金額である。
(イ) 分離課税の総所得金額に対する税額 7億7977万0140円
上記エの分離課税の総所得金額に20パーセントを乗じて算出した金額である。
(ウ) 配当控除 3961万3500円
上記金額は,所得税法92条の規定に基づいて計算した控除額であり,本件所得税申告書の配当控除欄に記載された金額と同額である。
(エ) 定率減税額 25万円
上記金額は,負担軽減措置法6条の規定による定率減税額であり,本件所得税申告書の定率減税額欄に記載された金額と同額である。
(オ) 源泉徴収税額 2億8054万0580円
上記金額は,本件所得税申告書の源泉徴収税額欄に記載された金額と同額である。
カ 確定申告に係る納付すべき所得税額 22億5657万2600円
キ 差引納付すべき所得税額 -1億0360万3600円
被控訴人P2は,本件所得税申告書により納付すべき税額21億5296万9000円を超えて申告し,これに従った所得税を納めていたことに帰する。
(3) したがって,その余の点を判断するまでもなく,本件所得税更正処分等は,本件所得税更正処分は本件所得税申告書に記載された額を上回る部分につき違法であり,また,本件所得税更正処分に係る過少申告加算税賦課決定処分も違法であって,いずれも取消しを免れないというべきである。
7 争点(4)(被控訴人会社に対する本件法人税更正処分等の違法性・第3事件)について
(1) まず,P7評価書に基づいて定められた譲渡価額が,本件譲渡2及び本件譲渡3の時点におけるP4株式の適正な価額といえるかどうかについて,検討する。この点については,①本件譲渡2及び本件譲渡3の各当事者が,利害関係の相反する独立した第三者の関係にはないことを重視して,評価通達に基づいて,譲渡時点における適正な価額(時価)を評価する必要があるのか,あくまで,私的自治を尊重し,売買当事者が定めた売買代金をもって適正な価額と認めるべきであるかという点,②仮に評価通達に基づいて評価する場合に,評価時点を本件譲渡2及び本件譲渡3の行われた日である平成11年2月2日の時点とするのか,株式の取引において,取引の日に価額を決めるということは,通常では考えらないことから評価に必要な合理的な期間を考慮するのかということが問題となるが,これらの点について,仮に,控訴人江東西署長の主張を前提として,平成11年2月2日時点のP4株式の適正な価額を,評価通達に従って算出するとして,控訴人江東西署長の主張するP4株式の純資産価額(別表5)を基礎として(ただし,簿価純資産価額については,控訴人江東西署長は,P7評価書記載の価額を争っていないと認められるので,その価額を採用する。),上記4で説示したとおり,通達174の(1)ロを適用し,P4株式の評価において,評価差額に対する法人税額等相当額を控除し,P5株式の含み益に係る法人税額等相当額を控除しないこととして,P4株式1株当たりの純資産価額を算定すると,次のとおり,本件譲渡2及び本件譲渡3の時点におけるP4株式1株当たりの適正な価額は,本件譲渡2及び本件譲渡3におけるP4株式1株当たりの譲渡価額である2031万9638円を下回るものと認めることができる。
ア 時価純資産価額 172億0081万7000円
イ 簿価純資産価額 17億5294万7000円
ウ 評価差額 154億4787万0000円
エ 法人税額等相当額 72億6049万8000円
オ 法人税額等相当額控除後の額 99億4031万9000円
カ 発行済株式数 700株
キ 1株当たり純資産価額 1420万0455円
そうすると,上記①,②の点について判断するまでもなく,本件譲渡2及び本件譲渡3に係るP4株式計700株の譲受け価額が適正な価額に比して低額であるということはできないから,本件法人税更正処分において受贈益として益金の額に算入された金額である29億7706万9900円は,益金の額に算入することができない。
(2) 以上に述べたところに従った被控訴人会社の所得金額及び納付すべき法人税額並びに過少申告加算税額の算定は,原判決84頁末行冒頭から87頁3行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(3) したがって,被控訴人会社に対する本件法人税更正処分等は,所得金額555億2116万5839円,納付すべき税額214億3803万6200円及び過少申告加算税額169万1000円を超える部分が違法であり,取り消されるべきことになる。
8 以上によれば,原判決が,第4事件及び第1事件の被控訴人P2の請求を全部認容したのは一部失当であるから,上記判示内容に従って原判決主文1項,4項を変更することとし,原判決が,第2事件の被控訴人P2の請求を全部認容し,第3事件の被控訴人会社の請求を一部認容したのは正当であり,控訴人渋谷署長及び控訴人江東西署長の各控訴はいずれも理由がないから,これらを棄却する。
(裁判長裁判官 小林克已 裁判官 綿引万里子 裁判官 中村愼)