東京高等裁判所 平成2年(う)641号 判決
被告人 古市滝之助
〔抄 録〕
論旨は、要するに、酒類販売業免許制を定めた酒税法九条一項及びその違反行為の処罰規定である同法五六条一項一号は、職業選択の自由を定めた憲法二二条一項に違反し無効であるのに、被告人が免許を受けないで酒類販売業をしたことに対し、酒税法の右各規定を適用し処断した原判決は法令の適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
しかしながら、酒税法九条一項及び五六条一項一号は憲法二二条一項に違反しないとした原判決の判断は結論において正当であり、その理由として「被告人及び弁護人の主張に対する判断」の項において説示するところも概ね首肯することができる。
以下、この点についての当裁判所の見解を示す。
1 憲法二二条一項は、狭義における職業選択の自由及び職業活動の自由を含む「職業の自由」について規定しているところ、職業の自由は、憲法二九条の保障する私有財産制とともに我が国の社会・経済の基本的枠組みを構成しており、自由競争原理と結び付いて社会の繁栄の源となっているともいうべき基本的人権であるから、これが尊重されるべきは当然である。しかし、職業の自由は、本質的に社会・経済的な自由であって、公共の利害に影響するところが大であるから、純然たる精神的自由に比して、これを規制する必要もまた大きい。それ故、憲法二二条一項は、公共の福祉に反しない限りとの留保を付した上でこれを保障しているのである。
ところで、職業の自由を規制する法律の合憲性を判断するに当たっては、当該規制の目的・必要性、内容、これによって制限される職業の自由の内容、制限の程度等を比較考量の上、慎重に決しなければならないが、規制目的が公共の福祉に合致するものであるならば、そのための規制措置の具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきである。ただ、許可制は、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定するためには、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するというべきである(最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照)。
また、憲法は、三〇条で国民の納税の義務を定め、八四条で右納税義務の内容が法律によって定められるべきことを規定しているところ、租税法は、租税収入の確保という本来の目的のほか、種々の政策的配慮をも加えて定立されるものであり、専門技術的性格も強いから、租税法の合憲性の審査に当たっては、立法府の政策的、技術的判断が尊重されるべきである(最高裁昭和六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁参照)。
してみると、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のためにする職業の許可制による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法二二条一項の規定に違反するものということはできない(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号一〇三頁。被告人が代表者である角田酒販株式会社を上告人、東京上野税務署長を被上告人とする酒類販売業免許拒否処分取消請求事件上告審判決(以下「角田酒販判決」という。)参照)。
酒税法は、酒類製造者を納税義務者とし(酒税法六条一項)、酒類の製造を免許制とするだけでなく、酒類の販売業をも免許制(講学上の許可制)としている(同法七条ないし一〇条)。これは、酒税の賦課徴収について、移出課税方式によって酒類製造者にその納税義務を課し、酒類販売業者を介しての代金の回収を通じてその税負担を最終的な担税者である消費者に転嫁することとしたものである。昭和一三年に制定された酒類販売業免許制は、酒税(沿革的には酒類に対する物品税その他の税目を含む。以下同じ。)の納税義務者とされた酒類製造者による酒類の販売代金の確実な回収を阻害する虞のある酒類販売業者を酒類の流通過程から排除することによって、酒税の確実かつ安定的な徴収とその負担の消費者への円滑な転嫁を企図したものであって、酒税収入の国税収入全体に占める割合が高く、酒類の販売代金中に占める比率も高率であった当時においては、酒税の適正かつ確実な徴収を図るという重要な公共の利益のために採られた合理的な措置であったということができる。
しかし、その後の社会の変化や租税体系の変遷により、酒税収入の国税収入全体中に占める割合等は相対的に低下するに至っている。すなわち、その割合は、昭和に入って以降、同一〇年度(会計年度。以下同じ。)までは二〇パーセントを超えていたが、同一一年度以降徐々に低下し、同一三年度が一三・四パーセント、同一四年度が一〇・二パーセント、以後同二〇年度を除き同二一年度まで一〇パーセント未満の状態が続いた。同二二年度、一八・六パーセントに上昇し、同二五年度には二三・一パーセントを記録したが、以後徐々に低下して、同四四年度に再び一〇パーセントを割り込み、前掲角田酒販判決において判断の対象となった酒類販売業免許拒否処分のなされた同五一年度には六・三パーセント、本件犯行当時である同五六、五七年度には、それぞれ五・六パーセント及び五・七パーセントを示している。
したがって、昭和五一年度を基準としてさえ、酒類販売業免許制度が導入されて以来四〇年近くを経過し、酒税の国税全体中に占める割合が相対的に低下し、社会経済状態にも大きな変動があったことを重視し、「このような制度をなお維持すべき必要性と合理性」は失われており、酒類製造者・消費者いずれの利益を考えても、「酒類販売業を免許(許可)制にしている立法府の判断は合理的裁量の範囲を逸脱している」とする前掲角田酒販判決における坂上壽夫裁判官の反対意見にも、傾聴に値するものが含まれているといえよう。しかしながら、相対的に低下したとはいえ、酒税の国税全体に占める割合がなお六・三パーセントを示し、実額においても一兆〇一八四億七五〇〇万円に達しており、また、酒税は、本来消費者にその負担が転嫁されるべき税目であり、これが酒類販売代金中に占める割合がなお高率を維持している実情等にかんがみれば、「前記のような酒税の賦課徴収に関する仕組みがいまだ合理性を失うに至っているとはいえ」ず、昭和五一年「当時においてなお酒類販売業免許制度を存置すべきものとした立法府の判断が、前記のような政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるとまでは断定し難い」とした同判決の多数意見を支持すべきものといわざるを得ない。
そして、本件犯行時である昭和五六、五七年度においては、酒税の国税全体に占める割合は五・六パーセントないし五・七パーセントと一段と低下しているが、この間の社会経済状態に大きな変動はなく、酒税収入は実額において一兆七七一二億八二〇〇万円(同五七年度)に達している点にかんがみると、この時点においても、前掲角田酒販判決の多数意見の結論はなお支持するに足りるものというべきである(もとより、右判決の補足意見において園部逸夫裁判官が指摘されるように、右多数意見が、酒税の国税としての重要性を再確認し、現行の酒税法の法的構造とその機能の現状を将来にわたって積極的に支持したものとは解されないのであって、酒税の国税に占める重要性が年を逐い、日を経るに従って低下し、租税体系にも変動があり、また、許認可事務を通じての行政庁による過度の規制を緩和し、経済活動の自由化を求める世論の高まりの中で、酒類販売業免許(許可)制の合理性が失われる日が早晩訪れるであろうことは否定すべくもないが、少なくとも本件犯行時に関する限り、前掲角田酒販判決の多数意見と結論を異にすべきほどの事情の変更があったものとは認められない。)。
以上を要するに、酒類販売業免許制は、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという公共の利益のために採られた合理的な措置であり、その後における社会経済状態の変化にもかかわらず、本件犯行時を基準とする限り、なおその合理性が失われたものとは考えられず、右の目的による職業の自由に対する規制の必要性と合理性についての立法府の判断が、租税法定立についての政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるとまでは断定するに由ないところであり、したがって、酒類の販売業を所轄税務署長の免許に係らせた酒税法九条一項及びこれに違反して免許を受けないで酒類の販売業をした者に対する処罰を規定した同法五六条一項一号は、職業の自由を定めた憲法二二条一項に違反するものではないと解するのが相当である。
(半谷 濱井 林)