大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(う)878号 判決 1991年10月14日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人株式会社田村不動産(以下「被告会社」という。)の控訴の趣意は、弁護人佐藤義行名義の控訴趣意書(一)及び「答弁書に対する反論書」と題する書面並びに弁護人神宮壽雄、同勝尾鐐三連名の控訴趣意書に、被告人福井宏(以下「被告人甲」という。)の控訴の趣意は、弁護人神宮壽雄、同勝尾鐐三連名の控訴趣意書に、被告人福井登(以下「被告人乙」という。)の控訴の趣意は、弁護人佐藤義行名義の控訴趣意書(二)及び「答弁書に対する反論書」と題する書面に、これらに対する答弁は、検察官樋田誠名義の答弁書に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一  被告会社関係

各論旨は、いずれも、要するに、被告会社に対する原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、原審の記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、本件は、C信託銀行株式会社(以下「C信託」という。)本店の不動産営業部次長の地位にあり、かつ、被告会社の実際上の経営者としてその業務全般を統括していた被告人甲、被告会社の代表取締役としてその業務全般を総括していた原審相被告人吉井博(以下、「丙」という。)及び被告会社の取締役としてその経理事務を扱っていた被告人乙が、共謀の上、被告会社の業務に関して法人税を免れようと企て、支払手数料、仕入高、雑損失等を架空計上するなどの方法により、被告会社の所得金額を秘匿した上、昭和六〇年九月期及び同六一年九月期の二事業年度の実際所得金額の合計が四億九七〇三万五五〇〇円であったのに、右二事業年度の所得金額の合計が二億一〇六六万七〇二〇円で、これに対する法人税額の合計が八九八四万二三〇〇円である旨虚偽過少の確定申告書をそれぞれ提出して各納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社に対する正規の法人税額合計二億一三〇九万〇三〇〇円との差額合計一億二三二四万八〇〇〇円を免れた、という事案であって、逋脱金額が多額であり、平均約57.8パーセントという逋脱率も決して低いものではない上、被告人甲の個人資産の蓄積に協力した犯行と認められ、動機に酌むべきものがあるとは考えられず、犯行の手口、態様が悪質である点などを併せ考慮すると、被告会社の刑責は、たやすく軽視することができない。

弁護人佐藤義行の所論は、被告会社は、昭和六〇年九月期、同六一年九月期に丙に対して簿外で支払った合計四五〇〇万円が役員賞与と認定されたため、丙から徴収しないまま、当該金員に係る源泉徴収税額(合計二一六一万五〇九六円)を平成二年一月三〇日所轄税務署長に納付したところ、東京国税局査察部の担当者が、丙に対して確定申告書提出の必要はない旨課税の公平を害するような指導・助言をしたことから、同人は、昭和六〇年分、同六一年分の所得につき確定申告をなさず、これによって、被告会社は、丙から右源泉徴収税額相当額を回収することが事実上不可能となった上、これを損金に計上する時期をも失ったのであり、かかる経緯に鑑みると、被告会社に対する罰金刑の量刑においては、右源泉徴収税額相当額を減額すべきものであり、これをしていない原判決の量刑は不当に重い、というのである。

しかし、所論「指導・助言」の存否の点は暫くおくとしても、丙が確定申告書を提出しなかったことと源泉徴収税額相当額の回収不能との間に因果関係があるとは到底認められない上、被告会社は、丙に対する源泉徴収税額相当額の求償権を有し、これにつき債権放棄の手続をとっていないのであるから、損金計上をするに由なく、所論は、前提において失当というほかない。

してみると、被告会社においては、原判示二事業年度だけでなく、起訴対象外である昭和五九年九月期の所得についても修正申告をした上、すでに本税及び附帯税等を完納していること、経営体制を刷新し税務処理の適正化を図っていること、その他被告会社に有利な諸般の情状を考慮しても、被告会社を罰金三〇〇〇万円(逋脱額の約二四パーセントに相当する。)に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。各論旨はいずれも理由がない。

第二  職権による調査(被告人甲・被告人乙関係)

被告人乙の弁護人佐藤義行は、「答弁書に対する反論書」と題する書面において、被告人乙が共同正犯の責を問われている被告人甲の所得税法違反の犯行につき、同被告人が不動産業者から取得した利益分配金(以下「本件分配金」という。)は、原判示のように「雑所得」ではなく、「一時所得」と解すべきものと思料されるから、この点につき裁判所の職権調査を求める旨申し立て、被告人甲の弁護人神宮壽雄は、平成三年九月二四日付上申書を以て、同被告人の関係においても、右の点についての職権調査を求める旨申し立てているので、当裁判所は、被告人両名につき職権を以て調査の上、次のとおり判断する。

関係証拠によれば、被告人甲は、昭和五七年六月以降、C信託本店の不動産営業部次長の地位にあって、同本店における不動産取引の業務に従事していたものであるところ、昭和六〇年、同六一年において、自己がC信託の業務として行う不動産売買取引に関連して、自己の息が掛かった不動産業者四社に対して右取引についての情報を提供し、右四社を仲介業者として右取引に関与させて利益を取得させ、その見返りに、右利益の一部を本件分配金として還流(キックバック)させていたことが認められ、その総額は、右両年で、合計一五億一四〇〇万円に達している。

ところで、所得税法三五条一項は、「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定しているところ、本件分配金収入が、右に列挙された利子所得から譲渡所得までの八種類の所得(以下「八種類の所得」という。)のいずれにも該当しないことは明らかである。

そこで、本件分配金収入が一時所得に該当するか否かについて検討するに、同法三四条一項は、「一時所得」とは、八種類の所得以外の所得のうち、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定している。すなわち、「一時所得」といえるためには、当該所得が、八種類の所得以外の所得であることを当然の前提として、更に、それが、①営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得であること及び②労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであることの二つの要件を具備することが必要であり、そのいずれかの要件を欠く場合には、当該所得は「雑所得」に当たることとなるのである。

これを本件についてみるに、本件分配金収入は、被告人甲において、自己がC信託の業務として行う不動産売買取引についての情報を前示不動産業者四社に提供し、右四社を仲介業者として右取引に関与させて利益を取得させ、その見返りとして右利益の一部を自己に還流させていたものであるから、情報提供及び取引関与の便宜提供という役務の対価としての性質を有するものであり、前示②の要件を欠くことが明らかであって、一時所得には該当せず、雑所得に属するものと解するのが相当である。したがって、これを、所得税法基本通達(以下「基通」という。)が一時所得の例示として三四―一の(5)に掲げる「法人からの贈与により取得する金品」に該当するという弁護人佐藤義行の見解には、同調するを得ない。

また、同弁護人は、「雑所得」につき損益通算が認められていないのは(所得税法六九条一項)、その典型的なものとして、①法人の役員等の勤務先預け金の利子で利子所得とされないもの、②いわゆる学校債、組合債等の利子、③公社債の償還差益又は発行差金(基通三五―一の(1)ないし(3))などが考えられているように、その多くは余剰資産の運用によって得られる果実に当たるためであるところ、本件分配金収入には、資産の運用による果実の性質が含まれていないことに照らしても、これを雑所得とみることはできない、と主張する。

しかし、雑所得の中に資産運用の果実とみられるものが含まれていることは所論のとおりとしても、雑所得の概念は、これに尽きるものではなく、これを含んで更に多様な広がりを持つ包括的かつ広汎なものである。そのことは、同法三四条一項の文理に即してみても、①営利を目的とする継続的行為から生じた所得であって事業所得等以外のもの、②労務その他の役務の対価としての性質を有する所得であって給与所得等以外のもの、③資産の譲渡の対価としての性質を有する所得であって譲渡所得等以外のものなどは総て一時所得に当たらず、雑所得に当たると解されることからも明白である。してみれば、資産の運用の果実たる性質が含まれていないからといって、本件分配金収入が雑所得に当たらないということはできない道理であり、所論は理由がない。

更に、同弁護人は、「所得」について明確な概念規定を持たない所得税法の下において、八種類の所得及び一時所得に当たらないその他の所得一切を「雑所得」という包括条項に含ませることとしても、その範囲は不明確であって租税法律主義に反する疑いがあるから、雑所得の範囲は極めて厳格に解すべきであり、一時所得と解すべき余地のある本件分配金収入まで雑所得に含める解釈は租税法律主義に反するものといわざるを得ない、と主張する。

所得税法が「所得」を定義する規定を設けておらず、また、講学上「所得」概念について諸説の対立のあることは確かである。しかし、だからといって、所論のように「雑所得」の範囲を厳格かつ制限的に解釈すべきであるということにはならないのであって、明確にする必要があるのはむしろ「所得」の概念そのものであり、これが明確である限り、八種類の所得及び一時所得以外の所得一切を「雑所得」に含めることは何ら概念の不明確を招くものではない。そして、所得概念について如何なる説を採ろうとも、本件分配金収入が被告人甲の「所得」に当たることは明らかであるから、前示のとおりこれが八種類の所得及び一時所得に当たらないと解される以上、これを「雑所得」に当たると解することは何ら租税法律主義に反しないものというべきである。

以上に検討したとおり、被告人甲の本件分配金収入は一時所得ではなく、雑所得に当たるものと解するのが相当である。

第三  被告人甲関係

論旨は、要するに、原判決の被告人甲に対する量刑は、重過ぎて不当である、というのである。

そこで、原審の記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、本件は、C信託本店の不動産営業部次長の地位にあって、同本店における不動産取引の業務に従事すると共に被告会社の実際上の経営者としてその業務全般を統括していた被告人甲が、(1)前記第一のとおり、被告人乙及び丙と共謀して、二事業年度に亘り、被告会社の所得金額を秘匿した上、虚偽過少の申告を行って、不正の行為により、被告会社に対する法人税額合計一億二三二四万八〇〇〇円を免れ、(2)被告人乙と共謀の上、被告人甲の所得税を免れようと企て、不動産業者らから獲得した本件分配金を仮名で預金したり、これを原資として、割引債券を購入して第三者名義の貸金庫などに保管したり、外国に設立した現地法人の名義で外国の不動産を取得するなどの方法により、同被告人の所得金額を秘匿して、昭和六〇年分及び同六一年分の実際総所得金額の合計が一五億三二九四万四二九三円であったのに、各納期限までに各所得税確定申告書を提出しないで、それぞれ右期限を徒過させ、もって、不正の行為により、各源泉徴収税額を控除した二年分の正規の所得税額合計一〇億四三五〇万〇九〇〇円を免れた、という事案である。

右に明らかなように、本件逋脱額は極めて巨額であり、殊にその大半を占める所得税法違反の点は、悪質な所得秘匿工作を伴う不申告事犯である。被告人甲には、C信託における地位と職責上、不動産取引に伴う種々のリスクに備えて資金を準備する必要がなかったとはいえないとしても、各犯行の主たる動機が、同被告人の個人資産の蓄積にあったことは、余りにも明らかであって、もとより酌むべきものとは考えられない上、同被告人は、一連の所得秘匿工作の主導者であり、その手口、態様が巧妙、かつ、大胆なことに加えて、同被告人は、本件に関する税務調査の開始後も、単なる否認に止まらず多数の関係者を巻き込んだ積極的な罪証湮滅工作に及んでいること、原判決指摘の如く、本件における被告会社や被告人甲の所得の大部分は、同被告人がC信託の利益を図るためと称しながら土地の転売を繰り返し、その都度不動産業者を介在させるなどの方法で獲得したものであって、かかる所得の獲得方法そのものが強い非難に値する点も看過できないことなどに鑑みると、同被告人の刑責は、かなり重大というほかなく、本件が懲役刑の執行を猶予すべき事案でないことは勿論、所得税法違反の罪については、相当額の罰金併科を免れないものである。

所論は、同被告人は、①昭和六〇年に約八三〇〇万円、同六一年に約一億〇七〇〇万円を取引関係者らとの飲食代やタクシー代等として支出したほか、②昭和六〇年一二月一〇日丙に対して三〇〇〇万円を支出したのであって、本件分配金収入が「雑所得」とされたためにかかる間接的な支出が経費として認められていない点を、情状として考慮すべきである、と主張する。

しかし、(1)所論指摘①については、同被告人の供述するような支出の存在自体が甚だ疑問である上、仮に支出したとしても、内容的に余りに具体性を欠き、到底、所得税法三七条一項の「必要経費」とは認め難いところであり、(2)所論指摘②の支出についても、相手方の丙は、右金員受領の事実を否定している状況であって、その存在に疑問がない訳ではない上、仮に支出したとしても、被告人甲自身も、個人的なプレゼントである旨供述しているに過ぎないから、①の場合と同様、必要経費とは認められず、それ故、これらの支出を情状面で被告人甲に有利に斟酌すべきものとする所論には賛成できない。

また、所論は、本件犯行によって留保された被告人甲の資産のうち、①山田秀男に名義を移した約九億五〇〇〇万円相当の海外資産、②武山義雄に交付した約三億円の金員、③福山利夫らに交付した約一億円の金員は、いずれも回収が困難な状態にあり、これらの資産が流出してしまった点を情状面で考慮すべきである、と主張する。

しかし、仮に所論「流出」が認められるとしても、税務当局に対する工作資金の名目で詐取されたという③の場合は、もとより、①、②の場合においても、資産の流出は、被告人甲らが、本件各逋脱事犯の発覚を惧れ、これに備えて様々な対策をとったことから生じた事態であって、かかる流出について、これを被告人甲に特に有利な情状とみることは、必ずしも相当でなく、この所論も採用できない。

してみると、被告人甲は、所得税法違反につき逋脱本税、附帯税等を完納済であるほか、被告会社の法人税法違反についても、その完納のために尽力したこと、検察庁による強制捜査の開始後は、捜査公判を通じ一貫して事実関係を認め、事犯に対する反省の態度を示していること、本件の発覚により永年勤務し、それなりに貢献してきた職場であるC信託からの退職を余儀なくされたこと、すでに相当の社会的制裁を受けたとみられること、前科前歴がないこと、その家庭の事情など所論指摘の首肯できる諸点を被告人甲のために十分に考慮しても、被告人甲を懲役二年一〇月及び罰金二億五〇〇〇万円に処した原判決の量刑は、併科した罰金の額(所得税法違反による逋脱額の約23.7パーセントに相当する。)や未決勾留日数の算入(八二日中、三〇日を算入)の点を含めて、まことにやむを得ないところであり、重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

第四  被告人乙関係

一  控訴趣意第一点、同第二点(事実誤認、法令適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに、原判決は、原判示第二の一、二の各事実につき、被告人乙を被告人甲の共同正犯と認定し、刑法六〇条等を適用しているが、被告人乙は、右各犯行に「自己の犯罪」として加担したものではなく、また、同被告人が関与したとされる所得秘匿工作は不申告逋脱犯の実行行為に当たらないから、その刑責は幇助犯を以て論ずべきものであって、原判決には前提事実を誤認し、かつ、法令の解釈、適用を誤った違法があり、破棄を免れない、というのである。

しかし、原審の記録及び証拠物を調査して検討しても、原判決に所論の事実誤認、法令適用の誤りがあるものとは認められない。所論に鑑み、以下に補足説明する。

原判決挙示の関係証拠によれば、次の各事実が認められる。すなわち

(1)  被告人乙は、被告人甲の実弟であり、昭和五三年九月に株式会社エフ・エム商会(以下「B商会」という。)を設立し、宅地建物取引主任の資格を取得して同社を経営すると共に、銀行員であるために他社の役員になることができなかった被告人甲の指示によって、同五六年一〇月の被告会社の設立当初から、被告会社の取締役として、その経理事務を担当してきたものであるが、B商会の資本金の大半は被告人甲が出資したものであり、同社には被告人乙のほかに実働社員がおらず、資本金等で購入したビルの賃料収入のほかにはさしたる収入がなくて、被告人甲からC信託の業務として行う不動産取引に関与したという名目で利益を落として貰っていた状態であって、被告人乙には、このようなB商会及び被告会社からの役員報酬以外に安定した収入がなかった。

(2)  被告人乙は、昭和五七年ころ被告人甲から、同被告人が不動産業者から受領した本件分配金を仮名預金とするように依頼され、当初は、仮名預金設定の都度、通帳、印鑑を同被告人に返還していたが、その後、本件分配金の金額が急激に増加したことから、同被告人の依頼によって、その管理を委ねられるようになり、同被告人の指示により、時には、自己の判断で、仮名預金を設定してその預金証書を保管したり、無記名債券を購入してこれを第三者名義の貸金庫に保管したり、更に外国における不動産の購入のための資金の送付等を行って、昭和六〇年、同六一年の被告人甲の本件分配金(約一五億円)のうち、約九億円の秘匿に何らかの形で関与し、同被告人に対する税務調査が開始された後は、同被告人の指示で、又は、自己の判断で、罪証湮滅工作を行った。

(3)  被告人乙は、被告人甲から受け取る金員が、不動産取引に絡む裏金であり、同被告人が右所得を秘匿する意思であって、所得税納付の意思がないことを熟知していたが、実兄であり、自己の生活については、ほとんど全面的に同被告人に依存している状況であったことから、同被告人の依頼を引き受けて、その所得の秘匿、管理に当たっていたものである。

(4)  被告人甲は、C信託における日常の業務が繁忙を極め、本件分配金や被告会社の裏金を自ら管理することが困難であったことから、身内であって最も信頼できる被告人乙にその管理を委ねたものであり、被告会社の裏金の管理の報酬として、被告人乙に対し合計約一〇〇〇万円を与え、また、本件分配金の管理に関しては、前示(1)のとおり、B商会に対しC信託の業務として行う不動産取引に関与したとの名目で、昭和六〇年に約五〇〇〇万円の利益を供与している。

以上(1)ないし(4)の事実関係に徴すれば、原判決が、「弁護人の主張に対する判断」の項において、被告人乙が被告人甲の裏金を管理していたのは「被告人乙の生活が被告人甲の存在の上に成り立っていたためである」旨認定、判示している点は、正当として是認できる。

これに対し、所論は、被告人乙は、本件所得秘匿行為によって何らの対価、報酬を得ることなく、毎月定期、定額で入る不動産所得として、①中央区銀座七丁目○○ビルにあるスナックの賃貸収入月額一五万円、②同区銀座八丁目××ビルにあるスナックの賃貸収入月額二〇万円、③高崎市内にあるマンションの賃貸収入月額九万円の合計月額四四万円の収入を得ていたのである(同被告人の検査官に対する平成元年九月二七日付供述調書)から、原判決の右認定は事実を誤認したものであるという。

しかし、右①②の各スナックは、いずれも、被告人甲が自己の裏金を投じて購入し、他に賃貸していたものの、同被告人が銀行員で表面に名前を出せないため、被告人乙の名義や銀行口座を借用していたものであって、月額合計三五万円の賃貸料収入は被告人甲に帰属し、同被告人に処分権があったものと認められ(被告人乙の検察官に対する平成元年一〇月二八日付供述調書)、また、右③のマンションは、これを購入したのが昭和六三年前半になってからであることが明らかであるから(被告人乙の検察官に対する同年九月二七日付供述調書)、本件各犯行当時には、未だ所論賃貸料収入は発生していないのである。それ故、原判決の右説示に所論の誤認は認められない。

また、所論は、原判決が同じ項において、「被告人乙は、被告会社の法人税を免れたいわゆる裏金についても、被告人甲のために秘匿、管理していた」云々と説示している点を把えて、被告会社の法人税法違反が既遂となった後の秘匿、管理は共同正犯の成立と全く無関係であると論難するが、原判決は、法人税法違反の共同正犯の成立について説示しているのではなく、被告人乙が、被告人甲の所得税法違反の共同正犯と認められる理由の一つとして、被告会社の裏金の秘匿、管理という背景事情を挙げているに過ぎないから、所論の批判は当たらない。

以上のような本件の事実関係、殊に、被告人乙は、被告人甲の実弟であり、同被告人が実質的な経営者である被告会社の取締役の地位にあるほか、同被告人から出資の援助を受けて自ら経営するB商会にはみるべき収入とてなく、その生活については殆ど全面的に同被告人に依存している状況であったことからすれば、同被告人の巨額に上る所得を秘匿し、課税を免れることは、同時に被告人乙の生活基盤を安定させることに通じるものであり、更に、被告人乙が、被告人甲の依頼により、裏金の大半の秘匿、管理に関与し、時には自己の判断でこれを処理するなどの行為に出ていることに照らせば、所論にもかかわらず、被告人乙は、本件各犯行を「自己の犯罪」としてこれに加功したものと認めるのが相当である。

ところで、いわゆる虚偽不申告逋脱犯の事案に関しては、周知のとおり、租税逋脱犯における「偽りその他不正の行為」に当たるのは「所得秘匿工作を伴う不申告の行為」であるとする最高裁判所昭和六三年九月二日第三小法廷決定(刑集四二巻七号九七五頁)がある。したがって、虚偽不申告逋脱犯の実行行為は、不申告という不作為であることになるが、問題は、「所得秘匿工作を伴う」ということの意味及びこれに関与した者の刑責の評価である。

過少申告逋脱犯の場合にあっては、所得秘匿工作の有無にかかわらず、過少申告行為そのものが実行行為とされるから(最高裁判所昭和四八年三月二〇日第三小法廷判決・刑集二七巻二号一三八頁等)、事前の所得秘匿工作があった場合でも、それは犯罪の準備ないし予備であるに過ぎないものと解される。これに対し、虚偽不申告逋脱犯の場合にあっては、単に申告をしないという不作為だけでは、単純不申告犯の実行行為と何ら選ぶところがない。当該不申告行為が「所得秘匿工作を伴う」という状況の下においてのみ、当該不申告行為が逋脱犯の実行行為としての定型性を帯びるのである。したがって、所得秘匿工作の存在は、構成要件的状況(例えば、刑法一一四条の罪における「火災ノ際」、同法一七四条の罪における「公然」、盗犯等の防止及び処分に関する法律二条四号の罪における「夜間」等)として、逋脱犯の構成要件をなすものというべきである。そこで、構成要件的状況が人の行為によって作出されるものである場合、その作出に関与した者の刑責をどのように評価すべきかの問題を生ずることとなる。

思うに、構成要件的状況の存在を要件とする犯罪にあっては、当該状況が存在しない場合には、実行行為は当該犯罪の実行行為としての定型性を持ち得ないのであるから、構成要件的状況を作出する行為は、実行行為に当該犯罪の実行行為としての定型性を帯びさせる重要な行為であって、実行行為と相俟って構成要件を実現する行為であるといい得るのである。もとより実行行為そのものではないから、かかる状況を作出しただけでは犯罪の着手があったものということはできないが、共同して構成要件を実現するという面においては、実行行為と何ら選ぶところはない。したがって、共同正犯の成否を論ずるに当たっては、構成要件的状況の作出に加功した者は、実行行為そのものに加担した者と同一ないしこれに準ずる評価を受けるべきものと解するのが相当である(刑法一七四条につき同旨の結論のみを示すものとして、東京高等裁判所昭和三二年四月一二日判決・東京高裁時報八巻四号八七頁参照。)。

これを本件についてみるに、被告人乙は、被告人甲の虚偽不申告による所得税法違反に関し、同被告人と暗黙のうちに意思連絡の上、事前の所得秘匿工作を行い、構成要件的状況の作出に関与しているのであるから、所論幇助犯に止まらず、共同正犯に当たるものというべきである。

以上説示のとおり、原判決が原判示第二の一、二の各事実につき、被告人乙を共同正犯と認定し、刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項を適用したことに所論事実誤認、法令適用の誤りはない。論旨はいずれも理由がない。

二  控訴趣意第三点(量刑不当の主張)について

論旨は、要するに、原判決の被告人乙に対する量刑は重過ぎて不当である、というのである。

しかし、所論にもかかわらず、前示のとおり、被告人甲の本件分配金収入は、一時所得ではなく雑所得と認められる上、雑所得の性質に関する縷々の所論を考慮しても、量刑上雑所得の逋脱につき他の所得と異なる有利な取扱いをすべき理由は見出せない。

そうすると、被告人甲及び丙との共謀の上、被告会社の二事業年度の法人税合計一億二三二四万八〇〇〇円を逋脱すると共に、被告人甲と共謀の上、同被告人の二年分の所得税合計一〇億四三五〇万〇九〇〇円を逋脱した被告人乙の刑責は、到底軽視することができないところであって、被告人甲がC信託を退職した以上、同被告人及び被告人乙には再犯の虞がないこと、その他原審の記録及び証拠物に現れた被告人乙に有利な諸般の事情を十分に斟酌しても、同被告人を懲役一年六月に処した上、三年間右刑の執行を猶予した原判決の量刑は相当というべく、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

第五  結語

以上、第一ないし第四のとおりであって、本件各控訴はいずれもその理由がないから、刑訴法三九六条によりこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官半谷恭一 裁判官堀内信明 裁判官新田誠志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例