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東京高等裁判所 平成2年(く)153号 決定 1990年11月20日

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

本件各抗告の趣意は、別紙記載の附添人弁護士らが連名で提出した抗告申立書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

一  本件の経過

本人Aは、昭和六〇年九月六日浦和家庭裁判所において、強姦、殺人、窃盗保護事件について中等少年院送致の決定を受け、小田原少年院に収容され、昭和六二年一二月二五日仮退院して保護観察に付されていたが、平成元年九月一七日二〇歳に達したため右処分の執行は終了し、

本人Bは、昭和六〇年九月一八日同裁判所において、強制わいせっ、窃盗、道路交通法違反保護事件について中等少年院(一般短期課程)送致の決定を受け、有明高原寮に収容され、昭和六一年三月一四日仮退院して保護観察に付されていたが、平成元年一〇月二一日二〇歳に達したため右処分の執行は終了し、

少年Cは、昭和六〇年九月六日同裁判所において、強姦、殺人、窃盗保護事件について初等少年院送致の決定を受け、瀬戸少年院に収容され、昭和六一年七月三一日仮退院して保護観察に付され、

少年Dは、昭和六〇年九月六日同裁判所において、強姦、殺人、窃盗保護事件について初等少年院送致の決定を受け、赤城少年院に収容され、昭和六一年八月一日仮退院して保護観察に付され、

少年Eは、昭和六〇年九月一八日同裁判所において、強姦、窃盗保護事件について初等少年院送致の決定を受け、赤城少年院に収容され、昭和六二年九月二九日仮退院して保護観察に付されているものである。

ところで、前示各少年院送致決定に対し、右各本人及び少年ら(以下において、「本人及び少年ら」という場合を「少年ら」という。)は、それぞれ強姦、殺人、強制わいせつの罪を犯していないとして抗告の申立がなされたが、併合審理の上、昭和六一年六月一六日右各抗告は棄却され、更に右決定に対し、憲法違反及び判例違反のほか、各少年らは強姦、殺人、強制わいせつの罪を犯していないので重大な事実の誤認があり、決定を破棄しなければ著しく正義に反するので職権の発動を求めるとして各少年らにつき再抗告の申立がなされたが、平成元年七月二〇日右再抗告は棄却された。そして、平成元年一〇月一九日別紙記載の附添人弁護士らから浦和家庭裁判所に対し、強姦、殺人、強制わいせつの非行事実が存在しないのに各少年らに対し前示各少年院送致の保護処分がなされたことを認め得る明らかな資料を新たに発見したとして右各処分の取消を求める申立がなされたところ、同裁判所は、平成二年六月二八日右各申立をいずれも却下するとの決定をしたため、抗告の申立がなされて本件にいたったものである。

二  抗告の趣意第一について

所論は多岐にわたるが、要するに、原決定は、少年法二七条の二第一項は、不当な保護処分の執行から現実的に救済することを目的とする限度において再審的機能を果たすもので、不当な保護処分を受けたことによる名誉回復を目的とするものではなく、保護処分の取消は、保護処分が現に継続中である場合に限り許されるとして、少年らの本件申立をいずれも却下したが、これは、少年法二七条の二第一項の解釈適用を誤り、ひいては憲法一三条、一四条、三一条、三二条に違反するものであるというのである。

そこで検討するに、少年法二七条の二第一項が、保護処分の決定の確定した後に処分の基礎とされた非行事実の不存在が明らかにされた少年を将来に向かって保護処分から解放する手続をも規定したものであることは、すでに最高裁判所昭和五八年九月五日第三小法廷決定・刑集三七巻七号九〇一頁の明らかにするところであり、これによる保護処分の取消は、保護処分が現に継続中である場合に限り許されることは、同条同項の明定するところで、最高裁判所昭和五九年九月一八日第三小法廷決定・刑集三八巻九号二八〇五頁もそのことを明らかにしており、また本条による取消が名誉回復を目的とするものでないことは、前記最高裁判所各決定及び少年法二三条二項による保護処分に付さない旨の決定に対してはそれが非行事実の認定を明示したものであっても抗告することができないとする最高裁判所昭和六〇年五月一四日第三小法廷決定・刑集三九巻四号二〇五頁の趣旨から明らかであり、当裁判所もこれと同様に解するので、その旨の原判断は正当であり、そのように解したとしても所論引用の憲法の諸法条に違反するものでないことは、保護処分の取消をいかなる場合に認めるかは、本来立法政策の問題であるうえ、少年保護制度、手続の特質、保護処分の本質にかんがみれば明らかである。

してみると、本人A及び同Bについて、同人らがすでに成人に達し保護処分は終了したとして、本件保護処分取消の申立を却下した原決定は正当であり、その余の少年らについての所論指摘の説示に誤りはない。

三  抗告の趣意第二の一について

所論は、要するに、原決定が、仮にFに対する強姦、殺人の非行事実が認められないとしても、少年C、同D及び同Eには、その他に窃盗の非行事実があり、右少年らの要保護性を考えると、右少年らに対し何らかの保護処分が必要で、これらをも含めてなされた本件少年院送致決定全体を取消すことは疑問である上、現在における仮退院中保護観察の処分は著しく不当とは言えないとしたのは、重大な事実誤認であり、憲法三一、三二条、少年法一条、二七条の二に違反するというのである。

そこで検討するに、原決定は、所論指摘の前記説示に続き、「また、少年C、同Dび同Eは、いずれも本件で少年院送致決定を受け、少年院に収容された後、仮退院中保護観察に付され、その後再び非行を犯し、少年院送致決定を受け、いずれも仮退院中保護観察に付されているものであるが、この場合その後前の少年院送致決定の非行事実が不存在であることが判明し、当該少年院送致決定を取消しても、依然としてその後の少年院送致決定に基づく仮退院中保護観察の状態が残存するため、少年は保護処分の執行から現実的に救済されず」としていることからすると、当該保護処分決定において認定された非行事実の一部が不存在であることが判明しても、残余の非行事実を基礎にして少年に対し何らかの保護処分が必要であり、あるいはその後の新たな保護処分が存在する限り、少年法二七条の二第一項による保護処分の取消は許されないものとしているものと解される。

しかしながら、少年法二七条の二第一項は誤ってなされた保護処分を取り消してその保護処分から解放する規定であって、保護処分の継続中に新たな保護処分がなされてこれが競合する場合、実際上後者の新たな保護処分が執行されるとしても、同法二七条により一方の保護処分が取り消されない限り、前者の保護処分もそれ自体の終期に至るまで存続し、これによる心理的な強制や生活上の束縛を受けることは否定できないので、若し前者の保護処分が誤ってなされたものであれば、これを取り消す利益と必要があるというべきであるから、単に新たな保護処分の執行が残存するから現実的な救済にならないとして同法二七条の二第一項による前者の保護処分の取消を否定するのは相当ではない。

また、同法二七条の二第一項による非行事実の不存在を理由とする保護処分の取消は、非行事実が存在しないときには審判権がなく、保護処分に付することができないとして、誤って保護処分に付したことを是正し、少年を将来に向かって保護処分から解放する救済措置として定められているものであり、保護処分は保護的、教育的措置とはいうものの、同法二四条一項に定める保護処分はそれぞれ少年に対する自由の拘束、生活上の束縛等の点で不利益の程度を大きく異にするものであるので、保護処分取消の要否を判断するに当たっては、保護処分一般ではなく、その種類の点をも含め当該保護処分から解放すべきかどうかを判断すべきであり、当該保護処分の基礎となった複数の非行事実のうち、一部の事実が存在しないことが判明した場合には、残余の非行事実だけでは当該保護処分に付するだけの要保護性に欠け、当該保護処分を維持することができないときに、全部につき審判権がなかったものとして保護処分を取り消すことができるものと解するのが相当である。

ところで、前記のとおり、少年Cは、強姦、殺人及び窃盗の非行事実により初等少年院送致決定を、同Dは、強姦、殺人及び窃盗の非行事実により初等少年院送致決定を、また同Eは、強姦及び窃盗の非行事実により初等少年院送致決定を受けたものであり、本件申立により非行なしと主張している強姦、殺人の非行事実を仮に除いたとしても、いずれも窃盗の非行事実が残っている。そこで右各少年について保護処分取消の要否を検討する。

少年Cの窃盗の非行事実は三件あり、いずれも他の者と共謀の上、現金約一八〇〇円及び普通乗用自動車三台等(時価合計約二九二万四三〇〇円相当)を窃取したというものであり、決して軽微な事案ではなく、同少年の非行の初めは小学校四年当時の万引きで、その後小学校を卒業するまで仲間と共に多数の万引きや車上狙いの非行を重ね、中学生になっても、不良仲間との交遊が広がり、同様の非行のほかシンナー吸引を繰り返し、怠学も非常に多く、しばしば警察の補導を受け、通告を受けた児童相談所で指導を受けたが改善されず、昭和六〇年四月中学三年生になり転校したものの、特に同年五月以降七月二二日までの間、自動車の運転のできる弟や他の不良仲間と長期の家出を繰り返し、遊び回るための自動車盗、家出中の食費等を得るための車上狙い、シンナー吸引を重ねたもので、前示本件窃盗の非行はその一部であり、同少年の非行は早期に発生し、その非行性は非常に進み、固定化しているものとみられること、また、同少年は、四人きょうだい中の第二子長男であるが、母は一〇歳当時死亡し、父は職業柄少年との交流の機会が乏しく、そのため、同少年は規範的な行動を見習うことなく成長し、知能は準正常の程度にあるものの、気が弱く、学力不足等により自信に欠け、劣等意識を持ち、他に影響され易く、欲求に支配されるまま安易に行動し、年齢相応の内省力や自己統制力がなく、場当たり的で誠実さに欠けた性格傾向が窺われ、父が少年に対して極めて拒否的態度を示すこともあったため、少年は父に対し非常に不信を抱いていること、更に、父は、少年の監護に自信がなく、他罰的な傾向がみられ、少年の更生のため他と協力する姿勢がなく、他にも十分な保護を期待する状況がないことなど、少年の非行性、資質及び性格、交友関係、家庭その他の保護環境等を総合すると、同少年に対しては、前示窃盗の非行事実だけを基礎としても、施設における系統的な矯正教育よりその性格及び資質の改善を図り、規範的で健全な生活習慣を身につけさせ、再非行を防止するため、少年院に収容する必要があったものと認められ、前示初等少年院送致決定(現在は仮退院後の保護観察中)を取り消し、同少年をその保護処分から解放すべきものとは認められず、右保護処分を維持するのが相当である。

少年Dの窃盗の非行事実は四件あり、単独で現金約二万二〇〇〇円を窃取し、他の者と共謀の上、三回にわたり、現金約一八〇〇円、普通乗用自動車三台等(時価合計約二九二万四三〇〇円相当)を窃取したというものであり、前同様決して軽微な事案ではなく、同少年には小学校三年当時に友人に誘われての万引きがあるが、目立った非行は小学校五年からで、その後小学校を卒業するまで仲間と共に万引き、車上狙い、自転車及び自動車盗、シンナー吸引等多数の非行を重ね、中学生になっても、不良仲間との交遊が広がり、車上狙い、自動販売機荒らし、自動車盗の非行のほかシンナー吸引を繰り返し、学校でも厳しい指導を受け、児童相談所長にも通告されたが、非行は続き、従来の不良交友関係を絶つため昭和六〇年二月青森県に転校したものの、同年四月元の中学校に復帰するや不良交遊も復活し、特に同年五月中旬以降七月二二日までの間、不良仲間と長期の家出を繰り返し、遊び回るための自動車及びガソリンの窃盗、家出中の食費等を得るための車上狙い、シンナー吸引、自動車の無免許運転を重ねたもので、前示本件窃盗の非行はその一部であり、単独でも大胆かつ巧妙な現金窃盗を行っており、同少年の非行は早期に発生し、その非行性は非常に深化しているものとみられること、また、同少年は、三人兄弟の長男で、知能は普通域にあり、能力的には劣っていないものの、意志が弱く、自信に欠け、不良仲間内に帰属することで安心感を得、自制心が乏しく、自己中心的、即行的、衝動的行動傾向を示していること、更に、両親は少年の更生のため比較的熱心に学校側とも協力したが、同少年は、父親からしばしば制裁を受けたため情緒的交流を欠き、父親に対する不信感、反発心を抱いており、もはや家庭には少年を引き付けて十分な保護を期待する状況はないことなど、少年の非行性、資質及び性格、交友関係、家庭その他の保護環境等を総合すると、同少年に対しては、前示窃盗の非行事実だけを基礎としても、施設における系統的な矯正教育によりその性格及び資質の改善を図り、規範的で健全な生活習慣を身につけさせ、再非行を防止するため、少年院に収容する必要があったものと認められ、前示初等少年院送致決定(現在は仮退院後の保護観察中)を取り消し、同少年をその保護処分から解放すべきものとは認められず、右保護処分を維持するのが相当である。

少年Eの窃盗の非行事実は三件あり、いずれも他の者と共謀の上、現金約一八〇〇円、普通乗用自動車三台等(時価合計約二九二万四三〇〇円相当)を窃取したというものであり、前同様軽微な事案ではなく、同少年は、第二子で、四歳時両親が離婚して父が親権者となったものの、父とも別居して他に預けられるなど精神的に不安定な家庭状況から小学生当時些細な家出、万引き等の問題行動はあったものの、特に目立つほどではなかったところ、中学二年一学期末から前示窃盗の共犯少年グループに急速に接近して同調し、怠学、外泊、家出、万引き、自動車の窃盗及び無免許運転の非行を繰り返し、警察の補導、児童相談所及び学校での指導を受けて、一時的に安定し、中学三年生になった初期は真面目に登校していたが、昭和六〇年六月中旬以降不良交遊が復活し、比較的長期の家出をして友人らの家に泊まり、特に七月中旬には不良仲間と長期の家出をして、遊び回るための自動車及びガソリンの窃盗、家出中の食費等を得るための車上狙い、自動車の無免許運転を重ねたもので、前示窃盗の非行はその一部であり、不良仲間の中では主導的ではないが、自動車の運転ができるためその面では相当の役割を果たし、規範意識は希薄で、心理的抵抗感なく非行に及んでおり、その非行性は軽視できない程度になっていること、また、同少年の知能は普通域にあるが、学力は劣り、自信に欠け、自主性は乏しく、影響され易く、依存的、雷同的で、欲求の統制力が弱く、怠惰で責任感も乏しく、社会的生活習慣に欠けていること、更に、継母であることを知ってから、家庭は必ずしも情緒的に安定した場所ではなく、父と継母との間には三人の子供があり、同人らは少年の在宅監護には自信をなくしており、学校側も本件前に保護者と協議をして指導してきたが、もはや指導の限界を超えているとしていることなど、少年の非行性、資質及び性格、交友関係、家庭その他の保護環境等を総合すると、同少年に対しては、前示窃盗の非行事実だけを基礎としても、在宅保護で更生を図ることは困難であり、再非行を防止するためには施設に収容して専門的な指導教育を施し、その性格及び資質の改善を図り、規範的で健全な生活習慣を身につけさせる必要があるので、少年院に送致するのが相当であったものと認められ、前示初等少年院送致決定(現在は仮退院後の保護観察中)を取り消し、同少年をその保護処分から解放すべきものとは認められず、右保護処分を維持するのが相当である。

してみると、少年C、同D及び同Eについて本件保護処分取消の申立を却下した原決定は、前記のとおりその理由において適切を欠く点もあるが、その結論は正当であり、事実誤認、法令違反を主張する所論はすべて排斥を免れない。

以上の次第であるから、証拠の新規性についての原判断を論難するその余の論旨について判断するまでもなく、本件各抗告は理由がないから、少年法三三条一項後段、少年審判規則五〇条によりこれを棄却することと、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 近藤和義 裁判官 福嶋登 裁判官 反町宏)

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