東京高等裁判所 平成2年(ネ)2104号 判決 1990年10月30日
控訴人
坂野豊子
訴訟代理人弁護士
中島晧
同
二瓶修
同
湯浅正彦
同
田中和義
被控訴人
宇田川公子
同
岸恒敏
同
高橋菊枝
右三名訴訟代理人弁護士
井上捷太郎
主文
原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人らの控訴人に対する東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第一一七〇八号建物収去土地明渡等請求事件の判決の主文第一項に基づく強制執行は、被控訴人らにおいて、控訴人をして原判決添付の別紙物件目録(二)記載の建物から退去させて同目録(一)記載の土地を明け渡させる限度を超えては、これを許さない。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
4 当裁判所が平成二年六月一四日にした強制執行停止決定は第1項で認容した限度で認可し、その余を取り消す。
5 前項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者双方の申立て
一 控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人らの控訴人に対する東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第一一七〇八号建物収去土地明渡等請求事件の判決に基づく強制執行はこれを許さない。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者双方の主張
当事者双方の事実主張及び証拠関係は、次のとおり訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
請求原因第1項を次のとおり改める。
「1 控訴人は、昭和六〇年八月三〇日、訴外加藤金吾から原判決添付の別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を同目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)の借地権とともに買い受けたが、本件土地の賃貸人であった被控訴人らの先代亡岸信吉(以下「亡信吉」という。)は、無断譲渡を理由に本件土地賃貸借契約を解除し、右訴外人及び控訴人を被告として、本件建物の収去による本件土地の明け渡し及び明渡済みまでの賃料相当損害金の支払い等を求める訴え(東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第一一七〇八号建物収去土地明渡等請求事件、以下「別件訴訟」という。)を提起した。同裁判所は、右解除を認め、昭和六二年一一月二六日、控訴人に対して本件建物収去による本件土地明渡等を命ずる判決を言渡し、右判決は、控訴人のした控訴、上告がいずれも棄却された結果平成元年三月二三日確定した。」
理由
一請求原因事実及び抗弁事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、控訴人が別件訴訟の口頭弁論終結時までに本件建物につき借地法第一〇条に基づく買取請求権の行使をしなかったことが明らかであるところ、控訴人の本訴請求は、控訴人が本件訴状により被控訴人らの先代亡信吉に対して本件建物の買取りの請求をしたことを根拠とするものである。
このように、土地の賃借権の無断譲渡が行われた場合における建物収去土地明渡請求訴訟において、建物所有者が建物買取請求権を行使しないままに請求認容の判決が確定した場合において、その後に建物所有者が建物買取請求権を行使することができるかどうかについては、紛争の一回的な解決を重視して消極に解する見解もありうるところであるけれども、当裁判所は、買取請求権が建物の社会的効用を保護する目的のもとに設けられたものであることからすると、明渡請求訴訟の判決が確定した後においてもなお、その行使を許容することが制度の趣旨に沿うものであり、したがってこれを積極に解するのが相当であると判断する。
そうすると、控訴人の建物買取請求権の行使により本件建物の所有権は亡信吉に移転したものであるから、これによって控訴人の本件建物の収去義務は消滅したことが明らかである。しかし、控訴人が本件建物を占有することによって本件土地を占有していることは弁論の全趣旨によって明らかであるから、控訴人は、依然として本件建物から退去することによる本件土地の明渡しの義務を負っているものである。そして、別件訴訟の判決における本件建物の収去による本件土地の明渡しを命じた部分のうちには、本件建物から退去することによる本件土地の明渡しを命じる趣旨が包含されているものと解するのが相当である(収去明渡の執行の過程において建物を占有する控訴人の退去が当然に実現されるから、退去による明渡義務が顕在的に表現されていないだけである。)から、右判決主文第一項の執行力は、建物退去土地明渡の限度を超える部分についてのみ失われたものというべきである。
三控訴人は、建物買取請求権の行使によって本件建物につき売買契約が成立したことを前提として、被控訴人らによる代金の支払いがあるまで本件建物について留置権を行使する旨主張する。
しかしながら、本件建物に本件根抵当権が設定され、その登記がされていることは当事者間に争いがなく、この事実によれば、被控訴人らは、民法五七七条により右根抵当権に対する滌除の手続が終了するまで代金の支払いを拒むことができるものである。そうとすれば、控訴人は、被控訴人らによる代金の支払いに関して留置権又は同時履行の抗弁権を主張することにより本件建物から退去して本件土地を明け渡す義務の履行を拒むことはできないものであり、被控訴人らの抗弁は理由がある。
なお、控訴人は、本件根抵当権はいずれも被担保債権額が零と確定しているから、被控訴人らの滌除権行使の余地はなく、被控訴人らは建物買取代金の支払いを拒むことはできない旨主張するが、本件全証拠によるも本件根抵当権の被担保債権額が零であることを認めることができず、被控訴人らが滌除権を有しないものということはできないから、控訴人の右主張は失当である。
四よって、控訴人の本訴請求は、別件訴訟の判決の主文第一項に基づく強制執行は、控訴人をして本件建物から退去して本件土地を明け渡させる限度を超えては、これを許さないとする限度で理由があるからこれを認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、九二条、八九条を、強制執行停止決定の一部認可及び一部取消並びにその仮執行の宣言につき、民事執行法三七条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官橘勝治 裁判官小川克介 裁判官南敏文)