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東京高等裁判所 平成2年(ネ)2404号 判決 1992年2月18日

千葉県野田市<以下省略>

控訴人

右訴訟代理人弁護士

永井義人

茨木茂

東京都港区<以下省略>

被控訴人

リッチアメリカン株式会社

右代表者代表取締役

Y1

長野市<以下省略>

被控訴人

Y1

横浜市<以下省略>

被控訴人

Y2

東京都杉並区<以下省略>

被控訴人

Y3

千葉県浦安市<以下省略>

被控訴人

Y4

埼玉県新座市<以下省略>

被控訴人

Y5

右六名訴訟代理人弁護士

浅井洋

右当事者間の損害賠償請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一1  原判決中、被控訴人リッチアメリカン株式会社、同Y1、同Y2、同Y3、同Y5に係る部分を取り消す。

2  被控訴人リッチアメリカン株式会社、同Y1、同Y2、同Y3、同Y5は、控訴人に対し、各自金二一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人の同被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人の被控訴人Y4に対する控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人と被控訴人リッチアメリカン株式会社、同Y1、同Y2、同Y3、同Y5との間に生じた分は、これを一〇分し、その一を控訴人の、その余を同被控訴人らの各負担とし、控訴人と被控訴人Y4との間に生じた分は控訴人の負担とする。

四  この判決第一項2は仮に執行することができる。

事実

(申立て)

控訴人代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは、控訴人に対し、各自金二三〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

(主張)

一  控訴人の請求原因

1  被控訴人リッチアメリカン株式会社(以下「被控訴会社」という。)は、海外商品先物取引市場における商品売買の仲介代理及び取次業等を目的とする会社であり、昭和六〇年当時、被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1」という。)は被控訴会社の代表取締役、被控訴人Y2(以下「被控訴人Y2」という。)及び同Y3(以下「被控訴人Y3」という。)は被控訴会社の取締役、被控訴人Y4(以下「被控訴人Y4」という。)は被控訴会社の監査役、被控訴人Y5(以下「被控訴人Y5」という。)は被控訴会社の本社営業部第三課に所属する従業員であった。

Aは、昭和五年○月○日生れの女性で、昭和二二年から小学校の教師をしていたが昭和六〇年三月に退職し、昭和六一年二月二八日に死亡した。控訴人は、Aの子で唯一の相続人である。

2  Aは、昭和六〇年五月二八日、被控訴会社との間で、Aが被控訴会社に対して海外商品市場における先物取引を行うことを委託する旨の契約(以下「本件基本契約」という。)を締結し、同月三〇日に八四〇万円、同年六月一四日に一一六〇万円を保証金として預託した。

被控訴会社は、昭和六一年一月二二日に本件基本契約による取引を清算した結果、Aに二五四九万五五八一円の損失が生じたとしている。

3  被控訴会社は、実際は、Aから預託を受けた保証金を自己のために費消する意図であり、本件基本契約を誠実に遵守して海外先物取引を行う意思も能力もないのに、正常な取引を仮装し右の意思と能力があるかのように装って保証金を騙取したものである。

すなわち、(一)被控訴会社は、被控訴人Y1が代表者に就任した当初から債務超過の状態で、顧客から預託を受けた保証金を経営資金に充てて運営してきており、預託された保証金を顧客に返還する意思も能力も有しなかった。そこで、Aのような海外先物取引の経験がなくこれを行う適格を有しない者を対象として、海外先物取引の仕組み及び危険性について説明することなく、「安全な取引で、もうかります。」など断定的、利益誘導的な勧誘をして顧客を集めていた。他方、(二)被控訴会社は、ボーデンシー株式会社(以下「ボーデンシー」という。)を介して、アメリカ合衆国シカゴ商品取引所(以下「シカゴ商品取引所」という。)のFCM(Futures Commision Merchant。日本における商品取引員に相当する。)であるアイオワ・グレイン・カンパニー(以下「アイオワ・グレイン」という。)に商品売買の仲介委託をしていたが、ボーデンシーに対しては、顧客の買い注文と売り注文との差について顧客の注文と対当する自己玉(いわゆる向い玉)を建て、常に売り注文と買い注文とを同数として市場に注文することにより、少額の委託証拠金を預託すれば足りるようにして、自己が顧客から預託を受けた保証金のほとんどは自己のために費消できるようにしていた。

被控訴会社によれば、Aは、本件基本契約に基づいて、昭和六〇年五月三〇日から昭和六一年一月二二日までの間に小麦、とうもろこし及びコーヒーの先物の売買の注文をしたことになっているが、同人は、昭和五八年に乳癌となり、その治療のために東京大学医学部附属病院(以下「東大病院」という。)に昭和六〇年四月一七日から同年五月一七日まで、同年七月九日から同月二八日まで、同年八月一九日から同年一一月三〇日まで、昭和六一年一月二〇日から同年二月一八日の死亡の日まで入院しており、その間も通院して治療を受けていて、到底被控訴人らの主張する海外先物の売買の注文のできる状態ではなかったから、そのような注文はしていないし、特に入院中に注文したことはあり得ない。被控訴会社は、Aに保証金を返還しないようにするために、勝手にアイオワ・グレインに注文を続けていたものであり、このことも被控訴会社がAを欺罔していたことを裏付けるものである。

4  被控訴会社は、会社の業務として組織的に右のような形態の営業を行っていたものであり、被控訴人Y5はAに対する営業担当者として、直接Aに対する欺罔行為を行い、被控訴人Y1、同Y2、同Y3及び同Y4は被控訴会社の前記1の役職にあり、同Y5と共謀して右のような営業活動を遂行していたものであるから、被控訴人Y1、同Y2、同Y3、同Y4及び同Y5は民法七〇九条、七一九条一項により、右欺罔行為は被控訴会社の従業員である被控訴人Y5が事業の執行についてしたものであるから、被控訴会社は民法七一五条一項により、連帯してAの受けた損害を賠償する義務がある。

仮に、被控訴人Y4が被控訴会社の現実の運営に関与していなかったとしても、右不法行為が被控訴会社として組織的に行われていたことからして同被控訴人も他の被控訴人らの右不法行為を幇助したものであり、少なくとも過失責任は認められるべきである。

5  Aが、被控訴人らの右不法行為により被った損害は次のとおりである。

(一) 保証金名義で騙取された二〇〇〇万円

(二) Aは被控訴人らの右不法行為により精神的苦痛を受けたものであり、これを慰謝するのに相当な額は三〇〇万円である。

(三) 控訴人は、控訴訴訟代理人に本件訴訟の提起及び遂行を委任して報酬等として二六九万円を支払う旨約束した。

よって、控訴人は、被控訴人らに対し、各自右損害金二五六九万円中二三〇〇万円及びこれに対する右不法行為の後である昭和六一年二月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被控訴人らの認否

1  請求原因1のうち、被控訴人らの業務内容及び地位に関する部分及びAが死亡したことは認めるが、その余は不知。

2  同2は認める。

3  同3及び4は争う。

被控訴会社は、本件基本契約に基づいて、Aから昭和六〇年五月三〇日から昭和六一年一月二二日までの間、シカゴ商品取引所の小麦、とうもろこし及びコーヒーの先物の売買の委託を受けアイオワ・グレインに注文して先物取引を実行し、その結果、Aには二五四九万五五八一円の損失が発生したが、被控訴会社は正当な取引を行ったものである。

(証拠関係)

原審及び当審各記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  控訴人主張の不法行為の成否について検討する。

1  請求原因1のうち、被控訴人らの業務内容及び地位に関する部分は当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない甲第一六号証、第一八、第一九号証、第三〇号証の一、同号証の三、四、第四〇号証の一、二、原本の存在及び成立に争いのない甲第三ないし甲第八号証、第一一号証の一ないし三、第一三号証、第一五証の一、二、原審における被控訴人Y1の供述により成立の認められる乙第一一号証の一ないし一二、原審における被控訴人Y1、同Y2、同Y3、同Y5各本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)を併せると、次の事実が認められる。

(一)  被控訴会社は、昭和五九年ころB(以下「B」という。)が代表取締役の地位にあって、海外先物取引の仲介等を業としていたが、同年一二月、被控訴人Y1が被控訴会社の経営を引き継ぎ、同被控訴人が代表取締役になり、同Y2が常務取締役、同Y3が営業担当の取締役、同Y4が監査役に就任し(昭和六〇年一月二九日就任登記)、被控訴人Y5もそのころ営業部員として入社した。

(二)  被控訴人Y1もBも経営方針を踏襲したが、その海外先物取引についての営業の形態は次のとおりであった。

(1) 被控訴会社は、顧客の注文に基づいて、被控訴会社名義でボーデンシーに注文を出し、ボーデンシーはさらに同社名義でシカゴ商品取引所のFCM資格を有しているアイオワ・グレインに対して同取引所における先物商品売買の注文をしていた。その際、被控訴会社は、顧客の買い注文と売り注文との差(差玉)については自ら対当する売り又は買いの注文(向い玉)をし、買い注文に対しては同日に同一価格、同一量の売り注文を、他方、売り注文に対しては同日に同様の買い注文をしており(価格については稀に若干の差異があった。)、ボーデンシーはこれをアイオワ・グレインに取り次いでいた。その結果、売り、買いいずれの注文も即日に仕切られていた。

(2) 右のような売買同数注文及び即日決済という方法を採ることによって、シカゴ商品取引所に委託を要する委託証拠金は少額で済むこととなり、被控訴会社は、アイオワ・グレインに対し手数料のほかは少額の委託証拠金を送金することで足りていた。

(3) こうして、被控訴会社は、顧客から預託を受けた保証金の大部分を手元に置いて経営資金等に使用することができることになり、顧客から保証金を受領すると自社の預金口座に振り込む等して、他の資金と区別することなく自由に使用していた。

(三)  被控訴会社は、Bが経営していた当時から同様の形態の取引をしていたが、右取引について顧客から詐欺による損害賠償請求訴訟が提起されており、被控訴人Y1が引き継いだ当初から経営は順調でなく、債務超過の状態が続き、資金不足に苦しんでおり、顧客から預託された保証金を直ちに経営資金等に費消してしまうという状況であり、昭和六〇年八月ころには従業員の給料の遅配、不払いが生ずるようになり、昭和六一年四月ごろには事実上営業を停止するに至った。昭和六〇年当時被控訴会社の営業担当の従業員は約三〇名であり、被控訴人Y1が経営を引き継いだ当時の顧客は約一〇〇名で、その後新規に獲得した顧客は二〇名ないし三〇名程度であった。

控訴人Y1が経営を引き継いだ時期以後において、被控訴会社の顧客は九割を超える者が損失を受けて取引を終えている。

被控訴人Y1、同Y2、同Y3、同Y5の各供述中、右認定に反する部分は採用できない。

2  請求原因2の事実は当事者間に争いがなく、原審における被控訴人Y1及び同Y5の各供述及びこれにより成立の認められる乙第五ないし第七号証の各一ないし三によれば、被控訴会社では、Aからの注文により次の売買を行ったとしていることが認められる。

①  昭和六〇年五月三〇日 小麦買い 一口

とうもろこし売り 一口

②  〃六月一二日 小麦売り 一口

③  〃六月一三日 小麦買い 一口

④  〃六月一四日 小麦買い 二口

とうもろこし売り 一口

⑤  〃八月二日 小麦売り 一口

とうもろこし買い 二口

⑥  〃八月五日 とうもろこし売り 二口

⑦  〃八月一六日 とうもろこし売り 二口

⑧  〃一一月二九日 小麦売り 二口

とうもろこし買い 五口

⑨  〃一二月二日 小麦買い 一口

とうもろこし売り 二口

⑩  昭和六一年一月一七日 小麦売り 一口

とうもろこし買い 二口

⑪  〃一月二〇日 コーヒー買い 一口

⑫  〃一月二二日 コーヒー売り 一口

そして、被控訴会社におけるAの取引の担当者であった被控訴人Y5は、原審において、右各売買の注文については電話により又は入院中の病室を訪問してAの承諾を得た旨供述する。

しかし、原審における控訴人尋問の結果及びこれにより成立の認められる甲第二号証、第二三号証、第二四号証の一ないし四(第二号証、第二四号証の一ないし四は原本の存在とも)、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる第三二号証によると、Aは、昭和五年九月二九日生れの女性で、昭和二二年以来、小学校の教師をしており、昭和二七年に結婚して昭和三五年には一人娘の控訴人が出生したが、昭和五五年夫と死別したこと、Aは従前、証券取引、商品取引の経験はなかったこと、同人は昭和五八年三月に乳癌が発見され、左乳房全部摘除の手術を受けていったん職場に復帰したものの、昭和五九年九月癌の転移が発見され両側卵巣摘除、昭和六〇年一月右乳房全部摘除の手術を受け、同年三月に退院したが、職場は退職したこと、しかし、癌は全身に転移しており、その後も、同年四月一七日から同年五月一七日まで(同年四月二〇日控訴人に対して医師から癌である旨の告知がされている。)及び同年七月九日から同月二八日まで、東大病院に入院して放射線照射、化学療法を受け、同年八月一九日にはまた東大病院に入院したこと、昭和六〇年五月の右退院後は自宅で静養しつつ、通院治療を受けていたが、腋窩部のしびれ、腕、腰の痛み、脱力感、倦怠感があり、通院には大変な努力を要する状態であり、同年七月二八日の退院後の自宅静養中も腰痛、腋窩部圧迫感、手指のしびれがあり、全身状態すぐれず、寝ていることが多い状況にあったこと、同年八月一九日の入院後は痛みのためほとんど常時横臥しているようになり、一〇月ごろからは高熱が続き、夜も眠れず、疲労感、倦怠感が強く、浮腫がひどく、息苦しいという状態であったこと、同年一二月三〇日には本人の希望で正月を自宅ですごすために一時退院したが、自宅では寝たきりの生活で、用便に行くにも一人では歩けず、胸、腕、顔のむくみが著しく、全身の倦怠感が強く、食欲もなく、少し話をしても疲れがひどいためほとんど話もせず、仰向けに寝ると苦しいところからうつ伏せに寝ていたがあまり眠れないという状態であったこと、昭和六一年一月二〇日には再び東大病院に入院したが、症状は更に悪化し、全身の痛みとむくみがひどくなり、ほとんど話をせず、夜は眠れず、昼間うとうとしている状態が続き、同年二月一八日死亡したことが認められる。

被控訴人Y5も、原審において、右⑩ないし⑫の売買については、自らはAと連絡をとっておらず、被控訴人Y1又は同Y3がAを訪問して承諾を得たと思う供述するにとどまるが、被控訴人Y1及び同Y3は原審においていずれも自ら承諾をとったことはない旨供述するのみならず、右認定のAの病状からしても、右⑩ないし⑫の売買当時、Aが自らその注文をすることができたとは到底考えられないといわなければならない。

さらに、右売買のうちその余のものについても、Aから個々の注文を受けたとする被控訴人Y5の右供述は、ごく漠然としたもので、具体的な注文の方法については何ら述べていないことに加え、特に右の⑧の七口の売買及び⑨の三口の売買については、成立に争いのない甲第二一号証によれば、被控訴人Y5及び同Y3は昭和六〇年一一月一五日及び二七日に東大病院入院中のAの病室を訪れたことがうかがわれるものの、前記のような病状からして、その当時Aがその注文を自らすることができたとは到底考えられないというべきである。また、右⑤ないし⑦の売買についてもその当時のAの前記病状からすると、被控訴人Y5がAの個別的な指示ないし承諾に基づいて売買の注文をしたかについては強い疑問の残るところであり、これらの点に関する被控訴人Y5の前記供述はにわかに採用できない。したがって、少なくとも昭和六〇年八月一九日の入院時以降における右⑧ないし⑫の売買に関しては、被控訴人Y5はAの意思に基づかずに取引を継続していたものというべきである。

なお、成立に争いのない甲第四二号証の一ないし一三及び弁論の全趣旨によると、被控訴会社は、Aに対し毎月取引についての残高照合通知書を送付していたこと、これに対してAからは格別異議は述べられなかったことが認められるが、前記Aの経歴及び病状からして、特に右昭和六〇年八月一九日の入院時以降において、同人が海外先物取引の内容について十分理解し検討し得るような心身の情況にはなかったと認められることを考慮すると、そのことは右認定の妨げとはならないというべきである。

3  前記認定の事実に基づいて判断する。

まず、被控訴会社の行っていた差玉について向い玉を建てる方法では顧客と被控訴会社との間で損益が対立し、相反する関係となるのみならず、売買の注文を即日仕切ることによって市場における未決済の建玉のない状態としていたことは、違法な呑み行為の指弾を免れるためのものというべきである。そして、前記認定の事実からすれば、被控訴会社がこのような形態の取引を行っていたのは、海外市場に対する証拠金の送金を免れ、顧客から預託される保証金を自ら管理、費消するためであったというべきであり、被控訴会社は、資金不足に悩み、顧客から預託された保証金を直ちに自社の経営資金等に費消してしまっていたため、顧客に返還する必要が生じたとしても返還に応ずることは甚だ困難な状況にあり、全顧客に返還することは到底不可能な状態にあったものといわなければならない。したがって、被控訴会社としては、売買手数料及び売買差損という形で顧客に対する保証金の返還を免れることを必要とする状況にあった上、実際に被控訴会社との取引においては顧客の九割以上が損失となっていること、前記認定の事実からすれば、Aとの取引において、被控訴人Y5は、当初からAの経歴、境遇や、同人に投機取引の経験がないことを認識していたものと認められるのみならず、Aがかなり健康を害している状況にあることを当然認識し得たものと認められる(同被控訴人の前記供述中、これに反する部分は採用できない。)のに、あえてAとの間で本件基本契約を締結して取引を行い、その後の病状の悪化と入院という状況下で、Aの指示、承認に基づかない市場への注文を繰り返したこと並びに弁論の全趣旨からすれば、被控訴会社は海外先物取引の顧客として適格性を有しない相手であっても強引に顧客とした上、顧客に損失が発生して保証金を返還する必要のない状態になるまで取引を継続することを営業方針としていたものであることが推認される。このように被控訴会社が採っていた取引の手法及び営業方針は、正常な取引を仮装していたものの、顧客の信頼を裏切るような不当なものであったというべきであるが、前記認定の各事実からすれば、被控訴人Y5もこのような被控訴会社の取引の手法及び営業方針は熟知していたものというべきである(原審における被控訴人Y5の供述中、これに反する部分は採用できない。)。

原審における被控訴人Y5の供述によると、同被控訴人は本件基本契約を締結するに際し、Aに対し被控訴会社が行うのは正常な海外先物取引である旨告げて勧誘し、リスク開示告知書(乙第二号証)、「海外先物市場における先物取引委託の手引」(乙第八号証)を交付したことが認められる。しかし、被控訴会社が実際に行っていたのは前記のような不当な形態の取引であり、保証金も直ちに被控訴会社の経営資金等に費消されるものであるのに被控訴人Y5がこれを秘し、被控訴会社が正常な取引を誠実に行うかのような説明をしてAを勧誘したことは、Aに対する欺罔行為であり、Aは被控訴人Y5の右説明を信用して本件基本契約を締結し保証金合計二〇〇〇万円を交付したものというべきであるから、同被控訴人の行為は不法行為に該当することが明らかである。

二  被控訴人らの責任の有無について検討する。

1  被控訴会社、被控訴人Y1、同Y3、同Y2及び同Y5について

(一)  前記認定の事実及び原審における被控訴人Y1、同Y3、同Y2、同Y5の各供述(後記採用しない部分を除く。)によると、被控訴人Y1は代表取締役、被控訴人Y2は常務取締役、同Y3は営業担当の取締役として被控訴会社の経営に当たっていたものであり、すべて前記のような被控訴会社の営業形態及び営業方針を熟知し共同で推進していたものと認められ(これに反する被控訴人Y3の供述は採用できない。)、被控訴人Y5は、被控訴人Y1同Y3、同Y2の指示を受け、被控訴会社の右営業方針に従って営業活動に従事し、Aに対する右不法行為を行ったというべきであるから、被控訴人Y1、同Y2、同Y3及び同Y5は民法七〇九条、七一九条一項により連帯してAの被った損害を賠償する義務があり、同不法行為は被控訴会社の従業員である被控訴人Y5が被控訴会社の事業の執行についてしたものであるから、被控訴会社は民法七一五条一項により右損害を賠償する義務がある。

2  被控訴人Y4について

前記のとおり、被控訴人Y4は被控訴会社の監査役であり、前掲甲第三〇号証の一によると、昭和六〇年一月二九日に被控訴会社の監査役に就任した旨の登記がされていることが認められるが、同被控訴人は、原審において、「被控訴人Y2から、監査役が不在であるから見つかるまで名前を貸してくれと頼まれて承諾しただけであり、被控訴会社の経営には全く関与していない。」旨述べており、本件全証拠によっても、被控訴会社の営業ないし経営に関与したことはうかがえず、他に同被控訴人が被控訴人Y1らの右不法行為を幇助し、又は過失によりAに対して損害を与えたと認めるに足りる証拠はない。

したがって、同被控訴人に対する請求は理由がない。

四  次に損害額について判断する。

1  前記のとおり、Aは被控訴人Y5の欺罔行為により同被控訴人に対して保証金として二〇〇〇万円を交付したことにより同額の損害を受けたことが明らかである。

2  控訴人は、Aが、被控訴人Y1らの不法行為により精神的苦痛を受けたとして慰謝料をも請求しているが、Aに財産的損害の賠償により償うことのできないほどの精神的損害が発生したと認めるに足りる証拠はないから、右請求は理由がない。

3  弁論の全趣旨によると、控訴人は、本件訴訟代理人に本件訴訟の提起、遂行を委任し、報酬として二六九万円の支払いを約束したことが認められるが、本件訴訟の経過、内容及び認容額等の諸事情を考慮すると、うち一〇〇万円が右被控訴人Y1らの不法行為による損害と認めるのが相当である。

五  相続

原審における控訴人の供述によると、控訴人はAの唯一の相続人であることが認められる。

六  以上の次第で、控訴人の本訴請求中、被控訴会社、被控訴人Y1、同Y3、同Y2、同Y5に対する各請求は、各自損害金二一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六一年二月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であり、被控訴人Y4に対する請求は理由がないから、原判決中被控訴人Y4を除く余の被控訴人らに係る部分を取り消し、同被控訴人らに対する本訴請求を右の限度で認容してその余を棄却し、被控訴人Y4に対する控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 新城雅夫 裁判官 奥田隆文)

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