東京高等裁判所 平成2年(ネ)3509号 判決 1991年10月29日
控訴人
山根勲
被控訴人
松下通信工業株式会社
右代表者代表取締役
松田章
右訴訟代理人弁護士
狩野祐光
同
太田恒久
同
和田一郎
被控訴人
セントランス株式会社
(旧商号 セントラル工設株式会社)
右代表者代表取締役
大和昭光
被控訴人
セントラルエンジニアリング株式会社
右代表者代表取締役
渡辺伸
右両名訴訟代理人弁護士
宇田川昌敏
右訴訟復代理人弁護士
河本毅
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
(申立て)
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 控訴人が、被控訴人松下通信工業株式会社(以下「被控訴人松下通信工業」という。)に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 被控訴人松下通信工業は、控訴人に対し、金一三六万二一三〇円及びこれに対する昭和五九年一一月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員並びに昭和五九年一一月から毎月末日限り金二四万六六二〇円を支払え。
4 被控訴人セントランス株式会社(以下「被控訴人セントランス」という。)は、控訴人に対し、金一五二万二四〇二円及びこれに対する昭和五九年一一月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人セントラルエンジニアリング株式会社(以下「被控訴人セントラルエンジニアリング」という。)は、控訴人に対し、金一八六万一六一〇円及び内金一一七万七八〇〇円に対する昭和六三年一一月二七日から、内金六八万三八一〇円に対する平成二年三月二八日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
7 仮執行の宣言。
二 被控訴人ら
本件控訴を棄却する。
(主張)
一 控訴人の請求原因
1 被控訴人松下通信工業は、情報・通信機器、計測・制御機器及び音響・映像機器等電気機械器具の製造、販売を業とする株式会社、同セントランスは、石油精製装置、化学プラント装置、公害除去防止装置等の設計、建設、補修、維持管理等を業とする株式会社、同セントラルエンジニアリングは、通信機器の設計、製図、製作及び各種プラントの計画、設計、製図、建設等を業とする株式会社である。被控訴人セントランス及び同セントラルエンジニアリングは、いわゆる日創グループに属しており、同グループに属する企業は相互に密接に提携して事業を遂行している。
2 控訴人は、昭和五七年八月一一日被控訴人セントランスとの間で、形式的に雇用契約を締結し、同日、同被控訴人から形式的に被控訴人エンジニアリングへの出向を命ぜられ、更に、被控訴人エンジニアリングから被控訴人松下通信工業に派遣され、同日から昭和五八年一一月一五日までの間同被控訴人綱島工場(以下「綱島工場」という。)において、同月一六日から昭和五九年五月一〇日までの間同被控訴人佐江戸工場(以下「佐江戸工場」という。)において業務に従事した。
3 控訴人は、昭和五七年八月一一日綱島工場で、被控訴人松下通信工業の管理職の面接を受けて同被控訴人に採用され、同工場においてフロッピーディスクドライブ装置のクランプ(固定)状態の検証実験、測定等の、佐江戸工場において補聴器の部品の性能測定等の作業を行ったが、被控訴人松下通信工業の就業規則に従ってその従業員と一体となって業務に従事し、同被控訴人の社員からのみ指揮、命令されていたのであるから、同被控訴人との間に使用、従属関係があり、黙示の雇用契約が成立したというべきである。
4 控訴人の賃金は被控訴人セントランスから受領していたが、同賃金は被控訴人松下通信工業から同セントラルエンジニアリング、同セントランスを介して支給されたものであり、昭和五七年八月一一日から昭和五八年六月二〇日の間は一時間当たり一一五〇円、同月二一日から昭和五九年六月二〇日の間は一時間当たり一三八〇円の時間給単価を控訴人の労働時間(原判決添付別表(以下「別表」という。)(一)及び(二)の労働時間数欄記載のとおり)に乗じて算出した金額が、毎月の二〇日締切で同末日に支払われていた。その額は別表(一)の支払額欄記載のとおりであり、退職直前の昭和五九年二月から同年四月までの平均月収は二四万六六六〇円であった。
5 被控訴人松下通信工業は、同セントラルエンジニアリングに対し、控訴人の就労につき請負代金名下に金員を支払っていたが、昭和五七年八月から昭和五九年五月までの間の支払金額は別表(二)の受取額欄記載のとおり(控訴人の就労一時間当たりの単価を二〇〇〇円とし、それに前記労働時間を乗じて算出した金額)であり、また、被控訴人セントラルエンジニアリングは、同セントランスに対し、控訴人の就労につき出向料名下の金員を支払っており、同期間中の支払金額は、別表(二)の支払額欄記載のとおり(控訴人の就労一時間当たりの単価を、昭和五七年八月から昭和五八年一〇月までの間は一七〇〇円、同年一一月以降は一七五〇円とし、それに前記労働時間を乗じて算出した金額)である。
6 ところが、被控訴人松下通信工業は、昭和五九年五月一〇日、控訴人に対して解雇の通知をし、同日以降の就業を拒否している。
7 前記のとおり、控訴人と被控訴人松下通信工業との間には雇用関係が存在し、控訴人と被控訴人セントランスとの間の雇用契約、同セントランスと同セントラルエンジニアリングとの間の出向契約、同セントラルエンジニアリングと同松下通信工業との間の請負契約はいずれも形式的なものにすぎず、仮にそうでないとしても、被控訴人セントランス及び同セントラルエンジニアリングは、労働者である控訴人を同松下通信工業に派遣してその対価を取得していたのであるから、右出向契約及び右請負契約は、労働基準法六条、職業安定法四四条に違反し無効である。
したがって、被控訴人松下通信工業が請負代金名下に支払った前記金員は本来控訴人が賃金として取得すべきものであり、同セントランスが出向料として、同セントラルエンジニアリングが請負代金として取得した金員は、いずれも法律上の原因なく取得したものであり、そのために、控訴人は同松下通信工業の支払った請負代金額と控訴人が支払を受けた賃金額との差額に相当する損失を被ったから、同セントランスはその受領した出向料額と控訴人に支払った賃金額との差額(別表(一)の利得額欄記載の金額)を、同セントラルエンジニアリングはその受領した請負代金額と被控訴人セントランスに支払った出向料額との差額(別表(二)の利得額欄記載の金額)を、それぞれ不当利得として控訴人に返還すべき義務がある。
よって、控訴人は、(一)被控訴人松下通信工業に対し、控訴人が同被控訴人に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに昭和五九年五月一一日から同年一〇月二〇日までの間の未払賃金一三六万二一三〇円及びこれに対する支払期日の後である同年一一月二七日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金及び同年一一月以降毎月末日限り一か月二四万六六二〇円の割合による賃金の支払を、(二)被控訴人セントランスに対し、不当利得金一五二万二四〇二円及びこれに対する本件訴状送達による催告の日の翌日である昭和五九年一一月二四日から支払済みまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を、(三)被控訴人セントラルエンジニアリングに対し、不当利得金一八六万一六一〇円及び内一一七万七八〇〇円に対する本件訴状送達による催告の日の翌日である昭和六三年一一月二七日から、内六八万三八一〇円に対する請求の拡張による催告の日の翌日である平成二年三月二八日から各支払済みまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する被控訴人らの認否
1 被控訴人松下通信工業
(一) 請求原因1のうち、被控訴人松下通信工業に関する部分は認めるが、その余は不知。
(二) 同2のうち、控訴人が綱島工場及び佐江戸工場において作業をしていたことは認めるが、控訴人と被控訴人セントランス及び同セントラルエンジニアリングとの関係は不知。
(三) 同3のうち、綱島工場及び佐江戸工場における控訴人の作業内容は認めるが、その余の事実は否認し、その主張を争う。
被控訴人松下通信工業は、同セントラルエンジニアリングとの間で業務の請負に関する取引基本契約を締結し、その基本契約に基づいて被控訴人松下通信工業の各事業部が被控訴人セントラルエンジニアリングとの間に個別的な業務委託契約を締結して業務の委託を行っていたが、業務の委託においては、各事業部は、委託業務の内容と納期とを指定するが、委託業務の遂行に何名配置するか、誰を配置するかということは専ら被控訴人セントラルエンジニアリングの裁量に委ねていた。また、委託業務の内容により、その業務の遂行に必要な設備、器具等の関係から、被控訴人松下通信工業の工場内で遂行するのが便宜なものについては、同被控訴人の工場内で行う旨の取決めとなっていた。そして、昭和五七年八月から昭和五八年一一月までの間は綱島工場のデータ制御事業部がミニフロッピーディスクドライブの開発の業務を、昭和五八年一一月から昭和五九年五月までの間は佐江戸工場の視聴覚機器事業部が補聴器の設計開発のための部品、製品の組立、測定等の業務をそれぞれ被控訴人セントラルエンジニアリングに委託しており、控訴人は、同被控訴人の従業員として右業務に従事していたものである。
(四) 同4のうち、被控訴人松下通信工業が、控訴人に対し賃金を支払ったとの点は否認し、その余は不知。
(五) 同5のうち、被控訴人松下通信工業が、同セントラルエンジニアリングに対し控訴人の就労につき請負代金を支払ったことは認めるが、その余は不知。
(六) 同6及び7は争う。
2 被控訴人セントランス及び同セントラルエンジニアリング
(一) 同1のうち、各被控訴人に関する部分はそれぞれ認める。
(二) 同2のうち、被控訴人セントランスが、控訴人との間で雇用契約を締結し、同セントラルエンジニアリングへの出向を命じたこと及び控訴人が綱島工場及び佐江戸工場において業務に従事したことは認める。
被控訴人セントランスは、控訴人を、昭和五七年八月一一日、嘱託として契約期間を一年間と定めて雇用し(昭和五八年六月二一日契約期間を一年間と定めて更改した。)、同被控訴人が同セントラルエンジニアリングとの間に締結した出向契約に基づき、同日付けで、控訴人に対し同被控訴人への出向を命じた。そして、同被控訴人は、被控訴人松下通信工業との間に締結した業務委託契約を遂行するために、控訴人を、綱島工場におけるフロッピーディスクドライブ装置のクランプ(固定)状態の検証実験、測定等の佐江戸工場における補聴器の部品の性能測定等の作業に従事させたものである。
(三) (被控訴人セントランス)
同4のうち、被控訴人松下通信工業が同セントラルエンジニアリングを介して控訴人に賃金を支払ったとの点は否認し、その余は認める。被控訴人セントランスが、右雇用契約に基づく賃金として控訴人に支払ったものである。
(被控訴人セントラルエンジニアリング)
同4のうち、控訴人の賃金を被控訴人松下通信工業が同セントラルエンジニアリングを介して支払っていたとの点は否認し、控訴人の労働時間が昭和五九年五月分を除きその主張のとおりであることは認め(同月分は七一・五時間である。)、その余は不知。
(四) (被控訴人セントラルエンジニアリング)
同5のうち、控訴人の就労について、被控訴人松下通信工業が同セントラルエンジニアリングに対し、請負代金として控訴人の就労一時間当たり二〇〇〇円の割合の金員を支払っていたこと、同被控訴人が、同セントランスに対し、出向料として、昭和五九年五月分を除き、控訴人主張のとおりの金員を支払ったこと(同年五月分は一二万五一二五円である。)は認めるが、請負代金としての支払額は争う。控訴人主張の労働時間数(昭和五九年五月分を除く。)は右出向料算定の基礎とした時間数であるが、右請負代金算定の基礎とした時間数ではない。
(被控訴人セントランス)
同5の事実は、請負代金として支払われた額を除き、認める。
(五) 同7は争う。被控訴人セントラルエンジニアリングは、同松下通信工業との間に締結された請負契約に基づく請負代金として、同セントランスは、同セントラルエンジニアリングとの間に締結された出向契約に基づく出向料としてそれぞれ右各金員を受領したものであって、その取得が控訴人に対して不当利得となることはない。(証拠関係)<省略>
理由
一被控訴人松下通信工業に対する請求
控訴人は、被控訴人松下通信工業との間に黙示の雇用契約が存在していると主張するので、判断する。
1 控訴人が、綱島工場及び佐江戸工場において、その主張のような内容の作業に従事したことは当事者間に争いがなく、<書証番号略>、右寺村、三浦の各証言、原審証人永田豊、同増村林蔵、原審における控訴人本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)によると、次の事実が認められる。
(一) 被控訴人セントランスは、石油精製装置、化学プラント装置、原子力装置、公害除去防止装置等の設計、建設、維持管理等を業とする資本金四〇〇万円の株式会社であり、同セントラルエンジニアリングは、情報・通信機器、視聴覚・電子計測機器等の設計、製作等を業とする資本金四〇〇〇万円の株式会社であるが、両社とも、株式会社日創を中心とする企業五社から成るいわゆる日創グループに所属しており、同グループ所属の各社は、定期的に代表者及び営業担当者間の会合を開催し、情報交換、業務打ち合せ等をし、従業員の出向等も行い、密接な業務提携の下で事業を遂行していた。
被控訴人セントラルエンジニアリングは、昭和四〇年ころから、同松下通信工業との間に取引があり、両社間で取引基本契約を締結し、これに基づき、業務上の必要に応じて、同松下通信工業の各事業部と同セントラルエンジニアリングないしはその事業部との間で更に個別の業務委託契約を締結し、同松下通信工業の各事業部が個々の業務の委託を発注していた。同セントラルエンジニアリングが同松下通信工業から右のような個別の業務の委託を受けた場合、その業務が自己の事業場内で遂行することができるものは同所で作業を行い、その業務に必要な設備、器具や技術等からして同松下通信工業の工場内で遂行することが便宜な内容のものであるときには同工場内で作業を行っており、また、誰にその仕事を担当させるかは同セントラルエンジニアリングにおいて決定していた。
昭和五七年八月ころ、同セントラルエンジニアリングの従業員約三〇名が綱島工場及び佐江戸工場において委託業務の遂行に従事しており、同被控訴人は、各工場に労務担当職員を配置し、また、グループ毎に責任者として主任を置いていた。
(二) 控訴人は、新聞広告により、被控訴人セントランスが設計・製図の技術者等を募集していることを知り、昭和五七年七月二一日同被控訴人営業所を訪れて同社専務取締役の永田豊(以下「永田」という。)と会って入社したい旨申し出た。永田は、控訴人の年齢、経験等から正社員として採用することは難しいと考えたが、嘱託として採用することとして、翌日控訴人に対してその旨の提示をし、控訴人も了承した。そして、同年八月一一日付けで控訴人との間で、契約期間を一年間とする嘱託として採用し、時給一一五〇円を支給すること、勤務場所は被控訴人松下通信工業綱島工場とすること等を内容とする契約書<書証番号略>を作成した。また、昭和五八年六月二〇日控訴人から昇給の申し出があったことを契機として、時給を一三八〇円、期間を一年間と定めて雇用契約を更新し、再度、同被控訴人との間で契約書<書証番号略>を作成した。
控訴人は、右約定による時給に労働時間を乗じて得られる金額の賃金を被控訴人セントランスから支給されていた。
(三) 永田は、被控訴人セントラルエンジニアリングから、技術者が不足しているから応援してくれとの依頼を受けていたので、社内で検討の上、控訴人を同被控訴人に出向させることとし、昭和五七年八月一日同被控訴人通信機事業部長の増村林藏(以下「増村」という。)に引き合わせた。増村は、当時、被控訴人松下通信工業から複写機及びフロッピーディスクドライブ開発の業務の委託を受けていたので、控訴人の出向に同意するとともに、控訴人を同被控訴人からの右委託業務のうちのいずれかに従事させることとして、同月四日ころ永田にもその旨通告し(それに従って、前記勤務場所の記載がされた。)、昭和五七年八月六日、控訴人を同行して綱島工場に赴き、同被控訴人の松下開発研究所機構電子部長松村保、データ制御事業部フロッピーディスク装置部技術課長寺村允安と折衝した結果、控訴人を同工場におけるミニフロッピーディスクドライブの設計、開発に関する業務に従事させることとし、控訴人も被控訴人セントラルエンジニアリングに出向の上、同松下通信工業の工場内で仕事をすることを了承した。
(四) 控訴人は、昭和五七年八月一一日から昭和五八年一一月一五日までの間、綱島工場において前記のような作業に従事した。そのころ、控訴人を含め被控訴人セントラルエンジニアリングの従業員五名が、同工場において同工場のデータ制御事業部フロッピーディスク装置部技術課所管の委託業務に従事していたが、同グループの責任者は井上主任であり、控訴人らは同工場の実験室や、被控訴人松下通信工業が業務の請負に関する基本取引契約を締結して業務委託を行っている被控訴人セントラルエンジニアリングのような協力関連会社(同被控訴人内部では共栄会社と称していた。以下「共栄会社」という。)のために設けた共栄コーナーで作業を行った。
昭和五八年一一月一六日から昭和五九年五月八日までの間、控訴人は、佐江戸工場で、前記の補聴器用部品の性能測定等の作業に従事した。
控訴人は、これらの作業に際し、実験、検証、測定の結果を、被控訴人松下通信工業の従業員に報告する等し、作業内容についてその技術指導や指示を受けたりしていた。
(五) 綱島工場及び佐江戸工場において作業を行う控訴人らのような共栄会社の従業員は、被控訴人松下通信工業から当該工場の構内作業許可証の交付を受けてこれを携帯することになっており、作業服も被控訴人松下通信工業の従業員とは異なっていた。同被控訴人は、共栄会社従業員の作業及び待機のための場所として共栄コーナーを設置し、同コーナーには各共栄会社所有の机が置かれており、共栄会社の従業員は、同コーナーにおいて可能な作業は同所で行っていたが、同被控訴人の従業員によって組織される労働組合にも加入せず、同被控訴人の従業員による毎朝の朝礼や職員のレクリエーション等にも参加することはなかった。
(六) 控訴人の就労につき、被控訴人松下通信工業から同セントラルエンジニアリングに対しては請負代金として金員が支払われていた(このことは当事者間に争いがない。)が、右請負代金は、控訴人が従事した特定のテーマに関する継続的な実験等のような場合は、月単位で精算されており、代金額は、両社の担当者の折衝により、業務委託の対象となる業務の内容を勘案して業務請負の基本単価を決定し、これに労働時間を乗じて得られた金額とされていた。
また、被控訴人セントラルエンジニアリングと同セントランスとの間では、控訴人の就労につき、就労一時間当たりの単価を、昭和五七年八月から昭和五八年一〇月までの間は一七七〇円、同年一一月以降は一七五〇円として算出した出向料が毎月支払われていた。
(七) ところが、控訴人は、昭和五九年四月ころ、自己の就労につき被控訴人松下通信工業から同セントラルエンジニアリングに支払われる金額と、自己が同セントランスから賃金として受領する金額との間に大きな隔差があることを知り、また、同月下旬ころ、被控訴人松下通信工業の従業員が作業中事故に遇ったことから、自分の場合は作業中の災害の補償がどうなるか心配するようになり、同年五月上旬ころ被控訴人セントランスの永田に会って、労働災害の補償のことを尋ね、さらに、被控訴人セントランスの正社員への昇格または賃金の増額を要望したが、その要望は受け入れられなかった。また、控訴人は、同月一〇日、被控訴人セントラルエンジニアリングの増村に対し、同被控訴人との雇用契約に変更してほしい旨の要望もしたが、増村からは、永田と話し合うように言われ、それ以降、控訴人は被控訴人らの営業所のいずれにも出てこなくなり、その後、自己都合による退職を理由として雇用保険の支給を受けるに至った。控訴人の供述中、右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 以上のとおり、控訴人と被控訴人セントランスとの間では明確に雇用契約が締結され、当初の契約の締結及び契約の更新の際にはそれぞれ契約書も作成されており、賃金はすべて被控訴人セントランスから支払われていたこと、被控訴人セントランスと同セントラルエンジニアリングとは、同一グループに属する関連企業で、従業員の出向等の協力関係にあり、また、同セントラルエンジニアリングと同松下通信工業とは、請負契約を締結して長期間継続的に取引をしていたものであるが、被控訴人らは、いずれも、それぞれ事業内容を異にする独立した法人企業であって、控訴人の就労については、被控訴人セントランスと同セントラルエンジニアリングとの間には出向契約が、同セントラルエンジニアリングと同松下通信工業との間には業務の請負契約が締結されており、被控訴人セントランスは自らの意思で控訴人の採用、賃金その他の勤務条件の決定、指揮監督も行っており、他の被控訴人らの意思によりこれらが決定されていたというような関係はないこと、控訴人は、被控訴人セントランスに雇用され、自ら同意して同セントラルエンジニアリングに出向の上、同松下通信工業の工場内で同セントラルエンジニアリングの請け負った委託業務に従事したものであること、控訴人自身、自己が同被控訴人の従業員であるとの意識を有していたと認められる証拠はなく、むしろ、控訴人は同被控訴人の従業員とは異なった取扱いを受けていることを熟知していたものと認められ、昭和五九年五月に永田らと折衝した際にも、被控訴人セントランスに対しては正社員にすることを要求し、同セントラルエンジニアリングに対しては同社との雇用契約の締結を求めるなどしていることからすれば、控訴人と被控訴人セントランスとの雇用契約並びに被控訴人ら間の前記出向契約及び業務の請負契約が形式的なものであるとは到底いえず、控訴人が専ら被控訴人松下通信工業の工場内で作業をし、具体的な作業につき同被控訴人の従業員から技術指導や指示を受けたりしていたことがあるとしても、控訴人と同被控訴人との間に黙示の雇用契約が成立していたとは認められず、他にこの点の控訴人主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、控訴人の被控訴人松下通信工業に対する請求は、その余について判断するまでもなく、いずれも失当というべきである。
二被控訴人セントランス及び同セントラルエンジニアリングに対する各請求
右被控訴人らに対する本件不当利得返還請求において、控訴人は、被控訴人松下通信工業との間に黙示の雇用契約が成立しているにもかかわらず、形式的な存在ないし無効な契約である控訴人と被控訴人セントランスとの間の雇用契約、同セントランスと同セントラルエンジニアリングとの間の出向契約、同セントラルエンジニアリングと同松下通信工業との間の請負契約により、同セントランス及び同セントラルエンジニアリングが出向料及び請負代金として金員を取得したため、控訴人は同松下通信工業の支払った請負代金と控訴人が支払を受けた賃金額との差額に相当する損失を被ったと主張する。
そして、被控訴人セントランス及び同セントラルエンジニアリングがいずれも控訴人主張の業務内容の株式会社であり、同セントランスが昭和五七年八月一一日控訴人との間で雇用契約を締結し、控訴人がその主張の期間、綱島工場及び佐江戸工場において業務に従事したことは当事者間に争いがなく、被控訴人セントランスが控訴人に対し、賃金として控訴人主張の単価による金員をその主張のような方法で支払ったことは、同被控訴人との関係では争いがない。
しかし、<書証番号略>、右寺村、三浦の各証言、原審証人永田豊、同増村林蔵、原審における控訴人本人尋問の結果(ただし、控訴人の供述中次の認定に反する部分を除く。)によれば、前記一の1の(一)ないし(七)の事実が認められるから、同2のとおり、控訴人と被控訴人セントランスとの間には雇用契約が存在したというべきであり、控訴人と被控訴人松下通信工業との間に黙示の雇用契約が成立していたとは認められない。
被控訴人セントランス及び同セントラルエンジニアリングの不当利得のために控訴人が損失を被ったとする控訴人の前記主張は、控訴人と被控訴人松下通信工業との間に雇用契約が存在し、同被控訴人が控訴人の就労につき、請負代金名下に被控訴人セントラルエンジニアリングに支払った金員は本来控訴人が取得すべきものであるということを前提とするものであるから、右のように控訴人と被控訴人松下通信工業との間に雇用関係が存在したとは認められない以上、同被控訴人の支払った請負代金額と控訴人の支払を受けた賃金額との差額をもって控訴人の損失とする控訴人の主張は失当というべきである。
したがって、被控訴人セントランス及び同セントラルエンジニアリングに対する控訴人の本件不当利得返還請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
三以上の次第であるから、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官菊池信男 裁判官新城雅夫 裁判官奥田隆文)