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東京高等裁判所 平成2年(ネ)4096号 判決 1991年6月27日

控訴人

池田良雄

訴訟代理人弁護士

直井勇

被控訴人

鈴木良雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立て

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  被控訴人の請求原因

1  訴外佐藤文次(以下「佐藤」という。)は、昭和六二年八月二二日、訴外有限会社池田運送(以下「池田運送」という。)に対し、次の約定で一〇〇〇万円を貸し渡した(以下「本件消費貸借契約」という。)。

(1) 利息 年二〇パーセント、遅延損害金 年五四パーセント

(2) 返済方法

昭和六二年九月一五日から昭和六六年一〇月一五日まで五〇回にわたり、毎月一五日限り、三〇万円宛を元利均等払いで弁済する。

(3) 右返済を一回でも怠ったとき又は借主が振出もしくは引き受けた手形、小切手が不渡りとなったときは、期限の利益を喪失する。

2  控訴人及び舘野吉平は、右同日、佐藤に対し、池田運送の右債務を連帯保証した。

3  池田運送及び控訴人らは、昭和六三年七月一五日以降の弁済分の支払いをしなかったので(なお、池田運送は同月一八日手形不渡りを出した。)、期限の利益を喪失した。

4(一)  佐藤は、平成元年一月一三日、被控訴人に対し、本件消費貸借契約に基づく池田運送及び控訴人に対する右債権を譲渡し(以下「本件債権譲渡」という。)、同年五月一〇日到達の書面で池田運送及び控訴人にその旨通知した。

(二)  佐藤が被控訴人に対し本件債権譲渡をした原因は、次のとおりである。すなわち、

被控訴人は、昭和六一年一〇月六日、佐藤に対し、一五〇〇万円を、弁済期日昭和六二年一一月五日、利息及び遅延損害金年一二パーセント、金利後払いの約定で貸し渡したが、佐藤は、昭和六二年一一月一五日に利息一八〇万円を、昭和六三年一〇月五日に遅延損害金一八〇万円をそれぞれ支払っただけで以後弁済を怠っていた。そこで、両名は、佐藤が被控訴人に対し、右債務の弁済のために本件債権譲渡をし、被控訴人が譲受債権を取り立て、取立金の返還債務と被控訴人の佐藤に対する債権とを対当額で相殺し、相殺後の残債務を佐藤が被控訴人に弁済するとの契約をした。

5  よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件債権譲渡を受けた貸金一〇〇〇万円の支払いを求める。

二  控訴人の認否

1  請求原因第1項は否認する。本件消費貸借契約については、現実には金員の授受がなかったから、契約は成立しなかったものである。

2  同第2項は認める。ただし、本件消費貸借契約は成立しなかったから、控訴人の保証債務も発生しない。

3  同第3項のうち、池田運送及び控訴人らが被控訴人主張の支払いをしなかったこと、池田運送が同主張の日に手形不渡りを出したことは認め、その余の事実は否認する。

4  同第4項の(一)のうち、被控訴人主張の書面による通知があったことは認め、同(一)のその余の事実及び同(二)の事実は知らない。

三  控訴人の抗弁

1  仮に、本件消費貸借契約が成立し、控訴人が連帯保証債務を負っているとしても、

(一) 被控訴人は、貸金業を営む者であるが、昭和六三年一月から平成二年九月までの間をとってみても、水戸地方裁判所管内において、自ら原告又は申立人となって三七件の、被告又は相手方もしくは参加人となって六件の訴訟事件を扱い、宇都宮地方裁判所管内においても三二件の訴訟事件を扱い、業として訴訟行為を反復継続して行っている者である。

被控訴人が原告等となっている事件のほとんどは、債権取立のために、被控訴人が債権譲渡を受けて訴訟行為に及んでいるものであり(被控訴人自身の貸借等に基づくものは一、二件にすぎない。)、被告等となっている事件も譲受債権の債権者の立場において、債務者からその不存在等が主張されているものである。そして、被控訴人と債権譲渡人との関係は、金銭の貸借関係がある場合にあっても、弁済に代えて債権譲渡が行われるというものではなく、被控訴人が訴訟行為によって譲受債権の回収を図るが、最終的に回収ができなければ貸借関係は従前どおりとするものであり、これらの債権譲渡は、被控訴人が債権取立のために訴訟行為を行う手段としてなされたものであることが明らかである。

(二) 本件債権譲渡も、債権取立のために訴訟行為を行う手段としてなされたものである。

すなわち、本件消費貸借契約に基づく債権は、手形不渡りを出して倒産した池田運送を債務者、その代表者で多額の負債をかかえた控訴人を連帯保証人とするものであるから、裁判手続をもってする以外には適切な回収の方法がなかったものであるが、被控訴人は、それを知りながら平成元年一月一三日に右債権を譲り受けて、二月六日に本訴を提起したものであって、右債権譲渡は、本訴提起を目的としてなされたことが明らかである。そして、被控訴人は、佐藤に対して一五〇〇万円の貸金債権を有すると主張するが、その主張によれば無担保の貸付というのであって、貸金業者としては極めて異例の貸付であり、不自然というほかはないが、仮に右の貸金債権が真実存在するとしても、佐藤は貸金業及び不動産業を営むものであるから、被控訴人がその貸金債権を回収しようとするならば、佐藤に対し裁判手続に及ぶ方がはるかにその回収の可能性があるにもかかわらず、あえて本件債権を譲り受けて本訴を提起したものである。

(三) 以上のとおり、被控訴人は、債権を譲り受けては訴訟行為に及び、その回収を業として行っている者であって、本件債権譲渡も同趣旨の行為であるから、本件債権譲渡は、弁護士法七三条に違反し、かつ、民法九〇条にも反するから無効であり、また、本件債権譲渡は、債権回収のため、被控訴人に訴訟行為をさせることを主たる目的としてなされたものであるから、信託法一一条に違反し無効である。

2  仮に、右主張が認められないとしても、

(一) 池田運送は、佐藤に対し、本件消費貸借契約に基づく貸金に対する弁済として、昭和六二年九月から昭和六三年六月までの間、毎月一五日に各三〇万円宛合計三〇〇万円の支払をした。

(二) 本件貸金の連帯保証人舘野吉平は、平成元年四月一〇日、原告に対し、二〇〇万円の弁済をした。

四  被控訴人の認否

1  抗弁第1項の(一)ないし(三)の各事実は否認する。

2  同第2項の(一)の事実は認める。ただし、二〇〇万円は元金に、一〇〇万円は利息分にそれぞれ充当された。

同(二)のうち、連帯保証人舘野吉平が控訴人主張の日に被控訴人に二〇〇万円を支払ったことは認め、その余は否認する。右二〇〇万円は、被控訴人が本訴で請求する債権に対する弁済としてなされたものではない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一<証拠>を総合すると、請求原因第1項の事実を認めることができる。控訴人は、金員の授受が現実にはなかったから消費貸借契約は成立しないと主張するが、右各証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人の母池田シンが佐藤に対し負担していた一〇〇〇万円の債務を弁済するために、池田運送が本件消費貸借契約によって新たに一〇〇〇万円を借り受け、それをもって池田シンのために右債務を弁済した処理をしたことが認められるから、これをもって現実に一〇〇〇万円の授受が行われたのと同視し、消費貸借契約の要物性に欠けるところはなく、有効に本件消費貸借契約が締結されたものと解するのが相当である。

そして、請求原因第2項の事実、同第3項のうち、池田運送及び控訴人らが被控訴人主張の支払いをしなかったこと、池田運送が同主張の日に手形不渡りを出したことは当事者間に争いがない。したがって、池田運送及び控訴人らが期限の利益を喪失したことが明らかである。

二そこで、以下控訴人の抗弁第1項について検討する。

<証拠>を総合すると、

(1) 被控訴人は、貸金業を営むものであるが、昭和六三年一月から平成二年一二月までの間をとってみても、水戸地方裁判所管内において、自ら原告又は申立人となって三七件の、被告又は相手方もしくは参加人となって六件の訴訟事件を扱い、宇都宮地方裁判所管内においても三二件の訴訟事件を扱っていること、

(2) これらの事件のうち被控訴人が原告等となっている事件のほとんどは、金銭債権に関するものであって、被控訴人が債権譲渡を受けて訴訟行為に及んでいるものであり、被控訴人自身が当初からの債権者であるものは数件にすぎず、逆に被控訴人が被告等となっている事件においても、被控訴人は、譲受債権の債権者として債務の不存在等を争っていること、

(3) 被控訴人は、債権譲渡を受けて訴訟を追行するについては、被控訴人の有する貸金等の債務者との間で、その弁済に代えて債権を譲り受けるのではなく、譲り受けた債権を訴訟によって回収したうえでこれを弁済に充当し、最終的にその回収ができなかった場合には、被控訴人の貸金等の債権はそのまま存続するとの合意のもとに債権譲渡を受けていること、

(4) 本件債権譲渡も同様の合意のもとに行われ、右債権が池田運送の倒産によってその回収が困難なものであることが明らかであったにもかかわらず被控訴人がこれを譲り受けたことや、譲り受け後直ちに本訴が提起されたことなどの経緯に照らせば、右債権譲渡は、本訴提起が目的であったことが十分に窺えること、

以上の各事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の各事実によれば、被控訴人は、債権の回収のためにその債権を譲り受けては訴訟行為を反復継続し、それを業としていることが明らかである。そして、<証拠>によれば、被控訴人は佐藤に対して一五〇〇万円の貸金債権を有し、その回収のために本件債権譲渡を受けたことが認められるから、本件債権譲渡は、訴訟によってその権利を実行する目的のもとに、業として行われたものであって、弁護士法七三条に違反することが明らかである。

ところで、弁護士法七二条は、非弁護士が報酬を得ることを目的として、業として法律事務を取扱うことを禁止するが、右規定の趣旨は、委任を受けて行う法律事務を専ら専門家である弁護士に委ねることにより、国民の法律生活に関する利益を保護するにあるものと解することができる。そして、同条がこのような公益を目的とする規定であることと同条に違反する行為が処罰の対象とされること(同法七七条)からすれば、同条に違反する委任行為は、無効であると解すべきである(最高裁判所昭和三八年六月一三日判決、民集一七巻五号七四四頁)。さらに、同法七三条は、業として、他人の権利を譲り受けて訴訟その他の方法により権利の実行をすることを禁止するものであるところ、同条の目的もまた、非弁護士が権利の譲渡を受けることにより同法七二条を潜脱するなどの事実上他人に代わって訴訟活動を行うことによって生ずる弊害を防止し、右と同様の国民の利益を保護するにあるものと考えられる。そうであるとすれば、同法七三条もまた七二条と同趣旨の規定であり、かつ七三条に違反する行為が同じく処罰の対象とされること(同法七七条)を考慮すれば、これに違反する譲受けの行為もまた、無効であると解するのが相当である。

そうすると、本件債権譲渡は無効であるから、被控訴人の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく理由のないことが明らかである。

三よって、被控訴人の請求を認容した原判決を取り消して右請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、注文のとおり判決する。

(裁判長裁判官橘勝治 裁判官小川克介 裁判官南敏文)

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