東京高等裁判所 平成2年(ネ)4591号 判決 1992年9月24日
控訴人兼被控訴人(以下「第一審原告」という。)
甲野春子
右訴訟代理人弁護士
富森啓児
同
木下哲雄
同
上條剛
同
福島等
同
荒井新二
同
柳沢尚武
同
後藤富士子
同
佐藤誠一
控訴人兼被控訴人(以下「第一審被告」という。
長野県
右代表者知事
吉村午良
右訴訟代理人弁護士
土屋東一
同
味岡良行
右指定代理人
稲田八郎
外六名
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、第一審原告の控訴に係る分は同原告の、第一審被告の控訴に係る分は同被告の各負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
第一審原告は、「(一)原判決中の第一審原告敗訴部分を取り消す。(二)第一審被告は第一審原告に対し、金二九五万円及びこれに対する昭和六三年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決及び(二)項につき仮執行の宣言を求め、さらに、第一審被告の控訴に対し、「控訴を棄却する。」との判決を求めた。
第一審被告は、「(一)原判決中の第一審被告敗訴部分を取り消す。(二)第一審原告の請求を棄却する。(三)訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第一審原告の控訴に対し、「控訴を棄却する。」との判決を求めた。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、当審において次のとおり原審における主張を整理し、これに付加して主張したほかは、原判決の事実摘示「第二 当事者の主張」(原判決二丁裏六行目から同二〇丁裏五行目まで。別紙見取図を含む。)に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 第一審原告の主張の要旨
1 身体検査の違法について
(一) 逮捕は、勾留の前段階における仮の拘束であり、裁判官による聴聞を経ないこと、身柄拘束の理由を開示する制度や準抗告による救済手続がないことからしても、単に留め置かれるにすぎないものであり、その後の手続のため行われるものではなく、短時間で次の手続に移行することが予定されている。このような逮捕の法的性格、被逮捕者の地位からすると、被逮捕者が施設拘禁である勾留と同様な権利の制限を受けるいわれはなく、被逮捕者の処遇につき施設被拘禁者に準じ、監獄法の規定を準用をすることは許されず、法規の定めない保安管理権に基づく身体検査を認めることはできない。したがって、被逮捕者に対しては警察官職務執行法二条四項による凶器を所持しているかどうかの身体検査が許されるにとどまり、裁判官による令状に基づく場合、自殺や自他傷の具体的な危険が切迫し緊急避難として許される場合や逃走の用に供する物や凶器等を所持する疑いが明らかで、かつ、その方法によらなければ確認しえない場合に限り、その意に反して身体検査を行うことができるにすぎない。
(二) しかし、第一審原告が受けた身体検査は、右凶器の検査等とはまったく異質のものであり、逮捕による身柄拘束を監獄法の適用される施設拘禁と同視したうえ、施設被拘禁者に対するのと同一の定型的な検査を行ったものであって、被逮捕者の法的地位を無視した違法な検査ということができる。まして、下着を脱がせ、生理用品を排出させて実施した裸体検査であり、警察当局の運用指針からもはずれた被逮捕者の権利を著しく侵害する不当なものであった。右のような身体検査は、国内法はもとより昭和五四年八月四日日本政府により批准された国際人権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)七条の「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。」との規定、一〇条一項の「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる。」との規定及び一七条一項の「何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」との規定にも明らかに違反している。
(三) また、道路交通法違反で現行犯逮捕された第一審原告が、股間に危険物等を隠している可能性はなかったこと、覚せい剤事犯の特性、特に嫌疑を裏付ける物証の重要性からすると、捜査官が覚せい剤の隠匿場所として女性の陰部を考えたとして不自然でないこと、身体検査の開始前に、第一審原告が警察官から「腕をまくってみろ。」などと言われたことからすると、身体検査にあたった警察官のCやBらは、覚せい剤を発見し、覚せい剤事犯の捜査の端緒を得る目的で第一審原告に対し股間検査を実施したことが明らかであり、その後の採尿手続心、同一の目的で行われた一連の捜査手続である。したがって、本件身体検査は、覚せい剤事犯の捜査のため令状主義を潜脱して行われたものであり、違法であることが明らかである。
(四) 警察官が第一審原告に対し、覚せい剤事犯の捜査を行う目的を有していたことは、長野県警察本部が、昭和六三年度の重点目標として覚せい剤事犯の取締りを掲げ、同年一月一九日、県警防犯課長会議において、警察本部長が覚せい剤事犯以外の被疑事実による被逮捕者に対しても必ず採尿することを方針として訓示し、当時、各警察署に覚せい剤事犯の検挙数の目標が示され、右訓示に則した特別な捜査体制がとられていたことからも明らかである。
2 採尿の違法について
(一) 任意捜査においても、その手段方法は相当であることを要し、憲法及び刑訴法の定める令状主義を潜脱するものであってはならず、女子に対する任意の身体検査が許されないこと、女子の採尿が裸に準じる状態を経ることを不可避であることからすれば、女子に対し尿の提出を求めるには、身体検査令状等を発しうるほどの嫌疑の存在を要するものというべきである。
ところで、第一審原告には、覚せい剤使用を疑わせる事情は認められず、覚せい剤使用の嫌疑に基づく捜査を開始する必要性や尿の提出を求める必要性がなかった。第一審原告が暴力団の元幹部の内妻であるからといって、右の嫌疑が生ずるものではなく、捜査官の見込み、「かん」による捜査の開始が許されないことは、犯罪捜査規範が厳に戒めているところである。第一審原告に対する尿の提出の要求は、覚せい剤使用の嫌疑がないにもかかわらず、前示訓示に基づく被逮捕者に無差別に尿の提出を求めるという方針に従ってなされた違法なものである。
(二) 覚せい剤事犯の嫌疑以外の事由により身柄を拘束されている者に対し、尿の任意提出を求めるにあたっては、その任意性を担保するためには、覚せい剤使用の嫌疑のあること及び尿の提出拒否権があることを告知することが不可欠である。また、尿を提出させるにあたっては、便所の戸を閉めて排尿させることが任意性確保のための最低限度の保障である。
しかるに、本件において、第一審原告は、無免許運転により逮捕、留置される中で、極度の不安に陥り、捜査官の指示に従わざるを得ない状況に置かれていたものであるところ、捜査官から、覚せい剤検査であること、覚せい剤使用の嫌疑によるものであることのみならず、尿の提出を拒むことができることも一切告げられなかった。第一審原告が無免許運転による逮捕、留置の手続に従わざるを得ない中で、AやBらは、第一審原告の無知に乗じ、逮捕に伴う身体検査の一部であるかのように誤信させて、しかも、第一審原告から便所の戸を閉めるように求められながら、決まりであると虚偽の事実を告げてこれを斥けたうえ、戸を開けたまま、Bから覗かれるという屈辱的な状態で排尿をさせ、尿を提出させたものであり、右提出が任意性を欠いていたことは明らかである。なお、Bが便所の戸を開けて排尿をさせたことも、保安の必要性があったためではなく、証拠の確保という捜査目的によるものであった。
(三) そして、前記のとおり、第一審原告は違法な裸体検査を受けさせられており、右検査による心理的苦痛は、そのまま採尿手続に引き継がれており、第一審原告がこれに起因する心理的な圧迫状態にあったことからしても、任意に尿の提出に応じたものではないことが明らかといえる。
したがって、第一審原告に対する尿の提出手続にあたって、その目的やこれを拒絶できることを告知するなどの積極的な措置がとられていない以上、裸体検査の違法は、そのまま採尿手続に引き継がれ、この点からしても尿の提出手続は違法であった。
3 本件留置の違法
(一) 前記のとおり、第一審原告に対し、逮捕から釈放までの間、代用監獄を利用しての違法な身体検査、採尿が行われたものであって、第一審原告に対する身柄拘束はこれを行うための留置であったといわざるをえず、留置の継続によって右違法行為が行われた以上、留置そのものが違法であるというべきである。
(二) 第一審原告に対する本件無免許運転に関する捜査は、弁解を録取した際に第一審原告が事実を認め、その身元が確認されたことにより終了しており、無免許運転という事案の性質や第一審原告の身元が確かなことから、第一審原告に逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがなかったことが明らかであり、第一審原告が三六時間も留置されたのは、尿検査による覚せい剤反応の有無を確認するためであり、第一審原告は留置の必要がないのに右違法な捜査のため留置されたもので、右留置は違法である。
二 第一審被告の主張の要旨
1 被逮捕者の留置及びそのための身体検査について
(一) 被逮捕者についての留置は、刑訴法一九九条、二一〇条、二一三条及び二〇三条、二〇四条、二〇五条、二一一条、二一六条の予定するところである。そして、被逮捕者の留置に際しての身体検査については、法律上明文の規定はなく、次のとおり当該施設の保安管理権の行使として行いうるものである。
留置場は、監獄法にいう監獄と同様に多数の被拘禁者を収容し、集団として管理するための施設であること、被勾留者を収容し監獄法が適用される拘置所と同じく、逃亡を防ぎ、罪証隠滅を防止するという機能的役割を有すること、被逮捕者が、留置場のみならず監獄に留置されることもあり(刑訴法二〇九条による同法七四条、七五条の準用)、その扱いは留置場と監獄とにおいて同一であるべきであることからすると、留置場における身体検査の方法、程度については、監獄法、同法施行規則の身体検査に関する各規程及びこれと趣旨、目的を同じくする被疑者留置規則のみを対比して検討すべきであり、警察官職務執行法二条四項、刑訴法二一八条一項、二二二条一項、一〇二条、一一五条、一三一条一、二項並びに犯罪捜査規範一〇七条を含めて対比すべきものではない。そして、監獄法一四条、同法施行規則四六条、被疑者留置規則九条によれば、留置場に留置される者に対してもその施設管理権に基づき身体検査を行うことができ、その程度、方法は施設長の合理的な裁量判断に委ねられているものというべきである。すなわち、留置に際しての身体検査は、被留置者の自殺、自他傷、逃走等の防止及び留置場の秩序維持の目的から、危険物等を所持しているか否かを確認するために行うものであって、新規入場者については、外部検査のみでは右目的を達することができないのであるから、右目的を達成するために必要かつ相当であれば、被留置者の名誉等に配慮した合理的な方法で行う限り、外部的な検査のみに限定されるものではない。
(二) 第一審原告は、弁解録取の段階で、そわそわして落ち着きがなく、身体検査室に入ってハンドバックを急に抱え込んだり、前かがみになるなどの不審な挙動があった。しかも、第一審原告は、無免許運転の余罪があり、道路交通法違反の前科があったことから、本件無免許運転を犯したことにより懲役刑を受けるやもしれないというおそれを抱き、本件無免許運転に用いた車両の所有者である内縁の夫らに迷惑をかけたこともあって精神的に多大の動揺をきたしていた。身体検査の補助をしていたBは、第一審原告の右のような挙動から、第一審原告が危険物等を肌着等に隠して所持しているとの疑いを抱き、これを確認する必要があると判断し、Cらの指示をあおいで肌着を脱がせてその確認を行ったものである。
(三) また、その方法も、女性であるBが立会い、外部から遮蔽された専用の身体検査室内で、肌着を脱がせるにあたっては浴衣を着用させる等第一審原告の名誉等その人権を損なわせないための補完措置を講ずるなど十分配慮したものであった。しかも、Bは生理用品の排出について第一審原告に指示した事実はなく、第一審原告が任意に排出したものであった。
したがって、右の身体検査は、新規入場者である第一審原告が危険物等を所持しているか否かを確認するために必要なものであり、その名誉等人権を損なわないように配慮した合理的な方法で行われたもので何ら違法ではない。
(四) 第一審原告が違法捜査を指示したと主張する県警本部長訓示は、覚せい剤事犯以外の事由による被逮捕者であっても、覚せい剤事犯の疑いがある場合には、尿の提出等を求めることを指示したものにすぎず、第一審原告主張のような被逮捕者につき一律採尿を指示したものではなく、当時、各警察署において特別な捜査体制がとられていたという事実もなかった。
2 尿の任意提出について
(一) 第一審原告は、弁解録取を受けた際、顔色が悪く、唇が乾き、目がきょろきょろしていたことなどから覚せい剤使用の疑いが持たれたこと、また、内縁の夫が暴力団の元幹部であり、第一審原告が経営するスナックに暴力団関係者の出入りもあったことなどの第一審原告の生活環境から、第一審原告に覚せい剤使用の合理的な疑いが生じたため、DからAらに対し第一審原告から尿の任意提出を受けるよう指示がなされ、Aらが第一審原告にこれを求めたところ、第一審原告は何らの抵抗も示さず、任意に提出を承諾したものであり、右手続には何らの違法な点はなかった。
(二) 尿の任意提出の必要性や相当性を検討するにあたり、尿とその他の物を区別すべき合理的な理由は見当たらず、尿の提出手続をことさらに厳格にすべき理由はなく、提出拒否権の告知を要するということもできない。また、第一審原告は、尿の提出にあたり覚せい剤の検査であることを告げられており、第一審原告が尿の提出を任意に承諾した経緯からみても、第一審原告が心理的な抑圧状態にあってやむなく応じたものではないことも明らかである。便所の戸を約二〇センチメートル開けていたことは、第一審原告に対する保安上の必要によるものであり、その態様も他から覗かれるおそれもなく、個人の尊厳を損なうものではなかった。また、右のような方法を取ったことは、第一審原告が尿の提出を承諾した以後の事情にすぎず、任意性に関係する事柄ではない。
3 留置の必要性について
第一審原告の逮捕の事由である本件無免許運転は、酒気帯び運転にもなりかねない悪質な犯罪行為であり、前記のとおり、第一審原告には無免許運転の余罪があり、同種前科があったことなどから、長野南警察署では身柄付きで検察官送致をする方針のもと、留置を継続していたものである。また、第一審原告は、本件無免許運転の態様からしても、免許の取消処分を受けた後に無免許運転を反復していた疑いがあり、同種余罪の解明のための捜査の必要性も高く、第一審原告が逮捕された時に免許不携帯を装っており、罪証隠滅のおそれも認められた。したがって、第一審原告が弁解録取の際に本件無免許運転の事実を認めた以後も、なお捜査を継続し、留置をする必要があったから、右留置が違法ということはできない。
なお、第一審原告を釈放した後に、提出された尿から覚せい剤反応が出たときには、覚せい剤使用の嫌疑で逮捕が可能な状況にあり、右反応を確認するため第一審原告を留置する必要はなかった。
第三 証拠関係<省略>
理由
一第一審原告が逮捕されてから釈放されるまでの経過
1 第一審原告(昭和二七年五月二八日生)は、肩書住所地に内縁の夫E及び子供三人と居住し、長野市篠ノ井<番地略>においてスナック「○○」(以下「本件スナック」という。)を営業していたところ、昭和六三年二月二日午前一時過ぎころ、本件スナックから帰宅するに際し、同市篠ノ井<番地略>付近路上において、無免許で普通乗用自動車を運転中に、警察官の職務質問を受け、右の無免許運転が発覚して右警察官に現行犯逮捕され、同日午前一時半ころ、長野南警察署に引致され、無免許運転の被疑事実及び弁護人選任権が告知され、飲酒の有無、程度についてテストを受け、弁解録取書が作成された後に、同署の留置場に連行されたこと、第一審原告が同署の女性職員とともに身体検査室に入室し、身体検査を受けたこと、その際、第一審原告が生理中で下着が汚れていると申し出たこと、第一審原告に対し、同日午前九時ころから無免許運転の被疑事実につき取調べがあり、尿の提出のためコップが渡され、第一審原告が尿を提出したこと、同日午後にも無免許運転に関する取調べがあり、調書が作成されたこと、第一審原告が翌二月三日午後二時三〇分ころ釈放されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
2 前記争いのない事実に、<書証番号略>、同証言、原審における証人Gの証言、同Bの証言(但し、後記措信しない部分を除く)、当審における証人Hの証言、原審における第一審原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)及び原審における各検証の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。
(一) 第一審原告は、自動車運転免許(普通免許)を有していたところ、昭和六〇年一〇月二三日に指定場所一時停止違反で罰金五〇〇〇円に、昭和六一年一二月一九日に無免許運転教唆で罰金三万円に、昭和六二年三月六日に無免許運転、指定速度違反及び免許証返納義務違反(右無免許運転教唆により免許停止処分を受ける日の前日免許証を紛失したとして免許証の再交付を受け、免許停止処分を受けた際にこれを返還し、右無免許運転の際には紛失したとした免許証を所持していた。)で罰金六万円に、同年六月四日に無免許運転で罰金六万円に各処せられ、同月五日に免許取消処分(欠格期間三六六日)を受けていた。しかるに、第一審原告は、昭和六三年二月二日、自宅から徒歩で一〇分程度の距離にある本件スナックに出勤するに際し、内縁の夫の所有する普通乗用自動車を運転して同店に赴き、同店内において、ビールを一本弱くらい飲酒し、仕事を終えて帰宅するに際し、同様に右自動車を無免許で運転中に現行犯として逮捕されたものであった。また、第一審原告は、同年一月一八日午後二時ころにも、右自動車を運転して買物に出掛け、信号で停止した際に、警ら中のパトロールカーに乗車していた警察官に無免許運転を現認されたことがあり、この無免許運転の嫌疑ももたれていた。
(二) 第一審原告は、右現行犯で逮捕された当夜、職務質問を受けて警察官が免許の有無を照会中であった時から無免許である事実を認め、弁解録取の際も当日の無免許運転の事実を認めていた。長野南警察署において行われた飲酒検査においては、飲酒検知管による測定の結果、呼気一リットルにつき0.2ミリグラムのアルコールが検出されたが、第一審原告は、住所、職業、飲酒状況等の質問には正常な回答をし、言語も普通で、歩行、態度等も普通であった。
第一審原告は、長野南警察署内の留置場に留置され、同署交通課の中村によって前記の被疑事実に関する取調べが、昭和六三年二月二日午前九時四五分ころから午前一一時五〇分ころまで行われ、午後も〇時五五分ころから三時三五分ころまで行われ、それぞれ供述調書が作成された。さらに、翌三日午前一〇時三分ころから一〇時三〇分ころまで取調べが行われたが、供述調書は作成されなかった。右取調べにあたり、第一審原告は被疑事実を認め、反省の態度を示していた。また、第一審原告の内縁の夫Eも、同月二日午前九時ころから午後三時ころまで、無免許運転に用いられた車両の使用状況等に関し取調べを受けた。
第一審原告は、三日午後に、写真撮影、指紋の採取が行われた後に釈放された。そして、同年三月九日、本件無免許運転及び前記同年一月一八日の自動車の無免許運転で略式手続により起訴され、一八万円の罰金刑に処せられ、これが確定するに至った。
(三) 身体検査について
第一審原告は、逮捕された当日の二日午前二時一八分ころ長野南警察署二階にある留置場に連行され、留置主任官職務代行者であるCの指揮、Fの担当、Bの補助のもとに、身体検査を受けた。その際、原判決添付の別紙見取図(以下「見取図」という。)に記載のとおり、留置場内は、分離用カーテンが少年婦人室の北東角から身体検査室南西角まで引かれて二分され、身体検査室内及び入口前がカーテン外からは見えない状態になっていた。また、身体検査室西側と看守者席の間の壁には鉄格子の付いた窓が設けられていたが、その看守者席側に布製カーテンが取りつけられ、身体検査室の内部は外部からは見えないようになっていた。
第一審原告は、手に持っていたジャンパー、セカンドバックや時計等をCに手渡し、Bとともに身体検査室内に入り、同室のドアが閉められ、Cらはカーテン外に位置し、午前二時三五分ころまでの間、BがCの指示を受けながら第一審原告の身体検査を行った。まず、Bは第一審原告に対し、体に付けている物や持っているものを出すように指示し、第一審原告は、セーター、袖なし肌着を脱ぎ、ブラジャーを外し、浴衣を羽織り、スカート、パンティストッキングを脱いだ。Bは、第一審原告の脱いだ着衣を検査のためカーテン外のCにカーテンのすそから手渡した。第一審原告は、生理中で生理用のパンツ、ナプキン、タンポンを着用し、これらが汚れているので、パンツを脱ぎたくないと述べたが、Bは、Cの指示によりパンツを脱ぐよう求め、さらに全裸に浴衣に手を通した状態の第一審原告に対し、股間に隠匿物がないことを確認するため、屈伸運動をするよう求め、自らその動作を行い手本を示した。第一審原告は、タンポンを抜くのかと尋ねると、Bは、Cの指示を受けて、タンポンを抜くように指示し、第一審原告はこれに従ったうえ、浴衣を羽織った状態で二回ほど脚を屈伸させた。また、Bは、右検査において、第一審原告の肩にあった傷跡を確認してCに報告している。右の検査の過程において、B以外のCら警察官や他の被留置人が第一審原告の姿を視認したことも、視認しうる状態になったこともなかった。
第一審原告は、保安のため身につけることができないブラジャーとパンティストッキング以外の衣類を身に着け、Bが調達したナプキンを着用して検査室を出たが、Bは第一審原告の求めに応じて替えのための生理用のナプキンを取りに留置場外に出ていたため、Fが、ヘヤブラシを用いて第一審原告の髪をすき、口を開けさせて口腔内を見て、頭髪、口腔内の検査を行った。その後、第一審原告は留置場内の少年婦人室(見取図記載のもの)に収容され、就寝した。
(四) 尿の提出について
(1) 長野南警察署の防犯課長のGは、昭和六三年二月二日午前八時ころ出勤して、前夜の当直責任者であったI及び第一審原告から弁解の録取をしたJから、第一審原告が逮捕され留置されていること、元暴力団幹部であるEと同居していること、同人と交際のあった長野市篠ノ井に住む暴力団幹部には覚せい剤事犯の前歴があること、第一審原告の経営するスナックには暴力団関係者が出入りしていることなどの報告を受け、第一審原告には覚せい剤使用の疑いがあると判断し、防犯課のAに対し第一審原告から尿の任意提出を受けるように指示した。午前九時ころ、Aは、Bとともに留置場に向かい、第一審原告に対し、尿の提出を求めたところ、第一審原告から「今、出したところで出ないから。」と断られた。そして、午前の取調べが終わり、留置場に戻った第一審原告に対し、午前一時五〇分ころ、AがBとともに覚せい剤の検査のため尿を提出するよう求め、第一審原告は、「はい。」と答えて、AやBらと留置場内の洗面所へ向かい、指示に従い、手渡されたプラスチック製のコップと広口びんを手で洗い、これを持って留置場内の便所(見取図記載のもの)へ向かった。
第一審原告は、便所に入り、Bがドアを二〇センチメートル位開けて、ドアのノブを右手で押さえ、入口右脇の壁を背にして立っていたため、ドアを閉めるように頼んだが、保安上、ドアを閉めることはできないことから、Bに断られ、第一審原告もそれ以上にドアを閉めるように求めず、コップに尿を取り、指示に従い、広口びんに移し替え、Bに提出した。その後、Aが第一審原告に尿の任意提出書への署名、拇印の押捺をさせた。第一審原告は、右の過程の中で、右各手続を拒む態度をいっさい示さなかった。
また、右便所の入ロドアが二〇センチメートル位開けられた状態では、看守者席から便所内部を見ることはできず、右のようにBが看守していた状況で、B以外の者が第一審原告の様子を見ることはできない状態であった。
第一審原告の提出した尿は、同日、科学捜査研究所長宛に覚せい剤を含有するか否かの鑑定嘱託がなされ、翌三日鑑定が行われ、覚せい剤及びその原料の含有は認められなかった。
(2) 第一審原告の内縁の夫Eは、昭和四〇年に暴力団山口組傘下の○○組の舎弟になり、○○組の相談役であったが、昭和六〇年三月に山口組と一和会の抗争があったことから知人を頼って長野市に転居し、同年一〇月に組関係から離脱したが、暴力団関係者との交際をいっさい絶っていたとはいえず、第一審原告もEを介して暴力団関係者との交際があり、本件スナックには、暴力団関係者が客として出入りすることもあったが、同人には覚せい剤取締法違反の前科はなく、第一審原告にもその前科はなかった。
(五) 長野県警察本部は、昭和六三年度の重点目標として覚せい剤事犯の取締りを掲げ、同年一月八日、県下の署長会議において県警本部から薬物違反の取締り強化が目標として掲げられ、同月一九日、県警防犯課長会議においても薬物違反の取締り強化の指示がなされ、右指示を記載した文書(<書証番号略>)には、警察本部長が覚せい剤事犯以外の被疑事実による被逮捕者に対しても必ず採尿鑑定をすることが訓示された趣旨が記載されており、この指示がなされた後である同年二月一日から二〇日までの間には、覚せい剤事犯以外の被逮捕者中の尿の任意提出者の割合が県下全体で六三名中の三一名に当たり、その前後の時期に比して相当高かった。
以上の事実が認められる。
3(一) 第一審原告は、原審における本人尋問において、身体検査室と看守者席の間には、カーテンはなく、上部四分の一がガラスで、その下がすりガラスであり、看守者席から覗かれる状態であったと供述するが、原審における昭和六三年七月二二日に行われた検証の結果並びにカーテンが取りつけられた経緯について述べる原審における証人Dの証言及び<書証番号略>に照らし、右供述は措信することができない。また、第一審原告は、看守が髪に手を入れて検査をしたとか、尿の採取についても、その理由の説明がなく、そこでやって下さいと言われて便所へ向かった、便所内から看守の頭が見えたなどと身体検査、尿の提出の経緯に関して前記認定に反する趣旨の供述をするが、いずれも不自然であり、右検証の結果や右の点に関する前掲証人Bの証言に照らし採用できない。
また、原審における証人Bは、身体検査室に入ったら、第一審原告が急にハンドバックを抱え込んだり、前かがみになるなどした、検査の途中で肌着まで脱いでもらって検査するとの指示を受けた、タンポンをつけているということを第一審原告から聞いていないし、これを外すような指示はしていないなどと前記認定に反する趣旨の供述をするが、前記認定の身体検査の経緯に関する事実関係に照らし、右に関する原審における第一審原告の本人尋問の結果と対比して採用することはできない。
(二) 第一審原告は、長野県警察本部長の覚せい剤事犯以外の被疑事実による被逮捕者に対しても必ず採尿するようにとの訓示に基づき第一審原告に対する採尿も行われたものである旨主張するが、前示2(五)の事実を認定できても、本件当時、長野県内の各警察署が覚せい剤事犯以外の被逮捕者に対して、覚せい剤使用を疑わせる事情の有無を問わず一律に採尿を求めていたとか、第一審原告に対し、Dらが一律採尿の方針を理由に何らの嫌疑もないのに尿の提出を求めたとかとの事実は、本件全証拠によっても認めることはできない。
二そこで、前示の事実をもとに第一審原告の身体検査、尿の提出及び留置に関し、第一審原告主張の違法行為の有無を判断する。
1 身体検査について
(一) 第一審被告は、被逮捕者を留置する際の身体検査について、施設管理権に基づき、必要かつ相当な方法で行うことができる旨主張し、第一審原告は、右主張を争い、刑訴法の認めない違法な検査であると主張するので、被逮捕者に対する身体検査の許容される根拠、程度につき判断する。
(1) 被逮捕者に対しては、警察官職務執行法二条四項は「警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。」と定めているが、右身体の検査は、警察官への危険防止と被逮捕者の自害等防止の目的で凶器の有無を強制的に点検できることを規定したものということができる。
(2) また、監獄法一四条前段は、「新ニ入監スル者アルトキハ其身体及ヒ衣類ノ検査ヲ為ス可シ」と規定し、同法一条にいう「監獄」に拘禁される受刑者、未決勾留者等に対して右規定が適用される。そして、同法一条三項は「警察官署ニ附属スル留置場ハ之ヲ監獄ニ代用スルコトヲ得」と定め、勾引の際の勾引場所及び勾留場所として警察署の留置場が指定された場合にも、右規定が適用されることとなる。また、警察署付属の留置場は、逮捕により引致され、留置の必要がある者を収容する施設であるが、刑訴法は、逮捕の場合につき、被告人を勾引した場合に留置する場所を監獄と定めた同法七五条の規定を準用しており(同法二〇九条、二一一条、二一六条)、代用監獄としての留置場が留置の場所とされることも予定していると解される一方、逮捕後の留置につき警察署の留置場を原則的な留置場所と定める規定は存在しない。
そして、国家公安委員会規則である被疑者留置規則は、八条において「看守者は、被疑者を留置するに当たっては、その身体につき凶器を所持しているかどうかを調べなければならない。」と、九条一項において「被疑者を留置するに当たっては、その被疑者が自己の防ぎょをする権利に関しないもので、かつ、捜査上または留置場の保安上支障のある次の各号に掲げる物(以下「危険物」という。)を所持している場合には、留置主任官は、その物の提出を求め、留置中保管しておかなければならない。」と、同項一号において「帯、ネクタイ、金属類、毒物、劇物その他自殺の用に供せられるおそれのある物」と、二号において「マッチ、ライター、煙草、酒等火災その他の事故発生の原因となる物」と、三号において「罪証隠滅等捜査に支障があると認められる物」とそれぞれ規定している。
(3) 被逮捕者に対し、警察官職務執行法の前記規定に基づき、いわゆる外部的身体検査をすることが許されるのは明らかであるが、被逮捕者につき、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあるため、留置の必要があると認められるときには、刑訴法及び監獄法は、警察署の留置場に留置することを認めているのであるから、営造物たる留置場の管理者は当該被逮捕者に対し、その管理権に基づき、右留置の目的を達成するため、また、留置場に拘禁されたことに伴う自殺、自他傷等の事故防止もしくは留置場の秩序維持のため凶器等の危険物(被疑者留置規則九条一項一、二号所定の危険物がこれにあたる。)を所持しているか否かを調べるため、右被逮捕者の身体検査をすることができ(以下この身体検査を「営造物管理権に基づく身体検査」という。)、右被逮捕者はこれを受忍すべき立場に立つものというべきであり、前掲監獄法及び被疑者留置規則の各規定はこの理を明らかにしたものと解すべきであるが、逮捕に伴う留置は、捜査の初期の段階において、被疑者に逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあるときに、刑訴法二〇三条ないし二〇五条所定の短期の時間内に限って身柄を拘束するものであり、捜査のための身体検査につき裁判官の発する令状によらなければならないと定めた同法二二二条一項、一〇二条、二一八条を潜脱するような身体検査はこれをすることのできないことはいうまでもないのであるから、被逮捕者に対する営造物管理権に基づく身体検査は、右のような被逮捕者の地位及び身体検査の目的からみて、必要最小限度の範囲内において、かつ、その名誉や羞恥心を含む基本的人権を不当に侵害することのないような相当な方法によって行わなければならないものというべきである。そして、被逮捕者である女性を留置するにあたってする右身体検査において、陰部に前記のような危険物を隠匿していないかどうかを検査するため(以下この検査を「股間検査」という。)、その肌着全部を脱がせ、脚の屈伸運動をさせることができるのは、危険物の隠匿が右のような態様でされていることの蓋然性を認めるに足る具体的事実関係が客観的に存在することが必要であり、かつ、当該女性の名誉や羞恥心を損なわないようにするための補完措置を講じたうえですることが必要であるというべきである。
(二) 第一審原告に対してされた本件身体検査は営造物管理権に基づく身体検査であると解されるから、以下右のような観点からその適法性について検討することとする。
前示のとおり、第一審原告は、本件スナックからの帰宅途上において自動車の無免許運転の現行犯として逮捕されて長野南警察署に引致され、同署付属の留置場に留置された者であって、第一審原告に対し、留置場に収容するに際し、女子職員であるBを立ち会わせ、同女が他から遮蔽された身体検査室において第一審原告の上着を脱がせて身体検査を行い、自殺に用いることが可能なブラジャー、パンティストッキングを脱がせて提出させたことは、前記の営造物管理権に基づく身体検査の目的に照らし必要性及び方法の相当性の要件を充足する適法なものであったというべきである。
しかしながら、第一審原告に対しては、外部からの観察、触診による検査を行い、また、右の下着を提出させたことによって、危険物の所持の有無を確認することができ、右検査の目的を達成することが可能であったといえるうえ、第一審原告が逮捕されてから留置されるに至るまでの前示経緯からすれば、第一審原告がその陰部に危険物を隠匿する可能性は極めて少なく、右隠匿の蓋然性を認めるに足る具体的事実関係が客観的に存在していたということもできない。そうすると、Cらが、第一審原告が拒んでいたにもかかわらず、股間検査としてパンツを脱がせ、脚の屈伸運動をさせるなどしたことは、必要であったということはできず、右検査の許される限界を著しく逸脱したものというべきである。
(三) 第一審被告は、一般に女性の施設被拘禁者が陰部に危険物を隠匿した多数の実例があり、第一審原告には不審な行動があったから、第一審原告についても股間検査をする必要があったものであり、また、検査の方法も男性警察職員の目に触れる可能性のない密室内において、浴衣を羽織らせて実施するなど第一審原告の名誉や羞恥心に十分配慮してしたものであるから、方法の相当性にも欠けるところはなかった旨主張する。
しかし、第一審原告には、前記のとおり自殺のおそれや陰部に危険物を隠匿しているとの蓋然性を認めるに足る具体的事実関係が客観的に存在していたとは認められず、その前科や本件無免許運転の犯情を考慮しても、右事実関係を認めうる状況にはなかったということができ、第一審原告に対し股間検査の必要性があったものとは到底いえない。
なお、Bが第一審原告の求めに応じて替えのための生理用のナプキンを取りに留置場外に出ていた際に、男性の職員であるFが、第一審原告の頭髪、口腔内の検査を行っており、右検査方法が適切なものとはいえないが、右検査が、髪をすき、口を開けさせたにとどまることからすれば、第一審原告の身体の自由、名誉等の権利を侵害する違法なものとまではいうことができない。第一審原告に対する身体検査に関し、前記認定のほかには第一審被告の警察職員に違法と認めるべき行為は見当たらない。
(四) したがって、前記のとおり、Cの指揮、Fの担当、Bの補助のもとにした第一審原告に対する身体検査中、同原告をして、股間検査としてパンツを脱がせ、脚の屈伸運動をさせるなどしたことは、営造物管理権に基づく身体検査の必要性の要件を欠く違法なものというべきである。そして、右身体検査を受けたことにより第一審原告が精神的苦痛を被ったことは原審における同原告本人尋問の結果に照らして明らかであるところ、既に認定した事実関係に照らすと、右Cらには右第一審原告の損害の発生について故意又は過失があったものというべきであるから、第一審被告は第一審原告が被った右損害を賠償すべき責任があるものというべきである。
2 尿の任意提出について
(一) 前記のとおり、第一審原告は、逮捕当夜、身体検査を受けた後に、留置場内の少年婦人室に収容され、翌朝九時ころ、Aらから覚せい剤検査のためであることを告げられて尿の提出を求められ、排尿直後であることを理由にいったん断ったが、取調べが終了して、再度提出を求められ、素直にこれに応じ、便所のドアを閉めるように求めたほかはいっさい異議を述べることなく、尿を任意に提出したものということができる。
(二) Dは、第一審原告が元暴力団幹部であるEと内縁関係にあること、同人と交際のあった長野市篠ノ井に住む暴力団幹部には覚せい剤事犯の前歴があったこと、本件スナックには暴力団関係者が出入りしていることなどの報告を受け、第一審原告には覚せい剤使用の疑いがあると判断して、右尿の提出を求めるように指示したものであったが、第一審原告に対する覚せい剤使用の疑いとしては、右のような第一審原告の職業や内縁の夫を介した交際関係に由来する暴力団関係者との接触の可能性があったこと以上の具体的な事情は認められず、右事情は覚せい剤取締法違反の被疑事実に基づく捜査を開始する嫌疑として必ずしも充分なものということはできない。
原審における証人Dは、第一審原告の弁解録取にあたったJから、第一審原告の態度がそわそわして落ち着きがない、顔色が青白い、目がきょろきょろしているとか、第一審原告がJから「薬」と言われただけで覚せい剤であるとわかって自ら腕をまくったとかの報告を受け、同原告が覚せい剤につき相当の知識があり、要求していないのに腕をまくったのは腕に注射痕がないことを示してあえて取締りを免れようとしたものとの疑いを持った旨を供述している。
しかし、弁解録取の際、第一審原告に特に異常な挙動がなかったことは、前記の酒気帯び検査の観察結果から窺うことができ、原審における第一審原告の本人尋問において、第一審原告がJと右のようなやりとりがなかったことを供述していることと対比し、第一審原告が腕をまくって見せたなどの事実は認めることができない。のみならず、Jが同原告に抱いた印象が右のようなものであったことや「薬」に関する応答がそのようなものであったとしても、これが直ちに覚せい剤使用の合理的な疑いに結びつくものということもできない。したがって、Gが第一審原告に対し、覚せい剤違反の疑いを持ったことには客観的、合理的な根拠が乏しかったということができる。
(三) しかしながら、第一審原告は覚せい剤使用の有無を検査するため尿の提出を求められ、身に覚えのないことから任意にこれに応じてその疑いを晴らしたということができ、第一審原告が無免許運転の現行犯として逮捕された者であり、留置により身柄を拘束され、警察官に対し迎合的にならざるを得ず、前示のような身体検査を受けたことを考慮しても、尿の提出に至るまでの前記の経緯に照らし、これが任意でなかったといえる事情を見出すことはできない。また、第一審原告が採尿する際、便所のドアが二〇センチメートル程度開けられていたが、前記のようにドアの前にBが佇立し、同人以外の者から覗かれるおそれがなかったこと、第一審原告は一度閉めるように求めて拒絶され、それ以上には閉めるように求めなかったことからして、右のような方法をとったことから、尿提出の任意性が失われるとか、その提出手続が違法になるということもできない。
(四) 第一審原告は、逮捕による身柄拘束中の第一審原告に対して、尿の任意提出を求めるにあたっては、その提出を拒めることを告げるべきであり、これが告げられていないから、第一審原告が任意に提出に応じたということはできないと主張する。
しかしながら、第一審原告は覚せい剤検査であることを告げられて尿の提出を求められたものであって、これが拒めることが告知されなかったからといって、任意でないということはできない。
(五) したがって、第一審原告は任意に尿の提出に応じたものであって、Aらが右尿の提出を強制したとはいえないから、この点に関し第一審原告の権利を侵害する違法行為があったとは認めることはできない。第一審原告には覚せい剤使用の嫌疑が充分あったとはいえないことも右判断を左右するものではなく、尿の提出に関し第一審被告の警察職員に違法行為があったとする第一審原告の主張は理由がない。
3 留置の違法について
(一) 前記のとおり、第一審原告は、自動車の無免許運転で二回罰金刑に処せられた前科があり、本件無免許運転の態様は、酒気を帯びたものであり、内縁の夫の所有する乗用自動車を通勤に利用して運転するという常習的なものであったと考えられたこと、本件無免許運転以外にも警察官に現認された余罪もあったこと等からすると、第一審原告は懲役刑に処せられる可能性も充分に窺える悪質な態様による自動車の無免許運転により逮捕された者であって、第一審原告が現行犯逮捕され、被疑事実を素直に認めていたこと、その職業や家庭の状況を考慮したとしても、第一審原告には逃亡のおそれがあり、弁解録取後においても、留置を継続したうえ、その間に逮捕の事由及び余罪の事案の内容を解明し、情状事実である本件無免許運転に至る経緯や日頃の運転状況等に関し捜査を継続する必要があると判断した第一審被告の警察職員の措置は相当であったということができる。
そして、前記の第一審原告に対する取調べ等の捜査が行われた経緯に照らしても、右捜査を遂げた結果勾留請求の必要がないとして釈放されるまでの間、第一審原告を留置する必要性があったということができる。
(二) 第一審原告は、違法な身体検査が行われたことから留置が違法であったとの趣旨の主張をするが、前示のような違法があったからといって、右のような必要性を具備した留置が違法となるものではない。
また、第一審原告に対し前記のような覚せい剤検査が行われたことから、直ちに本件留置が、覚せい剤捜査のため行われたものであるとはいえず、本件留置が覚せい剤事犯の捜査のために、その必要がないのに行われたと認めるに足るその他の事情は本件全証拠によっても認められない。
(三) したがって、第一審原告が違法に留置されたとは認められず、これを理由とする第一審原告の損害賠償の請求は理由がない。
三以上の次第で、留置主任官職務代行者であるCら第一審被告の警察職員は、第一審原告を逮捕後留置する際の営造物管理権に基づく身体検査を行うにあたり、故意又は過失により第一審原告に対し違法に損害を加えたものというべきであるから、第一審被告は、国家賠償法一条一項に基づき、第一審原告が被った精神的損害を賠償する責任があるものというべきである。そして、前記認定の事実関係のもとでは、第一審原告の精神的な苦痛を慰謝するには金二五万円をもって相当と認める。
また、弁論の全趣旨によると、第一審原告がその訴訟代理人に対し、本件訴訟の提起・追行を委任し、手数料及び相当額の報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、本件訴訟の経緯、請求額、認容すべき額等諸般の事情に照らすと、本件不法行為と相当因果関係があるものとして、第一審原告が第一審被告に対して賠償を求めることができる弁護士費用の額は、金一〇万円をもって相当と認める。
よって、第一審原告の第一審被告に対する本訴請求は、損害賠償として金三五万円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和六三年二月四日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきであり、右認容部分につき仮執行の宣言を付すことは相当ではない。したがって、これと同旨の原判決は相当であり、第一審原告の控訴及び第一審被告の控訴はいずれも理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官柴田保幸 裁判官白石悦穂 裁判官犬飼眞二)