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東京高等裁判所 平成2年(ネ)4702号 判決 1991年7月29日

控訴人 神奈川県

右代表者知事 長洲一二

右訴訟代理人弁護士 福田恆二

右指定代理人 那知上仁

<ほか四名>

被控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 高谷進

同 花輪弘幸

同 鶴田進

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二  当事者双方の事実の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決書「事実及び理由」の「第二 事案の概要」中被控訴人関係部分記載のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の証拠目録(原審・当審)記載のとおりであるから、それぞれこれらを引用する。

1  原判決書四枚目表一行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「被控訴人は、「警察官は、公道において他車の交通の妨げになるような方法で交通取締をするときは、常に回りの交通状況を正確に把握して適切な指示を与えなければならず、特に、見通しが悪く、交通量の多い路上等危険な場所で取締をする場合には、通行車両を規制・誘導する等安全確保の措置を講じる義務がある。本件事故現場は、交通量が多く、普段からローリング族も走行を繰り返しており、ライダー達が高速で走り抜けることが十分予測されたのであるから、本件取締を行うにあたっては、後続車両の追越しを禁止するか、あるいは反対車線からの車両の通行を一時止める等して後続車両を追い越させる等安全確保をする義務があった。それにもかかわらず、丙川は、漫然と乙山車に追越しの指示を与えた過失がある。仮に指示を与えなかったとしても、丙川が警察車両を停車させた原判決添付図面の地点(以下「本件停車地点」という。)での停車は交通を妨害するものであり、他の車両が警察車両を追い越すことが十分予想され、しかも、警察車両を追い越そうとするときは、カーブの直前まで反対車線にかかった状態で走行を続けなければならなくなり、非常に危険であるから、丙川が漫然と本件停車地点に停車したこと自体過失があった。仮に本件停車地点に停車するとしても、停車するにあたって対向車の存在に十分配慮して後続車両に停止を命ずる等規制・誘導すべき義務があったのに、後続車両や対向車両の動静等に注意を払うことなく、漫然本件停車地点に停車した過失がある。」と主張する。

2  原判決書四枚目表二行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「控訴人は、「一郎は、最高制限速度を七〇キロメートル毎時以上も超える高速度のままカーブを走行してバランスを失ったか、何らかの事情で乙山車の発見が遅れたかハンドル操作を誤ったかしてセンターラインを越えて反対車線に入り、乙山車と衝突したものであるから、少なくとも六ないし七割の過失相殺をすべきである。」と主張する。」

理由

一  本件事故現場の状況その他本件事故の事実関係についての当裁判所の認定は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決書「事実及び理由」中「第三 争点に対する判断」の「一1、2」(原判決書四枚目表五行目から八枚目表八行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決書四枚目表五行目の「乙一、」の次に「一〇、」を加える。

2  原判決書五枚目裏九行目の「位置」を「本件停車地点」と改める。

3  原判決書六枚目表一行目の末尾に「丙川が、前記の約六〇メートルの直線部分にあって、地点ないし次のカーブから若干手前になる本件停車地点で停車したのは、後続の車両が続いてカーブを曲がってきたときでも前方に警察車両が停車しているのを見通して適切に対応措置を執ることができるようにということと、他方、あまり地点に近づきすぎると、走行しているローリング族を見物している者たちがクモの子を散らすように逃げ出して危険であること、の二点を考えてのことであった。」を、同二行目の「直前に」の次に「約五〇メートル後方まで見ることができる」をそれぞれ加え、同五行目冒頭から同八行目の「気付かなかった。」までを「丙川は、もともと走行しながら警告して若者達が立ち去る気配が見られるなら特に停止する気はなかったが、その気配が見えないため、先に述べたような状況判断のもとにいったん本件停車地点で停止したのであって、若者達が警告に従えばすぐにも走行を再開するつもりであった。このように、丙川は、本件停車地点に長時間停車を続ける意図はなかったし、現実にも停車後約一〇秒ほどして本件事故が発生したので、差し当たり車外に出て後続車両等に対して規制あるいは誘導する等の措置も採らず、後続車両の乙山車が進行してきたことも、乙山車が右側方を通過した際に始めて気がついた。」と改める。

4  原判決書七枚目表七行目の「時速八〇キロメートル」を「一〇〇キロメートル毎時ないしそれ」と改める。

5  原判決書八枚目表五行目の「なお、」の次に「乙山車と被害車の」を加える。

二1  右認定の事実によれば、本件事故は、乙山がカーブで進路前方の安全確認が困難であるのに、安易に反対車線にはみ出して通行した過失と、一郎の側でも同様前方の安全確認ができないカーブがあるのに、制限速度を七〇キロメートル毎時ほども超えるスピードで反対車線を進行してきた過失が競合して起こったものであることが明らかであるが、さらに丙川にも右事故が起きたことにつき過失があるか否かを検討する。

2  まず、被控訴人は、丙川が乙山車に追越しないし側方通過の指示を与えた過失があると主張するが、本件全証拠によるも、右指示の事実を認めることはできないから、右主張は失当である。

3  次に、被控訴人は、丙川が本件停車地点に停車したこと自体に過失がある、あるいは、停車するにしても、後続車両の動向に注意し、規制・誘導すべき義務があるのに、これをしなかった過失があると主張する。

丙川が警察車両を運転し、また本件停車地点に停車したのは、ローリング族の取締を目的とするものであったのであり、このように警察官が公道において交通取締をするときは、常に周囲の交通状況を正確に把握するなど細心の配慮をし、一般交通の安全を確保しつつ職務を行うべき注意義務があるものというべきである。

しかしながら、当裁判所は、先に認定したような本件の事実関係のもとにおいては、丙川に過失があると認めることはできないと判断する。以下に順次説明する。

まず、前記認定のとおり、丙川は、バックミラーで後方を見て後続車両がないことを確かめたうえ、後続車両からの見通し及び地点付近に近づきすぎることの危険性も考えて本件停車地点に停車したものであり、ローリング族の取締をするためにこの地点に停車したこと自体に過失があるとすることはできない。

次に、本件停車地点に短時間なりとも停車を続けるにあたり過失があったといえるかどうかを検討する。

丙川は、警察車両を反対車線の道路端まで約五・三メートル空けて停車したので、この空いた部分を後続の大型車両が反対車線にはみだして通過する余地があり、丙川自身後続車両が側方を通過する可能性があることを認識していたものである。しかも、本件現場道路は片側一車線ずつ、全幅約六メートルのそれほど広くない道路であり、本件停車地点の先は極めて見通しの悪いカーブとなっており、丙川は、高速でカーブを曲がる技術を競うローリング族を取り締まるため本件現場に赴き、現実にローリング族を見物している者を目撃していたのであるから、後続車両が警察車両の側方を通るため反対車線にはみ出して通行するときは、ローリング族運転の二輪車等の対向車両と衝突する危険があることを予見することができたはずであるとの意見もあるかもしれない。

しかしながら、丙川証言によれば、同人は、後続車両があっても、取締中の警察車両の側方をセンターラインを越えて通行する必要があるときは、当然その運転手自ら安全を確認してから通行するものであり、仮に安全を確認できないのであれば、クラクションを鳴らすなどの合図をして警察車両に対し移動を促す等の措置を取るものと考えていたことが認められる。そして、本件事故現場付近ははみ出し禁止区域であり、現実にもカーブのため反対車線の見通しが悪いのであるから、運転手、特に乙山車のような車幅の広い車両の運転手は、反対車線に大きくはみ出して運転することを差し控え、いったん停止して前の車両の動静を窺い、前の車両が動き出す気配がないときはクラクションを鳴らすなどして注意を喚起し、移動を促す行動をとるのが通常であると考えられること(運転者の常識といってよい。乙山自身も、このような場合には、後ろで停まって待っているのが普通であると証言している。)、本件事故道路は、当時特別に交通量が多かったような事情は見当たらないこと、丙川としても本件停車地点に長時間停車するつもりはなく、かえって、若者達が警告に従えばすぐに走行を再開する予定であり(それゆえ、前方を注視している必要がある。)、現に本件事故が起きるまで一〇秒ほどしか停車していなかったこと、等の事実に照らして考えると、このように極く短時間警告のために停車している間に後ろから来た大型車両がいったん停止することもなく、安全も確認しないまま側方を通過し、そのために対向車と衝突事故を起こすようなことまでは予想しなかったのも無理からぬところというべきである。また、証人乙山は、以前二輪車を運転していた経験からすれば、対向する二輪車が乙山車と道路端との間を通り抜ける余裕があったと証言しており、一郎が七〇キロ毎時あるいはそれ以上という極端な速度違反をしていなければ、通り抜けることもできた可能性があり、さらに、警察車両の側方を通過した車両が普通車であれば、一郎が道路の端を通り抜けることもできたのではないかと考えられる。この点をも含めて考えると、本件事故の原因は、第一に乙山車の無理な追い抜きと、併せて一郎の極端な速度違反にあるといわざるをえない。本件の具体的事実関係のもとにおいて、警察車両の運転者や同乗者に、絶えず後方を注視し、あるいは直ちに後続の車両に停止を命ずる等の規制・誘導措置を執ることまでも求めるのは、難きを強いるものというべきである。大部分の人はルールを守って運転しているのであり、極く短時間の停車のつもりであったのであるから、後続車の運転者の良識を信頼したこと自体を責めるのは無理というべきであるし、取締にあたって過剰な規制措置を執ることは、一般交通を妨げることになり、決して望ましいことではないから、とにかく規制すればよいというものではない。もっとも、ローリング族の取締にあたっている警察官である以上、彼らが制限速度を超える高速でカーブに進入してくることは当然判っているはずであり、そのような場合思いもかけない事故が発生しかねないことも予測はできたはずであるといってよいから(ただ、制限速度を七〇キロメートル毎時も超過する高速度で進入してくることまで予測しえたかは疑問はあるが)、とにかく規制措置等を執るべきであったとの考えもあるかもしれない。さらに、事故が起きたのは停車後一〇秒ほど経ってのことであるから、単に数字の計算だけでいうなら、丙川若しくは警察車両に同乗していた者が停車後に直ちに車の外に出て後続車の通行規制をする時間的な余裕が全くなかったとまではいい切れないであろう。そして、もしそうしていれば、本件事故には到らなかったか、または一郎が転倒する程度で済んだかもしれないとはいえよう。しかし、前記のような本件の具体的な状況のもとで、停車後直ちに車の外に出て規制措置を執る等のことを求めるのは、やはり無理があるといわざるをえない。車外に出るには、当然自身の安全や他車への妨害になることはないかを十分確認する必要がある。後続車が接近して来ていないかどうかはもちろん、対向車線の状況も十分確認しなければならない。本件事故が、停車後わずか一〇秒程後に起きていることからすると、警察車両がいったん停車した後に、車外に出るために改めて安全確認をしたとすれば、その時点では、乙山車はすでに後方に接近してきていることが見えていたはずであり、その動静を見極めないかぎり、車外に出ること自体危険な状況であったと認められるからである(もともと、丙川は本件停車地点で停止はするつもりはなかったのであるから、停止前に全ての周囲の状況を確認しておくことを求めるのも無理なことである。)。

以上のとおりであって、結局、丙川に過失があったということはできないというべきである(なお、被控訴人本人は、丙川は乙山車がチャッターバーをまたいで走行するときの音・振動で側方を通行しようとしていることに気がついたはずだと供述するが、仮にその時点で気がついても、乙山車を止めようもなく、本件事故の発生を防ぐことができなかったことは明らかである。)。当時丙川ら警察官が三名で取締にあたっていたことを考えても、右結論は変わらない。

三  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく被控訴人の請求は理由がなく棄却すべきである。よって、原判決中被控訴人の請求を一部認容した部分は不当であるから、この部分を取り消し、右請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 満田明彦 高須要子)

<以下省略>

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