大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(ネ)745号 判決 1991年2月28日

控訴人

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

沼田寛

中村登

宮崎明好

渡邉泰雄

被控訴人

山下延明こと

朴水天

右訴訟代理人弁護士

三野研太郎

武井共夫

主文

一  原判決中控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金七二三万三五一四円及び金六三三万三五一四円に対する昭和六一年八月八日から、うち金九〇万円に対する昭和五八年一二月一九日から、いずれも支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、一〇分し、その二を控訴人、その八を被控訴人の各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  当事者双方の主張は、次のとおり補正・追加するほか、原判決の事実に摘示されたところと同一であるから(原判決四枚目裏六行目から同二八枚目表二行目まで。ただし、原審相被告関係を除き、別紙物件目録を含む。)、これを引用する。

1  原判決五枚目表八行目の「同月四日ころの」を「昭和五八年一二月四日ころの」に改める。

2  同六枚目表六行目の「両名はこの計画に賛同し、」を削る。

3  同七枚目裏七行目の「弐」の次に「、」を加える。

4  同一〇枚目裏五行目の「同年二月一八日を」「昭和五九年二月一八日」に改める。

5  同一一枚目表一行目の「東京、」を削る。

6  同一二枚目裏七、八行目の「抵当権設定費用及び所有権移転仮登記費用の」を「根抵当権設定仮登記等の登記手続費用」に改める。

7  同一五枚目裏六行目の「請求原因事実のうち」を「請求原因1ないし3の事実のうち」に改め、同行の「原告主張の」の次に「偽造に係る登記」を加え、八行目から同一六枚目表一行目までを次のとおり改める。

「請求原因4の(一)の事実のうち、広島、京都、盛岡の各登記所で登記用紙の抜取りによる改ざん事件があったこと、本件登記所において閲覧者が鞄等を閲覧席に持ち込むことを禁止していなかったこと、及び、本件登記所が閲覧監視用に設置した鏡(もっとも、固定式でなく、電動式である。)が一個であったこと、同4の(二)の事実のうち、被控訴人主張の内容の細則や準則があること、及び、本件登記所の職員が閲覧の前後に登記用紙の枚数を確認していなかったことは認める。同5の事実のうち、登記簿を改ざんされたことに気付かずに本件土地の登記簿謄本を作成・交付したことは認める。同4、5のその余の事実は否認する。

請求原因6の事実は知らない。」

8  同一九枚目表五行目の「本件登記所の」の前に「本件登記所は、常時閲覧席を専門に監視する職員を置いていない。しかし、閲覧申請人に対する登記所の役割からすれば、登記簿や公図を閲覧のために円滑に搬出入すること及び閲覧申請人からの相談等に応じることが最も重要であるから、右の業務に適切な数の職員を配置することこそ肝要である。これに対し、多数の閲覧申請人の誰かが登記用紙を抜き取るというような事態を予想して常時専従の閲覧監視員を置く体制を採ることは本来閲覧業務になじみにくい。のみならず法務局所掌業務及び取扱事件の急速な増加等に見合った職員を配置することのできなかった昭和五八年当時の予算事情のもとで、登記用紙の抜取りというような希有の事故を防止するために閲覧監視員を置くことは不可能であった。」を加える。

9  同一九枚目裏二、三行目の「監視することは予算上不可能であって」を「監視する体制を採ることは予算上も不可能であるばかりでなく」に改め、四行目の「本件のように」の次に「二名以上の者が示し合わせて僅か数秒で登記用紙を抜き取るといった」を加える。

10  同一九枚目裏八行目の「それは」の次に「、もともと鞄や紙袋などの持込みを禁止する法令上の根拠のないことに加えて、」を加え、同二〇枚目表二行目の「そのような措置をとれば」を「、閲覧申請人のほとんどは筆記用具等の閲覧に必要なものを持参してきており、そのような措置をとれば閲覧に著しい支障を生じ、」に改め、八行目の次に改行して次のとおり加える。

「以上要するに、本件登記所の閲覧監視体制が登記用紙抜取り行為の防止という観点からみて、一般に要求される程度に達しているか否かについては、不正行為の行われる頻度、不正行為防止措置の有効性の程度、その措置を実施することによって生じることによって生じる不都合、実施に必要な人員、物的手当の内容、当該登記所における事務の繁忙の程度、人的物的状況、増員の現実的な可能性等を総合考慮し、社会通念に従って判断すべきものである。登記制度の役割の重大性やこれに対する国民の信頼の保護という見地から直ちに登記官に無過失責任にも等しい過重な注意義務を課するのは許されない。かえって、登記事務の大量迅速な処理という登記所の業務の実態からすると、右の理由によっては説明のできない比較的大きな落ち度がある場合に限って登記官に過失があると解することが相当であるともいえる。」

11  同二一枚目裏一行目の「右被告の」から三行目の「融資に応じたことや」までを「原審相被告道岡が所有者であることに重大な疑問を抱き、登記済証がない限り融資はしないと述べていたところ、その後原審相被告道岡が偽造に係る登記済証を持参したことから態度を豹変させて融資に応じたものであり」に、同二二枚目表一行目の「本件土地の登記済証」を「右の偽造登記済証」にそれぞれ改める。

12  同二四枚目裏一行目の「原告は」を「ところが、被控訴人は、このような数々の不自然・不審な点があったにもかかわらず、」に改め、三行目の次に改行して次のとおり加える。

「すなわち、被控訴人は、融資の実行に当たり、従業員の梅原俊夫を権利者とする賃借権設定仮登記、被控訴人を権利者とする極度額一億五〇〇〇万円の根抵当権設定仮登記及び代物弁済予約の所有権移転請求権仮登記をしたうえ、貸金の返済を受けられないことが懸念されるや、直ちに従業員の金井昭一名義で所有権移転登記を経由したことから明らかなように、融資当初から本件土地が一億円以上の価値のある物件であることに目をつけ、その価値をはるかに下回る金額の融資を実行することにより返済不履行の場合は直ちに本件土地を取得する意図のもとに融資をしたものであって、本件土地を容易に取得するという目先の利益に目を奪われ、金融業者として本来行うべき調査を全く怠ったものである。」

13  同二五枚目表六行目の次に改行して次のとおり加える。

「以上のように、被控訴人の過失は極めて重大であるのに対し、本件登記官の過失は無過失であるというに等しいほど軽微なものであり、被控訴人の過失割合は少なくとも八割以上とされるべきである。」

14  同二六枚目裏三行目の「客ではなかったこと」を「客ではなかったし、また、」に改める。

第三  証拠<省略>

理由

第一登記用紙の抜取り・改ざんによる金員の騙取と控訴人の損害賠償責任について

当裁判所も、原審相被告道岡(以下「道岡」という。)が同大河原、同有坂らと共謀し、本件登記所に備え付けた本件土地登記簿から登記用紙を抜き取り、本件土地の所有権移転の事実はないのに右事実があったかのように登記簿原本に偽造の登記記載をしたうえ、本件登記所から右の登記記載のある登記簿謄本の交付を受けて使用するなどの欺罔手段を用い、被控訴人から借用金名下に金員を騙取したことに関し、本件登記所の登記官が当時登記簿の閲覧監視のために採った措置は登記用紙の抜取り改ざんを防止するうえで万全のものであったとはいえず、過失を免れないため、国家賠償法一条により、控訴人は被控訴人の被った損害(なお、その額を一部訂正する。)につき賠償する責任があるものと判断する。その理由は、次のとおり補正・追加するほか、原判決の理由に説示されたところと同一であるから(原判決二九枚目裏六行目から同四八枚目表九行目まで。ただし、原審相被告関係を除く。)、これを引用する。

1  原判決二九枚目裏六行目の「二」を「一」に改める。

2  同二九枚目裏七行目から同三〇枚目表六行目までを次のとおり改める。

「本件土地登記簿に被控訴人主張の偽造に係る登記記載がある事実は当事者間に争いがなく、右事実のほか、原本の存在及び成立につき争いのない甲第三号証(ただし、後記採用しない部分を除く。)、第四号証、原審における被控訴人本人尋問の結果によって成立を認める甲第五号証の二ないし五、第六ないし第一〇号証、弁論の全趣旨によって成立(写しにあっては原本の存在及び成立)を認める乙第二号証、第四ないし第二〇号証(ただし、第一五号証中後記採用しない部分を除く。)、第二二号証、第二四号証(ただし、後記採用しない部分を除く。)、第二六号証、第二八ないし第三四号証、第三七号証、弁論の全趣旨によって成立を認める丙第一号証、成立につき争いのない丙第三ないし第六号証、原審における証人松本操の証言及び被控訴人本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、甲第三号証、乙第一号証、第一五号証、第二四号証、第二五号証、原審における被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」

3  同三一枚目表二行目の「同年」を「昭和五八年」に改める。

4  同三二枚目裏末行の「偽名を使って」の次に「公図と」を加える。

5  同三三枚目表二、三行目及び一〇行目の「担当登記官」を「担当職員」に、四行目の「左隣に座り」を「左隣に並んで座り、それぞれ公図と登記簿の閲覧を装ううち」にそれぞれ改める。

6  同三四枚目表末行の「被告有坂が」の次に「公図と」を加え、同三四枚目裏一行目及び五行目の「担当登記官」を「担当職員」に改め、四行目の「取り出し、」の次に「原審相被告有坂が」を加える。

7  同三六枚目裏六行目の「被告道岡は、」の次に「原審相被告大河原から受け取って所持していた前記登記簿謄本等を示し、」を加え、同三七枚目表末行から同三七枚目裏一行目の「同年二月一八日」を「昭和五九年二月一八日」に改め、同三七枚目裏四行目の「仮登記費用一〇〇万円」の次に「、仲介手数料五〇〇万円」を加え、六、七行目の「仮登記の費用として」を「、根抵当権設定仮登記等の登記手続費用として」に改める。

8  同三七枚目裏一〇行目の「仲介手数料」から同三八枚目表一行目の「損害」までを「根抵当権設定仮登記等の登記手続費用一九万八一二四円を支出させ、結局合計三二三九万八一二四円の損害」に改める。

9  同三九枚目表五行目の「5」を削り、六行目の「仮登記費用の額は」を「、控除した仮登記費用の額も」に改める。

10  同三九枚目裏一〇行目の次に改行して次のとおり加える。

「また、被控訴人は、前記のとおり、岩村に対し、道岡に対する貸付金四五〇〇万円のうちからその承諾のもとに五〇〇万円を控除して交付しているが、被控訴人と道岡を紹介した滝沢及び岩村とは以前同じ伍代商事に勤務した金融業仲間であり、本件土地を担保とする道岡に対する金融は、被控訴人にとって極めて好条件とみられたこと、右五〇〇万円は被控訴人から岩村に直接交付されているうえ(前顕乙第四号証によると、滝沢も岩村を介して右金員の一部を取得していることが認められる。)、金銭の借主が紹介者に支払う紹介料としては多額であること、被控訴人自身も右金員を本件損害に含ませていないことからすると、滝沢及び岩村に対する謝礼という名目ではあるが、実質的には滝沢及び岩村に対する被控訴人の謝礼であるとみることができ、そうであれば被控訴人がその判断で自己のためにした出捐といってよいから、本件損害に含ませるのは相当でない。」

11  同三九枚目裏末行の「三」を「二」に改める。

12  同四一枚目表三行目の「前記争いのない事実」を「本件登記所では閲覧者が鞄等を閲覧席に持ち込むことを禁止していなかったこと、及び、閲覧前後に登記用紙の枚数を確認していなかったことは当事者間に争いがなく、右事実のほか、」に改め、同行の「第六号証、」の次に「前顕丙第一号証、」を加え、四、五行目の「丙第一号証、」を削る。

13  同四一枚目裏一行目の「一八席程の閲覧席」を「九台の閲覧机(一台あて三名分の椅子を置いていた。)」に、二行目の「倉庫」を「書庫」に、三行目の「甲号事件受付係」から五行目の「計七名」までを「甲号事件受付係一名、認証係四名(うち乙号事件受付係一名)、調査係三名(うち表示登記担当一名、権利登記担当二名)、庶務会計等担当登記官一名の計九名」にそれぞれ改める。

14  同四一枚目裏六行目の「倉庫」を「書庫」に改める。

15  同四二枚目表三行目末尾に「しかし、職員がこれによって常時閲覧者の動静を監視していたわけではなかった。」を加える。

16  同四二枚目表九行目の「本件登記所においては」の次に「、閲覧者が鞄等を閲覧席に持ち込むことを禁止していなかったが、持ち込んだ鞄等は閲覧中足元に置くように指示していた。また、職員が」を加える。

17  同四二枚目裏六、七行目の「約二七万件で、職員は本来の職務が忙しいため閲覧者の監視が行き届かず」を「約二七万件であり、本件登記所を訪れる人数もおおむね一日二〇〇人前後に上っていたため、所長以下一三名の職員は本来の事務処理に追われ、登記簿閲覧者の監視が十分行き届かない状況にあり、このため、」に改める。

18  同四三枚目裏一行目から同四四枚裏四行目までを次のとおり改める。

「(五) ところで、前記のとおり細則三七条が登記簿の閲覧は登記官の面前においてさせる旨規定し、さらに準則二一二条が登記用紙の枚数を確認する等その抜取りの防止に努め、登記用紙の改ざんの防止に厳重に注意すべき旨規定していることにかんがみると、登記官としては登記簿の保管に遺漏のないように万全の措置を講ずる必要があり、とりわけ、登記簿がバインダー式であるため、比較的容易に止め金を外して登記用紙を抜き取ることが可能であり(この点は、控訴人が登記用紙の抜取りは僅か数秒でもって完了すると主張していることからも明らかである。)、過去にも右の方法による登記簿の改ざんが行われた事例があることからすれば、登記簿の閲覧の前後に登記用紙の枚数確認等を行って抜取りの有無の点検に努めることが必要であり、もしすべての場合にこれを行うことができないのであれば、閲覧者に対する監視を一層厳重に行う必要があり、このため、登記官以下の職員が各自の担当事務を処理する傍ら登記簿の閲覧監視を行うのでは監視が十分に行き届かない繁忙庁にあっては、専門の閲覧監視員を配置する一方、閲覧机には閲覧者と閲覧者との間に十分な間隔を設け、登記簿と公図とでは閲覧席を区分し、複数の閲覧監視用鏡を取り付け、閲覧者が抜き取った登記用紙の持出し・持込みに使うおそれのある鞄・紙袋類を閲覧席に持ち込むことを一切禁止し、さらに常時登記所に出入りしている司法書士等の者以外の閲覧者に対しては監視を強化する等、登記用紙の抜取り防止のために考えうる最善の措置を採るのでなければ、注意義務を尽くしたとは認め難い。ところが、本件登記所では登記官以下の職員が登記申請や登記簿謄抄本交付等の事務処理のため繁忙を極め、登記簿の閲覧の前後に登記用紙の枚数を確認することはもとより、各自の担当事務を処理する傍ら登記簿の閲覧を監視するのでは閲覧者の挙動に対し常時十分な監視を行うこともできない状況にあったにもかかわらず、専門の閲覧監視員を配置することはなく、閲覧席は閲覧机一台につき三人掛けにしており、閲覧監視用鏡は一個しか取り付けておらず、閲覧者が閲覧席に鞄・紙袋類を持ち込むことを禁止しておらず、常時登記所に出入りしている司法書士等の者以外の閲覧者に対する監視も格別強化していないなど、右に述べた登記用紙の抜取り防止のために考えうる措置を採っていたとは認め難い状況にあったものであり、原審相被告有坂らも、本件登記所の職員による右のような閲覧監視の状況を見てバインダー式の登記簿から登記用紙を取り外して持参した紙袋に入れて持ち出し、改ざんを加えたうえ再び紙袋に入れて持ち込み登記簿に戻すという犯行に及んだと認められるから、結局本件登記所の担当登記官において閲覧監視のために必要な注意を怠ったことが原審相被告有坂らによる右の犯行を可能にならしめたものというべきである。」

19  同四四枚目裏五行目の「(七)」を「(六)」に改める。

第二過失相殺及び損害の填補について

一過失相殺

1  前顕<証拠>によれば、以下の事実が認められ、前顕各証拠中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 被控訴人は、昭和五八年一二月一六日、以前勤務していた不動産担保金融業を営む伍代商事の滝沢から道岡に対する融資の話を持ち込まれ、翌一七日同じ伍代商事の岩村から道岡を紹介された。その席で、道岡から被控訴人に対し、金沢区洲崎町の土地(本件土地)を買ったが、事業資金がなくなったので、これが売れるまでのつなぎ資金として手取り額で三〇〇〇万円くらい借りたい、すぐ使いたいので二、三日のうちに貸してほしい、二か月くらいで売って返済する旨の申入れがあった。その際、道岡は、できることなら偽造した登記済証を使いたくないと考えていたことから、本件土地を担保に供するものの登記済証を用いない方法による貸付を要望した。しかし、被控訴人は、返済がない場合には直ちに所有権移転登記をする意図であったため、道岡に対し登記済証の持参を強く求めるとともに、本件土地を調査して担保価値のある物件であれば貸付に応じることとした。

(二) 被控訴人は、道岡から融資の申込みをうけた後、従業員の梅原俊夫や金井昭一に命じ、本件土地につき現況の確認、現地近くの不動産業者からの時価の聴取、本件登記所での登記簿の閲覧・謄本の入手や公図の確認を内容とする調査をさせたところ、本件土地は、一億円以上の担保価値のある更地であり、他に担保に供されていないことが判明したことから、道岡が貸付金を支払わない場合には、本件土地の担保権を実行することにより十分営業利益を確保できると考え、右の調査のほか、道岡の身元や営業関係及び本件土地登記簿上の前所有者確認等の本件土地の所有関係に関する調査を行わなかった。

(三) ところが、道岡は、融資を予定していた同月一九日に約束の登記済証を持参しなかったうえに、再度登記済証なしに融資をしてもらいたい旨要望したため、被控訴人は、いったんは貸付を取り止めようとした。しかし、そのことを告げられた道岡が父親に預けている登記済証を持って来ると申し出て、同日中に本件土地の登記済証(偽造に係るもの)を持参してきたので、被控訴人は、翻意し、本件貸付をすることとした。

(四) 本件貸付は、四五〇〇万円の貸付でありながら、月六分の割合による二か月分の利息五四〇万円以外にも岩村に対する仲介手数料名目の五〇〇万円等を含め合計一二八〇万円を被控訴人において控除したため、現実に道岡が被控訴人から受け取った金員は三二二〇万円に止まった。また、被控訴人は、三か月後の昭和五九年三月一八日までに四五〇〇万円を返済することができないときは被控訴人に本件土地の所有権を移転し、被控訴人においてどのように処分しても異議の申し立てをしない旨約した念書を道岡に差し入れさせるとともに、いつでも所有権移転登記が可能なように道岡の持参した前記の登記済証等を預かった。

2  以上のように本件貸付は、本件土地の購入による事業資金不足を理由とする借り入れとしては、本件土地が登記簿上なんら担保負担のない時価一億円を超える物件であるうえに、その購入時点から九か月以上も経過した時点で一般の金融機関では調達しえない急な資金不足を生じた理由が明らかでないという不自然な点があり、また、道岡が最後まで登記済証の持参を渋り、月六分という高利息と五〇〇万円という高額の仲介手数料等を支払うため手取り額三二二〇万円しかならないなどの不利な条件を受け入れ、しかも、二、三日のうちの借受けを求めるなど、その態度にはいくつも不審な点があり、被控訴人としては、当然道岡の身元、営業、本件土地の所有関係等につき十分な調査を行う必要があったというべきである。しかるに、被控訴人は、自己の利益を追うあまり、右の調査を行うことなく本件貸付を行ったものであり、被控訴人のこのような安易かつ杜撰な貸付方法が被害に遭うこととなった大きな原因であるといってよい。本件貸付によって被控訴人が被った損害は、実質は道岡らによる詐欺の犯行によるものであって、前述のように、右詐欺を容易ならしめるために本件土地の偽造登記簿原本に基づく登記簿謄本が用いられ、右登記簿原本の偽造は本件登記所の担当登記官の監視不十分という過失によって可能になったという点において、右の担当登記官の過失は被控訴人の損害と因果関係があるといわざるを得ないが、この被控訴人側の過失に対比して、右に説示したように被控訴人の過失が極めて大きいことにかんがみれば、控訴人が負担すべき損害を定めるにつき斟酌される被控訴人の過失割合は八割とするのが相当である。

そうすると、被控訴人が受けた前記損害三二三九万八一二四円のうち控訴人から賠償を受けるべき金額は六四七万九六二四円である。

二損害の填補

1  被控訴人が岩村から仲介手数料名目の五〇〇万円を回収したことは当事者間に争いがないが、前記のとおり右金員の支出を損害に含ませるのは相当でないから、岩村からの右金員の回収は損害の填補に当たらない。

2  被控訴人が原審相被告高山から本件損害賠償金の支払いとして一〇〇万円を受け取ったことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右の支払い日は昭和六一年八月七日であることが認められるが(他に右認定に反する証拠はない。)、右の支払いに当たりその充当方法につき特に合意又は指定があったことを認めるに足りる証拠はないので、民法四九一条の規定に従い損害賠償金六四七万九六二四円に対する本件不法行為の日である昭和五八年一二月一九日から右の支払い日である昭和六一年八月七日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金八五万三八九〇円に充当したうえ、残余を損害賠償金の一部一四万六一一〇円に充当すると、本件損害賠償金は、六三三万三五一四円及びこれに対する同年八月八日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金となることが計数上明らかである。

第三弁護士費用

被控訴人が弁護士である控訴人代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、報酬の支払いを約していることは、弁論の全趣旨に照らし明らかであり、本件事案の内容・性質、審理経過、請求額及び認容額等に照らせば、右の弁護士報酬につき九〇万円の限度で本件不法行為と相当因果関係があるというのが相当である。

第四結論

以上の次第で、被控訴人の本件損害賠償請求は、七二三万三五一四円及びうち六三三万三五一四円に対する昭和六一年八月八日から、うち九〇万円に対する昭和五八年一二月一九日から、いずれも支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるというべきであるので、これと異なる原判決中控訴人に関する部分を変更し、右の限度で被控訴人の請求を認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大石忠生 裁判官渡邉温 裁判官犬飼眞二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例