東京高等裁判所 平成2年(行ケ)106号 判決 1991年6月13日
原告
アモココーポレイション
被告
特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を、九〇日と定める。
事実
第一当事者が求める裁判
一 原告
「特許庁が昭和六〇年審判第一八六六七号事件について平成元年一一月三〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文第一項及び第二項と同旨の判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
ダート インダストリーズ インコーポレーテツドは、昭和五五年八月二六日、名称を「プラスチツクオーブンウエア」とする発明(以下「本願発明」という。)について、一九七九年九月一〇日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和五五年特許願第一一七六三四号)をし、昭和六〇年六月一八日拒絶査定がなされたので、同年九月一三日査定不服の審判を請求し、昭和六〇年審判第一八六六七号事件として審理された結果、昭和六三年四月一五日特許出願公告(昭和六三年特許出願公告第一七八五八号)されたが、特許異議の申立てがあつた。
原告は、平成元年四月二一日、ダート インダストリーズ インコーポレーテツドから本願発明の特許を受ける権利を譲り受け(同年六月二三日、特許庁長官にその旨を届出)、同年五月二九日付け手続補正書によつて明細書全文を補正したが、平成元年一一年三〇日、「本件異議の申立ては、理由があるものとする。」との決定、「平成一年五月二九日付けの手続補正を却下する。」との決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審判がなされ、その謄本は平成二年一月一七日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加された。
二 当初明細書記載の特許請求の範囲
1 特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願第一発明」という。)
次式
(図一)
(図二)
(ただしXはO、S、O=―C―、NHまたはSO2であり、nは0または1であり、存在する反復部分のp+q+r+s+t+uの整数の合計が約三~約八〇〇である)の一種またはそれ以上からなる群から選ばれた反復部分を含有する成型ポリエステルからなるプラスチツクオーブンウエア。
2 特許請求の範囲第4項記載の発明(以下「本願第二発明」という。)
次式
(図三)
の反復部分を含有する成型ポリエステルからなるプラスチツクオーブンウエア。
3 特許請求の範囲第6項記載の発明(以下「本願第三発明」という。)
式Ⅰ、Ⅱ及びⅢの各々の反復単位
(図四)
(図五)
(ただしXは―O―または―SO2―であり、mは0または1であり、nは0または1であり、q:r=10:15~15:10、p:q=1:100~100:1、p+q+r=3~600、式ⅠまたはⅡの部分のカルボニル基は式ⅠまたはⅢの部分のオキシ基に結合されており、式ⅠまたはⅢの部分のオキシ基は式ⅠまたはⅡの部分のカルボニル基に結合されている)を有する成型ポリエステルからなるプラスチツクオーブンウエア。
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。なお、平成元年五月二九日付けの手続補正書は審決と同時に却下したので、本願発明の要旨は前項記載のとおり認定した。
2 これに対して、本件優先権主張日前に出願され、本件出願後に特許出願公開された昭和五三年特許願第一五八〇七六号(昭和五五年特許出願公開第八四三二一号)の願書に最初に添付された明細書(以下「引用例」という。)には、左記のような記載がある。
a 「高周波数下に於いて使用するオキシベンゾイルポリエステル部品」(特許請求の範囲第1項)
b 「それが電子レンジ又は電子オーブンレンジに使用する受皿は食品調理用容器である特許請求の範囲第1項記載の部品」(特許請求の範囲第3項)
c 「絶縁性無機塗料を塗布した特許請求の範囲第3項記載の受皿又は食品調理用容器」(特許請求の範囲第4項)
d 「本発明で使用するオキシベンゾイルポリエステルは一般式
(図六)
(上式においてXは炭化水素基(炭素数一~二〇)、―O―、―SO2―、―S―、―CO―などであり、mは0または1であり、nは0または1である。p=0のときq=r=3~600、q=r=0のときp=3~600好ましくは20~200、あるいはp+q+r=3~600好ましくは20~200但しq=rである)
なる構造を有する芳香族ポリエステルであり、反応式は
(図七)
(上式においてm、n、Xは前述と同様の意味のものであり、R1、R5及びR6はベンゾイル基、低級アルカノイル基、又は好ましくは水素であり、R2、R3及びR4は水素、ベンジル基、低級アルキル基又は好ましくはフエニル基である)
で、重合反応はどの方法を用いてもよい。」(第三頁右上欄第一行ないし左下欄第七行)
e 「受皿あるいは受皿に置いて調理する容器などについては、その外観上着色等々を行い食欲を向上する等の工夫が必要である。又更に最近の電子オーブンレンジの耐熱性として三〇〇℃が要求される場合などには、より耐熱性を向上させるためにも無機塗料の塗布は効果的である。その場合食品衛生上害を及ぼさない絶縁性塗料、熱硬化性樹脂等の塗布焼付けあるいはラミネート等を行うこともオキシベンゾイルポリエステルの場合可能であることがわかった。更に絶縁性、食品衛生上の問題がない場合には充填剤などを添加することも可能である。充填剤としては例えばシリカ、粉末石英、砂、ヒユーズドシリカ、炭化珪素、酸化アルミニウム、ガラス繊維、酸化錫、酸化鉄、酸化亜鉛、二酸化チタンなどがあげられる。」(第四頁左上欄第七行ないし右上欄第二行)
f そして、実施例3として、オキシベンゾイルポリエステル(共重合タイプ、登録商標名 エコノールE2008 射出成形グレード、ガラス繊維入、住友化学工業株式会社製)を用い、食品調理用容器としてのトレイ(直径二〇〇mm、高さ二〇mm、厚さ三mm、サンドで表面を粗にし、パークロルエチレンで脱脂の後、完全不燃無機質耐熱塗料スミセラムP―100(住友化学工業株式会社)塗装品)を作つたことが記載されている。
そうすると、引用例には、
「オキシベンゾイルポリエステルから形成された電子レンジ又は電子オーブンレンジに使用する受皿又は食品料理用容器であつて、該オキシベンゾイルポリエステルは、
一般式
(図八)
(上式において、Xは炭化水素基(炭素数一~二〇)、―O―、―SO2―、―S―、―CO―などであり、mは0または1であり、nは0または1である。p=0のときq=r=3~600、q=r=0のときp=3~600好ましくは20~200、あるいは、p+q+r=3~600好ましくは20~200、ただしq=rである。)」
の構造を有する芳香族ポリエステルであるものが記載されていることになる。
そして、一般式Ⅰの芳香族ポリエステルの構造は、その製造反応式、すなわち、ポリエステル形成に係る原料化合物Ⅱ、Ⅲ及びⅣの組合わせからみて、化合物Ⅱ、Ⅲ及びⅣに由来する各繰返し単位が、ブロツク状に結合したものであるとは解し得ないから、引用例の一般式Ⅰの記載には誤りがあり、正しくは、化合物Ⅱ、Ⅲ及びⅣに由来する繰辺し単位より成るポリエステルであつて、Ⅱ又はⅢに由来する単位のカルボニル基は、Ⅱ又はⅣに由来する単位のオキシ基に結合し、Ⅱ又はⅣに由来する単位のオキシ基は、Ⅱ又はⅢに由来する単位のカルボニル基に結合しているものであると解釈される。
3 そこで、まず本願第二発明と引用例記載の発明を対比すると、両発明は、
「オーブン用のプラスチツク製調理容器であつて、その成形材料に芳香族ポリエステルを用い、右芳香族ポリエステルが、式
(図九)
の反復単位を有するものである点」
において一致するから、同一の発明であると認められる。
4 次に、本願第三発明と引用例記載の発明を対比すると、両発明は、「オーブン用のプラスチツク製調理容器であつて、その成形材料に芳香族ポリエステルを用い、右芳香族ポリエステルが、反復単位
(図一〇)
を有するものである点」
において一致するが、本願第三発明がq:r=10:15~15:10、p:q=1:100~100:1と規定されているのに対し、引用例記載の発明はp=0のときq=r=3~600、q=r=0のときp=3~600好ましくは20~200、あるいはp+q+r=3~600好ましくは20~200ただしq=rである、と規定されている点においてのみ、相違する。
右相違点について検討するに、引用例記載の発明はp+q+r=3~600、ただしq=rを意味するから、q:r=1:1、すなわち10:10を包含している。そして、p+q+r=3~600であるためには、p、q及びrは1~598の範囲の値であり、q=rの条件の下においては、q及びrはいずれも1~294の値しかとり得ないからp:q=1:294~598:1となり、結局、p:q=1:100~100:1を包含することになる。
そうすると、本願第三発明のq:r及びp:qに関する数値限定は、引用例記載の発明に包含されている範囲内のものであつて、両発明の間に差異はないから、本願第三発明と引用例記載の発明も、同一の発明と認められる。
5 以上のとおり、本願発明は、その優先権主張前に出願され、本件出願後に特許出願公告された引用例記載の発明と同一である。そして、本願発明の発明者及び出願者が、その出願日前の出願に係る引用例記載の発明の発明者及び出願者とそれぞれ同一であるとも認められないから、特許法第二九条の二第一項の規定により、特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
平成元年五月二九日付け手続補正書(以下、「本件手続補正書」という。)による手続補正(以下、「本件手続補正」という。)を却下した平成元年一一月三〇日付け決定(以下「本件補正却下決定」という。)は誤りであり、その結果、審決は、本願発明の要旨を誤つて認定し、これと引用例記載の発明を対比して本願発明は特許法第二九条の二第一項の規定により特許を受けることができないとしたものであつて、違法であるから取り消されるべきである。
1 本件手続補正によつて各反復単位がブロツク状に結合していると規定された点について
本件補正却下決定は、「式Ⅰ、Ⅱ及びⅢの各々の反復単位の配列が、補正前においては、式ⅠまたはⅡの部分のカルボニル基は式ⅠまたはⅢの部分のオキシ基に結合されており、式ⅠまたはⅢの部分のオキシ基は式ⅠまたはⅡの部分のカルボニル基に結合しているとされているのみで、ブロツク状に結合したものは明細書中のどこにも示されていないのに対し、補正後においては、各反復単位が、ブロツク状に結合していると規定された」(第六項初行ないし第九行)と説示している。
当初明細書記載の特許請求の範囲第6項(以下、「補正前の式」という。)と本件手続補正書記載の特許請求の範囲(以下、「補正後の式」という。)が、ポリエステルの表現形式において同一でないことは事実である。
しかしながら、補正後の式のように複数の単位基を単線で結んだ式によつて各単位基がランダムに結合していることを表すことは化学技術分野における慣行であつて、わが国の昭和五七年特許出願公告第六一〇四六号公報(甲第七号証)をはじめ甲第九号証ないし甲第一一号証の特許出願公告公報、あるいは米国特許第三、八八四、八七六号公報(甲第八号証)をはじめ甲第一二ないし甲第一五号証の米国特許公報に記載されているように、日米の特許制度において認められているところである(同様の慣行は甲第一六ないし第三一号証の特許出願公開公報にもみられる)。
仮に右慣行が特許手続補正の当否を左右するものと認められないとしても、本件手続補正書中の発明の詳細な説明を参照するならば、補正後の式が補正前の式と同一の物質を表していることは直ちに理解できる。すなわち、本件手続補正書の第五頁初行ないし第六頁第一三行には、本件手続補正後のコポリエステル(本願発明の特許請求の範囲に記載された全芳香族ポリエステル)がその反復単位として式Ⅰ、Ⅱ及びⅢによつて表される三つの基を有するものであることが明らかにされており、第一〇頁第一一行ないし第一六頁第一七行には、実施例2ないし実施例5として式Ⅰ、Ⅱ及びⅢによつて表される各モノマーからコポリエステルを製造する方法が詳細に説明されている。そして、補正後の式のようにカルボニル基O=Cどうしが直接結合するようなコポリエステルはおよそ存在し得ないこと、式Ⅱ及びⅢの反復単位がブロツク状に結合することがあり得ないことは、技術常識である。したがつて、当業者ならば、補正後の式Ⅰ、Ⅱ及びⅢの各反復単位の間を結合している線は誤記であり、補正前の式のように式Ⅰ、Ⅱ及びⅢの各反復単位はランダムに結合しているものであることを当然に理解できる。
現に、審決自体が、引用例記載の(図一一)との一般式(なお、その反応式は(図一二)である。)について、「一般式Ⅰの芳香族ポリエステルの構造は、その製造反応式、すなわち、ポリエステル形成に係る原料化合物Ⅱ、Ⅲ及びⅣの組み合わせからみて、化合物Ⅱ、Ⅲ及びⅣに由来する各繰返し単位が、ブロツク状に結合したものであるとは解し得ないから、一般式Ⅰは、その記載に誤記があり、正しくは、化合物Ⅱ、Ⅲ及びⅣに由来する繰り辺し単位よりなるポリエステルであつて、Ⅱ又はⅢに由来する単位のカルボニル基は、Ⅱ又はⅣに由来する単位のオキシ基に結合し、Ⅱ又はⅣに由来する単位のオキシ基は、Ⅱ又はⅢに由来する単位のカルボニル基に結合しているものであると解釈される。」(第九頁第四行ないし第一七行)と説示しているのであるから、本願発明の補正後の式についても同様の解釈が許されるべきである。
2 本件手続補正によつて「p+q+r」に関する数値限定がなくなつた点について
本件補正却下決定は、「式中のp、q及びrについての規定として、補正前においては、p+q+r=3~600とされているのに対し、補正後においては、p+q+rについて何も限定がなされなくなつた」(第六頁第九行ないし第一三行)と説示している。
しかしながら、当初明細書における「p+q+r」の数値限定は、本願発明に使用するコポリエステルの構造と特性からみて当然の事項を念のために記載したにすぎない。すなわちp、q及びrは原子あるいは基の数を表す一又はそれ以上の整数であるから、「p+q+r」の最小値は必ず三である。また、一般にコポリエステルは「p+q+r」が六〇〇を超えると成型に不適となるところ、本願発明のコポリエステルはプラスチツクオーブンウエアに成型され得るものであるから、「p+q+r」が六〇〇より小であるべきことは明らかである。仮にそうでないとしても、当初明細書において特許請求の範囲に記載されていた事項を手続補正に際し過誤により欠落したにすぎないときは、補正後においても欠落した事項が発明に不可欠の要件とされており、したがつて補正は実質上特許請求の範囲を拡張するものではない、との実質的な解釈がなされるべきである。
3 以上のとおり、本件手続補正によつて各反復単位がブロツク状に結合していると規定された点、及び、「p+q+r」に関する数値限定がなくなつた点は、いずれも、当初明細書の特許請求の範囲第6項を実質上拡張又は変更するものではないから、本件手続補正は認容されるべきであり、したがつて、本願発明の要旨は本件手続補正書記載の特許請求の範囲に基づいてなされるべきである。
しかるに、審決は、誤つた補正却下決定を前提とし当初明細書記載の特許請求の範囲に基づいて本願発明の要旨を認定し、これと引用例記載の発明を対比したものであるから、違法である。
第三請求の原因の認否、及び、被告の主張
一 請求の原因一ないし三は、認める。
二 同四は、争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。
1 本件手続補正によつて各反復単位がブロツク状に結合していると規定された点について
複数の単位基を単線で結んだ式がブロツク状の結合(すなわち、各単位基がその順序で化学結合していること)を表すこと、及び、各単位基がランダムに結合していることを表すときは、複数の単位基を単線で結ばず離れた成分として示すことは、化学技術分野における技術常識である。
この点について、原告は、補正後の式のように複数の単位基を単線で結んだ式によつて各単位基がランダムに結合していることを表すことは化学技術分野における慣行である、と主張する。しかしながら、そのような表記方法は特定の二社のみによつて例外的に行われているにすぎず、とうてい慣行といえない。
なお、原告は、審決は引用例の一般式Ⅰは誤記であつて各単位基がランダムに結合しているポリエステルであると解されると説示しているのであるから、本願発明の補正後の式についても同様の解釈が許されるべきである、と主張する。
しかしながら、出願公告決定の謄本送達後になされた補正が特許法第六四条第一項各号所定の事項を目的とするものであるか否かの判断と、引用例にいかなる技術的事項が記載されているかの判断が、異なる基準に基づいてなされるのは当然のことである。
以上のとおりであるから、本件手続補正が各反復単位がブロツク状に結合していると規定した点は、各反復単位がランダムに結合していることを正しく表現していた当初明細書の記載を、誤つた記載に変更するものであるから、特許法第六四条第一項各号所定の事項を目的とするものでないことは明らかである。
2 本件手続補正によつて「p+q+r」に関する数値限定がなくなった点について
補正前の式は「p+q+r」の数値が六〇〇以下であることを発明の構成に不可欠の要件としていたのであるから、「p+q+r」の数値限定を外す本件手続補正は特許請求の範囲を拡張するものに他ならず、特許法第六四条第一項各号所定の事項を目的とするものでないことは明らかである。
この点について、原告は、一般にコポリエステルは「p+q+r」が六〇〇を超えると成型に不適となる、と主張する。しかしながら、そのような事項は当初明細書に記載されておらず、技術常識ともいえないから、原告の右主張は失当である。
第四証拠関係
証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、同目録をここに引用する。
理由
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 原告は、審決は本件手続補正を誤つて却下したため本願発明の要旨の認定を誤つた、と主張するので、以下、本件手続補正の当否を検討する。
一 成立に争いない甲第二号証(補正の却下の決定)によれば、本件手続補正は、特許請求の範囲を
「食品による汚れに対して耐性があり、良好な抗粘着性表面を有し、かつ熱オーブン中で500(260℃)において一時間にわたり、どんな破壊の徴候もなく加熱および(または)料理することができるか、或いはマイクロウエーブオーブン中で二〇分間にわたり全速力で、どんな破壊も起さずに加熱および(または)料理することができる、全芳香族ポリエステルにもとずくプラスチツクオーブンウエアであつて、そのプラスチツクオーブンウエアおよびその抗粘着性表面がくり返し単位
(図一三)
(式中XはOまたはSO2であり、mは0または1であり、nは0または1であり、q:rは10:15~15:10であり、p:qは約1:1~3:1に等しい)
を有するオキシベンゾイルポリエステルを含むプラスチツクオーブンウエア。」
と補正するとともに、明細書第七頁第七行ないし第一四頁第六行の記載を、
「本発明に使用される全芳香族ポリエステルは次式によつてあらわされるオキシベンゾイルポリエステルである。
(図一四)
式中XはOまたはSO2であり、mは0または1であり、nは0または1であり、q:rは10:15~15:10であり、p:qは約1:1~3:1に等しい。
くり辺し単位Ⅰの部分を得ることができる化合物の好適な例は、例えばp―ヒドロキシ安息香酸、フエニル―p―ヒドロキシベンゾエート、p―アセトキシ安息香酸およびイソブチル―p―アセトキシベンゾエートである。くり辺し単位Ⅱの部分を誘導することができる化合物の好適な例は、例えばテレフタル酸、イソフタル酸、ジフエニルテレフタレート、ジエチルイソフタレート、メチルエチルテレフタレートおよびテレフタル酸のイソブチル半エステルである。くり辺し単位Ⅲの部分を得ることができる化合物の好適な例は、p、p'―ビスフエノール、p、p'―オキシビスフエノール、4、4'―ジヒドロキシベンゾフエノン、レゾルシノールおよびヒドロキノンである。
このポリエステルの合成は、米国特許出願番号第八二八四八四号(USP3,637,595)、発明の名称“p―オキシベンゾイルコポリエステル”に詳細に示されており、その開示は本明細書中に参考として記載される。」
と補正し、かつ、明細書第一四頁第一五行の「実施例1」を「実施例1(参考例)」と補正するものであると認められる。
そして、前掲甲第二号証によれば、補正の却下の決定は、その理由を左記のように説示していることが認められる。
「補正前の特許請求の範囲と補正後の特許請求の範囲を対比して検討すると、ポリエステルからなるプラスチツクオーブンウエアにおけるポリエステルが、補正前においては、
式Ⅰ、Ⅱ及びⅢの各々の反復単位
(図一五)
(ただしXは―O―または―SO2―であり、mは0または1であり、nは0または1であり、q:r=10:15~15:10、p:q=1:100~100:1、p+q+r=3~600、式ⅠまたはⅡの部分のカルボニル基は式ⅠまたはⅢの部分のオキシ基に結合されており、式ⅠまたはⅢの部分のオキシ基は式ⅠまたはⅡの部分のカルボニル基に結合されている)
を有するものと規定され、
a 式Ⅰ、Ⅱ及びⅢの各々の反復単位の配列が、補正前においては、式ⅠまたはⅡの部分のカルボニル基は式ⅠまたはⅢの部分のオキシ基に結合されており、式ⅠまたはⅢの部分のオキシ基は式ⅠまたはⅡの部分のカルボニル基に結合しているとされているのみで、ブロツク状に結合したものは明細書のどこにも示されていないのに対し、補正後においては、各反復単位が、ブロツク状に結合していると規定された点、
b 式中のp、q及びrについての規定として、補正前においては、p+q+r=3~600とされているのに対し、補正後においては、p+q+rについて何も限定がなされなくなつた点
で、補正後においては、ポリエステルが、補正前よりも実質的に変更ないし拡張されたことになる。
してみると、上記手続補正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものではない。また、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明を目的とするものでないことは明らかである。
したがつて、上記手続補正は、特許法第六四条第一項の規定に違反しており、同法第五四条第一項の規定により却下すべきものである。」
二 本件手続補正によつて各反復単位がブロツク状に結合していると規定された点について
複数の単位基を単線で結んだ式は各単位基がその順序で化学結合していること(すなわち、ブロツク状の結合)を表すこと、及び、各単位基がブロツク状に結合せずランダムに結合していることを表すときは、複数の単位基を単線で結ばず離れた成分として示すことは、化学技術分野における技術常識である。このことは、成立に争いない乙第一号証ないし第八号証(特許出願公告公報、特許出願公開公報)によつて明らかであるのみならず、成立に争いない甲第五号証(平成元年七月二八日付け上申書)によれば、原告自身が本件手続補正に関して「明細書(中略)の化学式によれば、くり辺し単位Ⅰ、ⅡおよびⅢはすべて結合手によつて連結しているように書かれていますが(中略)Ⅰ、Ⅱ、Ⅲはそれぞれ別個独立のくり辺し単位でありますから切離して記載されるのが当然であります。手続補正書提出前の本願の特公昭六三一一七八五八号公報の記載からも明らかなように、くり辺し単位はすべて切離して別個に記載されておりますので、これらを連結して記載することは明らかに誤記であり、要旨の変更ともなるのであります。」(第二頁第一〇行ないし末行)と記載し、本件手続補正に係る明細書の記載には「重大な誤記」(同頁第四行)があると記載していることからも、疑いの余地がない。
この点について、原告は、補正後の式のように複数の単位基を単線で結んだ式によつて各単位基がランダムに結合していることを表すことは化学技術分野における慣行であると主張し、甲第七号証ないし第三一号証(特許出願公告公報、米国特許公報、特許出願公開公報)を提出している(その成立は、当事者間に争いがない。)しかしながら、これらの証拠によれば、甲第七号証はダート インダストリーズ インコーポレーテツド出願に係る特許出願公告公報、甲第八号証はカーボランダム カンパニーを譲受人とする米国特許公報であるが、甲第九号証ないし第二八号証は同一の出願人(住友化学工業株式会社)に係るもの、甲第二九号証ないし第三一号証も同一の出願人(東ソー株式会社)に係るものと認められるから、複数の単位基を単線で結んだ式によつて各単位基がランダムに結合していることを表すことは、特定の者によつて例外的に行われているにすぎないと考えざるを得ない(ちなみに、成立に争いない乙第九号証ないし第一一号証(特許出願公告公報)によれば、甲第二〇号証ないし第二二号証に係る特許出願は、複数の単位基を単線で結ばず離れた成分として示す記載に改めることによつて、特許出願公告がなされるに至つたことが認められる。)。
また、原告は、当業者ならば補正後の式において各反復単位の間を結合している線は誤記であり補正前の式のように各反復単位はランダムに結合しているものであることを、当然に理解できる、と主張する。しかしながら、本願発明の各単位基がブロツク状に結合せずランダムに結合しているものとするならば、補正前の式は、化学技術分野における技術常識に沿つて正しく記載されていることになる。したがつて、この正しい記載を、特定の者によつて例外的にのみ行われている記載方法に補正することが、特許法第六四条第一項各号所定の事項を目的とするものに該当しないことはいうまでもないから、原告の右主張は失当である。
さらに、原告は、審決は引用例の一般式Ⅰは誤記であつて各単位基がランダムに結合しているポリエステルであると解されると説示しているのであるから、本願発明の補正後の式についても同様の解釈が許されるべきである、と主張する。しかしながら、仮に補正後の式について原告が主張するような解釈が可能であるとしても、そのことが直ちに、本件手続補正が特許法第六四条第一項各号所定の事項を目的とするものに該当することを意味するわけではないから、原告の右主張も失当である。
以上のとおりであるから、本件手続補正によつて各反復単位がブロツク状に結合していると規定された点は、実質上特許請求の範囲を変更するものであつて、特許法第六四条第一項各号所定の事項を目的とするものに該当しないとした本件補正却下決定は正当である。
三 本件手続補正によつて「p+q+r」に関する数値限定がなくなつた点について
前記のとおり、当初明細書の特許請求の範囲第6項には「p+q+r=3~600」と記載され、これが発明の構成に不可欠の要件とされていたのであるから、「p+q+r」の数値の上限を削除する本件手続補正が、特許請求の範囲を拡張する結果となることは明らかである(p、q及びrは単位基の数を表す一又はそれ以上の整数であるから、「p+q+r」の最小値は必ず三である。したがつて、「p+q+r」の数値の下限を削除する補正は自明の記載を削除するものにすぎず、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。)。
この点について、原告は、本願発明のコポリエステル「p+q+r」が六〇〇を超えると成型に不適となる、と主張する。しかしながら、成立に争いない甲第三号証(特許出願公告公報)によれば、そのような事項は当初明細書に記載されていなかつたと認められる。また、一般に、コポリエステルは「p+q+r」が六〇〇を超えると成型に不適となることが本件出願当時の技術常識であつたことを認めるに足りる証拠も存しない(成立に争いない甲第三二号証(安川博作成の陳述書)には、「p+q+r」の値が六〇〇を超えると成型が著しく困難となること、実際の生産においては「p+q+r」の値の最大値はほぼ二〇〇であり、これを超えた数値で生産が行われる例はないと考えられることが記載されていると認められるが、この文書のみによつて、一般にコポリエステルは「p+q+r」が六〇〇を超えると成型に不適となることが本件出願当時の技術常識であつたと認めることはできない。)。
なお、原告は、当初明細書において特許請求の範囲に記載されていた事項を手続補正に際し過誤により欠落したにすぎないときは、補正後においても欠落した事項が発明に不可欠の要件とされており、したがつて右補正は実質上特許請求の範囲を拡張するものではないとの実質的な解釈がなされるべきであると主張する。
しかしながら、出願公告決定謄本送達後の補正の適否は、補正前の明細書及び図面の記載に基づき、発明の特許請求の範囲に記載された技術的事項を客観的に把握し、これと補正書に記載された補正事項とを対比検討し、特許法第六四条第一項各号所定の要件を具備するか否かによつて判断すべきものであつて、審査官又は裁判官が、補正書に記載されていない事項を過誤による欠落として、補正書の記載事項に基づかずに右要件を満たすものと判断することは、右規定の趣旨に反することであつて、許されない。これに反する原告の右主張は、独自の見解であつて、採用できない。
以上のとおりであるから、本件手続補正によつて「p+q+r」に関する数値限定がなくなつた点は、実質上特許請求の範囲を拡張するものであつて、特許法第六四条第一項各号所定の事項を目的とするものに該当しないとした本件補正却下決定は正当である。
四 そうすると、前記二あるいは三のいずれの点から考えても本件手続補正は却下すべきものであるから、本願発明の要旨を当初明細書の記載に基づいて認定し、これと引用例記載の発明を対比した審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような違法はない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることについて行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)
(図一)~(図一五)<省略>