東京高等裁判所 平成2年(行ケ)114号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
1 前記争いのない本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証(願書添付の明細書及び図面)及び甲第五号証(昭和六三年九月八日付手続補正書)を総合すると、従来宝石鑑別器具として拡大ルーペ、チエルシーフイルタ(カラーフイルタ、エメラルドフイルタと同じ)、二色鏡、偏光器、ペンライト、屈折計、分光器など種々な用具が知られており、このうち、拡大ルーペやチエルシーフイルタは広い用途をもつ器具として宝石商や宝石研究者が常時携帯しているものであり、さらに二色鏡、偏光器及びペンライトなどは宝石の偏光特性を調べるなど宝石の正確な鑑別を行うために、必要なものであつたものの、従来のこのような宝石鑑別用の光学素子は通常別体構造となつていて、それぞれ鑑別の用途に応じて必要であるにもかかわらず一体化することがなされておらず、不便なものであつたこと、本願考案は、この欠点を除去して携帯に便利で種々の鑑別機能を有する宝石鑑別器を提供する目的をもつて本願考案の要旨に規定したとおりの構成を採択したものであり、これによつて各光学素子をそれぞれ単独に使用できるとともに、チエルシーフイルタと偏光フイルタ、拡大ルーペと偏光フイルタ、あるいはチエルシーフイルタと拡大ルーペを互いに同軸に組み合わせできるようになるので、それぞれ鑑別の用途に応じて各種の組み合わせを得ることができ、また、拡大ルーペに二色鏡が着脱自在に取り付けられて、二色鏡を通してみられる像を拡大して鑑別することができるという効果を奏するものであることが認められる。
2 まず、原告は、偏光フイルタをチエルシーフイルタと同様に拡大ルーペと同軸にして、チエルシーフイルタと偏光フイルタ、あるいは拡大ルーペと偏光フイルタを組み合わせるようにする程度のことは当業者であればきわめて容易になし得たところと認められ、その効果も格別なものとは認められないとした審決の相違点<1>についての認定判断の誤りを主張する。
引用例に審決認定のとおり別紙二にみられる構成の携帯用宝石鑑別用具が開示されており、引用例における「カラーフイルター」が本願考案の「チエルシーフイルタ」に相当するものであることは当事者間に争いがなく、前掲甲第二、第五号証、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例における「レンズ1」及び「偏光子4、6」が、それぞれ本願考案の「拡大ルーペ」及び「偏光フイルタ」に相当するものであることが認められ、かつ審決認定に係る引用例の偏光子に関する「(ロ)偏光子(4)、(6)を間隔をあけ、しかも自由回転運動可能な様に取り付ける。」との記載に徴すれば、引用例の偏光子(偏光フイルタ)は支持棒7に各々回動自在に取り付けられているものであり、使用に当たつては一方の偏光子を固定した状態にし、他方の偏光子のみを回動できるようになつているものと認められる。
右の引用例の携帯用宝石鑑別用具の構成のうち、同軸に取り付けられたレンズ1(拡大ルーペ)とカラーフイルター2(チエルシーフイルタ)との組み合わせ使用について、引用例には、「第4図(第5図とあるのは誤記と認める。)の如く(1)、(2)をセツトし観察すると特定波長の光のみが透過してくるので、フイルター反応の有無が判る。しかもその程度を拡大して観察することが可能である。」(前掲甲第三号証の二頁一〇行ないし一四行)との記載があることからみても、引用例には、携帯用宝石鑑別用具において鑑別の用途に応じて必要な複数の光学素子を同軸に取り付け、これらの光学素子を組み合わせ、個々の機能を複合させて使用するという技術思想が開示されているものと認められる。さらに、成立に争いのない乙第二号証(特開昭五五―六三五二号・レンズ外囲に標準色環をもうけたルーペ)によれば、二枚のレンズと標準色環とを一軸に軸支させた「レンズ外囲に標準色環をもうけたルーペ」にみられるように、同軸に必要な複数の光学素子を取り付けて、必要に応じてこれらを単独あるいは複数組み合わせて使用することは周知の技術手段であると認められる。加えて、宝石の鑑別のために偏光フイルタもしくは偏光器が必要であることは、前記認定の引用例及び本願明細書の記載から明らかである。また、成立に争いのない乙第一号証の一ないし四(日本時計・宝石センター編集発行「宝石学リーダー」)には、「接眼レンズの上方の偏光板を回転すると、複屈折によつて生じた二つの像が別々に現われ、前後にジヤンプするように見える。」(四八頁右欄末行ないし四九頁左欄二行)との記載のほか(この記載中の「接眼レンズ」は拡大ルーペに相当する。)、図39として、偏光器の接眼レンズの下に一〇倍の拡大鏡をおいて、干渉光を解析することを説明されている(五六頁)ことからしても、拡大ルーペと偏光フイルタとを組み合わせて使用することも本出願前に周知の技術であつたことが認められる。そうすると、携帯用宝石鑑別器において当業者が引用例に開示された前記技術思想及び右の周知の技術に基づいて鑑別に必要な光学素子である拡大ルーペ、チエルシーフイルタ及び偏光フイルタを同軸に回動自在に取り付け、これらの光学素子を単独であるいは組み合わせて個々の機能を複合させて使用できるようにすることはきわめて容易に想到し得ることと認められる。
相違点<1>の判断に関して、原告は偏光フイルタについて引用例の第3図にみられるように上部偏光子4と下部偏光子6の構成や前掲乙第一号証の三の図31の「偏光器の構造」(別紙三参照)のように二枚の偏光フイルタを一体に固定して使用する構成のものが本出願前周知であつたことは認めながら、本願考案のように一枚の偏光フイルタを用いた構成は周知であるとはいえないのであるから、一枚の偏光フイルタのみを拡大ルーペなどと同軸に取り付ける構成に想到することがきわめて容易であるとすることはできないし、一枚の偏光フイルタのみを用いたことにより宝石鑑別器を小型にできたという効果も予測し得ないことであると主張するので、この点について判断する。
前掲乙第一号証の一ないし四によれば、一般に使用されている宝石鑑定用の偏光器は、上下に離れた二枚の偏光フイルタ(偏光板)からなり、該二枚の偏光フイルタのうち、下方の偏光フイルタを固定し、上下の偏光フイルタ間に鑑定すべき宝石を置き、上方(接眼)の偏光フイルタを回転させることによつて偏光特性の検査を行うものであり、これが偏光フイルタを用いた検査の原理であることが認められる。本願明細書の記載をみれば、本願考案の偏光フイルタに関して「偏光フイルタ4は第2図に示すように互いに直交する偏光面を有する二つの偏光フイルタ片4a、4bを有し、たとえばペンライトから得られる偏光光線を識別すべき宝石に照射させ、その反射光を偏光フイルタ4を回転させて受けることによりその宝石の偏光特性を調べるものである。」(願書添付の明細書四頁四行ないし九行)と説明されているのであるから、本願考案において一枚の偏光フイルタのみが取り付けられているとはいえ、本願考案も、偏光特性の検査に当たつては、別途偏光光線を発生するもの、例えば偏光フイルタを備えたペンライトのようなものが予定され、これと上方(接眼)偏光フイルタ(本願考案の偏光フイルタ)との間に検査すべき宝石を置き、接眼偏光フイルタを回転させて検査を行うものであることが明らかである。すなわち、本願考案における一枚の偏光フイルタもその使用の態様においては、一般的な偏光器と変わるところがない。
他方、引用例の偏光子(偏光フイルタ)も支持棒7に各々回動自在に取り付けられているものであり、使用に当たつては一方の偏光子を固定した状態にし、他方の偏光子のみを回動できるようになつているものと認められることはすでに認定説示したところであり、前掲甲第三号証(引用例)によれば、引用例には、「第5図(第4図とあるのは誤記と認める。)の如く(3)、(5)を平行にし、鑑別石を(6)の上にセツトする。偏光子(4)、(6)を回転させクロスニコルの状態で、石をゆつくり回転させると、石の光学的特性により偏光性、屈折性が判り、オープンニコルで多色性が判る。」(二頁六行ないし一〇行)との記載があることが認められるので、引用例の携帯用宝石鑑別用具においても、前記したような偏光器の一般的な使用態様が予定されていることは明らかである。このように、宝石鑑定用の偏光器は、上下に離れた二枚の偏光フイルタ(偏光板)からなり、該二枚の偏光フイルタの間に鑑定すべき宝石を置き、上方(接眼)の偏光フイルタを回転させることによつて偏光特性の検査を行うものであるから、二枚の偏光フイルタがありさえすれば、その都度位置合わせが必要となるという不便があるとしても、偏光特性の検査ができるのであつて、必ずしも二枚の偏光フイルタを引用例のものや周知の偏光器(別紙三)のように特定の間隔をおいて固定配置した構成とする必要はないものである。
そして、引用例の上部偏光子4と下部偏光子5との使用形態をみても、上部偏光子4を第1図にみられる位置に置いたまま、下部偏光子5のみを支持部材内に収納させた場合には、引用例の携帯用宝石鑑別用具は、一枚の偏光フイルタのものとして機能することになるので、この一枚の偏光フイルタと偏光フイルタ付きのペンライトとを併用し、位置合わせをすれば、さきに認定した本願考案の具体的な使用方法と変わらないものとなる。
右のとおりであるから、引用例に示された二枚の偏光フイルタのうち、上部偏光子(偏光フイルタ)のみを拡大ルーペやチエルシーフイルタと同軸に回動自在に取り付けることは、当業者にとつてきわめて容易に推考できることと認められる。そして、本願考案の作用効果として前1項で認定した事項のうち偏光フイルタを同軸に取り付けたことによる効果は、いずれも引用例の携帯用宝石鑑別用具について偏光フイルタを同軸に回動自在に取り付けた構成から予測できることであつて格別のこととはいえない。なお、偏光フイルタを一枚にしたことによつて、携帯用宝石鑑別器が小型(薄く)になることは物理的に当然のことであるから、この点も特別の効果として評価することはできない。
3 次に、原告は、宝石鑑別器に二色鏡を用いることは通常のことであり、拡大ルーペに二色鏡を着脱自在に取り付ける程度のことは適宜当業者がきわめて容易になし得ることであつて格別なものとは認められないとした審決の相違点<2>についての認定判断が誤りであると主張する。
二色鏡が宝石の正確な鑑別を行うために必要な周知の光学素子であることは、前記認定のとおり本願明細書に記載されているところである。
さらに、前掲乙第一号証の一ないし四によれば、周知の二色鏡はプリズムとレンズとで構成され、レンズには拡大レンズが使用されていて、その拡大レンズは二色鏡を通して見る像を拡大する機能を有するものであることが理解される。してみれば、より正確な鑑定を行うために二色鏡を通して見る像をさらに拡大すべく、他の拡大ルーペと組み合わせて使用することは当業者において適宜なし得ることと認められ、このような拡大ルーペと二色鏡との組み合わせ使用において、二色鏡を拡大ルーペに着脱自在に取り付け可能とすることも、鑑別の用途もしくは必要性に応じて当業者が当然予測できる構成であり、格別に考案性のあることとはいえない。拡大ルーペと二色鏡とを組み合わせて使用することによつて、二色鏡を通して見る像を拡大して見られることは当業者が当然認識し得ることであるから、この組み合わせ使用による効果は格別なものではない。
右のとおり審決の相違点<2>についての認定判断には誤りはなく、原告の主張は理由がない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものとして、これを棄却する。
〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。
把手に回動自在に取り付けられた拡大ルーペと、その拡大ルーペに同軸に回動自在に取り付けられたチエルシーフイルタと、さらに前記拡大ルーペに同軸に回動自在に取り付けられ、回転可能な一枚の偏光フイルタと、前記拡大ルーペに着脱自在に取り付け可能な二色鏡とを設け、前記拡大ルーペ、チエルシーフイルタ並びに偏光フイルタを単独に使用できるようにするとともに、チエルシーフイルタと偏光フイルタ、拡大ルーペと偏光フイルタ、あるいはチエルシーフイルタと拡大ルーペを互いに同軸に組み合せ出来るようにし、更に拡大ルーペに二色鏡を取り付けられるようにしたことを特徴とする宝石鑑別器(別紙一参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙一
<省略>
別紙二
<省略>
(他は省略)