東京高等裁判所 平成2年(行ケ)127号 判決
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願考案の要旨)及び同三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いのない甲第二号証(実用新案登録願書並びに添付の委任状、明細書及び図面)及び第三号証(手続補正書)によれば、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面一参照)。
1 技術的課題(目的)
本願考案は、例えば移動無線システムにおいてダイプレクサ(分波フイルタ)等として用いられる誘電体フイルタに関し、特にフイルタを構成する誘電体共振素子間の結合構造に係わるものである(明細書第一頁第一八行ないし第二頁第二行)。
従来の誘電体フイルタは、別紙図面一の第1図に示されるように、誘電体材料の表面を部分的に金属膜で被膜してなる誘電体ブロツク1に共振子となる貫通穴2、2´を設けるとともに各共振素子間の結合度調整用の穴3が設けられている。これは、例えば、周辺回路を共通とするために特性の異なる複数のフイルタを同じ大きさでつくる必要があり、共振素子間の距離が決まつている場合、結合度調整用の穴の大きさを変えて設計することにより、共振素子間の結合を調整できるようにしたものである。更に、所期の特性が得られなかつた場合に備えるために必要に応じて、前述の穴3に金属棒あるいは誘電体棒4を挿入し、この挿入量を調整して結合度の微調を行つている(同第三頁第三行ないし第一〇行、手続補正書第二頁第一三行ないし第二〇行)。
この誘電体ブロツクは共振素子となる貫通穴2、2´及び結合度調整用の穴3を有する型を作りこの型内に誘電体粉末を入れて圧縮すると共に焼成し、焼成後誘電体ブロツクの表面及び穴内の壁面を研磨し、その後表面を金属膜で被膜して製造される(同第三頁第一二行ないし第一七行)。
しかしながら、このような構造においては、特に図示するX部において、均一に誘電体粉末が圧縮されないために誘電率が不均一になり、設計当初の特性が得られない欠点がある。
また、研磨過程においても図示するY部(穴3の底面)の研磨が容易ではない。特に穴3の底面と側面との接点における研磨は、容易に行われない欠点を有している(同末行ないし第四頁第七行)。
本願考案は、前記の問題点を解決し、誘電率が均一で、かつ研磨工程が容易な誘電体フイルタの提供を目的とする(手続補正書第三頁初行ないし第五行)。
2 構成
本願考案は、前記の技術的課題(目的)を解決するために、その要旨(実用新案登録請求の範囲)とする構成を採用したものである(手続補正書第三頁第五行ないし第一三行、同別紙第二行ないし第九行)。
3 作用効果
本願考案においては、結合度調整用の穴3を貫通穴としている(別紙図面一第2図)。したがつて前述の第1図におけるX部が不在となるため、誘電体粉末の圧縮時、誘電体ブロツクは均一に圧縮されるため、誘電率の不均一の部分はなくなり、かつ研磨工程も容易となり、設計当初の予想した特性が容易に得られる。また、仮に若干のずれがあつても、従来と同様に結合度調整用の金属棒又は誘電体棒を設けて微調すればよい(明細書第四頁第一七行ないし第五頁第四行、手続補正書第三頁第一六行ないし末行)。
二 第一引用例及び第二引用例に審決認定の技術事項が記載されていること、本願考案と第一引用例とに審決認定の一致点及び相違点のあることは、原告の認めるところである。
三 相違点(一)について
原告は、ポリスチレンとセラミツクの性質の違いを挙げ、また第二引用例に誘電体ブロツクの圧力の均一性について示唆がないとして、第一引用例記載の発明におけるポリスチレンの誘導体ブロツクに代えて圧縮焼成でつくられる材料の誘電体ブロツクを採用することは格別の工夫を要するので、これを当業者が格別工夫を必要とすることなくきわめて容易に推考できる程度のものとした審決の判断の誤りをいう。
ポリスチレンとセラミツクの性質の違い、すなわち、ポリスチレンが重合でつくられる材料で比較的柔らかく、加工が容易であること及び圧縮焼成でつくられるセラミツクが比較的硬くてもろく、加工が難しいことは被告も争わないところである。
しかし、前述のとおり、第二引用例には、誘電体材料としてセラミツクを使用した誘電体ブロツクによる誘電体フイルタが記載されており、また、成立に争いのない甲第四号証によれば、第一引用例には、「ブロツクには各種の誘電材料を使用することができる」旨が記載されていることを認めることができ(第三欄第三八行、第三九行)、各引用例記載の各発明は技術分野を同一とするものであるから、当業者が第一引用例記載の発明におけるポリスチレンの誘導体ブロツクに代えて第二引用例記載の発明における圧縮焼成でつくられる材料の誘電体ブロツクを採用することは何ら格別の工夫を要するものではなく、きわめて容易に推考できるものというべきである。
原告は、第二引用例記載の発明の誘電体フイルタの誘電体ブロツクの共振棒が挿入される部分の形状は円形ではなく正方形であるから、誘電体ブロツクの圧力の均一性についての示唆がないというが、そのことは、相違点(二)における、本願考案が結合度調整用の穴として断面円形の貫通穴を採用したことの進歩性の判断に関係はありえても、第一引用例記載の発明におけるポリスチレンの誘導体ブロツクに代えて第二引用例記載の発明における圧縮焼成でつくられる材料の誘電体ブロツクを採用することが容易か否かの問題とは何ら関係がないことである。
また、原告は、セラミツクが硬くてもろく加工が難しいことを主張するが、本願考案は物品に係る考案であつて製造方法に係るものではなく、誘電体ブロツクをいかなる方法で製造するかは、本願考案の要旨とするものではない。
したがつて、原告の主張するところのセラミツクを誘電体材料として本願考案の誘電体ブロツクを製造する際に圧力を均一にするために工夫を要することをもつて第一引用例記載の発明におけるポリスチレンの誘導体ブロツクに代えて圧縮焼成でつくられる材料の誘電体ブロツクを採用することがきわめて容易でないとはいえない。
以上のとおりであり、第一引用例記載の発明におけるポリスチレンの誘電体ブロツクに代えて第二引用例記載の発明における圧縮焼成でつくられる材料の誘電体ブロツクを採用することはきわめて容易に推考できることというべく、審決のこの点に関する判断に誤りはない。
四 相違点(二)について
まず、原告は、審決が、本願考案が共振素子間に結合度調整用の貫通穴を設けた点について、本願考案の誘電体ブロツクの共振素子間にはすべて誘電体が充填されているものであるから、共振素子間の結合度を調整するには、共振素子間に誘電体が存在しない空間例えば調整用の穴を設けざるをえないことは自明の事項と認められると判断したことを誤りとする。
原告は、誘電体フイルタにおいて、審決のいう共振素子間の結合度を調整するには、共振素子間に誘電体が存在しない空間例えば調整用の穴を設けざるをえないとは、共振子間の結合度を調整するには誘電体が存在しない空間を設ける以外に方法はないという趣旨であると主張する。
しかし、審決は、共振素子間の結合度を調整する方法としては共振素子間に誘電体が存在しない空間を設けることが唯一の方法であつて、それ以外に方法がないと判断しているのではなく、本件出願当時の技術水準に照らし、そのような方法が当業者に一般的に採用される周知技術であるから、結合度調整用の穴を設けることは誘電体フイルタの技術分野において自明の事項と判断しているものであることは、前記審決の理由の要旨記載の事項から明らかである。
そこで、共振素子間の結合度を調整する方法としては共振素子間に誘電体が存在しない空間例えば調整用の穴を設けることが本件出願当時普通に採用される方法であつたか否かについて検討する。
前掲甲第二号証及び甲第三号証によれば、補正後の本願明細書には「従来、製品化されたりあるいは現在開発段階にある多段の誘電体フイルタを、第1図に示す。第1図(a)は、正面図(一部切りかけてある。)、第1図(b)(「第2図(b)」とあるのは「第1図(b)」の誤記と認める。)は、平面図である。この誘電体フイルタは図示されるように誘電体材料の表面を部分的(後述)に金属膜で被覆してなる誘電体ブロツク1に共振子となる、貫通穴2、2´を設けると共に各共振子間に共振子間の結合度調整用の穴3が設けられている。これは、例えば、周辺回路を共通とするために特性の異なる複数のフイルタを同じ大きさでつくる必要があり共振子間の距離が決まつている場合、結合度調整用の穴の大きさを変えて設計することより、共振子間の結合を調整できるようにしたものである。更に、所期の特性が得られなかつた場合に備えるために必要に応じて、前述の穴3に金属棒あるいは誘電体棒4を挿入し、この挿入量を調整して結合度の微調を行つている。」と記載されていること(明細書第二頁第一九行ないし第三頁第一〇行、手続補正書第二頁第一二行ないし末行)、また成立に争いのない乙第二号証によれば、昭和五一年特許出願公開第一一八九四〇号公報記載の発明はマイクロ波集積回路に関するものであつて、同公報には、「素子間の間隙部分に存在する誘電体7に空間9を設けることにより、共振素子1、2、3、4の近傍にエネルギーが集中するため、空間9を設けないものに対して共振素子間の結合係数が小さくなる。」(公報第二頁左上欄第一四行ないし第一八行、添付の手続補正書左欄末二行)、と記載され、第3図(別紙図面四参照)にその構成が図示され、誘電体ブロツク内に複数の共振素子濾波回路、すなわち誘電体フイルタの実施例が示されていることが認められ、更に、成立に争いのない甲第五号証によれば、第二引用例には、「各共振器相互間の結合を弱くするために、すなわち結合に依存する帯域幅を同じもしくは狭くするために、前記空隙7を形成した。このように各共振器を誘電体共振器とし、かつ共振器相互間に空隙を設けることは相互間の接合度を弱くすることになる。」と記載され、第3図ないし第6図にその構成が図示されていることが認められる(公報第三頁左上欄初行ないし第六行)。
以上の認定事実によれば、本件出願当時、共振素子間の結合度を調整する方法として共振素子間に誘電体が存在しない空間例えば調整用の穴を設けることが普通に採用される方法であつたことを認めることができる。
したがつて、審決が、前述の趣旨で、本願発明の誘電体ブロツクの共振素子間にはすべて誘電体が充填されているものであるから、共振素子間の結合度を調整するには、共振素子間に誘電体が存在しない空間例えば調整用の穴を設けざるをえないことは自明の事項と認められると説示したことは正当であり、この点に関する原告の主張は理由がない。
次に、原告は、審決が本願考案が結合度調整用の穴を断面円形の貫通穴としたことにつき第一引用例から当業者がきわめて容易に類推して採用できる程度のものとしたことの誤りをいう。
審決は、まず、断面円形の貫通穴を採用すれば、誘電体粉末圧縮時、誘電体ブロツクは均一に圧縮されるため、誘電率の不均一の部分がなくなるということは、当業者が普通に予測できる程度のものであるとした上で、第一引用例記載の発明における共振素子たる穴が断面円形の貫通穴であることから本願考案において結合度調整用の穴を断面円形の貫通穴とすることは、当業者がきわめて容易に類推して採用できる程度のものとしたものである。
そこで、まず、本件出願当時の技術水準に照らし、結合度調整用の穴を貫通穴とすることは当業者に周知の技術であり、そのような方法が普通に行われていたかについて検討する。
第二引用例記載の発明及び乙第二号証の特許出願公開公報記載の発明は共振素子間の結合度を調整する方法として共振素子間に誘電体が存在しない空間を設けるものであることは前述のとおりであり、前掲甲第五号証及び乙第二号証によれば、それぞれの第3図には、右空間が貫通穴として示されていることが認められるから、本件出願当時結合度調整用の穴を貫通穴とすることは当業者に周知の技術であり、普通に行われていたというべきである。
そして、右認定事実に、本願考案は物の発明であり誘電体ブロツクの加工工程ないし方法を発明の要旨とするものでもないことを併せ考慮すれば、前掲甲第五号証及び乙第二号証に誘電体粉末圧縮加工時の不都合を解消するために貫通穴とすることの記載がなくとも、前記周知技術に基づいて結合度調整用の穴を貫通穴とすることは当業者がきわめて容易に想到し得た事項である。
また、加工の条件や加工が製品に与える影響を考慮して穴の形状を断面円形としてみることは格別のこととはいえず、更に、成立に争いのない甲第四号証によれば、第一引用例には、「製造後、フイルタの特性を調節することが必要な場合、穴の端部(必要な箇所)にねじ付きの金属又は誘電体のプラグを調整可能にねじ込み、これらの穴内の誘電体に対し、接触しないように調節可能部分を突出させることによつて容易に行われる」(第三欄第二九行ないし第三四行)と記載されていることが認められ、第一引用例記載の発明において、誘電体ブロツクに設けられた複数の断面円形の貫通穴は、共振素子としての穴であると同時に結合度調整用の穴としても機能しているものであるから、結合度調整用の貫通穴の断面形状を円形とすることは当業者にとつてきわめて容易に想到し得た事項にすぎない。
したがつて、本件出願当時の技術水準や第一引用例の記載事項に照らし、本願考案において結合度調整用の穴を断面円形の貫通穴としたことがきわめて容易に採用できたこととした審決の前記判断に誤りはない。
五 以上のとおり、本願考案と第一引用例記載の発明の相違点(一)及び(二)について、審決のした認定、判断に誤りはないから、審決に原告主張の違法は存しない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却する。
〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。
圧縮焼成でつくられる材料の誘電体ブロツクに共振子となる複数の断面円形の貫通穴を、或る間隔を置いて設けると共に該ブロツクの外部表面及び該共振子となる貫通穴の内部表面を部分的に金属膜にて被覆して成る誘電体フイルタにおいて、隣り合う前記貫通穴の間に、結合度調整用の断面円形の貫通穴を設けたことを特徴とする誘電体フイルタ(別紙図面一参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面一
<省略>
別紙図面三
<省略>
<省略>
別紙図面四
<省略>
(他は省略)