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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)13号 判決 1991年4月11日

オランダ国六八二四 ベーエム アーンヘム フエルペルウエヒ 七六

原告

アクゾ ナームローゼ ベンノートシヤープ

右代表者

ルネ シーダース

ヤン ヘンドリツク ヨハン ウーレリング

右訴訟代理人弁理士

松井光夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 植松敏

右指定代理人通商産業技官

山川サツキ

熊田和生

田中久喬

同通商産業事務官

後藤晴男

高野清

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を、九〇日と定める。

事実

第一  当事者が求める裁判

一  原告

「特許庁が昭和五七年審判第七八〇四号事件について平成元年七月一三日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一項及び第二項と同旨の判決

第二  原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五一年二月二〇日、名称を「ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、一九七五年二月二一日オランダ国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和五一年特許願第一七八四九号)をしたか、昭和五七年一月二七日拒絶査定がなされたので、同年四月二六日査定不服の審判を請求し、昭和五七年審判第七八○四号事件として審理された結果、昭和六〇年一〇月二八日特許出願公告(昭和六〇年特許出願公告第四八五三七号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成元年七月一三日、特許異議の申立ては理由がある旨の決定と共に、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年九月二七日原告に送達された。

なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加されている。

二  本願発明の要旨

N-メチルピロリドンを含有する溶剤中において、P-フエニレンジアミンと塩化テレフタロイルとの反応によりポリーP-フエニレンテレフタルアミドを製造する方法において、

N-メチルピロリドン、及び、N-メチルピロリドンに基づいて計算して少なくとも五重量%の塩化カルシウムを含有する混合物であつて、かつ、全反応混合物に基づく水の量が〇・〇五重量%未満である媒体中で、

N-メチルピロリドンと反応剤との重量比を、反応の終りに、N-メチルピロリドンに対して七ないし二〇重量%のポリーP-フエニレンテレフタルアミドか存在するように選択して、

前記反応を実施し、少なくとも二・五の固有粘度を有するポリーP-フエニレンテレフタルアミドを製造することを特徴とする方法

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  これに対して、昭和四九年特許出願公開第一三〇四九三号公報(以下「引用例」という。)には、

「特定の芳香族ジアミンと芳香族ジカルボン酸ハライドを、N-アルキルー2-ピロリドンを反応媒体とし、反応系中の水分が〇・〇五重量%以下の状態で溶液重合を行う、高重合度芳香族ポリアミドの製造方法」

が記載され、

「反応媒体中に、塩化リチウムあるいは塩化カルシウム等の金属塩類を溶解又は混在させて使用できること」も記載されている(注・本願発明にいう「溶剤」、引用例にいう「反応媒体」を、以下、「溶媒」ということにする。)。

そして、引用例の実施例11には、

「パラフエニレンジアミンを、塩化リチウムを含有するN-メチルー2-ピロリドンに溶解し(溶媒中の水分は、〇・〇一五%)、これにテレフタル酸ジクロライドを加えて反応させると、ポリマー一〇%(N-メチルー2-ピロリドンに対して一二重量%)を含有する、淡黄色透明粘稠液が得られ、このポリマーの相対粘度は一四・一八〇であつたこと」

が記載されている(なお、「相対粘度一四・一八〇」は、本願明細書が定義しているような意味の固有粘度(後述。以下、これを単に「固有粘度」という。)では「二・六五」に相当する。)。

なお、審判請求人(原告)は、「実施例11を追試すると、ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度は〇・五六ないし〇・五九であつた」旨のアクゾ研究所アーネム共同研究部門による実験成績書(本訴における甲第四号証。以下、「実験報告書A」という。)、及び、「実施例11を追試すると、ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度は〇・四あるいは〇・六であつた」旨の東京工業大学教授今井淑夫による実験成績書(本訴における甲第五号証。以下、「実験報告書B」という。)を援用すると共に、「実施例11には相対粘度一四・一八〇(固有粘度二・六五)のポリーP-フエニレンテレフタルアミドを一〇%含有する淡黄色透明粘稠液が得られたと記載されているが、この固有粘度のポリーP-フエニレンテレフタルアミドを一〇%含有する反応生成系は淡黄色透明粘稠液ではあり得ないのであつて、引用例の実施例11の記載は誤りである。したがつて、引用例は、本願発明の構成を予測する基礎とはなし得ない」と主張する。

しかしながら、特許異議申立人が援用した 旭化成工業株式会社所属古本五郎による追試実験報告書 (本訴における乙第一号証。以下、「実験報告書C」という。)、及び、デュポン社所属エリザベス アール ターナーによる追試実験報告書(本訴における乙第二号証。以下、「実験報告書D」という。)によれば、引用例の実施例11の追試によつて、いずれも固有粘度が二・六五以上のポリーP-フエニレンテレフタルアミドが得られたことが認められる。

要するに、引用例の実施例11を実施する際の細部の条件の差異によつて、得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度にも差異が生ずると考えられるのであつて(一般に、明細書には、実施例を実施する際の条件が細部にわたつて記載されているとは限らない。)、審判請求人が援用する実験報告書A及び実験報告書Bに基づいて「引用例の実施例11の記載は誤りである」とすることはできない。したがつて、(引用例の実施例11の「淡黄色透明粘稠液」との記載は不適切であるとしても)引用例の実施例11によつて固有粘度二・六五のポリーP-フエニレンテレフタルアミドが得られるものと認められるから、審判請求人の右主張は採用できない。

3  そこで、本願発明と引用例記載の実施例11を対比すると、両者は、

本願発明の溶媒が、「N-メチルピロリドン、及び、N-メチルピロリドンに対して少なくとも五重量%の塩化カルシウムを含有する」のに対し、

引用例の実施例11の溶媒は、「N-メチルピロリドン、及び、N-メチルピロリドンに対して二・一八重量%の塩化リチウムを含有する」

点においてのみ相違し、その余の点においては一致する。

4  右相違点について検討するに、引用例には、溶媒に添加し得る金属塩として、「塩化リチウム、臭化リチウム、塩化マグネシウム及び塩化カルシウム」の四種が例示されているのであるから、その一つである塩化カルシウムを溶媒に添加してみることは、当業者にとつては何ら困難な事項ではない。そして、添加する塩化カルシウムの量は、当業者ならば適宜に決定し得る範囲の事項と認められる。

5  なお、本願発明のようにN-メチルピロリドンと特定量の塩化カルシウムを組み合わせることによつて、格別に顕著な効果が奏されるとは認められない。

6  以上のとおり、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないとした原査定は、正当である。

四  審決の取消事由

引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは、争わない。

しかしながら、審決は、引用例の実施例11記載の技術的事項の評価を誤つた結果、本願発明と引用例の実施例11の方法の一致点の認定を誤つたのみならず、両者の相違点の判断、及び、本願発明が奏する効果の顕著性の判断を誤まり、ひいて本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。

1  一致点の認定について

引用例の実施例11の方法では、「固有粘度二・六五のポリーP-フエニレンテレフタルアミドを一〇%含有する淡黄色透明粘稠液」が得られることはあり得ず、審決は、実施例11記載の技術的事項の正確性の判断を誤つたものである。

この点について、審決は、「実施例11の実施に当たつての細部の条件の違いによつて、得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度に違いが生ずると認められる」と説示している。しかしながら、審決は、右「細部の条件」が何であるか全く説示していないから、審決の右判断は合理的根拠を欠くといわざるを得ない。

そもそも、引用例記載の発明は、「重合反応率五〇%以上の段階における重合系温度四〇℃以上で溶液重合を行なうこと」を特徴とするものである(引用例の第一頁右下欄第四行及び第五行)。そして、その実施例11は、テルフタル酸ジクロライド(本願発明の「塩化テレフタロイル」と同義)の添加量か八〇%以上の段階(塩化テレフタロイルは極めて迅速に反応するので、その添加量は即、重合反応率とみなし得る。)における重合系の温度を、六〇℃に制御している(第七頁右上欄第四行以下)。また、実施例11の説明には明記されていないが、塩化テレフタロイルは一時間にわたつて「連続的に」添加されたものと解される(第五頁右上欄第六行、あるいは、第七頁左上欄第八行を参照)。

しかるに、実験報告書Cの各実験、及び、実験報告書Dの実験3及び実験4においては、引用例の実施例11のような温度制御及び連続添加が行われていない。また、実験報告書Dの実験1及び実験2においては、連続添加は行われているといえるが、温度制御は行われていない。要するに、実験報告書C及び実験報告書Dの結果は、引用例の実施例11において行われている温度制御及び連続添加を恣意的に改変すれば固有粘度が高いポリマーを得られるが、実施例11の温度制御及び連続添加に少しでも類似する方法(実験報告書Dの実験1及び実験2)を採用すると、固有粘度が二・六五以上のポリマーは得られないことを示している。

一方、実験報告書A及び実験報告書Bの各実験は、引用例の実施例11において行われている温度制御及び連続添加を忠実に追試したものであつて、得られるポリマーの固有粘度が〇・六三以下の低レベルにとどまることを示している。

以上のとおり、引用例の実施例11の方法によつて「固有粘度二・六五のポリーP-フエニレンテレフタルアミドを含有する淡黄色透明粘稠液」が得られることは絶対にあり得ず、実施例11の記載は誤つているから、そのように誤つた技術的事項に基づいて「本願発明と引用例の実施例11の方法とは審決摘示の相違点を除くその点の点で一致する」とした審決の認定は、誤りである。

なお、被告は、「昭和五〇年特許出願公告第八四七四号公報の第六四欄第一四行以下に、溶媒としてN-メチルピロリドンのみを使用し、塩を添加しない方法によつてすら、固有粘度が三・六七のポリマーが得られることが記載されているから、引用例の実施例11の方法によつて固有粘度が二・六五のポリマーが得られても不合理ではない」と主張する。しかしながら、右公報の記載が誤りであることは、同発明の発明者の宣誓供述書(甲第一〇号証)によつて明らかであるから、被告の右主張は失当である。

2  相違点の判断について

ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの製造方法に関する本件優先権主張日当時の技術水準は、「溶媒に添加する塩は塩化リチウムが優れ、また、塩の添加量は多くてはならない」というものであつた(引用例の実施例11の方法は、まさしく右技術水準に沿うものである。)。

たとえば、「POLYMER SCIENCE U.S.S.R」第一二巻第一〇号(一九七一年九月発行)の第二四七五頁ないし第二四九一頁(以下、「甲第七号証の文書」という。別紙二参照)には、「高分子量のポリーP-フエニレンテレフタルアミドを得るためには、溶媒はジメチルアセトアミドがN-メチルピロリドンより優れ、添加する塩は塩化リチウムが塩化カルシウムより優れている(したがつて、「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」は、最も劣ると推定される)こと、添加する塩の濃度が低すぎても高すぎても、得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度は極端に低下する(ジメチルアセトアミドと塩化カルシウムの組合わせにおいて、塩化カルシウムの最適値は一・七七ないし二・三五重量%である)こと」が記載されている。

それゆえ、高分子量のポリーP-フエニレンテレフタルアミドを得るために、「N-メチルピロリドン(溶媒)と塩化カルシウム(塩)を組み合わせ、かつ、塩化カルシウムの添加量を少なくとも五重量%とすること」は、当業者といえども容易になし得た事項ということはできない。

この点について、被告は乙第四号証の文書を援用する。しかしながら、同号証には、ジメチルアセトアミドを溶媒とするときは、塩化カルシウムの添加が塩化リチウムの添加と同結果をもたらすことが記載されているにすきず(しかも、それによつて得られたポリマーの固有粘度は、極めて低い。)、「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」については何ら記載されていないから、乙第四号証を援用した被告の主張は失当である。

また、被告は、乙第五号証の文書をも援用する。しかしながら、P-ベンズアミドの紡系ドープ(溶液)に適する溶媒が、直ちにポリーP-フエニレンテレフタルアミドの重合に適する溶媒とはいえない。のみならず、P-ベンズアミドの紡糸ドープに適する溶媒に限つても、乙第五号証の文書の実施例66の表Ⅶパート1によれば最も優れているのは「N、N-ジメチルプチルアミドと塩化リチウムの組合わせ」であるし、バート1の「N-メチルピロリドンと塩化リチウムの組合わせ」が、同表パート2の「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」よりはるかに優れていることも明らかであるから、乙第五号証の文書を援用した被告の主張も失当である。

なお、溶媒に添加すべき塩化カルシウムの量について、被告は、引用例第三頁右下欄第二行の「混在」とは「部分的な溶解状態(あるいは、部分的な懸濁状態)」を指すから、引用例には「少なくとも五重量%の塩化カルシウムを添加することも開示されている」と主張する。しかしながら、右の「混在」の用語は、その直前に記載されている数種の塩を複数添加してもよいことを意味する。そして、本件優先権主張日当時の技術水準が「ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの製造に当たつて溶媒に添加する塩の量は多くてはならない」というものであつたことは前述のとおりであるから、被告の右主張は失当である。

3  効果の判断の誤り

審決は、「N-メチルピロリドンと特定量の塩化カルシウムの組合わせが、格別に顕著な効果を奏するとは認められない」と説示している。

しかしながら、本願明細書に記載されている第Ⅰ表(別紙一)の試験番号ⅢdないしⅢkに示されているように、本願発明の要旨内(高度)の塩化カルシウムを添加することによつて得られたポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度のレベルは、比較例(試験番号ⅢaないしⅢc)と比較して著しく高いことが明らかである。のみならず、塩化カルシウムの添加量が増加するほど、得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度が増加し、急激に低下することがないが、これは、「反応系が安定し均質性の許容性範囲が広く、したがつてポリーP-フエニレンテレフタルアミドの濃度を高く設定し得ること」を意味しており、顕著な効果といえる。

ちなみに、同じく本願明細書に記載されている第Ⅱ表(別紙一)は、本願発明の「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」以外の、溶媒と塩の組合わせによつて得られたポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度を示すが、いずれも、本願発明の溶媒と塩の組合わせによつて得られたポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度(第Ⅰ表のⅢdないしⅢk)と対比して、極めて低いレベルにとどまつている。

したがつて、本願発明が奏する効果の顕著性を否定した審決の前記判断は、誤りである(このことは、本願発明より後に出願されたアメリカ合衆国特許出願第六九一八三二号の願書(甲第九号証)添付の図面(別紙三)によつても、疑いの余地かない。なお、同図は横軸が塩/モノマーの比、縦軸が固有粘度であつて、カーブAはN-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ、カープB、C、DがN-メチルピロリドンと塩化リチウムの組合わせ(Bは原料であるP-フエニレンジアミンの濃度が三・七%、Cは同じく三・三%、Dは同じく二・一%)を示す。)。

この点について、被告は、「本願発明によつて得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度は、引用例記載のレベルと差異がない」と主張するが、引用例の実施例11の記載が誤りであることは前記のとおりであるから、被告の右主張は根拠がない。なお、被告は、「別紙一の第Ⅱ表の試験番号Eは、塩化リチウムの添加量が不当に多い」とも主張するが、別紙二の図1bによれば、最適濃度の塩化リチウムを添加したとしても、得られたポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度は一・九一にすぎないから、被告の右主張は無意味である。

また、被告は、「得られるポリマーの固有粘度について、別紙二の図1bのカーブ1に示されているとおり、本願発明の「N-メチルピロリドンと特定量の塩化カルシウムの組合わせ」とほぼ同様の挙動を示す組合わせが知られていた」と主張するが、カーブ1はテトラメチル尿素と塩化リチウムの組合わせに係るものであるのみならず、得られるポリマーの固有粘度も最高一・二二にすぎないから、これを論拠として本願発明が奏する効果の顕著性を否定するのは失当である。

第三  請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一ないし三は、認める。

二  同四は、争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告か主張するような誤りはない。

1  一致点の認定について

引用例の実施例11の説明(第七頁左上欄第一七行以下)では、テレフタル酸ジクロライド(本願発明の「塩化テレフタロイル」と同義)の添加方法(全量を一度に添加したのか.最初に八〇%を添加し残量を一時間かけて添加したのか、全量を一時間かけて添加したのか、あるいは、いくつかに等分して断続的に添加したのか)など、細部の条件が不明である(得られるポリマーの粘度を左右する条件としては、他に、昇温条件、攪拌条件、原料純度などが考えられる。)

ところで、審判手続において提出された実験報告書Dの実験結果は、「塩化テレフタロイルを多分割して添加するほど、得られるポリマーの固有粘度は低くなる」ことを明確に示しており、実験報告書AないしCの実験結果もこれと矛盾しないから、実験報告書C及び実験報告書Dの内容は正確であると判断することかできる。それゆえ、実験報告書A及び実験報告書Bのみによつて、引用例の実施例11の記載を誤りとすることはできない(ちなみに、照和五〇年特許出願公告第八四七四号公報の第六四欄一四行以下には、溶媒としてN-メチルピロリドンのみを使用し、塩を添加しない方法によつてすら、固有粘度が三・六七のポリーP-フエニレンテレフタルアミドが得られたことが記載されている。そうすると、引用例の実施例11によつて固有粘度二・六五のポマーが得られたとしても、何ら不合理ではない。)。

この点について、原告は、「実験報告書C及び実験報告書Dは、引用例の実施例11において行われている温度制御及び連続添加が、忠実に追試されていない」と主張する。しかしながら、実施例11記載の「テレフタル酸ジクロライドの添加量が八〇%以上の段階」に、添加量一〇〇%が含まれることはいうまでもないし、原告も自認するように、塩化テレフタロイルを「連続的に」添加することが案施例11の説明に明記されているわけでもないから、実験報告書C及び実験報告書Dの方法が引用例の実施例11記載の方法を逸脱しているとすることはできない。

2  相違点の判断について

甲第七号証の文書の第二四七八頁の下から第三行ないし第二四七九頁の下から第三行には、「アミド系の溶媒と塩の組合わせ」によつて得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの分子量に対する、塩の効果が記載されており、第二四七九頁の図2(別紙二)において、添加する塩としては、塩化リチウムに次いで塩化カルシウムが優れていることが示されている。

また、「POLIMERY」第一一号(一九七一年一〇月一九日発行)の第五一四頁及び第五一五頁に掲載されているEdward Chodkowsk 1ほか三名の論文(以下、「乙第四号証の文書」という。)には、塩化リチウム、臭化リチウム及び壇化カルシウムの存在下における、テルフ々ル酸クロライドとm-フエニレンジアミンあるいはP-フエニレンジアミンの重縮合に関して、「最も重要なのは,本反応で生成する塩化水素の受容体であるアミド溶媒、例えばジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド又はN-メチルピロリドンの雰囲気中での重縮合である。」(第五一四頁左欄第六行ないし第一〇行)と記載され、塩の効果について「我々の実験は、塩化カルシウムの使用はリチウム塩の使用と同じ結果に導くことを示す。」と記載されている(同頁右欄の下から第九行ないし第七行)。

さらに.アメリカ合衆国特許第三六七一五四二号明細書(以下、「乙第五号証の文書」という。)の実施例66(第六九欄及び第七〇欄)には、ポリーP-フェニレンテレフタルアミドと極めて類似する構造を有する、ポリ(P-ベンズアミド)の溶解力に関して、「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」が、「N-メチルピロリドンと塩化リチウムの組合わせ」よりも優れていることが記載されている。

以上のとおりであるから、引用例に、N-メチルピロリドンに添加し得る塩として、「塩化リチウム、臭化リチウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、その他の金属塩類を必要に応じて溶解又は混在させて使用することも可能である」と明記されている以上(第三頁左下欄末行ないし右下欄第三行)、引用例の実施例11の「N-メチルピロリドンと塩化リチウムの組合わせ」のみならず、「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」をも試みることは、当業者ならば当然の事項というべきである。

この点について、原告は、「甲第七号証の文書によれば、N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせは最も劣ると推定される」と主張する。しかしながら、甲第七号証の文書には塩化カルシウムが塩化リチウムに次いで優れていることが示されていることは前述のとおりであり、これと、乙第五号証の文書の右記載を併せ考えるならば、「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」に想到することは、当業者にとつて困難な事項であつたとは到底いえない。

なお、溶媒に添加すべき塩化カルシウムの量について述べるに、引用例に、「塩化カルシウム(中略)を必要に応じて(中略)混在させて使用することも可能である」と記載されていることは、前記のとおりである。そして、本件明細書によれば、塩化カルシウムがN-メチルピロリドンに溶解するのは約六重量%までというのであるから(本願公報の第五欄第二九行ないし第三二行)、結局、引用例には、「少なくとも五重量%の塩化カルシウム」を添加することも開示されていることになる(この点について、原告は、「混在の用語は、数種の塩を複数添加してもよいことを指す」と主張するが、原告が指摘する「混在」は、N-メチルピロリドン中の不純物に関して引用例第三頁左下欄の下から二行目において用いられているものであつて、これと、同頁右下欄第二行の「混在」を同一に解すべき理由は全く存しない。)。そうすると、添加すべき塩化カルシウムの最適量を実験によつて決定することは当業者として当然の事項であるから、本願発明が塩化カルシウムの添加量を「少なくとも五重量%」と限定している点を、技術的に格別の事項とみることはできない。

3  効果の判断について

原告は、別紙一の第Ⅰ表を論拠として、「本願発明の要旨内の濃度の塩化カルシウムを添加することによつて得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度のレベルは箸しく高いのみならず、塩化カルシウムの添加量が増加するほど得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度が増加し急激に低下することがない(すなわち、反応系が安定し均質性の許容性範囲が広い)ので、ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの濃度を高く設定し得る」と主張する。

しかしながら、本願発明によつて得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度のレベルは、引用例の実施例11記載の方法によつて得られたポリマーのレベルと差異がない。この点について、原告は、別紙一の第Ⅱ表を論拠として、「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ以外の溶媒と塩の組合わせによつて得られたポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度は極めて低い」と主張する。しかしながら、例えば試験番号Eは一二重量%(すなわち、二・九一モル)もの塩化リチウムを添加しているのであつて(別紙二の図1bによれば、N-メチルピロリドンと塩化リチウムの組合わせにおける塩化リチウムの最適濃度は、〇・二ないし〇・四モルである。)、別紙一の第Ⅱ表に示す比較例は、本件出願当時の技術水準からみると、不適格といわざるを得ない。

また、別紙二の図1bのカーブ1に示されているとおり、本願発明の「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」とほとんど同一の挙動を示す溶媒と塩の組合わせが本件優先権主張日前に知られていたのであるから、原告主張のその余の点も、本願発明に特有の効果ではない。

なお、原告は、アメリカ合衆国特許出願第六九一八三二号願書(甲第九号証)の図面(別紙三)に基づいて本願発明が奏する効果を主張するが、右は本願明細書の記載に基づかないものであつて、失当である(のみならず、同図のAとBないしDは、原料であるP-フエニレンジアミンの濃度を異にするから、それらの固有粘度を単純に比較することは相当でない。)。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求の原因(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いない甲第二号証の一(本願発明の特許出願公告公報)及び同号証の二(手続補正書)によれぱ、本願発明の目的、構成及び効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙一参照)。

(一)  目的

本願発明は、N-メチルピロリドンを含有する溶媒中における、P-フエニレンジアミンと塩化テレフタロイルの反応によつて、少なくとも二・五の固有粘度を有するポリーP-フエニレンテレフタルアミドを製造する方法に関する(公報第二欄第一九行ないし第三欄初行。なお、ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの「固有粘度ηLnh」は、重合体溶液(九六重量%硫酸一〇〇ml中に、〇・五gのポリーP-フエニレンテレフタルアミド)と、純溶媒の、二五℃における毛管粘度計で測定した流出時間の比をηrelとすると、

<省略>

の式で定義される。同第八欄第七行ないし第一四行)。

このタイプの製造方法はアメリカ合衆国特許第三八六九四二九号明細書によつて公知であるが、経済上及び環境保護上の理由から、使用した溶媒を回収再生してヘキサメチル燐アミド等を分離しなければならず、複雑かつ高価な再生システムを必要とするのみならず、熱的及び化学的に不安定なヘキサメチル燐アミドの損失が増大し、また、有害な二量体が形成される危険もある(同第三欄第二行ないし第二六行)。

甲第七号証の文書には、溶媒と塩の混合物中においてポリーP-フエニレンテレフタルアミドを製造することが記載されているが、得られるポリマーの最大粘度が低いのみならず、低い塩濃度において最大粘度に到達してしまつている。なお、N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせについては、何ら書及されていない(第四欄第九行ないし第一八行)。

本願発明の課題は、従来技術の右問題点を解決する方法を創案することである。

(二)  構成

本願発明は、右課題を解決するために、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書第三頁第二行ないし第一六行)。

本願発明において使用する塩化カルシウムの添加量は、製造すべきポリーP-フエニレンテレフタルアミドの濃度と、目標とする固有粘度によつて変化する(公報第五欄第二〇行ないし第二四行)。

(三)  効果

本願発明の反応混合物は、使用後、簡単な方法で再生することができる(公報第三欄第三八行及び第三九行)。

すなわち、N-メチルピロリドン、塩化カルシウム、水及び(反応によつて生成した)塩酸から成る〓液から、N-メチルピロリドン及び塩化カルシウムを回収した後、塩酸は塩化カルシウムに転化し、水は溜去すればよく、残余の混合物は、それぞれの成分に分離した後(あるいは、分離せずに)再使用することか可能である(同第七欄第四二行ないし第八欄第六行)。

別紙一の第Ⅰ表のとおり、本願発明の要旨外の濃度(ⅡaないしⅡc)の塩化カルシウムの添加では、得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度は低いが、本願発明の要旨内の濃度(ⅡdないしⅡk)の塩化カルシウムの添加は、得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度を急激に増大させる(同第一〇欄の第Ⅰ表、及びその下第一行ないし第五行)。

また、別紙一の第Ⅱ表のとおり、本願発明と異なる溶剤と塩の組合わせでは、低い固有粘度のポリーP-フエニレンテレフタルアミドしか得られない(第一〇欄及び第一一欄の第Ⅱ表、並びにその左下第一行ないし第四行)。

2  一致点の認定について

引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは、原告も認めて争わないところである。

しかしながら、原告は、「引用例の実施例11の方法では、固有粘度二・六五のポリーフエニレンテレフタルアミドを一〇%含有する淡黄色透明粘稠液が得られることはあり得ず、実施11の認載は誤つているから、そのように誤つた技術的事項に基づいてなされた審決の一致点の認定は誤りである」と主張する。

そこで、成立に争いない甲第三号証(特許出願公開公報)によつて引用例記載の技術的事項を検討するに、引用例記載の発明は、名称を「高重合度芳香族ポリアミドの製法」とするものであつて、芳香族ジアミンと芳香族ジカルポン酸ハライドの溶液重合により製造される芳香族ポリアミドは、剛直な分子鎖等によつて高温における形態安定性等に優れ、耐熱性繊維等として工業的に極めて高価値のものであるが、重合度が高い芳香族ポリアミドを安定して製造することは必ずしも容易でなく(第一頁右下欄第九行ないし第二頁左上欄末行)、N-アルキルー2-ピロリドン(注・本願発明の「N-メチルピロリドン」は、その一種である。)以外のアミド系の溶媒を使用し、重合系の粘度を低下させるために重合温度を四〇℃以上の高温にすると、生成するポリマーの重合度は重合温度の上昇に伴つて顕著に低下してしまうが、N-アルキルー2-ピロリドンは、他のアミド系の溶媒とは異なる、極めて特異な挙動を示すとの発見に基づいて、創案されたもの(第二頁右下欄第四行ないし第三頁左上欄第九行)と認められる。そして、引用例には、溶媒としてN-アルキルー2-ピロリドンを使用し、重合系中の水分を〇・〇五重量%以下に保持するならば、重合温度の上昇に伴つて生成するポリマーの重合度が増大し、六〇℃ないし八〇℃の重合温度において重合度の極大値が得られ、しかも重合系の粘度は比較的低いので、高重合度の芳香族ポリアミドを安定的に製造し得ること(第三頁左上欄第一〇行ないし第一六行)、「塩化リチウム、臭化リチウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、その他の金属塩類を必要に応じて溶解又は混在させて使用することも可能である」こと(第三頁左下欄末行ないし右下欄第三行)、この発明によれば、重合が高温下で行われるため、冷媒を必要とせず、重合系の粘度の低下(したがつて、高濃度の重合)が可能となるとの効果が奏されること(第五頁左上欄第二行ないし第七行)も記載されていると認められる。 そうすると、引用例記載の発明は、芳香族ポリアミドの重合系の粘度を低下させるためには重合温度を西〇℃以上の高温にする必要があることを前提とし、そのような高温下の重合によつても、得られるポリアミドの重合度が低下しないような構成を得ることを目的とするものであると理解される。

ところで、前掲甲第三号証によれば、引用例の第七頁左上欄第一六行ないし右下欄第一一行に、実施例11として、「パラフエニレンジアミン一〇〇〇部を無水塩化リチウム四〇〇部を含有するN-メチルー2-ピロリドン一八二七五部に溶解し、〇℃に冷却した。この溶液中の水分は〇・〇一五%であつた。この溶液にテレフタル酸ジクロライド一八八〇部を添加した。反応系内温度はテレフタル酸ジクロライドの添加と共に急激に上昇した。テレフタル酸ジクロライドの添加量が八〇%以上の段階における反応系内温度を六〇℃に制御しながら一時間で添加を終了した。得られた不透明溶液を更に三〇分間六〇℃において加熱攪拌したのち、水酸化リチウム四四五部を加えて副生塩酸を中和した。ポリマー一〇%を含有する淡黄色透明粘稠液が得られ、ポリマーの ηrelは一四・一八〇であつた。」と記載されていることは、審決が説示するとおりである(ちなみに、「バラフエニレンジアミン」と本願発明の「P-フエニレンジアミン」、「N-メチルー2-ピロリドン」と本願発明の「N-メチルピロリドン」、「テレフタル酸ジクロライド」と本願発明の「塩化テレフタロイル」は、同義である。また、相対粘度一四・一八〇は、固有粘度二・六五に相当する。)。

そして、成立に争いない乙第一号証(実験報告書C)及び第二号証(実験報告書D)によれば、実施例11の方法を追試すると、一・七六ないし三・三の固有粘度を有するポリマー一が得られることが認められるから、引用例の実施例11の記載に基本的は誤りはないと考えるのが相当である。詳説するならば、実験報告書Cにおいては、まず塩化テレフタロイルの三〇%を加え重合開始五分後に塩化テレフタロイルの残り七〇%を加えた実験1によつて固有粘度二・五のポリマーを得、最初から塩化テレフタロイルの全量を加えた実験2によつて固有粘度三・三のポリマーを得たことが認められる。また、実験報告書Dにおいては、塩化テレフタロイルを八等分し七分間隔で加えた実験1及び実験2によつて固有粘度二・〇三及び一・七六のポリマーを得、まず塩化テレフタロイルの三五%を加え重合開始五分後に塩化テレフタロイルの残り六五%を加えた実験3によつて固有粘度二・八五のポリマーを得、最初から塩化テレフタロイルの全量を加えた実験4によつて固有粘度三・一四のポリマーを得たことが認められるのである。

この点について、原告は、「実験報告書C及び実験報告書Dの各実験は、引用例の実施例11において行われている温度制御及び連続添加か、忠実に追試されていない」と主張し、実験報告書A及び実験報告書Bを援用している(成立に争いない甲第四号証及び第五号証によれば、実験報告書Aは、塩化テレフタロイルを五等分し一二分間隔で加えた実験1及び実験2によつて固有粘度〇・五六及び〇・五九のポリマーを得たというものであり、実験報告書Bは、塩化テレフタロイルを三・〇g、三・〇g、三・四g、三・〇g、二・六g、三・八gに分割し一〇分あるいは一五分間隔で加えた実験1ないし実験5によつて固有粘度〇・四二ないし〇・六三のポリマーを得たというものである。)。

たしかに、実験報告書Cあるいは実験報告書Dの各実験によつて得られたポリマーの固有粘度と、実験報告書Aあるいは実験報告書Bの各実験によつて得られたポリマーの固有粘度は、近似していない。しかしなから、実験報告書Aないし実験報告書Dの各実験結果は、被告が指摘するように「塩化テレフタロイルを多分割して加えるほど、得られるポサマーの固有粘度は低くなる」点においては矛盾するところかない。そして、およそポリマーの生成においては、設定する細部の条件の相違によつて得られるポリマーの固有粘度が大きく変化することは技術的に自明の事項であるから、実験報告書A及び実験報告書Bのみによつて、実験報告書C及び実験報告書D、ひいては引用例の実施例11の記載か誤りであるとすることは、相当でないと考える。

ちなみに、原告が主張する「引用例の実施例11において行われている温度制御」とは、前認定の「テレフタル酸ジクロライドの添加量か八〇%以上の段階における反応系内温度を六〇℃に制御」(前掲甲第三号証の第七頁右上欄第四行ないし第六行)することを指すが、前掲乙第一号証によれば、実験報告書Cの各実験は、塩化テレフタロイルの全量が加えられた後に、重合系を六〇℃に保持しつつ一時間攪拌している(第三頁末行、第四頁第一〇行及び第一一行)ことが認められ、また、前掲乙第二号証によれば、実験報告書Dの各実験は、塩化テレフタロイルの八〇%が加えられた時点で重合系を六〇℃に制御し攪拌と加熱を三〇分継続しており(第二頁第七行以下)、なお実験3においては、攪拌のエネルギによつて重合系の温度が六〇℃まで上昇したこと(同頁第二七行ないし第二九行)も記載されていることが認められる。したがつて、実験報告書Dの各実験はもとより、実験報告書Cの各実験も、塩化テレフタロイルの添加量が「八〇%以上」の段階(塩化テレフタロイルの全量が加えられた段階がこれに相当することは、いうまでもない。)の温度制御において、実施例11に記載されている方法を逸脱していないことは明らかである(そして、実験報告書C及び実験報告書Dの各実験の右のような温度制御が、引用例記載の発明が要旨とする「重合反応率五〇%以上の段階における重合系温度四〇℃以上で溶液重合を行う」に適合することも、いうまでもない。)。

なお、原告は、「引用例の実施例11において塩化テレフタロイルは一時間にわたつて「連続的に」添加されている」と主張するが、そのような事項が実施例11の説明に明記されていないことは原告も自認するところであるし、引用例記載の発明が右事項を要旨とするものでないことは、前掲甲第三号証の第一頁左下欄第四行ないし右下欄第七行(特許請求の範囲)から疑いの余地がない。

以上のとおりであるから、引用例の実施例11の方法によつて得られるポリマーが「淡黄色透明粘稠液」であるか否かはさて措き、「引用例の実施例11によつて固有粘度二・六五のポリーP-フエニレンテレフタルアミドが得られるもの」と認め、本願発明と引用例の実施例11の方法とは審決摘示の相違点を除く「その余の点において一致する」とした審決の認定に、誤りはない。

3  相違点の判断について

引用例の実施例11は、芳香族ポリアミドの製造に当たり、溶媒としてN-メチルピロリドンを採用し、これに塩化リチウムを添加したものであるが、引用例の第三頁左下欄末行ないし右下欄第三行に、「塩化リチウム、臭化リチウム、塩化マダネシウム、塩化カルシウム、その他の金属塩類を必要に応じて溶解又は混在させて使用することも可能である」と記載されていることは、前認定のとおりである。それゆえ、「N-メチルピロリドンと塩化リチウムの組合わせ」に換えて、「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」をも試みその効果を確認することに、当業者にとつて何らかの困難が存したとは到底考えられない。

この点について、原告は、甲第七号証の文書(別紙二参照)を援用して、「甲第七号証の文書によれば、高分子量のボリーP-フエニレンテレフタルアミドを得るためには「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」は最も劣ると推定される」と主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第七号証によれば、別紙二の図2(甲第七号証の文書の第二四七九頁)は、「溶媒のカチオン(1)及びアニオン(2)の電気陰性度(A)に対する、ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの比粘度の依存性」と題するグラフであるが、線1にわいて、塩化カルシウムが、(塩化リチウムより下位であるが)塩化マグネシウムなど数種の塩よりも上位に記されていることが認められるから、甲第七号証の文書の記載が、当業者にとつて「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」を試みその効果を確認してみることの妨げになるとは考えられない。

なか、本願発明は、N-メチルピロリドンに添加すべき塩化カルシウムの量を「少なくとも五重量%」に限定しているところ、原告は、甲第七号証の文書を援用して、「ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの製造方法に関する本件優先権主張日当時の技術水準は、溶媒に添加する塩の量は多くてはならないというものであつた」と主張する。

しかしながら、引用例の第三頁石下欄初行以下に「塩化カルシウム(中略)を必要に応じて溶解又は混在させて使用することも可能である」と記載されていることは前認定のとおりであるが、「溶解」は媒体中に分子状ないしイオン状の塩か分散し均一相をなしている状態であるから、これと対立併記されている「混在」とは、媒体と塩が共存する、部分的な溶解状態(あるいは、部分的な懸濁状態)を指していると解される。ところで、前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書には、「使用する反応温度においては、塩化カルシウムは限定された範囲、すなわち二〇℃において約六重量%までしかN-メチルピロリドンに溶解しない。従つて本発明による方法に使用する混合物においては、一般的に塩化カルシウムは部分的に溶解状態にまた部分的に懸濁状態にある。」(第五欄第二九行ないし第三四行)と記載されていることが認められ、右記載事項に照らすと、引用例には、「少なくとも五重量%」の塩化カルシウムを添加することも開示されているというべきである(この点について、原告は、「引用例の「混在」の用語は、数種の塩を複数添加してもよいことを意味する」と主張する。たしかに、前掲甲第三号証によれば、引用例の第三頁左下欄の下から二行目に記載されている「混在」の用語は、同欄の下から五行以下に記載されているように、N-アルキルー2-ピロリドンは不純物を含まないことが望ましいがr-プチロラクトン等が微量含まれていてもよいとの趣旨において、原告が主張するような意味で用いられているともいえるが、これと、同頁右下欄第二行において「溶解」と対立併記されている「混在」の用語を、同一の意味に解しなければならない理由はない。)。

そして、前掲甲第七号証によれば、別紙二の図1b(甲第七号証の文書の第二四七六頁)は「種々の要因に対するポリーP-フエニレンテレフタルアミドの比粘度の依存性:b-溶媒の性質について」と題するグラフであるが(2がN-メチルピロリドン。なお、1はテトラメチル尿素、3はジメチルアセトアミド、4はヘキサメチルホスホルアミドである。)、塩の添加量の多寡によつて、得られるポリマーの粘度が様々の挙動を示すことを窺うに十分である。それゆえ、「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」においても、塩化カルシウムの添加量の多寡が、得られるポリマーの粘度にどのような影響を与えるかを実験によつて確認し、添加すべき塩化カルシウムの最適量を求めることは、当業者として当然の事項であるから、本願発明が添加すべき塩化カルシウムの量を「少なくとも五重量%」に限是している点を、技術酌に格別の事項ということはできない(念のために付書すれば、右図1bのカーブ1ば、テトラメチル尿素と塩化リチウムの組合わせにおいて、塩化リチウムの最適添加量が一・〇ないし一・七モル/1(すなわち、四・二ないし七・二重量%)であることを示しているから、本件優先権主張日当時、ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの製造に当たつて溶媒に添加ずる塩の量を「少なくとも五重量%」とすることは、当業者の予測を越えるような特異な数値ではなく、「N-メチルピロリドンと塩化カルシウムの組合わせ」においても実験を試みるべき範囲に含まれることは明らかといえよう。)。

以上のとおりであるから、相違点に係る本願発明の構成は当業者ならば容易に想到し得たとする趣旨の審決の判断に、誤りはない。

4  効果の判断について

原告は、本件明細書に記載されている第Ⅰ表及び第Ⅱ表(別紙一)を援用して、本願発明が奏する効果の顕著性を主張する。しかしながら、本願発明が要旨とする「少なくとも二・五」という固有粘度のレベルには、引用例の実施例11、あるいはこれを追試した実験報告書C及び実験報告書Dの各実験によつて得られたポリマーの固有粘度のレベルとの間に、有意的な差意が認められない(引用例の実施例11、あるいは、実験報告書C及び実験報告書Dの記載が誤りであるといえないことは、前述のとおりである。)。

なお、原告は、「本願発明によれば、塩化カルシウムの添加量が増加するほど得られるポリーP-フエニレンテレフタルアミドの固有粘度が増加し急激に低下することがない(すなわち、反応系が安定し均質性の許容範囲が広い)ので、ポリーP-フエニレンテレフタルアミドの濃度を高く設定し得る」とも主張する。しかしなから、塩の添加量の多寡によつて得られるポリマーの粘度が様々の挙動を示すことは前述のとおりであり、現に、前掲別紙二の図1bのカーブ1(テトラメチル尿素と塩化リチウムの組合わせ)は、まさしく「塩の添加量が増加するほど得られるポリマーの固有粘度が増加し、急激に低下することがない」との挙動を示している。そして、ポリマーの固有粘度におけるこのような挙動がまれにのみ生じ得る特殊な現象であるとは到底考えられないから、原告が主張する右の点は、本願発明のみに固有の効果ということはできない。

それゆえ、本願発明が格別に顕著な効果を奏するとは認められないとした審決の判断にも、誤りはない。

5  以上のとおり、本願発明は、引用例記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないとした審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担、及び、上告のための附加期間を定めることについて、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)

別紙一

第Ⅰ表

試験番号 塩化カルシウム重量% ηinh

Ⅲa 0 0.30

Ⅲb 2 0.55

Ⅲc 4 1.40

Ⅲd 6 3.05

Ⅲe 8 3.15

Ⅲf 10 4.05

Ⅲg 12 4.05

Ⅲh 14 5.05

Ⅲi 16 4.25

Ⅲj 20 4.60

Ⅲk 25 3.80

第Ⅱ表

試験番号 溶剤 塩 ηinh

A N-メチルピロリドリン 臭化カルシウム 0.73

B 同上 硫酸カルシウム 0.39

C 同上 塩化マグネシウム 1.56

D 同上 塩化アンモニウム 0.28

E 同上 塩化リチウム 0.30

F ジメチルアセトアミド 塩化カルシウム 0.62

G 同上 塩化リチウム 0.90

別紙二

<省略>

別紙三

<省略>

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