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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)150号 判決 1991年6月20日

原告 株式会社河合楽器製作所

被告 ヤマハ株式会社

主文

特許庁が昭和五四年審判第七六一三号事件について平成二年四月五日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者が求める裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙に示すとおり「FLOORTOM」の欧文字と「フロアタム」の片仮名文字を二段に横書きして成り、第二四類「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機、レコード、これらの部品および附属品」を指定商品とする商標登録第一三七三〇五三号商標(昭和五〇年一一月二七日商標登録出願、昭和五四年二月二七日商標権設定登録、平成元年一月二七日商標権存続期間の更新登録。以下、「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、昭和五四年六月二八日、本件商標の商標登録を無効にすることについて審判を請求し、昭和五四年審判第七六一三号事件として審理された結果、平成二年四月五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年六月二〇日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本件商標の構成及び指定商品は、前項記載のとおりである。

2  審判請求人(原告)は、左記のとおり主張する。

<1> 本件商標は、その登録査定日以前から楽器業界において楽器の普通名詞として広く知られている「FLOOR TOM TOM」又は「FLOOR TOM」の語の語句間隔を詰めて一連に表示し、その下段に片仮名で「フロアタム」と表示したものにすぎない。したがって、本件商標をその指定商品中の楽器(特に、打楽器等)に使用すると、当然、打楽器である「FLOOR TOM TOM」又は「FLOOR TOM」の意味が、商品との関連において直感的に生ずる。また、取引の実際においても、「FLOOR TOM TOM」は「FLOOR TOM」と略記されるとともに「FLOOR TOM」と称呼され、打楽器の一普通名称として適用し定着している。

<2> 甲第三号証ないし第七号証(本件訴訟における書証番号。以下同じ)は、昭和四八年一月、二月、五月、一一月及び昭和四九年一〇月にそれぞれ発行された業界誌「THE MUSIC TRADES」(THE MUSIC TRADES CORPORATION発行)の表紙、目次、奥付並びに関連記事及び写真の写しであって、「FLOOR TOM」が、楽器(特に、打楽器)の一楽器名称を表示する語として認識され用いられていたことを示すものである。

<3> 以上によれば、本件商標は、商標法第三条第一項第一号の規定に該当し、商標登録の基本的要件を欠くものであるのみならず、これを指定商品中の打楽器あるいは打楽器用品以外の商品について使用すると、当然に品質の混同を生ずるおそれがあるので、同法第四条第一項第一六号の規定にも該当し、不登録事由を有するものである。

<4> 審決請求人は、審判被請求人の主張に対し、左記のように弁駁する。

a 審判被請求人は、審判請求人には本件審判を請求する実体的な利益がなく本件審判請求は不適法として却下されるべきである、と主張する。しかしながら、過誤によって登録された本件商標の商標登録を存続させることは、本来権利として存在し得ないものに排他独占的な権利を認めることになり妥当でなく、国民一般の権利を不当に圧迫し、かつ、この権利の存在は本件商標権者以外の商標使用希望者の商標選択の余地を狭めているものである。そして、商標登録無効審判の請求人を規定した条項はない。したがって、審判請求人は、本件審判を請求する利害関係を有しているものである。

b 業界誌「THE MUSIC TRADES」は、外国文献ではあるが、わが国の楽器業界において広く読まれているとともに、わが国の楽器業界に多大の影響を与えている指導的立場を有する業界誌である。したがって、「FLOOR TOM TOM」又は「FLOOR TOM」の語が、この雑誌において品質表示的に普通に使用されている以上、わが国においても同様に品質表示的に普通に使用されていることは容易に判断できる。

c 「THE MUSIC TRADES」は、発行場所が米国であるが、世界の文献が発行後、直ちに入手可能な情報化時代の今日においては何人も容易に入手可能なものであり、さらに、外国の楽器業界の市況動向を絶えず注視し対応している我が国の楽器生産業者ならば必ず購読しているといっても過言ではない雑誌である。したがって、この雑誌に「FLOOR TOM」の語が打楽器の普通名称として記載されている以上、我が国の楽器業界においても、この語が打楽器「フロアタム」の英文字であると認識することは必定である。

3  審判被請求人(被告)は、左記のとおり主張する。

<1> 審判請求人には、本件審判を請求する実体的な請求の利益、換言すれば、本件商標の登録無効審判を請求しこれを無効にすることによって得られる利益は、何もない。したがって、本件審判請求は、商標法第四六条第一項第一号の規定に該当するか否かの審理に入るまでもなく、不適法なものとして却下されるべきである。

<2> 審判請求人が援用する甲第三号証ないし第七号証は、ただ一種の外国雑誌の記事あるいは広告の写しであって、その中に「FLOOR TOM TOM」あるいは「FLOOR TOM」の文字が散見されるにすぎない。このように発行日が接近した雑誌の僅かな記載によって、「FLOOR TOM」の語が打楽器の名称として広く一般に使用されていたとは到底認めることができない。また、甲第三号証ないし第七号証をもって、本件商標である「FLOORTOM」「フロアタム」が楽器の普通名称として使用されていたとは認められない。いわんや、甲第三号証ないし第七号証が外国文献であるから、少なくとも日本国内において「FLOORTOM」「フロアタム」が普通に使用されていた事実は絶無であるから、この点からしても審判請求人の主張は到底採用できない。

<3> 審判請求人は、外国文献である「THE MUSIC TRADES」がわが国の楽器業界において広く購読されている、と主張する。しかしながら、その裏付けは一切なされていないし、仮に同雑誌がわが国において広く購読されているとしても、同雑誌の記載は、本件商標がわが国において普通名称であるか否かの判断とは何の関係もない。

<4> 本件商標のように殊更に「FLOORTOM」「フロアタム」と一連不可分に圧連結した文字を上下二段に横書き表示した場合は、称呼、観念あるいは外観のいずれもが「FLOOR TOM TOM」「FLOOR TOM」の語から生ずる称呼、観念及び外観から全く離脱してしまい、もはや何ら意味のない新しい造語としか認められない。

<5> 以上のとおり、本件商標は造語であって、品質表示的に使用されているとは到底認められないことが明らかである。

4  まず、本件審判について、審判請求人の審判請求の利益の有無について判断するに、審判請求人がピアノ、オルガン、ギター、電子オルガン、教育用楽器など各種楽器の製造販売を業とし、本件商標の指定商品と密接に関連する業務を営む者であることは顕著な事実である。したがって、審判請求人は、本件商標の権利者である審判被請求人と同業者というべき関係にあり、本件商標の登録の適否について利害関係を有する者といえるから、本件審判を請求する利益を有するものといわざるを得ない。

5  次に、本件商標が商標法第三条第一項第一号、第四条第一項第一六号の規定に違反して登録されたものか否かを検討するに、ある名称が商品の普通名称であるとするためには、その名称がその商品を表示するものとして取引上普通に使用されている必要があると解される。

そこで、審判請求人提出の甲第三号証ないし第七号証についてみるに、これらは主として楽器に関する記事を掲載し発行されている米国の一雑誌「THE MUSIC TRADES」に、一九七三年(昭和四八年)と一九七四年(昭和四九年)にわたって遂次掲載された記事であると認められる。そして、それらの記事は、ドラム、シンバルを始め種々の打楽器及びその付属品をいろいろに組み合わせたいわゆるドラムセットを、写真と共に英語文で記述紹介したものであって、これらの記事中には、数種類の打楽器の一楽器(具体的に写真中のどれを指すのか、必ずしも明瞭でない。)を指称する語として「floor tom」「Floor Tom」あるいは「floor Tom」の英語(文字)が使用されていることが認められる(なお、これらの語で表される楽器と、これらの語と同時にあるいは所を変えて用いられている「floor tom tom」「tom tom」などの語で表される楽器が、どのように違い、あるいは同じなのかも明らかでない。)。

ところで、右記事中の「floor tom」の語が本件商標の登録時において特定の打楽器の呼び名として取引上普通に使用されているとするには、これを客観的に理由づける他の証拠方法が必要であるところ、審判請求人はそのような証拠を何ら提示し得ず、右雑誌の掲載記事のみを根拠とし、この雑誌が国内で広く購読され得ると主張するのみである。そうすると、「floor tom」の語は前記雑誌の限りにおいて用いられていたものとみるほかなく、結局、審判請求人の主張は理由がないものとして採用することができない。また、審判手続において職権をもって調査しても、「FLOOR TOM」あるいは「フロアタム」の語が、ある種の打楽器の名称として普通一般に用いられていた事実を発見することができなかった。

したがって、本件商標は、その指定商品の普通名称を表示したものとはいい難く、むしろ、自他商品の識別標識としての機能を果たし得るものであり、また、これをその指定商品について使用しても、商品の品質について誤認を生じさせるおそれもないといわざるを得ない。

6  以上のとおり、本件商標は、商標法第三条第一項第一号、第四条第一項第一六号の規定に違反して登録されたものではないから、同法第四六条第一項の規定によりその登録を無効とすることはできない。

三  審決の取消事由

審決は、本件商標が打楽器の一種の普通名称であり、取引において広く使用されている点の認定、判断を誤った結果、本件商標はその登録を無効とすべきではないと結論づけたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  甲第三号証ないし甲第七号証は「THE MUSIC TRADES」(以下「本件米国雑誌」という。)のうちの表紙及び記事であって、甲第三号証(以下「本件米国雑誌A」という。)は一九七三年(昭和四八年)一月、甲第四号証(以下「本件米国雑誌B」という。)は同年二月、甲第五号証(以下「本件米国雑誌C」という。)は同年五月、甲第六号証(以下「本件米国雑誌D」という。)は同年一一月、甲第七号証(以下「本件米国雑誌E」という。)は一九七四年(昭和四九年)一〇月にそれぞれ発行されたものであって、いずれも本件商標の登録査定時(昭和五三年一一月一一日)以前に頒布されたものである。

本件米国雑誌は、同Cに「VOL.121、No.5 May.1973」と記載されていることから明らかなように古い歴史をもつ雑誌であって、その雑誌名・記事内容・広告等からみて、楽器のメーカー・販売者その他楽器取扱従事者に必要な情報を提供する雑誌であることが理解できる。そして、前記本件商標の登録査定時、日本の楽器メーカーその他の楽器取扱業者が楽器の輸出・輸入等、米国の楽器業界と幅広い関係をもっていたことは顕著な事実である。このことは、本件米国雑誌AないしDの広告頁には被告の広告、同B・Cの広告頁には原告の広告がそれぞれ掲載されていることからも明らかである。

また、本件米国雑誌はわが国の楽器業界の者にも広く購読されている。甲第三七号証(ポール・A・マジエスキーの書簡)によれば、本件米国雑誌の日本における予約購読数は一九七八年(昭和五三年)で二八八であるが、同雑誌は楽器の製造販売にたずさわる者を対象とする専門誌であるから、わが国の楽器の製造販売にたずさわる者に広く購読されているということができる。

そこで、本件米国雑誌の記載事項をみると、まず、本件米国雑誌Aには、Targ Dinnerという会社がU.S.Mercuryのドラム器具一式の新製品を販売したという記事が掲載され、写真(六八頁)に四種類の普通ドラムと呼ばれる打楽器が示され、その写真説明によるとこの四つのドラムは<1> 14×20 nine-ply bass drum <2> 5×14 six-ply snare drum <3> 8×12 six-ply Tom Tom <4> 16×13 six-ply floor Tomである。右記載のうち、14×20は、本件米国雑誌Bの記事(六八頁)の同種数字にインチ表示があることからして、これがドラムのサイズであることは誰にでも理解できることであり、また、当業者には、それが胴の長さ×ドラムの直径を意味し、また、nine-plyは胴が九枚の板を重ね合わせて作られていることを意味し、したがって、その余の部分、すなわち、bass drum、snare drum Tom Tom、floor Tomがドラムの種類を示す名称であると理解できる。そして、14×20がドラムの寸法であると理解できる人であれば、写真をみて寸法の割合で写真の一番右のドラムがfloor tomであると理解できるはずである。同様に、本件米国雑誌BないしDでは一番右のドラム、本件米国雑誌Eでは一番左のドラムがfloor tomであると推測することは極めて容易である。

したがって、本件米国雑誌の記事及び写真から、米国のみならず日本国においても、このfloor tomがドラム器具一式に含まれるドラムの一種を示す普通名称として取引の場において広く使用されていることを理解できる。

2  もともとtom tomは、日本国内において古くから普通名称として使用されていた。

このことは、本件商標の登録査定前に発行された次の辞典の記載から明らかである。すなわち、<1>英和辞典(甲第八号証)に、tom-tomは「(インド・アフリカなどの土人の)太鼓(胴の長いもので平手で打つ)」と解説され、その発音は、米国では「タム タム」であることが記載されている。<2>百科辞典(甲第九号証の一ないし三)に、ドラムの種類として、「大太鼓bass drum、中太鼓tenor drum、小太鼓side(snare)drum、トム・トムtom tom」等を挙げ、ドラムの種類が絵図として示されるから、トム・トムがどのようなものか理解できる。<3>音楽辞典(甲第一〇号証)に、「タム タム」の項には「タム タム」は「ゴング」とも呼ばれる金属製打楽器で、ドラムの類に属する「トム トム」と混同されることがあると記載され、「トム トム」の項には誤って「タム タム」と呼ばれることがあるが、全く別物でドラム・セットの重要な構成要素であり、大中小をセットにして使用し、大はバス・トムともいうと記載され、本件米国雑誌同様な写真が掲載されている。

右各辞典の記載から、「トム トム」あるいは米国において「タム タム」と発音されるドラムの一種の楽器の名称は、本件商標の登録査定日前から普通人にとっても普通名称と理解されていたことが明らかである。

また、音楽辞典(甲第一一号証)は、本件商標の登録査定日後の発行であるが、「フロア・タム」は「三本の足(レッグ)がついている大型のタム」と記載されており、その語が右登録査定日前から取引上一般に使用され普通名称として定着していることを示している。

さらに、甲第一四号証ないし第二六号証の雑誌「楽器商報」及び甲第二七号証ないし第三二号証の雑誌「ミュージックトレード」は楽器業界の者には極めてなじみ深い雑誌であり、甲第三三号証及び第三四号証は楽器使用者向けの文書であって、甲第三二号証を除き、本件商標の登録査定日前に頒布されたものである。これらの雑誌には、ドラムセット(ドラムス)を構成する楽器の一種類として「フロアタム」の語を記載した記事が掲載されており、米国の楽器業界においてドラムの一種類の名称として取引上普通に使用されている語が、そのまま、わが国の楽器業界においてもドラムの一種類の名称として取引上普通に使用されていること(すなわち、本件商標が被告による造語ではないこと)を明らかにしている。

3  被告が本件商標の更新登録の出願の際提出した使用説明書添付のカタログによれば、二枚目下段に大きくゴシックで書かれた標題FLOOR TOMは、上段冒頭の同じゴシック体の標題TOM TOMと対照的に記載されており、このFLOOR TOMは商品の普通名称として使用された語であることは明らかである。また、同カタログ中の「フロアタム・サイズバリエーション」という表中のフロアタムは、「タムタム&バスドラム・サイズバリエーション」という表と対応関係にあることからみて商品の普通名称として使用されているということができ、さらに「サウンドレンジはワイドに待機。サイズバリエーション」の項に使用されているフロアタムの語も、商標の使用とみる余地はない。

このような被告のカタログの使用状況からいえることは、FLOOR TOMと呼ばれるドラムにはFLOOR TOM以外に普通名称がないこと、すなわち被告が商標と称するものイコール普通名称ということである。

4  審決は、本件米国雑誌中の「floor tom」の語が一種の打楽器の名称であることは認めながら、「本件商標の登録時において特定の打楽器の呼び名として取引上普通に使用されているとするには、これを客観的に理由づける他の証拠方法が必要であるところ、審判請求人はそれらの証拠を何ら提示し得ず、右雑誌の掲載記事のみを根拠とし、この雑誌が国内で広く購読され得るものと主張するのみである。そうすると、「floor tom」の語は前記雑誌の限りにおいて用いられたものとみるほかはな」いと判断している。

しかしながら、本件米国雑誌の記載自体から頒布の程度を推測することは容易であり、しかもその記事の内容から取引の場において使用されていることが明らかであり、特に前記2主張の事実を前提として本件米国雑誌の記事を読むならば、審決の前記判断は誤りである。

5  以上のとおり、本件商標は、その指定商品の一つである楽器の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成るものであるから、商標法第四六条第一項第一号、第三条第一項第一号に該当する。

付言するに、ある標章が普通名称でないとしても、その使用を多数人に解放せず特定人に独占させると商取引上不便であり多数人に不測の損害を与えるなど公益上支障を生ずるような標章は、特別顕著性がないものとして、商標登録を受けることができないと解すべきである。

そして、本件商標の登録を存続させると、米国ではいずれの会社の製品であっても「floor tom」の名称で取引される楽器を、わが国においては別の楽器名を新たに案出して取引者間に適用するようにせねばならず、ひとり被告のみが「フロアタム」の語で表される楽器の本家のように振舞うことができるとの不都合を生ずるが、これは「floor tom」あるいは「アロアタム」の標章が特別顕著性を有しないからにほかならない。したがって、本件商標の登録は取り消されるべきである。

第三請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一及び二は、認める。

二  同三は争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような誤りはない。

1  原告は、本件米国雑誌を論拠として、「floor tom」の語が米国の楽器業界においてドラムの一種類の名称として取引上普通に使用されていた、と主張する。しかしながら、一雑誌の記事のみによってある語が普通名称であると認めることはできない。まして、本来米国雑誌がわが国において本件商標の登録査定の時点でどの程度購読されていたのか不明であるから、「floor tom」あるいは「フロアタム」の語が、わが国の楽器業界においてドラムの一種類の名称として取引上普通に使用されていたと認めることは到底できない。原告が援用する甲第三七号証によれば、本件米国雑誌の発行年である一九七三年及び一九七四年には、本件米国雑誌はわが国において頒布購読されていないと認めるほかない。また、一九七八年(昭和五三年)の予約購読数二八八は極めて微々たるものであって、わが国の楽器の製造販売にたずさわる者に広く購読されていたとは到底いえないし、同年発行の雑誌にどのような記事が掲載されているのかも明らかにされていない。

2  商標法第三条第一項第一号にいう普通名称とは、その商標登録時我が国内において、その名称がその商品を表示するものとして、取引上普通に使用されている場合をいう。

原告引用の辞典に、「tom tom」、「トム・トム」あるいは「トム トム」の名称が「大太鼓bass、中太鼓tenor drum、小太鼓side drum」等のドラムの一種あるいは「大中小セット」の名称として記載されていることは認めるが、用語辞典は、より多くの、また稀少特有な用語を含めることを目的としており、用語辞典に記載されているからといって、取引上普通に使用されている名称となるものではない。

また、甲第一四号証ないし第三四号証は審判手続において提出されなかった文書であり、審判手続において審理を受ける被告の利益も保護されるべきであるから、本件訴訟において、甲第一四号証ないし第三四号証に基づいて「floor tom」あるいは「フロアタム」の語が普通名称であると主張することは許されない。

そして、楽器には様々なものがあり、世界各地をその発祥の地とするものであるから、原告主張のように米国での楽器の名称の取引上の使用が即日本での使用であるということはできない。

3  原告は、本件商標の登録を存続させると米国で「floor tom」の名称で取引される楽器をわが国においては別の楽器名を新たに案出して取引者間に通用するようにせねばならず不都合である、と主張する。しかしながら、商標と楽器名は別個のものであって、商標権の効力は楽器名には及ばないから、原告の右主張は失当である。

第四証拠関係<省略>

理由

第一請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

一  原告は、審決は、本件商標が打楽器の一種の普通名称であり、取引において広く使用されている点の認定、判断を誤った結果、本件商標はその登録を無効とすべきではないとしたものであって、違法である旨主張する。

商標登録無効審判制度(商標法第四六条)は、本来商標登録されるべきでなかった場合又は登録後の事由により登録の存続を認めるべきでない場合に商標権者に登録商標を使用する権利を専有させることは、商標の保護利用を図ることにより産業の発達に寄与するという法の趣旨、目的に反することになるので、第三者の請求によりこれを無効とすることを認めた制度であり、同条第一項第一号の規定は、商標登録出願がその要件を具備せず、拒絶査定を受けるべきであるのに誤って登録された場合を無効事由とするものであるから、商標登録が同条第一項第一号の規定により同法第三条の規定に違反してなされたかどうかの判断は、登録査定(同法第一七条・特許法第六〇条)時を基準としてなすべきものである。

成立に争いのない甲第三五号証によれば、本件商標については、昭和五三年一一月一一日登録査定がなされたものと認められる。

そこで、本件商標が右登録査定時を基準時として同法第三条第一項第一号に規定する「その商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる」ものであるかについて判断する。

成立に争いのない甲第三号証ないし甲第七号証によれば次の事実が認められる。

1  本件米国雑誌は雑誌名を「THE MUSIC TRADES」とする刊行物であり、同Cに「May,1973・VOL.121, No.5」と記載されていることから明らかなように古い歴史を有する音楽雑誌であって、同Aは一九七三年(昭和四八年)一月、同Bは同年二月、同Cは同年五月、同Dは同年一一月、同Eは一九七四年(昭和四九年)一〇月にそれぞれ発行され、いずれも本件商標の登録査定時(昭和五三年一一月一一日)以前に米国内において頒布されたものである。

2  本件米国雑誌の記事をみると、本件米国雑誌Aには、Targ & DinnerがU.S.Mercuryのドラム器具一式の新製品を販売したとして、四ピースのドラムセットの写真が掲載され、かつ、この四つのドラムは<1> 14×20 nine-ply bass drum <2> 5×14 six-ply snare drum <3> 8×12 six-ply Tom Tom <4> 16×13 six-ply floor Tomを含むこと(二枚目左欄下から第七行ないし第五行)が記載されている。

同様に本件米国雑誌Cには、St.Louis Musicの新製品として、アポロ二重バスドラムセットが写真に掲載され、かつ、その写真説明として、このドラムは<1> 14"6"1/2"×14"nareであること(三枚目右欄第四行ないし第七行)が記載され、同Dには、STRUM & DRUMがTorodor Rosewood & Gold五組ドラム一式を発表したとして、その写真が掲載され、説明として、このドラムは<1> 14"1/2"×14"> 8"4;×13"第一一行)が記載され、同Eには、Zickos Corporationが新製品the Super Sonic Seriesを発表したとして、四ピースのドラムセットの写真が掲載され、説明として、このドラムは<1> Bass Drum 22"

右認定事実によれば、米国の楽器業界においては、一九七四年(昭和四九年)一〇月以前から、floor tomの語がドラムの一種類として取引上普通に使用されていたものと認められる。そして、本件米国雑誌の右記載事項中数字はいずれもドラムのサイズを表わすものと認められ、かつ、成立に争いのない甲第一一号証によれば、最新音楽用語事典(株式会社リットーミュージック一九九〇年四月二〇日発行)には、「タムタム」の項に「響き線(スナッピー)がついていない中型のドラム。(中略)三本の足(レッグ)がついている大型のタムはフロア・タムという。」(第一五五頁左欄下から第一二行ないし第六行)と記載されていることが認められるから、前記本件米国雑誌A及びC、Dの写真の右端のドラム、同Eの写真の左端のドラムが取引上floor tomの名称で呼ばれているものと理解できる(右刊行物は、本件商標の登録査定後に刊行されたものであるが、このことは、その記載内容に照らしfloor tomがこれらの写真中の右楽器を指すことを認定する支障となるものではない。)。

ところで、本件商標が商標法第三条第一項第一号に規定する「その商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる」ものというためには、本件商標に用いられている標章がわが国においてその商品の普通名称として用いられていることを要するところ、本件米国雑誌に記載されているドラムセット(ドラムス)は、主としてジャズ演奏に使用されるものであること(このことは、前掲甲第三号証ないし甲第七号証の記載内容から明らかである。)、ジャズ演奏あるいはこれに使用される楽器の製造は米国が世界の中心地であることは当裁判所に顕著な事実であり、わが国の楽器メーカーその他の楽器取扱業者がこれらの楽器の米国における名称に関心を抱き取引上これと同様な名称を用いて取引することは十分に予測できることである。現に、成立に争いのない甲第一六号証、同第二一ないし第二六号証によれば、楽器新製品の紹介や楽器の販売動向等の記事を掲載した雑誌である楽器商報(株式会社楽器商報社発行)の第二六巻第一号(昭和五〇年一月一〇日発行)には、ヤマハドラム四点セットの一つとして「フロアタム」の名称が、同第二六巻第一二号(同年一二月一〇日発行)の記事中にドラムの一つとして「フロアタム」の名称が、同第二七巻第六号(昭和五一年六月一〇日発行)には、Aral Boekiの「High Max"

また、成立に争いのない甲第三〇号証及び第三一号証によれば、本件米国雑誌である「THE MUSIC TRADES」との編集提携による音楽業界専門誌であるミュージックトレード(株式会社ミュージックトレード社発行)の第一六巻第三号(昭和五三年三月一日発行)には、ドラムセットの一般的傾向を説明した文章中に「フロアタム」の名称が、同第一六巻第一一号(昭和五三年一一月一日発行)には、スリンガーランドドラムセットの概要の説明中に「フロアタム」の名称がそれぞれ使用されていることが認められる。さらに、成立に争いのない甲第三四号証によれば、「一九七六楽器の本」(日刊スポーツ出版社昭和五一年六月三〇日発行)には、fibes・GRETSCH・LUDWIG・HIGHMAXの各ドラムセット中にそれぞれ「フロアタム」の名称が使用されていることが認められる。

右認定事実によれば、「フロアタム」、「floor tom」の名称はわが国においてもドラムの一種類を表示する名称として、取引上普通に使用されていたことが明らかであり、これがいずれも、米国の楽器業界において取引上普通に使用されている「floor tom」の名称で呼ばれるドラムの一種類を指称するものであることは疑問の余地がなく、「floor tom」あるいはその発音を片仮名書きした「フロアタム」の語が、わが国の楽器業界においても当該ドラムの名称として取引上普通に使用されていたことは明らかである。

この点について、被告は、甲第一四号証ないし第三四号証は審判手続において提出されなかった文書であるからこれを論拠として「floor tom」あるいは「フロアタム」の語が普通名称であると主張することは許されないと主張する。しかしながら、原告は審判手続において本件商標の登録無効事由として「floor tom」あるいは「フロアタム」の語が普通名称であると主張しこれに沿う書証(甲第三号証ないし第七号証)を提出していたのであるから、審決取消訴訟において右主張を裏付けるため更に新たな証拠を提出することは、審判手続において審理判断を受ける被告の利益を奪うものではなく、もとより許されることであって、被告の右主張は理由がない。

二  以上のとおり、「floor tom」の語、あるいはその発音を片仮名書きした「フロアタム」の語は本件商標の登録査定がなされた昭和五三年一一月一一日の時点でわが国の楽器業界においてドラムの一種類の名称として取引上普通に使用されていたと認められるから、「floor tom」あるいは「フロアタム」の語は、その時点においてドラムの一種類の普通名称となっていたと解するのが相当である。

一方、本件商標は、別紙表示のとおり「FLOORTOM」の欧文字と「フロアタム」の片仮名文字を二段に横書きして成るものであるところ、右商標が前記のようにわが国の楽器業界において取引上普通に「floor tom」あるいはその発音を片仮名書きした「フロアタム」の名称で呼ばれるドラムの一種類を普通に用られる方法で表示したものであることは明らかであって、欧文字と片仮名文字を二段に横書きしていること、あるいは、「FLOOR」と「TOM」を分離せず大文字で一連に表示していることによって「フロアタム」、「floor tom」と異なる標章であるということはできない。したがって、本件商標は、その指定商品の一つである楽器の一種類の普通名称を、普通に用いられる方法で表示した標章のみからなる商標に該当するというべきであるから、商標法第三条第一項第一号の規定により、商標登録を受けることができないものである。

三  そうすると、本件商標の登録は右規定に違反してなされたものであって、同法第四六条第一項第一号の規定により無効とされるべきであり、これと結論を異にする審決は、その余の点を論ずるまでもなく、違法なものとして取消しを免れない。

第三よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田稔 春日民雄 佐藤修市)

別紙

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