東京高等裁判所 平成2年(行ケ)177号 判決 1993年10月19日
東京都文京区本郷三丁目一八番一五号
原告
アトム株式会社
右代表者代表取締役
松原一雄
右訴訟代理人弁護士
三宅正雄
同弁理士
土屋勝
同訴訟復代理人弁理士
大滝均
アメリカ合衆国
ペンシルバニア州 ハツトボロ ジヤクソンビルロード三三〇
被告
エアーシールズインク
右代表者
カールイーフリスク
東京都渋谷区恵比寿西一丁目五番一〇号
被告
トーイツ株式会社
右代表者代表取締役
池田二三男
被告ら訴訟代理人弁護士
田中誠一
同
飯田秀郷
同訴訟復代理人弁護士
赤堀文信
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和六三年審判第一三六七三号事件について平成二年五月七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決
二 被告ら
主文と同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は特許第一〇九〇〇〇八号(昭和四九年一二月二三日出願、昭和五四年七月一一日出願公告、昭和五七年三月三一日設定登録。以下この特許を「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるところ、被告らは、昭和六三年七月二六日本件特許につき特許無効の審判を請求し、特許庁昭和六三年審判第一三六七三号事件として審理され、平成二年五月七日、「特許第一〇九〇〇〇八号発明の特許を無効とする。」との審決がされ、その謄本は、同年七月二四日、原告に送達された。
二 本件発明の要旨
保育器内の空気を加熱するための加熱器を具備し、この加熱器に供給される電力を制御して保育器内の温度を制御するようにした保育器における温度制御装置において、
(a) 前記加熱器と、この加熱器に対して直列に接続されているスイツチング素子とをそれぞれ具備し、所定の交流電圧を供給される直列回路、
(b) その制御端子に制御信号が供給されている間は少なくともオン状態でかつこの制御信号の供給が絶たれると少なくとも前記交流電圧の次のゼロ電位迄にはオフ状態となる前記スイツチング素子、
(c) 保育器内の所定部分の温度を設定する設定手段と、前記温度を検知する検知手段とをそれぞれ具備し、前記設定温度と前記検知温度との差に応じたレベルの出力信号を発生する温度設定回路、
(d) 前記交流電流の半周期に較べて充分大きい所定の時間巾を有するランプ信号を周期的に発生するランプ信号発生回路、
(e) 前記温度設定回路からの出力信号と前記ランプ信号とをレベル比較して前記温度差に比例した時間巾を有する出力信号を発生するオン・オフ検知回路、
をそれぞれ具備し、前記オン・オフ検知回路からの前記出力信号を前記制御信号として前記スイツチング素子の前記制御端子に供給し、この制御信号の前記時間巾にほヾ対応した加熱器への供給電力を得るようにしたことを特徴とする保育器における温度制御装置(別紙図面一参照)
三 審決の理由の要点
1 本件発明の要旨は前項記載のとおりである。
2 請求人ら(被告ら)が主張する本件特許の無効事由は次のとおりである。
本件発明は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である「ELEKTRONIK,1967,Heft8,p237~239」(乙第一号証の二)及び、その出願前に日本国内において頒布された刊行物「SCRマニユアル、昭和四三年七月二〇日 オーム社発行、一五六頁ないし一五八頁」(甲第三号証、以下「第一引用例」という。)に記載された発明と同一であるか、又は両刊行物に記載された発明及び本件発明の明細書(以下「本件明細書」という。)に従来技術として記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法二九条一項三号又は二項に該当し、本件特許は、同法一二三条一項一号の規定により無効とすべきものである。
3 被請求人(原告)の主張は次のとおりである。
乙第一号証の二記載の発明は炉の温度制御装置に係るものであり、また、第一引用例記載の発明はSCRの制御回路に関するものであるのに対し、本件発明は保育器の温度制御に係るものであつて、技術分野が異なり、また、保育器にとつて有益であるという本件明細書に記載のとおりの効果を奏するので、本件発明は乙第一号証の二又は第一引用例記載の発明と同一ではなく、また、それらの発明に基づいて容易に発明し得たものということはできない。
4 第一引用例(特に、第八・九図参照)には、
負荷を具備し、この負荷に供給される電力を制御して負荷により加熱される対象物の温度を制御するようにした温度制御回路において、
a 負荷と、この負荷に対して直列に接続されているトライアツクQ6とをそれぞれ具備し、交流電圧二四〇V、六〇c/sを供給される直列回路を具備し、
b その制御端子に制御信号が供給されている間はオン状態でかつこの制御信号の供給が絶たれると次のゼロ電位にオフ状態となる前記トライアツクQ6を具備し、
c 可変抵抗器R23(TEMP SET)と、サーミスタTとをそれぞれ具備し、それらを組み込んだブリツジ回路においてそれらの差電圧をQ1のベースに発生する回路を具備し、
d 一定低周波鋸歯状波電圧を周期的に発生する回路(Q5、C5、R15)を具備し(「Q3」とあるのは「Q5」の誤記であると認める。)、
e 前記ブリツジ回路からの差電圧信号を鋸歯状波電圧発生回路のQ3のエミツタに与え、それによる第八・一〇図のような鋸歯状波のオン・オフを検知する回路を具備し、
その出力信号をゲート電圧として前記トライアツクのゲート端子に供給し、このゲート電圧の前記時間巾にほぼ対応した負荷への供給電力を得るようにしたものが記載されている(別級図面二参照)。
また、本件明細書に従来例として引用され、本件発明の出願日前に日本国内に頒布されたことが明らかな昭和四七年特許出願公告第三五八三二号公報(以下「第二引用例」という。)には、保育器内の空気を加熱するためのヒーターと、このヒーターと直列に接続されたシリコン制御整流素子(スイツチング素子)と、保育器内に置かれた温度検出用サーミスタを具備し、該サーミスタによる検出温度によりヒーターに供給される電力を制御して保育器内の温度を制御するようにした保育器における温度調節装置、が記載されているものと認められる。
5 そこで、本件発明と第一引用例記載の発明とを比較すると、本件発明の(1)加熱器、(2)スイツチング素子、(3)温度設定手段、(4)温度検知手段、(5)温度設定回路、(6)交流電圧の半周期に較べて充分大きい時間巾を有するランプ信号、(7)(e)のオン・オフ検知回路は、それぞれ第一引用例記載の発明の(1)負荷、(2)トライアツク、(3)可変抵抗器、(4)サーミスタ、(5)ブリツジ回路、(6)一定低周波鋸歯状波電圧、(7)eのオン・オフ検知回路に相当するものであるので、
両者は、
「対象物を加熱するための加熱器を具備し、この加熱器に供給される電力を制御して対象物の温度を制御するようにした温度制御装置において、
(a) 前記加熱器と、この加熱器に対して直列に接続されているスイツチング素子とをそれぞれ具備し、所定の交流電圧を供給される直列回路、
(b) その制御端子に制御信号が供給されている間は少なくともオン状態でかつこの制御信号の供給が絶たれると少なくとも前記交流電圧の次のゼロ電位迄にはオフ状態となる前記スイツチング素子、
(c) 対象物の所定部分の温度を設定する設定手段と、前記温度を検知する検知手段とをそれぞれ具備し、前記設定温度と前記検知温度との差に応じたレベルの出力信号を発生する温度設定回路、
(d) 前記交流電圧の半周期に較べて充分大きい所定の時間巾を有するランプ信号を周期的に発生するランプ信号発生回路、
(e) 前記温度設定回路からの出力信号と前記ランプ信号とをレベル比較して前記温度差に比例した時間巾を有する出力信号を発生するオン・オフ検知回路、
をそれぞれ具備し、前記オン・オフ検知回路からの前記出力信号を前記制御信号として前記スイツチング素子の前記制御端子に供給し、この制御信号の前記時間巾にほぼ対応した加熱器への供給電力を得るようにしたことを特徴とする温度制御装置」である点で一致し、
本件発明は、その対象物が保育器であり、温度検知手段を保育器内に備えているのに対し、第一引用例記載の発明は、その対象物及び温度検知手段の設置場所についての明示がない点で相違しているものと認められる。
そこで、右相違点について検討する。
第二引用例には、温度制御装置を保育器に用いる点、及び温度検知手段を保育器内に設ける点がそれぞれ記載されているから、第一引用例記載の発明の温度制御装置を保育器の温度制御装置に用いて本件発明の構成を得ることは当業者が格別困難なくなし得ることと認められる。
また、前記一致点認定において説示したように、本件発明の温度制御回路と第一引用例記載の発明の温度制御回路とは、実質的な差異は認められないので、本件明細書に記載された<1>「回路構成が簡単であり、また制御信号の時間巾と加熱器への供給電力とがほヾ比例するために簡単な操作で高精度の温度制御を行うことが出来る」という効果も第一引用例記載の発明が本来有するものと認められる。更に、前説示のように、両者はその温度制御回路の回路構成に差異がなく、第一引用例記載の発明は本件発明と同様にサーモスタツトによつて加熱器の電源を断続するオン・オフ制御や、感温素子によつて温度を検知して制御信号となし、この制御信号をサイリスタのゲートに加えて位相制御を行い、これによつて加熱器の電力量を比例的に制御するサイリスタによる比例制御によるものではないから、第一引用例記載の発明も、アーク雑音、高周波雑音等を発生して他の電気装置に悪影響を及ぼす恐れが極めて少ないという効果を有するものと認められ、本件明細書に記載の<2>「アーク雑音、高周波雑音等を発生して他の監視装置に悪影響を及ぼす恐れが極めて少ない」という効果における監視装置は前記の第一引用例記載の発明の効果における電気装置の一種に過ぎないものであるから、本件発明における前記<2>の効果も第一引用例記載の発明が本来有する効果であると認められる。
結局、本件明細書に記載された前記効果<1>、<2>はいずれも第一引用例記載の発明が本来有するものに過ぎず、特に第一引用例記載の発明の温度制御装置を保育器の温度制御装置に用いたことにより発生する格別なものとは認められない。
6 以上のとおり、本件発明は第一引用例及び第二引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法二九条二項の規定に違反して特許されたものであり、本件特許は同法一二三条一項一号の規定に該当するものである。
四 審決の取消事由
審決の本件発明の要旨及び第二引用例の記載事項の認定並びに本件発明と第一引用例記載の発明とに審決認定の相違点があることは認めるが、審決は、第一引用例記載の発明の技術内容の認定を誤ることにより、本件発明と第一引用例記載の発明との一致点の認定を誤るとともに本件発明の奏する作用効果の顕著性を看過し、もつて本件発明の進歩性を誤つて否定したもので、違法であるから取消しを免れない。
1 取消事由(一)-一致点認定の誤り
審決は、第一引用例記載の発明は「b その制御端子に制御信号が供給されている間はオン状態でかつこの制御信号の供給が絶たれると次のゼロ電位にオフ状態となる前記トライアツクQ6を具備し」ていると認定し、もつて本件発明と第一引用例記載の発明とは「(b) その制御端子に制御信号が供給されている間は少なくともオン状態でかつこの制御信号の供給が絶たれると少なくとも前記交流電圧の次のゼロ電位迄にはオフ状態となる前記スイツチング素子」を有する点で一致する旨認定している。しかし、第一引用例記載の発明に審決がbとして認定した技術事項はなく、したがつて、右一致点の認定は誤りである。
第一引用例の第八・九図から明らかなように、トライアツクQ6がオン状態となるためには、SCR1がターンオフされていなければならない(別紙参考図のt1の時点)。しかし、同図に示された回路はゼロ電圧スイツチングであるため、この時点ではQ6は直ちにオン状態とはならず、電源電圧の正の半サイクルの始めのゼロ電位(t2の時点)に同期して、コンデンサC1で充電された電荷が、R2、CR1、CR3を通つて放電され、Q6がオン状態になる。また、Q6がオフ状態となるためには、SCR1がターンオンしていなければならない(別紙参考図のt5の時点)が、それが正の半サイクルのときに生じた場合は、負荷に流れる電流は、同時にCR4、R3を通してコンデンサC2を充電するため、この充電された電荷は、負の半サイクルの始めのゼロ電位に同期して、R3、CR3を通つて放電され、これによつてQ6がオン状態となるので、制御信号が絶たれてから次のゼロ電位の時点であるt6の時点ではオフ状態とはならず、これがオフ状態となるのはt5の時点から次の次のゼロ電位の時点(t7の時点)である。
即ち、第一引用例記載の発明の回路においては、審決がbとして認定したようなトライアツクQ6のオン、オフの機能にはなつていないものである。
これに対し、被告らは、トライアツクはそもそも制御端子(ゲート端子)に制御信号が供給されている間はオン状態であり、制御信号の供給が絶たれると次のゼロ電位にオフ状態となるものであり、そうでないトライアツクは存在しない旨主張する。
しかし、トライアツクが制御信号の供給が絶たれると交流電圧の次のゼロ電位にオフ状態になるかあるいは次の次のゼロ電位にオフ状態となるかどうかは、制御端子に制御信号を供給する、いわゆるトライアツクの制御回路(トリガ回路)によつて定まるものであり、同じトライアツクだからといつて当然に現実に働くオン・オフの時点が同一になるものではなく、被告らの右主張は失当である。
本件発明は、本件発明の構成要件(b)の機能を有するスイツチング素子を用いるからこそ、保育器についての精密な温度制御が可能となるものであり、第一引用例記載の発明のトライアツクQ6ではこれは不可能である。
よつて、審決の右一致点認定は誤りである。
2 取消事由(二)-一致点認定の誤り
審決は、第一引用例記載の発明は「e 前記ブリツジ回路からの差電圧信号を鋸歯状波電圧発生回路のQ3のエミツタに与え、それによる第八・一〇図のような鋸歯状波のオン・オフを検知する回路を具備し」ており、したがつて、本件発明と第一引用例記載の発明とは「(e) 前記温度設定回路からの出力信号と前記ランプ信号とをレベル比較して前記温度差に比例した時間巾を有する出力信号を発生するオン・オフ検知回路」を具備する点で一致すると認定しているが、引用例には審決認定のeの回路は記載されておらず、したがつて右一致点認定は誤りである。
第一引用例記載の発明の回路(第八・九図)において、審決がdとして認定しているように、鋸歯状波電圧を発生する回路は(そのQ3がQ5の誤記として)Q5、C5、R15からなるものであり、Q3は鋸歯状波電圧発生回路には含まれないものであり、第一引用例記載の発明の回路には「鋸歯状波電圧発生回路のQ3」なるものはない。
更に、第一引用例に「差電圧はQ1のベースにあらわれ、それはQ2によつて増幅される。そしてこれはQ3のエミツタDCにバイアスレベルとなつてあらわれる(「Q3のエミツタにDCバイアスレベルとなつてあらわれる」の誤り。)」と記載されているとおり、差電圧は、Q3のエミツタに現れるだけで、Q3に与えられるものではない。
したがつて、審決が第一引用例記載の発明の回路は、前記eの回路を具備していると認定したことは誤りであり、したがつて、また、審決の一致点(e)の認定は誤りである。
3 取消事由(三)-本件発明の奏する作用効果の顕著性の看過
審決は、本件発明と第一引用例記載の発明の温度制御装置の構成に差異がないことを前提として、本件明細書に記載された<1>「回路構成が簡単であり、また制御信号の時間巾と加熱器への供給電力とがほぼ比例するために簡単な操作で高精度の温度制御を行うことができる」という作用効果(以下「<1>の作用効果」という。)及び<2>「アーク雑音、高周波雑音等を発生して他の監視装置に悪影響を及ぼす恐れがきわめて少ない」という作用効果(以下「<2>の作用効果」という。)は、第一引用例記載の発明が本来有するものにすぎないとし、第一引用例記載の発明の温度制御装置を保育器の温度制御装置に用いたことにより発生する格別なものとは認められないと判断しているが、これは誤りである。
そもそも、取消事由(一)、(二)において主張したとおり、本件発明と第一引用例記載の発明の温度制御装置とはその構成において相違しているものである。したがつて、その構成に差異がないことを前提にした右判断はそれだけで誤りである。
また、第一引用例にはその発明についての作用効果の記載はない。第一引用例には、回路図とともに、せいぜいその回路が「ゼロ電圧または同期スイツチ、交流ラツチングおよび比例制御」または「可変利得比例制御」の動作を行うらしい回路の目的ないし作用を示唆する記載があるにすぎない。当業者であれば、回路構成を見てその回路が潜在的に有している作用効果の存在を理解できるとして右認定をしたのであれば、極めて強引、独断的にすぎ、理由になつていない。
更に、審決は、第一引用例記載の発明も本件発明と同様に「サーモスタツトによつて加熱器の電源を断続するオン・オフ制御や、感温素子によつて温度を検知して制御信号となし、この制御信号をサイリスタのゲートに加えて位相制御を行い、これによつて加熱器の電力量を比例的に制御するサイリスタによる比例制御によるものではない」ことを理由に、第一引用例記載の発明も<2>の作用効果を奏する旨判断している。
しかし、本件発明も第一引用例記載の発明も比例制御を原理とするものであり、「比例制御によるものでない」とした審決の認定は誤りである。そして、両者は比例制御という基本形態は同じであるが、第一引用例記載の発明は本件発明のように制御する信号形態を多彩複雑な機能と作用をもたらしめることができないから、両者の間にはそれによつて生じる作用効果に歴然とした差異がある。また、比例制御でないと、どうして第一引用例記載の発明が<2>の作用効果を有することになるのかも不明であつて、審決の判断は非論理的で飛躍しすぎている。
さらに、審決は、「<2>の作用効果における監視装置は第一引用例記載の発明の効果における電気装置の一種にすぎないものであるから、<2>の作用効果は第一引用例記載の発明が本来有する効果である」と判断している。
しかし、第一引用例には電気装置についての記載はなく、仮にその記載があつたとしても、それが監視装置とどう結び付いて審決のような判断になるのか明らかでなく、審決の右判断は誤りである。
右のとおり、審決は、およそ根拠のない理由をもつて本件発明の奏する作用効果の顕著性を否定し、もつて本件発明の進歩性を否定したものであり、誤りである。
第三 請求の原因に対する認否及び被告らの主張
一 請求の原因一ないし三は認める。
二 同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
1 取消事由(一)について
第一引用例記載の発明の回路中にはトライアツクQ6が記載され、製品として「GE SC 45-10AMP」及び「GE SC 405D-6AMP」が記載されている。
乙第三号証の一、二はGE社の商品カタログであるが、前記トライアツクは新型番号「SC240D」、「SC245D」にそれぞれ該当し、その特性が乙第三号証の二の一三九四頁の特性図に表されている。これによれば、その特性は乙第四号証の二に記載された一般のトライアツクの静特性と同一のものであり、また、その特性を有しないトライアツクは存在しないものである。
したがつて、第一引用例記載の発明のトライアツクQ6は、その制御端子(ゲート端子)に制御信号としての電圧が印加されているときは(即ち、制御信号が供給されているときは)、その間オン状態であり、この制御信号の供給が絶たれると交流電圧の次のゼロ電位にオフ状態となるものである。
したがつて、審決の第一引用例記載の発明がbの構成を具備しているとの認定に誤りはなく、また、一致点(b)の認定に誤りはない。
2 取消事由(二)について
審決が第一引用例記載の発明の回路について、「e 前記ブリツジ回路からの差電圧信号を鋸歯状波電圧発生回路のQ3のエミツタに与え」ると認定しているが、その「鋸歯状波電圧発生回路」は「オン・オフ検知回路」の誤記であること明らかである。
第一引用例によれば、その回路は、設定温度と検知温度との差電圧信号はトランジスタQ3のエミツタにDCバイアスレベルとして現れ、これと一定低周波鋸歯状波電圧がレベル比較されて、一定低周波鋸歯状波電圧がDCバイアスレベルを上回ると、Q3、Q4及びSCR2が導通(ターンオン)し、SCR1はターンオフし、その結果トライアツクQ6の制御端子(ゲート端子)にゲート電圧が印加され、一定低周波鋸歯状波電圧がDCバイアスレベルを下回ると、Q3、Q4及びSCR2が非導通(ターンオフ)となり、SCR1はターンオンし、その結果トライアツクQ6の制御端子(ゲート端子)にゲート電圧が印加されなくなるように構成されているのである。
したがつて、Q3は鋸歯状波電圧発生回路ではなく、オン・オフ検知回路に含まれるものであることは明らかであり、審決の前記認定の「鋸歯状波電圧発生回路」は「オン・オフ検知回路」の誤記であると認められるべきものである。
そして、右のことから、第一引用例記載の発明は第八・一〇図のような鋸歯状波と設定温度との差に応じたレベルの出力信号とをレベル比較して、その温度差に比例した時間巾を有する出力信号を発生するオン・オフ検知回路を有していること明らかである。
3 取消事由(三)について
第一引用例記載の発明は審決認定のとおりの温度制御回路を有し、これは本件発明のものと構成が異ならないものである。
したがつて、第一引用例記載の発明の回路が<1>、<2>の作用効果を奏することは明らかである。
本件明細書に、従来技術の一つとして、「感温素子によつて温度を検知して制御信号となし、この制御信号をサイリスタのゲートに加えて位相制御を行い、これによつて加熱器の電力量を比例的に制御する比例制御」との記載がある。
一般に交流回路において各サイクルのうち素子に導通させる位相角を制御し、各サイクルの位相角に応じて電源をオン・オフするものを「位相制御」といい、交流電源半波よりも充分長い周期を分母に、加熱器等の負荷に供給される交流電源のオン時間を分子として、その値を温度差に比例した一定のものとして、負荷に供給される電力を温度差に比例的に制御するオン・オフ制御を「比例制御」という。
したがつて、本件明細書における前記従来技術の記載は、「位相制御」のことを「比例制御」と称したものであり、それは、本件発明が採用した右通常の意味の「比例制御」とは異なるものである。
そして、審決は、第一引用例記載の発明の温度制御装置は「位相制御」ではないということを表す趣旨で本件明細書の前記記載を引用したものである。
したがつて、審決の示した理由に原告が指摘するような矛盾はない。
なお、位相制御にあつては、交流電源の各周期ごとに急激な電圧の立ち上がりが生じ、その立ち上がりごとにアーク雑音が発生する。しかし、第一引用例記載の発明の回路において、交流電源は、鋸歯状波電圧の周期(交流電源の周期より充分に大きい。)に応じて立ち上がるのであるが、この立ち上がりが交流電源のゼロ電圧時に生じるため、電圧の急激な立ち上がりはなく、アーク雑音が位相制御に比し殆ど生じないものである。
この点からも、第一引用例記載の発明の回路も<2>の作用効果を奏することは明らかであり、この温度制御回路を保育器に使用すれば、脳波計などの監視装置の測定値に影響を与える等の欠陥はないことは明らかである。
以上のことから、審決が本件発明の奏する作用効果が格別のものでないと判断したことに誤りはない。
第四 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。
一 成立に争いのない甲第二号証によれば、昭和五四年特許出願公告第一八八六九号公報(以下「本件公報」という。)には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のような記載があることを認めることができる。
1 本件発明は、保育器内の空気を加熱するための加熱器を具備し、この加熱器に供給する電力を制御して保育器内の温度を制御するようにした保育器における温度制御装置に関する。
従来、体力的に未成熟な低体重児に対して、外気を遮断した保育器内の環境で保護育成する方法がとられていた。この保育器は、所定の温度や湿度を維持するための種々の装置が台座内に内装されているが、保育器内の環境にとつて最も重要な保育器内の空気温度(以下「器内温」という。)を設定するための設定装置は加熱器及び器内温を平均化するための送風機と温度制御回路とからなつている。この温度制御は種々の方法によつて行われる。例えば、サーモスタツトによつて加熱機の電源を断続するオン・オフ制御と昭和四七年特許出願公告第三五三八二号公報に開示されているように、感温素子によつて温度を検知して制御信号となし、この制御信号をサイリスタのゲートに加えて位相制御を行い、これによつて加熱器の電力量を比例的に制御する比例制御とがあり、以下のとおりいずれも一長一短がある。
即ち、前述のサーモスタツトによるオン・オフ制御は回路構成が簡便であり、また生産コストも安価であるが、温度誤差が大きいので、保育器が使用される目的を考慮した場合適切な制御方法ではない。また、接点の断続時に発生するアーク雑音は他の監視装置、例えば脳波計の測定値に影響を与える等の欠陥を有するものである。
また、前述の比例制御は温度を検知して制御信号としているため、保育器内の温度変化について高速度で対応し、温度制御をすることができる。しかし、位相制御によつて器内温を制御する場合の欠点は、加熱器に供給される電力がサイリスタのオン期間に対して非直線的に変化し、オン期間が少し増減するのみで供給電力が急激に増減する場合とその逆の場合とがあるので、微密な温度変化についての正確な温度制御を行い難いものであつた。しかも、低体重児の体温を検出して器内温を制御する場合においては、非直線的な熱電力供給では、低体重児の要求熱量に正確に対応することができず、生理的に最良の器内環境を提供することができなかつた。その上、この位相制御に付随する欠陥は、サイリスタのオン・オフ時に発生する高周波雑音が交流電源に重畳し、また空中を伝播して他の監視装置に悪影響を及ぼすことである。
本件発明は、前述のような欠陥を是正すべく発明されたもので、簡単な回路構成でもつて操作の簡単なかつ高精度な温度制御を行うことができ、しかも他の監視装置への悪影響の極めて少ない保育器に最適な温度制御装置を提供することを技術的課題(目的)とする(二欄一〇行ないし三欄二八行)。
2 本件発明は、前項記載の技術的課題(目的)を解決するためにその要旨とする構成(特許請求の範囲記載)を採用した(一欄一六行ないし二欄八行)。
3 本件発明は、前項記載の構成を採用したので、回路構成が簡単であり、また制御信号の時間巾と加熱器への供給電力とがほぼ比例するために簡単な操作で高精度の温度制御を行うことができ、しかもアーク雑音、高周波雑音等を発生して他の監視装置に悪影響を及ぼすおそれが極めて少なく、したがつて、保育器に最適な温度制御装置を提供することができる(一〇欄一〇行ないし一六行)。
二 取消事由(一)について
原告は、第一引用例記載の発明のトライアツクQ6は、そのオン・オフ動作が本件発明のスイツチング素子より半サイクル遅れる場合があるとして、審決が第一引用例記載の発明は「b その制御端子に制御信号が供給されている間はオン状態でかつこの制御信号の供給が絶たれると次のゼロ電位にオフ状態となる前記トライアツクQ6を具備し」ていると認定したことの誤り、したがつてまた、本件発明と第一引用例記載の発明とは「(b) その制御端子に制御信号が供給されている間は少なくともオン状態でかつこの制御信号の供給が絶たれると少なくとも前記交流電圧の次のゼロ電位迄にはオフ状態となる前記スイツチング素子」を有する点で一致すると認定したことの誤りをいう。
本件発明の構成要件(b)は「その制御端子に制御信号が供給されている間は少なくともオン状態でかつこの制御信号の供給が絶たれると少なくとも前記交流電圧の次のゼロ電位迄にはオフ状態となる前記スイツチング素子」と記載されている。即ち、その「制御信号」とは、スイツチング素子の制御端子に供給され、スイツチング素子のオン、オフを制御するものであり、スイツチング素子の特性上、これを作動させるために必然的に備わるべき信号である。
本件発明の要旨によれば、オン・オフ制御回路(構成要件(e))からの出力信号をこの制御信号とするとされているが、これは本件発明の回路において制御信号を発生させる仕組みを規定したものであり、オン・オフ制御回路の出力信号と、スイツチング素子の制御端子に供給される制御信号とは概念上は別のものである。即ち、制御信号とはスイツチング素子のオン・オフ動作を制御する信号であるのに対し、オン・オフ制御回路からの出力信号は、温度設定回路からの出力信号とランプ信号とをレベル比較して設定温度と検知温度との温度差に比例した時間巾を有する出力信号であり、本件発明では、その出力信号を制御信号として利用するとしているものである。
したがつて、本件発明の構成要件(b)は、本件発明において用いるスイツチング素子の一般的な特性を規定したものと認めることができる。
一方、審決は、第一引用例記載の発明は「b その制御端子に制御信号が供給されている間はオン状態でかつこの制御信号の供給が絶たれると次のゼロ電位にオフ状態となる上記トライアツクQ6を具備し」ていると認定している。
そこでいう「制御信号」とは、トライアツクの制御端子に供給されて、トライアツクのオン・オフ動作を制御するもの、即ちトリガ信号(ゲート電圧)を意味するものであることは疑いない。
トライアツクがそのゲート(制御端子)にゲート電圧(制御信号)が供給されている間は電流が流れ、即ちオン状態となり、ゲート電圧が絶たれると次の交流電圧のゼロ電位において電流を止める、即ちオフ状態となるものであることは技術常識であり、また、このこと自体は当事者間に争いがない。
そうだとすると、審決が第一引用例記載の発明の回路が具備していると認定したbの事項は、トライアツクQ6のスイツチング特性を記述したものにすぎず、そのこと自体に誤りはないものである。
そうだとすれば、本件発明のスイツチング素子の特性を規定した(b)と第一引用例記載の発明のスイツチング素子であるトライアツクQ6の特性を規定したbとは同じ技術内容をいい表したものであるということができる。したがつて、審決が本件発明と第一引用例記載の発明とが審決認定の(b)の構成を有する点で一致すると認定したことに誤りはない。
もつとも、本件発明の(b)及び第一引用例記載の発明のbが共にその用いるスイツチング素子自体の特性を規定したものであり、その点で一致するとしても、本件発明と第一引用例記載の発明の各温度制御回路のもとにおいて、そのスイツチング素子が同一のオン・オフ動作をするか否かは別問題である。
本件発明の要旨とする構成要件(b)をスイツチング素子の制御回路の機能という点からみると、本件発明はオン・オフ制御回路の出力信号を制御信号としているため、結局、スイツチング素子の動作は、オン・オフ制御回路の出力信号がオンのときは、オン状態で、オン・オフ制御回路の出力がオフとなると、交流電圧の次のゼロ電位迄においてオフ状態となるべきものである。
一方、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、「サーミスタは温度に応じて抵抗値が変化するので、差電圧はQ1のベースにあらわれ、それはQ2によつて増幅される。そしてこれはQ3のエミツタDCにパイアスレベルとなつてあらわれる(「Q3のエミツタにDCバイアスレベルとなつてあらわれる」の誤りである。)。ユニジヤンクシヨン(Q5)、C5およびR15は一定低周波鋸歯状波電圧をQ5のエミツタに与え、そののこぎり波の振幅の上限はQ5のトリガ電圧によつて固定される。Q5がトリガするとコンデンサC5は急速に放電し、ダイオードCR8はC5の電圧に応じて電流を流してQ3をターンオフした状態に保ち、順次にQ4およびSCR2がターンオフする。したがつて、SCR1が導通し、そしてトライアツクのゲート電圧は取り除かれるため負荷には電圧が加わらなぐなる。C5の電位がQ5のコレクタ電位(「Q2のコレクタ電位」の誤りである。)に近い値まで達するとQ3、Q4およびSCR2は導通し、SCR1はターンオフし、負荷に電圧が加わる。このようにしてQ2のコレクタに加わるバイアス電圧にはQ3のターンオン周期とは別の周期が与えられ、この周期はサーミスタの抵抗値によつて制御される。第八・一〇図は負荷のデユーテイサイクルを示している。トライアツクとSCR1のラツチング動作は常にゼロ電圧においてスイツチするようになつている。」(一五七頁第八・九図下四行ないし一五八頁三行)と記載されていることが認められる。
第一引用例の右記載事項及び第八・九図からすると、第一引用例記載の発明の回路は、ゼロ電圧スイツチングを採用しているため、電源電圧の立ち上がり(ゼロ電位)の時点でのみトライアツクのゲートにゲート電圧が印加されるようになつていて、Q3の出力が交流の正のサイクルでオンとなつた場合、次の電源電圧の立ち上がりまでの最大ほぼ一サイクル、最小ほぼ半サイクルの遅れをもつてトライアツクQ6がオン状態となり、Q3の出力が交流の負のサイクルでオンとなつた場合、次の電源電圧の立ち上がりまでの最大ほぼ半サイクルの遅れをもつてトライアツクQ6がオン状態となり、また、Q3の出力が交流の負のサイクルでオフとなつたときは、次のゼロ電位までの最大ほぼ半サイクルの遅れをもつてトライアツクQ6はオフ状態となるが(したがつて、この点は本件発明と変わらない。)、Q3の出力が交流の正のサイクルでオフとなつたときは、トライアツクQ6は次のゼロ電位ではオフ状態とはならず、最大ほぼ一サイクルの遅れをもつて電源電圧の立ち上がりのとき、即ち次の次のゼロ電位でトライアツクQ6がオフ状態になるものと認めることができる。
したがつて、本件発明と第一引用例記載の発明のスイツチング素子の一般的特性に差異はなくても、具体的な温度制御回路におけるオン・オフ動作には差異が生ずる。
原告は、このことから、前記のとおり、本件発明と第一引用例記載の発明とでは、スイツチング素子がオン・オフとなる時点に相違がある旨主張し、これを一致点認定の誤りとして主張したのである。しかし、前記のとおり、本件発明の構成要件(b)及び第一引用例の記載事項bはともにスイツチング素子の一般的特性を規定したものにすぎず、その認定自体には誤りがないとすると、原告の主張の真意は、具体的回路構成のもとにおけるスイツチング素子のオン・オフ動作の相違を、本件発明と第一引用例記載の発明の相違点の看過として主張するものと善解できなくはない。
しかし、第一引用例記載の発明は、本件発明のトリガ回路のように、単に負荷に電流を供給すべき時間巾を指示する信号(オン・オフ検知回路出力信号)とトリガ信号とを同期させたままにしては、交流電源のゼロ電位以外のときにスイツチング素子をオンとする場合、電圧の急激な立ち上がりが生じて高周波雑音を生じ、他の計器類に悪影響を及ぼすことから、ゼロ電位に限つてスイツチング素子がオンとなるようなトリガ回路を採用したものであることは、第一引用例を見る当業者にとつては自明のことである。
すなわち、第一引用例記載の発明の回路は、本件発明のトリガ回路にゼロ電圧スイツチングのための回路を付加したものであり、これによつて、高周波雑音を防止するという優れた作用効果を奏するものである。
原告は、第一引用例記載の発明のスイツチング素子のオン・オフ動作が本件発明のそれより遅れることをもつて、第一引用例記載の発明の回路をもつてしては正確な温度制御が不可能であるかのごとき主張をするが、そのオン・オフ動作の遅れ(オンは最大ほぼ一サイクル、最小ほぼ半サイクル、オフは最大ほぼ半サイクル、最小ゼロ)によつて、保育器の温度制御装置として作用効果に意味ある違いがあるとは到底思えない。本件発明においても、「制御信号の時間巾にほぼ対応した加熱器への供給電力を得るようにした」構成のものであることを要旨としており、完全な対応は必要とされていない。
したがつて、本件発明の回路と第一引用例記載の発明の回路とは、同一の特性を有するスイツチング素子を用いる回路である点で一致しており、第一引用例記載の発明の回路は、高周波雑音の発生を防止する目的で、ゼロ電圧スイツチングの回路を付加したため、スイツチング素子のオン、オフ動作が幾分遅れる場合があるというにすぎず、この回路を付加するかどうかは、その装置の使用目的に応じて当業者が適宜考慮できる単なる設計事項にすぎないから、この点をもつて本件発明の進歩性を肯定する根拠とすることはできない。
したがつて、審決がこの点を特に摘示して判断を加えなかつたことは何ら審決の判断を誤りとするものではないというべきである。
以上のとおりであり、第一引用例記載の発明の回路に審決がbとして認定した技術事項はないことを前提として取消事由(一)として主張した原告の主張は理由がない。
三 取消事由(二)について
原告は、第一引用例記載の発明の回路にeのオン・オフ検知回路が具備されているとした審決の認定の誤り、もつて本件発明と第一引用例記載の発明の回路が(e)の点で一致すると認定した一致点認定の誤りを主張する。
前認定の第一引用例の記載事項からすると、第一引用例記載の発明の回路においては、可変抵抗器R23とサーミスタTとの温度差に対応する差電圧信号はQ1のベースに生じ、Q2によつて増幅されてQ3のエミツタにDCバイアスレベルとなつて現れ、一方ユニジヤンクシヨンQ5、C5、R15は鋸歯状波電圧をQ5のエミツタに与え、C5の電位がDCバイアスレベルとして現れているQ2のコレクタ電位を超える時点でQ3が導通し、C5の電位がQ5のトリガ電位に達して放電し、鋸歯状波電圧がゼロになる(即ち前記DCバイアスレベル以下となる。)となるとQ3はオフとなるものと認められる。
これによると、第一引用例の第八・一〇図(鋸歯状波電圧がバイアスレベルを超える部分をON、鋸歯状波電圧がバイアスレベルより低い部分をOFFとして描き、バイアスレベルはサーミスタの制御とともに上下に動くことが表されている。)にも示されているように、差電圧が大きくなるとDCバイアスレベルは下がり、Q3の導通期間は長くなり、差電圧が小さぐなるとDCバイアスレベルは上がり、Q3の導通期間は短くなる。このようにして、Q3は、差電圧、即ち設定温度と検知温度との温度差に比例した時間巾のオン信号を発生するものであることは明らかである。
これによれば、審決が第一引用例の記載事項eとして認定した「前記ブリツジ回路からの差電圧信号を鋸歯状波電圧発生回路のQ3のエミツタに与え」のうち、「鋸歯状波電圧発生回路のQ3」は「鋸歯状波電圧のオン・オフを検知する回路のQ3」の誤りであること明らかである(トランジスタQ3の機能の認定に誤りがない以上、右誤りは何ら審決の判断に影響するものではない。)。
そして、右認定の技術事項は、本件発明の構成要件(e)の技術事項と同一であることは明らかであるから、審決が本件発明と第一引用例記載の発明は(e)として認定した構成要件を具備する点で一致すると認定したことに誤りはない。
なお、原告は、審決の取消事由を整理し、その主張を明確にした準備書面(平成四年四月二一日付第六準備書面)中で、仮に第一引用例に審決認定の各構成が記載されているとしても、それは、本件発明のように「前記オン・オフ検知回路からの前記出力信号を制御信号とする」ものではないし、また、「その制御信号を前記スイツチング素子の前記制御端子に供給し、この制御信号の前記時間巾にほぼ対応した加熱器への供給電力を得るようにした」ものではない旨主張する(同準備書面一四頁ないし一五頁)が、その具体的理由は、前記取消事由(一)及び(二)で主張していることに尽きるから、その主張を採用できないことは既に述べたところから明らかである。
四 取消事由(三)について
次に、原告は、審決が第一引用例記載の発明の回路は本件明細書に本件発明の回路が有するとして記載された作用効果と同一の作用効果を有すると判断したことの誤りをいう。
しかし、本件発明と第一引用例記載の発明の回路とが審決が一致点として認定したところにおいて一致することは前述のとおりであり、また、第一引用例記載の発明は、電気雑音の量を最小に抑制できるゼロ電圧スイツチングの回路を付加したものであるから(回路構成の簡易化及び温度制御の高精度化は、比例制御本来の効果であり、この回路を付加したからといつて本件明細書に記載されたところの「回路構成が簡単」でなくなるものではない。)、第一引用例記載の発明も<1>、<2>の作用効果を奏するものであることは明白である。
原告は、第一引用例には作用効果の記載がないことを指摘するが、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、「第八・九図は負荷に全波の電力を供給するより精密な比例制御回路を示したものである。」(一五六頁末行)と記載されていることが認められ、第一引用例記載の発明が、トライアツクを用いて温度の比例制御を行う回路であることは明らかであり、<1>、<2>の作用効果を奏するものであることは当業者にとつて自明のことである。
なお、審決は、<2>の作用効果を認定する前提として、第一引用例記載の発明の回路は、「サーモスタツトによつて加熱器の電源を断続するオン・オフ制御や、感温素子によつて温度を検知して制御信号となし、この制御信号をサイリスタのゲートに加え位相制御を行い、これによつて加熱器の電力量を比例的に制御するサイリスタによる比例制御によるものではない」と認定している。
前掲甲第二号証によれば、本件明細書には、欠陥のある従来技術として、「この温度制御は種々の方法によつて行われる。例えば、(略)感温素子によつて温度を検知して制御信号となし、この制御信号をサイリスタのゲートに加えて位相制御を行い、これによつて、加熱器の電力量を比例的に制御する比例制御とがあり、(略)上述の比例制御は温度を検知して制御信号としているため、保育器内の温度変化について高速度で対応し、温共制御(「温度制御」の誤記)をなすことが出来る。(略)その上この位相制御に付随する欠陥は、サイリスタのオン・オフ時に発生する高周波雑音が交流電源に重畳し、また空中を伝播して他の監視装置に悪影響を及ぼすことである。」(二欄二六行ないし三欄二二行)と記載されていることが認められ、審決の右説示は、この記載を引用したものであること明らかである。
本件明細書に用いられ、審決が倣つたその「サイリスタの位相制御による比例制御」という用語例が正しいものか否かはさておき、審決の趣旨は、第一引用例記載の発明の回路は、本件発明の回路と同じく、本件明細書が高周波雑音等の欠陥のある従来技術として掲げている温度制御方法ではないので、本件発明と同じく、アーク雑音等が発生して他の監視装置に悪影響を及ぼす恐れが極めて少ないと説示しているものであることは明らかである。
また、原告は、審決が「<2>の作用効果における監視装置は第一引用例記載の発明の効果における電気装置の一種にすぎないものであるから、<2>の作用効果は第一引用例記載の発明が本来有する効果である」と判断している点について、第一引用例には電気装置についての記載はなく、仮にその記載があつたとしても、それが監視装置とどう結び付いて審決のような判断になるのか明らかでない旨主張するが、第一引用例記載の発明が温度制御装置である以上、この装置を利用する温度制御システムにおいて、必要に応じて監視装置等種々の電気装置を備えることは当然のことであつて、比例制御による<2>の作用効果は、第一引用例記載の温度制御装置に付属する種々の電気装置に対して作用するものであり、審決の前記判断はこのことを述べたものと理解できるから、審決に原告主張の誤りはない。
したがつて、審決の右判断に矛盾や誤りはなく、原告の取消事由(三)の主張は理由がない。
五 本件発明の進歩性について
以上のとおり、原告の取消事由(一)ないし(三)の主張は理由がない。
第一引用例記載の発明の回路は、これを用いる温度制御の対象については記載していないが、当然、温度制御を必要とする全ての場面において利用できることを前提としていることは当業者にとつて明らかである。
そして、第二引用例に審決認定の事項が記載されていることは当事者間に争いがなく、第二引用例には、シリコン制御整流素子をスイツチング素子とする温度制御装置を保育器に用いる点及び温度検知手段を保育器内に設ける点が開示されているのであるから、保育器の温度制御装置に第一引用例記載の発明の回路の温度制御装置を用いることを想到することは当業者にとつて格別困難なくなし得るものであることに疑問の余地はない。
したがつて、審決が本件発明と第一引用例記載の発明の相違点について、第一引用例記載の発明の温度制御装置を保育器の温度制御装置に用いて本件発明の構成を得ることは当業者が格別困難なくなし得たことと認めると判断し、また、本件明細書に記載された<1>、<2>の作用効果はいずれも第一引用例記載の発明の回路が本来有しているものに過ぎず、特にこの温度制御装置を保育器の温度制御装置に用いたことにより発生する格別のものとは認められないと判断し、本件発明の進歩性を否定したことは正当であり、その判断に誤りはない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙図面一
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別紙図面二
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別紙参考図
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