東京高等裁判所 平成2年(行ケ)199号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯及び特許を受ける権利の承継、本願発明の特許請求の範囲の記載並びに審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。
二 取消事由についての判断
1 本願発明の特許請求の範囲の記載が請求の原因二記載のとおりであることは当事者間に争いがないところ、右の特許請求の範囲における「ヘテロ接合として作用する」との記載の意義については争いがあり、参加人は、本願発明のヘテロ接合半導体装置の製法における「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」は電気的接合面及びその両側の空乏層からなる電気的接合を構成するところであり、本願発明は、pn接合、pi接合、ni接合、nn接合及びpp接合等の電気的接合(これを以下「pn接合等を代表とする電気的接合」と表現することもある。)をエネルギバンドギヤツプの連続的変化領域(炭素が化学量論的に連続的に変化していることによつて、エネルギバンドギヤツプが連続的に変化している領域)に必ず形成されることとした構成のものと理解されるべきである旨主張するので、まず、この点について検討することとする。
(一) 前記争いのない特許請求の範囲には、参加人のいう電気的接合が連続的変化領域に形成されることについては何らの記載もない。参加人は、この点を認めたうえで、本願発明は右の電気的接合が連続的変化領域に形成されることとした構成のものと理解され得るとして次のような理由を主張するので、逐一検討する。
<1> 炭化珪素でなる非単結晶半導体領域と珪素でなる非単結晶半導体領域の間には、これらの半導体の電気的属性の相違に基づくエネルギバンドギヤツプの大きな差異があるので、このような半導体領域を接合したとき、その間の遷移領域であるところの「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」では、エネルギバンドギヤツプが大きく変化し、エネルギバンドギヤツプの変化の勾配の最も大きい部分が必ず形成されることは明らかである。そして、この部分にキヤリアの電子とホールを分離する空乏層が生じるから、この空乏層を包含する電気的接合が「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」に必ず形成されるといえること
しかしながら、成立に争いの甲第二号証の一(昭和五七年九月六日付手続補正書添付の図面)及び同号証の二(昭和六二年八月一日付手続補正書による明細書)によつて、本願明細書の内容を精査してみても、炭化珪素でなる非単結晶半導体領域と珪素でなる非単結晶半導体領域を接合したときに「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」において、エネルギバンドギヤツプの変化の勾配の最も大きい部分が必ず形成されること及びその部分に参加人のいう電気的接合が必ず形成されることについては、何らの記載もなく、他に右の事項を根拠づける証拠資料も見いだせない。そもそも、pn接合、pi接合、ni接合などの参加人のいう電気的接合においては、例えば、pn接合についていえば、一般に一方の半導体領域にp型の不純物を、他方の半導体領域にn型の不純物が導入され、これらの半導体領域が接合されて始めて、その接合部にpn接合ができるものであるが、本願発明の特許請求の範囲には、炭化珪素でなる非単結晶半導体領域にp型不純物またはn型不純物が添加されてp型半導体またはn型半導体となつていることが記載されているとともに、その炭化珪素でなる非単結晶半導体領域にエネルギバンドギヤツプが連続的に変化して「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」が形成されると規定されているのであるから、該「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」は、p型またはn型の不純物を有する領域、すなわち、p型またはn型の二者択一の導電型を有するものであつて、その部分がp型導電型の半導体領域とn型導電型の半導体領域とを併せもつものとは解されない。右の「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」内には、p型半導体領域とn型半導体領域とが併存しているとは解されない以上、そこにpn接合が生じることはないというべきである。そのことは、pi接合やni接合にしても同様である。
更に、参加人の主張する電気的接合のうち、同一導電型の接合についてみるに、「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」においてその不純物濃度に差がある場合、例えばn+n-接合またはp+p-接合の場合はpn接合についてはさきに述べたことと同様に、一般に半導体領域内に不純物の濃度差をもたせることが必要であるところ、本願発明の特許請求の範囲には、そこに不純物の濃度差をもたせることについては何らの記載もなく、そのようにすべき必然性を特許請求の範囲に規定された他の構成からも見いだすこともできない。したがつて、「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」にn+n-接合またはp+p-接合が生じるとみることもできない。また、「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」においてエネルギバンドギヤツプの急激な変化がある場合には、不純物の活性度が異なる場合もあり得るが、それが接合といえるには、エネルギバンドギヤツプの急激な変化が必要であるところ、本願発明の特許請求の範囲には、エネルギバンドギヤツプが「連続的に変化している」と記載されているのみで、その変化が急激であることや変化の割合に差があることは何ら記載されていないし、本願明細書及び図面をみても、右の事項は明示されていない。したがつて、「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」において必ずn―n接合やp―p接合が生じるものともいえない。
右の検討からしても、右<1>の事項が、「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」に参加人のいう電気的接合が必ず形成されることが本願発明の特徴的構成であるとする参加人の主張の根拠とはなり得ないというべきである。
<2> 本願発明の特許請求の範囲にエネルギバンドギヤツプが連続的に変化している非単結晶半導体領域がヘテロ接合として「作用する」と記載され、「作用」という語句が用いられていること
本願発明の特許請求の範囲における「ヘテロ接合」の語が、単に異なる半導体同志の接触状態そのものをいうものでないとしても、それだからといつて、右特許請求の範囲の「ヘテロ接合」の語が直ちに参加人のいう電気的接合を意味することにはならない。すなわち、「ヘテロ接合として作用する」との記載における「作用」の語句は、異なる半導体材料の接合によるエネルギバンドギヤツプの変化に基づくある電気的作用ないし電気光学的作用を示すものとは理解できるとしても、それがpn接合に代表される電気的接合の奏する電気的作用(整流作用)を生じさせることまでを示しているものとは到底解されない。そもそも、「ヘテロ接合」と参加人のいうpn接合に代表される電気的接合とは異別の概念であり、ヘテロ接合に必ず電気的接合が伴うものではない(成立に争いのない甲第六号証の第四引用例の第1図cに示されたヘテロ接合半導体装置のエネルギバンドギヤツプ連続的変化領域内には電気的接合が形成されていないことは参加人の主張するところでもある。)。したがつて、本願発明の特許請求の範囲における「ヘテロ接合として作用する」との記載は、要するに当該半導体領域(連続的変化領域)がヘテロ接合部を形成し、その領域がエネルギバンドギヤツプの相違に基づくある電気的作用または電気光学的作用をすることを単に示すものと解さざるを得ない。なお、エネルギバンドギヤツプが連続的に変化している半導体領域、すなわちヘテロ接合部による電気的作用の一例として第四引用例の前掲第1図cの内部電界作用が挙げられ、これがpn接合等の電気的接合に伴う整流作用(電気的作用)と異なることは、のちに認定説示するとおりである。
右のとおり、ヘテロ接合部に必ず電気的接合に伴う電気的作用が生じるものとはいえないから、「ヘテロ接合」が必ず電気的接合を伴うこともしくは電気的接合自体を表すものともいえない。したがつて、参加人の指摘する右<2>の事項は、「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」に電気的接合が必ず形成されるとする参加人の主張の根拠とはなり得ない。
<3> 本願明細書の発明の詳細な説明欄における記載
前掲甲第二号証の二(昭和六二年八月一日付手続補正書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明欄には、参加人指摘のように「代表的なヘテロ接合半導体装置としては、一つのpnまたはnpヘテロ接合を有するpn型またはnp型のフオトダイオード」(二頁一六行ないし一八行)や「ヘテロ接合半導体装置は、内部に形成されているヘテロ接合が互に異なるエネルギバンドギヤツプを有する二つの半導体領域間に形成されている構成を有し、二つの半導体領域中の一方(これを前者の半導体領域と称す)から、ヘテロ接合を横切つて、他方の半導体領域(これを後者の半導体領域と称す)に注入する電子に対する障壁の高さと、二つの半導体領域中の後者の半導体領域から、同様にヘテロ接合を横切つて、前者の半導体領域に注入される正孔に対する障壁の高さとの差を有効に利用している。」(三頁八行ないし一九行)との記載のあることは認められるが、これらの記載は、前後の脈絡からしても、従来のヘテロ接合半導体装置の代表的な例としてpn接合またはnp接合を有するpnまたはnp型のフオトダイオードがあること、このようなダイオードにおいては電子やホールに対する電位障害があつて、これがpn接合等の作用をしているという、ヘテロ接合部にpn接合等を形成したフオトダイオードについての当然の説明であつて、pn接合等をわざわざ形成させなくとも、ヘテロ接合に当然にpn接合やnp接合が生じて、pn接合等の作用を奏することを説明したものとは到底解されない。したがつて、参加人の引用する本願明細書の各記載から、ヘテロ接合が当然にpn接合やnp接合の作用をもつ部分といえるものではない。
<4> ヘテロ接合は、一般に電子現象としては、np、nn、ppというような接合として形成されたものであり、電子的あるいは電子光学的に有用な特性を生むところと理解されていること
成立に争いのない乙第一号証の一ないし三(日刊工業新聞社昭和四九年八月一〇日第五版発行「図解半導体用語辞典」)によれば、異質接合(ヘテロ接合)の項には、「異なつた種類の半導体結晶を、結晶格子としては連続させ、電子現象としてはnp、nn、ppというような接合として形成されたものを異質(またはヘテロ)接合とよぶ。」と説明されているが、ヘテロ接合部にpn接合等を形成することが多いことから、右のような記載となつたものと解され、常にヘテロ接合にpn接合等の電気的接合が形成されることを示した記載ではない。ヘテロ接合部は、広い意味での電気的あるいは電気光学的に有用な特性を生じるところであることは認められるが、ヘテロ接合部に必ず電子的現象としてpn接合等の電気的接合が生じるものということはできない。ヘテロ接合には必ずpn接合等の電気的接合が形成される関係にあることを周知の事項として認めるに足る証拠は見いだせない。
成立に争いのない甲第一六号証の一ないし三(共立出版株式会社昭和三三年一一月二五日発行「電子回路Ⅴ」)によると、半導体接合における「接合」の用語は半導体材料同志の接触を意味するだけでなく、例えばpn接合の場合はp型半導体とn型半導体との接触面の界面で整流作用等の電気的作用が行われることまでをも含む広い範囲の意味をもつ語であることが認められ、単に「接合」という場合には、そのような電気的作用を伴つたpn接合等を示すこともあるが、それは単一の半導体材料同志の接合の場合に限つていえることと解される。異なる半導体材料同志の接合、いわゆるヘテロ接合においても、「接合」という用語が、電気的接合、例えばpn接合を示すものと解すべき根拠となり得る証拠資料は見いだせない。また、ヘテロ接合における「接合」とは、異なる半導体材料の接触だけを意味するのではなく、その接触面におけるエネルギバンドギヤツプの相違に基づく電気的作用を含めたものと解されるものとしても、そこに、例えばpn接合に伴う整流作用までが必ず生じるものと理解し得るとする根拠も見いだせない。
したがつて、参加人の主張する右の<4>の事項及び1(二)の一般的な用語の観点からする主張は、ヘテロ接合には必ずpn接合等の電気的接合が形成されるものであるという、参加人の基本的な主張を根拠づけ得るものではない。
(二) このようにみてくると、本願発明の特許請求の範囲には、電気的接合が連続的変化領域に形成されることについて何ら記載がない以上、本願発明の特許請求の範囲の記載における「ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域」とは、要するに、基本材料を異にする半導体の接合、すなわちヘテロ接合(異質接合)型の半導体装置における接合部より炭化珪素半導体側の領域がエネルギバンドギヤツプの連続的変化領域となつており、この連続的変化領域がエネルギバンドギヤツプの相違に基づくある電気的作用または電気光学的作用をすることを単に示したものと解するのが相当である。本願発明のヘテロ接合半導体装置の製法が、特許請求の範囲の記載によつて右の連続的変化領域に必ずpn接合等の電気的接合が形成され、これに基づく整流作用が行われることまで構成として特定されたものとは理解できない。したがつて、参加人の主張するように、pn接合等の電気的接合が必ず連続的変化領域に形成されることが、本願発明の構成であるとは到底認められない。当事者間に争いのない審決の理由の要点によれば、審決もこの点を同趣旨に解したものと認めることができ、参加人の本願発明の要旨についての主張は採用できない。審決には、参加人主張のような要旨の解釈の誤りはない。
その点で、本願発明においては、pn接合等の電気的接合が、炭化珪素でなる非単結晶半導体領域や珪素でなる非単結晶半導体領域と、エネルギバンドギヤツプの連続的変化領域(炭化珪素の)との境界に存在する場合も含まれ、これによつて技術的に何らの不都合が生じるものでもない。たとえ、空乏層の一部が他方の半導体領域に入り込んだとしても、これによつてその半導体領域と他方の半導体領域との区別がつかなくなるものでもない。本願発明の要旨を右のとおり認識理解すべきものとすると、本願発明が、pn接合等の電気的接合を通過するキヤリアの流れを強化することを目的とする発明であるとする参加人の主張も採用できないことになる。
2 第一引用例ないし第四引用例に審決認定のとおりの記載があること並びに審決の理由の要点4において審決が公知の事項として認定した点については当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第六号証(第四引用例)によれば、第四引用例の第1図cには、ガリウム砒素半導体とガリウムアルミニユウム砒素半導体のヘテロ接合半導体装置が示されており、ガリウムアルミニユウム砒素半導体のアルミニユウム含有量を変化させてガリウム砒素半導体のエネルギバンドギヤツプからガリウムアルミユウム砒素半導体のエネルギバンドギヤツプまでエネルギバンドギヤツプを連続的に変化させることが記述されていることが認められる。そして、第四引用例におけるこのアルミニユウム含有量を連続的に変化させている部分は、本願発明における炭化珪素の炭素の量を連続的に変化させている連続的変化領域と構成上一致するものと認められる。したがつて、第四引用例におけるアルミニユウム含有量を連続的に変化させている部分は、ヘテロ接合として作用していることは明らかである。前掲甲第六号証によれば、第四引用例には、「厚さ方向のアルミニユウム含有量(x)の勾配で、接合部へ向かうキヤリアの流れを強化する電界が生じる(1b、1c)」(S七〇頁左欄一行ないし四行)との記載や「傾斜型構造の目的は光発生キヤリアを内蔵電界の助けによつて接合部へ到達させることである。」(S七〇頁左欄三六行ないし三八行)との記載が認められるが、これらの記載から明らかなように、第四引用例のアルミニユウム含有量を連続的に変化させているヘテロ接合部分の作用は、アルミニユウム含有量の勾配を導入してpn接合等ヘ向かうキヤリアの流れを強化助長する電界を生じさせることにある。右の作用については、電気的接合に伴うものでないにしろ(本願発明においては電気的接合が必ずしも連続的変化領域に形成されるものでないことはすでに認定説示したとおりである。)、本願発明においても変わりがない。第四引用例の第1図cに示された半導体装置と本願発明とは、半導体材料に相違が認められるだけであつて、他に格別の相違がないのであるから、第四引用例に本願発明の技術的課題を示唆する点がないとする参加人の主張は採用できない。
3 そして、ヘテロ接合半導体装置を形成する際に、添加物の量を制御してエネルギバンドギヤツプを連続的に変化させることが第四引用例に開示されており、また、成立に争いのない甲第九号証(昭和五七年六月二四日付拒絶理由及び審決において周知例として引用した「PHILOSOPHICAL MAGAZINE VOL.351977」の一頁ないし一六頁)によれば、本出願前において炭化珪素非単結晶半導体の炭素の量とエネルギバンドギヤツプの関係がひろく知られていたことが認められる以上、第四相違点に関して、本願発明のように構成することは当業者が容易に想到し得たものというべきである。したがつて、第四相違点に関する審決の認定判断は正当であり、この点の誤りをいう参加人の主張は理由がない。
更に、第一引用例にはエネルギバンドギヤツプを異にする非晶質(非単結晶)半導体ヘテロ接合構造の半導体装置が記載され、また、第二引用例及び第三引用例には化学気相堆積法によつて半導体装置を製造することが開示されている(この点は参加人も争わないところである。)のであるから、本願発明のヘテロ接合半導体装置の製法は、第一引用例ないし第四引用例及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることができる。
右のとおりであるから、審決の認定判断は正当であつて、審決にはこれを取り消すべき違法の点はない。
三 以上のとおりであるから、審決の取消しを求める参加人の本訴請求は、理由がないものとして、これを棄却する。
〔編注〕本願発明の特許請求の範囲の記載は左のとおりである。
基板上に、水素またはハロゲン元素を再結合中心中和剤として含み且つ珪素でなる非単結晶半導体領域と、水素またはハロゲン元素を再結合中心中和剤として含み且つ上記珪素でなる非単結晶半導体領域との間でヘテロ接合を形成している炭化珪素でなる非単結晶半導体領域とを、化学気相堆積法によつて形成する工程を有し、上記炭化珪素でなる非単結晶半導体領域の形成時、<1>その炭化珪素でなる非単結晶半導体領域を、燐または砒素でなるn型不純物または硼素でなるp型不純物が添加されていることによつてn型またはp型を有している炭化珪素でなる非単結晶半導体領域を形成し、<2>上記炭化珪素でなる非単結晶半導体領域の上記珪素でなる非単結晶半導体領域側を、炭素が化学量論的に連続的に変化していることによつて上記珪素でなる非単結晶半導体領域の上記炭化珪素でなる非単結晶半導体領域とは反対側のエネルギバンドギヤツプから上記炭化珪素でなる非単結晶半導体領域の上記珪素でなる非単結晶半導体領域とは反対側のエネルギバンドギヤツプに連続的に変化しているエネルギバンドギヤツプを有しており、且つ上記ヘテロ接合として作用する非単結晶半導体領域として形成することを特徴とするヘテロ接合半導体装置の製法。