東京高等裁判所 平成2年(行ケ)20号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 取消事由についての判断
1 争いのない本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本願考案に係る小動物用防護柵は、その下縁部を接地させたところの「ハ虫類その他の小動物用」の通過(くぐり抜け)を阻止する網と、その網の上縁部に設けられ導電線とから構成されており、このうち、網は「通過を阻止する」働きのものとして、また、導電線は導電線に接触した小動物を電撃によつて撃退するという機能によつて、それぞれ「ハ虫類その他の小動物」が柵内に侵入しあるいは柵から脱出することを防止するものであることは容易に理解されるところである。したがつて、本願考案の実用新案登録請求の範囲にいう「ハ虫類その他の小動物」とは、網によつて通過を阻止され、かつ導電線に接触し、その電撃によつて撃退されるような小動物であると解される。原告は、本願考案が防護の対象とした小動物は「ハ虫類及びハ虫類と同一挙動をする小動物」であつて、猫やイタチは含まれない旨主張するが、実用新案登録請求の範囲の記載を素直に理解する限り、そのように限定ないし特定して理解することはできない。確かに、成立に争いのない甲第二号証の一(願書添付の図面)及び甲第三号証(昭和六〇年七月二三日付手続補正書による訂正明細書)によれば、考案の詳細な説明欄では、奄美大島、沖縄におけるハブによる咬症被害に言及されていることが認められるが、それと同時に、「網の上縁部に設けた導電線について、「網1によつてハ虫類その他の小動物の通過を悉く阻止できると共に、網1を這上り、これを乗り越えようとする動物は、網1の上縁部に設けた導電線2、2に接触させることにより、電気的刺激を与えて乗り越えを防止することができる。従つて前記導電線2、2の設置間隔は、対象とする動物の大きさを考慮して、適宜定めることとなるが、必ずしも二本又は三本に限定されるものではない。」(訂正明細書四頁九行ないし一七行)との記載のあることも認められるのであるから、本願考案の詳細な説明欄の記載を参酌したとしても、実用新案登録請求の範囲にいう「ハ虫類その他の小動物」を原告の主張するごとく「ハ虫類及びハ虫類と同一挙動をする小動物」と限定的に解することはできない。
2 引用例1(実公昭四五―三一四〇七号公報)に、審決認定のとおり別紙二に示された構成の小動物飼育用柵が記載されており、この小動物飼育用棚について「リスのごとき登攀性を有する動物類を放飼いする際に、当該動物類が逃亡したり或いは猫及びイタチ等の外敵の侵入による被害を防止し得る柵」(引用例1一頁一欄一七行ないし二〇行)であるとの説明がなされていることは当事者間に争いがなく、また、本願明細書に本願考案の小動物用防護柵が「人間或いは家畜、農作物にとつて危険かつ有害なハ虫類その他の小動物の侵入或いは脱出を防止する為の(昭和六〇年七月二三日付手続補正書添付の訂正明細書一頁一五行ないし一七行)ものであると記載されていることも当事者間に争いがない。
そこで、引用例1の小動物飼育用柵と本願考案の小動物用防護柵を比べると、前記のとおり引用例1及び本願考案が対象とする動物が、前者では外敵から保護される放飼い動物とこれに対する外敵とされる小動物であり、後者では人間、家畜、農作物に危険かつ有害な小動物であるが、いずれにしてもこれらの小動物の脱出又は侵入を妨げるための設備である点で共通しているものと認めることができる。したがつて、柵自体として対比する限り、両者の間に実質的な差異はなく、この点の原告の主張は採用できない。更に、原告は、審決が引用例1の登攀防止板を、柵を乗り越えることを防止するものという意味で登攀防止体と解釈して、これを本願考案の導電線とを同等のものと認定判断したのは誤りである旨主張するが、以下述べるとおり理由がないものというべきである。
成立に争いのない甲第四号証(引用例1)によれば、引用例1における「登攀防止板」は「柵内の動物類を襲撃するため柵外より猫及びイタチのごとく登攀性を有する動物類を柵aを登攀した場合でも彎曲した登攀防止板5の下面によつて登攀が阻止されるので柵内の動物を外敵より確実に保護することができる」(引用例1の一頁右欄一七行ないし二二行)ものであるから、網を登攀する有害小動物が柵を乗り越えることを防止するものという意味で登攀防止体といえる。本願考案における導電線においては、そこまで這上がつてきた小動物がこれに接触して電撃によつて撃退させるものであるのに対して、引用例1の登攀防止板は、「柵aの軸線より内側及び外側に彎曲又は上方に傾斜し、或いは軸線と略直角に突出する」(前掲甲第四号証・引用例1の実用新案登録請求の範囲に記載)形状であり、登攀動物が登攀防止板に沿つてこれを乗り越えようとするも、その下側が彎曲面又は傾斜面であるため、足掛かりを失い、自重で落下する現象を利用したものであると理解されるから、本願考案の導電線と引用例1の登攀防止板とは、異なつた自然法則を利用した異なつた技術思想に基づくものであるといえることは原告指摘のとおりである。しかしながら、審決は、争いのない審決の理由の要点4の認定から明らかなように、本願考案と引用例1のものとを一応「網の上縁部に、長手方向に沿つて登攀防止体を設けた小動物用防護柵」の点で一致するとしながら、その「登攀防止体」の構成については相違点<1>として、「登攀防止体を、一乃至複数本の導電線(本願考案)で形成するか板状体(引用例1)で形成するか」の点の相違を認定したうえ、この相違点<1>について更に検討判断を加えているのであるから、審決が、「網の上縁部に、長手方向に沿つて登攀防止体を設けた」点で一致するとした趣旨も、本願考案の導電線と引用例1の登攀防止板とがともに這上がつてきた小動物(本願考案と引用例1のものとで防護の対象となる小動物に重なる部分があることは前記認定説示のとおりである。)が柵を越えることを防止するための部材であることを認定したまでのことであり(したがつて、審決が導電線と登攀防止板との構成及び効果上の違いを看過して、両者を同等に扱つたものとはみられない。)、また、そのような共通点の認定の仕方を誤りとはいえない。したがつて、本願考案の導電線と引用例1の登攀防止板とを「登攀防止体」という概念で把えたうえで、この点を一致するとしたことの誤りをいう原告の主張は理由がない。
3 柵に一ないし複数本張設した導電線に電気を流して有害動物の侵入を防止すること」が、従来から当業者がごく普通に用いている慣用技術であることは、原告も認めるところである。
ところで、引用例1の動物飼育用柵においては、小動物が通過(くぐり抜ける)するのを阻止するための網と、網のみからなる柵では登攀動物が網の柵を乗り越えるおそれがあるので、乗り越え部分である網の上縁部に登攀防止板を設けているのであるが、この乗り越え防止の手段として、接触した小動物を電撃によつて撃退できることがひろく知られている導電線を採用することは、周知慣用の手段の選択として当業者がきわめて容易に想到し得ることと認められる。また、前掲甲第三号証(訂正明細書)に基づいて本願考案の作用効果を検討してみても、引用例1の動物飼育用柵に構成のうち、前記の「登攀防止板」に代えて周知慣用手段である導電線を適用したものから予測され得る程度の事項にとどまり、右の予測の域を越える作用効果を奏するものとは認められない。なお、原告は、牛や猪などの大型動物についてその脱出あるいは侵入防止のために柵の回りに導電線を配設することが周知の手段であつても、小動物については未だ実効が上がらない旨主張するが、導電線と柵柱とによつて構成される柵の導電線に電気を流して有害動物の侵入を防止するという技術が周知慣用の手段である以上、小動物用防護柵についても、そのような作用を期待して導電線を採用することに格別の困難性があるとは認められないから、原告の右主張も容易推考性の判断を左右することとはいえない。また、本願考案がハ虫類及びハ虫類と同一挙動をする小動物のみを対象としたものであることを前提とし、特にハブ等のハ虫類の防護に関して、導電線と下縁部を接地させた網の構成を結合させた点の効果面を主張するが、この点の主張は既に前記認定説示したとおりその前提を欠くものであつて採用できない。
右のとおりであるから、引用例1記載の柵、すなわち網の上縁部に設けた板状体から成る登攀防止板を、「一乃至複数本の導電線」で形成することについて、当業者であればきわめて容易に想到し得ることとした審決の認定判断には誤りはない。
三 以上のとおりであるから、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものとして、これを棄却する。
〔編注〕本願考案の要旨は左のとおりである。
ハ虫類その他の小動物の通過を阻止し得る網を、所定の間隔で植設した支柱を介して張設し、該網の上縁部に、長手方向に沿つて一乃至複数本の導電線を設ける一方、網の下縁部を接地させたことを特徴とする小動物用防護柵。