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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)226号 判決 1991年7月10日

東京都大田区山王四丁目一二番二号

原告

有限会社三真

右代表者代表取締役

真壁英雄

右訴訟代理人弁理士

中川欣一

東京都品川区西五反田一丁目二四番四号

被告

タキゲン製造株式会社

右代表者代表取締役

瀧源秀昭

右訴訟代理人弁理士

増田守

主文

一  特許庁が、平成二年七月一九日、同庁平成一年審判第一一七六八号事件についてした審決を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、意匠に係る物品を「配電盤用ハンドル」とし、その形態を別紙1のとおりとする登録第三二三六三二号意匠(昭和四二年六月七日出願、昭和四五年一〇月三一日設定登録、以下「本件意匠」という。)の権利者であつたが、原告は、平成元年六月二九日、右登録を無効とする旨の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成一年審判第一一七六八号事件として審理した上、平成二年七月一九日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年九月八日、原告に送達された。

二  本件審決の理由の要点

1  本件意匠

本件意匠は、前記一記載の日に出願及び設定登録されたもので、意匠に係る物品を「配電盤用ハンドル」とし、その形態は別紙第一(本判決別紙1)のとおりと認める。

その碁本的構成態様は、略横長長方形の前面板の周囲に傾斜面を巡らせ、その上面(平面図)右手よりに、周囲に余白部を設けて略横長長方形状の開口部を設けて、この開口部内に上面を面一とする回動ハンドルを開口部いつぱいに埋め込み、左手の余白部中央に押しボタンを現わし、前面板の背面には、前面板より一回り小さい略直方体の函体を設けて、函体上に係止板を設けたものである。

各部の具体的態様は、押しボタンを略偏平四角錐台形とし、その上面をわずかに円弧状に窪ませ、係止板は変形略L字状とし、背面の函体は、約中央部で段差があり、蓋におおわれて内部は見ることができない。

2  引用意匠

引用意匠は、本件意匠出願前の昭和四一年三月一一日の出願で、昭和四九年三月二五日に意匠登録第三八一八四二号として設定の登録がされたものであつて、意匠に係る物品を「押釦式飛出ハンドル」として出願し、その後「配電盤扉用ハンドル」と補正したもので、その形態は別紙第二(本判決別紙2)のとおりと認める。

その基本的構成態様は、略縦長長方形の前面板の周囲に傾斜面を巡らせ、その上面(平面図)やや下方よりに周囲に余白部を設けて略縦長長方形状の開口部を設けて、この開口部内に上面を面一とする回動ハンドルを開口部いつばいに埋め込み上方の余白部中央に押しボタンを現わし、前面板の背面には、前面板より一回り小さい略直方体の函体を設けて、この函体上に係止板を設けたものである。

各部の具体的態様は、押しボタンを略円柱形とし、係止板は略長方形で、背面の函体は側面に段差があり、蓋は無く、内部は略円柱状の支持棒が現われている。

3  本件意匠と引用意匠の対比考察

以上のとおり、本件意匠と引用意匠は、意匠に係る物品が同じで、基本的構成態様がほぼ一致するが、この基本的構成態様は周辺意匠(乙第七号証乃至乙第九号証)にも認められるとこるであつて、両意匠のみに共通する特徴ではないので、この点を両意匠の類否判断を決定する要部であるとすることはできない。

これに対して、係止板の形状の差は、本件意匠が略変形L字状であるのに対し、引用意匠は略長方形と全く相違しており、それぞれの意匠の独自の特徴を形成している。係止板は使用状態では見えなくなる部位ではあるが、ハンドルの意匠としては、設置前の形態を全体として観察するべきものであるから、この点における両者の差は極めて顕著であるといわなければならない。

両意匠はその他にも、押しボタンの形状と、前面板の背面に設けられた函体の蓋の有無(本件意匠が有)にも差異が認められ、これらの差異は、両意匠の基本的構成態様の共通感を超えて類否を支配するものと認められ、両意匠を全体として観察すると、到底類似するものということができない。

以上のとおりであるから、請求人(原告)の提出した証拠及び主張をもつては、本件意匠が意匠法第九条第一項の規定に違反して登録されたものとすることはできない。

三  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、設置時には背面にあつて見えなくなる係止板の形状の差異が表面態様の差異よりも極めて顕著であると誤認し(認定判断の誤り1)、また押しボタンの形状の差異が両意匠の基本的構成態様の共通性を超えて類否を支配すると誤認し(認定判断の誤り2)、さらに本件意匠の出願前から基本的構成態様が周辺意匠として存在していたと誤認した(認定判断の誤り3)結果、本件意匠が引用意匠と類似しないと誤つて判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  認定判断の誤り1

意匠の分野では、取引の場において、商品について美的関心をもつて見る場合に、購入者が商品選択の要因として目につきやすい表よりも、目につき難い裏面の態様が前面より関心を持たれるとか、魅力を感じるとか、興味をもつとかということは我々が日常経験することなく、格別の理由のない限り、その様なことがあるとして裏面が表面態様より重要であると考える常識はなく不自然である。

意匠の創作者は、この種物品が扉に付設された状況を想定し、付設後これを使用する者、あるいは見る者がこのハンドルを好ましい物として好感をもつて貰えることを期待して創作するものであり、付設の後に隠れて見えなくなる部分に格別の意匠的配慮をすることは考え難いことであり、また、付設前の購入に際しても前述同様の意図をもつて付設の後目につきやすい態様に主として注意を払うのが実情であり、これは、この種物品の販売時に、店頭において前面を見やすい上向きにして展示していること、また、カタログ等の広告の場において前面態様を強くアツビールしようとして写真や図版を掲載している状況からも明らかである。

また、係止板は、カギという物品の性質から主たる機能を発揮する部分で機能的には重要である。しかしながら、係止板はその取付ける実情において、係止板が引掛かる所の状態により個々まちまちの形状を求められるために設置する場合の状況に応じて適宜係止板を選択あるいは変形して付設するものであり、販売の際本体を選択し、それから付設する状況を考えて係止板を選択し購入することも希な例外的取引ではなく、また、格別の物を特別注文をする場合もある。それはあたかも眼鏡のレンズ、カメラのネツクストラツプ、電気スタンドの電球、自動車のタイヤの如き物であり、本件両意匠の係止板も標準的な部品として付加される部分品であり、この意味においても格別重要なものとは考えられない。機能の面において良く考えて標準的形状は用意されるとしても、通常見えない部分であるために入念に意匠が考えられることはない。

また、購入者としても使用するために係止板が機能上適切であるか否かの機能的なことについては観察するが、その意匠の良否についてはほとんど無頓着であるのが常であり、この部分は設計、製造、販売者、購入者にとつて意匠的に重要であるとは考えられない。

この種物品の使用上の便宜性、機能上の性質が商品の選択要因となることがあるとしても、意匠的選択の要因とはならず、意匠の場では背面の態様の相違が非類似の有力な要因とはなり得ない。

係止板の相違は明らかであり、彼我を区別する手掛かりにはなるとしても、意匠の類否は識別できれば、あるいは誤認混同を防止すれば非類似の要件を満たすものではなく、看者の関心を強く引かない背面にある態様の相違をもつて彼我の区別がつくから意匠上重要であるとすることは、意匠の問題に商標の誤認混同の観念を無批判に持ちこむ行為で、意匠法と商標法とを混同する理解である。

2  認定判断の誤り2

前面にあるボタンの相違について、角型の押しボタンは、ワードプロセツサーのキーボードの押しボタン、電話機の押しボタン、エレベーターの押しボタン、テレビの押しボタン等に見られるとおり類例があり、本件登録意匠はこれらの形のボタンに替えたのにすぎず、部分における類型的改変の域を脱するものではなく、ボタンが角か丸かはシリーズ商品におけるバリエーシヨンの一種として認識される程の少差であり、意匠を本質的に変更するものではない。

3  認定判断の誤り3

さらに、審決においては基本的構成態様について、この態様は周辺意匠にも認められるから重要でない旨記述し、その根拠として乙第七号証ないし乙第九号証を挙げている。しかしながら、乙第七号証は昭和四二年一〇月三〇日の出願で公報の掲載は昭和四六年三月八日であり、乙第八号証は昭和四五年一月十四日の出願で公報の掲載は昭和五二年四月一六日であり、乙第九号証は昭和四六年四月一六日の出願で公報の掲載は昭和五二年四月一六日であり、いずれも、本件登録意匠を出願した昭和四二年六月七日より後に出願し公表されたもので、出願前から周辺意匠として存在したとする根拠にはなり得なく、磐しく不合理である。

第三  請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

1  認定判断の誤り1について

原告は、「係止板は設置時には背面にあつて見えなくなる位置にあり、看者の関心を引かない裏面が表面態様より重要であるとする常識はない。」と主張しているが、冷蔵庫や事務用複写機のように大型かつ重量物であつて、通常の使用状態では本体を持ち上げたり転倒させて底面や裏面を見ることがない物品の意匠においてはともかくとして、本件意匠のハンドルのように、小型かつ軽量物であつて、設置前は容易に手に取つて上下左右及び前後のいずれの方向からも自由に見ることができる物品の意匠においては、底面や裏面の態様にも看者の注意がよく引かれるものである。

とりわけ、本件意匠のハンドルは、配電盤の凾体の扉に設置されるものであり、当然のことながら扉は閉め切りのものではなく、配線工事や点検に際して開放されるものであるから、設置後であつても扉の開放状態においては、前面板より一回り小さい略直方体の凾体と変形略L字状の係止板は、看者によく見られるところである。

したがつて、本件意匠の裏面における前記凾体や係止板の態様は、意匠の類否判断において重要視されて然るべきである。

また、原告は、「本件意匠の係止板は標準的な部品として付加されるものであり、この意味においても格別重要なものとは考えられない。」としているが、そもそも物品は単一体でない限り、複数の部品の集合体として認識されるものであり、各部品はそれぞれに個別的に割り捩られた機能を達成するために存在しているのであるので、これら複数の部品のどれが主体部品であるから重要であるとか、どれが付加部品であるから格別重要ではない、ということはできない。

2  認定判断の誤り2について

原告は、「角型の押しボタンには類例があり、ボタンの角か丸かはバリエーシヨンの一種として認識されるに過ぎない。」と主張しているが、前面板、凾体、押しボタン及び係止板という比較的少ない部品の集合体であるこの種のハンドルにおいては、押しボタンの態様は軽視できない意匠要素の一つであり、本件意匠では、押しボタンを略偏平四角錐台形とすることによつて、略横長長方形とした前面板、略直方体の凾体、略横長長方形状の開口部、長方形状の回動ハンドルとの形状上の整合性が得られ、意匠全体のモチーフが角張つたものに統一されている。

他方、引用意匠では、押しボタンを略円柱形とすることによつて(円柱形の押ボタンがハンドルの意匠の分野において、引用意匠の出願前より周知であることは、乙第一一号証に示すとおりである。)、略縦長長方形の前面板、直方体の凾体、縦長長方形の開口部、長方形の回動ハンドルという他の部品から得られる角張つた基調に対して、異質で違和感のある丸みのイメージが部分的に付加されており、引用意匠は、意匠全体としてのモチーフに統一性と整合性を欠いたものとなつている。

したがつて、押しボタンの形状態様は、この種ハンドルの意匠構成上、重要な要素の一つになつているのであり、押しボタンを角にずるか丸にするかは、単なるバリエーシヨン上の問題ではない。

3  認定判断の誤り3について

本件審決が摘示した周辺意匠(乙第七号証ないし第九号証)の各意匠公報は、本件意匠の出願前に発行されたものではないが、ハンドルの前面各部の態様に係る周辺意匠であつて、本件意匠と引用意匠の各出願前に発行した公報に記載されたものとしては、乙第一号証ないし第四号証の各意匠がある。

これらの周辺意匠を考慮に入れると、本件意匠と引用意匠における前面各部の態様は、格別目新しいものではないから、前面の熊様をもつて意匠の類否判断を決定する要部であるとすることはできない。

第四  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因一及び二の事実(特許庁における手続の経緯及び本件審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二号証、第三号証によれば、本件意匠の形態は別紙1のとおりであり、その基本的構成態様は、略横長長方形の前面板の周囲に傾斜面を巡らせ、その上面(平面図)右手よりに、周囲に余白部を設けて略横長長方形状の開口部を設けて、この開口部内に上面を面一とする回動ハンドルを開口部いつばいに埋め込み、左手の余白部中央に押しボタンを現わし、前面板の背面には、前面板より一回り小さい略直方体の凾体を設けて、凾体上に係止板を設けたものであること、一方、引用意匠の形態は別紙2のとおりであり、その基本的構成態様は、略縦長長方形の前面板の周囲に傾斜面を巡らせ、その上面(平面図)やや下方よりに周囲に余白部を設けて略縦長長方形状の開口部を設けて、この開口部内に上面を面一とする回動ハンドルを開口部いつばいに埋め込み、上方の余白部中央に押しボタンを現わし、前面板の背面には、前面板より一回り小さい略直方体の凾体を設けて、この凾体上に係止板を設けたものであること、したがつて、本件意匠と引用意匠は、図面の記載が縦であるか横であるかの違いを除けば、基本的構成態様が一致することが認められる。

三  本件審決は、前記認定のとおり、両意匠の基本的構成態様が一致することについて、「この基本的構成態様は周辺意匠(乙第七号証乃至乙第九号証)にも認められる」と認定している。

しかしながら、本件審決がいう「周辺意匠」とは、引用している乙第七号証ないし乙第九号証の意匠からすれば、同一物品ないし類似する物品に係る意匠をいうものと解されるが、成立に争いのない乙第七号証ないし第九号証によれば、本件審決がこの基本的構成態様が認められるとして引用した周辺意匠のうち、乙第七号証は、昭和四二年一〇月三〇日に出願され昭和四六年三月八日に意匠公報に掲載されたものであり、乙第八号証は、昭和四五年一月一四日に出願され昭和五二年四月一六日に意匠公報に掲載されたものであり、乙第九号証は、昭和四六年四月一六日に出願され昭和五二年四月一六日に意匠公報に掲載されたものであつて、引用意匠はもとよりのこと本件意匠が出願された昭和四二年六月七日以降にいずれも出願された意匠であることが認められ、本件意匠が出願された当時、基本的構成態様が周辺意匠として存在していたとは認められない。

したがつて、本件審決が、「この基本的構成態様は周辺意匠(乙第七号証乃至乙第九号証)にも認められる」と認定判断したことは誤りといわなければならない。

被告は、ハンドルの前面各部の態様に関する周辺意匠であつて、本件意匠と引用意匠の各出願前に発行された公報に記載されたものとして、乙第一号証ないし第四号証の各意匠が存在する旨主張する。

しかしながら、乙第一号証ないし第四号証はいずれも本件審決が周辺意匠として引用していないものである上、成立に争いのない乙第一号証ないし第四号証によれば、これらの各公報に記載されたものの前面の意匠の態様は、前面板あるいは扉の開口部内に上面を面一ないしはほぼ面一とする回動ハンドルが開口部いつばいに埋め込まれたものではあるが、いずれも押しボタンがないことが認められ、乙第一号証ないし第四号証の各意匠は、回動ハンドルと押しボタンとを組み合わせた基本的構成態様を有する本件意匠と引用意匠の周辺意匠とは認められず、被告の右主張は理由がない。

四  ところで、本件審決は、前記認定のとおり、基本的構成態様は周辺意匠にも認められるとした上で、この基本的構成態様は「両意匠のみに共通する特徴ではないので、この点を両意匠の類否判断を決定する要部であるとすることはできない。」と認定判断している。

しかしながら、本件審決が、基本的構成態様が周辺意匠にも認められると認定判断したことが誤りであることは、前記のとおりであり、仮に基本的構成態様が周辺意匠に認められないとすれば、この基本的構成態様が両意匠のみに共通する特徴となり、この点が両意匠の類否判断を決する要部ともなり得るから、この点についての判断いかんによつては、結論に影響を及ぼすことは明らかである。

また、本件審決は、「両意匠はその他にも、押しボタンの形状と、前面板の背面に設けられた凾体の蓋の有無(本件意匠が有)にも差異が認められ、これらの差異は、両意匠の基本的構成態様の共通感を超えて類否を支配するものと認められ、」と認定判断しているが、本件審決のこの認定判断は、基本的構成態様が周辺意匠にも認められることを前提としてされたものと解され、この基本的構成態様が両意匠の類否判断を決する要部である場合にも、なお右各相違点が基本内構成態様の共通感を超えて類否を支配するか明らかではない。

したがつて、基本的構成態様が周辺意匠にも認められるか否か、仮に認められないとしても、この点が両意匠の類否判断を決する要部であるか否かについては、第一次判断権を有する特許庁にまず判断を委ねるのが相当であると解されるので、本件では、原告主張のその余の点について判断をしないこととする。

五  よって、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

別紙1 本件意匠

<省略>

別紙2 引用意匠

<省略>

<省略>

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