東京高等裁判所 平成2年(行ケ)238号 判決 1991年5月30日
大阪府大阪市北区堂島浜一丁目二番六号
原告
旭化成工業株式会社
右代表者代表取締役
弓倉礼一
右訴訟代理人弁理士
佐藤辰男
同
渡辺一雄
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 植松敏
右指定代理人通商産業技官
今井健
同
安部辰雄
同通商産業事務官
高野清
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者が求める裁判
一 原告
「特許庁が平成一年審判第一五六四四号事件について平成二年八月二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五五年一一月二八日、昭和五五年特許願第一六六六一四号の特許出願をし、昭和六二年一一月二四日、右特許出願の一部を分割して、名称を「厚膜フアインパターン」とする発明(以下「本願発明」という。)についての新たな特許出願(昭和六二年特許願第二九四一一八号)としたが、平成元年七月二一日拒絶査定を受けたので、同年九月二〇日査定不服の審判を請求し、平成一年審判第一五六四四号事件として審理された結果、平成二年八月二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年九月一九日原告に送達された。
二 本願発明の要旨(別紙図面A参照)
絶縁性基板上に、一回のメツキ厚みが15~200μmで、メツキ膜厚/パターン間隔の比が一・四以上の電解金属から成る導電体が、配線密度五本/mm以上設けられていることを特徴とする、厚膜フアインパターン
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 これに対し、昭和五四年特許出願公開第三九八七五号公報(以下、「引用例」という。)には、
「絶縁基板上に形成された薄膜導体の表面に、電気メツキにより、隣同士が短絡しない程度に銅のメッキ層を形成し、右銅メツキ層の表面にフオトレジストを塗布、感光、現像して銅メツキ層のうち薄膜導体の上方に相当する部分を露出させ、この露出部分に更に銅メツキ層を形成することによつて銅メツキ層全体の厚みを大きくして電気抵抗値の低減を図り、しかも導体パターンの間隔を小さくした、膜状導体パターン」が記載されている。
したがつて、引用例には、多層メツキによつて厚みを大きくするものではあるが、電気メツキによつて形成された導体パターンの間隔に比べ、導体パターンの厚みを積極的に大きく形成することによつて、電気挺抗値を低滅した、膜状導体パターンが開示されていると認められる。そして、右膜状導体パターンが、「メツキ膜厚/パターン間隔の比」が大きく形成されているものであることは明らかである。
3 そこで、本願発明と引用例記載の発明を対比すると、両者は、絶縁基板上に電解金属から成る導電体の「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を大きく形成した厚膜パターンである点において一致する。
もつとも、本願発明は左記の三点について限定している点において、引用例記載の発明と相違すると認められる。
<1> 導電体のメツキを一回で行い、そのメッキの厚みが15~200μmである点
<2> 「メツキ膜厚/パターン間隔の比」が一・四以上である点
<3> 配線の密度が五本/mm以上である点
4 各相違点について検討する。
<1> 電気メッキによつて厚膜パターンを形成するに当たり、銅の電気メツキによつて一層のメツキの厚みが2.5~76μmのものが得られることは、周知の事項である(例えば、綱島瑛一著「多層プリント回路設計」(日刊工業新聞社昭和四九年六月二〇日発行)の第六七頁2・6・4「電気銅めつき浴」(以下「周知例」という。)を参照)。
したがつて、相違点<1>に係る本願発明の構成は、当業者ならば容易に想到し得た事項である。
<2> 前記のように、引用例に「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を大きく形成した厚膜パターンが開示されている以上、相違点<2>に係る本願発明の構成は、当業者ならば必要に応じて任意になし得た設計事項である。
<3> 単位面積当たりの導体パターンの数を多くした、いわゆる高密度配線は本件出願前に周知である。また、導体パターンの電気抵抗値を低減するために、導体パターンの幅を広くしたり厚みを増したりすることは、常用される手法である。そして、前記のように、引用例には厚膜パターンの厚みを大きくして電気抵抗値を低減し、パターンの間隔を小さく形成した厚膜パターンが記載されているのであるから、配線密度を高めると共に電気抵抗値を低減するたあに、パターン間隔を小さくしメツキ厚みを大きく形成することによつて、相違点<3>に係る本願発明の構成のように配線密度を五本/mm以上とすることは、当業者ならば容易に想到し得た事項である。
5 以上のとおり、本願発明は、引用例記載の技術的事項及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは争わない。しかしながら、審決は、本願発明と引用例記載の発明の相違点を看過し、かつ、その認定した相違点の判断を誤つた結果、本願発明の進歩性を誤つて否定したもであつて、違法であるから取り消されるべきである。
1 相違点の看過
本願発明は特許請求の範囲において「厚膜パターン」の厚みの数値を限定していないが、電流を駆動力に変換する小型モーター等のコイルパターンを対象とし、かつ、一回のメツキ厚みを15μm以上としている以上、本願発明にいう「厚膜パターン」が膜厚15μm以上のものを意味することは明らかである。これに対し、引用例記載の発明は、物理的変化を電流に変換するピツクアツブカートリツジ用等のコイルパターンを対象とし、したがつて15μm以上もの膜厚は不要であるから、引用例記載の膜状パターンは本願発明にいう「厚膜パターン」に該当しない。
また、引用例記載の発明は、電気抵抗値を低減するために導体の厚みを大きくし導体の幅を小さくすると導体が剥離してしまうとの知見に基づいて、導体上にメツキレジスト層とメツキ層を交互に形成する多層メツキ法を採用したのであつて、各メツキ層の間にフオトレジストが残留している。しかしながら、フオトレジストは耐電圧が低いのみならず、熱膨脹係数がメツキ層と異なるからメツキ層とフオトレジストの間の強度が低下するが、本願発明においては、メツキ層とメツキ層との間隔にはフオトレジストが残留していないし、また一回のメツキおよつて厚膜パターンが形成されるから、メツキ層にフオトレジストが喰い込むことによる不都合が生じない。
審決は、右のような相違点を看過し「本願発明と引用例記載の発明は厚膜パターンである点において一致する」とした上で両者を対比したものであつて、誤りである。
2 相違点の判断の誤り
<1> 審決は、銅の電気メツキによつて一層の厚みが2.5~76μmのメツキが得られることが周知例に記載されているから、引用例記載の多層メツキ法に代えて一回のメツキで本願発明が要旨とする厚みのメツキ層を得ることは容易に想到し得た事項である、との趣旨を説示している。
しかしながら、周知例記載の事項は基板の全面をメツキする技術(メツキの太りは問題にならない。)に関するものであつて、これを直ちに膜状パターン(細い線状であるから、メツキの太りを避ける必要がある。)の製造に適用することはできないから、周知例を論拠とする審決の相違点<1>の判断は誤りである。
<2> 審決は、「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を大きく形成した膜状パターンが引用例に開示されているから、その比の数値を一・四以上とすることは設計事項である、と判断している。
しかしながら、引用例記載の発明は、「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を大きく形成した膜状パターンを一回のメツキで得ることが困難であるとの知見に基づいて多層メツキ法を採用したものであり、しかも引用例記載の膜状パターンが本願発明にいう「厚膜パターン」といえないことは前記のとおりである。これに対し、本願発明の膜状パターンは、一回のメツキによつて得られる「メツキ膜厚/パターン間隔の比」が一・四以上の、厚膜のものである。したがつて、引用例記載のパターンの膜厚と、本願発明のパターンの膜厚は技術的意義を異にするから、引用例を論拠とする審決の相違点<2>の判断は誤りである。
そもそも、本願発明が「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を一・四以上に限定したのは、電解メツキを行う際の陰極電流密度が小さいと膜幅方向への太りが生ずるが陰極電流密度が5A/dm2以上ならば膜幅方向への太りが抑制されるところ、別紙図面Aの第1図(導電体幅、すなわち125μmをパターン間隔とする。)に示すように、陰極電流密度8A/dm2の線は「メツキ膜厚/パターン間隔の比」が一・四付近において屈折するとの知見に基づくものである。そして、電解メツキを行う際の陰極電流密度が5A/dm2以上で、かつ、「メツキ膜厚/パターン間隔の比」が一・四以上ならば、第2図に示すように膜厚方向への生長が膜幅方向への生長より著しく大きくなつて配線密度五本/mm以上の厚膜パターンが得られるのであるから、「メツキ膜厚/パターン間隔の比」の数値を一・四以上に限定することは単なる設計事項ではない。
<3> 審決は、配線密度を高め、しかも電気抵抗値を低減するために、膜状パターンの間隔を小さくし厚みを大きく形成して「配線密度五本/mm以上」とすることは容易に想到し得た事項であると説示している。
しかしながら、メツキには膜幅方向への太りの現象があるので、従来は、一回のメツキによつて膜状パターンの厚みを大きく形成して電気抵抗値を低減することと、配線密度を高めることは技術的に両立し得ないと考えられていたのであるから、相違点<3>に関する審決の判断も誤りである。
第三 請求の原因の認否、及び、被告の主張
一 請求の原因一ないし三は、認める。
二 同4は、争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。
1 本願発明と引用例記載の発明の一致点及び相違点の認定について
原告は、引用例記載の膜状パターンは「厚膜パターン」ではないし、メツキ層の間にフオトレジストが残留している点において本願発明と相違すると主張する。
しかしながら、そもそもどの程度の厚みのものを「厚膜パターン」というべきかが明らかでない。
しかも、本願明細書には、厚膜パターンを得る方法として、「絶縁性基板上に形成された薄膜パターンに導電体を電解メツキにより厚付けして、厚膜パターンを得る」(手続補正書中の訂正明細書第二頁第九行ないし第一一行)旨記載されており、引用例記載の膜状パターンも同様に絶縁性基板上に形成した薄膜導体の上に電気メツキおより銅メツキ層を積み重ねて膜状パターンの厚みを大きく形成したものであるから、「本願発明と引用例記載の発明は厚膜パターンである点において一致する」とした審決の認定に誤りはない。
また、本願発明はメツキ層自体の構成や組成を要旨とするものではないから、メツキ層の間にフオトレジストが残留しているか否かを引用例記載の発明との相違点とすることはできない。
2 相違点の判断について
<1> 原告は、周知例記載の事項は基板の全面をメツキする技術に関するものであるからこれを直ちに膜状パターンの製造に適用することはできない、と主張する。
しかしながら、銅の電気メツキによつて配線パターンを形成することは周知技術であり、周知例に一回のメツキで76μmの厚みのメツキ層が得られることが記載されている以上、引用例記載の多層メツキ法に代えて一回のメツキで本願発明が要旨とする15μm以上の厚みのメツキ層を得ることが容易に想到し得た事項であることは明らかであつて、相違点<1>に関する審決の判断に誤りはない。
<2> 原告は、引用例記載の発明は「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を大きく形成した膜状パターンを一回のメツキで得ることが困難であるとの知見に基づいて多層メツキ法を採用したものであるから、引用例記載の膜状パターンの膜厚と本願発明の膜状パターンの膜厚は技術的意義を異にする、と主張する。
しかしながら、引用例に「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を大きく形成した膜状パターンが記載されている以上、その比の数値を一・四以上に限定する程度のことは当業者にとつて設計事項という他なく、相違点<2>に関する審決の判断に誤りはない。
<3> 原告は、メツキには太りの現象があるので、一回のメツキによつて膜厚を大きくし電気抵抗値を低減することと、配線密度を高めることは技術的に両立し得ないと考えられていた、と主張する。
しかしながら、前述のとおり引用例には「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を大きく形成した膜状パターンが記載されているのであるから、膜状パターンの幅は広げず厚みを大きく形成することにより電気抵抗値を低減すると共に、膜状パターンの幅を小さくし各膜状パターンの間隔も狭めることにより配線密度を高める周知の技術を用いて「配線密度五本/mm以上」とすることは当業者ならば容易に想到し得た事項ということができ、相違点<3>の判断にも誤りはない。
第四 証拠関係
証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、同目録をここに引用する。
理由
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いがない甲第二号証の二(手続補正書中の訂正明細書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について左記のような記載が存することが認あられる(別紙図面A参照)。
1 技術的課題(目的)
本願発明は、高密度かつ高信頼性の厚膜フアインパターンに関する(第一頁第一二行及び第一三行)。
厚膜フアインパターンは、小型コイル等の分野において要求され、とりわけ近年のモータの小型化に伴つて、一〇~二〇本/mmのフアインパターンを有するフアインコイルの開発が要望されているが、薄膜パターンに導電体を電解メツキにより厚付けして厚膜パターンを得る方法では、均一の膜厚を有するものは得にくく、パターン化されていない膜薄導電体にレジストでマスクして電解メツキする方法ではプロセスが多く高精度の処理が要求され、膜厚とパターン間隔との比が大きいものは得にくいなどの欠点があつた(第一頁第一五行ないし第三頁第三行)。
本願発明の技術的課題(目的)は、従来技術の右問題点を解決し、均一性に優れた高性能の厚膜フアインパターンを創案することである(第三頁第四行ないし第六行)。
2 構成
本願発明は、右技術的課題(目的)を解決するたあに、その要旨とする構成を採用したものである(第一頁第五行ないし第九行)。
本願発明の厚膜フアインパターンは、左記のような方法によつて製造することができる。すなわち、
金属薄板上の、パターン部以外の部分にレジストを形成した後、パターン部に、電解メツキによつて「メツキ膜厚/パターン間隔の比」が一・四以上、配線密度が五本/mm以上、一回のメツキ膜厚15~200μmの導電体を形成する。次いで、得られた導電体を金属薄板を上にして絶縁性基板に貼り付けた後、金属薄板をエツチングによつて除去し、さらに、必要ならば露出した導電体上に導電体を電解メツキすることによつて、最終膜厚15~400μmのパターンが完成する(第三頁第一九行ないし第四頁第一〇行)。
フアインパターンの電解メツキにおける重要な因子は陰極電流密度であつて、陰極電流密度が小さいときは幅方向への太りが生ずるが、陰極電流密度を大きくすれば幅方向への太りが抑制されるので、陰極電流密度5A/dm2以上が好ましい。第1図は、電解メツキ層の幅方向の成長長さに対する厚さ方向の成長長さをプロツトして得た、電解メツキ層の成長曲線である。これによれば、陰極電流密度が2A/dm2の電解メツキは幅方向が厚み方向の約二倍の速さで成長し、陰極電流密度が5A/dm2の電解メツキは厚み方向が幅方向より速く成長する、すなわち、メツキ層の異方向性の成長が生ずることを示す(第六頁第九行ないし第七頁第九行)。
また、電解メツキにおけるもう一つの重要な因子は、「メツキ膜厚/パターン間隔の比」であつて、前記の陰極電流密度において「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を一・四以上にすることによつて、幅方向の成長を更に少なくし、選択的に厚み方向に成長させることができる。第2図は、一回目のメツキの成長曲線を示すものであつて、陰極電流密度2A/dm2の電解メツキ(比較例2)では異方性は発現せず、高精度かつ高信頼性の厚膜フアインパターンは得られない。また、陰極電流密度8A/dm2の電解メツキ(比較例1)であつても、「メツキ膜厚/パターン間隔の比」が一・四未満では、同様に高精度かつ高信頼性の厚膜フアインパターンは得ることは困難である。本願発明の実施例4のように、「メツキ膜厚/パターン間隔の比」が一・四以上になるように一回でメツキを行うことによつて、はじめて高精度かつ高信頼性の厚膜フアインパターンが得られるのである(第七頁第一〇行ないし第八頁第八行)。
3 作用効果
本願発明の厚膜フアインパターンは、抵抗値が小さい小型コイル、高密度コネクタあるいは高密度配線などに好適である。とりわけ、パターンを渦巻状に形成して得られたコイルは、小型で高性能なものである(第一八頁第五行ないし第八行)。
二 一方、引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは原告も認めるところであるが、原告は本願発明と引用例記載の発明の一致点及び相違点に関する審決の認定を争うので、引用例記載の技術内容を検討する。
成立に争いない甲第三号証(特許出願公開公報。別紙図面B参照)によれば、引用例記載の発明は名称を「膜状パターンの製造方法」とする発明であつて(第一頁左下欄第三行)、例えば可動コイル型ビツクアツプカートリツジ等に用いる膜状パターンの微小平板コイルは電気抵抗を小さくするために導体膜厚が大で導体間隔が小であることが必要であるが(第一頁右下欄第二行ないし第七行)、フオトエツチングで形成される従来の膜状パターンは、第1図に示すように導体2の厚さtを大に形成するとサイドエツチlも大になり導体2の厚さtを間隔dより大に形成することが困難であるし(第一頁右下欄第九行ないし第一四行)、基板の片面あるいは両面に薄膜パターンを形成しその表面に金属メッキを形成すれば導体膜厚が大で導体間隔が小の膜状パターンを得られるが、メツキを施す前の導体幅を小さくしすぎると導体が基板から剥離してしまう(第一頁右下欄第一八行ないし第二頁左上欄第六行)との問題点を解決するために、「電気絶縁性基板上に真空蒸着、フオトエツチング、メツキ等にて膜状導体パターンを形成する工程と、該導体パターンの側面及びその表面周辺部に絶縁性メツキレジスト層を形成する工程と、該導体パターンの露出部分に該メツキレジスト層を形成する前の該導体パターンと略同程度の幅のメツキ層を形成する工程とよりなることを特徴とする膜状パターンの製造方法」(第一頁左下欄第五行ないし第一二行)を要旨とする構成を採用したものと認められる。
そして、同号証によれば、別紙図面Bの第2図ないし第6図はその一実施例の工程を示すパターンの横断面図であるが(第三頁右上欄第一三行ないし第一五行)、その要点は、導体パターンの側面及びその表面周辺部に予めメツキレジスト層を形成し露出部分にメツキ層を形成することによつて膜幅を広げることなく膜厚のみを大きくし(第一頁左下欄第一四行ないし第一八行)、メツキ層5、5'…は電気抵抗値を測定しながら所望の電気抵抗値に達するまで積み重ねられる(第二頁左下欄第一〇行ないし第一三行)点にあり、右構成によつて、膜状パターンの厚さを任意の大きさに形成して所望の電気抵抗値が得られること、メツキ前の導体膜幅を極度に小さく形成する必要がなく生産性に優れること、導体パターンを形成した後にメツキによつて膜厚を増加するので導体間隔を小に形成できること、メツキ層によつてコイル導体の断面積を増大できるので電気抵抗値を確実に小に形成できること(第三頁左上欄第四行ないし右上欄第六行)などの作用効果を奏するものと認められる。
そうすると、引用例記載の発明は、導体膜厚が大で導体間隔が小の膜状パターンを得ることを技術的課題(目的)とする点において、本願発明と全く同一の技術的思想であることが明らかである。
三 本願発明と引用例記載の発明の一致点及び相違点の認定について
原告は、本願発明は小型モーター等のコイルパターンを対象とし一回のメツキ厚みを15μmとしている以上、本願発明にいう「厚膜パターン」は膜厚15μm以上のものを意味するが、引用例記載の発明はピツクアツブカートリツジ等のコイルパターンを対象とするから15μm以上もの膜厚は不要であるから、引用例記載の膜状パターンは本願発明にいう「厚膜パターン」に該当しない、と主張する。
しかしながら、前掲甲第二号証の二によれば、本願明細書にはその「厚膜パターン」がどの程度の厚みのものをいうか明らかにした記載は存しないと認められるから、本願発明にいう「厚膜パターン」とは膜幅に対して膜厚がより大きく形成されている膜状パターンを意味するにすぎないと考えざるを得ないところ、引用例記載の膜状パターンがこれに該当することは前記認定によつて明らかであるから、「本願発明と引用例記載の発明は厚膜パターンである点において一致する」とした審決の認定に誤りはない(念のため付言すれば、本願発明は前記のようにその厚膜パターンの用途を小型モーター等のコイルパターンに限定することを要旨とするものではないし、引用例記載の膜状パターンも、「例えば可動コイル型ピツクアツブカートリツジ等に用いる膜状パターン」(前掲甲第三号証の第一頁右下欄第二行及び第三行)と記載されているように、その用途がピツクアツプカートリツジ等のコイルパターンに限定されるものではない。)。
また、原告は、引用例記載の膜状パターンには各メツキ層の間にフオトレジストが残留しているが、本願発明においてはメツキ層にフオトレジストが残留していないし、一回のメツキによつて厚膜パターンが形成されるからメツキ層にフオトレジストが喰い込まない点において相違する、と主張する。
しかしながら、本願発明が一回のメツキ厚み、「メツキ膜厚/パターン間隔の比」及び配線密度をそれぞれ特定の数値に限定することを要旨とする発明であることは前記のとおりであつて、メツキ層の上に塗布するフオトレジストの塗布方法を要旨とするものではなく、また、一回のみのメツキによつて形成されることを特徴とするものでもないから、原告の右主張は本願発明の要旨に基づかないものであつて失当である。本願発明の厚膜パターンが一回のみのメツキによつて形成されることを特徴とするものでないことは、前掲甲第二号証の二によれば、訂正明細書の第四頁第七行及び第八行に「更に必要により露出した導電体上に導電体を電解メツキする」と記載され、また、実施例3として鋼の100μm厚電解メツキに次いで50μm厚電解メツキを行うことにより膜厚150μmのパターンを得た例(前掲甲第二号証の二第一四頁第一三行ないし第一五頁第四行)が記載されていることからも明らかである。
四 相違点の判断について
1 原告は、周知例記載の事項は基板の全面をメツキする技術に関するものであるから、これを直ちに膜状パターンの製造に適用することはできない、と主張する。
しかしながら、成立に争いない甲第四号証(周知例)によれば、「スルーホールプレイテイング」の項に、一回の電気鋼メツキによつて25μm、51μmあるいは76μmの厚みのメツキ層が得られる(第六七頁)旨記載されていることが認められ、このことは本件出願前の周知事項であつたことが明らかである。そして、スルーホールプレイテイングも広義の配線パターンの形成技術である点において、引用例記載の発明と共適するから周知例記載の事項がスルーホールプレイテイングに関するものであることは、当業者が右周知技術を引用例記載の発明に適用するとの試みを妨げる理由になるものでなく、膜状パターンの導電体の一回のメツキ厚みを本願発明が要旨とするように「15~200μm」とすることは、当業者ならば容易に想到し得た事項という他ない。
したがつて、相違点<1>に関する審決の判断に誤りはない。
2 原告は、本願発明における「メツキ膜厚/パターン間隔の比が一・四以上」との数値限定に関して、引用例記載の膜状パターンの厚みは多層メツキ法によつて得られるものであるのに対し本願発明の膜状パターンの厚みは一回のメツキによつて得られるものであるから両者の膜厚は技術的意義を異にする、と主張する。
しかしながら、本願発明の厚膜パターンが一回のみのメツキによつて形成されるとする点が本願発明の要旨に基づかないものであることは前記のとおりである。のみならず、前記のように引用例に「メツキ膜厚/パターン間隔の比」を大きく形成した膜状パターンが明快に示されている以上、その比の数値を一・四以上に限定する程度のことは当業者にとつて設計事項にすぎないと考えられるから、原告の右主張は失当である。
この点について、原告は、別紙図面Aを援用し、本願発明は電気メツキを行う際の陰極電流密度の数値との関連においてその要旨を「メツキ膜厚/パターン間隔の比が一・四以上」との数値に限定したものであり、単なる設計事項ではないと主張するが、本願発明は物の発明であつて電気メツキを行う際の陰極電流密度の数値を要旨とするものでないから、原告の右主張も失当といわざるを得ない。
3 原告は、パターン間隔を小さくしメツキ厚みを大きく形成することによつて配線密度を五本/mm以上とすることは容易に想到し得た事項であるとした審決の相違点<3>に関する判断は誤りである、と主張する。
しかしながら、前記のとおり本願明細書に「一〇~二〇本/mmのフアインパターンを有するフアインコイルの開発が要望されている」(前掲甲第二号証の二第二頁第六行ないし第八行)と記載されているように、膜状パターンにおいて高密度配線のものが望ましいことは本件出願前に周知の事項であつたことが明らかであるところ、前掲甲第二号証の二によれぱ、本願明細書には「配線密度五本/mm」が格別の技術的意義を有する数値である理由は何ら明らかにされていない。そうすると、本願発明の「配線密度五本/mm以上」との数値は、一つの望ましい目安として設定されたにすぎないと考えざるを得ないから、配線密度五本/mm以上とすることは当業者ならば容易に想到し得た事項であるとした審決の相違点<3>に関する判断も、妥当なものである。
五 以上のとおり、審決の本願発明と引用例記載の発明の一致点及び相違点に関する認定、及び、相違点の判断は正当であつて、審決には原告が主張するような違法はない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)
別紙図面A
<省略>
別紙図面B
<省略>