大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(行ケ)265号 判決

原告 甲野太郎

被告 日本弁護士連合会

〔抄 録〕

一 請求原因第1項の事実及び被告の懲戒委員会が本件処分の前提として認定した、原告の非行とされる行為の内容及びそれに至る経緯が被告の主張第1項のとおりであり、その要旨が請求原因第2項のとおりであることは当事者間に争いがない。

そして、《証拠》を総合すると、右の点につき、被告の懲戒委員会が認定したとおりの事実を認めることができ、乙第三四号証及び原告本人の供述中右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二 そこで、以下原告が本件処分につき違法であると主張する点について検討する。

《中略》

(二) 本件処分における判断に事実誤認等の違法があるとの主張について

本件文書の作成、行使の事実とこれに至る経緯について右に認定したところによれば、被告の本件処分についての判断中に事実誤認はなく、また原告の行為についての法律上の評価、判断における誤りもなかったものということができる。

原告は、本件文書中加藤憲の個人又は会社の代表者としての作成名義部分につき、同人の承諾を得て作成したものであると主張し、《証拠》中右主張に沿う部分がある。しかし、さきに認定したように、加藤憲は、その生前に原告に対して北東金属の業務の整理、経費の一部の立替払い、賠償補償金の受領等の事務を委任していたけれども、自己の死後における自己名義の文書の作成までも承諾していたものと認めることは到底できない。そして、委任関係は本人の死亡によって消滅するのであるから、生前における右認定の委任関係は、同人の死亡によって終了したものであり、したがって、生前に右認定の委任関係があったことから、同人の死亡後において原告に本件文書を作成する権限があるものと認める余地はないというべきである。また、本件文書中加藤テツ作成名義の部分についても同人の承諾を得たとする原告本人の供述は、前認定の経緯に照らして採用し難く、前認定の経緯に弁論の全趣旨によれば、右部分もまた加藤テツの承諾を得ることなく作成されたものであることが認められる。

原告は、本件文書は、税務当局の指導に基づき、しかも、税務処理上他に適切な方法がなかったために、止むを得ず作成したものであるうえに、その内容は真実に合致していると主張するが、名義人の死後に作成の日付をその生前の日に遡らせることとなる文書の作成を税務当局が指導したというのは不自然であって、原告本人の供述中これに沿う部分はにわかに採用することができず、また、仮に原告がそのような示唆を受けたとしても、弁護士たる者は、その法律上の当否について的確な判断をすることができるのであるから、これを作成したことにつき、原告はその責任を免れることができないものというべきである。そして、本件証拠上、他に本件文書を作成しなければならない止むを得ない事情があったものと認めることはできない。また、その内容が真実に合致しているとしても、本件文書の作成が許容される何らの根拠となるものではない。

さらに、原告は、本件文書は北東金属の業務整理の経過を報告する資料として作成したものであって、綱紀委員会や前記両代理人に証拠として提出したものではないと主張するが、その作成の目的が原告の主張するとおりであったとしても、そのことが本件文書の作成が許容される根拠となるものではないうえに、原告は、本件文書を、綱紀委員会や前記両代理人に対し、自己の金銭支出行為が正当であることを裏付ける証拠資料として提出したことは前記認定のとおりであるから、原告の右主張は採用することができない。

(三) 本件処分が懲戒権の濫用であるとの主張について

本件文書のうちの原告の立替金に関するものに記載された金額の合計が七五万円であり、<1>と<7>の各文書が社団法人土地住宅総合調査会との関係についてのものであること及び本件につき懲戒を申し立てた前記加藤テツら四名がいずれも原告の親族であり、本件文書の作成及び行使につき懲戒の申立てがなされた背景に親族間の紛争が存在したことは、いずれも原告の主張するとおりである。

しかし、すでに認定、判断したように、原告において、加藤憲の死亡の後に本件文書を作成することが許容される余地のないことは法律上明白であるにもかかわらず、原告は、何らの根拠もないのに、加藤憲の授権によりこれが許容されるものとして、同人からの委任事務の処理の一環として本件文書を作成してこれを行使したものであることが明らかである。また、第一項に掲記した各証拠によれば、原告と加藤憲との委任関係は、親族間の情誼に基づいた協力関係に留まるものではなく、報酬の授受を伴う弁護士に対する委任関係であることが明らかであり、また、仮に原告の前示行為が弁護士としての業務としてなされたものではなかったとしても、その行為が弁護士の品位を害する非行であることに変わりがないものといわなければならない。そして、本件文書の内容及びその行使の態様にその経緯を総合すると、原告に有利な右の事情を参酌しても、原告を戒告に処した本件処分は相当であり、本件処分に懲戒に関する裁量権の濫用はないというべきである。

(橘 小川 市村)

(原告の請求原因)

1 原告は、第一東京弁護士会に所属する弁護士であるが、被告は、原告に対し、平成二年九月四日付けで本件処分をし、右処分は、同月六日到達の書面で原告に通知された。

2 被告の懲戒委員会が本件処分の前提として認定した原告の行為とそれに対する判断の要旨は、次のとおりである。

(一) 加藤テツ、加藤俊彦、加藤ツネ子、見角郁子の四名が、昭和六〇年一月七日、第一東京弁護士会に対して申し立てた原告に対する懲戒請求事件(同弁護士会昭和六〇年第一号綱紀事件、以下「昭和六〇年第一号綱紀事件」という。)の審理において、原告は、同弁護士会の綱紀委員会に対し、自己の主張事実を立証するために別紙<1>ないし<7>の文書七通(以下各文書を「<1>の文書」のようにいい、全文書を「本件文書」という。)を証拠として提出したほか、右四名が、同月一七日、東京地方裁判所に対して、原告を債務者として申し立てた北東合名会社(以下「北東」という。)の業務執行社員の職務停止を求める仮処分申請事件(同裁判所昭和六〇年(ヨ)第二〇〇一号、以下「本件仮処分事件」という。)において同年六月二八日成立した和解の定めるところに従って、当事者双方の代理人が原告の立替金等の金銭支出行為の当否について協議することになったところ、原告は、右両代理人に対し、本件文書を自己の主張事実を立証するための証拠として提出した。

(二) 本件文書は、原告が作成名義人の承諾を得ないで勝手に作成したものであり、しかも、合資会社北東金属製作所(以下「北東金属」という。)の代表社員加藤憲名義の文書については、同人の死後に作成日付をその生前の日付に遡らせて作成したものである。したがって、原告の金銭支出行為等が右加藤憲の依頼に基づくものであったとしても、本件文書を自己が当事者となっている綱紀事件や民事紛争において、その主張事実を裏付ける証拠として提出することは、綱紀委員会や前記両代理人の判断を誤らせるおそれがあり、正義を尊び真実を重んじる弁護士としては厳に慎むべきことであって、原告の右の行為は、弁護士としての品位を害し、その社会的信用を失墜させる非行に当たる。

(被告の主張)

1 被告の懲戒委員会が本件処分の前提として認定した原告の非行とそれに至る経緯及び懲戒についての判断は次のとおりである。

(一) 原告の非行とそれに至る経緯について

(1) 加藤憲は、北東金属の無限責任社員であったが、昭和三七年頃、親会社の合資会社王子化学が倒産したことから、長女の夫である原告に北東金属の連鎖倒産の防止と業務の整理とを依頼した。以来、原告はこれに応えて、北東金属の業務を整理しながら会社所有の埼玉県戸田市所在の借地上の工場を第三者に賃貸して収入の道を開くなどして、会社存続の基盤を確立した。

(2) その間、原告は、右工場敷地について地主との間で賃料の増額や契約の存続をめぐる交渉を行い、契約を更新させることができた。そして、原告は、その更新料三〇〇万円を立て替えて支払ったほか、会社業務のために必要な経費の一部をも立て替えて支払った。

(3) 加藤憲は、昭和五一年頃、右工場敷地が東北・上越新幹線用地として買収される見通しとなったことから、原告に対し、買収補償金の受領を含む、これに関する国鉄との交渉等の一切の事務を委任した。

(4) 昭和五二年一月、加藤憲の妻テツ、子の加藤俊彦及び加藤ツネ子が新たに北東金属の無限責任社員となり、更に、代表社員であった加藤憲が昭和五四年八月一日死亡したことから、その子見角郁子、高田あい(原告の妻)が無限責任社員に、原告が有限責任社員になり、テツが代表社員に就任した。

(5) 昭和五八年七月、原告は、北東金属の代理人として、国鉄から借地権に対する二億九四七四万六四〇〇円の、建物に対する一五一〇万四五〇〇円の各買収補償金合計三億〇九八五万〇九〇〇円を受領した。

(6) 原告は、右買収補償金のうちから、自己の立替金等の一部を精算したが、北東金属の会計帳簿に右立替金等が全く記帳されていなかったため、当年度の税務申告に際し、税務当局にこれら立替金を過年度の繰越累積債務として認めてもらうための裏付資料に使用する目的のもとに本件文書を作成した。

(7) <1>ないし<6>の各文書は、いずれも昭和五八年秋頃作成されたものであるが、原告は、加藤憲ら作成名義人に無断でこれらを作成し、しかもあたかも加藤憲の生前に作成されたかのように作成日付を遡らせたものであり、また<7>の文書は、昭和五八年一二月二六日頃作成されたものであるが、その作成について加藤テツの委任も承諾もなかった。なお、<4>及び<7>の各文書の社団法人土地住宅総合調査会の記名押印が同調査会の意思に基づくものかどうかは明らかではない。

(8) 北東金属は、昭和五九年二月に合名会社に組織変更して北東となり、加藤テツと原告とが代表権を持つこととなったが、加藤テツ、加藤俊彦、加藤ツネ子及び見角郁子は、昭和六〇年一月七日、前記買収補償金のうちから、原告が、自己の立替金等を精算したり、弁護料、報酬金等の名目で自己のために金員を支出したことを理由として、第一東京弁護士会に昭和六〇年第一号綱紀事件の申立てをし、更に、同月一七日、東京地方裁判所に原告を債務者として、本件仮処分事件の申請をした。

(9) 昭和六〇年六月二八日、右仮処分事件において、要旨次のような内容の和解が成立し、右事件は終了した。

<1> 北東の現金、預金、帳簿、代表者印等は、債権者加藤テツら四名の代理人弁護士佐々木正義及び債務者(原告)の代理人弁護士古城磐の両名に引き渡し、両代理人において管理する。

<2> 原告が前記買収補償金の受領後和解成立までの間にした一切の行為については、債権者らのうち二名以上の者が異議を申し出た場合、右両代理人が協議したうえその処理を決定し、当事者全員はその決定に従う。

ただし、両代理人の協議が整わない場合は、民訴法七八六条以下の仲裁手続によるものとする。

<3> 債権者らは、本日、昭和六〇年第一号綱紀事件を取り下げる。

(10) 加藤テツら四名は、右同日、右和解の定めるところに従って、昭和六〇年第一号綱紀事件の申請を取り下げた。

(11) しかし、加藤テツら四名は、昭和六〇年一〇月三一日、右和解条項<2>に基づき、前記両代理人に対し、原告の前記金銭支出行為等につき異議の申出を行い、これに対して原告は、同年一一月二八日、答弁書を提出し、両代理人間で協議が開始されたが、未だ解決を見ない状況にある。

(12) ところで、原告は、昭和六〇年第一号綱紀事件の審理において、第一東京弁護士会の綱紀委員会に対し、自己の前記金銭支出行為が北東金属の代表社員加藤憲の依頼に基づくことを立証するため、証拠として本件文書を提出したほか、前記(11)記載の異議の申出に基づいて原告の前記金銭支出行為の当否につき協議を開始した前記両代理人に対し、自己の主張事実を立証するための証拠として本件文書を提出した。

(二) 被告の懲戒委員会の懲戒についての判断

被告の懲戒委員会は、次のように判断した。すなわち、本件文書について、たとえ原告の金銭支出行為が加藤憲の依頼によるなど文書の内容と符合する実体があったとしても、作成名義人の承諾を得ないで勝手に文書を作成したり、その死後に生前の日付に作成日付を遡らせた同人名義の文書を作成したうえ、それらを自己が当事者となっている綱紀事件や民事紛争において、その主張を裏付ける証拠として使用することは、綱紀委員会や前記両代理人の判断を誤らせるおそれがあるから、正義を尊び真実を重んじる弁護士としては厳に慎しむべきであって、弁護士としての品位を害し、その社会的信用を失墜させる非行に当たる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!