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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)281号 判決 1991年4月11日

大韓民国

キヨンギド スウオン市 クウオンサング ミータンドン四一六

参加人

サムスング エレクトロニクス カンパニ リミテツド

右代表者

キム クアング ホ

右訴訟代理人弁護士

ウオーレン ジー シミオール

笠利進

同弁理士

斎藤和則

アメリカ合衆国

ミシガン州 四八二三二 デトロイト ユニシスプレス 一

原告(脱退)

ユニシス コーポレーシヨン

右代表者

ロナルド シー アンダーソン

右訴訟代理人弁護士

ウオーレン ジー シミオール

笠利進

同弁理士

斎藤和則

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

植松敏

右指定代理人通商産業技官

平沢伸幸

魚住高博

今井健

同通商産業事務官

高野清

主文

参加人の被告に対する請求を棄却する。

参加によつて生じた訴訟費用は、参加人の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を、九〇日と定める。

事実

第一  当事者が求める裁判

一  参加人

「特許庁が昭和五九年審判第九二六七号事件について平成元年一一月九日にした審決を取り消す。参加によつて生じた訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一項及び第二項と同旨の判決

第二  参加人の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

スペリーコーポレイシヨンは、昭和五六年八月一八日、名称を「ジヨセフソン・トンネル接合素子およびその製作方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、一九八〇年八月一八日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和五六年特許願第一二八二四八号)をしたが、昭和五九年一月一七日拒絶査定がなされたので、同年五月一四日査定不服の審判を請求し、昭和五九年審判第九二六七号事件として審理された結果、平成元年一一月九日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年一一月三〇日スペリー コーポレイシヨンに送達された(スペリーコーポレイシヨンのための出訴期間として九〇日が附加されている。)。

スペリー コーポレイシヨンは、一九八六年一一月一二日にバローズ コーポレイシヨンに吸収合併され、バローズ コーポレイシヨンは、同月一三日に商号を原告(脱退)ユニシス コーポレーシヨンと変更した。

参加人は、平成二年六月一三日、原告(脱退)から、本願発明の特許を受ける権利を譲り受け、その旨を特許庁長官に届け出たものである。

二  特許請求の範囲1に記載されている発明(以下「本願第一発明」という。)の要旨(別紙図面A参照)

高融点超電導材料から成り、一方が他方に重なつている第一及び第二の超電導層(1、5)と、

前記第一及び第二の超電導層の間に配設され、前記第一及び第二の超電導層の間の予め定めた活性領域を通じてジヨセフソン・トンネル電流が流れ得るようにする障壁材料の層(3)とを含み、

前記超電導材料の第二の層が前記予め定めた活性領域以外は酸化されて、トンネル接合を含む前記障壁内の前記予め定めた活性領域を通る前記トンネル電流を事実上制限すること

を特徴とする、ジヨセフソン・トンネル接合素子

三  審決の理由の要点

1  本願第一発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  一方、昭和五二年特許出願公開第八二〇九〇号公報(以下「引用例1」という。別紙図面Bの第5図及び第6図参照)には、

「一方が他方に重なつている第一及び第二の超電導層(5、7)と、右超電導層間の予め定めた活性領域を通じてジヨセフソン・トンネル電流が流れ得るようにする障壁材料(酸化膜)6を有し、前記第一及び第二の超電導層の、前記予め定めた活性領域を通じてのみジヨセフソン・トンネル電流が流れるように制限する酸化層5a、7aが、前記第一及び第二の超電導層(5、7)の、前記活性領域を除く部分を酸化することによつて形成されている、ジヨセフソン・トンネル接合素子」

が開示されている。

そして、超電導層(5、7)の材料として、酸化されやすい金属、例えばPb(鉛)やSn(錫)を用いることが記載されている。

3  また、アメリカ合衆国特許第三、七九八、五一一号公報(以下「引用例2」という。別紙図面C参照)には、

「高融点超電導材料であるNb(ニオブ)を用いたジヨセフソン・トンネル接合素子において、ジヨセフソン・トンネル電流が流れる領域を制限する領域を形成するために、Nb層の一部に酸化処理を施すこと」

が記載されている。

4  本願第一発明と引用例1記載の発明を対比すると、両者は、左記の一点においてのみ相違するが、他の点においては格別の相違がないと認められる。すなわち、

本願第一発明が、二つの超電導層の材料として高融点のものを用い、一方の高融点超電導層の一部が酸化されてジヨセフソン・トンネル電流が流れる領域を制限する領域が形成されているのに対し、

引用例1記載の発明は、高融点を有しない超電導材料から成る二つの超電導層それぞれの各一部を酸化してジヨセフソン・トンネル電流が流れる領域を制限する領域を形成している点

5  右相違点について検討する。

本願第一発明の「高融点超電導材料から成る層の一部に酸化処理を施されて、ジヨセフソン・トンネル電流が流れる領域を制限する領域が形成されること」は、単に、引用例2記載の技術を適用したにすぎず、予測困難な事項ではない。

また、本願第一発明の「ジヨセフソン・トンネル電流が流れる領域を制限する酸化領域が、一方の超電導層にのみ形成されていること」も、引用例1に記載されている「二つの超電導層それぞれの各一部に、制限領域である酸化領域を形成すること」に代えて、一方の超電導層の一部に酸化領域が形成されているにすぎず、格別の技術的事項ではない。

したがつて、相違点に係る本願第一発明の構成には、当業者にとつて想到困難な事項は、何ら含まれていない。

6  以上のとおり、本願第一発明は、引用例1及び引用例2に記載されている技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。そして、本願第一発明が特許を受けることができない以上、特許請求の範囲2に記載されている発明(ジヨセフソン・トンネル素子の製作方法)について検討するまでもなく、本件特許出願は拒絶されるべきものであるとした原査定は、正当である。

四  審決の取消事由

審決は、各引用例記載の技術内容を誤認して、本願第一発明と引用例1記載の発明の一致点の認定を誤り、かつ、相違点の判断を誤つた結果、本願第一発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。

1  一致点の認定の誤り

審決は、本願第一発明と引用例1記載の発明は、審決が認定した相違点を除く点において(したがつて、「超電導層の予め定めた活性領域以外が酸化されて、活性領域を通るトンネル電流を事実上制限する点」においても)一致すると認定している。

しかしながら、本願第一発明は、第二の超電導層の一部が、素子の上面から酸化されることによつて制限領域が形成されており(したがつて、超電導層の一部が除去される必要がない。)、ホトレジスト4を所望の寸法に設定することによつて、活性領域が「予め定めた」大きさに形成されたものである。

これに対し、引用例1記載の発明は、二つの超電導層5、7にパターニングを行つて本願第一発明の制限領域に相当する部分を除去し、除去されなかつた部分を本願第一発明にいう活性領域とするのであり(第二頁左下欄第七行以下)、除去されなかつた超電導層5、7の各露出部が、素子の側面から僅かに自然酸化して「酸化層5a、7a」を生ずるにすぎない。換言すれば、「酸化層5a、7a」は、活性領域を制限するため意図的に形成されたものではなく、したがつて、活性領域が「予め定めた」大きさに形成される保証はないのである。

以上のとおり、本願第一発明の制限領域と、引用例1記載の「酸化層5a、7a」は、技術的意義を異にするものであり、このことは、本願第一発明の活性領域が制限領域が存在しなければ画定され得ないのに対し、引用例1記載の超電導体装置の活性領域は、仮に「酸化層5a、7a」が存在しなくとも画定していることに鑑みても明らかであるから、審決の一致点の認定は、誤りである。

2  相違点の判断の誤り

<1> 超電導材料として高融点のものを用い、その一部を酸化して制限領域を形成する点

審決は、引用例2には「高融点の超電導材料であるNbを用いたジヨセフソン・トンネル素子」が記載されているとした上、「超電導材料として高融点のものを用い、その一部を酸化して制限領域を形成する点は、何ら想到困難な事項ではない」と説示している。

引用例2に、高融点の超電導材料について、電流の流れを制限する領域を除去することに替えて、陽極酸化による酸化によつて制限領域を形成するとの技術が記載されていることは、争わない。

しかしながら、引用例2記載の発明は、超電導に遷移する温度が異なる二つの材料(又は、超電導性を示さない材料と超電導材料)を、障壁層を介することなく重ね、二つの材料の厚さの違いによつて遷移温度が変化することを利用した素子に関するものであつて(別紙図面Cの図3ないし図5は、高融点超電導材料であるNbと高融点常電導材料であるTaを用いた素子において、パターニングによつてNb層の陽極酸化を行うことを示している。)、ジョセフソン・トンネル素子に関するものではない。

それゆえ、引用例2記載の技術的事項を、直ちに引用例1記載の発明にも適用し得るとする趣旨の審決の説示は、誤りである。

<2> 制限領域を第二の超電導層のみに形成する点

審決は、引用例1に「超電導層5、7の予め定めた活性領域を除く部分を酸化することによつて、活性領域を通してのみジョセフソン・トンネル電流が流れるように制限する「酸化層5a、7a」を形成する技術」が記載されていることを前提として、「本願第一発明の制限領域が、第二の超電導層の一部が酸化されて形成されている点は、引用例1に記載されている構成(すなわち、二つの超電導層それぞれの各一部を酸化して制限領域を形成する構成)の替わりに、一方の超電導層のみに制限領域が形成されているというにすぎず、格別の技術的事項ではない」との趣旨を説示している。

しかしながら、引用例1に「超電導層の一部を酸化して制限領域を形成する技術」が記載されていないことは前述のとおりであつて、審決の右説示は、引用例1記載の技術内容を誤認してなされたものであるから、誤りである。

付言するに、右相違点に係る本願第一発明の構成は、上下二つの超電導層のうち一方にのみ制限領域を設ける場合、いずれの超電導層に制限領域を設けるのが適当かを検討して得られたものであり、それによつて、障璧層の純度を維持するような処理も可能になるとの作用効果を奏するのであるから(明細書第一〇頁第一二行以下)、これを「格別の技術的事項ではない」とする審決の説示は、失当である。

第三  請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一ないし三は、認める。

二  同四は争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には参加人が主張するような誤りはない。

1  一致点の認定について

参加人は、「引用例1記載の発明は、二つの超電導層5、7の制限領域に相当する部分を除去し、除去されなかつた部分を活性領域とするのであり、除去されなかつた超電導層5、7の各露出部が催かに自然酸化して「5a、7a」となるにすぎないから、本願第一発明の制限領域と引用例1記載の「酸化層5a、7a」は技術的意義を異にする」と主張する。

確かに、引用例1記載の発明は、二つの超電導層5、7にパターニングを行つて本願第一発明の制限領域に相当する部分を除去している。しかしながら、除去されなかつた超電導層5、7の外側には「絶縁物の酸化層5a、7a」が形成され、ジョセフソン・トンネル電流は「酸化層5a、7a」の内側領域のみを流れる。すなわち、活性領域を最終的に画定しているのは、「酸化層5a、7a」に他ならない(自然酸化といえども、酸化であることに変わりはない。)。

このように、引用例1には、「ジョセフソン・トンネル電流が流れる領域(本願第一発明にいう「活性領域」)が、酸化層によつて制限されているジョセフソン・トンネル接合素子の構成」が明確に示されているから、審決の一致点の認定に、誤りはない。

この点について、参加人は、「引用例1記載の「酸化層5a、7a」は活性領域を制限するため意図的に形成されたものではなく、したがつて活性領域が「予め定めた」大きさに形成される保証はない」と主張する。しかしながら、本願第一発明は、活性領域の大きさの数値限定を要旨とするものではなく、本願第一発明の素子自体が活性領域の大きさを制御する手段を備えているわけでもないから、活性領域が「予め定めた」大きさに形成される保証がない点においては、本願第一発明と引用例1記載の発明の間に、差異はない。

なお、参加人は、「引用例1記載の超電導体装置の活性領域は、仮に「酸化層5a、7a」が存在しなくとも画定している」とも主張するが、現に引用例1に「超電導層に「酸化層5a、7a」が形成された構成」が示されている以上、「酸化層5a、7a」が存在しないことを前提とする主張は、無意味である。

2  相違点の判断について

<1> 超電導材料として高融点のものを用い、その一部を酸化して制限領域を形成する点

参加人は、「引用例2記載の発明はジョセフソン・トンネル素子に関するものではないから、引用例2記載の技術的事項を直ちに引用例1記載の発明にも適用し得るとする審決の説示は、誤りである」と主張する。

確かに、別紙図面三の図3ないし図5のスリツトに形成される位相スリツプ接合を流れる電流は、ジョセフソン。トンネル電流といえないから、審決が引用例2記載の素子を「ジョセフソン・トンネル素子」と表現したのが不適切であつたことは否めない。

しかしながら、引用例2記載の素子は、高融点超電導材料であるNo層に挟まれた接合部を有しており、「ジョセブソン・トンネル素子に極めて類似する構造を有し、ジョセフソン・トンネル素子と同様の効果を示す、超電導薄膜素子」に他ならない。それゆえ、引用例2記載の技術的事項を引用例1記載の発明に適用することが、当業者ならば容易であつたことに変わりはなく、接合部を流れる電流がジョセフソン。トンネル電流でないことは、右適用の妨げとなり得ない。

<2> 制限領域を第二の超電導層のみに形成する点

参加人は、「本願第一発明の制限領域が一方の超電導層のみに形成されていることは格別の技術的事項ではないとする審決の説示は、引用例1の技術内容を誤認してなされたもので、誤りである」と主張する。

しかしながら、引用例1に「活性領域を最終的に画定する酸化層5a、7a」が記載されていることは前述のとおりであるから、参加人の右主張は失当である。そして、二つの超電導層それぞれに制限領域を形成することに代えて、いずれか一方の超電導層のみに制限領域を形成することには、何らの技術的意義も認めることができないから、審決の相違点の判断にも、誤りはない。

この点について、参加人は、「本願第一発明は、右相違点に係る構成によつて、障璧層の純度を維持するような処理も可能になるとの効果を奏する」と主張するが、制限領域を第二の超電導層のみに形成させた構成が、なにゆえ右のような効果と結び付くのか、明らかでない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、参加人主張の審決の取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いない甲第二号証(明細書)及び第三号証(手続補正書)によれば、本願発明の目的、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(一)  目的

本願発明は、超電導スイツチングあるいはゲートの機能を果たす、ジヨセフソン・トンネル接合装置の改良に関する(明細書第五頁第三行ないし第六行)。

能動スイッチング又はゲート素子としてジヨセフソン・トンネル接合を用いる、超電導記憶装置回路あるいは論理回路は周知である。このジョセフソン接合素子は、障壁層を間に挟んだ二層の隣接した超電導材料から成るのが通常であつて、ジョセフソン・トンネル電流は、一方の超電導層から障壁層を通して他方の超電導層へ流れる(ジヨセフソン・トンネル効果)。二層の超電導層を接続して超電導ループを形成し、これに隣接して制御線を配線すると、ジヨセフソン素子を流れるジヨセフソン零電圧電流は、回路に必要な電流の制御機能を与えるように制御されるのである(同第五頁第八行ないし第六頁第二行)。

従来技術においては、大きなジヨセフソン電流を通すために障壁層を薄くせざるを得なかつたが、障壁層が薄いと、ジヨセフソン素子のキヤパシタンスが高くなりすぎる(同第六頁第一七行ないし第七頁第一行)。また、従来技術においては、低融点の超電導金属(鉛、インジウム、錫あるいはそれらの合金)を用いてジヨセフソン素子を製作していたが、そのような素子では集積回路の細線接続が困難であるし(同第七頁第一七行ないし第八頁第二行)、アルミニウムを用いると、素子を低温にするために多くのエネルギを必要とするとの不都合がある(同第八頁第八行ないし第一一行)。

本願発明の課題は、このような従来技術の問題点を解決することである。

(二)  構成

本願第一発明は、右課題を解決するために、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書第二丁第三行ないし第一六行)。

すなわち、本願第一発明は、高融点の超電導体と、トンネル用半導体又は酸化物の障壁層を併せて用いる種類の、新規な構造のジヨセフソン・トンネル素子である(明細書第九頁第九行ないし第一三行)。

これを一実施例によつて説明すると、別紙図面一の図1ないし図4は本願第一発明の構成の断面を示すものであつて、2が基板、1と5が超電導層、3が障壁層、4がホトレジストであり、5'が非陽極酸化の超電導、5"が陽極酸化の超電導を成す(同第二六頁第一六行ないし第二七頁第一行、第二七頁第九行ないし第一一行)。

(三)  作用効果

本願第一発明によれば、密封された障壁層の界面の不純物は最少であつて、その界面領域は本質的に清浄である(同第九頁第一六行ないし第一九行)。

2  そうすると、本願第一発明(物の発明)は、超電導層の材料として高融点のものを採用しつつ、製造工程の困難を避けるために、超電導層の一部が、除去されることなく酸化されることによつて制限領域(トンネル電流が流れない領域)が形成され、酸化されなかつた部分が活性領域(トンネル電流が流れる領域)を形成することを、技術的思想の核心とするものである。

3  一致点の認定について

参加人は、「本願第一発明と引用例1記載の発明は、超電導層の予め定めた活性領域以外は酸化されて、活性領域を通るトンネル電流を事実上制限する点においても一致する」との趣旨の審決の認定は、誤りであると主張する。

そこで、成立に争いない甲第四号証の一(特許出願公開公報。別紙図面B参照)によつて引用例1記載の技術的事項を検討するに、引用例1記載の発明は、ジヨセフソン・ジヤンクシヨンを有する超伝導(以下、「超電導」という。)体装置、及びその製造方法に関するものであつて(第一頁右下欄第四行ないし第六行)、ジヨセフソン素子を集積化する場合はバターニングが必要であるが、バターニング中に超電導体である鉛あるいは錫の表面が酸化してしまうので、従来技術は、制御された雰囲気中において、金属表面の酸化膜をいつたん除去する工程、コントロールされた厚みの酸化膜を形成する工程、及び酸化膜の上層に金属を蒸着する工程のすべてを行わざるを得ないという欠点を有する(第一頁右下欄第一〇行ないし第二頁左上欄第六行)との知見に基づいて、そのような複雑な装置を用いることなく、しかも、バターニングがジヨセフソン・ジヤンクシヨンを成す酸化膜に対して悪影響を及ぼさない構造、及び、その製造方法を創案することをその課題として(第二頁左上欄第七行ないし第一二行)、

「1 酸化膜を介在して ジヨセフソン・ジヤンクシヨンを形成する超電導体の金属層に、酸化され難い金属からなる金属層を設けたことを特徴とする超電導体装置」及び、

「2 絶縁基板上に酸化され難い第一の金属を蒸着して金属層を形成し、該金属層をバターニングした後、絶縁層の形成、該絶縁層のバターニング工程を行い、次にベルジヤー内に於いて、超電導体の第二の金属を蒸着して所望の厚さの金属層を形成し、次に前記ベルジヤー内に酸素を僅か導入して該金属層表面に酸化膜を形成し、次に前記第二の金属を蒸着し、更に前記第一の金属を蒸着して、前記酸化膜を介在した前記第二の金属からなる金属層を前記第一の金属からなる金属層で挟んだ状態とし、次にバターニングを行なう工程を含むことを特徴とする前記特許請求の範囲第1項記載の超電導体装置の製造方法」

をその要旨とするものと認められる(第一頁左下欄第四行ないし右下欄第二行)。

そして、前掲甲第四号証の一によれば、特許請求の範囲2記載の方法の実施例の要点は、別紙図面Bの第3図に示す部材(1は絶縁基板、2は第一の金属の層、3は絶縁層である。第三頁左上欄第四行及び第五行)をベルジヤー内に配置し、第4図に示すように、極低温において超電導状態となる第二の金属を蒸着して金属層5を形成し、ベルジヤー内にわずかな蒸気圧の酸素を導入して金属層5の上に薄い酸化膜6を形成し、ベルジヤー内の真空状態を保持しつつ第二の金属を蒸着して金属層7を形成し、最後に第一の金属を蒸着して金属層8を形成し(第二頁右上欄第一〇行ないし第一七行)、次いで、右部材をベルジヤーから取り出して(第二頁右下欄第四行ないし第六行)、所望のジョセフソン・ジヤンクションのパターンを得るため、第5図に示すように金属層5、7、8のパターニングを行うとの点に存すること(第二頁左下欄第七行ないし第九行)、右のような構成によつて、酸化しやすい第二の金属から成る金属層7が、第4図に示す状態においては第一の金属から成る金属層8によつて被覆されているため、ベルジヤーから取り出してパターニングを行つても、金属層7が酸化されることがなく、したがつて、ジョセフソン・ジヤンクションをなす酸化膜6及び第二の金属から成る金属層5も悪影響を受けないとの作用効果を奏すること、が認められる(第二頁右上欄第一九行ないし左下欄第六行、第二頁右下欄第四行ないし第一〇行)。

以上のとおり、引用例1記載の発明の特許請求の範囲2(方法の発明)は、金属層の一部を除去し、除去されなかつた部分を本願第一発明にいう「活性領域」とするものであり、金属層の一部の除去をいかに能率よく行うかが、解決すべき課題となつていると認められる。すなわち、本願第一発明が要旨とする「障壁内の予め定めた活性領域を通るトンネル電流を事実上制限すること」は、引用例1記載の発明の特許請求の範囲2においては、金属層5、7、8のパターニングによる不要部分(本願第一発明にいう制限領域に相当する部分)の除去によつて行われることは、明らかである。

しかしながら、前掲甲第四号証の一によれば、右の金属層5、7、8のパターニングは、部材をベルジヤーから取り出して行われるため(第二頁右下欄第四ないし第六行)、金属層5、7のうち除去されなかつた部分の各側面(露出部)が自然酸化されて「絶縁物の酸化層5a、7a」となるというのであり(第二頁左下欄第一〇行及び第一一行)、その状態が別紙図面Bの第5図に示されているのである。

そうすると、引用例1記載の「酸化層5a、7a」は、意図的にでなく、いわば不可避的に形成されたものではあるが、引用例1(とりわけ、別紙図面Bの図5)には、「超電導層の一部が酸化されており、酸化された部分が、その内側のみをトンネル電流が流れるように制限しているもの」の構成が示されていることも、疑いの余地がないところである(念のため付言するに、引用例1(とりわけ、別紙図面Bの図5)に右のようなものの構成が開示されているという事実は、引用例1記載の発明の特許請求の範囲2が「パターニングを行う工程を含むこと」を要旨とし、実施例においても、「絶緑層の酸化層5a、7a」が生ずる前にパターニングの工程が行われていることによつて、何ら左右されることはないというべきである。)

この点について、参加人は、「本願第一発明はホトレジストを所望の寸法に設定することによつて活性領域が「予め定めた」大きさに形成されるが、引用例1記載の発明の活性領域が「予め定めた」大きさに形成される保証はない」と主張する。しかしながら、本願第一発明が活性領域の大きさの数値限定を要旨とするものではなく、本願第一発明の素子自体が活性領域の大きさを制御する手段も備えていないことは、被告が指摘するとおりであるから、参加人の右主張は、本願第一発明の要旨に墓づかないものであつて、失当である。

また、参加人は、「本願第一発明の活性領域は制限領域が存在しなければ画定され得ないが、引用例1記載の超電導装置の活性領域は「酸化層5a、7a」が存在しなくとも画定している」とも主張する。しかしながら、現に引用例1には「超電導層に「酸化層5a、7a」が形成され、その内側領域のみをジョセフソン・トンネル電流が流れるもの」の構成が開示されているのであるから、「酸化層5a、7a」が存在しないことを前提とする右主張は、審決の一致点の認定を誤りとする論拠とはなり得ない。

以上のとおりであるから、「本願第一発明の制限領域と引用例1記載の「酸化層5a、7a」が技術的意義を異にする」との参加人の主張は採用することができず、「本願第一発明と引用例1記載の発明は、超電導層の予め定めた活性領域以外は酸化されて、活性領域を通るトンネル電流を事実上制限する点において、一致する」との趣旨の審決の認定を、誤りということはできない。

4  相違点の判断について

<1>  超電導材料として高融点のものを用い、その一部を酸化して制限領域を形成する点

参加人は、引用例2に「高融点の超電導材料について、電流の流れを制限する領域を除去することに代えて、陽極酸化による酸化によつて制限領域を形成するとの技術」が示されていることを認めながら、「引用例2記載の発明はジョセフソン・トンネル素子に関するものではないから、同引用例記載の技術的事項を、直ちに引用例1記載の発明にも適用し得るとはいえない」と主張する。

しかしながら、成立に争いない甲第四号証の二(アメリカ合衆国特許明細書)によれば、引用例2記載の発明は、名称を「多層薄膜超電導素子、及び、その製造方法」とするものであるが(第一頁左欄第一行ないし第三行)、「要約」に、その超電導薄膜構造が「ジョセフソン効果に類似する効果」を示すことが明記されている(第一頁右欄第五行ないし第七行)。また、別紙図面Cには、高融点の超電導材料であるNb層の中央に、狭い領域15とスリツト16が描かれており、ジョセフソン・トンネル素子に近似する構成が示されているといい得る。

そうすると、引用例2記載の発明は、引用例1記載の発明と近接した技術分野に属することが明らかであるから、引用例2記載の技術的事項(すなわち、超電導材料として高融点のものを用い、その一部を酸化して制限領域を形成すること)を、引用例1記載の発明に適用することには、当業者にとつて何らの困難も考えられないというべきである。

それゆえ、相違点<1>に関する審決の説示に、誤りはない。

<2>  制限領域を第二の超電導層のみに形成する点

参加人は、「相違点<2>に関する説示は、引用例1記載に「超電導層の一部を酸化して制限領域を形成する技術」が記載されていると誤認してなされたもので、誤りである」と主張する。

しかしながら、引用例1に、「超電導層の一部が酸化されており、酸化された部分が、その内側のみをトンネル電流が流れるように制限しているもの」の構成が示されているといい得ることは前述のとおりであるから、参加人の右主張は、失当である。

なお、参超人は、「本願第一発明は、相違点<2>に係る構成によつて、障壁層の純度を維持するような処理も可能になるとの作用効果を奏する」とも主張する。前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、「本発明によれば、障壁層を付着させるか成長させるとともに、絶縁物を形成する前に第二の超電導層を付着させて、その結果障壁の純度と有効性を確実に維持することを保証する。」(第一〇頁第一一行ないし第一五行)と記載されていることが認められる。しかしながら、本願第一発明は物の発明であり、二つの超電導層及び障壁層の製造方法は何ら特定されないのであるから、制限領域が第二の超電導層のみに形成された構成が、なにゆえそのような効果を奏するのか、不明といわざるをえない。

それゆえ、相違点<2>に関する審決の説示にも、誤りはない。

5  以上のとおりであるから、審決の一致点の認定、及び、相違点の判断に、参加人が主張するような誤りはなく、本願第一発明は、引用例1及び引用例2記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたと認められる。そして、本願第一発明が特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない以上、本件特許請求の範囲2に記載されている発明について論及するまでもなく、本件出願は拒絶すべきものとした審決の結論は、正当である。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める参加人の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担、及び、上告のための附加期間を定めることについて、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)

別紙図面A

<省略>

別紙図面B

<省略>

別紙図面C

<省略>

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