東京高等裁判所 平成2年(行ケ)287号 判決 1994年4月14日
東京都千代田区神田駿河台四丁目六番地
原告
株式会社日立製作所
右代表者代表取締役
三田勝茂
右訴訟代理人弁護士
三宅正雄
同弁理士
本多小平
同
谷浩太郎
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 麻生渡
右指定代理人
片岡栄一
同
長澤正夫
同
奥村寿一
同
島野栄二
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 特許庁が昭和六二年審判第一七七二七号事件について平成二年一〇月四日にした審決を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、拒絶査定を受け、不服審判請求をして審判請求が成り立たないとの審決を受けた原告が、審決は、一致点の認定及び相違点の判断を誤った結果、また、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した結果、同一性の判断を誤り、さらに、法条適用を誤ったもので違法であるから、取り消されるべきであるとして審決の取消を請求した事件である。
一 判決の基礎となる事実
(特に証拠(本判決中に引用する書証は、いずれも成立に争いがない。)を掲げた事実のほかは当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五六年六月二二日、名称を「SF6ガスしゃ断器」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和五六年特許願第九五三六一号)したところ、昭和六二年七月三一日拒絶査定を受けたので、同年一〇月一日査定不服の審判を請求し、昭和六二年審判第一七七二七号事件として審理され、平成元年八月九日特許出願公告された(平成一年特許出願公告第三七八二二号公報)が、特許異議の申立てがされた結果、平成二年一〇月四日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一二月一〇日原告に送達された。
2 本願発明の要旨(特許請求の範囲)
固定電極とその固定電極に接離する可動電極とそれらの電極間に設けられた弗素樹脂絶縁物からなるノズルとを備え、前記ノズルから電流しゃ断時に発生する前記電極間に発生するアークにSF6ガスを吹き付けて消弧するしゃ断器において、前記ノズルは前記弗素樹脂絶縁物として、四弗化エチレン樹脂で形成し、これに窒化ほう素粉末を充填剤として含有し、該組成物の樹脂の融点における組成物の光反射率が六〇%以上である絶縁物からなることを特徴とするSF6ガスしゃ断器
3 審決の理由の要点
(一) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(二) これに対して、昭和四八年特許出願公開第五八三七三号公報(以下「引用例」という。)には、次のように記載されている。
(イ)「本発明は高温下において使用される耐電弧室、特に回路しゃ断器において使用される消弧室あるいはオリフィスなどの耐電弧室の構成に関するものである。
しゃ断動作開始と同時に六弗化硫黄SF6ガスなどの消弧性ガスが圧縮され、電弧に吹付けて消弧するパッファ(Puffer)形ガスしゃ断器の電弧に消弧性ガスを案内するオリフィスのように発弧現象とともに高温かつ加圧が急速に現われる耐電弧室、あるいは、同じくパッファ形ガスしゃ断器のしゃ断部を覆う消弧室のように加圧気体が充填され、発弧現象に伴って加熱気体が充満する耐電弧室を構成する材質としてポリテトラフルオロエチレン等の弗素-炭素系樹脂が良く使用される。」(一頁左下欄一九行ないし右下欄一二行)
(ロ)「本発明の目的は、電弧に曝されてもクレータを生じない耐電弧室であって、しかも、電気的、機械的強度が大きく実用に十分供し得る耐電弧室を提供するにある。」(二頁右上欄五行ないし八行)
(ハ)「以下、本発明耐電弧室を図面に示した実施例と共に説明する。
第1図はパッファ形ガスしゃ断器のしゃ断部を示しており、固定接触子1と操作棒2に固定された可動接触子3間に発生した電弧Aは、操作棒2に固定されたパッファシリンダ4と固定パッファピストン5によって圧縮された高圧消弧性ガスの吹付けを受けて消弧されるが、この時、パッファシリンダ4から電弧Aに消弧性ガスを案内するのが、問題とするオリフィス6である。
本発明に従って弗素-炭素系樹脂にて成型されたオリフィス6の特に電弧Aの熱を受ける部分(a領域)には無機材が充填されており、そして、機械的応力を受け、電弧Aの熱を受け難い部分(b領域)は無機材が充填されていない。」(二頁右上欄一一行ないし左下欄五行)
(ニ)「本発明によれば、電弧熱を受けるa領域部分に粉末状無機材が充填されているため、この部分はクレータがほとんど生成されず、また、b領域には粉末状無機材が充填されていないため、絶縁耐力および機械的強度は共に高く、a領域における絶縁耐力および機械的強度の低下を補償する。」(二頁右下欄七行ないし一三行)
(ホ)「無機材としては、上記文献に示されたものの他ガラス粉またはガラス繊維、炭素粉、二硫化モリブデン、銅粉、弗化カルシウム、硫酸カルシウム、酸化ベリリウム、窒化硼素等が好ましく、二次粒子径が一〇〇μ以下で少なくとも四〇〇度Cまで物理化学的変質を起こさない粉末ないし繊維であればクレータを生成しない効果においてほとんど同等であることが確認された。
無機充填材の存在する部分と存在しない部分、すなわち、オリフィス6におけるa領域とb領域の境界は充填量が零からある重量含有率へと段階的に変える必要はなく、むしろ電気的、機械的特性の連続的変化に不都合な応力集中を生ぜしめないために重量含有率は徐々に変化(線型に変化)させた方が良い。
重量含有率は大きければ大きい程クレータの生成度合が低下するが、前記したように、電気的、機械的強度もまた低下するため、接触子及びオリフィスの形状、寸法によって多少差違はあるが、重量含有率五〇%以上では、脆くなり、成型上、また実用上好ましくない結果が得られている。」(二頁右下欄一八行ないし三頁左上欄一八行)
(三)ここで、本願発明と引用例記載の発明とを比較すると、引用例記載の発明の「固定接触子」、「可動接触子」及び「オリフィス」は、それぞれ、本願発明の「固定電極」、「可動電極」及び「ノズル」に相当していることは明らかであり、また、引用例記載の発明のオリフィスを構成する材料の一例として挙げられているポリテトラフルオロエチレンは、本願発明におけるノズルを形成する「四弗化エチレン」と表現が異なるのみで全く同一の材料であることは明らかであるから、「固定電極とその固定電極に接離する可動電極とそれらの電極間に設けられた弗素樹脂絶縁物からなるノズルとを備え、前記ノズルから電流しゃ断時に発生する前記電極間に発生するアークにSF6ガスを吹き付けて消弧するしゃ断器において、前記ノズルは前記弗素樹脂絶縁物として、四弗化エチレン樹脂で形成し、これに窒化ほう素粉末を充填剤として含有する絶縁物からなることを特徴とするSF6ガスしゃ断器」の点で両者は共通している。
(四) ただ、本願発明は、ノズルを形成する四弗化エチレン樹脂に窒化ほう素粉末を充填剤として含有した組成物の樹脂の融点における光反射率が六〇%以上であるのに対して、引用例記載の発明ではその旨特定されるものではない。
(五) そこで検討すると、まず、ポリテトラフルオロエチレン及び窒化ほう素の密度が、それぞれ、二・一ないし二・二及び約二・三四であることは周知であるから、引用例に記載されるポリテトラフルオロエチレンに対する窒化ほう素の重量含有率は、ほぼ、容量%に等しいものと考えて差支えない。そして、別紙第一の本願明細書第1表に示された実施例をみると、ノズルを形成する四弗化エチレン樹脂に対する充填剤としての窒化ほう素の容量%の増加に伴い、上記光反射率(%)も増加する傾向が示されており、しかも、容量%が二〇%の場合上記光反射率(%)が八五%であることから考えると、引用例に記載される、オリフィスを形成するポリテトラフルオロエチレン樹脂に窒化ほう素を重量含有率(すなわち容量%)で五〇%の近似値で充填したものも、本願発明と同様上記光反射率(%)は六〇%以上のものとなるというべきであり、この点に関し、本願発明と引用例記載の発明とは同一である。
(六) なお、請求人(原告)は、特許異議申立に対する答弁書中で、本願発明は、ノズル全体に窒化ほう素粉末を充填しているものであるのに対して、引用例記載の発明はオリフィスの、特に電弧の熱を受けるa領域に窒化ほう素粉末を充填するものである点で相違する、と主張しているが、本願明細書の特許請求の範囲には、ノズルに窒化ほう素粉末を充填することは記載されているが、ノズル全体に充填する点については何ら記載がなく、引用例記載の発明も、一部であるか全体であるかを問わず、ノズルに相当するオリフィスに窒化ほう素を充填するものであるから、この点に関しても本願発明と引用例記載の発明とは同一である。
(七) 以上のとおりであって、結局、本願発明と引用例記載の発明との間にはどこにも相違が認められない。したがって、本願発明は、特許法二九条一項三号に規定される発明に該当し、特許を受けることができない。
4 本願明細書に記載された本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果
(この項の認定は甲第四号証による。)
(一) 本願発明は、SF6ガスしゃ断器に係り、特に大電流しゃ断時に可動電極及び固定電極間に発生するアークにSF6ガスを吹き付けて短時間に消弧させるためのアーク発生部の近傍に配置された絶縁ノズルを備えたSF6ガスしゃ断器に関する(平成二年五月二九日付手続補正書添附の明細書(以下「補正明細書」という。)一頁一八行ないし二頁二行)。
この種のしゃ断器において、電流をしゃ断すると可動電極及び固定電極間に高温プラズマ状のアークが発生する。このアークを消弧させるために従来、弗素樹脂からなる絶縁性のノズルから、SF6ガス流をアークに吹き付けていた。しかし、弗素樹脂からなる絶縁物は高圧SF6ガス中で発生した高温プラズマ状のアークにさらされると、アークから発生したエネルギー線が、ノズルの表面のみならず内部まで侵入し、ノズルの内部にボイドやカーボンを生じさせ、絶縁性能を著しく低下させる欠点があった。本願発明は、大電流しゃ断時に生ずるアークによる内部劣化及び表面の消耗を防止した絶縁性ノズルを備えたSF6ガスしゃ断器を提供すること(同二頁四行ないし三頁一六行)を技術的課題(目的)とするものである。
(二) 本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(補正明細書一頁五行ないし一五行)を採用した。
(三) 本願発明は、前記構成により、前記の欠点のない、かつ、大電流しゃ断時に発生するアークにさらされる絶縁性ノズルが耐久性に優れるので、初期のしゃ断性能を長時間持続するしゃ断器を提供することができる(補正明細書一四頁八行ないし一一行)という作用効果を奏するものである。
(なお、本願明細書には、別紙第一の第1表が掲げられている。)
5 その他の争いがない事実
引用例には審決認定のとおりの技術内容が記載されている。
また、本願発明と引用例記載の発明との一致点(ただし、ノズルが窒化ほう素粉末を充填剤として含有する絶縁物からなることを特徴とするとの点を除く。)は審決認定のとおりである。(なお、甲第三号証によれば、引用例には、別紙第二の各図面が添附されていることが認められる。)
二 争点
原告は、審決は、本願発明と引用例記載の発明との技術内容を誤認した結果、一致点の認定を誤り(取消事由一)、本願明細書及び引用例記載の技術事項を誤認して相違点の判断を誤り(取消事由二)、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し(取消事由三)、その結果、同一性の判断を誤ったものであり、また、法条適用を誤った(取消事由四)ものであって、違法であるから、取り消されるべきである、と主張し、被告は、審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法はないと主張している。
本件における争点は、上記原告の主張の当否である。
1 取消事由一(一致点認定の誤り)
審決は、本願発明と引用例記載の発明とを比較し、ノズルが弗素樹脂絶縁物として四弗化エチレン樹脂で形成し、これに窒化ほう素粉末を充填剤として含有する絶縁物からなることを特徴とするSF6ガスしゃ断器である点において、両者は一致する旨認定判断し、さらに引用例記載の発明も、一部であるか全体であるかは別として、ノズルに窒化ほう素を充填するものであるから、この点に関しても、本願発明と引用例記載の発明とは同一である旨認定判断している。
しかしながら、この認定判断は誤りである。
すなわち、本願発明も引用例記載の発明もともに、SF6ガスしゃ断器のノズル(オリフィス)に関するものであり、ノズル(オリフィス)の形状及び電流しゃ断時に発生する電弧(アーク)の形状に基づいて、両者のノズル(オリフィス)は、特に電弧熱を受ける部分(a領域)と機械的応力を受けて電弧熱を受け難い部分(b領域)とを有する点において変るところはない。しかし、両者は、いずれも、ノズル(オリフィス)の発明であるから、a領域のみを取り上げて比較してみても、両発明の構成比較にはならない。つまり、右のb領域についても比較する必要がある。
そこで、b領域について、両者の構成を比較してみると、本願発明においては、窒化ほう素が充填され、光反射率が六〇%以上であるのに対し、引用例記載の発明においては、窒化ほう素が充填されておらず、光反射率が六〇%未満のきわめて低い値であり、両者のb領域の構成は全く相違する。
したがって、本願発明と引用例記載の発明とは構成を異にするというべきである。
言い換えれば、本願発明は、大電流しゃ断時に生ずるアークによるノズルの内部劣化及び表面消耗を防止するという技術的課題(目的)を達成するため、充填領域について何ら限定なしにノズルに窒化ほう素を充填することを構成の一つとしている。これに対し、引用例記載の発明は、電弧にさらされてもノズルの表面にクレータを生じさせず、しかも、ノズルの電気的、機械的強度を大にするという技術的課題を達成するため、ノズルの特に電弧熱を受ける部分(a領域)には無機材を充填し、機械的応力を受け、電弧熱を受け難い部分(b領域)には無機材を充填しないという構成のものである。このように、充填剤として特に窒化ほう素粉末を選択し、しかも、その充填部位を限定しない本願発明と、窒化ほう素を特に充填剤として含有させることに格別の技術的意義を有せず、無機充填剤一般についてその充填部位をa領域に限定した引用例記載の発明とは、技術的課題(目的)、作用効果のみならず構成においても明らかに相違する。両者の構成は、特別と一般の関係にあり、決してそっくり同じではない。
そうすると、審決の右の認定判断は誤りである。
2 取消事由二(相違点判断の誤り)
審決は、本願明細書第1表に示された実施例によれば四弗化エチレン樹脂に対する窒化ほう素の容量増加に伴い光反射率も増加する傾向が示されており、かつ容量%が二〇%のときに光反射率が八五%であるから、引用例記載の窒化ほう素を重量含有率(容量%)で五〇%近似値で充填したものも本願発明同様光反射率が六〇%以上となり、この点で本願発明と引用例記載の発明とは同一である、と認定判断している。
しかしながら、この認定判断は、次のとおり誤りである。
(一) 本願明細書の第1表は、本願発明の構成態様を支持し、裏付けるのに必要かつ十分な限度で、本願発明の出願にあたって試みた若干の実験データを掲げたものである。そのデータ間の比較、実験報告書(甲第五号証)の窒化ほう素のみを充填した場合のデータと同第1表中のデータとの比較から、窒化ほう素のみを充填した場合においても、窒化ほう素の品質や成形条件等によって、窒化ほう素の充填量と光反射率との間には必ずしも一義的な対応関係や相関増加関係がないことが明らかである。
すなわち、別紙第一の第1表によれば、窒化ほう素の充填量が同じ一%であっても、光反射率は五五%(比較例一一)と六〇%(実施例一)の場合があり、さらに、窒化ほう素の充填量が同じ五%なのに、光反射率は異なる場合(実施例三と六)がある。また、窒化ほう素の充填量が増加しても光反射率の値は増加しない場合がある(実施例一と二)。
そして、窒化ほう素に他の物質が混合した場合には、窒化ほう素の含有量が同じでも、光反射率は、他の物質の含有量によって大幅に異なり、必ずしも窒化ほう素充填量との間に相関増加関係を示さない。
そこで、本願発明は、ノズル内部の劣化を防止するために、窒化ほう素の充填量ではなくて、光反射率によりノズル組成物を規定することを要件としたのである。
そうすると、本願明細書第1表の実施例に四弗化エチレン樹脂の充填剤である窒化ほう素の容量%が増加すれば光反射率も増加する傾向が示されているとした審決の認定判断は、誤りである。
(二) 他方、引用例には、窒化ほう素の充填に関して、表面クレータの生成防止に効果があるものとして無機充填材が例示されているにすぎず、しかも、その無機充填材としては、光透過性のもの(ガラス粉、ガラス繊維等)、光吸収性のもの(炭素粉、二硫化モリブデン、銅粉)、光反射性のもの(石英粉、アルミナ、弗化カルシウム、硫酸カルシウム、酸化ベリリウム、窒化ほう素等)のように光に対する性質を全く異にする物質を全く同列に列挙している。また、充填量については、前記第二の一3(ニ)(ハ)のとおり「重量含有率は大きければ大きい程クレータの生成度合が低下するが、前記したように、電気的、機械的強度もまた低下するため、接触子およびオリフィスの形状、寸法によって多少差違はあるが、重量含有率五〇%以上では、脆くなり、成型上、また実用上好ましくない結果が得られている。」と記載されているだけである。
引用例に列挙された無機充填材は種々様々であり、オリフィスのクレータ発生防止効果及び電気的、機械的強度や成型性に対する充填量の影響は、無機充填材の種類によって異なるとみるのが相当であるから、充填量の数値に関する右の総括的記載は、個々の無機充填材のうち充填量の値が最大のものをとってみても、その値は五〇重量%を超えないという意味に解すべきであり、個々の無機充填材のいずれもが五〇重量%を上限とする量で充填されるという意味ではない。しかも、無機充填材のうち窒化ほう素が充填量の最大のものであると認めるべき理由は、引用例中に見出しえない。さらに、四弗化エチレン樹脂に窒化ほう素を五〇重量%近傍値まで充填したオリフィスなるものは、成型技術上実現性のないものである(甲第六号証)から、引用例記載の発明においては、窒化ほう素は、他の無機充填材に混合して充填するとみるのが相当であり、引用例における無機充填材の充填量に関する記載は、混合充填される充填材の合計充填量について述べているとも解されるのであり、その記載から列挙された個々の無機充填材の充填量の上限値が五〇重量%であるということは導き出されない。
そのうえ、引用例記載の発明は、四弗化エチレン樹脂に無機充填材を充填した組成物の電気的、機械的強度及び成型性等の特性並びに該組成物がSF6ガス雰囲気中での電路しゃ断に伴うアーク光を受けたときの表面クレータの発生という事象を問題とするが、このような特性、事象は、すぐれて化学的ないしは材料物性的な問題であって、充填材の種類と充填量とによって左右されるものであるから、それぞれの充填材の適量範囲は、技術的には実験データなしには全くわからないものである。ところが、引用例には、窒化ほう素だけでなく、列挙されたいずれの充填材についても充填量の実験データが全く記載されていないから、引用例記載の発明における窒化ほう素の充填量は全く不明というほかはない。
そうすると、引用例に、ポリテトラフルオロエチレン樹脂に窒化ほう素を重量含有率で五〇%の近似値で充填したものが記載されているとした審決の認定判断は、誤りである。
(三) 前記(一)、(二)のとおり、引用例には、窒化ほう素の重量含有率については記載されていないし、窒化ほう素の含有率と組成物の光反射率とは必ずしも対応するものではなく、引用例記載のオリフィスについても同様であり、窒化ほう素の充填に限らず列挙された他の充填材の一つないし複数種と混合充填する場合があると考えられるから、例えば、その例示の一つである炭素粉を窒化ほう素に充填する場合に窒化ほう素の充填量と光反射率とが対応関係にないことは明らかである。
そうすると、本願明細書の第1表のデータに基づいて窒化ほう素の含有量と組成物の光反射率との間に対応関係及び相関増加傾向があるとして、本願発明と光反射率について記載も示唆もない引用例記載の発明とを対比し、両者が同一であるとした審決の認定判断は、誤りである。
3 取消事由三(顕著な作用効果の看過)
仮に、1又は2のとおりでなく、本願発明と引用例記載の発明との間に一応の同一性があるとしても、本願発明は、引用例記載の発明の作用効果とは異質かつ予測困難な作用効果を奏するから、選択発明として結局引用例記載の発明との同一性を否定されるべきであるのに、審決は、このような顕著な作用効果を看過して同一性の判断を誤った。
すなわち、本願発明に係るノズルのa領域だけを取り上げると、次のとおりであって、その構成は、引用例記載の発明のノズルの構成の下位概念の関係にあり、しかも、本願発明のノズルが奏する作用効果は、引用例記載の発明のノズルが奏する作用効果とは異質、かつ、予測困難なものであるから、本願発明は引用例記載の発明に対して選択発明性を有し、同一性を否定されるべきである。
(一) 引用例記載の発明において、ノズルの前記a領域だけを取り上げてみると、該ノズルは、<1>弗素樹脂絶縁物に無機材(窒化ほう素に対し上位概念)粉末を充填剤として含有し(構成(a))、かつ、<2>該組成物樹脂の融点における光反射率については特に限定されていない(六〇%以上との限定に対し上位概念)絶縁物からなる(構成(b))ものである。引用例記載の発明は、これら構成(a)及び構成(b)を結合した構成により、電流しゃ断時に生ずる電弧の熱を受けても樹脂のみで形成するノズルの場合に生成されていたノズル表面の多数のクレータ(ほぼ円形状の凹部)がほとんど生成されないという作用効果(作用効果(a))を奏する。
(二) これに対して、本願発明は、<1>弗素樹脂絶縁物に窒化ほう素(無機材に対し下位概念)粉末を充填剤として含有し(構成(c))、かつ、<2>該組成物の樹脂の融点における光反射率を六〇%以上と限定(無限定に対し下位概念)した絶縁物からなり(構成(d))、このような構成により、定格しゃ断容量三〇〇キロボルト・四〇キロアンペアの条件下で一〇回のしゃ断をした場合においても電流しゃ断時に生ずるアークによるノズル内部の劣化を防止するという作用効果(作用効果(b))と、同じくアークによるノズル表面の消耗を防止するという作用効果(作用効果(c))とを奏する。
(三) 引用例記載の発明の出願当時、SF6ガスしゃ断器の定格しゃ断容量は、電圧が一七〇キロボルト、電流が三〇キロアンペア程度であり、その当時技術的課題(目的)として認識されていたのは、弗素樹脂のみからなる絶縁物で形成したノズルにおいて、当時の定格しゃ断容量でのしゃ断時における電弧熱を繰り返し受けた場合に、ノズル表面に多数のクレータが生成するのを防止することであり、その解決手段として、右樹脂で形成した絶縁物に無機材粉末を充填含有させることに想到し、その結果、前記作用効果(a)を奏する引用例記載の発明の構成に至ったものである。
ところが、その後約一〇年を経た本件出願当時には、定格しゃ断容量は引用例記載の発明の出願当時の二倍強(三〇〇キロボルト・四〇キロアンペア)にもなったから、引用例記載の発明の出願当時には、本願発明者らが知見するに至ったノズル内部の劣化及び表面消耗という問題点の解決という技術的課題(目的)の認識は全くなかった。
これに対し、定格しゃ断容量がこのように二倍強(しゃ断時に生ずるアークによるエネルギー線強度でいえば、しゃ断電流値のほぼ二乗に比例して増大する。)にも達する状況下で、本願発明者らは、弗素樹脂からなる絶縁物が、高圧SF6ガス中で発生した高温プラズマ状のアークにさらされるとアークから発生した強烈なエネルギー線がノズル表面のみならず内部まで侵入し、ノズルの内部にボイドやカーボンを生じさせ、絶縁性能を著しく低下させるという知見に基づいて、エネルギー線のノズル内部への侵入を防止するために、ノズル組成物の樹脂の融点における光反射率を高くすることを発想して、特に本願発明の構成(c)及び構成(d)を選択することにより、作用効果(b)を奏するノズルの完成に至った。したがって、本願発明の奏する作用効果(b)は、構成(c)及び構成(d)という限定した構成を選択したことによる特有の作用効果であり、引用例記載の発明の奏する作用効果(a)とは、異質かつ予測困難である。
(四) また、本願発明者らは、弗素樹脂組成物で作ったノズルを前記の本件出願当時の定格しゃ断容量でのしゃ断時に生ずるアークによる強烈なエネルギー線にさらすと、ノズル表面の樹脂が固体からいきなり気体に変態するいわゆる昇華を起し、ノズル表面に一様な消耗(表面クレータの発生とは全く異質の現象である。)が生ずることを知見するに至ったが、各種充填剤入り弗素樹脂組成物で作ったノズル材のうち特に、構成(c)のSF6ガス中での消耗量が少ない窒化ほう素という構成を選択することにより、SF6ガス中でのアークによるノズル表面の消耗を防止するという作用効果(c)を奏する本願発明を想到した。
したがって、本願発明の奏する作用効果(c)は、本願発明が特に選択した構成(c)により奏されるもので、引用例記載の発明の作用効果(a)とは異質であり、かつ、予測困難な作用効果である。
4 取消事由四(法条適用の誤り)
審決は、引用例に光反射率に関する記載がないとしながら、本願発明について特許法二九条一項三号を適用するための認定判断の過程において、本願明細書中の実験データを根拠に、引用例記載のノズル(オリフィス)組成物の光反射率の値を認定して、引用例記載の発明と本願発明とが同一であるとの結論を導いている。
しかしながら、この審決の認定判断の根拠となった本願明細書中の実験データは、本件出願前に公表されたことも一般に知悉されてもいないデータであるから、本件出願前公知でない本願明細書のデータを認定判断の根拠にすることになるので、審決が同法二九条一項三号を適用したことは誤りである。
第三 争点に対する判断
一 取消事由一について
1 前記第二の一2の事実によれば、本願発明の特許請求の範囲には、本願発明のノズルについて、「固定電極とその固定電極に接離する可動電極とそれらの電極間に設けられた弗素樹脂絶縁物からなるノズルとを備え、(中略)前記ノズルは前記弗素樹脂絶縁物として、四弗化エチレン樹脂で形成し、これに窒化ほう素粉末を充填剤として含有し、該組成物の樹脂の融点における組成物の光反射率が六〇%以上である絶縁物からなる」との記載があることが認められる。
ところで、発明の要旨は、特許請求の範囲の技術的意義がその文言から一義的に明確に理解できるときはその記載に基づいて判断すべきであるが、その文言から一義的に明確に理解することができないときは、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することができるし、また出願当時当業者であれば当然有する技術常識や当業者にとって周知慣用の技術をも判断資料として要旨認定をすることができると解すべきである。
そこで、右の認定に基づいて本願発明のノズルの構造について検討してみると、ノズルが弗素樹脂絶縁物からなることは疑いないが、本願発明の特許請求の範囲の記載自体から直ちに充填材である窒化ほう素粉末の充填領域、充填の仕方までが一義的に明確に特定されるということはできない。
すなわち、本願発明の特許請求の範囲では、「絶縁物」と「組成物」の用語は区別して用いられているが、「該組成物の樹脂の融点における組成物の光反射率が六〇%以上である絶縁物からなる」の記載において、光反射率が六〇%以上であるのは、組成物であって絶縁物でないことは文理上明らかである。そして、ここでいう組成物の領域がどの範囲を占めているかは特許請求の範囲には明記されておらず、一義的に明確であるということはできない。
そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討してみると、甲第四号証と前記第二の一4の事実によれば、本願明細書には、「光反射率の測定は、充填剤を含有する樹脂をフィルム状にし、このフィルムを(中略)並設し、(中略)光を照射し、フィルム(試料)間を複数回(n回)全反射させて(中略)反射率を求めた。」(補正明細書六頁一二行ないし一八行)との記載があり、また、本願発明は、アークにさらされるノズル表面から侵入するエネルギー線による内部劣化及び表面の消耗を防止することを技術的課題(目的)として、ノズルに係る組成物の光反射率を六〇%以上とする構成を採用したものであって、本願発明において着目されているのは、ノズルの表面すなわちアークにさらされる面であることが認定でき、本願発明において、光反射率が問題とされるのは、もっぱらノズルの表面においてであることが認められる。のみならず、しばらく本願明細書の発明の詳細な説明の記載を離れて、当業者の立場に立って「光反射率」という用語に注目しても、この語がノズルの表面の属性を意味することは技術上自明ということもできる。
そうすると、本願発明においてノズル全体に充填剤が充填される場合がありうることはもちろんであるが、常にそのようにする必然性はなく、絶縁物の一部分にのみ充填する構成を排除するものではないというべきである。
そして、甲第三号証によれば、引用例は、本件出願の約八年前に刊行された特許公報であるところ、引用例に記載されているように、この種のノズルには特に電弧熱を受ける部分(引用例にいうa領域)と受け難い部分(引用例にいうb領域)とがあることは当業者に広く知られたことと認められるから、当業者であれば、本願発明において弗素樹脂絶縁物からなるノズルに含有させる充填剤を電弧熱を受ける部分にのみ含有させる構成を含むものと理解するというべきである。
2 他方、甲第三号証と前記第二の一3及び5の事実によれば、引用例記載の発明においては、本願発明のノズルに相当するオリフィスへの無機材(窒化ほう素)の充填領域は特に電弧熱を受ける部分(a領域、別紙第二の図面1参照)に特定され、電弧熱を受け難い部分(引用例にいうb領域)にはこれが充填されていない構成が採用されていることが、認められる。
3 そこで、1及び2の認定のもとで、本願発明と引用例記載の発明とを対比してみると、両者は弗素樹脂絶縁物からなるノズルが四弗化エチレン樹脂に窒化ほう素からなる充填剤を電弧熱を受ける部分(a領域)にのみ含有させる構成を含む点において同一である。
したがって、この点において両者は同一であるとした審決の判断に誤りはない。
二 取消事由二について
1 まず、本願発明の充填剤である窒化ほう素と組成物の光反射率との関係について検討する。
前記第二の一2の事実によれば、本願発明の特許請求の範囲には、「弗素樹脂絶縁物として、四弗化エチレン樹脂で形成し、これに窒化ほう素粉末を充填剤として含有し、該組成物の樹脂の融点における組成物の光反射率が六〇%以上である」と記載されているのであるから、本願発明は充填剤として窒化ほう素と他の無機充填剤とを混合して充填するものだけでなく、窒化ほう素単独で充填するものをも含むと認められる。
また、甲第四号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「弗素系樹脂に各種の無機充填剤を添加することが知られているが、窒化ほう素は他の無機充填剤に比べ広い波長範囲で光反射率が高いという特徴があり、その結果ノズルがアークを吸収しないので寿命が長いという利点がある。」(補正明細書五頁四行ないし八行)との記載があり、また、別紙第一の第1表に関し、「第1表によれば、SF6ガス中での三〇〇kV、四〇kA一〇回しゃ断後の絶縁物の内部耐アーク性は光反射率が六〇%以上の場合、TiO2及びBNが優れていることが分かる。なお、BNを一容量%添加した場合でも、成形条件(温度、圧力)、充填剤の品質(粒度、不純物)などが適切でないと反射率が低く、アーク光の侵入を阻止する能力が低く、内部劣化が発生することもある(比較例一一参照)。同様に、BNの添加量が同じ場合でも、(実施例三、四参照)成形条件や充填剤の品質により反射率が異なることがある。」(同一〇頁第1表下一行ないし一一頁九行)との記載があることが認められる。
そこで、本願明細書の第1表の記載を見てみると、実施例一ないし六には、充填剤として窒化ほう素を単独で用いるものが記載されており、その中には窒化ほう素の充填量が同じでも光反射率の異なるもの(実施例三と実施例六)も示されてはいるが、右に認定した本願明細書の発明の詳細な説明の欄の記載によれば、このように光反射率が異なるのは、成形条件、充填剤の品質等の差に起因することが明らかである。しかし、これらの実施例の数値を同表の他の実施例及び比較例の数値ともあわせて検討してみると、窒化ほう素が充填剤として単独で用いられた場合、窒化ほう素は、もともと光反射率が高いという特徴を持っており、成形条件、充填剤の品質等に多少の差異があってもその差異にかかわらず、充填量の増加につれて反射率が明確に一貫して増加する傾向があることを十分に看取することができる。甲第五号証をみても、この傾向があることが裏付けられるということはできても、この傾向を否定することはできない(なお、反射率の数値の精度が別紙第一の第1表のうち右の関係のものでは明らかに五%きざみであると認められるのに対し、甲第五号証四頁に記載された表では〇.〇一%きざみであって精粗を著しく異にすることなどを考えると、別紙第一の第1表の数値と甲第五号記載の表の数値とを対比すること自体は意味をもたないというべきである。)。
2 甲第三号証と前記第二の一3及び5の事実によれば、引用例には、「耐電弧室を構成せる樹脂中に石英粉、アルミナ、金属酸化物等の無機材を充填すればよいことが、例えば、昭和四六年電気学会全国大会において、『二七一、アーク近傍に使用する絶縁物』と銘うって紹介されている。」(二頁左上欄四行ないし九行)との記載があり、また、前記第二の一3(二)の(ホ)の記載があることが認められる。
この認定事実によれば、引用例には、樹脂に充填される無機材として石英粉、アルミナ、窒化ほう素等を用いることが示されていることが明らかである。引用例は、これらの無機材を単独で用いるか又は混合して用いるかについて明示していないが、専ら混合して用いるべきこと又は単独使用を排除することを示す記載は全くなく、引用例の記載を精査してもそれらを単独で用いてならない理由を見出すことはできないから、このような無機材を単独で用いることを想定することは十分可能であるというべきであり、右の認定事実の下では、その中に無機材として窒化ほう素を単独でかつ重量含有率五〇%未満で使用する場合が含まれるということができる。
3 1、2の検討の結果によれば、本願発明では、窒化ほう素を単独で用いた別紙第一の第1表に記載された実施例一ないし六において、成形条件、充填剤の品質等が多少異なっていてもその差異にかかわらず、充填剤の容量%が一%から二〇%に変化するにつれてその間に反射率が六〇%から八五%にまで明確に増加する傾向を示しているのであるから、引用例記載の窒化ほう素を単独で重量含有率五〇%未満、すなわち容量%で五〇%未満、確実には容量%でたかだか五%に達するまでの程度で用いた場合、更に最も確実にみて五〇%近傍で用いた場合には、たとえ成形条件、充填剤の品質等において本願発明のものと異なっているときでも、光反射率が六〇%以上のものを含むであろうことは、容易に推認しうることというべきである。
4 なお、原告は、審決の認定判断が誤りである根拠として、甲第六号証を引用し、四弗化エチレン樹脂に窒化ほう素を五〇重量%近傍値まで充填したオリフィスは成型技術上実現性のないものである、と主張する。しかしながら、同証によっても、特定の条件の下で四弗化エチレン樹脂に五一重量%を超える窒化ほう素を充填したロッドにクラックが生じた実験結果が得られたということが明らかにされているのみであり、同証により加圧等条件が異なる場合でなおかつ容量%において五〇%近傍といいうるあらゆる場合に常にクラックが生ずると認めるには足りないし、前記のとおり審決は光反射率が六〇%以上のものを含む最も確実な場合として窒化ほう素の重量含有率五〇%近傍のものを例示したにすぎず、前記のとおり容量%でたかだか五%に達するまでの程度で確実にこの程度の光反射率に達するということができるのであるから、同証を根拠に審決の認定判断が誤りであるということはできない。
また、原告は、本願発明は、ノズル内部の劣化を防止するために、窒化ほう素の充填量ではなく光反射率によりノズル組成物を規定することを要件としたもので、引用例記載の発明とは技術的思想において異なるとの趣旨の主張をしている。
しかしながら、甲第九号証の一、乙第二号証によれば、本件出願時より三年近く前の昭和五三年八月一六日に公告されて本件出願時に周知のものと認められる昭和五三年特許出願公告第二八六三九号公報(以下「周知例一」という。)には、「上述の構成によるときは、アークから発生するエネルギー線が前記ノズルに当ってもこれに混入された無機充填材によってしゃ蔽され、これがノズルの内部深層にまで達することがなく、」(四欄二〇行ないし二三行)との記載があり、また、同様本件出願前に公開された昭和五六年特許出願公開第四一六二一号公報(以下「公知例」という。)には、「なお、発弧接触子近傍に配設される絶縁物として、四弗化エチレン樹脂に結晶水を含まないアルミナ等のエネルギ線しゃへい材を充填してエネルギ線の侵入を少くしたものが提案されており、」(三頁左上欄一二行ないし一五行)との記載があることが認められる。
この認定事実によれば、ノズルに充填された無機材によってアークから発生するエネルギー線をしゃ蔽し、エネルギー線が内部に侵入しないようにすることは本件出願前に知られていたと推認することができる。そして、エネルギー線をしゃ蔽することに光を反射することが含まれることは技術上自明であるから、無機材の充填に関して充填量に代えて光反射率に注目したからといって、格別新規ということができず、この原告の主張も失当である。
5 したがって、引用例に記載された、オリフィスを形成するポリテトラフルオロエチレン樹脂に窒化ほう素を重量含有率(すなわち容量%)で五〇%未満の値で充填したものは、本願発明と同様光反射率(%)が六〇%以上となるものを含むというべきであり、本願発明と引用例記載の発明とはこの点で同一といって差支えないから、この認定判断に沿う審決の認定判断に誤りはなく、取消事由二の主張は理由がない。
三 取消事由三について
1 前記一及び二において検討したとおり、引用例記載の発明の、オリフィスを形成するポリテトラフルオロエチレン樹脂に窒化ほう素を重量含有率(すなわち容量%)で五〇%未満の値で充填したものが、本願発明と同様光反射率(%)が六〇%以上であるものを含み、また、本願発明のノズルに窒化ほう素を充填するものは、引用例記載の発明のオリフィスの電弧熱を受ける部分(前記a領域)に無機材として窒化ほう素を充填するものを包含する関係にあり、本願発明と引用例記載の発明とは、構成の上では同一ということができる。
そこで、本願発明が引用例記載の発明の作用効果と異なる顕著な作用効果を奏し、選択発明性を有するかどうかについて判断する。
2 前記第二の一4の(一)及び(三)の事実によれば、本願発明の作用効果は、要するに、大電流しゃ断時に発生するアークにさらされても耐久性に優れ、初期のしゃ断性能を長時間持続する絶縁性ノズルを提供する、という点にあるが、その趣旨は、本願発明の技術的課題(目的)の記載と対比すると、大電流しゃ断時に生ずるアークによるノズルの内部劣化及びノズルの表面の消耗を防止することにある、ということができる。
これに対し、前記第二の一3及び5の事実によれば、引用例には、引用例記載の発明の作用効果について前記第二の一3(二)の(二)の記載があることが認められる。
3 原告は、第一に、本願発明の、大電流しゃ断時に生ずるアークによるノズル内部の劣化を防止する作用効果(原告が「作用効果(b)」とするもの)は、引用例記載の発明の作用効果と異質かつ予測不可能である、と主張するので、まず、この作用効果について検討する。
甲第三号証、第九号証の一、乙第一、第二号証によれば、周知例一には、別紙第三の各図が添附され、「本発明者は種々の実験の結果、しゃ断器のノズル等における前記損傷は従来いわれてきた様に表面のみでなく内部からも進行していることを見出した。」(二欄一一行ないし一四行)との記載及び「前記現象を図解すると大略第1図の如くなる。同図において、Nは弗素化樹脂より成るノズルを1部断面したもので、アークから発生したエネルギー線A、B、Cがこれに到り、Ac、Bc、Ccの如くその内部において黒化現象を起こす。そして例えば線Bはこの黒化でそのエネルギーを放出しつくしてしまうが、線AとCは黒化のみに終らず余乗(「余剰」の誤記と認める。)エネルギーで樹脂を熱分解してガスAg、Cgを発生せしめる。(中略)前記ガス放出の時、或はエネルギー線の繰返し照射によりノズルNの表面からめくれ落ちることとなり、内部耐アーク性が悪い。第2図は四弗化エチレン樹脂で構成したノズルのしゃ断前の正面写真、第3図は第2図のものにおいて、六KV、二〇KAの電流を二〇回しゃ断した場合の正面写真、第4図は第3図のものの拡大側断面写真である。第3図、第4図から、エネルギー線が樹脂内部深層に達し、黒化或はめくれ現象を起していることを明らかに読みとることができる。」(三欄三行ないし二四行)との記載があること、本件出願時より七年近く前に公開されて周知と認められる昭和五一年特許出願公開第二七四六七号公報(以下「周知例二」という。)及び公知例にもほぼ同様の記載があること、引用例には、オリフィス表面に発生するクレータについて、「電弧に曝された場合、表面に多数のクレーター(Crater)、すなわちほぼ円形状の凹部が生成され、このため、特にオリフィスにあっては消弧性ガスの流れに悪影響を及ぼし、かつ、粉末状の小破片を耐電弧室内に放散するという欠点を有している。」(一頁右下欄一八行ないし二頁左上欄三行)との記載があることが認められる。
他方、前記第二の一4(一)の事実と甲第四号証によれば、本願明細書には、大電流しゃ断時に発生するアークによるノズル内部の劣化について詳しくは説明されていないが、本願発明の技術的課題(目的)に関し、従来技術の説明において、「弗素樹脂からなる絶縁物は高圧SF6ガス中で発生した高温プラズマ状のアークにさらされると、アークから発生したエネルギー線が、ノズルの表面のみならず内部まで侵入し、ノズルの内部にボイドやカーボンを生じさせ、絶縁性能を著しく低下させる欠点があった。」との記載があることが明らかである。
以上の各認定事実によれば、本願発明の作用効果に係る大電流しゃ断時に発生するアークによる内部劣化とは、アークから発生したエネルギー線がノズル内部に侵入して絶縁性能を著しく低下させることであると理解することができるから、周知例一(及び周知例二、公知例)に記載されたアークから発生したエネルギー線A、B、CによりAc、Bc、Ccのように内部に黒化現象を起したり、黒化現象に留まらず更に樹脂を熱分解してガスを発生させたりする現象と変るところはなく、同等のものといわなければならない。
また、右の認定とおり、周知例一、周知例二及び公知例には、前記の内部劣化に起因してノズル表面がめくれ落ちる現象が説明されているが、甲第八号証によれば、原告側の技術説明書においても、周知例一の「ノズル表面からめくれおちたり吹きとばされた小片」や「めくれ小片によって生じたノズル表面の凹凸」が引用例記載の発明の「表面クレータ」に相当すると判断する旨の記載(二頁一六行ないし一八行)があることが認められ、周知例一等に記載された右の現象は、引用例記載のクレータの発生に伴って粉末状の小破片を耐電弧室内に放散する現象と同じものと認められ、表面クレータに相当することが明らかである。
したがって、本件出願前に、SF6ガスしゃ断器の弗素樹脂絶縁物からなるノズルにおいて、大電流しゃ断時にアークによって発生する表面クレータは、ノズル内部の劣化と関連する現象であり、ノズル内部の劣化に起因してノズル表面にクレータが発生する場合が当業者に広く知られていたというべきであるから、本件出願時までに、引用例記載の発明においてクレータの発生を防止するとの作用効果は、とりもなおさずノズル内部の劣化を防止するという作用効果であると理解することが可能であったと認められる。
そうすると、本願発明の大電流しゃ断時に生ずるアークによるノズル内部の劣化を防止する作用効果が引用例記載の発明の作用効果と異質かつ予測不可能であるとする原告の主張は、理由がないというべきである。
なお、原告は、引用例記載の発明の技術的課題(目的)はその出願当時の定格しゃ断容量(電圧は一七〇キロボルト、電流は三〇キロアンペア程度)でのしゃ断時にノズル表面にクレータが生成するのを防止することにあったにすぎず、定格しゃ断容量がその当時の二倍強にもなった本件出願時に本願発明者らが知見するに至ったノズル内部の劣化という問題点を解決するとの技術的課題(目的)の認識は全くなく、したがってそのような問題点を解決する作用効果はないのに対し、本願発明は、定格しゃ断容量三〇〇キロボルト、四〇キロアンペアの条件下で一〇回のしゃ断をした場合においても電流しゃ断時に生ずるアークによるノズル内部の劣化を防止するという異質かつ予測不可能な作用効果を奏する、との趣旨の主張をする。
しかしながら、前記認定のとおり、周知例一には、原告が引用例記載の発明の出願当時の定格しゃ断容量として主張する電圧が一七〇キロボルト、電流が三〇キロアンペア程度のものよりずっと小容量の、電圧は六キロボルト、電流は二〇キロアンペア程度の条件下で既にノズル内部の劣化が生ずること及びそれを防止することが意図されていたことが記載されており、しかも、前述のとおり、本件出願時までには引用例記載の発明の作用効果として明示されたところを見ればノズル内部の劣化を防止するという作用効果があると理解することが可能であったのであるから、本件出願時までに当業者が引用例の記載をみれば引用例記載の発明においてもその出願当時の定格しゃ断容量以上の電流のしゃ断に対応すべき技術的課題(目的)が存在することを予測できたというべきである。そして、引用例記載の発明の右の作用効果が原告主張の条件下でも奏されないことを示す証拠は見当らないこと、本願発明の特許請求の範囲には特に原告主張のような使用条件が特定されているわけでもないことをあわせると、この原告の主張も採用することはできない。
4 原告は、第二に、本願発明が奏する、大電流しゃ断時に生ずるアークによるノズル表面の消耗を防止するという作用効果(原告が「作用効果(C)」とするもの)は、引用例記載の発明の作用効果と異質かつ予測不可能である、と主張するので、次にこの作用効果について検討する。
原告は、この作用効果に係るノズル表面の消耗として、定格しゃ断容量三〇〇キロボルト、四〇キロアンペアの条件下で電流しゃ断時に生ずるアークによる強烈なエネルギー線にさらした際にノズル表面の樹脂が固体からいきなり気体に変態するいわゆる昇華を起し、表面クレータの発生とは全く異質の、ノズル表面に生ずる一様に消耗する現象を主張していると解される。
しかしながら、甲第四号証の本願明細書を精査しても、このような趣旨の現象についての記載は見当らず、この点に関しては、単に「本発明の目的は、大電流しゃ断時に生ずるアークによる(中略)表面の消耗を防止」(補正明細書三頁一三行ないし一四行)するとの記載があるのみであり、しゃ断時に発生するアークによるノズル表面の消耗がどのような現象に基づくかについての記載はないことが認められる。そして、前述のとおり、本願発明の特許請求の範囲には特に原告主張のような、定格しゃ断容量三〇〇キロボルト、四〇キロアンペアという使用条件が特定されているわけでもない。
したがって、本願発明の作用効果に係るノズル表面の消耗を、ノズル表面の樹脂の昇華によるもののみに限定して考えるべき根拠はないといわなければならない。そして、前記3において検討したところによれば、本願発明の作用効果には、ノズル内部の劣化に起因してノズル表面がめくれ、小破片の発生を防止すること、すなわちノズル表面の飛散消失によるノズル表面の消耗を防止することも含まれることも明らかである。
他方、引用例には、前記のとおり、オリフィス表面に発生するクレータについて、「電弧に曝された場合、表面に多数のクレーター(Crater)、すなわちほぼ円形状の凹部が生成され、このため、(中略)粉末状の小破片を耐電弧室内に放散するという欠点を有している。」と記載されており、引用例自体が、クレータの発生に伴って粉末状の小破片が耐電弧室内に放散し、したがってオリフィス表面が失われると見ていることは明らかであるから、クレータの発生を防止するとの引用例記載の発明の作用効果は、オリフィス表面の消耗を防止することであると考えることが十分可能である。
そこで、本願発明と引用例記載の発明の作用効果を対比してみると、本願発明のノズル表面の消耗を防止するとの作用効果には、ノズル表面の飛散、消失を防止することが含まれており、この作用効果は、引用例記載の発明の右に述べた作用効果と異なるということはできない。
そうすると、本願発明の大電流しゃ断時に生ずるアークによるノズル表面の消耗を防止する作用効果が引用例記載の発明の作用効果と異質かつ予測不可能であるとする原告の主張も、失当であるというほかはない。
四 取消事由四について
甲第三号証と前記第二の一3及び5の事実によれば、確かに、引用例には、充填剤として窒化ほう素を使用することが記載され、その充填量については、成型上また実用上重量含有率五〇%以上は好ましくないとの記載があるのみで、その光反射率については記載がないことが明らかにされている。
しかしながら、別紙第一の第1表の記載をまつまでもなく、充填剤の充填量、成型条件等のいかんにかかわらず、ノズルに充填剤を充填すれば、必然的になにがしかの光反射率を呈することは、自明のことである。そのことは、引用例記載の発明においても同様に該当し、当然本願明細書中にデータが開示されているか否かにかかわらないというべきであり、引用例記載の発明もオリフィスに充填した充填剤の量(重量含有率)、成型条件等に書わらず、なにがしかの反射率を呈していることが明らかである。引用例においては、充填剤の充填量(重量含有率)と光反射率とが具体的にどのような関係にあることが明記されていないにすぎないということができる。
ところで、本願発明は光反射率に関する事項を発明の要旨とするが、充填剤の充填量と光反射率との関係を発明の要旨とするものでないことは、前記第二の一2の事実に照らして明らかである。
そして、審決が本願明細書中の実験データを理由中で引用したのは、引用例記載の発明において充填剤の充填量(重量含有率)と光反射率との関係を認定するためにすぎず、引用例に開示された充填剤の充填量(重量含有率)の内容を認定するに当って技術資料として用いたにすぎない。言い換えれば、審決は、本願明細書中の実験データを新規性を否定すべき引用例として利用したのではなく、引用例の技術内容をどのように解釈すべきかの認定判断に当り、解釈資料として利用したに留まるといわなければならない。
したがって、仮に本願明細書記載の別紙第一の第1表のデータが本件出願前に公表されたことも一般に知悉されてもいない未公知のものであるとしても、これを認定判断の根拠にしたことには何らの不当もなく、その違法であることを理由に審決が特許法二九条一項三号を適用したことが誤りであるとする取消事由四の主張は理由がない。
五 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙第一
第一表
充填剤 充填剤の容量(%) 340℃における反射(%) 300kV、40kA 10回しゃ断後の内部劣化
比較例1 ナシ 0 4.2 劣化 有
〃2 Al2O3 5 7 〃 有
〃3 〃 20 50 〃 有
〃4 〃 60 55 〃 有
〃5 TiO2 0.1 55 〃 有
〃6 〃 0.3 60 〃 無
〃7 〃 0.5 65 〃 無
〃8 〃 1 70 〃 無
〃9 〃 5 80 〃 無
〃10 〃 10 85 〃 無
〃11 BN 1 55 〃 有
実施例1 BN 1 60 〃 無
〃2 〃 3 60 〃 無
〃3 〃 5 70 〃 無
〃4 〃 10 80 〃 無
〃5 〃 20 85 〃 無
〃7 〃 BN 1
弁柄 0.1 60 〃 無
別紙第二
<省略>
別紙第三
<省略>