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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)46号 判決 1991年12月24日

原告 株式会社 大和製作所

右代表者代表取締役 藤井薫

右訴訟代理人弁護士 籠池宗平

同弁理士 西脇民雄

被告 岡岩雄

右訴訟代理人弁護士 水田耕一

同弁理士 長谷川隆一

主文

特許庁が昭和六一年審判第一〇〇二九号事件について平成元年一二月二一日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者が求める裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「自動ボイルエビの成型装置」とする実用新案登録第一六三五二八八号考案(昭和五六年七月一〇日実用新案登録出願、昭和六〇年九月九日実用新案登録出願公告、昭和六一年四月二二日実用新案権設定登録、昭和六三年一〇月五日訂正審決確定。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

原告は、昭和六一年五月一五日、本件考案の実用新案登録を無効にすることについて審判を請求し、昭和六一年審判第一〇〇〇二九号事件として審理された結果、平成元年一二月二一日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は平成二年二月七日原告に送達された。

二  本件考案の要旨(別紙図面参照)

長方形型のボイル室とこれに仕切板を介して連設する水冷室との長手方向側面に噴射孔を対向に設けた蒸気筒及び噴水孔を対向的に設けた水冷筒を夫々数組づつ対設し、該対設蒸気筒及び水冷筒の間を上下チェンでエビを狭持して移行中にボイルして冷却することを特徴とする自動ボイルエビの成型装置

三  審決の理由の要点

1  本件考案の要旨は、前項記載のとおりと認める。

2  審判請求人(以下「原告」という。)の主張

① 本件考案の実用新案登録は、実用新案法第五条第三項及び第四項(昭和六二年法律第二七号による改正前。以下同じ。)に規定する要件を満たしていない実用新案登録出願に対してなされたものであるから、同法第三七条第一項第三号の規定により、無効にされるべきである。すなわち、

a 「長方形型のボイル室」という用語は、三次元的空間を指す用語として不適当である。

b 「仕切板」の符号1が、第1図と第2図で相違している。

c 「長手方向側面」という用語は、意味が不明瞭である。

d 「蒸気筒及び噴水孔を対向的に設けた、水冷筒」は、図面と対応しておらず、誤った構成である。

e 「噴水孔」及び「水冷筒」は必須の構成要件であるのに、図面に示されていない。

f 実用新案登録請求の範囲には、本件考案の目的である「一文字形に成型して事後の薄切り作業にするボイルエビを廉価に提供する」ために必須の構成要件が記載されていない。

② 本件考案は「エビを一文字形にする」という目的を達成し得る程度に完成されておらず未完成の考案であって、本件考案の実用新案登録は、実用新案法第三条柱書きの規定に違反してなされたものであるから、同法第三七条第一項第一号の規定により、無効にされるべきである。

③ 本件考案は、本件出願前に国内において公然知られ、あるいは公然実施されていた考案であって、本件考案の実用新案登録は、実用新案法第三条第一項第一号あるいは第二号の規定に違反してなされたものであるから、同法第三七条第一項第一号の規定により、無効にされるべきである。

④ 本件考案は、公知の考案を単に寄せ集めることによって、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであって、本件考案の実用新案登録は、実用新案法第三条第二項の規定に違反してなされたものであるから、同法第三七条第一項第一号の規定により、無効にされるべきである。

⑤ 本件考案の実用新案登録出願は、考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願であるから、本件考案の実用新案登録は、実用新案法第三七条第一項第四号の規定により、無効にされるべきである。

3  審判被請求人(以下「被告」という。)の主張

① 本件考案の実用新案登録願書に添付されていた明細書及び図面は、昭和六三年一〇月五日確定の訂正審決によってその記載が訂正されたので、本件考案の実用新案登録出願は、実用新案法第五条第三項及び第四項に規定する要件を満たしている。

② 本件考案は、完成された考案である。

③ 本件考案は、その実用新案登録出願前に国内において公然知られ、あるいは公然実施されていた考案ではない。

④ 本件考案は、公知の考案を単に寄せ集めることによって当業者がきわめて容易に考案をすることができた考案ではない。

⑤ 本件考案は、被告が考案したものである。

4  原告の主張①について判断する。

原告主張のb、d及びeについては、訂正審決によって訂正されている。また原告主張のa、c及びfについては、明細書に、当業者が容易に本件考案の実施をすることができる程度に記載されていると認められる。したがって、本件考案の実用新案登録出願は、実用新案法第五条第三項及び第四項に規定する要件を満たしていない実用新案登録出願に対してなされたものではない。

5  原告の主張②について判断する。

訂正後の第3図には、エビの挟持方法が当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているところ、そのようにエビを挟持してボイルすれば一文字型にボイルし得ると認められる。したがって、本件考案は未完成の考案ということはできない。

6  原告の主張③について判断する。

甲第七号証の一ないし三の文書(森本源一、杉田英司、玉山大吉作成の各証明書)には、上下チエンでエビを挟持し、長方形型のボイル室と水冷室を移行中にエビをボイルして冷却する、自動ボイルエビの成型装置が記載されている。しかしながら、右各文書には、本件考案が必須の構成要件とする「ボイル室とこれに仕切板を介して連設する水冷室との長手方向側面に噴射孔を対向に設けた蒸気筒及び噴水孔を対向的に設けた水冷筒を夫々数組づつ対設し」た構成が記載されておらず、示唆もされていない。したがって、本件考案は、その実用新案登録出願前に国内において公然知られ、あるいは公然実施されていた考案であると認めることはできない。

7  原告の主張④について判断する。

昭和三九年特許出願公告第四八四二号公報には、型成生地を直方体の蒸成器内にコンベヤで搬送し、蒸気を噴射して加熱処理したのち放水する、はんぺん連続蒸成装置が記載されている。

昭和四九年実用新案登録出願公告第四二六二四号公報及び昭和四九年特許出願公開第一〇一五七七号公報には、二本の無端回動チエン間に食品を挟着して搬送する構成が記載されている。

昭和五四年実用新案登録出願公告第一六四六八号公報には、二本の無端ベルトの対向面に弧状の凹溝に魚類を挟着して一文字に伸直させる構成が記載されている。

昭和五六年特許出願公告第二二二六〇号公報には、ボイル室と冷却室の間に仕切板を設ける構成が記載されている。

昭和四七年実用新案登録出願公告第三二八五四号公報には、直方体のボイル室と冷却室の間に仕切板を設け、蒸気噴射孔を対向に設けた蒸気筒を数組ずつ対設した食品連続自動焼き装置が記載されている。

そして、昭和四二年特許出願公告第二一七二一号公報には、噴射孔を設けた蒸気筒を数組ずつ対設し、物品を挟持して蒸気筒間を移行する装置が記載されている。

要するに、以上の各公報には、本件考案の構成要件が断片的に記載されているが、本件考案の構成要件である「蒸気筒及び水冷筒の間を上下チエンでエビを挟持して移行中にボイルして冷却することを特徴とする自動ボイルエビの成型装置」は記載されておらず、示唆もされていない。したがって、以上の各公報に記載されている技術的事項を有機的に結合して本件考案の構成を得ることは、当業者がきわめて容易にできたものとは認められない。

8  原告の主張⑤について判断する。

本件考案の実用新案登録が冒認出願に対してなされたものであるという原告の主張は、本件考案が甲第五号証(株式会社えび元に納入された自動ボイルエビ機の図面。別紙参考図の第5図を参照)に記載されている装置と同一であること、あるいは、本件考案が同号証に記載されている装置に用いられていることを前提としてのみ、成り立つものである。しかしながら、甲第五号証の図面には、上下チエンでエビを挟持し、長方形型のボイル室と水冷室を移行中にエビをボイルして冷却する自動ボイルエビの成型装置が記載されているが、本件考案の必須の構成要件である「ボイル室とこれに仕切板を介して連設する水冷室との長手方向側面に噴射孔を対向に設けた蒸気筒及び噴水孔を対向的に設けた水冷筒を夫々数組づつ対設し」た構成は記載されておらず、かつ、示唆もされていない。

したがって、本件考案は、甲第五号証の図面に記載されている装置と同一と認められず、同図面に記載されている装置が本件考案を用いているとも認められないので、原告の右主張は前提において根拠を欠くものというほかなく、本件考案の実用新案登録が冒認出願に対してなされたものとは認められない。

9  以上のとおりであるから、原告が主張する理由及びその提出した証拠によっては、本件考案の実用新案登録を無効にすることはできない。

四  審決の取消事由

本件考案の要旨が審決認定のとおりであることは争わない。しかしながら、審決は、原告主張の無効事由①、②、④及び⑤に対する認定判断をいずれも誤り、本件考案の実用新案登録は無効にすべきものではないと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  無効事由①

本件考案が要旨とする「噴射孔を対向に設けた蒸気筒及び噴水孔を対向的に設けた水冷筒を夫々数組づつ対設し」は、別紙参考図の第1図あるいは第2図に示す構成と考えざるを得ず、同じく本件考案が要旨とする「対設蒸気筒及び水冷筒の間を上下チエンでエビを挟持して移行」は、別紙参考図の第3図あるいは第4図に示す構成と考えざるを得ない。しかしながら、これらの構成は、本件明細書(昭和六三年一〇月五日確定の訂正審決に係るもの)の「エビ5の左右より蒸気を噴射してボイルし、更に(中略)エビ5の左右より水冷筒6'の噴水が噴射して」(第二頁右欄第五行ないし第八行)の記載、及び、別紙図面の第4図及び第5図と整合しない。

また、別紙図面の第1図の蒸気筒2'と第2図の蒸気管12は同一の部材であるが、その配設位置は、第4図の蒸気筒2の位置と整合しない。この点について、被告は、蒸気筒2'と蒸気管12は別個の部材であると主張するが、両者は蒸気供給口7との取付け及び左右の長さが完全に一致しており、同一の部材であることは疑いの余地がない。さらに、被告は、第1図の平行する二本の点線の両側がそれぞれ蒸気筒であるとも主張するが、平行する二本の点線は、両端が閉じられ、かつ、蒸気供給口7から延びる二本の点線によって連通しているから、平行する二本の点線の内側が一本の蒸気管を示すことは明らかである。

さらに、水冷筒は必須の構成要件であるのに、第1図ないし第3図に記載がなく、第5図で水冷筒6'が追加されており、図面の記載が一致していない。

したがって本件明細書は、依然として実用新案法第五条第三項及び第四項に規定されている要件を満たしていない。

2  無効事由②

エビをボイルし一文字形に成型するためには、二つの蒸気筒、二つの水冷筒及びガイドそれぞれの間隔を、エビが倒れたり湾曲しない寸法に的確に設定することが不可欠の要件である。

しかるに、本件考案の実用新案登録請求の範囲には、前記のとおり「対向に設けた蒸気筒」、「対向的に設けた水冷筒」、「対設蒸気筒及び水冷筒の間を上下チエンでエビを挟持して移行」という構成が記載されているのみであって、各部材それぞれの間の寸法は全く記載されていないのみならず、考案の詳細な説明にもそのような記載はない。ただ第4図にその関係が示されているが、第4図に示された構成では、エビの太さに対し、チエンの幅、筒間距離が大きすぎてエビが移行中に倒れて一文字型にならず曲がってしまうことは自明である。

また、エビを一文字形に成型するためには、腹を上にしたエビの両側を垂直に設けた供給ベルトで挟んで上下チエンに送り込むこと、上チエンが下チエン側に垂れ下がっていること、チエン押圧板によって上チエンを適宜の力で押圧することも不可欠の要件であるが、本件明細書にはこれらの点も何ら記載されていない。

したがって、本件考案の構成ではエビを一文字形に成型することができないから、本件考案は未完成の考案である。

3  無効事由④

昭和四七年実用新案登録出願公告第三二八五四号公報(甲第一五号証)には、「直方体のボイル室と冷却室との間に仕切板を設け、蒸気噴射孔を対向に設けた蒸気筒を数組づつ対設し、その間を食品がチエンベルトによって搬送され、ボイルされ冷却されるようにされた食品連続自動焼き装置」が記載されており、水冷筒を除く本件考案の構成が開示されている。また、冷却を水冷によって行うことは、単なる設計事項にすぎない。

そして、昭和四九年実用新案登録出願公告第四二六二四号公報(甲第九号証)及び昭和四九年特許出願公開第一〇一五七七号公報(甲第一七号証)には、「二本の無端回動チエン間に食品を挟持して搬送する装置」が記載されているのであるから、甲第一五号証記載のチエンベルトを二本の無端回動チエン(すなわち、上下チエン)に置き換えることによって本件考案の構成に想到することは、当業者ならばきわめて容易になし得た事項である。

4  無効事由⑤

原告は昭和五五年五月ころ香川県高松市所在の株式会社えび元からエビの自動ボイル成型装置の考案及び製作を依頼されたので、原告代表者は同年七月ころ本件考案とほぼ同一の装置の構成を考案し(甲第二五号証「自動エビボイル機試作単列機図面」を参照)、原告は同年八月ころ一連式の試作機を株式会社えび元に呈示した(同年九月一四日作成の甲第二六号証の一「自動エビボイル機」図面を参照。なお、甲第三一号証は、甲第二六号証の一(平面図及び側面図)を、断面図に符合するように修正したものである。)。そして、同年一二月ころ、量産機として四連式の自動ボイルエビ成型装置を組み立てたが、蒸気の噴射孔がチエンの上部に配設されていたためボイル効率が低かったので、原告代表者は、蒸気の噴射孔をチエンの両側に配設する改良を加え、昭和五六年一月末ないし二月始めころ本件考案と全く同一の構成の考案を完成し(甲第二六号証の二ないし七の図面を参照)、同年二月中旬、原告製作に係る自動ボイルエビ成型装置を株式会社えび元に対し正式に納入した。

被告は、昭和五九年四月まで株式会社えび元の代表取締役であった者であって、何らかの非公式な方法で甲第二六号証の一の図面等を入手し、考案者である原告代表者に断りなく本件考案の実用新案登録出願をした。このことは、本件考案の登録実用新案公告の図面である別紙図面の第1図及び第2図が、原告代表者の考案に係る甲第二六号証の一(別紙参考図の第5図)に示されている構成と全く同一であること(別紙図面の第1図及び第2図は長手方向に四分割して表示されているが、甲第二六号証の一をそのまま敷き写したものであることは、両者を対照すれば疑いの余地がない。)、別紙図面の第4図及び第5図は甲第二六号証の二(別紙参考図の第6図)に示されている構成と実質的に同一であることから、明らかである。

のみならず、別紙図面の第1図及び第2図は原告代表者の当初の考案に係る構成を示すものであって、第1図の蒸気筒2'及び第2図の蒸気管12が上チエンの上部に配設されているのに対し、別紙図面の第4図及び第5図は蒸気の噴射孔をチエンの両側に配設する改良を加えた後の構成を示すものであって、蒸気筒2'(及び水冷筒6')が上下チエンの両側に配設されており、第1図及び第2図記載の技術内容と第4図及び第5図記載の技術内容は整合していない。また、蒸気筒は、第1図によれば四本であるが、第4図によれば八本の筈であるし、第1図に示されている供給ベルトが第3図には示されず、逆に第5図に示されている水冷筒6'が第1図あるいは第2図には示されていないなど、別紙図面の各図の間には多くの矛盾が見られる。のみならず、本件明細書には、自動ボイルエビ成型装置が的確に作動するために不可欠の要件である排気室(ボイル室と水冷室を区画する。)、エビ供給ベルト(エビを面側から挟み、所望の姿勢でチエンに供給する。)、チエン両側のガイドの間隔(エビが倒れたり詰まったりしないように、的確な寸法に設定する必要がある。)について、何らの記載もない。本件考案の実用新案登録出願手続にこのように多くの不備が存するのは、被告が本件考案の考案者でないことを示すものに他ならない。

なお、被告は、原告代表者は本件考案の実用新案登録出願に使用されることを了解しながら別紙図面の第1図及び第2図を被告に提供したと主張するが、全く虚偽である。また、原告代表者は被告に対し計二五〇万円を支払ったことがあるが、これは株式会社マーメイド、有限会社四国中央食品及び八栗食品工業有限会社に対する自動ボイルエビ成型装置の販売につき被告から仲介料を請求されたので、被告の経済的窮状に同情し、それぞれの販売価格に上乗せした金額を被告に支払ったにすぎず、本件考案を実施する対価として支払ったのではない。

したがって、本件考案の実用新案登録が、考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願に対してなされたことは明らかである。

第三請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような誤りはない。

1  無効事由①について

本件明細書及び図面には、当業者が容易にその実施をなし得る程度に、本件考案の目的、構成及び効果が記載されている。この点に関する原告の主張は、図面の記載をことさらに無視した非常識なものである。

ちなみに、別紙図面の第1図は、平行する二本の点線の両側を「蒸気筒2'」と図示することによって、二つの蒸気筒が対設されることを図示しているから、第4図との間に矛盾は存しないし、右「蒸気筒2'」と第2図の「蒸気筒12」は、別個の部材である。なお、水冷筒6'は、第1図では記載が省略されているにすぎない。

2  無効事由②について

原告の主張は、本件考案の要旨を歪曲し、かつ、設計事項にすぎないことが実用新案登録請求の範囲に記載されていないことを理由とするものである。したがって、本件考案は未完成であるとする原告の主張は、失当である。

3  無効事由④について

原告が援用する実用新案登録出願公告公報あるいは特許出願公開公報には、原告主張のような事項は記載されていない。したがって、本件考案は当業者ならばきわめて容易になし得たものであるとする原告の主張も、失当である。

4  無効事由⑤について

エビを上下二つのチエンで挟持して移行しつつボイル及び冷却を行って一文字形に成型する技術は被告が考案したものであって、原告代表者が考案したのではない。

すなわち、被告は、工業高校機械科の出身であって、機械に関する考案の創作を得意としていたが、寿司用エビの製造を自動化するために、上下チエンでエビを挟持・移行しつつボイル・冷却するという考案を創案し、昭和五五年五月に寿司用エビの供給を業務目的とする株式会社えび元を設立した。その際、かねて機械の開発に優れていることを認めていた原告代表者にも株主になってもらい、原告に対し、右考案を具体化した自動ボイルエビ成型装置の製作を委託したのであって、昭和五五年八月ころ株式会社えび元に呈示された試作機も、株式会社えび元の責任において製作されたものである。そして、同年一二月ころ納入された量産機としての自動ボイルエビ成型装置はボイルの効率が悪かったので、被告は、蒸気の噴射孔をチエンの両側に配設することを考案し、ここに本件考案を完成した。そして、昭和五六年七月一〇日付けで本件考案の実用新案登録出願をしたが、同願書に添付された別紙図面の第1図及び第2図は、実用新案登録出願に使用することを明らかにした上で原告代表者から提供を受けた図面(甲第二六号証の一の図面を青焼きしたもの)に基づいて、第3図及び第4図は被告が手書きした図面に基づいて、それぞれ完成されたものである。

なお、仮に本件考案が原告代表者の考案に係るもの、あるいは、被告と原告代表者の共同の考案に係るものであるとしても、原告代表者は、実用新案登録出願に使用されることを了解しながら、前記図面を被告に提供したのであるから、本件考案の実用新案登録を受ける権利(あるいは、その準共有持分)を被告に譲渡したものと理解すべきである。

以上のとおりであるから、本件考案の実用新案登録は考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願に対してなされた、という原告の主張も失当である。

第四証拠関係《省略》

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。

一  成立に争いない甲第二四号証(訂正無効審判請求書添付の、登録実用新案審判請求公告中の、訂正明細書。別紙図面参照)によれば、本件考案は、従来技術においてはエビをボイルするとき湾曲しないように一々串刺しをする手間を要し高価になるという問題点がある(第一頁右欄第三行ないし第五行)との知見に基づき、一文字形に成型されたボイルエビを廉価に提供することを技術的課題(目的)として(同頁右欄末行ないし第二頁左欄初行)、その要旨とする構成(第一頁左欄第二行ないし右欄初行)を採用し、右構成によって、串刺し及び串抜きの手数を省き、かつ、串の跡がない美麗な成型エビを提供し得る(第二頁右欄第九行ないし第一三行)との作成効果を奏するものと認められる。

なお、前掲甲第二四号証によれば、別紙図面は本件考案の一実施例を示すものであって、Aはボイル室、Bは水冷室、Cはカッター室、1は仕切板、2'は蒸気筒で2はその噴射孔、3、4は上下チエン、5はエビ、6'は水冷筒で6はその噴水孔、7は蒸気供給口、8は蒸気排出口、9は押チエンテンション、10は駆動軸、11は上チエン3の高さ調整ハンドル、12は蒸気管、13は排水管、14はチエン押圧板である(第二頁左欄第三行ないし第一四行)。

二  原告は審決取消事由の一つとして、本件考案の実用新案登録は考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願(いわゆる、冒認出願)に対してなされたものである、と主張するので、まず、この点を検討する。

成立に争いない甲第六号証の二枚目(納品書)、第二六号証の一(昭和五五年九月一四日付け「自動エビボイル機」の図面)、第二七号証(「海老自動連続直伸煮沸装置」と題するカタログ。ただし、「55.5.2入手」の書込み部分を除く。)、第二八号証(「第一回株主総会資料」と題する文書)、第三〇号証(「八月度役員会・御検討願いたい件」と題する文書)、第三二号証(見積書)、第四二号証の一ないし五、第四三号証(会社登記簿謄本)、乙第六号証(株式会社登記簿謄本)、

後記原告代表者尋問の結果により成立を認め得る甲第二五号証(「自動エビボイル機試作単列機図面」と題する図面)、第二六号証の二ないし七(図面)、第六三号証(「昭和六一年五月七日までの原告の自動ボイルエビ成型装置納入表」と題する文書)

弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第三六号証(香西康弘の陳述書)、

甲第二五号証の「自動エビボイル機試作単列機図面」による試作機の製作過程を撮影した写真であることにつき当事者間に争いない甲第二九号証、

《証拠省略》によれば、本件考案の創作に関して、左記のような経過を認定することができる。

昭和五五年当時、訴外香西康弘は食用水産物の販売等を業務目的とする株式会社香西物産の取締役、被告は右株式会社香西物産から食用水産物の納入を受けていた有限会社丸一産業の従業員であった。当時、エビをボイルするとき湾曲しないよう串刺しするため多大な労力と時間を要し、これを改善するためのエビの直伸煮沸装置として、例えば大阪市西区所在の有限会社マル茂の製造に係るもの、すなわち一パレット当たり二匹のエビを挿入したパレット(ホルダー)をコンベヤーチエンによって九五℃以上の熱湯に浸漬した後、水道水を散布して冷却する装置が知られていたが、湯通しによってエビの品質が落ち、また操業能率が十分でないという欠点があった。そこで、被告は、串を使用せずチエンで押圧あることによってエビの屈曲を防止するとともに、蒸気を噴射してボイルすることによってエビのうまみを逃がさないようにすると同時に操業能率を高めるというアイデアを創案し、これに基づいて、前記香西康弘、有限会社丸一産業の代表者であった丸岡恵及び被告らは、ボイルし一文字形に成型加工した寿司用のエビを販売することを業務目的とする新会社の設立を企図した。そして、かねてから麺類製造機の合理化等の技術開発に優れた能力を示していた原告代表者(以下「藤井」という。)にも新会社の株主に加わってもらい、同人に自動ボイルエビ成型装置の開発を委託することにした。被告を代表者とする株式会社えび元は昭和五五年五月二一日に設立され、月産一〇〇万尾、月商一〇〇〇万円のエビ加工販売を目標としたが、被告から藤井に対してなされた指示は、「エビを串で刺さないこと、蒸気噴射によってボイルすること、カットまで一連にできること」のみであった。藤井は同年七月ころ、「自動エビボイル機試作単列機図面」(甲第二五号証)を作成し、原告は右図面に基づいて試作機(上下チエンが一連のもの。甲第二九号証の写真参照)を製作し、株式会社えび元におけるテストの結果も良好であったので、同年八月二六日の取締役会において、約八〇〇万円の経費をもって量産機の製作を原告に委託することが了承された。そこで、藤井は、同年九月一四日付けで「自動エビボイル機」と題する図面(甲第二六号証の一)を作成し、これに基づいて、同年一二月ころ原告製作の量産機(上下チエンが四連のもの)の第一号が株式会社えび元において組み立てられ株式会社えび元はこれを用いてエビのボイルを開始した。しかしながら、上下チエンを四連にした右装置は、蒸気筒の噴射孔が上下チエンの上部に配設されていたためボイル効率が不十分であったので、藤井は、被告の依頼により改善策を検討した結果右噴射孔を上下チエンの両側に配設するように変更することにし、これに添う甲第二六号証の二ないし七の図面が、昭和五六年一月下旬から二月初めにかけて作成された。この後、同年二月一七日付けで、原告から株式会社えび元に対し量産機第二号の見積書が提出され、同機は同年三月ころ株式会社えび元に納入された。

このような経過を認定することができる。《証拠判断省略》

以上の認定事実を総合すると、本件考案の技術的課題(目的)は被告によって呈示されたものといえるが、これを解決するための手段は、当初に被告が極めて素朴な形で呈示したアイデアを基礎として、藤井がこれを具体化し産業上利用できるような構成として完成したものと見るのが相当である。したがって、被告は、藤井が本件考案をするに当たって具体的着想を示すことなく、単に基本的な課題とアイデアのみを示し、専ら藤井においてこれを技術的思想の創作として完成したものであって、創作過程において藤井に意見を述べたことがあったとしても、単なる製作依頼者としての助言にとどまり、結局、本件考案は被告が単独で考案したものとは到底認め難く、藤井と被告を共同の考案者ということもできない、というべきである。

本件考案を被告が単独で考案したという被告の主張は事実に符合しないことは、被告が昭和五六年七月一〇日本件考案について実用新案登録出願をした際、願書に添付された別紙図面第1図及び第2図(右事実は成立に争いのない甲第二号証によって認める。)と、藤井が作成した前掲甲第二六号証の一の図面を対比すれば、前者は後者をそのまま敷き写し、長手方向に四分割して作成されたことが明らかであること、別紙図面第2図の蒸気管12が上下チエン3、4上部に配設されており、したがって第1図の蒸気筒2'は上チエンの上部に配設されていると理解されるのに対し、別紙図面第4図においては蒸気筒2'が上下チエンの両側にわたって配設されており、整合に欠ける点があることからも、裏付けられるというべきである。

この点について、被告は、藤井は実用新案登録出願に使用されることを了解しながら別紙図面の第1図及び第2図を被告に提供したから、本件考案の実用新案登録を受ける権利(あるいは、その準共有持分)を被告に譲渡したと理解すべきである、と主張する。

しかしながら、これに添う被告本人尋問の結果は、原告代表者尋問の結果と対比するとにわかに措信できず(前記認定の経過に照らすと、藤井の供述するように量産機第一号の製作過程で納入する機械の設計図(甲第二六号証の一を青焼した甲第五号証と同一の図面)をこういう形で製造しますと説明して被告に手渡したことは十分考えられるところである。)、ほかに、藤井が被告において実用新案登録出願するために使用されることを了解しながら別紙図面の第1図及び第2図を被告に提供したという事実を認定するに足りる証拠はない。

ちなみに、《証拠省略》によれば、原告は昭和五八年九月一七日付けで金一五〇万円、同五九年一〇月一日付けで金一〇〇万円を被告に対し振込み支払っている事実が認められ、被告はその本人尋問において右金員は本件考案のロイヤルティであるという趣旨を供述している。しかしながら、藤井は、原告代表者尋問において、そのころ被告が経済的に困窮していたこともあり、販売手数料の名目で金員を支払うこともやむを得ないと考えた旨を供述しており、株式会社えび元が昭和五八年四月六日に原告から金一六〇万円を借用している事実(成立に争いない甲第五三号証(借用書)によって認めることができる。)及び前記認定の事実経過をも併せ考えると、藤井の右供述もあながち不合理ではない。したがって、原告が被告に対し計二五〇万円を支払っている事実のみから、本件考案が被告の考案に係るものと推認することはできないというべきである。

三  以上のとおりであるから、本件考案の実用新案登録は、考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願に対してなされたものといわざるを得ない。したがって、本件考案の実用新案登録は、原告主張のその余の登録無効事由の当否を検討するまでもなく、実用新案法第三七条第一項第四号の規定によって無効とされるべきであるから、これと結論を異にする審決は、違法なものとして取消しを免れない。

第三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 佐藤修市)

<以下省略>

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