大判例

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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)55号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二 右当事者間に争いのない本件考案の要旨(実用新案登録請求の範囲の記載に同じ。)に成立に争いのない甲第七号証を総合すれば、本件考案は、製網機、特に糸振りアングル機構の一部をなす縦糸ガイド板に関する発明であること、この種の縦糸ガイド板は、比較的加工容易な鉄材で形成され、立上り壁に多数の縦糸ガイド孔が設けられているが、右縦糸ガイド孔は、従来、打抜加工で形成されその内面壁面を研磨してあるだけのものであつたため、該縦糸ガイド孔に縦糸を挿通させて作業を行うと、縦糸が頻繁に摩擦通過する部分のみが摩耗して縦糸に添う溝部が形成されることに起因して糸が傷んだり切れたりするおそれがあり、そのため、定期的な縦糸ガイド孔の補修や縦糸ガイド板の取替え等の、高コストにして面倒な保守管理を余儀なくされていたこと、本件考案は、右のような従来の縦糸ガイド板における欠点の解消を目的として前記当事者間に争いのない本件考案の要旨のとおりの構成を採用したもので、具体的には、縦糸の摩擦通過による縦糸ガイド孔の損耗を防止するため、該縦糸ガイド孔に耐摩耗性の大きな硬質材料からなるブツシユを嵌着するとともに、一定の期間の使用によつて右ブツシユ自体が摩耗した場合にもその取替えが極めて容易になし得るように、縦糸ガイド孔へのブツシユの固着手段として熱溶融性の接着剤を選択、採用した点((b)構成)をその特徴とするものであることが認められる。そして、本件考案が、かかる構成により「縦糸ガイド板の損耗部分を硬質材料によつて保護し、しかもその部分を適宜一定の期間使用した場合に、容易に取り替え得るようにしたため、性能の優れた縦糸ガイド板を極めて安価に提供出来、且つ機械の整備点検において部分的な補修も可能となる」との明細書記載の効果を得ていること(審決の理由の要点5(ロ))は、当事者間に争いがないところである。

三 取消事由に対する判断

1 原告は、前提とする装置が相違する点を措けば、第二引用例にも本件考案の(b)構成と同様の構成が示されている旨主張しているので、まず、この点について検討する。

(一) 第二引用例の符号42のものを「ブツシユ(硬質材料)」とした点及びこれを糸ガイド孔に固着するための接着剤を「にかわ等の」接着剤とした点を除き、同引用例に審決摘示(審決の理由の要点3(二))のとおりの記載があることは当事者間に争いがなく、右事実及び成立に争いのない甲第二号証によれば、第二引用例には、「浮動摩擦」糸引張り装置において直径方向に対向する一対の糸ガイド孔36、38の内面に磁器製の「スリーブすなわちはと目」(sleeve or eyelet)42を適当な接着剤で固着する点の記載があることが認められる。そして、右証拠によれば、同装置において、糸は右一対の糸ガイド孔の間に挿通され移動していくものであることが認められるから、右各糸ガイド孔が糸の通過案内のための孔であることは明らかであり、また、右証拠によつて認める同引用例の添付図面(本判決添付の図面(三))の第1、第2図によれば、右「スリーブすなわちはと目」は、その一端にフランジ部分を有する薄肉・円筒状の形状を有するもので、接着剤による固着の点を措けば、構造上はガイド孔から取外し可能なものであることも明らかである。

(二) 右によれば、第二引用例記載のものも、本件考案の(b)構成中、複数の縦糸ガイド孔(前掲甲第七号証によれば、本件考案の縦糸ガイド孔も糸の通過案内のための孔であることが明らかである。)に耐摩耗性の大なる硬質材料で形成したブツシユをそれぞれ嵌着させた点の構成を備えるものであることが明らかである。

この点に関し、被告は、第二引用例の「スリーブすなわちはと目」(sleeve or eyelet)は本件考案の「ブツシユ」と同じではないし、同引用例には、その「スリーブすなわちはと目」が耐摩耗性の大なる硬質材料で形成される点の記載もない旨主張するが、まず、同引用例の「スリーブすなわちはと目」が磁器製であることは被告もこれを認めるところ、磁器製である以上、一般に耐摩耗性の大なる硬質材料で形成されたものということができるし、他方、前掲甲第七号証によれば、本件考案のブツシユも、具体的にはセラミツク等で形成されるものであることが認められるのであるから、第二引用例の「スリーブすなわちはと目」は、本件考案のブツシユと同様、「耐摩耗性の大なる硬質材料」で形成されたものといえる。また、前記第二引用例の添付図面第1、第2図と前掲甲第七号証によつて認める本件考案の添付図面(本判決添付の図面(一))第1ないし第4図とを対比すれば、第二引用例の「スリーブすなわちはと目」と本件考案の「ブツシユ」とはその形状の点で格別の相違はなく、また、前記1認定のとおり、第二引用例の「スリーブすなわちはと目」もその構造上は取外しが可能なものと認められるから、両者は、実質的に同一のものである。被告は、第二引用例の「スリーブすなわちはと目」と本件考案の「ブツシユ」が異なるものとであるとする根拠として、両者の用語としての差異の点を挙げているが、成立に争いのない甲第九号証によれば、「ブツシユ」には「はと目」という意味もあることが認められるし(右証拠は本件考案の出願後の文献であるが、同出願の前後で右の点が異なるものとも考えられない。)、そもそも、前記認定のとおり、両者が客観的な形状等の点で区別ができないものである以上、たとい厳密には用語としての意味が異なるとしても、そのこと故に両者を実質的に相違するものと認めることはできない。

(三) 次に、本件考案及び第二引用例の「ブツシユ」又は「スリーブすなわちはと目」(以下、単に「はと目」という。)を、その「縦糸ガイド孔」又は「糸ガイド孔」に固着するために使用される接着剤の異同について判断する。

まず、原告は、審決と同様、第二引用例には右接着剤として「にかわ」を使用する点の開示がある旨主張するところ、前掲甲第二号証によれば、第二引用例には「in any convent ional manner, such as being glued thereto, etc」(二頁左欄三九行ないし四〇行)(なお、訳文(四頁のもの)の三頁八行ないし九行では、この箇所は「にかわ付け(glued)等の適当な従来方法により」と訳されている。)との記載があることが認められ、また、成立に争いのない乙第四号証によれば、右「glued」には「にかわづけする」との意味があることが認められることに徴すれば、第二引用例に、使用する接着剤の例示として「にかわ」が挙げられていることは明らかである。被告は、「glued」には、右の意味のほかにも「のり付けする」又は「くつつける」という意味があり、むしろ、これらの意味で用いられる方が一般的であるなどとして、同引用例には接着剤として「にかわ」を使用する点の開示はない旨主張し、右乙第四号証によれば、「glued」には被告主張のような意味もあることが認められるが、「glued」は、「such as being glued thereto, etc」という、従来の接着方法の具体例を示す部分に記載されているものであるから、これを、被告主張のように、単なる「のり付けする」、「くつつける」の意味に解してしまつては全く意味をなさなくなるし、また、接着の対象となる「はと目」が磁器製であることは前記認定のとおりであり、更に前掲甲第二号証によれば、第二引用例は一九四二年(昭和一七年)の発行に係ることが認められることに徴すれば、前記認定のとおり「glued」を「にかわづけする」との意味に解すべきことは明らかというべきであるから、この点に関する被告の主張は採用できない。

更に、原告は、第二引用例記載の「にかわ」も本件考案の「熱溶融性の接着剤」に該当する旨主張するので、この点について検討する。

前記二認定の事実(本件考案の課題、効果等)並びに当事者間に争いのない本件考案の要旨及び前掲甲第七号証に徴すれば、(b)構成にいう「…ブツシユを熱溶融性の接着剤により取替可能に嵌着させた」なる構成が、必要に応じてブツシユを取替える際に、その取替えを容易にするために、ブツシユを縦糸ガイド孔に固着させている接着剤の性状を利用することに着目し、接着剤のうちから「熱溶融性」のものを選択してその性状を利用することにより、加熱によつてブツシユと縦糸ガイド孔との間の接着を極めて容易に解除できるようにすることを意図するものであることは明らかであり、この点は、前掲甲第七号証によれば、本件考案の明細書中に、「一定の時間使用してブツシユが損耗した場合には適宜の加熱手段によつて接着剤を溶融させ、前記ブツシユを前記ガイド孔からきわめて容易に交換し得るようにしてあり」(本件考案公報二欄三七行ないし三欄二行)、「第4図に示すようにブツシユ4を立上り側壁2と共に比較的低い温度に加熱することによつて接着剤6が溶融状態となり、工具9によつてブツシユ4をフランジ部5の方向に押圧することによつて容易に縦糸ガイド孔3から抜出すことが出来」(本件考案公報三欄三一行ないし四欄五行)との記載があることが認められることからも裏付けられるところである。そして、そうであれば、本件考案の接着剤の「熱溶融性」なる性状は、接着、固化の段階のみでなく、接着後これを解除する段階においても必要とされ、かつ、その性状によりブツシユの取替えを極めて容易にするようなものであるということができる。

これに対し、第二引用例にいう「にかわ」は、成立に争いのない甲第八号証によれば、動物の皮や骨中の蛋白質を水で煮て抽出するなどして作られた高分子の蛋白質であり、これを使用する際には「膠一に対して水一・五~二の割合で混合し、一夜くらいひたしてから、二重釜のついた容器中で六〇~七〇℃で加温溶解する。…六〇~七〇℃で溶解した膠を塗布すると冷えてすぐ固まる。」(八五頁下から九行ないし六行)ものであることが認められるところ、右によれば、接着、固化の段階に関する限り、「にかわ」もいわゆる熱溶融性の接着剤であるということができなくはないとしても、そのことから直ちに、接着後これを解除する段階でも同様であると認めることはできず、他にこの点を確認するに足りる証拠はない。もつとも、この点に関し、原告は、本件考案の実用新案登録請求の範囲には「熱溶融性の接着剤」なる記載があるだけで、これを熱で溶融する際の具体的方法に関する記載はないから、本件考案は右具体的方法を何ら限定していないとしたうえ、「にかわ」についても、例えば、縦糸ガイド板ごと水に浸してから加熱すれば、これに使用された「にかわ」が溶融することは明らかであるから、接着後これを解除する段階でも熱溶融性の性状を有するといえる旨主張している。しかしながら、本件考案にいう「熱溶融性」の接着剤は、既に認定説示したところに加えて、前記当事者間に争いのない本件考案の要旨にみられるように、「立上り壁に多数の縦糸ガイド孔を等間隔に並設して穿け」てなる「製網機における縦糸ガイド板」において使用されるものであること及び前記二認定の事実(本件発明の課題、効果等)等に徴し、敢えて実用新案登録請求の範囲にその旨の明記がなくとも、わざわざ、縦糸ガイド板を製網機から取外したうえ、縦糸ガイド板ごと湯水に浸すようなことまでしなければ溶融させられないようなものを予定するものではないと解するのが自然かつ合理的といえるから、この点に関する原告の主張は採用しがたい。

(四) そうであれば、第二引用例には、本件考案の(b)構成中、「熱溶融性の接着剤により取替可能に嵌着する」点の構成が開示されているものとは認められないから、前提とする装置の差異の点を措いても、原告主張のように、第二引用例に本件考案の(b)構成がそのまま開示されているということはできない。

2 加えて、前掲甲第二号証によれば、第二引用例記載の装置のはと目は、糸の案内のために、「平滑な、実質的に摩擦のない面を与え、これにより、糸に切断や損傷を与えることのない糸の通過を容易にする」(訳文(四頁のもの)三頁一一行ないし一三行)ことを目的として設けられたものであることが認められるところ、その全記載に徴しても、その装置が、前記二で認定した本件考案が課題とする場合のように、その糸によつて「はと目」自体が摩耗する等でその取替えを要するような事態を想定していることを窺わせしめるような記載はもとより、その取替えを容易にするために接着剤の性状を利用することに着目し、接着剤のうちから「熱溶融性」のものを選択してその性状を利用することにより、加熱によつて「はと目」と糸ガイド孔との間の接着が極めて容易に解除できるようにするとの技術思想を窺い得るような記載を見出すことはできない。この点に関し、原告は、第二引用例に「はと目」を取替え可能とする点の記載がないことを認めながら、同引用例においても熱溶融性の接着剤(にかわ)を用いて「はと目」を接着する点の構成が示されている以上、右取替え可能とする点は当業者の容易に予測し得るところである旨主張するが、前記認定のとおり、「にかわ」は本件考案が予定するような「熱溶融性」なる性状を有する接着剤とはいえないから、仮に取替えが可能であること自体は第二引用例から予測し得たとしても、前記のような技術思想にまで当業者が極めて容易に想到し得るものとは到底認められない。更に、この点に関して原告が援用する第三引用例についても、同引用例に審決摘示(審決の理由の要点3(三))のとおりの記載のあることは当事者間に争いがなく、右事実及び成立に争いのない甲第三号証によれば、同引用例の記載は、ゴム部品と金属部品との組立体からゴム部品を損傷なく取外すために、誘導的加熱によつてゴムを通じて金属表面のみを加熱することを要旨とするもので、被告も主張するとおり、ゴム部品と金属部品との間の接着を前提とするものではない本件考案とは、そもそも、その前提を異にするというべきであるし、もとより、同引用例中に接着剤の「熱溶融性」なる性状を利用して接着の解除を極めて容易にする点の記載を確認することもできないから、同引用例の記載を参酌しても、当業者が前記技術思想に極めて容易に想到し得るものとは認められない。

3 そうであれば、第二及び第三引用例にも本件考案の(b)構成に関する示唆があるとは認められず、また、本件考案が第一ないし第三引用例の記載から極めて容易に考案できたものとも認められないというべきであつて、これと同旨に出たものと解される審決の認定判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

四 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編注1〕本件考案の要旨は左のとおりである。

(a)立上り壁に多数の縦糸ガイド孔を等間隔に並設して穿け、(b)該縦糸ガイド孔に、耐摩耗性の大なる硬質材料で形成したブツシユを熱溶融性の接着剤により取替可能に嵌着させたことを特徴とする(c)製網機における縦糸ガイド板(別紙図面(一)参照)。(なお、(a)、(b)、(c)は理由説示の便宜上当裁判所において付記したもので、以下、各構成を「(a)構成」「(b)構成」「(c)構成」ともいう。)

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

図面(一)

<省略>

図面(三)

<省略>

(他は省略)

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