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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)64号 判決 1992年3月16日

埼玉県川口市仲町二番一九号

原告

長島鋳物株式会社

右代表者代表取締役

長島義雄

右訴訟代理人弁理士

井沢洵

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

深沢亘

右指定代理人

岡千代子

松木禎夫

長澤正夫

佐藤雄紀

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  特許庁が、平成元年一二月二一日、同庁昭和六〇年審判第二四七六九号事件についてした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五七年八月三一日、名称を「地下構造物用蓋」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をしたところ、昭和六〇年一〇月一七日、拒絶査定を受けたので、同年一二月二三日、これに対する審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和六〇年審判第二四七六九号事件として審理した上、平成元年一二月二一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成二年二月一三日、原告に送達された。

二  本願考案の要旨

蓋本体1に凹入部2を形成し、矢印aを施した流動方向の表示板3を凹入部2に回動可能に嵌合して成り、凹入部2と表示板3には中心孔10、11を夫々形成するとともに、中心孔10、11に入る止め杆4を用いた螺合手段により表示板3を蓋体1に固定する構造を設け、さらに凹入部2と表示板3には、互いに係合して表示板3の向きを任意の方向に規定する連続的な凹凸状の咬合角部5、6を形成したことを特徴とする地下構造物用蓋(別紙本願考案図参照)。

三  本件審決の理由の要点

1  本願考案の出願の日は前記一記載のとおりであり、本願考案の要旨は前記二記載のとおりであると認める。

2  これに対して、原査定の拒絶理由において引用された、本願の出願日前の出願であつて、その出願後に出願公開された特願昭五七-九一九七七号(特開昭五八-二〇七四二四号公報(以下「先願公報」ともいう。)参照)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書」という。)には、

「設置後において、表面に露出する鉄蓋構成部材に、矢印を有する表示盤3を装着しうる溝4を形成し、表示盤3には、その外周に四片の係止片6~6を円周方向に連続的に等間隔に突出形成してなり、又、溝4には、表示盤3の係止片6と係合する溝4bを形成してなり、表示盤3をその中心点を軸として回動させることにより矢印の支持方向を連続的に変更可能となし、かつ、係止片6と溝4bの係合により表示盤3の支持方向を任意の方向に規定するように、表示盤3を溝4に嵌着し、表示盤3と溝4との間隙にリング5を嵌着して係止片6を押圧することにより表示盤3を溝4に固定してなる地下埋設物用鉄蓋。」が記載されているものと認める。

3  そこで、本願考案と先願明細書記載の発明(以下「先願発明」という。)とを比較すると、先願明細書に記載された「溝4」「表示盤3」「溝4b」「係止片6」は、それぞれ本願考案の「凹入部2」「表示板3」「咬合角部5」「咬合角部6」に相当し、また、「設置後において、表面に露出する鉄蓋構成部材」は、蓋本体、蓋枠の両方を包括するものと認められるから、両者は以下の一致点、及び、相違点を有するものである。

(一) 一致点

蓋本体に凹入部を形成し、矢印を施した表示板を、その中心点を軸として回動可能に、凹入部に嵌合し、表示板を蓋体に固定する構造を設け、さらに、凹入部と表示板には、互いに係合して表示板の向きを任意の方向に規定する連続的な凹凸状の咬合角部を形成した地下構造物用蓋、の点。

(二) 相違点

表示板の蓋体への固定手段を、先願発明では、リングを用いた嵌着によるものとしたのに対して、本願考案では、止め杆を用いた螺合手段とした点。

4  次に、この相違点について検討すると、この種表示板を基体に固着する場合、止め杆を用いた螺合手段によることは慣用されている事柄であり、また、作用効果においても格別な差異は認められないから、前記の相違点は単なる慣用固着手段の変更にすぎないものと認める。

5  したがつて、本願考案は先願発明と同一であると認められ、しかも、本願考案の考案者が、先願発明の発明者と同一であるとも、また、本願出願時において、その出願人が先願発明に係る出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願考案は実用新案法第三条の二第一項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、先願明細書の記載事項の認定を誤り(認定判断の誤り1)、本願考案と先願発明との一致点の認定を誤り(認定判断の誤り2)、相違点の判断を誤つた(認定判断の誤り3)結果、本願考案が先願発明と同一であると誤つて判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  先願明細書の記載事項の認定の誤り(認定判断の誤り1)

(一) 「表示盤3には、その外周に四片の係止片6~6を円周方向に連続的に等間隔に突出形成してなり、」の点。

四片の係止片6~6は、円盤状の表示盤3の円周に等間隔で、半径方向外方へ突出形成されているのであり、より具体的には円周上に九〇度間隔で十字状に突出しているに過ぎない。

故に十字状に突出した四片の係止片6~6をもつて、円周方向に連続しているものと認定したのは明らかに事実に反しており、誤つている。

なお、四片の係止片6~6に関して先願公報第二頁右上欄二、三行には、「円周方向に互いに等間隔をなして」という記載がある。しかし、間隔をなす、という右記載と、本件審決の「円周方向に連続的」という記載は相反することといつてよく、本件審決の記載は事実を反映していない。

(二) 「表示盤3をその中心点を軸として回動させることにより」の点。

先願発明における表示盤3は円盤状ではあるが、具体的な回動手段は何も存在しないにもかかわらず、本件審決の右認定は、中心点を軸とした回動手段が存在するかのように思わせる記載内容であり、不正確である。

そもそも先願明細書には「回動」という用語はただ一回使用されているだけで(先願公報第二頁左下欄一行)、それも係止片6の移動防止の意味で使われているにすぎず、表示盤3の回転という観念はないに等しい。方向を合わせる点については、「流路方向を一致させる」という表現をとるだけである。

本件審決の前記認定は事実からかけ離れた別の観念を作り出し、実際にはない回動構成が先願発明に存在するかのような誤解を招くものであり、誤りである。

(三) 「矢印の指示方向を連続的な変更可能となし」の点。

矢印は表示盤3にあるのであるから、矢印が連続的に指示方向を変えるということは、表示盤3の方向が連続的に変えられるというのと同じである。しかし(一)で述べたように、表示盤3には九〇度間隔で断続して係止片6が突出形成され、その嵌着用の溝4bも九〇度間隔で断続して形成されているのであるから、矢印の指示方向も九〇度間隔でのみ変更可能であるにすぎない。

故に先願発明の矢印方向が連続的に変更可能であるという事実はなく、本件審決の右認定は誤りである。

(四) 「係止片6と溝4bとの係合により表示盤3の指示方向を任意の方向に規定するように、表示盤3を溝4に嵌着し、」の点。

係止片6と溝4bとの係合は、前記(一)ないし(三)で述べたように、九〇度間隔であるから、先願発明の表示盤3は四方向を選択できるにすぎない。

本件審決は、先願発明の四方向の方向選択構成が、三六〇度任意の方向を選択できるかのように認定したもので、明らかに事実に反している。

(五) 「表示盤3と溝4との間隙にリング5を嵌着して係止片6を押圧することにより」の点。

先願発明の表示盤3は十字状の係止片6を有し、それが九〇度間隔の溝4bに嵌着するのは事実であり、表示盤3と溝4との間隙にリング5を嵌着するのも事実といつてよいが、しかしそのリング5で係止片6を押圧する事実はない。

押圧というのは押して加圧する状態と考えられるが、先願明細書には単に嵌着と記載されているだけである(先願公報第二頁左上欄一七行~一九行)。つまりリング5は係止片6を押してもいなければ、加圧してもおらず、嵌着しているだけであるのに、これを「押圧する」と認定した本件審決は事実に反している。

2  一致点の認定の誤り

(一) 「表示盤を、その中心点を軸として回動可能に」の点。

これが誤りである理由は前項1(二)と同じであり、この構成は先願発明には存在せず、本願考案にのみ存在するからである。

(二) 「凹入部に嵌合し、」の点。

表示盤3は、先願発明では溝4に嵌着されているのであり、この「嵌着」は本願考案における「嵌合」とは異なり、着脱自在で固定も可能なものだからである。

(三) 「表示板の向きを任意の方向に規定する」点。

先願発明の表示盤3に形成された係止片6と、この係止片6が嵌着する溝4bとは九〇度間隔であり、第2図の溝4bの記載からは蓋本体1の長手方向かそれと直交する方向かのいずれかであつて任意の方向ではない。

これに対し本願考案は、自由にその向きを変換できるものであるから、出願当初から任意の方向へ矢印の向きを変える思想を持つている。

(四) 「連続的な凹凸状の咬合角部」の点。

本願考案の咬合角部は、咬合角部の形成されている形態自体が連続した凹凸状なので、そのように記載してある訳であるが、先願発明の溝、係止片は九〇度間隔で互いに独立しており、通常の日本語の連続という観念と一致せず、むしろ断続というべきである。

3  相違点の判断の誤り

(一) 「この種表示板の固定を基体に固着する場合、止め杆を用いた螺合手段によることは慣用されている事柄であり、」の点。

この種の表示板の固定に関する技術は、先願発明と本願考案しか知られておらず、しかも先願発明は嵌着と接着であつて、他に、止め杆を用いた螺合手段により表示板を固定する例は知られていないから、慣用されているという本件審決の認定は誤りである。

(二) 「作用効果においても格別な差異は認められない」とした点。

本願考案における「止め杆を用いた螺合手段は」、蓋体1に表示板3を固定する効果を奏するが、それだけではなく表示板3と蓋体1に夫々形成されている咬合角5、6の係合を固定し、矢印aの方向付けを決定する効果をも奏するのである。

このような止め杆を用いた螺合手段による本願考案の作用効果は、他に例がなく、格別な効果というぺきであるから、本件審決の右認定は誤りである。

(三) 「前記の相違点は、単なる慣用固着手段の変更にすぎないものと認める」とした点。

この認定の意味は、本願考案の止め杆を用いた螺合手段が慣用固着手段であり、相違点とはいつても慣用されている事柄であるから、本願考案全体の評価を変えなければならないというほどではないということと思われる。

しかし、止め杆を用いた螺合手段が慣用固着手段でなく、表示板を蓋体へ固定し、かつ、咬合角部5、6の係合をも固定して矢印の方向を決定する効果を奏することは既に述べたとおりであるから、本件審決の前記認定は誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認め、同四の主張は争う。

二  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

1  先願明細書の認定の誤りについて

(一) 先願明細書には「かつ外周には、半径方向外方へ突出する四片の係止片6~6を円周方向互いに等間隔をなして備えている。」(甲第四号証第二頁右上欄二行ないし四行)と記載されており、本件審決では、係止片が円周方向に等間隔に(つまり規則的に)突出していることをもつて(係止片は)「連続的に」(形成されている)と認定したものである。

原告は、係止片が九〇度間隔で十字状に突出しているにすぎないものは「連続的」でないと主張しており、これは、係止片の設けられる間隔が広いから「連続的」でないと主張しているものと解されるが、「連続的」の意味を解釈するに際し、係止片が形成される間隔の広狭は関係なく、原告の主張は失当であり、本件審決の認定に誤りはない。

(二) 先願明細書には、(表示盤は)「単一でいかなる弁、栓の流路方向も明確に表示でき」(同第二頁左上欄三行ないし四行)ると記載されており、単一の表示盤でいかなる方向も表示するためには、流路方向を変更するときに、表示盤を一旦はずし、正しい方向に合わせて再度それを溝に嵌着しなければならないことは自明のことである。そのとき、表示盤は旧位置と新位置とで少なくとも九〇度位置が変わつており、通常、それを「回動」と称するのであり、とすれば、表示盤の中心点は旧位置、新位置で変わるものではなく、表示盤の中心点が回動の中心軸となるので、本件審決では「その中心点を軸として回動させる」と認定したものである。本件審決で記載した「軸」は「回動の中心軸」の趣旨である。

(三) 先願発明の表示盤は、例えば、少なくとも「北」「東」「南」「西」と「連続的に」方向表示が可能である。さらに八方向の指示も可能であり、このことは、先願明細書に「段部6の溝6a~6aをさらに多数設けることによつて、係止片5~5を溝6a~6aに対し選択的に嵌着可能となし、表示盤3の表示方向を四方向のみならず他方向への表示をも可能とすることができる。」(同第三頁右上欄五行ないし九行)と記載されていることから明らかである。

(四) 先願明細書には、「各種弁、栓の流路方向と一致させて」(特許請求の範囲)、「各種弁、栓の流路方向に応じた正確な流路表示を行ないうる」(甲第四号証第二頁左上欄五行ないし六行)、「各種弁、栓等の流路方向に応じた誤りのない確実な表示を選択的に行なうことができる」(同第二頁左下欄一六行ないし一七行)、「複数方向を含むいかなる弁栓の流路方向をも明確に表示でき、」(同第三頁右上欄一六行ないし一七行)と記載されており、これらの記載によれば、先願明細書に記載された発明は、「いかなる弁、栓の流路方向でも、それに応じた方向の選択ができるもの」と解され、これを別の意味に解釈すべき理由はなく、しかも、このように解釈しても何ら矛盾を生じない。そして、それはすなわち「表示板の向きを任意の方向に規定する」ことであるから、原告の主張は失当であり、本件審決の認定に誤りはない。

(五) 先願明細書には、(表示盤は)「リング5によつて上方への抜けが防止されている。」(同第二頁左下欄一行ないし二行)と記載されており、これは、表示盤がリング5に押し付けられることによつて上方への抜けが防止されているものと解され、また、そのように解釈しても何ら矛盾を生じない。本件審決では「押し付ける」の趣旨で、「押圧」と認定したものであつて、本件審決の認定に誤りはない。

2  一致点の認定の誤りについて

(一) 「表示板を、その中心点を軸として回動可能に」は、前項1(二)に主張したとおり、先願明細書に記載された発明に構成として存在する。

(二) 先願発明の表示板は、確かに溝に嵌着されているものである。本件審決において(表示板を)「凹入部に嵌合し」と記載して本願考案との一致点としたのは、「嵌合」も「嵌着」もその機能において同じであり、単に用語が違うにすぎないものだからである。

3  相違点の判断の誤りについて

(一) 原告は「この種の表示板の固定に関する技術は、先願発明と本願考案だけであり、先願発明は嵌着と接着であつて、他に止め杆を用いた螺合手段により表示板を固定するものは知られていないから、止め杆を用いた螺合手段は慣用されていない。」旨主張するが、原告の主張は、以下に述べるように失当である。

先願明細書には、表示板と溝との関係について、その特許請求の範囲において、「表示盤を装着しうる溝」、「各種弁、栓の流路方向と一致させて装着可能に」と記載され、また、発明の詳細な説明において、第1実施例と第2実施例とを含む場合には、「装着」(甲第四号証第三頁右上欄一三行目、同一五行目)、あるいは「取着」(同第三頁左上欄最下行)と記載され、その具体的実施例として「嵌着と接着」の二列が記載されているものである。

先願明細書において「装着」「取着」の実施例として具体的に記載されているものは、確かに最良の実施例である「嵌着」「接着」の二つであるが、「装着」「取着」とは取り付けることであり、その取り付けるための具体的手段として、例えば、ポルト、ナツト、ねじ、釘等は先願の出願当時の技術水準からみて、当業者にとつて自明の、あるいは、慣用されている「取付け手段」であるから、それらの「取付け手段」も、先願明細書に記載された「装着」「取着」の範疇に当然含まれているもの、すなわち、先願明細書に記載されているに等しいものであるからである。

一方、蓋体に表示板を固定する手段として「止め杆を用いた螺合手段」は、乙号各証に示されるとおり慣用されている事柄、すなわち、よく知られているものである。

(二) 原告は、本願考案の奏する作用効果について、(「止め杆を用いた螺合手段は、」)「表示板3と蓋体1に夫々形成されている咬合角5、6の係合を固定し、」と主張するが、本願明細書において効果に関してそのような記載はなく、また、右主張のように限つて解される根拠はないから、原告の右主張は、主張自体失当である。

なお、咬合角5、6は、その咬合角が嵌まりあつていることにより表示板の回動を阻止するものであり、表示板は咬合角を合わせて凹入部に嵌めれば、表示板が抜け出ない限りはその咬合角の係合がはずれることはない。換言すれば、「咬合角5、6の係合」は「固定」しなければ、その「係合」がはずれてしまうようなものではなく、してみると、「止め杆を用いた螺合手段」は、表示板が蓋体から抜け出ないように(蓋体に)固定する効果を奏するにすぎないものである。

つまり、「止め杆を用いた螺合手段」とは、単に表示板を蓋体に固定しているものにすぎず、本件審決において、「作用効果においても格別な差異は認められない。」と認定したことに誤りはなく、原告の主張は失当である。

(三) 前記3(一)に主張したように、表示板を蓋体に固定するときに「止め杆を用いた螺合手段」によることは乙号各証に示されるとおり慣用されている事柄であり、また、先願明細書に記載された表示板の固定手段には、先願の出願当時の技術水準からみて自明な、あるいは、慣用されているポルト、ナツト等のような固定手段も含まれるものである。

そうであるから、本願考案と先願発明との相違点である「表示板の固定手段」の検討に際し、「止め杆を用いた螺合手段」は当然に先願明細書に記載されているに等しいものであるとし、本願考案にあつては、単に固定手段として「止め杆を用いた螺合手段」を選択したにすぎないものであつて、その結果として、表記上「嵌着」から「止め杆を用いた螺合手段」になつたものであるという趣旨で、「前記の相違点は単なる慣用固着手段の変更にすぎないものと認める。」と認定判断したのである。

第四  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  本願考案について。

成立に争いのない甲第二号証、第三号証によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

1  技術的課題

本考案は弁筐蓋、人孔鉄蓋等上下水道用又はガス管用等地下構造物用蓋に係り、特に流体の流れ方向を指示する矢印を備えた地下構造物用蓋に関するものである。

本考案の目的は地下構造物用設置後、流れに対する向きを変えても、矢印の向きを簡単に変換できる蓋を提供することにある。(甲第三号証第二頁一三行ないし第三頁四行)

2  構成

(一)  請求の原因二(本願考案の要旨)記載のとおりの構成の採用(実用新案登録請求の範囲第一項、甲第三号証第三頁七行ないし第四頁一行)

(二)  第1図ないし第5図(本判決別紙本願考案図第1図ないし第5図)の例では、凹入部2の偏平面と流動方向表示板3の底面に、互いに咬合する山形の歯5aと谷5b並びに山形突部6aと凹部6bを全周にわたつて放射状に形成して咬合角部5、6の嵌めかえで矢印の方向を連続的に直すことができる。この構造により流動方向表示板3を少し持ち上げれば、完全に凹入部2から取り出さなくても咬合角部5、6の係合が外せるのでそれだけ調整操作は簡単になる。

第6図(本判決別紙本願考案図第6図)の例では、凹入部2及び表示板3の縁辺を八角形状に形成して八箇所の凹部5cを凹入部2の周面に設け流動方向表示板3に凹部5cに嵌まる突部6cを全周にわたつて形成したもので、対角方向が直交八方向を向いているため、向きを見極めやすい。

第7図(本判決別紙本願考案図第7図)は凹入部2と表示板3の周面に三角の歯5d、谷5e山形突部6d凹部6eを連続して設けたものである。更に第8図(本判決別紙本願考案図第8図)は歯車状の歯6f、谷6gを表示板3に、またこれらに適合する凹部5fと突部5gとを凹入部2にそれぞれ形成したものを示してある。(同第四頁三行ないし第五頁八行)

3  作用効果

本考案によれば、止め杆4をゆるめることによつて、埋設された管内の流れ方向を表わす流動方向表示板3は、咬合角部5、6の嵌合位置を変えることにより自由にその向きを変換できる。特に本考案のものは、咬合角部5、6が連続した多数の凹凸部分5a、5b、……、5g、6a、6b……6gによつて形成されているので蓋本体1に対する流動方向表示板3の向きを、全周方向へ連続的に変えることができ、しかもその作業は止め杆4をゆるめるか外して流動方向表示板3の向きを変え、また止め杆4をしめ直すだけで良いので著しく容易である。したがつて、地下構造物設置後、流動方向が変わつても、あるいは施工時誤つて矢印の向きが違つていても、また嵩上げ時でも何等の支障なく脱着して容易に修正できる効果がある。(同第六頁五行ないし第七頁五行)

三  先願発明について

成立に争いのない甲第四号証によれば、先願明細書には、先願発明の技術的課題、構成及び作用効果について次のとおり記載されていることが認められる。

1  技術的課題

(一)  先願発明は、仕切弁、消火栓等の各種弁、栓部を覆蓋して設置される鉄蓋に関する。(甲第四号証第一頁左下欄一三行ないし一四行)

(二)  鉄蓋に流路方向を表示する方法を考えた場合、例えば塗料等による表示では、その表示は、その鉄蓋の設置者のみが認識しうる程度で、他者によつてそれぞれが流路方向を表示するものと認識されることは不可能であり、したがつて、このような鉄蓋は、明確に流路方向を表示する機能を備えた鉄蓋として提供されるのが望ましい。しかしながら、このような鉄蓋を工場生産により予め流路方向を表示したものとして提供する場合においては、……各種の流路方向を表示する鉄蓋を製造しなければならない不都合があつた。さらに、このような鉄蓋においては、鉄蓋自体を、その表示が流路方向と一致するように位置させて設置する必要があるため非常に不便であり、かつ間違えて設置した場合には、取り外して再度施工を行わなければならない欠点があつた。

以上の欠点に鑑み、先願発明の目的は、単一でいかなる弁、栓の流路方向も明確に表示でき、かつ当該鉄蓋が設置される各種弁、栓の流路方向に応じた正確な流路表示を行いうる鉄蓋の提供にある。(同第一頁右下欄五行ないし第二頁左上欄七行)

2  構成

(一)  設置後において表面に露出する鉄蓋構成部材の少なくとも一箇所に、少なくとも一面に特定方向の指示模様を有する表示盤を装着しうる溝を形成するとともに、前記表示盤は前記溝に対し、前記指示模様の方向を当該鉄蓋の設置部における各種弁、栓の流路方向と一致させて装着可能に構成したことを特徴とする鉄蓋(特許請求の範囲)。

(二)  第1実施例を第1図~5図(本判決別紙先願発明図第1図ないし第5図)に従つて説明する。

第1図において、1は角型の鉄蓋本体、2は鉄蓋本体1を嵌着支持する同様に角型の受枠で、この受枠2はそのフランジ部2aを地中あるいはコンクリート中等に埋設した状態で、枠部2bの上面を地面あるいはコンクリート面とほぼ同一面となしてこの枠部2bのみを露出状態として設置する。

3~3は枠部2bの各辺中央部に設けられた第2図に示すような溝4に円環状のリング5とともに嵌着される円盤状の表示盤で、各表示盤3は第3図および第4図に示すように表面3aには単一方向への矢印模様を有する一方、裏面3bには滑う止め模様を有しており、かつ外周には、半径方向外方へ突出する西片の係止片6~6を円周方向互いに等間隔をなしている。……

溝4内には、第2図および第5図に示すように、表示盤3の下部を嵌着する溝4aを形成する段部2cが設けられており、この段部2cには表示盤3の係止片6~6をこれらの上面が当該段部2cの上面と同一平面をなすよう嵌着する溝4b~4bが形成されている。段部2cの上面には、この段部2cの上面を底面とし、かつ溝4の上部内周面および表示盤3の上部外周面を側面とする環状の溝4cが形成され、リング5はその上面を溝4cの上端とほぼ同一平面状となして溝4c内に嵌着されている。したがつて表示盤3はその係止片6~6を段部2cの対応する溝4bに係止されてその回動が規制される一方、リング5によつて上方への抜けが防止される。(同第二頁左上欄八行ないし左下欄二行)

(三)  第1実施例における表示盤3においては、対応する溝4内の段部2cの溝4b~4bをさらに多数設けることによつて、係止片6~6を溝4b~4bに対し選択的に嵌着可能となし、表示盤3の表示方向を四方向のみならず他方向への表示も可能とすることができる。(同第三頁右上欄四行ないし九行、ただし「段部6」とあるのは「段部2c」の、「溝6a~6a」とあるのは「溝4b~4b」の、「係止片5~5」とあるのは「係止片6~6」の各誤記と認める。)

3  作用効果

(一)  表示盤3~3は、受枠2の地中あるいはコンクリート中への埋設固定後に、その設置部における各種弁、栓の流路方向(本実施例では図中p方向)に対応して位置する溝4に嵌着されるもののみの表面3aを上面とし、かつその矢印の方向を同様なp方向に向けられて設けられこのように表示盤3~3は、受枠2の設置現場において、各種弁、栓等の流路方向に応じた誤りのない確実な表示を選択的に行うことができるので、点検者は、その表示に応じて各種弁栓のメンテナンス作業を確実かつ迅速に行え、かつ緊急な場合における開閉作業を間違いなく迅速に行うことができる。(同第二頁左下欄九行ないし右下欄一行)

(二)  先願発明は、設置後において表面に露出する鉄蓋構成部材の少なくとも一箇所に、少なくとも一面に特定方向の指示模様を有する表示盤を装着しうる溝を形成するとともに、表示盤は、溝に対しその指示模様の方向を鉄蓋の設置部における各種弁、栓の流路方向に一致させて装着可能に構成することによつて、複数方向を含むいかなる弁栓の流路方向をも明確に表示でき、かつこのような流路表示を当該鉄蓋を設置した状態で各種弁栓の流路方向に応じて確実に行うことができる鉄蓋を工場生産により提供しうる利点を有する。(同第三頁右上欄一〇行ないし左下欄一行)

四  先願明細書の記載事項の認定の誤り(認定判断の誤り1)の主張について

1  「表示盤3には、その外周に四片の係止片6~6を円周方向に連続的に等間隔に突出形成してなり」の点について

原告は、四片の係止片6~6は、円盤状の表示盤3の円周上に九〇度間隔で十字状に突出しているにすぎないから、十字状に突出した四片の係止片6~6をもつて、円周方向に連続しているものと認定したのは明らかに事実に反している旨主張する。

前記のとおり、本願明細書には、「連続的」の語は、実用新案登録請求の範囲に「表示板3の向きを任意の方向に規定する連続的な凹凸状の咬合角部5、6を形成した」と記載されており、考案の詳細な説明の欄には、実用新案登録請求の範囲の記載と同じ表現が記載されているほか、「全周にわたつて放射状に形成して咬合角部5、6の嵌めかえで矢印の方向を連続的に直すことができる。」及び「流動方向表示板3の向きを、全周方向へ連続的に変えることができ」と記載されているものの、別紙本願考案図第3図ないし第10図には、八方向ないし一二方向に向きを変えることができる実施例が記載されていることからすれば、本願明細書における「連続的に」の語は、三六〇度任意の方向を選択できる趣旨ではなく、複数方向に等間隔に方向を変更することができる趣旨で使用されているものと解され、複数方向の数すなわち間隔の大きさについての限定は認められない。

一方、前記のとおり、先願明細書には、「表示盤3は第3図および第4図に示すように……外周には、半径方向外方へ突出する四片の係止片6~6を円周方向互いに等間隔をなしている。」と記載されているから、先願明細書の四片の係止片6~6が、本願明細書にいう「連続的に」形成されているものと認められる。

したがつて、本件審決が、先願明細書には、「表示盤3には、その外周に四片の係止片6~6を円周方向に連続的に等間隔に突出形成してなり」と記載されていると認定したことに原告主張の誤りはない。

2  「表示盤3をその中心点を軸として回動させることにより」の点について

原告は、先願発明における表示盤3は円盤状ではあるが、先願明細書には、具体的な回動手段は何も存在しないにも拘らず、本件審決が、中心点を軸とした回動手段が存在するかのような認定をしているのは不正確である旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、先願発明の表示盤3は円形であり、四片の係止片6~6は円周方向互いに等間隔をなして突出しているから、表示盤3の指示方向を変更するためには、表示盤3を九〇度あるいは一八〇度移動させなければならないが、その時の表示盤の動きは、その中心点の位置が変わらないから、表示盤3の中心点を軸として九〇度あるいは一八〇度回動したものとみることができる。

したがつて、本件審決が、先願発明について、矢印の指示方向を変更するに際して、その表示盤3をその中心点を軸として回動させるものであるとした認定に原告主張の誤りはない。

3  「矢印の指示方向を連続的な変更可能となし」の点について

原告は、先願発明の表示盤3には九〇度間隔で断続して係止片6が突出形成され、その嵌着用の溝4bも九〇度間隔で断続して形成されているのであつて、矢印の指示方向も九〇度間隔でのみ変更可能であるにすぎないから、矢印方向が連続的に変更可能であるという事実はない旨主張する。

しかしながら、前記四1で認定説示したとおり、先願明細書の四片の係止片6~6が、本願明細書にいう「連続的に」形成されているものであるから、先願発明の表示盤3の矢印方向を連続的に変更することが可能である上、前記のとおり、先願明細書には、「第1実施例における表示盤3においては、対応する溝4内の段部2cの溝4b~4bをさらに多数設けることによつて、係止片6~6を溝4b~4bに対し選択的に嵌着可能となし、表示盤3の表示方向を四方向のみならず他方向への表示も可能とすることができる。」と記載されているから、溝4bを九〇度間隔の間に一個ないしそれ以上設ければ、本願考案におけるのと同程度ないしそれ以上の指示方向の変更が可能となることは明らかである。

したがつて、本件審決が先願発明について、矢印の指示方向が連続的に変更可能であるとした認定に原告主張の誤りはない。

4  「係止片6と溝4bとの係合により表示盤3の指示方向を任意の方向に規定するように、表示盤3を溝4に嵌着し、」の点について

原告は、係止片6と溝4bとの係合は、請求の原因四1(一)で述べたように九〇度間隔であるから、先願発明における表示盤3は四方向を選択できるにすぎないにもかかわらず、本件審決が、先願発明における四方向の方向選択構成が三六〇度任意の方向を選択できるかのように認定したことは明らかに事実を誤認している旨主張する。

しかしながら、先願明細書には、前記のとおり、「各種弁、栓の流路方向に応じた正確な流路表示を行いうる」、「各種弁、栓の流路方向と一致させて」、「各種弁、栓等の流路方向に応じた誤りのない確実な表示を選択的に行うことができる」、「各種弁、栓の流路方向に一致させて装着可能に構成することによつて、複数方向を含むいかなる弁栓の流路方向をも明確に表示でき、」と記載されている。そして、先願明細書の第1図(別紙先願発明図第1図)によれば、鉄蓋本体は方形であり、通常水道管あるいはガス管等の弁や栓は桝内に設置され、桝は水道管やガス管等が方形の蓋の辺と平行になるように設置されることは技術常識であるから、先願発明の第1実施例の場合も、四方向であれ、表示盤の指示方向を何れにするかは任意に選択できるのであり、仮に、水道管あるいはガス管等が斜めに設置されてるとしても、前記認定のとおり、先願発明においては、溝4bを多数設けることにより、表示盤3の指示方向を一二方向ないしはそれ以上の方向を選択することができるのであり、この種の表示盤の指示方向と実際の流路の方向が多少ずれていても、表示盤の指示目的が達せられるものであることは常識であるから、先願発明における表示盤の指示方向を任意の方向に規定することができるものと解される。

したがつて、本件審決が、「係止片6と溝4bとの係合により表示盤3の指示方向を任意の方向に規定するように、表示盤3を溝4に嵌着し、」と認定判断したことに原告主張の誤りはない。

5  「表示盤3と溝4との間隙にリング5を嵌着して係止片6を押圧することにより」の点について

原告は、先願発明について、リング5で係止片6を押圧することはない旨主張する。

確かに、先願明細書には、リング5と係止片6との関係については、前記のとおり、「リング5はその上面を溝4cの上端とほぼ同一平面状となして溝4c内に嵌着されている。したがつて表示盤3はその係止片6~6を段部2cの対応する溝4bに係止されてその回動が規制される一方リング5によつて上方への抜けが防止される。」と記載されているにすぎす、リング5で係止片6を押圧する旨の直接の記載はないし、溝4の内周壁と表示盤3の外周壁とを例えば弾性体のリング5が押圧すれば、表示盤3を溝4に固定することができるものと認められる。

しかしながら、先願明細書の右記載によれば、リング5は、表示盤3の回動を規制し、上方への抜けを防止するために設けられたものであり、リング5が溝4から外れないように固定する場合、表示盤3の上下動を押さえるべく、リングの裹面と係止片6の表面の間には隙間がないようにすることは当然の設計であり、先願明細書の第5図(別紙先願発明図第5図)においても、リングの裏面と係止片6の表面は接しているから、本件審決が「表示盤3と溝4との間隙にリング5を嵌着して係止片6を押圧する」と認定したことは誤りとはいえない。

五  一致点の認定の誤り(認定判断の誤り2)の主張について

1  「表示盤を、その中心点を軸として回動可能に」の点について

原告は、表示盤を、その中心点を軸として回動可能にする構成は先願発明には存在せず、本願考案にのみ存在する旨主張する。

しかしながら、右構成が先願発明にも存在することは、前記四2に認定説示したとおりであるから、原告の右主張は理由がない。

2  「凹入部に嵌合し、」の点について

原告は、先願発明における表示盤3は溝4に嵌着されており、本願考案における嵌合とは意味が異なる旨主張する。

前記のとおり、本願明細書において「嵌合」の語は、実用新案請求の範囲及び考案の詳細な説明の欄にそれと同文の記載箇所に使用されているだけであつて、「嵌合」の意味を特に定義付けている記載は見当たらず、その記載及び字句の意味からすれば、二つの部材の組み付けを嵌め込みによつて行うことであると解される。

一方、先願明細書において、「嵌着」の語は、前記のとおり、「2は鉄蓋本体1を嵌着支持する同様に角型の受枠で」、「3~3は……溝4に円環状のリング5とともに嵌着される円盤状の表示盤で」、「表示盤3の下部を嵌着する溝4aを形成する段部2cが設けられており」、「上面と同一平面をなすよう嵌着する溝4b~4bが形成されている」、「リング5はその上面を溝4cの上端とほぼ同一平面状となして溝4c内に嵌着されている」、「係止片6~6を溝4b~4bに対し選択的に嵌着可能となし」、「対応して位置する溝4に嵌着されるもののみの表面3aを上面とし」と記載されているほか、前掲甲第四号証によれば、先願明細書には、接着剤を用いて表示盤を固定する第2実施例の説明において、「13~13は鉄蓋本体11の各辺中央部に対応して設けられた四ケ所の溝14(第8図(本判決別紙先願発明図第8図)参照)に嵌着された四角形板状の表示盤」(甲第四号証第二頁右下欄六行ないし八行)、「各種弁、栓の流動方向に対応して位置する溝14に嵌着される表示盤13」と記載されていることが認められ、これらの記載からすれば、先願明細書における「嵌着」の語は、二つの部材の着脱自在であるか固着されるかは問わず、単に二つの部材の組み付けが篏め込みによつて行われるということを表わしていると解するのが相当である。

したがつて、「嵌合」も「嵌着」もその機能において相違がなく、先願発明において、表示盤を溝に嵌着している状態と、本願考案において、表示板を凹入部に嵌合している状態との間に相違を見いだすことはできないから、原告の右主張は採用できない。

3  「表示板の向きを任意の方向に規定する」点及び「連続的な凹凸状の咬合角部」の点について

原告は、本願考案の咬合角部は、咬合角部の形成されている形態自体が連続した凹凸状であり、自由にその向きを変換できるものであるのに対して、先願発明においては、その溝、係止片は九〇度間隔で、互いに独立しており、通常の日本語の連続という観念と一致せず、表示板に形成された係止片6と、この係止片6が嵌着する溝4bとは九〇度間隔に形成されているから、その向きを任意の方向に規定できるとはいえない旨主張する。

しかしながら、前記四1、3及び4に認定説示したとおり、先願発明においても、その溝と表示盤は、表示盤の向きを任意の方向に規定する連続的な凹凸状の咬合角部を形成したものであるから、本願考案と先願発明とは、その凹入部と表示板が、表示板の向きを任意の方向に規定する連続的な凹凸状の咬合角部を形成したものである点で一致するとした本件審決の認定に誤りはない。

六  相違点の認定の誤り(認定判断の誤り3)の主張について

1  「この種表示板を基体に固着する場合、止め杆を用いた螺合手段によることは慣用されている事柄であり、」の点について

原告は、この種の表示板に関する技術は、先願発明のものと本願考案のものとしか知られておらず、しかも、先願発明はリングを嵌着するものであつて、他に、止め杆を用いた螺合手段は知られていないから、この種表示板を基体に固着する場合、止め杆を用いた螺合手段によることは慣用されているという本件審決の認定は誤りである旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第一号証ないし第三号証によれば、本願考案あるいは先願発明の出願前に公開された本願考案と技術分野を同じくする公報等に、地下構造物用の蓋に何らかの表示符合を施した表示体を固定する場合、止め杆を用いた螺合手段を用いることが記載されていることが認められ、右事実によれば、止め杆を用いた螺合手段により表示板を固定することは先願の出願時の技術水準からみて慣用手段であり、技術常議に属するものと認めることができるから、原告の右主張は理由がない。

2  「作用効果についても格別な差異は認められない」とした点について

原告は、本願考案における止め杆を用いた螺合手段は蓋体1に表示板3を固定する効果を奏するだけではなく、表示板3と蓋体にそれぞれ形成されている咬合角部5、6の係合を固定し、矢印aの方向付けを決定する効果をも奏するものであり、このような止め杆を用いた螺合手段による本願考案の作用効果は、他に例がない旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、地下構造物用の蓋に何らかの表示符号を施した表示体を固定する場合において、止め杆を用いた螺合手段を用いることが慣用手段であり、先願の出願時において技術常議である。

また、本願考案の作用効果は、前記二3に認定したとおりであつて、要するに、埋設された管内の流れ方向を表わす流動方向表示板3は、咬合角部5、6の嵌合位置を変えることにより自由にその向きを変換できることであり、一方、先願発明の作用効果は、前記三3に認定したとおりであつて、要するに、表示盤は、溝に対しその指示模様の方向を鉄蓋の設置部における各種弁、栓の流路方向に一致させて装着可能に構成することによつて、複数方向を含むいかなる弁栓の流路方向をも明確に表示できることであり、いずれも表示板の指示方向を任意の方向に設定できるものであつて、本願考案と先願発明において作用効果に差異はない。

したがつて、原告の右主張は理由がない。

3  「前記相違点は、単なる慣用固着手段の変更にすぎないものと認める」とした点について

本願考案と先願発明の構成上の相違点は、表示盤を蓋体に固定する構造が、本願考案においては止め杆を用いた螺合手段であり、先願発明においてはリングであるという点にあるところ、前記のとおり、先願発明のリングは本願考案の止め杆を用いた螺合手段と同様、表示盤の上方への抜けの防止を目的として採用されていることが明らかであり、しかも、地下構造物用の蓋に何らかの表示符号を施した表示体を固定する場合において、止め杆を用いた螺合手段を用いることは、当業者にとつて技術常識と認められるから、表示板を凹入部に固定する構造として、リングを用いた固定手段に代えて止め杆を用いた螺合手段とすることは、当業者の技術常識の範囲内で行われたものと解される。

したがつて、本件審決が「前記相違点は、単なる慣用固着手段の変更にすぎないものと認める」と判断したことに誤りはない。

七  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

別紙 本願考案図

<省略>

別紙 先願発明図

<省略>

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