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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)87号 判決 1990年10月29日

原告 中松義郎

被告 メモレックス・テレックス株式会社 (旧商号 日本メモレックス株式会社)

右代表者代表取締役 山田哲士

右訴訟代理人弁護士 山崎行造

名越秀夫

伊藤嘉奈子

窪木登志子

松波明博

日野修男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  特許庁が、同庁昭和五六年審判第一七〇一五号事件について、平成二年一月一八日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二請求の原因

一  特許庁等における手続の経緯

1  原告は、考案の名称を「磁気テープ等用リール」とする第一一六五三六三号登録実用新案(昭和四一年三月二二日に特許出願したものを昭和四五年四月二三日に実用新案法第八条第一項の規定により実用新案登録出願に変更し、昭和五〇年一〇月八日に出願公告(実公昭五〇―第三四五九三号)され、昭和五二年三月三一日に設定登録され、その後特許庁昭和五四年審判第一二八〇七号訂正審判請求事件の訂正審決により訂正されたもの。以下「本件実用新案」といい、本件実用新案にかかる考案を「本件考案」という。)につき、その存続期間が満了するまで実用新案権者であった。

2  被告は、原告を被請求人として、昭和五六年八月一四日、本件実用新案を無効とすることについて審判を請求したところ、特許庁は、右請求を同庁同年審判第一七〇一五号事件として審理の上、昭和五八年六月一日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決(以下「第一回審決」という。)をした。

3  被告、昭和五八年八月二五日、東京高等裁判所に対し、右審決の取消訴訟を提起し(この訴訟を以下「前訴」という。)、同庁はこれを昭和五八年(行ケ)第一四七号事件として審理した上、昭和六三年九月一三日、右審決を取り消す旨の判決(以下「前訴高裁判決」という。)をした。

原告は、同年九月二二日、右判決に対し上告をしたところ、最高裁判所はこれを最高裁判所昭和六三年(行ツ)第一八五号事件として審理した上、平成元年六月一日、右上告を棄却する旨の判決(以下「前訴最高裁判決」という。)をし、前訴高裁判決は確定した。

4  そこで特許庁は、前記同庁昭和五六年審判第一七〇一五号事件につき、更に審理の上、平成二年一月一八日、「登録第一一六五三六三号実用新案の登録を無効とする。」旨の審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は同年三月七日、原告に送達された。

二  本件考案の要旨

前面フランジが窓なし透明となされ、内部に捲回されたテープを見透すことが出来、後面フランジがテープ内容に応じてそれぞれ異色の窓なし着色不透明となされ、テープの捲込、捲ほぐれに応じて後面フランジの見透せる着色識別コード面積部分が変化することにより捲回されたテープ量を判別出来ると共に、後面フランジがそれぞれ異色に着色コード化されていることによりテープ内容を分類可能としたことを特徴とする磁気テープ等用リール。

三  本件審決の理由の要点

1  本件考案の原特許出願から設定登録までの経過は、一項1に記載のとおり、本件考案の要旨は、二項記載のとおりである。

2  ところで、本件考案は、磁気テープ等用リールに関する考案であって、従来、この種のリールには、フランジが両面ともに透明なものやアルミ板等でフランジを作り、これに窓を設けたものがあり、また、単一色のリールや前面フランジが透明で後面フランジが無着色で無色又は白色とされ、リールのハブ前面に色識別部材、すなわち、リング状ラベル等の色識別リングを取り付けたリールがあったが、フランジに窓のあるリールにはゴミが窓から侵入してドロップアウトの原因となるという欠点があり、単一色のリールには電子計算機のデータ資料を色分けにより分類して保管することができないという欠点があり、また、前記色識別リングを取り付けたリールには色識別リングを取り付けることに伴う種々の欠点、具体的には、

a リール(テープ)をコンテナに入れたときには、色識別リングの部分がコンテナロック部分に隠れて外部からの識別が不可能となる。

b リールの前方からの識別はできるが、後方からの識別は不可能であり、また、色識別リングの幅が狭いので、遠くからの識別が不可能である、

c 色識別リングは、リールが回転中にはがれるおそれがあり、はがれた後は全く色識別が不可能となる

等の欠点があったことから、本件考案は、これら従来のリールの欠点を排除することを目的とし、本件考案の要旨のとおりの構成を採用したものであること、本件考案の構成中、「後面フランジがテープ内容に応じてそれぞれ異色の窓なし着色不透明となされ……後面フランジがそれぞれ異色に着色コード化されていることによりテープ内容を分類可能とした……磁気テープ等用リール」とは、後面フランジ全体が単一色の着色不透明であり、かつ、その色がそれぞれのリールで異なっている複数の磁気テープ等用リールを組とするという構成を意味するものであること、及び本件考案は、前記構成と相まって、従来の磁気テープ等用リールのもつ前記諸欠点を解消することができ、テープ操作中のテープの差込状態の確認をすることができるとともに、テープ使用量の増減監視を後面フランジの着色面積の変化で容易に行うことができ、かつ、後面フランジの着色をテープ内容に応じて異なる色とすることにより、色コード識別を行うことができる等所期の効果を奏し得たものと認められるから、結局、本件考案の要旨は、前面フランジが窓なし透明であり、後面フランジ全体が単一色の着色不透明であり、かつその色がそれぞれのリールで異なっている複数のリールを組とした磁気テープ等用リール、にあるものと認める。

3  これに対して、審判請求人(被告)は、

(一) 本件考案は実用新案法第三条第一項にいう「物品の組合わせ」とは考えることができない。

(二) 本件考案は、審判事件甲第一号証ないし同甲第六号証及び同甲第八号証によりその出願前に公知となっていたものである。

との理由により、本件実用新案登録は実用新案法第三七条第一項第一号に該当し、無効とされるべきものであると主張している。

4  そこで、審判請求人(被告)の右(二)の主張について検討する。

審判請求人(被告)が審判事件甲第一号証として提示した、電子計算機専門誌「Computer Report」日本経営科学研究所発行・第五巻No.5(昭和四〇年五月二〇日発行)四〇頁ないし四四頁(本訴乙第三号証、以下「引用例」という。)には、当時の日本電信電話公社の中央統計所長宮本氏とコンピュートロン社の販売、管理を担当していたオレアリー氏との「磁気テープの問題点を探る」と題する対談記事が掲載されている。

そして、引用例の四一頁には、対談記事の「リールの素材と構造」と題する欄で、宮本氏が、「私共の会社で、昨年六月から本年一月にかけてコンピュートロンを実際使用いたしましたので、……話を進めたいと思います。まず、……リール……について各々長所、短所を申し上げます。」と述べたうえで、コンピュートロン・テープリールの長所について、「コンピュートロン・テープのクール(これは、「リール」の誤記と認める。)は透明で、テープの巻かれている状態がきちんと巻かれているか、折れ曲がっていないか一目でわかり、……たいへんよいと思います。」と、また、その短所について、「透明であるのでクール(これも、「リール」の誤記と認める。)のカラー・コントロールができない欠点もあるが、これに対してどのようにお考えですか。」と述べていることが、更に、「コンピュートロン・テープリールは窓がなく、操作上はテープを傷つけないのでたいへんよいと思いますが……窓がないと巻ける状態がよくないという人もあるのですが、この点いかがでしょう。」とも述べていることが認められ、一方、オレアリー氏は、宮本氏がコンピュートロン・テープリールの短所として指摘した前記の点について、「リールの表面は透明になっているが、裏面はブルー、グレー、レッド、イエローetc.、いろいろのカラーがある。」と答えていることが、また、リールの窓の点については、「窓がなくてもなんら問題は起りません。」と答えていることが認められ、両者のこのような一連の発言内容及び話題の流れと前記認定説示した本件考案の従来技術、即ち、リールのハブ前面にリング状ラベル等の色識別のリングを取り付けることによってテープ内容の分類、識別が行われていたという事実を考慮すると、宮本氏の前記発言中「リールのカラー・コントロール」とは、テープ用リールを複数色に色分けし、それを複数個用いることにより、テープの記録内容を分類、識別可能にするという技術を意味するものと解され、宮本氏もそのような趣旨で当該用語を使用したものであることを理解するに十分であり、また、オレアリー氏の前記発言中、リールの「表面」、「裏面」とは、リールの前面フランジ、後面フランジを意味するものと認められ、引用例には、宮本氏の使用経験に基づく発言に係る、前面フランジが透明で、前面及び後面フランジに窓がなく、かつ、カラー・コントロールができないという欠点を有するテープリールのほか、オレアリー氏の発言に係る、前面フランジが透明で、前面及び後面フランジに窓がなく、カラー・コントロールをなすために後面フランジを着色したテープリールの二つが開示されているものと認められる。

そして、前記のオレアリー氏の発言中には、その発言に係るリールの後面フランジの着色の態様について触れた発言がないことから、その態様としては、一応、後面フランジの一部又は全部が単一色に着色されている場合と複数色に着色されている場合とが想定されるものの、引用例記載の対談記事中には、当該リールの後面フランジの着色の態様について、後面フランジの一部だけを単一色に着色したものであるとか、後面フランジの一部又は全部を複数色に着色したものであるとかいうような特殊な着色の態様を採用したものであることがうかがわせるに足りる発言や事情は全く認められず、また、カラー・コントロールをするための手段として、後面フランジを着色したテープリールを用いる場合に、後面フランジの一部だけを単一の色に着色したテープリールを用い、あるいはフランジの一部又は全部を複数色に着色したテープリールを用いることにフランジ全体を単一色に着色したテープリールを用いるものとは異なった格別の技術的な意味が存するものとも認められないから、前記オレアリー氏の発言をみると、その発言に係るコンピュートロン・テープリールの後面フランジは、フランジ全体が単一色に着色されているものと解するのが相当である。

しかも、引用例を精査するも、当該引用例には、オレアリー氏の発言に係るテープリールの後面フランジが着色透明のものであることをうかがわせるに足りる事情は認められないから、前記フランジは着色されることにより不透明になっているものと推認するのが自然である。また、前面フランジが透明で後面フランジが不透明であれが、内部の捲回されたテープを見透かすことができ、かつ、テープの捲込、捲きほぐれに応じて後面フランジの見透かせる着色面積部分が変化することにより、捲回されたテープ量を判別することができるということは当然のことであるから、このような構成は前示オレアリー氏の発言に係るテープリールも当然具備しているものと認められ、更に、カラー・コントロールの手段として後面フランジが種々の色に着色された複数のリールが存するということは、それらを組として用いることによりテープ内容の分類及び識別に利用し得るということであって、前示オレアリー氏の発言に係るテープリールにもこのような要件は開示されているものと認められる。

以上の事実を総合すると、引用例には、前面フランジが窓なし透明とされ、内部に捲回されたテープを見透かすことができ、後面フランジが窓なしでそれぞれ異色に着色コード化されていることにより、テープ内容を分類可能とした、複数の磁気テープ用リールを組とした磁気テープ用リールが開示されているものと認められる。

5  以上のとおりであるから、本件考案は、引用例に記載されたものと同一というべきであるから、審判請求人のその余の点の主張について判断をする必要がない。

したがって、本件登録第一一六五三六三号実用新案は、実用新案法第三条第一項第三号に該当するから、実用新案法第三七条第一項第一号の規定により無効である。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本件考案が引用例に開示されているものと判断した点について判断の遺脱があり、この点違法であってその取消を免れない(後記1ないし4)。

なお、前訴高裁判決確定後の審判手続においては、新たな主張立証はされておらず、本件審決は、前訴高裁判決の判断の趣旨にそのまま従ったものである。

また、前訴高裁判決及び前訴最高裁判決は、証拠の採用を誤り、且つ証拠とされた写真の撮影の日時が不明のままその写真のコンピュータテープが別の証拠中で、オレアリー氏が説明しているコンピュートロン・テープリールと同じであるかのごとき説明と解釈を行って判決をしたものであり、この判決に基づいた本件審決は誤りである(後記5)から取り消されなければならない。

1(一)  本件審決は、「オレアリー氏の発言中には、その発言に係るリールの後面フランジの着色の態様について触れた発言がないことから、その態様としては、一応、後面フランジの一部又は全部が単一色に着色されている場合と複数色に着色されている場合とが想定されるものの、引用例記載の対談記事中には、当該リールの後面フランジの着色の態様について、後面フランジの一部だけを単一色に着色したものであるとか、後面フランジの一部又は全部を複数色に着色したものであるとかいうような特殊な着色の態様を採用したものであることをうかがわせるに足りる発言や事情は全く認められず、」と認定判断している。

(二) この記載によれば、引用例には、そのテープリールが本件考案と客観的に同一とするに足りる具体的記載がなく、そのために、本件審決は、「一応、後面フランジの一部又は全部が単一色に着色されている場合と複数色に着色されている場合」の四つの場合を想定していること及びそのうち「後面フランジの一部だけを単一色に着色したものであるとか、後面フランジの一部又は全部を複数色に着色したもの」の三つの場合は特殊なものであるとして消去し、残る「後面フランジの全部が着色されている場合」を挙げて、これが本件考案のものと同一であるとしていることが明らかである。

2  一方、引用例には、コンピュートロンのリールの現物について次の記載がされている。

イ リールは透明で、テープの巻かれいる状態が一目でわかる。(宮本発言)

ロ 透明であるのでリールのカラー・コントロールができない。(宮本発言)

ハ リールの表面は透明になっているが、裏面はブルー、グレー、レッド、イエローetc.、いろいろのカラーがある。(オレアリー発言)

ニ 裏面のカラーは、そのテープが稼働しているときになんら意味をなさない。そのために裏面につけるカラーマークも用意されている。(オレアリー発言)

引用例の右イ、ロ、ハ、ニの記載からは、「前面フランジと後面フランジが共に透明であり、カラーマークが後面フランジのハブ部などの後表面の前方から見えぬところにあるもの」が、それらの記載全部を明らかに満足し、しかも本件考案に該当しないものとして客観的に想定することができる。

3  右のような、「前面フランジと後面フランジが共に透明であり、カラーマークが後面フランジのハブ部などの後表面の前方から見えぬところにあるもの」は、本件審決が想定した四つの場合に含まれていないが、これは、当然第五の場合として想定に加えられるべきものであり、これに対する判断を遺脱しているものである。

また、そうすると、引用例に記載された同一の物品について、それが「後面フランジの全部が着色されている場合」との想定では本件考案と同一となり、右第五の場合と想定すれば本件考案と異なることになって矛盾する。このようなことは技術的に見てあり得ぬことであり、このような引用例には本件考案が明示されているとはいえない。

引用例についての判断は、本件審判における攻撃防御の基本となるものであり、その引用例の記載事項の判断に遺脱があれば、攻撃防御の結果は別のものになる。よって、引用例についての判断遺脱の主張は、本件審判における攻撃防御方法についての判断が遺脱しているかどうかの問題と密接な関連があることが明らかである。

4  右のような主張は、確定した前訴高裁判決及び本件審決の理由とは別の理由に基づくものであって、審決に影響を及ぼす重要な事項の遺脱によるものであり、行政事件訴訟法第三三条第一項に違反しないものである。

審決取消判決の確定後の特許庁における審判手続で、審判官は、確定した取消判決の理由とは別の理由に基づいて、再び同一の審決をすることができることは、東京高等裁判所昭和五七年(行ケ)第二〇八号事件の判決においても示されているところである。

5  乙第三号証の末尾は、UNIVACの広告が記載されている。前訴高裁判決、前訴最高裁判決も同一の証拠を使用している。しかるにそれらの裁判所は、乙第三号証に掲載されていない別のコンピュータテープの写真を示して(つまり、この写真はいつ写されたかの証拠なしに)あたかもオレアリー氏が引用例で説明しているコンピュートロン・テープリールと同じであるかのごとき説明と解釈を行って判決をした。

即ち、これは証拠の採用を誤り、かつ証拠写真の撮影の日時が不明のまま別の証拠に援用せしめたものであり、この判決に基づいた本件審決は誤ったものである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実、同四の冒頭の事実中、前訴高裁判決確定後の審判手続においては、新たな主張立証はされておらず、本件審決は、前訴高裁判決の判断の趣旨にそのまま従ったものであること及び同四1の(一)の事実は認めるが、同四のその余の主張は争う。

本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法事由はない。

二  民事訴訟手続上、上訴、再審の理由となる「判断の遺脱」とは、請求についての判断をし漏らした場合を意味するものであり、手続上の瑕疵の一種とされている。この点審決取消訴訟における審決の違法性についても同様に理解されている。

本件における原告の「判断遺脱」との主張が、果たして審決取消理由たる「判断の遺脱」に当たるのか、即ち、実用新案登録無効の審判における攻撃防御方法についての判断の遺脱といえるかどうかについて検討する。

原告の「遺脱」の主張は、引用例の記載から具体的に想定すべき「場合」についてのものである。即ち、原告の主張は、引用例の記載からは五つの場合が想定されるにもかかわらず、第五の場合を想定していない点に遺脱が認められるとするものである。

しかし、右の主張自体から明らかなように、右主張は、引用例の記載から具体的にどのような技術内容が認定されるかという、証拠に基づく事実認定の流れの一過程に関してなされたものに過ぎない。即ち、この主張は、実用新案登録無効の審判における攻撃防御方法についての判断が遺脱しているかどうかという問題とは全く関係がないものである。

したがって、審決取消理由たる「判断の遺脱」の主張と認めることはできない。

三  なお、「引用例の記載からは五つの場合が想定されるにもかかわらず、審決には第五の場合を想定していない点に遺脱が認められる」との原告の主張の内容に関して付言すれば、被告は、「引用例の記載から第五の場合が想定される」との原告の理解にそもそも誤りがあり、本件審決の認定判断には何らの遺脱もないものと考えているが、仮に百歩譲って、本件審決において原告主張のような第五の場合に関する遺脱があったとしても、かかる本件審決の認定は、確定した前訴高裁判決の認定に従ったものであるから、行政事件訴訟法第三三条第一項に照らし、何らの違法はない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一ないし三の事実(特許庁等における手続の経緯、本件考案の要旨及び本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

また、前訴高裁判決確定後の審判手続においては、新たな主張立証はされておらず、本件審決は、前訴高裁判決の判断の趣旨にそのまま従ったものであることも当事者間に争いがない。

二1  実用新案登録を無効にすることについての審判請求事件の審決に対する取消訴訟は、当事者訴訟であって、行政事件訴訟法第四一条第一項の規定により、同法第三三条第一項の「処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する。」との規定が準用されるものである。したがって、実用新案登録を無効にすることについての審判請求事件の審決に対する取消訴訟において、審決を取り消す判決が確定したとき、実用新案法第四七条第二項により準用される特許法第一八一条第二項の規定によりさらに審理を行い、審決(以下「第二回審決」という。)をする審判官の合議体は、当該審決を取り消した判決に拘束される。

右の拘束力は、確定した判決によって取り消された審決のされた審判手続及び右取消訴訟において取り調べられた証拠と同じ証拠に基づいて、右判決により違法と判断された審決の理由と同じ理由により、取り消された審決と同じ結論の第二回審決をすることを禁ずるものである。したがって、第二回審決が、判決の拘束力に反する判断をした場合には、そのこと自体により第二回審決は違法であり、取消事由があることになる。もっとも、審決取消判決の確定後更に行われる審判手続において、(一)取り消された審決とは異なる理由で同じ結論の審決をすることはもとより、(二)取り消された審決がされた審判手続及び右審決の取消訴訟において取り調べられておらず、かつ、右審決を取り消した判決の事実についての認定判断を覆すに足りる証明力を有するという意味において実質的に新たな証拠が提出された結果、取り消された審決の事実認定と異なる事実認定又は同じ事実認定に基づいて、取り消された審決と同じ理由で同じ結論の第二回審決をすることも、右の拘束力に反するものではない。

これに対し、審決を取消した判決の確定後の審判手続において、新たな主張、立証のないままに、第二回審決が、判決の拘束力に従った判断をした場合には、そのことにより第二回審決は適法となり、これに不服の当事者は、後記の場合を除き、原則として、拘束力に従った第二回審決の認定判断の誤りを第二回審決の取消事由として主張することはできず、右のような主張は取消事由の主張としてはそれ自体失当となるものと解するのが相当である。けだし、その場合の第二回審決は、法律の定める判決の判断の趣旨に従うべき義務に従ってされたものであり、また、右のような取消事由の主張を許し、第二回審決の取消訴訟において裁判所が前訴裁判所の判断と異なる判断をする可能性を認めることは、取消判決の実効性を確保しようとする拘束力の制度の趣旨に反する結果となるからである。

もっとも、判決の拘束力に従った第二回審決の取消訴訟において、審決取消訴訟の審理範囲内の主張立証として許される限度内で、第二回審決の認定判断の違法性を裏付ける前記の意味で実質的に新しい証拠を提出し、これに基づき第二回審決の認定判断の違法性を主張すること及び裁判所が右主張立証に基づいて第二回審決の認定判断を違法と判断することは、いずれも、取消判決の拘束力の制度の趣旨に反するものではないと解するのが相当である。

けだし、審決を取り消した判決の確定後の審判手続において、実質的に新たな証拠が提出された結果、取り消された審決の事実認定と異なる事実認定又は同じ事実認定に基づいて、取り消された審決と同じ理由で同じ結論の第二回審決をすることが、拘束力に反するものではない以上、判決の拘束力に従った第二回審決の取消訴訟において、審決取消訴訟の審理範囲内の主張立証としての制限以上に、第二回審決の認定判断の違法性を裏付ける実質的に新しい主張立証を制限する理由はないからである。

2  原告は、請求の原因四の1ないし4において、本件審決の取消事由として、本件審決には、本件考案が引用例に開示されているものと判断した点について判断の遺脱があると主張する。

しかし、右は、引用例に本件考案が開示されているとの事実認定の過程における証拠(引用例)に記載された事項の解釈にあたって、一応想定されるとして本件審決が挙げた四つの場合の他に第五の場合が想定されるのに、この第五の場合について判断をすることなく、前記四つの場合の内の一つを採用している点を誤りと主張するもので、その実質は、本件審決の事実認定の誤りを主張するものにすぎないことは、原告の主張内容から明らかである。

また、原告が本件審決の取消事由として主張する、請求の原因四の5の、前訴高裁判決及び前訴最高裁判決は、証拠の採用を誤ったもので、この判決に基づいた本件審決は誤りである等の点は、前訴における裁判所の事実認定の過程での証拠判断の誤り及びこの判決に基づいた本件審決の事実認定の過程での証拠判断の誤りを主張するものであることも、原告の主張内容から明らかである。

3  ところで前記の前訴高裁判決は第一回審決を取り消したものであり、同判決は上告棄却により確定したこと、前訴高裁判決確定後の審判手続においては、新たな主張立証はされておらず、本件審決は、前訴高裁判決の判断の趣旨にそのまま従ったものであることによれば、本件審決は前訴高裁判決の拘束力に従ったものであることは明らかである。

したがって、第一回審決を取り消した判決の確定後の審判手続において、新たな主張、立証のないままに、判決の拘束力に従った判断をした第二回審決である本件審決は適法であり、本件訴訟においては原則として、右拘束力に従った認定判断の誤りを本件審決の取消事由として主張することはできず、右のような主張は取消事由の主張としてはそれ自体失当であり、ただ、審決取消訴訟の審理範囲内の主張立証として許される限度内で、本件審決の認定判断の違法性を裏付ける右1記載の意味で実質的に新しい証拠を提出し、これに基づき本件審決の認定判断の違法性を主張することができるのみである。

本訴において提出された証拠のうち甲第二号証(第一回審決謄本)、甲第三号証(登録実用新案審判請求公告)及び乙第三号証(雑誌「Computer Report」日本経営科学研究所発行・第五巻No.5四〇頁ないし四四頁、本件審決における引用例、前訴における第一引用例)は、いずれも前訴において証拠として取り調べられたものであることは当事者間に争いがない。

また、本訴において提出された証拠で、前訴においては提出されていなかった。甲第一号証は本件審決謄本、乙第一号証は前訴高裁判決正本、乙第二号証は前訴最高裁判決正本であって、いずれもそれらの審決又は判決の存在とその内容を証明するものであって、前記1記載の意味での実質的に新たな証拠とは認められない。

そうすると、原告が本件審決の取消事由として主張する点は、いずれも前訴高裁判決の拘束力に従った本件審決の認定判断の誤りを、実質的に新たな証拠に基づかないで主張するものにすぎず、本件審決の取消事由の主張としてはそれ自体失当である。

よって、本訴請求は理由がない。

三  よって、その主張の点に判断を誤った違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 島田清次郎)

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