東京高等裁判所 平成2年(行コ)165号 判決 1991年6月19日
控訴人
医療法人
社団亮正会
右代表者理事長
加藤信夫
右訴訟代理人弁護士
中町誠
被控訴人
中央労働委員会
右代表者会長
石川吉右衞門
右指定代理人
中津俊雄
同
高谷裕博
同
阿部浩志
被控訴人補助参加人
総評全国一般労働組合
神奈川地方連合川崎地域支部
右代表者執行委員長
清水豊治
被控訴人補助参加人
総評全国一般労働組合
神奈川地方連合川崎地域支部高津中央病院分会
右代表者執行委員長
関山進
右被控訴人補助参加人ら
訴訟代理人弁護士
福田護
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 中労委昭和六一年(不再)第一八号、三七号事件について、中央労働委員会がした昭和六三年三月二日付けの命令を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人と被控訴人の間で生じた分は被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人補助参加人らとの間で生じた分は同補助参加人らの負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項同旨
第二 当事者の主張及び証拠
原判決「事実」第二、第三及び当審証拠目録のとおりである。ただし、次のとおり訂正する。
1 原判決三四頁四行目の「(二)」の次に「(1)」を加える。
2 同三四頁末行目の末尾に、次を加える。
「右仮処分命令を契機とした金員支払もまさに中間収入又はこれに準じたものに該当する。」
3 同三五頁七行目の次に、次を加える。
「(2) 本件命令が維持した初審命令甲の主文第一項及び初審命令乙の主文第三項は、控訴人に対し、一時金の支給が非組合員より遅延した期間について、一時金相当額に対する年五分の割合による遅延損害金を補助参加人分会組合員に支払うよう命じているが、右各命令部分は違法である。すなわち、右は、不当労働行為の事実上の救済を行う救済命令制度の枠を超えて、民事上の損害賠償によって補助参加人らに対する私法上の救済を行うものである。また、損害賠償の各起算日を右のように定めるには、控訴人の不当労働行為がなければ、右両日に控訴人と補助参加人らとの間で交渉が妥結して協定が締結されていたはずであるという事情を明確にするべきであるが、右各命令は、右の判断をしていない。」
4 同三六頁九行目の冒頭に「(一)」、三七頁一〇行目の「一九」の次に「条」を加える。
5 同三九頁五行目の次に、次を加える。
「(二) 本件命令が維持した初審命令甲の主文第四項記載の陳謝文中、「当社団が行った次の行為……(1)……貴組合員に対して不利益を与えるとともに貴組合に対する支配介入を図ったこと。」、初審命令乙の主文第四項記載の陳謝文中、「当社団が行った次の行為……(3)……貴組合員に対して不利益を与えるとともに貴組合に対する支配介入を図ったこと。」の部分は、控訴人に対し、控訴人が組合員に対して不利益を与えるとともに、組合に対する支配介入を図ったことの自認表明を強制するものである。これは、控訴人に対し、本件一時金の交渉が正当であるとの自らの確信、思想を否定し、労働委員会の思想、見解を受け入れることを強制するものであるから、国家による特定思想の強制として、憲法一九条に違反する。」
6 同四二頁五行目の次に、次を加える。
「また、本件命令が、一時金相当額に対する年五分の割合による遅延損害金の支払を命じたのは、一時金相当額のみでは原状回復措置として不十分であったためである。私法上の損害賠償を命じた趣旨ではない。このような命令を発することは労働委員会の裁量権の範囲内である。」
7 同四四頁末行目の次に、次を加える。
「また、「不利益取扱い」、「支配介入」といった言葉は、事実関係を抽象的に表現したにすぎないから、それをしたことを表明するように命じたからといって、控訴人に特定の思想を強制することにはならない。更に本件命令中の陳謝文を全体として見れば、「支配介入を図った不当労働行為であると認定されました。」との表明を命じているにすぎず、控訴人に特定の思想、見解の自認を強制しているものではない。」
理由
一原判決「理由」を引用する。ただし、次のとおり訂正する。
1 原判決一二〇頁五〜八行目の「この場合……とになる。」を次のとおり改める。
「そもそも仮処分命令に基づく支払は、本案判決が出るまでの暫定的な仮払に過ぎず、支払を命ずる本案判決の確定その他の理由により、右仮払が確定的な債務の弁済となったというような特別の事情のない限り、中間収入又はこれに準じたものに該当すると解することはできない。」
2 同一二一頁一行目の「なお」から四行目の末尾までを削除する。
3 同一二三頁五行目の次に、次を加える。
「また、控訴人は、本件命令が維持した初審命令甲の主文第一項及び初審命令乙の主文第三項が、一時金の支給が非組合員より遅延した期間について、一時金相当額に対する年五分の割合による遅延損害金を補助参加人分会組合員に支払うよう命じた部分は違法であるとし、右は、不当労働行為の事実上の救済を行う救済命令制度の枠を超えて、民事上の損害賠償によって補助参加人らに対する私法上の救済を行うものである、更に、損害賠償の起算日を右のように定めるには、控訴人の不当労働行為がなければ、右両日に控訴人と補助参加人らとの間で交渉が妥結して協定が締結されていたはずであるという事情を明確にするべきであるが、右各命令は右の判断をしていない旨主張する。
しかし、右年五分の割合の金員の法律的性質は、支払が遅延したことに対する民事上の損害賠償ではなく、不当労働行為と認定された一時金支給を遅延させる行為の組合活動一般に対する侵害的効果を除去するため、右支給遅延がなかったと同じ事実上の状態を回復させるという趣旨を有しており(最高裁判所昭和六三年行ツ第一〇二号平成二年三月六日第三小法廷判決参照)、原状回復のための一態様とみるべきものである。したがって、右原状回復のための措置として被控訴人が発した右命令を違法ということはできない。また、年五分の起算日を本件命令のように定めることは、労働委員会の裁量権の範囲内の事柄である。」
4 同一二七頁二行目の冒頭に「1」を加える。
5 同一二九頁八行目の次に、次を加える。
「2 控訴人は、本件命令が維持した初審命令甲の主文第四項記載の陳謝文中、「当社団が行った次の行為……(1)……貴組合員に対して不利益を与えるとともに貴組合に対する支配介入を図ったこと。」、初審命令乙の主文第四項記載の陳謝文中、「当社団が行った次の行為……(3)……貴組合員に対して不利益を与えるとともに貴組合に対する支配介入を図ったこと。」の部分は、控訴人に対し、控訴人が組合員に対して不利益を与えるとともに、組合に対する支配介入を図ったことの自認表明を強制するものであり、控訴人の、本件一時金の交渉が正当であるとの確信、思想を否定し、労働委員会の思想、見解を受け入れることを強制する趣旨であるから、国家による特定思想の強制として、憲法一九条に違反する旨主張する。
しかし、右各陳謝文の右控訴人の主張に関する部分は、同陳謝文の前文と対比して全体としてみると、労働委員会によって、組合員に対して不利益を与えるとともに組合に対する支配介入を図ったものとして不当労働行為と認定された控訴人の行為を陳謝する旨表明することを命じている趣旨であるとみるべきであり、控訴人が内心において、不当労働行為であると自認することを強制する趣旨ではない。したがって、右陳謝文が控訴人の思想、良心の自由を侵害するとする控訴人の主張は、理由がない(なお、右命令は労働委員会の裁量権の範囲を逸脱するものではない。)。」
二以上の理由により、原判決は相当であるから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却する。
訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法九五条、八九条適用。
(裁判官 池田亮一 裁判長裁判官 武藤春光は転補につき、裁判官 吉原耕平は差し支えにつき、署名捺印することができない。裁判官 池田亮一)