東京高等裁判所 平成2年(行コ)32号 判決 1990年12月20日
控訴人
羽田敬弥
右訴訟代理人弁護士
藤森洋
被控訴人
社会保険庁長官北郷勲夫
右指定代理人
村上昇康
同
新井克美
同
佐藤健治
同
加治佐昭
同
簗瀬雅一
同
東幸邦
同
神田弘二
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和六一年二月六日付けで控訴人に対してした船員保険法による老齢年金を支給しない旨の処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目裏三行目の「同年」を「昭和六一年」に、七行目の「同年」をを「昭和六〇年」にそれぞれ改め、同三枚目表一行目の「昭和六一年二月六日付け」の次に「(同年五月八日送達)」を付加する。
(控訴人)
本件脱退手当金は、以下の事実関係に照らし、控訴人に支払われていないことが明らかである。
すなわち、
1 兵庫県が作成した公の証明文書である(証拠省略)により明らかなように、控訴人がマニラから日本に帰国したのは、昭和二二年一月八日であるから、遅くとも昭和二一年一二月二七日ころには会社に提出されていた(証拠省略)の退職願いが控訴人の作成に係るものであるということはできない。なお、(証拠省略)の船員配乗記録の昭和二〇年以降の記載内容は、信用性が著しく低いものである。
2 本件脱退手当金は修善寺郵便局に送付されたとされており、(証拠省略)の退職願いには修善寺町が住所として記載されているが、前記のように、この退職願いは控訴人の作成したものではなく、本件脱退手当金送付の時点における控訴人の住居は神戸市にあったのであり、又、控訴人が修善寺町に居住していた父親に本件脱退手当金の受領を委任した等の証拠もないのであるから、修善寺郵便局に送付されたとする本件脱退手当金が控訴人に支払われたと推認することはできない。
3 (証拠省略)によると、昭和二四年一月三一日付けで再度の支払請求がされているが、この記載からは、本件脱退手当金が控訴人に届かず返戻されたので、再度の請求がされた可能性の推定が生ずるのは明白である。
(被控訴人)
1 船員保険被保険者台帳(<証拠省略>)は、公務所で作成された真正な記録であるから、その記録の存在自体により、控訴人への脱退手当金が支給されたものと認定されるべきである。
2(一) 控訴人がマニラから日本に帰国したのは、以下の点に照らしても、控訴人の記憶より一年早い昭和二一年二月末以前であったものと推認される。
すなわち、控訴人は「復員証明書」を佐世保で貰ったと供述するが、復員証明書が佐世保地方援護局において交付されていたのは昭和二一年二月末までで、それ以後は軍人・軍属にも引揚証明書が交付されることとなったのであるから、控訴人が佐世保で交付を受けた証明書が「復員証明書」であれば、帰還年月日は昭和二一年二月末以前であったものと推認される。帰還証明書(<証拠省略>)は、控訴人が佐世保で交付を受けた復員証明書の滅失等の事由によって兵庫県が再発行したものと考えるのが素直であるが、その際に、控訴人の申告の誤り又は兵庫県職員の誤解により昭和二二年一月八日帰還として証明されたものと推認できよう。また、マニラからの引揚げは、昭和二〇年一〇月から開始され、昭和二一年の年頭からは米軍によって貸与されたLST、リバティ型の輸送船、病院船がフルに活動を開始していたのである。
なお、控訴人が事実に反していると主張する船員配乗記録(<証拠省略>)の昭和二〇年以降の記載内容も合理的に説明できるものであって、事実に反するものとはいい難い。
(二) なお、本件の争点は、控訴人又はその委任を受けた者が船員保険法の規定による脱退手当金の請求書を日本郵船を経由して昭和二三年五月二四日ころ被控訴人に提出し、被控訴人がこの請求に対して同年九月一日付けで控訴人に脱退手当金二四三円五〇銭を支給する旨を決定し、同年一一月一六日付けで右金員を控訴人に送金したか否かであるところ、少なくとも右請求書提出の時点では控訴人が内地に帰還していたことは争いがないところであるから、仮に、控訴人のマニラからの引揚げに関する事実関係が控訴人の主張どおりであったとしても、何ら右争点に係る事実認定を左右するものではない。
三 証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する(省略)。
理由
一 当裁判所も、控訴人の本件請求は理由がないと判断するが、その理由は、以下のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一二枚目裏二行目の「原告は」から同三行目の「提出していること」までを、「昭和二一年一〇月一九日ころ、日本郵船に対し、控訴人の署名のある退職願いが提出されたこと」と改める。
2 同一二枚目裏六行目の「及び退職」を削り、同八行目の「乗船」の次に「又は増給」を付加し、同末行の「提出した」を「提出された」に改める。
4 同一三枚目表一〇行目の「という名の船」を削る。
5 同一三枚目裏八行目の「がある。」を「があり、また、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第七号証には、フィリッピンの捕虜収容所に控訴人と一緒に収容されていた者である金谷与三郎が、同人は、昭和二一年一一月二〇日にリバティー船に乗船し、同年一一月二六日に日本に帰還したが、控訴人は、その時点では、なお収容所に残留して乗船を待っていた旨の事実を証明する旨の記載がある。」に改める。
6 同一三枚目裏九行目から一四枚目裏一〇行目までを次のとおり改める。「しかしながら、控訴人が日本に帰国した時点が、仮に控訴人の主張どおり、昭和二二年以降であったとしても、日本郵船において退職に関する事務を進めるため、昭和二一年一二月二七日の日付けで昭和二一年九月二三日から一二月八日までの間に退職を願い出た者をまとめたリストには控訴人の名が記載され(乙第一一号証の二)、かつ、それと一緒に昭和二一年一〇月一九日の日付で控訴人の署名のある退職願いの書面が存在し(右退職願いである乙第一一号証の三、四の署名は、その筆跡からして、控訴人の手によるものであることは疑いがない。)、また、控訴人の船員配乗記録(乙第七号証の一)に昭和二一年一〇月一九日退職願出との記載がされていることに照らすと、控訴人の作成した退職願いが、その提出の経緯はともかくとして、遅くとも昭和二一年一二月二七日以前には日本郵船に提出され、それに基づき、日本郵船において控訴人の退職の事務が進められ、徴用解除等の措置が執られたという事実は動かないところであり、また、退職願いは他人を介して提出することも充分あり得ることであるから、退職願いが提出された時点ころ、控訴人が日本に帰還していなかったからといって、直ちに右退職願いが本人の意思に基づくものではないとはいえない。してみれば、控訴人が日本に帰還した時期が控訴人の主張のとおりであったとしても、それは前記認定を左右するに足りないものといわざるを得ない。」
7 同一五枚目表四行目一一字目の「日」の次に「又」を付加する。
8 同一五枚目表九行目の「四七条の三による」を「四七条の三並びにこれを受けた船員保険法施行令二八条の三第四号及び昭和二一年厚生省告示第五二号の規定により、」と改める。
9 同一六枚目表二行目の「乙第一号証」の次に「、いずれも成立に争いのない乙第一六号証の一ないし六及び第一七号証の一、二」を付加する。
10 同一六枚目裏三行目の「こと」の次に「、また、右船員保険被保険者台帳は、船員保険法の施行当初から船員保険被保険者の資格等の記録を管理する原簿として、公的に調製、保管、整理されていたものであること」を付加する。
11 同一八枚目表三行目の「しかし、」の次に「控訴人の主張によっても、控訴人は昭和二二年一月には日本に帰還していたというのであるから、脱退手当金の請求がされ、脱退手当金の支給手続が執られた昭和二三年には控訴人が日本に在住していたことは間違いないところ、」を付加する。
12 同一九枚目裏七行目の「ほかに」から九行目の「認められ、」までを「ほかに、受付日を昭和二四年一月一三日とし、住所を『神戸市長田区寺池町一丁目三一』とする記載があることが認められるところ、控訴人は、これは、昭和二三年五月二四日受付による請求に基づく脱退手当金が、控訴人に届かず返戻されたので、再度請求がされたという可能性を示すものであると主張する。そして、」と改める。
13 同一九枚目裏末行の「認められるが、」を「認められる。」に改め、次に「しかしながら、今となっては」を付加する。
14 同二〇枚目表一行目の「なく、」を「ない上、」に改め、その次に「仮に、右記載が、控訴人主張のとおり、昭和二三年五月二四日受付による請求の際に控訴人の住所が違っていたため、再度の請求手続が執られたことを意味するものであるとしても、弁論の全趣旨によれば、そのような場合は、被控訴人としては、再度の支給決定等は行わず、控訴人から支払場所変更届を徴し、支出官事務取扱規程(昭和二二年大蔵省令第九四号)に基づき所要の手続をした上、改めて控訴人あてに国庫金送金通知書を送付するという手続を執っているはずであり、それによって、控訴人は結局、本件脱退手当金を受領し得たものと認められるから、」を付加する。
三 よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 大坪丘 裁判官 近藤壽邦)