東京高等裁判所 平成2年(行ス)5号 決定 1990年4月27日
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 本件抗告の趣旨及び理由は別紙「抗告の趣旨・理由」及び「上申書」記載のとおりである。
二 当裁判所も、本件執行停止の申立は理由がなく却下されるべきものと判断するが、その理由は、抗告理由に対応して以下のとおり付加するほかは、原決定の理由と同一であるから、これを引用する。
三 抗告人の抗告理由は、要するに、中国の天安門事件以降の刑罰、裁判、拷問、取締り、人権の保障状況等にかんがみると、抗告人が中国に引き渡されると非人道的な扱いがされるおそれがあるから、抗告人指摘の難民の地位に関する条約三三条、市民的及び政治的権利に関する国際規約七条等に照らして、本件引渡命令は違法であり、引渡命令の取消を求める抗告訴訟においては、この点の違法も審理の対象となるところ、この点を審理判断しなかった原決定は違法であるというにあると解される。
しかしながら、原決定の判示するとおり、法律的観点から引渡ができるか否かの判断は、問題のある限り、引渡手続において東京高等裁判所が判断すべきものであって、現に本件逃亡犯罪人引渡請求事件の決定が抗告人指摘の点についても配慮をめぐらしていることは、その判文上明らかである。そして、引渡命令の取消を求める抗告訴訟においては、前記高等裁判所が判断した問題は司法審査の対象とはならないと解するのが相当である。
また、仮にこの点をさておくとしても、前記国際条約等にかかる判断は、結局、引渡先となる国で非人道的な扱いがされるおそれがあるかどうかという将来のしかも外国での出来事の予測にかかわる問題であって、日本と中国との外交関係上の問題にも関係するものであるから、この判断については、事柄の性質上、行政の責任者である法務大臣に広範囲な裁量が与えられているといわなければならない。
ところで、一件記録によれば、本件においては、中国側は、口上書等に基づき、抗告人の引渡を求めるのは、航空機のハイジャックという犯罪について刑罰を科すためであり、その際の適用法令は、ヘーグ条約一条(a)、中国刑法七九条、一〇七条で、同法一〇〇条、一一〇条の適用はなく、したがって、その刑罰は三年以上一〇年以下の有期懲役の範囲内であり、死刑適用の余地は全くないこと、本件ハイジャック行為をそれ以外の規定で処罰することも、また、本件ハイジャック以外の犯罪の捜査を新たに行って刑罰を科すこともないこと、抗告人が中国に引き渡された後は、憲法の精神と刑事訴訟法の規定に基づいて適正な刑事手続を進める旨を公式に保証していることが認められる。そして、この保証が国際信義上守られるであろうとの信頼の下に相手方法務大臣が引渡を相当と判断したことに社会通念上著しく合理性を欠く点があるとすることは到底できない。したがって、中国に引き渡されると非人道的な扱いをされるおそれがあることを前提として、国際条約等の違反をいう抗告人の主張は採用できない。
そうすると、その余の点を判断するまでもなく、抗告人の抗告理由は理由がない。
四 よって、本件申立を却下した原決定は相当であって、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用は抗告人の負担として、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 大坪 丘 裁判官 近藤壽邦)