東京高等裁判所 平成20年(う)3号 判決 2008年4月17日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
1 本件控訴の趣意は,弁護人福田照幸作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴趣意中,事実誤認等の主張について
(1) 原判決は,被告人が,常習として,不特定の者に転売する目的で,①平成18年9月10日,東京都新宿区内のチケットサービス店において,同年12月5日開催予定のエリック・クラプトン来日公演の入場券2枚を代金合計1万8900円で買い,②平成18年9月12日,同区内のコンビニエンスストアにおいて,同年11月29日開催予定のロックバンド「U2」来日公演の入場券2枚を代金合計2万円で買ったことをおおむね内容とする,罪となるべき事実を認定判示している。
これに対して,論旨の1は,要するに,(ア)被告人は,自ら利用若しくは友人らとともに利用する又は利用できる可能性があるために,上記の①及び②の入場券(以下,合わせて「本件入場券」という。)を買ったのであり,転売する目的はなかった,(イ)②の入場券は,被告人が延期となったU2来日公演入場券の半券所有者に対する優先販売を通じて入手したものであり,一般販売のように誰でも買えるものではなく,ひいては犯罪成立要件である「公共の場所」で買ったとはいえない,(ウ)②の入場券は,被告人が妻から依頼され,その代金は後日精算する約束で購入を申し込んだものであり,被告人の計算で取得したとはいえず,被告人が買ったとはいえないから,いずれにしても,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものと解される。
(2) そこで,原審記録を調査すると,原判決挙示の関係証拠によれば,原判決が,罪となるべき事実として,被告人が転売する目的で本件入場券を公共の場所で買ったとの事実を認定したのは,正当として是認することができるのであって,原判決には所論のような事実誤認はない。以下,若干補足して説明する。
(3) まず,(ア)の転売目的について説明する。関係証拠によれば,被告人は,本件入場券のすべてをインターネットのオークションサイトに出品してその落札者に売却していること,エリック・クラプトン来日公演は,平成18年11月20日から同年12月9日までの間の全部で11回の開催予定であったところ,被告人は,①の2枚を含めて買った入場券合計52枚について,11月23日開催の公演には夫婦で行ったものの,同日開催分を含む9公演分合計50枚を売却するためオークションサイトに出品していること,また,U2来日公演は,平成18年11月29日から同年12月4日までの間の全部で3回の開催予定であったところ,被告人は,②の2枚を含めて買った入場券合計14枚について,11月29日開催の公演には家族3人で行ったものの,残りの入場券のうち,同日開催分を含む3公演分合計10枚を前同様にオークションサイトに出品していること,被告人は,本件に至る数年間に大量の公演入場券を買ってはオークションサイトに出品して売却することを繰り返していた上,平成18年11月開催予定の公演に限って見ても,エリック・クラプトンやU2の来日公演を始め,ほとんどの日の多様な内容の,かつ,しばしば同一日であるのに異なる複数の公演の入場券を多数買ってはいるものの,実際に自ら公演に行ったのは上記の2回のみで,残る入場券の大半はオークションサイトに出品して落札者に売却していること,以上のとおり認められる。これらの事実によれば,被告人が本件入場券を買った際,これらを不特定の者に転売する目的を有していたことは容易に推認できる。
(ア)に関して,更に所論は,本件入場券を買った際,被告人は自ら利用又は友人らとともに利用するつもりであったところ,その後仕事の都合等で利用できなくなったのであって,当初から転売するつもりではなかったという。
しかし,入場券を買った時点において,仮に被告人に所論のような心積もりがあったとしても,他方で仕事の繁忙等の予期せぬ事態が生じ得ることも承知していたと思われ,殊に被告人のように同一アーティストの公演入場券を異なる開催日時にわたって多数買っていることに加えて,上記認定事実に照らすと,入場券を利用できないときには上記オークションサイトを通じて売却する意図,すなわち転売目的を購入時点で有していたといわざるを得ない。このことは,被告人が,エリック・クラプトン来日公演の入場券を多数買った後になって,夫婦で行く日を具体的に決めるとともに,残余についてオークションサイトへの出品,落札状況等を一覧表にして整理していることからもうかがえるのである。
結局のところ,(ア)の所論はいずれも理由がない。
次に,(イ)の公共の場所で買ったか否かの点について説明する。被告人の供述等の関係証拠によれば,②の入場券は,被告人が家族等の名義を借り,延期となった公演入場券の半券を添えてU2コンサート事務局に申し込んだところ,抽選に当たり,購入を予約して原判示2のコンビニエンスストアにおいて発券手続をとり,代金を支払って買ったものと認められる。所論のいう優先販売と称する販売方法は被告人のみを対象として行われたものでなく,延期となった公演入場券を購入した他の者についても同様の購入機会があったのである。以上に照らすと,②の入場券も「公共の場所」で買ったといい得る。(イ)の所論も理由がない。
最後に,(ウ)の②の入場券を被告人自身が買ったといえるか否かについて説明する。関係証拠によれば,その購入手続は上記のとおりすべて被告人が行った上,代金も被告人が出捐していることが認められる。加えて,②の入場券は上記のとおりその後被告人によってオークションサイトに出品されたところ,落札者の代金振込先も被告人名義の預貯金口座であったのである。以上に徴すると,所論のいう妻の依頼があって購入したという経緯を踏まえても,②の入場券は被告人が自己の計算で買ったといい得る。(ウ)の所論もまた理由がない。
(4) その他所論がるる主張する点を逐一検討してみても,原判決には,所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認はない。
事実誤認に関する論旨の1は理由がない。
(5) また,論旨の2は,要するに,被告人の供述調書はいずれも任意性に欠けるもので証拠能力はないから,これらを証拠として採用して事実認定の用に供した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。すなわち,逃亡や罪証隠滅のおそれはないのに,罰金程度の本件事犯で被告人を逮捕・勾留し,接見等を禁止したのは明らかに自白獲得のためであって正当な目的を見いだすことはできず,取調べ警察官が被告人に対し「容疑を認めれば罰金で早く出られる」などと言って利益誘導をして虚偽内容の供述調書を作成したというのである。
しかし,本件は,必ずしも被告人の自白に頼ることなく優に犯行を認め得るのであって,捜査機関が被告人から殊更に自白を得る必要性は低い事案といい得る。しかも,供述調書の内容は,上記(3)の(ア)に関して認定した事実によく符合するものである上,具体的にも,②の入場券を買った際それが希望する座席ではなかったため「内心がっかりした」とか,入場券をオークションサイトを通じて売却したことによる収支に関し,妻から「もうかっているの」と聞かれて「もうかっている」と答えたなどの部分も含まれ,捜査機関には容易に知り得ない事柄に触れるものである。本件逮捕・勾留等に違法,不当をうかがわせるような形跡はない。被告人の供述調書に任意性を認め,これを採用して事実認定の用に供した原判決の訴訟手続に何ら違法はない。
したがって,論旨の2も理由がない。
3 控訴趣意中,法令適用の誤りの主張について
論旨は,要するに,原判決は,被告人の原判示行為に対する罰条として,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年東京都条例第103号,以下「本件条例」という。)8条8項,1項1号,2条1項を適用しているが,この2条1項にいう「転売する目的」とは営利の目的を伴うものと解すべきであるから,営利の目的の有無を判断せずに同条項を適用した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるというのである。
そこで検討すると,本件条例2条1項にいう「転売する」とは,原判決が「事実認定の補足説明」の項4で説示するとおり,自己の計算において取得した乗車券等を更に他に売却することであり,「転売する目的」には他に売却することによって利益を得る意図が必ずなければならないものではない。
所論は,本件条例2条はダフヤ行為を規制するものであって,一般にダフヤ行為とは乗車券等を買い込んで高く売り付ける行為をいうから,取得した乗車券等を定価又はそれより安い価格で売却するのは,同条に違反しないかのようにいう。
しかし,本件条例は,1条に規定するとおり,都民生活の平穏を保持することを目的として,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等を規制するものである。そして,乗車券等の売買行為のうち,2条1項では,公共の場所又は公共の乗物において,転売する目的等をもって,乗車券等を買う行為のほか,うろつき,人につきまとうなどして乗車券等を買おうとする行為をも規制対象としているのであって,その立法趣旨は運送機関又は娯楽施設を利用し得る権利の機会均等の阻害を防止することにあると解される。このような本件条例2条1項の規制対象や立法趣旨にかんがみても,所論のいう営利の目的は要件とはなっていないといわなければならない。所論は理由がない。
なお,所論は,被告人は自己が買った入場券を定価又はそれより安い価格で上記のオークションサイトに出品しており,上記検討の立法趣旨に反しないばかりか,むしろ娯楽施設利用の機会均等を促進するものであって,本件条例に違反しないともいう。しかし,被告人が入場券を買った後,これをどのように転売したかが,本件犯罪の成否に何らの影響をも及ぼすものではないから,この所論は失当というほかない。
その他所論がるる主張する点を検討してみても,原判決には法令適用の誤りはない。
論旨は理由がない。
4 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長岡哲次 裁判官 片山隆夫 裁判官 伊名波宏仁は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 長岡哲次)