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東京高等裁判所 平成20年(く)267号 決定 2008年7月11日

主文

原決定を次のとおり変更する。

1  検察官に対し,別紙①記載の各証拠(ただし,いずれも,供述者の出生地,趣味嗜好及び親族の氏名・年齢・職業に関する部分を除く)の開示を命ずる。

2  その余の本件証拠開示命令請求を棄却する。

理由

1  論旨

本件即時抗告の趣意は,主任弁護人I,弁護人J,同K及び同L共同作成名義の「証拠開示命令棄却決定に対する即時抗告申立書」と題する書面に記載されたとおりであるから,これを引用する。論旨は,要するに,別紙①記載の各証拠につき類型証拠として,別紙②記載の各証拠(原決定2頁に「取調べ状況報告書の前科調書」とあるのは「前科調書」の誤記と認める)につき主張関連証拠として各証拠開示命令を求めた弁護人の請求を棄却した原決定は,判断を誤ったものであるから,その取消しと各証拠の開示命令を求める,というのである。

そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果や検察官から提示を受けた別紙①の各証拠(いずれも既開示部分を含む)の記載内容を踏まえて,順次検討することとする。

2  本件に至るまでの審理経過等

(1)  被告人は,平成19年6月15日に傷害致死事案で,同年7月9日には傷害事案で横浜地方裁判所にそれぞれ起訴されたところ,原審裁判所は,同月中旬,両被告事件を併合して審理する旨及び公判前整理手続に付する旨の各決定を行った。そして,原決定時までに公判整理手続期日が7回開かれ,この間,検察官から証明予定事実記載書等の提出や証拠請求がなされ,弁護人は,予定主張記載書を提出し,検察官請求証拠に対する意見を述べるなどしている。

(2)  ところで,傷害事案の公訴事実の要旨は,「被告人は,Dと共謀の上,同年5月5日午前零時30分ころから同日午前3時ころまでの間,M県N市所在の株式会社O事務所内において,Pに対し,顔面及び両肩等を手けんで多数回殴打するなどの暴行を加えて加療約2週間を要する顔面打撲等の傷害を負わせた。」というものであり,傷害致死事案の公訴事実(検察官の釈明後のもの)の要旨は,「被告人は,A,B,C,D,E,F,G及びHらと共謀の上,同月7日午後9時30分ころから同日午後11時30分ころまでの間,会社事務所内において,Pに対し,全裸にしてアルミ製ポール及び酒瓶等を肛門に挿入し,頭部,顔面,腹部等を多数回手けんで殴打し,足蹴にするなどの暴行を加えて脳挫傷等に伴う硬膜下血腫等の傷害を負わせ,同月8日午前3時20分ころ,同市内の病院において,同傷害により同人を死亡させた。」というものである。

(3)  そして,検察官は,証明予定事実記載書等や公判整理手続期日において,傷害事案について,「会社の実質的経営者である被告人は,経理部長のPに対し,金員横領の有無等を追及するうち,自ら暴行を加えるとともに,従業員のDにも指示して暴行を加えさせた。」旨主張し,傷害致死事案について,被告人は共謀共同正犯である旨釈明した上,「被告人は,Pに対し,横領金員の使途先等を追及する中で,暗黙裏ないしは明示的に,時や共犯者を異にして,Pに対する暴行を指示し,従業員である共犯者をして,公訴事実記載等の様々な暴行を加えさせ,事後には,C1人ないしはC,D及びEの3人による犯行である旨の口裏合わせを指示した。」などと主張している。

これに対し,弁護人は,予定主張記載書において,傷害事案については,「被告人が,Dらとともに,Pに対し,横領金員の使途等につき事情を聞くうち,Aが,反抗的態度を示したPを足蹴にした。被告人も,毅然とした態度を示す必要があるとして,Pの左右の頬を1回ずつ殴打した。その後,DがPに対して殴る蹴るの暴行を加えたので,被告人は,他の従業員とともに,Dを制止した。」旨,傷害致死事案については,「被告人が,従業員を集めて終礼をした際,Pに横領の事実について釈明させたものの,曖昧な話に終始し,同人の妻もPの説明を言下に否定するなどしたため,一部従業員がPに詰め寄り,騒然となった。被告人は,終礼前から飲酒し続けており,従業員に対し,今日中に横領金員の使途を確認してくれなどと指示し,役員室に赴いてソファーに横になり,飲酒するうちに就寝してしまった。暫くして,被告人は,従業員から起こされ,Pの容態がおかしくなったことを伝えられ,その後,Pが死亡したことを知り,レストランに従業員を集めて事情を聞いた結果,C,D,Eらが中心となって,Pに対して激しいリンチを加えたことを知った。」旨それぞれ主張し,傷害致死事案については,共謀の有無のみならず,暴行の存否・態様,傷害と死亡の因果関係も争っている。

(4)  また,検察官は,共謀や共同犯行状況等に関する甲号証として,傷害事案については,共犯者とするDの検察官調書,目撃者とするA及びBの各検察官調書を,傷害致死事案については,共犯者とするD,A,C,E,F,H及びGの各検察官調書,犯行の目撃者とする6名の各検察官調書,D,E及びCの各犯行前後の言動等を把握しているとする3名の各検察官調書を請求した上,弁護人の不同意の意見を踏まえ,それらに代えて,各供述者の証人尋問を請求している。併せて,検察官は,弁護人からの証拠開示請求に基づき,別紙①記載の各証拠を除く前記各証人に対する捜査官に対する供述調書のほか,共犯者とするD,A,C,B,E,F,H及びGの取調べ状況等報告書等を開示している。

(5)  なお,D,A,C,B,E,F,H及びGは,いずれも傷害致死事案(Dは傷害事案を含む)で起訴され,現段階までに,大半が既に1審判決を受け,1部の者が一審で審理中となっている。

3  当裁判所の判断

(1)  別紙①記載の各証拠の開示命令の当否

別紙①記載の各証拠(いずれも既開示分の各供述者が会社に入社した経緯や,身長,利き手又は視力等の身体的特徴を含む)は,各供述者がPに対する殺人被疑者(DについてはPに対する傷害被疑者としての場合を含む)として取調べを受けた際に作成された身上経歴等を内容とする警察官調書(以下「身上調書」ともいう)であり,各供述者により一様に網羅されているわけではないが,出生地,前科前歴の有無,学歴や職歴等の経歴,家族関係や交遊関係,財産関係を含む生活状態,不良集団等との関わり合いの有無,資格や趣味嗜好,性格及び健康状態や身体の特徴が主な項目となっている。そして,前記(4)の検察官請求証拠の内容にもかんがみれば,別紙①記載の各証拠のうち,D及びAの各身上調書は傷害事案及び傷害致死事案,C,E,F,H及びGの各身上調書は傷害致死事案,Bの身上調書は傷害事案のそれぞれの関係で類型証拠に該当すると認められる。

ところで,原決定は,別紙①記載の各証拠中,出生,学歴及び経歴,家族関係については,供述の証明力を判断するに当たって類型的に重要性があるとはいえず,刑訴法316条の15第1項本文記載の重要性の要件を欠き,前科前歴に関しては,供述の証明力を判断するために重要である場合があることは否定できないとしつつ,不開示部分を除き,供述調書がすべて開示されていることなどに照らすと,供述の変遷,各供述間での整合性等によって十分各供述者の供述の信用性を判断することができるから,前科前歴を開示する必要性は相当低く,一方,開示した場合には,各供述者の名誉あるいはプライバシーを不当に侵害するおそれは小さくないとして,同項本文所定の相当性が認められない旨説示している。

そこで検討すると,供述(以下証言を含む)の証明力の判断に当たっては,供述内容が他の証拠と符合するか否か,供述内容に不自然不合理な点がないか,供述が一貫しているか,それとも変遷しているかなどの点だけでなく,供述者が利害関係や怨恨等の面で虚偽供述をする動機や原因があるのかどうか,さらには,供述者の知的能力,性格,行動傾向等からその供述を信頼するに足る人物か否かの点もおろそかにできない事情であり,それらを総合的に検討する必要があるというべきである。ちなみに,刑訴規則は,証人の供述の信用性を争うために必要な尋問事項として,証言の信用性に関する事項と証人の信用性に関する事項を挙げており,最高裁昭和43年10月25日判決(刑集22巻11号961頁以下)も,供述証拠の信用性について,供述者の属性(能力や性格等)及び供述者の立場(当事者との利害関係等)の全般にわたり,十分な検討を加える必要性を指摘している。殊に,供述者が共犯者とされる場合には,自己の刑事責任の軽減を図り,他の者を共犯者に引き入れ,その者に犯行の主たる役割を押し付けるなどの巻き込み若しくは責任転嫁供述のおそれがないとはいえない点にも留意しなければならない。

本件においては,別紙①記載の各供述者であるD,A,C,B,E,F,H及びGは,被告人とは会社の上司と部下との関係にあって,傷害致死事案では,いずれも共犯者として起訴されている上,Dは傷害致死事案と密接に関連する傷害事案の共犯者としても起訴され,A及びBは同傷害事案の目撃者とされているところ,検察官の証明予定事実記載書によれば,会社の従業員は日頃から被告人に暴力を振るわれて畏怖していたとされており,それぞれが利害関係を有する被告人に対する悪感情を抱きかねない面があるだけでなく,共犯者とされる者は巻き込み供述等をするおそれがないとはいえない。これらに,検察官請求の目撃者とされる証人も立証趣旨等から会社の従業員と窺われることをも考え併せると,原決定説示のように,既開示分の主として罪体に関するとみられる供述調書の検討を通して,供述の変遷,各供述間での整合性等により,D,A,C,B,E,F,H及びGの各供述の信用性を十分判断できるとは言い難く,虚偽供述をする動機等の有無や供述者が供述を信頼するに足る人物か否かの点の検討も相応の重要性を有するといわなければならない。そして,共犯者とされる者の前科前歴は,内容如何によって巻き込み供述等の要因となりうるものであり,また,A及びBのように,傷害致死事案の共犯者とされる者が,同事案と密接に関連する傷害事案の目撃者とされている場合には,その目撃供述においても,共犯事案における巻き込み供述等と符節を合わせるおそれなしとせず,前科前歴が虚偽供述の要因となりうる可能性を否定し難い。加えて,供述者の学歴や職歴等の経歴,家族関係や交遊関係,財産関係を含む生活状態,不良集団等との関わり合いの有無,資格,性格及び健康状態や身体の特徴は,供述を信頼するに足る人物か否かの判断材料として有用なものであるといえる。したがって,別紙①記載の各証拠のうち,各供述者の学歴や職歴等の経歴,前科前歴の有無,家族関係や交遊関係,財産関係を含む生活状態,不良集団等との関わり合いの有無,資格,性格及び健康状態や身体の特徴に関する部分は,供述の証明力の判断に当たって重要であると認められ,開示の必要性も肯定することができる。なお,それらの事項は各供述者のプライバシーや名誉に関わるものではあるが,各供述者自身の公判で明らかにされるものである上,被告人の公判における証人尋問に際しては,刑訴規則199条の6ただし書に基づき,尋問の必要性はもとより,尋問の程度や表現等についても適切な配慮がなされると見込まれることに照らし,開示による弊害は少ないと考えられる。

以上を総合すれば,別紙①記載の各証拠中,各供述者の学歴や職歴等の経歴,前科前歴の有無,家族関係や交遊関係,財産関係を含む生活状態,不良集団等との関わり合いの有無,資格,性格及び健康状態や身体の特徴に関する部分は,黙秘権の告知の点を含め,開示するのが相当である。

もっとも,別紙①記載の各証拠のうち,各供述者の出生地,趣味嗜好及び親族の氏名・年齢・職業に関する部分は,供述の信用性に直ちに影響を与えるようなものではなく,供述の証明力を判断するために重要とはいえず,開示は認められない。これに対し,弁護人は,証拠開示命令請求書において,刑訴法316条の15第1項の類型証拠に該当する以上,同項にいう弊害が重大である場合を除き,すべて開示の対象となる旨主張するかのようであるが,同項の文理に反しており,採用できない。

したがって,類型証拠の開示に関する論旨は,前記開示相当の部分について理由があることになり,原決定は当該部分について変更を免れない。

(2)  別紙②記載の各証拠の開示命令の当否

弁護人は,予定主張記載書において,「被告人は,Pの死亡を知った後,従業員らを集め,事情を聞いた結果,C,D,Eらが中心となって,激しいリンチを加えたことを知った。ところが,C,D,Eらは,殺人犯としての刑事責任を免れるために,被告人も事件に関与しているに違いないとの見方をしていた警察官に対し,被告人が,凶器を用意した上,暴行を指示したなどと供述するに至った。」旨主張し,また,証拠開示命令請求書では,「弁護人は,被告人の暴行の指示等を内容とするCらの供述は,刑事責任を転嫁しようとする同人らの利益と,被告人を刑事訴追したいと考えている捜査官の利害が一致したことによってなされるに至ったと主張している。そして,粗暴犯の前科を有する者は,他人の指示がなくとも,暴力行為を行う可能性が高く,被告人との共謀の可能性を低めること,前科がある者は,重い刑事責任を科せられる可能性があり,また,過去に拘禁生活を送るなどした者は,拘禁生活を避けようとして,それぞれ捜査官の求めに応じて迎合的供述をする可能性が高いことから,傷害致死事案の共犯者の別紙②記載の各証拠は,弁護人の主張に密接に関連し,供述の信用性を判断する上で,重要である。」旨主張している。この主張関連証拠の開示に対し,検察官は,開示請求証拠の存否に拘わらず,刑訴法316条の20第1項所定の相当性が認められないとの意見を提出している。そして,原決定は,弁護人の予定主張につき,共犯者が捜査官に迎合したとの主張をしているとの前提で考えると,前科前歴は弁護人の主張と関連性があることは否定できないが,既開示供述調書から,供述の変遷,各供述間での整合性等によって,捜査官に迎合した可能性のある供述か否かの判断は十分でき,別紙②記載の各証拠が存在したとしても,開示の必要性は相当低く,各供述者自身の公判で前科前歴が明らかにされているとしても,証人としての立場の名誉あるいはプライバシーの保護は十分尊重されるべきなどとの理由の下に,刑訴法316条の20第1項所定の相当性は認められないと説示している。

そこで検討すると,弁護人の予定主張は,傷害致死事案に限定されているとみられるところ,共犯者とされる者において,自己の刑事責任を免れるために,被告人がPに対する暴行を指示したなどと巻き込み供述等ないしは迎合供述をするに至ったと主張する点は,従前の被告人に対する説明とは異なる旨相応の根拠を挙げており,刑訴法316条の17第1項の主張明示義務に違反しているとまでは言い難く(なお,弁護人において,捜査官が共犯者とされる者を誘導した旨主張しているかどうかは判然としないだけでなく,それを肯定できるとしても,誘導状況等について具体的内容を伴っておらず,この点については主張明示義務を尽くしているとはいえない。),前記のとおり,前科前歴は内容如何により巻き込み供述等の要因ともなりうることからすると,検察官が証人請求しているD,A,C,E,F,H及びGに関する別紙②記載の各証拠は,その主張と関連性を有すると認められる。しかしながら,D,A,C,E,F,H及びGに関する前科前歴の有無及びその概要は,前記のとおり,類型証拠として開示されることになる各身上調書の該当部分により把握でき,他の既開示証拠と併せ考慮すれば,巻き込み供述等の有無の判断は可能と考えられ,たとえ,別紙②記載の各証拠の存在が肯定できるとしても,それをも開示する必要性は乏しい。なお,Bは,傷害事案についてのみ証人請求されているものであるが,Bに関する別紙②記載の証拠の開示を基礎付ける弁護人の予定主張はなされていないとみるほかない。

したがって,別紙②記載の各証拠の開示はいずれも認めることはできないから,主張関連証拠の開示に関する部分の原決定は結論において維持でき,所論が縷々主張する点を踏まえても,この判断は左右されない。

4  結論

以上の次第で,論旨は一部理由があるので,刑訴法426条により原決定を変更することとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 池田耕平 裁判官 飯渕進 裁判官 金子大作)

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