東京高等裁判所 平成20年(く)316号 決定 2008年6月26日
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は,少年本人作成名義の抗告申立書記載のとおりであるから,これを引用するが,論旨は,要するに,(1)少年の保護者である父親が出席しないまま審判期日が開かれ,保護処分が言い渡された点で,本件審判手続には決定に影響を及ぼす法令の違反がある,(2)少年を中等少年院に送致するとした原決定の処分は著しく不当である,というものと解される。
1 法令違反の主張について
一件記録によれば,平成20年5月26日に第1回審判期日が開かれ,同期日において保護処分決定が言い渡されたこと,同期日には,少年の唯一の親権者であり,保護者である父親は出席しなかったことが認められる。しかしながら,父親は,同月13日,指定された上記審判期日に必ず出頭する旨の請書を作成提出しており,家庭裁判所調査官による調査の際にも出席を約束していたこと,ところが,同月26日の指定された時刻(午後2時30分)が経過しても,父親は指定の場所に出頭しなかったこと,同日午後2時35分ころ,家庭裁判所調査官が父親の携帯電話に電話したところ,父親は,「今,電車の中で話せない。今日は出席しない。後でこちらから電話する。」と述べただけで,電話を切ったことが認められる。以上のように,父親に対して適式の呼出しがなされており,同人は当日,正当な理由なく出席しない意思を表したのであるから,同人が出席しないまま審判期日を開いて保護処分決定を言い渡したとしても,法令(少年審判規則25条2項,30条,35条1項等)に反するものではなく,決定に影響を及ぼす法令の違反は認められない。
論旨は理由がない。
2 処分の著しい不当の主張について
本件は,少年が,(1)平成19年8月2日午後9時ころ,埼玉県○○市内のマンションの駐輪場において,自転車1台(時価6000円相当)を窃取し,(2)同年11月22日午後6時45分ころ,同市内の歩道上において,占有離脱物である自転車1台(時価3500円相当)を横領した,という窃盗,占有離脱物横領の事案である。
上記(1)は,少年が,家出中に,どこかに行くのに自転車があれば楽であるなどと思って自転車を盗むことにし,傘の部品を使って自転車の鍵のような物を作った上,マンションの駐輪場で片っ端からその鍵を試して,解錠できた自転車を盗んだという事案であり,上記(2)は,少年が,自動販売機でたばこを買おうとしたところ,鍵がかかっていない自転車が置いてあるのを発見し,ゲームセンターに行く際の足代わりに使おうと考えて,これを持ち去ったという事案である。このような各非行事実の態様,経緯,動機に加えて,少年が,平成17年5月と平成18年7月に,それぞれ自転車の窃盗と占有離脱物横領を行った非行歴を有すること,少年が中学校1年生のころから自転車を盗み始め,このころに5台くらい盗んだ旨供述していることなどにも照らすと,少年には,この種の非行について常習性のあることがうかがわれる。
心身鑑別の結果等によれば,少年は,軽度知的障害を有することもあって,状況判断が劣り,自己抑制も利きにくいこと,自律的に行動する力は不足し,気分や欲求本位な行動に流されやすいこと,周囲に対する引け目が強く,虚勢を張ろうとすること,甘えや依存心が強いが,社会スキルが未熟なため周囲との関係をうまく築けないこと,しかも,感情を言葉で表現する力は不足し,不満やいら立ちも抑え込むだけになりやすいため,衝動的に周囲に当たるなどの粗暴行為に及ぶことがあることなどが指摘されている。
少年は,前件(迷惑防止条例違反)で平成19年6月に保護観察処分を受けたにもかかわらず,その後2か月ほどで家出をするなどして,本件各非行を行っている上,上記(1)の非行事実で家庭裁判所調査官の調査を受けた後も,父親が自宅の金庫に入れておいた1000万円を持ち出して家出をし,ネットカフェ等に寝泊まりしながらパチンコや風俗店で遊ぶという生活を2か月以上続けていた。その後,少年は,再び自宅に戻って金庫を壊しているところを発見され,身柄を拘束されるに至っている。
少年は,平成15年に母親が死亡した後,父親及び弟と同居していたが,少年が,中学生時代に,繰り返し父親の財布から金員を持ち出したことなどから,父親は,しばしば少年を殴るなどしていた。父親は,前件の保護観察の後,少年に自己が営む解体業を手伝わせるようになったが,少年による家出や金員の無断持ち出しなどがあったため,これは長続きしなかった。
父親は,上記のとおり,少年が保護観察を離脱しても,保護司らに協力してこれを改めさせようとせず,かえって,自ら保護司を怒鳴りつけるなどしたこともあった。本件の調査においては,父親は,上記1000万円の持ち出しによる怒りが収まらないこともあってか,少年と同居して監督する気持ちがなく,父親は,結局,上記のとおり,審判期日にも出席しなかった。
以上のような本件非行の内容,少年の資質,処遇歴及び家庭環境に照らせば,少年を在宅処遇とした場合,再び家出をするなどして,再非行等に及ぶおそれが強いといわざるを得ないから,少年を少年院に収容して,上記指摘の能力的な問題を考慮した専門的な教育を行うことで,少年の能力に見合った形で社会に適応する力を養わせるとともに,家族との関係調整を進めることが必要というべきである。そうすると,本件各非行事実自体は比較的軽微なものであること,少年はこれらの事実を素直に認めていることなどを考慮しても,少年を中等少年院に送致することとした原決定の処分は相当であって,それが著しく不当であるとはいえない。
論旨は理由がない。
なお,上記(2)の非行事実(平成20年少第964号)については,関係証拠に照らすと,より正確には,「少年は,平成19年11月22日午後6時45分ころ,埼玉県○○市△△×丁目×番××号先歩道上において,同所に置き去りにされていたB所有の自転車1台(時価3500円相当)を自分の物にするつもりで持ち去って横領したものである。」などと認定・記載すべきである。
よって,少年法33条1項後段により,本件抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 中川武隆 裁判官 小原春夫 松本圭史)
原審(さいたま家 平19(少)4346号,平20(少)964号 平20.5.26中等少年院送致決定)
なお,原審において認定した,平成20年少第964号の非行事実は,下記のとおりである。
記
「少年は,平成19年11月22日午後6時45分ころ,埼玉県○○市△△×丁目×番××号先歩道上において,何者かが,いずれかの場所から窃取し,前記歩道上に置去りにしたB所有の自転車1台(時価3500円相当)を発見してこれを拾得しながら,警察署長に届出る等の正規の手続きをとらず,自己の用に供し,もって,横領したものである。」
環境調整命令書<省略>