東京高等裁判所 平成20年(て)32号 決定 2008年3月18日
主文
本件は、逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当する。
理由
一 上記の者について、平成一八年一一月二〇日、アメリカ合衆国から日本国に対し、別紙記載の引渡犯罪に係る行為を行った逃亡犯罪人として、その引渡しの請求があり、逃亡犯罪人引渡法(以下「引渡法」という。)に基づき拘禁中であるところ、平成二〇年二月五日、東京高等検察庁検察官から、引き渡すことができる場合に該当するかどうかについて審査の請求がされた。
二 そこで、一件記録を調査し、逃亡犯罪人であるA、同人を補佐する弁護士山下幸夫及び同新谷桂並びに検察官保坂栄治の各意見を聴いた上、検討することとする。
本件審査請求の手続は、日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引渡しに関する条約(以下「日米条約」という。)及び引渡法に基づき、適法に行われたことが認められる。
そして、逃亡犯罪人Aが、平成一二年三月七日、請求国であるアメリカ合衆国の連邦地方裁判所の法廷において、別紙記載の引渡犯罪に係る行為を対象とする訴因について、司法取引合意書に基づき有罪答弁を行って受理されたことが認められ、他方、一件記録を調査しても、日米条約及び引渡法が定める逃亡犯罪人を引き渡してはならない事由に該当するものは認められない。
以下、所論にかんがみ、若干付言する。
三 所論の一は、本件では、逃亡犯罪人が有罪答弁を行ったことに関する証拠のみを添付して請求されているが、被請求国である日本国では、有罪答弁制度は採用されておらず、自白を唯一の証拠として有罪判決をすることは憲法及び刑事訴訟法で禁じられている。したがって、本件は引渡法二条五号所定の「日本国の法令により逃亡犯罪人に刑罰を科すことができないと認められるとき」に該当し、逃亡犯罪人を引き渡すことはできないという。
しかし、引渡法二条五号は、「引渡犯罪に係る行為が日本国内において行われ、又は引渡犯罪に係る裁判が日本国の裁判所において行われたとした場合」を前提として、いわゆる双罰性の原則を宣明したものにすぎないのであって、請求国において逃亡犯罪人に対して現実にいかなる裁判が行われたかを考慮しなければならないものではない。本件において、逃亡犯罪人がアメリカ合衆国の裁判所で有罪答弁を行ったこと自体は、何ら引渡しを妨げる事由になるわけではない。所論の一は失当である。
次に、所論の二は、引渡法二条六号の除外事由である「請求国の有罪の裁判がある場合」における「有罪の裁判」とは、有罪の確定判決を意味するのであり、逃亡犯罪人が有罪答弁を行って受理されたことでは不十分であって、この概念には含まれないし、また、本件において、逃亡犯罪人Aの行為は請求国において犯罪とはならないから、同条号の「逃亡犯罪人がその引渡犯罪に係る行為を行ったことを疑うに足りる相当な理由がないとき」に該当し、逃亡犯罪人Aを引き渡すことはできないという。
しかし、一件記録中には、平成一二年三月七日に南カリフォルニア地区連邦地方裁判所の法廷にAが出頭して有罪答弁を行った手続の速記録、本件引渡請求のために作成された連邦検事局検事補の宣誓供述書等があり、これらによれば、Aがその引渡犯罪に係る行為を行ったことを疑うに足りる相当な理由があると認めることができる。この点に関する逃亡犯罪人Aの意見等を検討してみても、引渡犯罪に係る行為を行ったことを疑うに足りる相当な理由の存在を否定することはできないのである。
なお、引渡法は、日本国と請求国との法制が異なることを前提に、国際協力を図るものであるところ、アメリカ合衆国の刑事手続においては、量刑手続の前段階として裁判官による裁判のほか、陪審員による評決や本件のような有罪答弁の制度があり、この有罪答弁は、それ自体が有罪の宣告であり、陪審評決同様に終局的なものと解されている。そして、引渡法二条七号には「確定判決」という用語が使われていることとの対比において、これと異なる二条六号の「有罪の裁判」は確定判決に限定されているとはいい難い。また、二条六号が「有罪の裁判がある場合」には「引渡犯罪に係る行為を行ったことを疑うに足りる相当な理由」は不要としていることにかんがみると、ここにいう「有罪の裁判」には本件のような有罪答弁を行って受理された場合も含まれると考えられる。
結局のところ、所論の二は理由がない。
四 よって、本件は、逃亡犯罪人を引き渡すことができる場合に該当するから、引渡法一〇条一項三号により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 長岡哲次 裁判官 伊名波宏仁 片山隆夫)
別紙
(引渡犯罪に係る行為)
逃亡犯罪人は、「B」(以下「B社」という。)の社長かつ過半数株主であるが、
第一 一九九七年一二月二六日ころ、南カリフォルニア地区及びその他の場所において、南カリフォルニア地区連邦破産裁判所に対する破産申請に関し、C(注B社の唯一の販売先。以下「C社」という。)からB社のC社に対する売掛債権六七九三・四四ドルの小切手による支払を受けてハワイ州ホノルル市のInternational Savings Bank(以下「ISB」という。)の当座預金口座に入金し、B社の債権者と連邦管財人に対して故意かつ不正に隠匿し、
第二 一九九八年二月六日ころ、南カリフォルニア地区及びその他の場所において、南カリフォルニア地区連邦破産裁判所に対する破産申請に関し、C社からB社のC社に対する売掛債権九六〇・二三ドルの小切手による支払を受けてハワイ州ホノルル市のISBの当座預金口座に入金し、B社の債権者と連邦管財人に対して故意かつ不正に隠匿し、
第三 一九九八年一月一五日ころ、南カリフォルニア地区及びその他の場所において、南カリフォルニア地区連邦破産裁判所に対する破産申請に関し、偽証には罰則があることを承知した上、真実は、B社がISBに当座預金口座を持っているにもかかわらず、B社が当座預金口座、普通預金口座若しくはその他の口座を持っていない旨、かつ、真実は、B社のC社に対する売掛債権は一六五四・二一ドルを大幅に上回るにもかかわらず、同売掛債権を一六五四・二一ドルとする旨を記載した内容虚偽の貸借対照表及び財務報告書を提出し、故意かつ不正に内容虚偽の書面を提出したものである。