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東京高等裁判所 平成20年(ネ)1994号 判決 2009年2月05日

控訴人

岡田克也

同訴訟代理人弁護士

喜田村洋一

被控訴人

Y

同訴訟代理人弁護士

小高賢

藤沢浩一

渡邉俊太郎

野口耕治

園部裕治

堤箸欣也

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は、控訴人に対し、一一〇万円及びこれに対する平成一九年四月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを一七分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項の(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付別紙記載一の内容の謝罪広告を、読売新聞(全国版)及び朝日新聞(全国版)の各朝刊社会面に、同別紙記載二の掲載条件で各一回掲載せよ。

(3)  被控訴人は、控訴人に対し、一一〇〇万円及びこれに対する平成一九年四月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

(5)  (3)項につき仮執行宣言。

二  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、衆議院議員であり民主党副代表を務める控訴人が、自由民主党政務調査会首席専門員である被控訴人が執筆、出版した二冊の書籍中に控訴人が通産官僚当時に実父の企業グループに便宜を図った疑惑があるとの記述があり、その記述により被控訴人は控訴人の名誉を毀損したと主張し、不法行為責任に基づき、被控訴人に対し、名誉回復の処分として日刊新聞紙上に謝罪広告を掲載することを求めるとともに、慰謝料及び弁護士費用として損害金一一〇〇万円の支払(不法行為の後である平成一九年四月二六日から支払済みまでの遅延損害金の支払を含む。)を求めるものである。

原判決は、控訴人の請求はいずれも理由がないとしてこれを棄却した。控訴人は、これを不服として控訴した。

二  前提事実及び当事者の主張は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の二及び三(原判決二頁七行目から六頁二三行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決三頁四行目の「平成一七年六月三〇日」を「平成一七年六月二〇日」に、七行目の「(甲一及び甲二)」を「(甲一、甲二、乙一及び乙二)」に、一六行目の「(甲一)」を「(甲一、乙一)」に改める。

(2)  原判決三頁一八行目の「見出しの下、「平成一六年六月八日」から二五行目末尾までを「見出しの下、「問題は、当時、ジャスコの全国展開を推進した「岡田興産」と通産省の関連で、通産官僚の岡田氏が何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑である。」との記述(以下「本件記述一」という。)がある。(甲一、乙一の一二四頁)」に改める。

(3)  原判決四頁九行目の「(甲二)」を「(甲二、乙二)」に、一一行目冒頭から一九行目末尾までを「「当時、ジャスコの全国展開を推進した岡田興産と通産省の関係で、通産官僚の岡田さんが何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑ですよ。」との記述(以下「本件記述二」といい、本件記述一及び本件記述二を総称して「本件各記述」という。)がある。(甲二、乙二の一八一頁)」に改める。

(4)  原判決四頁二〇行目から二四行目までを削る。

(5)  原判決五頁二〇行目の「(以下「本件疑惑」という。)」を削る。

第三当裁判所の判断

一  本件記述一について

(1)  本件記述一が控訴人の社会的評価を低下させるものといえるか

本件記述一が控訴人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであるか否かは、本件書籍一の一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきである(最高裁判所昭和二九年(オ)第六三四号同三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照)。本件書籍一の構成は、別紙「なぜか誰も書かなかった民主党研究」(本件書籍一)の構成一覧表記載のとおりであり、同一覧の「見出し」欄及び「小見出し」欄各記載の主題に関する被控訴人の著述が各見出しないし小見出しに続く本文に記述され、見出しないし小見出しが変わるごとに主題が変わるという体裁である。本件記述一は、「第七章 岡田克也氏で大丈夫か?」中の一二三頁二行目にある「岡田氏は国家公務員法違反をしていた」との見出しに続く本文中にあるものであって、控訴人が国家公務員法の兼職禁止規定に反した事実を主題とする著述の一部を構成しているところ、一二六頁一二行目で同主題に関する著述が終わり、次の一二七頁一行目に「何でもかんでも反対ばかり」の見出しがあり、続く本文にはこの見出しを主題とする著述がなされているから、「岡田氏は国家公務員法違反をしていた」の見出しに続く一二六頁一二行目までの本文の文脈の中で本件記述一の意味を理解するのが本件書籍一の一般の読者の普通の読み方であると認められる。

「岡田氏は国家公務員法違反をしていた」の見出しに続く一二六頁一二行目までの本文の内容は、別紙「本件記述一が存在する部分」のとおりである。すなわち、冒頭、控訴人が、記者会見において、旧通産省の官僚当時に国家公務員法の兼職禁止規定に反し、両親が設立した不動産会社「岡田興産」の取締役に就任していたことを公表し、陳謝した事実が記載され、続けて本件記述一がある。そして、本件記述一をその直前の文章と併せて記載すると、「岡田氏の父は、大手スーパーのジャスコなどを経営するイオングループ名誉会長のA氏。問題は、当時、ジャスコの全国展開を推進した「岡田興産」と通産省の関連で、通産官僚の岡田氏が何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑である。」というのである。一般の読者の普通の注意と読み方を基準にしてこれを読むと、本件記述一は、控訴人が公務員の地位を利用して実父が経営する大手流通企業に対する便宜を図った疑いがあるとの趣旨であると理解されるから、控訴人の社会的評価を低下させる内容のものであるということができる。

(2)  本件記述一が事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるか

本件記述一が事実の摘示であるか、意見ないし論評の表明であるかは、本件書籍一の一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に、前後の文脈や本件書籍一の出版当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮して判断すべきものである(最高裁判所平成六年(オ)第九七八号同九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁参照)。前項に述べたところから、「岡田氏は国家公務員法違反をしていた」の見出しに続く一二六頁一二行目までの本文(別紙「本件記述一が存在する部分」)の文脈の中で一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮して検討する。

上記本文の前半は、上記記者会見における控訴人による国家公務員法兼職禁止規定違反の事実の公表と陳謝を記述し、次いで本件記述一があり、自民党幹事長による批判を紹介しており、後半は、控訴人の上記記者会見の契機となったものとして、週刊文春・平成一六年六月一〇日発売号の「スクープ、岡田民主党代表『違法兼職』の決定的証拠」と題する記事を詳細に引用している。上記引用部分には、岡田興産は電話帳に番号が記載されていないこと、所有地に看板がかかっていないこと、岡田興産は岡田家の資産管理をする会社であるが実際の資産管理は片山会計事務所が行っていることが記述され、他方、上記引用部分には、岡田興産がジャスコないしイオングループの全国展開を推進したとする記述はないばかりか、岡田興産がジャスコないしイオングループに関わる何らかの業務を行ったことを示す記述は一切ない。そして、本件書籍一は発行当時の野党第一党である民主党を題材にした著作であり、表紙に被控訴人の肩書として自由民主党政務調査会事務副部長・慶応義塾大学大学院講師との表示がされ、帯には「果敢に展開する「野党批判論」」と記載されているのであるから(前記引用に係る前提事実)、本件書籍一の一般の読者は相当程度の社会生活上の知識を有しているものと考えるべきであり、相当程度の社会生活上の知識を有する読者であれば、上記引用部分に記載された岡田興産に関する事実から、岡田興産は岡田家の資産管理のために名目上存在する会社に過ぎず、実際の資産管理は片山会計事務所が行い、岡田興産に会社組織としての実体がないことを容易に理解できるものと認められるから、そのような岡田興産が、ジャスコないしイオングループの全国展開を推進するということはおよそあり得ないことであると容易に判断できるものと認められ、一般の読者は、このような判断をもとに、本件記述一については、控訴人が自ら公表し週刊文春にも掲載された控訴人が国家公務員法の兼職禁止規定に反したという事実を基礎とした、控訴人が公務員の地位を利用して実父が経営する大手流通企業に対する便宜を図った疑いがあると言われても仕方がないのではないか、そのような疑いを不可避的に招くものであり政治家としての資質に問題があるとの被控訴人の意見ないし論評の表明であり、当時ジャスコの全国展開を推進した「岡田興産」と通産省の関連で、通産官僚の控訴人が何らかの便宜を図った疑惑があるとの事実の摘示ではないと理解するものと認められる。

これを本件書籍一で採られた著述の形式の面からみると、その全体的な著述の形式が各見出しないし小見出しに掲げられた主題に関する事実を本文で詳しく摘示した上で被控訴人の意見ないし論評を加える形式で、いわゆる「事実をもって語らせる」という著述方法であり、被控訴人が意見ないし論評を表明する部分は意見ないし論評を表明する記述であることが容易にわかる表現が用いられていることから、「岡田氏は国家公務員法違反をしていた」の見出しから本件記述一まで読み進むと、本件記述一をもって事実の摘示であるかのような印象が生じ得るが、上記週刊文春の記事の詳細な引用を含む一二六頁一二行目まで読み進んでその本文の文脈の中で本件記述一の意味を理解するならば、上記のとおり意見ないし論評の表明であると理解するものと認められる。

よって、本件記述一は被控訴人の意見ないし論評の表明であると認められる。

(3)  上記意見ないし論評の表明が違法性を欠くか否か

上記のとおり、本件記述一は意見ないし論評の表明であるところ、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときは、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきである(最高裁判所昭和五五年(オ)第一一八八号同六二年四月二四日第二小法廷判決・民集四一巻三号四九〇頁、最高裁判所昭和六〇年(オ)第一二七四号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁、最高裁判所平成六年(オ)第九七八号同九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁参照)。

本件についてこれをみるに、本件記述一が公共の利害に関する事実に係るものであることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件記載一はその目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。

そして、本件記述一の基礎となる事実の重要な部分は、控訴人が旧通産省の官僚当時に国家公務員法の兼職禁止規定に反し、両親が設立した不動産会社「岡田興産」の取締役に就任していたことであると認められ、上記事実は当事者間に争いがないから、前提となる事実の重要な部分について真実であることの証明がある。次に、意見としての域を逸脱したものであるか否かについて検討するに、上記のとおり、本件書籍一が引用する週刊文春の記事によれば、岡田興産がジャスコないしイオングループの全国展開を推進するといった事実があったとはおよそ認めがたいのであるから、本件記述一において「ジャスコの全国展開を推進した「岡田興産」との表現を用いたこと自体は不適切といわざるを得ないけれども、本件書籍一が出版された当時、控訴人は野党第一党である民主党の代表であったのであり、その社会的、政治的影響力からすれば、最も自由な批判が許容されるべき立場にあったのであるから、その立場を考えると、本件記述一をもって人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の表明として逸脱したものということができず、本件記述一は違法性を欠くというべきである。したがって、被控訴人は、控訴人に対し、本件記述一に基づく不法行為責任を負うものではないというべきである。

二  本件記述二について

(1)  本件記述二が控訴人の社会的評価を低下させるものといえるか

本件記述二が控訴人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであるか否かは、本件書籍二の一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきである(上記最高裁判所昭和三一年七月二〇日判決)。本件書籍二の構成は、別紙「民主党はなぜ、頼りないのか」(本件書籍二)の構成一覧記載のとおりであり、同一覧の「見出し」欄記載の主題に関する被控訴人の著述が見出しに続く本文に記載され、見出しが変わるごとに主題が変わるという体裁である。本件記述二は、「第一〇章 前著『なぜか誰も書かなかった民主党研究』への反応」中の一六六頁一〇行目にある「なぜか誰も「語らなかった」民主党研究」との見出しに続く本文中にあるものであって、一八九頁一四行目まで著述された東京都内の大学生でつくるサークルが主催する「なぜか誰も『語らなかった』民主党研究」と題する講演会における控訴人の発言として記述されている。上記本文の冒頭に「講演は、コーディネーターの学生からの質問に被控訴人が答える方式。」との説明が記載され、以下、学生の質問とそれに対する被控訴人の発言が交互に記載されている。本件記述二は、一八〇頁九行目から一五行目までの学生の質問に対する一八〇頁一六行目から一八四頁一〇行目までの被控訴人の発言の一部であり、一八一頁七行目から八行目にかけて記載されている。一八四頁一一行目以下は別の事項に関する学生の質問とそれに対する被控訴人の発言が記述されているから、一八〇頁九行目から一五行目までの学生の質問と一八〇頁一六行目から一八四頁一〇行目までの被控訴人の発言とによって構成される文脈の中で本件記述二の意味を理解するのが本件書籍二の一般の読者の普通の読み方であると認められる。

上記学生の質問と被控訴人の発言の内容は、別紙「本件記載二が存在する部分」のとおりである(「B」の前が学生の質問であり、後が被控訴人の発言。)。学生が、岡田元代表について伺いたいと前置きし、「まじめ」というイメージを地に落とすような国家公務員法違反の事があったので、詳しく解説して欲しいと質問したのに対し、被控訴人は、冒頭、謝り方に疑問があると述べ、控訴人が、記者会見で、旧通産省勤務当時に国家公務員法の兼職禁止規定に反し、両親が設立した不動産会社「岡田興産」の取締役(無報酬)に就任していたことを公表し、陳謝した事実を紹介し、続けて本件記述二がある。そして、本件記述二をその直前の文章と併せて記載すると、「これは何が問題かと言いますと、岡田さんのお父さんは、大手スーパーのジャスコなどを経営するイオングループの名誉会長なんですね。当時、ジャスコの全国展開を推進した岡田興産と通産省の関係で、通産官僚の岡田さんが何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑ですよ。」というのである。一般の読者の普通の注意と読み方を基準にすると、本件記述二は、控訴人が公務員の地位を利用して実父が経営する大手流通企業に対する便宜を図った疑いがあるとの趣旨であると理解されるから、控訴人の社会的評価を低下させる内容のものであるということができる。

(2)  本件記述二が事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるか

本件記述二が事実の摘示であるか、意見ないし論評の表明であるかは、本件書籍二の一般の読者の普通の注意と読み方を基準に、前後の文脈や本件書籍二の出版当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮して判断すべきものである(上記最高裁判所平成九年九月九日判決参照)。前項で述べたところから、一八〇頁九行目から一五行目までの学生の質問と一八〇頁一六行目から一八四頁一〇行目までの被控訴人の発言(別紙「本件記載二が存在する部分」)によって構成される文脈の中で読者が有していた知識ないし経験等を考慮して検討する。

上記学生の質問と被控訴人の発言を概観すると、学生が、岡田元代表(控訴人)について伺いたいと前置きし、「まじめ」というイメージを地に落とすような国家公務員法違反の事があったので、詳しく解説して欲しいと質問したのに対し、被控訴人は、冒頭、謝り方に疑問があると述べ、控訴人が、記者会見で、旧通産省勤務当時に国家公務員法の兼職禁止規定に反し、両親が設立した不動産会社「岡田興産」の取締役に就任していたことを公表し、陳謝した事実を紹介し、そして、本件記述二を含む「これは何が問題かと言いますと、岡田さんのお父さんは、大手スーパーのジャスコなどを経営するイオングループの名誉会長なんですね。当時、ジャスコの全国展開を推進した岡田興産と通産省の関係で、通産官僚の岡田さんが何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑ですよ。」との説明をし、続けて、控訴人の陳謝は週刊文春で「スクープ、岡田民主党代表『違法兼職』の決定的証拠」と題する記事が契機であることを指摘する。この後の被控訴人の発言は、民主党代表就任前後における控訴人の言動を話題にし、次に民主党の国連待機部隊構想を話題にし、一八〇頁一六行目から一八四頁一〇行目までの発言の過半を民主党の国連待機部隊構想に費やしている。控訴人の陳謝が週刊文春の記事を契機としたものであることを指摘した後は、控訴人が国家公務員法の兼職禁止規定に反した事実について触れる発言はない。そうすると、ここに記載された学生の質問とそれに対する被控訴人の発言の文脈は、学生が、控訴人が国家公務員法の兼職禁止規定に反した事実に関する詳しい解説を求めたのに対し、被控訴人が、控訴人が記者会見で公表し陳謝した事実を紹介したのに加え、本件記述二により、問題は、控訴人の実父が経営する大手流通企業の全国展開を推進した岡田興産と流通業界を所管する通産省との関係で、通産官僚である控訴人が何らかの便宜を図った疑惑だと説明したものと認められる(旧通産省が流通業界を所管することは一般の読者が有していた知識と認められる。)。そして、本件書籍一と異なり本件書籍二には、「岡田興産は電話帳に番号が記載されていないこと、所有地に看板がかかっていないこと、岡田興産は岡田家の資産管理をする会社であるが実際の資産管理は片山会計事務所が行っていること」が記述され、「岡田興産がジャスコないしイオングループの全国展開を推進した」とする記述がなく、「岡田興産がジャスコないしイオングループに関わる何らかの業務を行ったこと」を示す記述も一切ない週刊文春の上記記事の具体的内容の引用はないのであって、この引用がありさえすれば、一般の読者(その読者は、本件書籍一の一般の読者と同様に相当程度の社会生活上の知識を有しているものと考えるべきである。)は、その引用部分を一読することにより、岡田興産は岡田家の資産管理のために名目上存在する会社に過ぎず、実際の資産管理は片山会計事務所が行い、岡田興産に会社組織としての実体はなく、およそ岡田興産がジャスコないしイオングループの全国展開を推進するといった事実があったとは認めがたいと容易に判断できるものと認められ、そのような前提に立って本件記述二を読むものと考えられるのに対し、本件書籍二には上記記事の具体的内容の引用がないことから、一般の読者が上記のような前提に立って本件記述二を読むことはできず、岡田興産に関する特段の知識を持たないまま本件記述二を読むことになると認められること、しかして、本件書籍二の全体的な著述の形式が各見出しに掲げられた主題に関する事実を本文で詳しく摘示した上で被控訴人の意見ないし論評を加える形式で、いわゆる「事実をもって語らせる」という著述方法であり、被控訴人が意見ないし論評を表明する部分は意見ないし論評を表明する記述であることが容易にわかる表現が用いられていること、本件記述二が存在する「なぜか誰も「語らなかった」民主党研究」との見出しに続く一八九頁までの著述において控訴人の発言として記載された部分は、いずれも主題となる事実及び主題となる事実の意味を理解するのに役立つ事実を摘示した上、被控訴人の簡単な意見ないし論評を加えるという形式で記述されており、これを被控訴人が代表に就任した前後における言動の点についてみると、民主党の代表に選ばれる前は控訴人が幹事長であったが、「自分は『行司役』に徹する」、「回しを締めて土俵には上がらない」と言っていたこと(事実の摘示)及びその後代表に選ばれたこと(事実の摘示)を記述し、「ところがどうですか。「自分が代表になることはありません」と明言してきたのに、「行司役」が「天命だ」と言って、いきなり力士(代表)として土俵に上がるんですから。ビックリ仰天ですよ。だから、結果的にウソをついたんですね。」と上記各事実に対する被控訴人の見方や感想を披瀝するというような形式の記載となっており、このことは、控訴人が国家公務員法の兼職禁止規定に反して岡田興産の取締役に就任した件についての記述についても同様であって、すなわち、控訴人が上記事実を公表して陳謝したことを記述し、「「キチンと謝ったから良い」と言いますが、その謝り方に疑問があるんですよ。」と被控訴人の感想を記述し、次いで、国家公務員法の兼職禁止規定違反の件について「何が問題かと言いますと、」との解説調の文章で始めた上、「岡田さんのお父さんは、大手スーパーのジャスコなどを経営するイオングループの名誉会長なんですね。」と記述して、「控訴人の父がイオングループの名誉会長である」事実を摘示した上で、「当時、ジャスコの全国展開を推進した岡田興産と通産省の関係で、通産官僚の岡田さんが何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑ですよ。(本件記述二)」と記述しているのであって、岡田興産に関する特段の知識を持たないまま本件記述二を読むことになる一般の読者としては、「当時、ジャスコの全国展開を推進した岡田興産と通産省の関係で、」の部分は「控訴人が岡田興産の取締役であった当時、岡田興産がジャスコの全国展開を推進した」事実があること、「流通業界を所管する官庁が通産省である」事実を記述するものであり、「通産官僚の岡田さんが何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑ですよ。」との部分は本件記述二の直前の文章の文脈と併せれば、「流通業界を所管する通産省の官僚で岡田興産の取締役でもある控訴人が、父が各誉会長をしているイオングループのジャスコの全国展開に関して何らかの便宜を図った疑惑がある」事実を記述するものと理解すると認められ、それに続く「報酬を「もらった、もらっていない」が問題じゃないんですよね。」「兼職していること自体がクレージーなんですよ。考えられないですよ。」との部分は、岡田興産から取締役報酬を受給していたかどうかは問題ではなく、通産官僚でありながら岡田興産の取締役に就任していたこと自体が問題で、そのようなことは普通は考えられないことであるとの被控訴人の意見ないし論評として受け取るものと認められるのであり、以上のように考えると、本件書籍二の一般の読者の普通の注意と読み方を基準にすると、本件記述二は、自由民主党の「政務調査会」の「首席専門員」の地位にある被控訴人が、その地位にある者による著述として、控訴人が通産官僚と岡田興産取締役を兼ねるという地位を利用し、岡田興産の事業を通じて実父が経営する大手流通企業に対する便宜を図ったという疑惑が存在するとの事実を摘示したものと判断される。

(3)  上記事実の摘示は違法性を欠くか否か、故意又は過失を欠くか否か

本件記述二は事実の摘示であるところ、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性はなく、仮に上記事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁判所昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁、最高裁判所昭和五六年(オ)第二五号同五八年一〇月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一四〇号一七七頁参照)。

本件についてこれをみるに、本件記述二が公共の利害に関する事実に係るものであることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件記述二はその目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。

そして、本件において、被控訴人は、本件記述二が摘示する「控訴人が通産官僚と岡田興産取締役を兼ねるという地位を利用し、岡田興産の事業を通じて実父が経営する大手流通企業に対する便宜を図ったという疑惑が存在する。」との事実の重要部分が真実であることの立証をしないし、上記事実を真実と信じるについて相当の理由があることの主張立証をしない。かえって、本件記述一について検討したところで述べたとおり、被控訴人が本件書籍一で引用する週刊文春の記事によっても、岡田興産は岡田家の資産管理のために名目上存在する会社に過ぎず、実際の資産管理は片山会計事務所が行い、岡田興産に会社組織としての実体はないことが理解できるのであって、およそ岡田興産がジャスコないしイオングループの全国展開を推進するといった事実があったとは認めがたいものである。したがって、本件記述二による事実の摘示によって控訴人の社会的評価を低下させた行為について、これが違法性を欠くとも故意又は過失を欠くともいうことはできない。

よって、被控訴人は、本件記述二による名誉毀損行為に関して免責されず、被控訴人は、控訴人に対し、本件記述二に基づく不法行為責任を負うというべきである。

三  謝罪広告について

本件書籍二の一般の読者は、本件書籍一の一般の読者と同様に、相当程度の社会生活上の知識を有しているものと考えられること、本件書籍二の構成は別紙「民主党はなぜ、頼りないのか」(本件書籍二)の構成一覧のとおりであるところ、本件書籍二を通読すると、本件書籍二の主要部分は特別対論から第九章までであり、第一〇章は補足的な章であるし、本件記述二はこのような補足的な章の一部に過ぎないこと等を考慮すると、本件記述二により生じた名誉毀損の回復として日刊紙に謝罪広告を掲載することを命じる必要があるとまでは認められない。

四  損害賠償について

控訴人の社会的地位と本件記述二の内容に基づき、本件に顕れたその余の事情を考慮し、本件記述二により生じた控訴人に対する社会的評価の毀損を償うには、慰謝料として一〇〇万円を認めるのが相当である。そして、本件訴訟の提起、遂行に要した弁護士費用のうち一〇万円の限度で相当因果関係を認めるのが相当である。

五  結論

以上の認定及び判断の結果によれば、控訴人の請求は、被控訴人に対し、一一〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一九年四月二六日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。当裁判所の上記判断と符合しない原判決を上記趣旨に変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 山口信恭 裁判官髙世三郎は差し支えのため、署名押印することができない。裁判長裁判官 渡邉等)

別紙《省略》

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