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東京高等裁判所 平成20年(ネ)2117号 判決 2009年5月19日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

中村しん吾

大村郁文

被控訴人

株式会社三井住友銀行

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

田路至弘

坂本倫子

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、1106万2981円及び内金1106万2794円に対する平成18年8月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は、控訴人が、平成4年2月3日、当時の株式会社太陽神戸三井銀行a支店(現在の被控訴人a1支店。以下「本件支店」という。)に対し、当初の利率を年4.5パーセント、満期を1か月後の翌月3日とし、以後1か月間の満期日を繰り返す元利自動継続式の自由金利型の定期預金として1000万円を預金(以下「本件預金」という。)し、平成18年8月3日、本件預金の解約の申出(以下「平成18年解約」という。)をし、預金契約に基づき、自動継続による元金1106万2794円及びこれに対する自動継続日の翌日である平成18年7月4日から満期日である同年8月3日までの約定の0.02パーセントの割合による利息187円の合計額1106万2981円並びに上記元金に対するその翌日から支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を請求するところ、被控訴人は、平成5年2月4日、控訴人から本件預金の解約の申出(以下「平成5年解約」という。)を受け、控訴人に対し、前日の同年2月3日に自動継続されていた本件預金を解約し、1030万6086円を弁済したとして争う事案である。原審は、平成5年解約に基づく被控訴人の控訴人に対する弁済の事実を認め、控訴人の請求を棄却したので、控訴人がこれを不服として控訴した。

2  当事者の主張

(1)  原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要等」1ないし4(同2頁6行目から同3頁16行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(2)  当審における控訴人の補充主張

控訴人が、被控訴人主張の平成5年解約をした事実はなく、控訴人は、金利動向には無頓着であるが本件預金は当初金利が年4.5パーセントであったことから、平成4年2月3日に預け入れた後、平成18年8月3日まで解約せずにいたものであり、このことは何ら不自然なことではなく、被控訴人が主張する平成5年解約の事実は、控訴人が本件預金の定期預金証書を所持していること、控訴人が作成したとする領収証書を被控訴人は紛失したとし、その存在が明らかでないこと、被控訴人が弁済をした証拠とする後記本件事故処理簿は被控訴人の内部文書にすぎず、平成5年当時における同文書の作成手順が不明であり、検印者が領収証書を確認したことを示す記載がないことや事故の届出日として記入された日付が前後していること、同文書に関する被控訴人職員らによる供述等の証拠がないことなどに照らして、同文書は弁済をしたことの証拠としての信用性がないこと、これに対して、控訴人は一貫して本件預金の定期預金証書を保管していたと供述しており、その供述の信用性が高いこと、控訴人は平成5年解約の2日前に別口の1000万円の定期預金を新規に預けており、それほど資金的に余裕があったのであるから、控訴人には平成5年解約をする必要性がなかったこと、例年、控訴人が経営する幼稚園では、平成5年解約をしたとされる2月が一年間のうちで最も資金的にゆとりのある時期であること、本件預金は控訴人の幼稚園を学校法人化する際に幼稚園の資産として計上されていないが、それはその計上の必要性がなかったためであること、平成5年解約により払い戻されたはずの金員の普通預金口座への振替えがないこと等に照らして、推認することができないというべきである。

また、本件預金が平成5年に解約されたとしても、その払戻し金が控訴人に対して払い戻されたことを認める事実はない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人の本件請求は理由がないと判断する。その理由は次のとおりである。

(1)  控訴人が、本件支店に対し、平成4年2月3日、本件預金をした事実及び平成18年8月3日、平成18年解約の申出をした事実は、当事者間に争いがない。

(2)  証拠(《省略》、証人B、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 被控訴人における定期預金の解約、払戻しに関する一般的な業務手順は次のとおりである。

(ア) 被控訴人は、定期預金の預金者が、同預金者の所持する定期預金証書に基づいて定期預金の解約、払戻しの請求をしたときは、定期預金証書の裏面の受領者欄に同預金者の署名及び届出印の押印を受けて、同定期預金を解約し、同定期預金の元本と利息の払戻しをする。

(イ) 被控訴人は、定期預金証書を喪失した預金者が、定期預金を解約して、払戻しを請求したときは、同預金者から定期預金証書の喪失届を徴収した上、同人に対し、同証書を再発行した上で、同定期預金を解約し、同定期預金の元本と利息の払戻しをする。定期預金証書の喪失の場合における解約、払戻しの具体的な手続は以下のとおりである。(《証拠省略》)

① 預金者は、1枚目が「喪失連絡受付票」、2枚目が「照会書兼喪失届」のセットとして構成されている用紙の2枚目の「喪失届」欄に、住所、氏名、届出年月日を記入し、預金者の届出印を押印した上、これを被控訴人に提出して、定期預金証書を喪失した旨の事故の届出を行う。

② 被控訴人の受付者は、同預金者からの届出内容を「喪失連絡受付票」(1枚目)に記入する。同「喪失連絡受付票」の保存期間は、「照会書兼喪失届」とセットとなっている場合は、その保存期間(後述)と同一である。

③ 被控訴人の受付者は、「喪失届」欄に押印された印影が同預金者の銀行に対する届出印によるものと同一か否かの印影照合を行うほか、必要に応じて、印鑑証明書の徴収、照会書の発送による返信受領等により同預金者が預金者本人であることの確認を行う。

④ 同預金者に対し、定期預金証書の再発行を行う。この際、同預金者は2枚目の「照会書兼喪失届」裏面の「通帳・証書受領書」欄に届出印を押印する。同「照会書兼喪失届」の保存期間は、通帳・証書が再発行されている場合は永久保存である。

⑤ 同預金者は、その上で、「払戻請求書」(《証拠省略》)に届出印を押印して、これを被控訴人に提出する。同「払戻請求書」の保存期間は10年である。

⑥ 解約、払戻しに当たって、同預金者は「再発行通帳・証書・( )受領書 領収証書」(「( )」の欄には喪失物件に応じて記入する。以下「領収証書」という。)(《証拠省略》)に届出印を押印の上、提出する。この際、被控訴人は、本人確認の方法として、保険証、社員証や免許証等の資料による確認を行い、かつ、その資料の写しを徴収している場合には、その写しを「領収証書」に添付する。同「領収証書」は永久保存の取扱いである。

⑦ 被控訴人の受付者は、後日の照会などに対処するための手掛かりとして利用することを主な目的として、所定の事故等について1件ごとにその届出から処理までの経緯を記録することとされている「事故処理簿」に、同預金者の喪失の届出から処理までの経緯を記録した上、係員欄に押印し、上司から、関係帳票類と共に内容の点検を受け、「事故処理簿」の検印欄に上司の押印を受ける。同「事故処理簿」は永久保存の取扱いである。

⑧ 喪失した定期預金証書の再発行と同時に同解約の申出がされた場合において、解約申出を受けた日に本人確認がされたときは、同日中に払戻しの手続(以下「即時処理」という。)を行うが、同預金者の家族が来店した場合等、本人確認に疑義がある場合には、上司から指示を受けて処理する。

第三者による不正な払戻請求を防止するため、同預金者が本人確認資料及び届出印を持参していない場合は、即時処理を行うことはできず、郵送か、本人確認資料と届出印を持参しての再来店による手続をとる。定期預金証書と届出印の両方を喪失した場合は、届出印を持参していない場合と同様に、即時処理を行うことができない。

(ウ) 被控訴人は、平成4年以降、株式会社太陽神戸三井銀行から株式会社さくら銀行に商号変更し、その後、株式会社住友銀行と合併し、株式会社三井住友銀行となり、支店の統廃合などを行った。

イ 本件預金の預入れ等の状況は次のとおりである。

(ア) 控訴人は、平成4年2月3日、本件預金を、「b幼稚園代表者X」名義で、元利自動継続式の自由金利型の定期預金として、被告に預託した。その口座番号は「《省略》」であり、取引番号は「《省略》」である。この定期預金は、控訴人が個人で経営するb幼稚園の資金を運用するためのものであり、その原資は、b幼稚園に対する私学助成金であった。

本件預金の当初の利率年4.5パーセントは1か月後の満期である同年3月3日までの間に適用され、その後の自動継続後の利率は、当初預入れ時の利率とは異なり、自動継続時点での新たな定期預金の金利水準によって決定される。

(イ) 本件預金を含め、控訴人個人及びb幼稚園又はこれが法人化された学校法人c学園の銀行預金の管理は、平成2年ころから、控訴人の妻であるB(以下「B」という。)が行っていた。

(ウ) 控訴人個人の普通預金の届出印については平成6年に改印届がされ、平成12年には通帳喪失届がされ、通帳が再発行されている。

ウ 平成5年当時の本件支店における控訴人の預金の状況は次のとおりである。

(ア) 本件預金は、平成5年2月3日の満期日まで年3.15パーセントの利率で運用され、それまで自動継続されていた1028万40474円に利息を加えて、同日元金を1030万6086円として自動継続されていたが、この自動継続の時点での新利率は年2.90パーセントと、それまでの利率と比較して低いものとなっていた。

(イ) 控訴人は、被控訴人に対し、平成5年2月4日当時、本件預金以外に同様の自動継続特約付定期預金を2件、合計1512万5460円有していた。うち1件の定期預金は、同月2日に満期を3か月後として新規に1000万円を預け入れたものであり、その当初の利率は、本件定期預金の上記利率である年2.90パーセントより高い、年3.20パーセントであり、10回自動継続され、平成7年12月26日に解約され、1042万9014円が払い戻された。この時点での同預金の利率は年0.35パーセントであった。もう1件の定期預金は、平成4年12月21日に満期を3か月後として512万5460円を預け入れたものであるが、その当初の利率は年2.60パーセントであり、3回自動継続され、平成5年12月21日の、利率が年2.00パーセントから年1.70パーセントに下がった、新たな満期時点で解約され、521万7769円が払い戻された。

エ b幼稚園及び学校法人c学園の状況は次のとおりである。

(ア) b幼稚園は、個人事業の幼稚園であったが、平成11年4月1日、法人化され学校法人c学園となった。この時点における、b幼稚園の財産目録の本件支店における預金は、普通預金の1388万3194円のみが記載され、平成5年解約がされずに平成11年4月時点で本件預金が存在していたのであれば、本件預金は「b幼稚園代表者X」名義であり、その原資は、私学助成金であったのであるから、法人化の際には、当然その財産目録に計上されているはずであるのに、その記載はない。

(イ) 学校法人c学園は、平成13年6月29日、控訴人を連帯保証人として、財団法人東京都私立学校教育振興会から、施設設備資金として、7000万円を借り入れている。その弁済期は平成23年6月5日であり、利息は年1.10パーセント、遅延損害金は年10.95パーセントである。

(ウ) 同じく、学校法人c学園は、平成13年7月23日、控訴人を連帯保証人として、日本私立学校振興・共済事業団から、園舎鉄筋新築資金として、2億円を借り入れている。その返済期限は平成33年3月20日であり、利息は年1.5パーセント、遅延損害金は年14.5パーセントである。

(エ) 一方、本件預金が平成5年解約により解約されることなく、被控訴人に預けられていた場合には、学校法人c学園が上記(イ)及び(ウ)の借入れをした平成13年6月29日及び同年7月23日時点での本件預金の金利は、いずれも年0.03パーセントである。

オ 本件預金の平成18年解約に関する経緯は次のとおりである。

(ア) 控訴人は、被控訴人から1パーセントの金利付きの預金の勧誘があったためとして、平成18年8月3日、被控訴人に対し、本件預金の解約の申出をしたが、被控訴人は、控訴人が平成5年2月3日に、平成5年解約により、その払戻しを受けているとして、その支払を拒んだ。

(イ) 控訴人は、平成5年解約を否定し、被控訴人に対し、平成5年解約の経緯やそれを裏付ける証拠の提出を求めたところ、被控訴人は、控訴人訴訟代理人に対し、定期預金月中取引記録表の写し(《証拠省略》)を交付し、本件預金が、平成5年2月4日、同月3日時点での年3.15%の割合による利息が付加された1030万6086円が払い戻された旨及び当時の領収証書の記録は保存されているべきであるが、見当たらないことを説明した。

(ウ) 被控訴人が、平成5年解約の事実を調査するために用いたのは、後日の照会などに対処するための手掛かりとして利用することを主な目的とする上記「事故処理簿」(《省略》。以下「本件事故処理簿」という。)であり、本件事故処理簿には、1件の事故の届出につき1行分の枠が設けられ、喪失の届出から処理までの経緯がその都度、手書き、日付印、定型のゴム印、担当者の印章の押印及びその上司の印章による検印の押印により記録され、コンピューターによる電磁的記録を印刷した帳票とは異なり、後からの改ざん、差し替えが困難なように編綴されている。

本件事故処理簿の本件預金についての事故の届出の記載のある頁には、平成5年2月1日から同年3月12日までの間にされた20件の届出について、その届出及び処理の内容が記載されている。

本件預金については、届出項目の「年月日」の欄に「5.2.4」と、同「科目番号」の欄に「定期預金《番号省略》」と本件預金の口座番号及び取引番号を示す数字の記載があり、同「氏名」の欄に「b幼稚園代表者X」と、同「住所」の欄に「《省略》」と、控訴人の現住所ではなく原審における控訴人の訴訟委任状に記載された控訴人の住所が記載され、同「事故内容」の欄に「紛失¥10,306,086」との記載があり、上記届出に応対した被控訴人の職員の「検印」の欄にC(以下「C」という。)の上司であるD(以下「D」という。)の、「係印」の欄にCの印章による押印がそれぞれされており、届出項目に対する処理項目の「支払(含口座閉鎖)」の「年月日」の欄には「5.2.4」と届出の日と同じ年月日が記載され、「検印」の欄及び「係印」の欄に、それぞれD及びCの印章による押印がされており、「備考」の欄には「領収証書により解約」とのゴム印が押されている。

本件事故処理簿の本件預金の記載のある頁において、本件預金以外の19件の届出も、いずれも事故内容は紛失であり、このうち支払がされた旨の記録がされているものが5件、通帳又は証書の再発行がされた旨の記録がされているものが14件であり、届出の検印及び処理の検印がDによってされたものが多数存在し、本件事故処理簿自体が、上記(2)ア(イ)の⑥及び⑦に記載された手順に従って統一的に処理され、その内容が統一的に記載されている。

(3)  以上において認定した事実に照らすと、本件預金は、平成5年2月4日に、控訴人又はBから被控訴人に対して、定期預金証書の喪失の届出がされ、同届出を受け付けた被控訴人の本件支店の職員Cは、本件預金の預金者であることの本人確認を行った後、本件事故処理簿に、本件預金の事故の届出のあった「年月日」の欄に「5.2.4」と、同「科目番号」の欄に「定期預金《番号省略》」と本件預金の番号を、同「氏名」の欄に「b幼稚園代表者X」と控訴人の名前を、同「住所」の欄に「《省略》」と控訴人の住所を、同「事故内容」の欄に「紛失¥10,306,086」と事故原因及び払戻しの額をそれぞれ記載をし、これらの届出の「係印」の欄に自分の印章を押印し、上司Dの検印を受けて、即日処理により支払うことの了解を得て、処理項目の「支払(含口座閉鎖)」の「年月日」の欄には「5.2.4」と届出の日と同じ年月日を、「備考」の欄には「領収証書により解約」と、被控訴人の手順に従った処理内容をそれぞれ記載し、「係印」の欄に自分の印章を押印し、その上で上司Dの検印を受けて、控訴人又はBに1030万6086円を支払ったこと、すなわち平成5年解約の事実が認められる。

(4)  これに対して、控訴人は、被控訴人が主張する平成5年解約の事実はないとして、上記第2の2(2)のとおり主張し、控訴人及びBは同主張に沿う供述をする。

しかしながら、第1に、控訴人が本件預金の定期預金証書を所持していることは、上記のとおり本件預金の定期預金証書の喪失届がされ、その処理が被控訴人の手順どおりに行われていることに照らして、その所持の事実だけでは、控訴人が未だ権利者であることの証拠にはならないというべきであり、控訴人が本件預金を解約せずにいた理由として、控訴人が挙げるところの控訴人及びBが金利動向には無頓着であったためである旨の供述は、本件預金以外の当時の自動継続特約付定期預金2件が金利が下がった時点で解約されており、控訴人本人も、バブル崩壊後に金利が下がっていることを認識していたこと、平成18年8月3日に本件預金の解約の申出を行った理由は、被控訴人から1パーセントの金利付きの預金の勧誘があり、その勧誘に応じれば本件預金より金利が上がるという認識を持ったことが動機であることを上記供述において自認していること、Bは、短大卒業後、株式会社d銀行に勤務した経歴を有しており、本件預金が1か月の満期ごとに自動継続され、預金金利は自動継続時点での定期預金金利が適用されることを知らなかったということは極めて不自然であることなどに照らして、信用することができない。

第2に、控訴人が作成したとする領収証書を被控訴人は紛失し、その存在が明らかでないことは、被控訴人が控訴人に対する弁済の事実をそれにより直接に立証することができないということのみにとどまり、他の証拠から弁済の事実が認められる場合には、領収証書の不存在が弁済の事実の認定の妨げになるものではないところ、本件では、上記認定のとおり、本件事故処理簿は、被控訴人の内部文書であるものの、所定の事故等について1件の事故の届出につき1行分の枠が設けられ、喪失の届出から処理までの経緯がその都度、手書き、日付印、定型のゴム印、担当者の印章の押印及びその上司の印章による検印の押印により記録され、コンピューターによる電磁的記録を印刷した帳票とは異なり、後からの改ざん、差し替えが困難なように編綴され、上記(2)ア(イ)の⑥及び⑦に記載された手順に従って統一的に処理され、その内容が統一的に記載されているものであるから、その信用性は高いというべきであって、その内容から、本件預金の事故の届出がされ、その処理が領収証書により解約されたことが被控訴人の職員の係印と検印によって確認されており、これらの事実と弁論の全趣旨によれば、被控訴人の控訴人に対する平成5年解約による弁済の事実が認められるというべきである。また、事故の届出日として記入された日付が前後していることや、同文書に関する被控訴人職員らによる供述等の証拠がないことは、平成5年解約の事実認定を左右するものではないというべきである。

また、本件預金の原資に関しては、控訴人の主張及び供述は変遷し、最終的には私学助成金であるとしたところ、控訴人の経営する学校法人c学園が、平成13年6月29日及び同年7月23日に、いずれも控訴人を連帯保証人として、施設設備資金として、多額の金銭の借入れをした際に、本件預金の金利は、当時は年0.03パーセントの低利であったのであるから、本件預金が未だ解約されていないのであれば、これを解約して払戻しを受け、借入れの額を減らすことが通常であるところ、そのような事実はなかったのであって、控訴人の本件預金を解約しないでいた旨の供述は信用することができない。

なお、控訴人は、個人の会計と学校法人の会計は別であるため、個人の会計にある本件預金を払い戻して、学校法人の会計に充てることはないと主張するが、本件預金の原資が私学助成金であったことからして、同主張は採用することができない。

第3に、控訴人は、被控訴人の内部の職員による本件預金の使い込みの犯行の可能性があると主張するが、控訴人主張の使い込みの事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人名義の定期預金の存在を認識し、かつ、届出印を持参して、本件支店に来店し、紛失したとする定期預金証書を特定し、その喪失の届出をし、その解約及び払戻しによって本件預金の弁済を受けることが可能な者は控訴人又はB以外にはあり得ないこと、本件預金は満期が1か月という短期のものであり、使い込みがされた場合のその発覚の可能性が高い定期預金であること、上記認定のとおり本件事故処理簿には複数の職員がその処理に関与していることなどに照らして、同主張は採用することができない。

その他控訴人の主張する事実は、いずれも上記認定を左右するものではない。

(5)  よって、平成5年解約の事実が認められ、被控訴人は控訴人に対して、本件預金を払い戻して弁済したというべきであり、その余について判断するまでもなく、控訴人の主張は理由がない。

2  以上によれば、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷禎男 裁判官 杉山正己 吉村真幸)

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