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東京高等裁判所 平成20年(ネ)2210号 判決 2008年7月16日

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要

1  本件事案の概要は、次のとおり補正し、後記2のとおり加えるほかは、原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要等」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決7頁11行目の「害するする」を「害する」に改める。

(2)  原判決8頁1行目の「イ」を「ア」に改める。

(3)  原判決9頁1行目の「課程」を「過程」に、8行目の「確定させること狙った」を「確定させることをねらった」に、10行目の「ウ」を「イ」に、15行目の「原告X1は、被告人」を「被控訴人X1(個々の被控訴人はその姓だけで表記し、以下、原判決中「原告X1」とあるのはすべて「被控訴人X1」に改める。)は、控訴人」に、21行目の「被告人」を「控訴人」にそれぞれ改める。

(4)  原判決10頁1行目、7行目及び13行目の各「被告人」を「控訴人」に改める。

(5)  原判決14頁15行目の「同法」から19行目の「認識していた。」までを「控訴人は、最高裁平成8年(オ)第250号同11年1月21日第一小法廷判決・民集53巻1号98頁(以下「最高裁平成11年1月21日判決」という。)が公刊されるまでは、振込返済の場合には、同法18条1項所定の書面を交付していなかったが、同書面を交付しなくてもみなし弁済が成立すると理解していた。」に改める。

(6)  原判決15頁末行の「原告は」を「被控訴人らは」に改める。

(7)  原判決16頁17行目の次に行を改めて次のように加える。

「 貸金業法43条1項の規定は、最高裁平成16年(受)第1518号同18年1月13日第二小法廷判決・民集60巻1号1頁(以下「最高裁平成18年1月13日判決」という。)により死文化した。その後、控訴人は、このことを認識しながら、被控訴人X5及び被控訴人X6に借入債務があるかのように誤信させ、その結果、被控訴人X5は同年2月2日に2万1800円を支払い、被控訴人X6は同月10日に1万6200円、同年3月13日に1万6000円(合計3万2200円)を支払った。したがって、控訴人は、被控訴人X5及び被控訴人X6に対し、不法行為(詐欺)に基づき上記支払額の損害を賠償すべき義務がある。」

2  当審における主張

(1)  過払金をその後に発生する新たな借入債務に充当することの可否について

ア 控訴人

本件各取引は、基本契約が存在せず、契約書が各貸付けごとに個別に作成されており、また、被控訴人らは各借入れ時において将来の借入れを望んでおらず予定してもいなかったから、1個の連続した貸付取引ではない。なお、被控訴人X6は、1年半もの取引中断がある。また、控訴人と被控訴人らは、過払金をその後に発生する新たな借入債務に充当する旨の合意などしていない。

イ 被控訴人ら

本件各取引は、1個の連続した貸付取引であり、一連計算すべきものである。また、被控訴人らは、過払金をその後に発生する新たな借入債務に充当するとの合理的な意思を有していた。

(2)  過払金に対する民法704条の利息の有無等について

ア 控訴人

控訴人は、被控訴人らの各返済につき貸金業法43条1項の適用があると認識していた。そして、控訴人は、本件各取引を各貸付けごとに個別に把握していたし、最高裁平成11年1月21日判決が公刊されるまでは振込返済については同法18条1項所定の書面を交付しなくても同法43条1項の適用があると理解していたのであり、最高裁平成18年1月13日判決が公刊されるまでは返済を受けた際に領収書を交付すれば同項の適用があると理解していたから、控訴人が同項の適用があるとの認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があった。したがって、控訴人は悪意の受益者ではない。

仮に控訴人と被控訴人との間に過払金をその後に発生する新たな借入債務に充当する旨の合意があったとすれば、過払金がその後に発生する新たな借入債務に充当されるまでは、控訴人が当該過払金を保有することを認めるということが当事者間の合理的な意思であるというべきである。したがって、借入債務に充当される過払金を控訴人が受領したことは、法律上の原因があるから、不当利得ではない。

また、過払金に対する利息までも新たな借入債務に充当される法律上の根拠はない。

イ 被控訴人ら

控訴人が貸金業法43条1項の適用があるとの認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情などない。

控訴人は過払金が発生したら直ちに被控訴人らに返還すべきであり、控訴人に過払金の保有を認めることは被控訴人らの合理的な意思ではない。

過払金に対する利息を新たな借入債務に充当することは、被控訴人らの合理的な意思である。

(3)  控訴人の不法行為責任(取引履歴開示義務違反)について

ア 控訴人

控訴人は、被控訴人らが本訴を提起する前に保有していた取引履歴を被控訴人らにすべて開示したから、控訴人に取引履歴開示義務違反はない。また、被控訴人らには取引履歴の開示に関して損害は発生していない。

仮に控訴人に取引履歴開示義務違反の不法行為があったとすれば、被控訴人らは控訴人から受領した書面を廃棄して自ら債務負担状況の認識形成を阻害したのであるから、過失相殺をすべきである。

イ 被控訴人ら

控訴人は、保存している取引履歴の全部は開示していない。被控訴人らは、控訴人の取引履歴不開示により、債務負担状況の認識形成が阻害されて、精神的損害を受けた。

控訴人は過失相殺を主張するが、被控訴人らは、高利による借金をしている事実を知られたくないから、本件各取引に関する書面を早々に廃棄したものであり、これは通常のことであって、被控訴人らに落ち度はない。

(4)  消滅時効について

ア 控訴人

被控訴人らが本訴を提起した時点において発生後10年を経過した過払金の不当利得返還請求権は、時効により消滅した。

イ 被控訴人ら

過払金は、その後に発生した新たな借入債務に順次充当されたので、本訴提起時において発生後10年を経過した未充当の過払金は存在しない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、被控訴人らの本件請求は原判決主文1~6項の限度で理由があるものと判断する。

その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決20頁5行目冒頭から22頁24行目末尾までを次のように改める。

「1 取引経過について

上記引用の原判決の「第2 事案の概要等」中「1 争いのない事実等」、証拠(甲1、4~10、23~26、乙1~11、13~16、21~26(以上の書証につき枝番号のあるものはそのすべてを含む。)、被控訴人X1、被控訴人X3、被控訴人X4、被控訴人X5、被控訴人X6)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被控訴人X1は遅くとも平成7年9月18日から平成17年10月17日まで、被控訴人X2は遅くとも平成7年7月5日から平成15年4月1日まで、被控訴人X3は遅くとも平成8年2月5日から平成16年11月2日まで、被控訴人X4は遅くとも平成8年1月4日から平成18年1月10日まで、被控訴人X5は遅くとも平成8年1月9日から平成18年2月2日まで、被控訴人X6は平成7年2月24日から平成18年3月13日まで、それぞれ、控訴人から原判決別紙「法定金利計算書」1~6の「借入金額」欄記載の金銭を借り入れ、「弁済額」欄記載の金銭を控訴人に返済した(本件各取引)。

(2)  本件各取引に係る各貸付け(以下「本件各貸付け」という。)における約定利率は、利息制限法1条1項所定の制限利率を超過しており、平成8年8月23日の貸付けまでは年40.004%、同年12月16日の貸付けから平成12年3月1日の貸付けまでは年39.785%、同年7月6日の貸付けから最終の貸付けまでは年28.981%である。また、本件各貸付けにおいては、定められた回数に応じて毎月同額(元本及び利息の合計額)を分割して返済する(元利均等返済方式)旨の約定、1回でも約定の支払を怠ったときは、一切の債務について当然に期限の利益を失う旨の特約(以下「本件期限の利益喪失特約」という。)が付されていた。なお、本件各取引については、基本契約は締結されていない。

(3)  控訴人は、被控訴人らに対し、前回の貸付けにつき6回程度返済があると、貸増し(切替貸付け)をすることができると繰り返し勧誘した。これは、前回の貸付けの返済期間の途中において、新たな貸付契約を締結し、控訴人が被控訴人らに新たな貸付けの契約上の貸付金額から前回の貸付けの残元本額を控除した残額を交付して、前回の貸付けは完済されたものとして取り扱うものであり、実質的には、前回の貸付けの残元本の借換えと現実の交付額の追加貸付けである。被控訴人らは、控訴人からこのような勧誘を受けて、原判決別紙「法定金利計算書」1~6記載のとおり、借入れと返済を繰り返した。本件各貸付けにおいては、控訴人が各貸付けごとに被控訴人らの借入申込書を即時審査して契約書を作成の上追加貸付額を交付していたが、控訴人は、被控訴人らにつき、本件各取引を通じ各人1個の会員番号を付して管理し、また、各営業所の担当者は、被控訴人らごとに従前からの取引に係る関係書面をまとめてファイルして保管し、上記審査の際等に利用していた。

ただし、本件各貸付けのうち、被控訴人X1の平成12年1月17日の30万円の借入れ(原判決別紙「法定金利計算書」1のNO59)、被控訴人X6の平成9年7月16日の5万円(原判決別紙「法定金利計算書」6のNO33)、平成11年2月15日の10万円(同NO36)、平成13年1月19日の30万円(同NO41)及び平成17年8月10日の20万円(同NO109)の各借入れは、切替貸付けではなく、前回の借入債務を完済した後一定期間経過後の新たな借入れである。前回の借入債務を完済した後新たな借入れをするまでの期間は、最長で約1年半(被控訴人X6の平成13年1月19日の30万円。同NO40~41)であるが、そのほかは長くても10か月(同NO35~36)である。

2  争点に対する判断

(1)  争点(一)について

上記1認定の事実によれば、本件各取引において基本契約は締結されていないが、控訴人は、本件各取引を通じ各人1個の会員番号を付して管理し、被控訴人らごとに従前からの取引に係る関係書類をまとめてファイルして保管し本件各貸付けの際等に利用しており、本件各取引は、長年にわたり貸付けと返済をほぼ1年未満の周期で繰り返したものであり、しかも、その大部分は、控訴人の貸増しの勧誘により、前回の貸付けの返済期間の途中において、控訴人が新たな契約上の貸付金額から前回の貸付けの残元本額を控除した残額を交付して、前回の貸付けは完済されたものとして取り扱ったものであり、実質的には、前回の貸付けの残元本の借換えと現実の交付額の追加貸付けであった。また、被控訴人X1に対する平成12年1月17日の貸付け、被控訴人X6に対する平成9年7月16日、平成11年2月15日、平成13年1月19日及び平成17年8月10日の各貸付けは、前回の借入債務を完済した後の新たな貸付けであるが、返済回数及び毎月の返済額を除き前後の貸付けと同様の貸付条件でされたものであり、前回の借入債務を完済した後新たな借入れをするまでの期間は、最長で被控訴人X6に対する平成13年1月19日の貸付けの約1年半であるが、これは、被控訴人X6と控訴人との取引が11年余に及んでいること、上記貸付け後、控訴人は被控訴人X6を勧誘して切替貸付けを繰り返したことに照らし、他の各貸付けと別個独立の貸付けであると評価することは相当でない。そうすると、本件各貸付けは、各被控訴人ごとにそれぞれ1個の連続した貸付取引であるというべきである。

そして、本件各貸付けにおいて、控訴人が当該貸付けの残元本の借換えと追加貸付けのための次の貸付けを想定していたことは明らかであり、被控訴人らも、長年にわたり前回の借入れの残元本の借換えと追加借入れを反復継続したのであるから、従前の借入れの返済資金が足りなくなったり新たな資金が必要になった際には控訴人から次の借入れをすることを想定していたものと認めるのが相当である(被控訴人X2を除く被控訴人らは控訴人から再度借入れをすることは考えていなかった旨供述するが、控訴人から借入れを繰り返したことに照らして、できるだけ借金をしたくないと思っていたとの趣旨以上のものとは認め難い。)。そうすると、このような1個の連続した貸付取引の当事者は、複数の権利関係が発生するような事態が生ずることを望まないのが通常であることに照らしても、制限超過部分を元本に充当した結果、過払金が発生した場合には、当該過払金をその後に発生する新たな借入債務に充当することを合意しているものと解するのが合理的である。

したがって、控訴人と被控訴人らとの間には、本件各貸付けにおいて過払金が発生した場合には、当該過払金をその後に発生する新たな借入債務に充当する旨の黙示の合意があったものと認めるのが相当である。」

(2)  原判決23頁9行目冒頭から24頁6行目末尾までを次のように改める。

「 本件の場合、被控訴人らの制限超過部分の利息の支払は、本件期限の利益喪失特約により事実上強制されたものであり任意性を欠くから、貸金業法43条1項の適用はない(最高裁平成18年1月13日判決)。そして、控訴人が、同判決が言い渡される前は、被控訴人らに利息制限法1条1項所定の制限利率を超過する約定利息の支払を事実上強制する本件期限の利益喪失特約があっても、同項の適用があるとの認識を有していたとしても、当時、本件期限の利益喪失特約の存在にもかかわらず貸金業法43条1項の適用があるとの裁判例や学説が一般的であったとはいえず、控訴人が上記認識を有するに至ったことに合理的な根拠があったということはできないから、控訴人が被控訴人らの制限超過部分の利息の支払に同項の適用があるとの認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があったと認めることはできない。

したがって、控訴人は、民法704条の「悪意の受益者」に当たる。

(3)  争点(三)について

控訴人は、悪意の受益者であるから、被控訴人らが支払った制限超過部分を元本に充当した結果過払金が発生した場合には、民法704条により、被控訴人らに対し、当該過払金に年5分の割合による利息を付して返還すべき義務がある。

控訴人は、過払金をその後に発生する新たな借入債務に充当する旨の合意があるとすれば、控訴人が新たな貸付けをするまでは過払金を保有することができるから、控訴人が過払金を受領したことは法律上の原因がある旨主張する。しかし、過払金は、控訴人が受領した時点で法律上の原因を欠く不当利得であるから、控訴人は、直ちに当該過払金を返還すべき義務があるものであるが、過払金を返還せず保有し続け、かつ、その後に新たな貸付けをしたときは、過払金が当該新たな貸付けに係る借入債務に充当されるにすぎず、過払金を新たな借入債務に充当する旨の合意は、控訴人に過払金を保有することを容認する趣旨ではない。また、控訴人は、過払金に対する利息が新たな借入債務に充当される法律上の根拠はない旨主張するが、過払金については、民法704条により、利息が発生しており、控訴人は過払金を受領した時から返還する時までの利息を付して返還すべき義務があるから、上記過払金充当の合意は、新たな借入債務が発生した場合に、過払金だけを当該借入債務に充当してその時までの利息は別途返還するとの複雑な処理ではなく、過払金に対する利息も当該借入債務に充当する旨の合意を含むものと解するのが相当である。控訴人の主張は、いずれも採用することができない。」

(3) 原判決24頁11行目の「業務帳簿」を「業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)」に改め、12行目から13行目にかけての「また、開示されるべきは、保存期間の経過の有無を問わないものという。」を削り、14行目から15行目にかけての「本訴提起までに」から25頁8行目末尾までを次のように改める。

「証拠(甲4~10、23~26、乙26、被控訴人X1、被控訴人X3、被控訴人X4、被控訴人X5、被控訴人X6)及び弁論の全趣旨によれば、(1)被控訴人らが控訴人から初めて借入れをしたのは、被控訴人X1が平成2、3年ころ、被控訴人X2が平成5、6年ころ、被控訴人X3が昭和55年ころ、被控訴人X4が昭和60年ころ、被控訴人X5が昭和62年ころ、被控訴人X6が平成7年2月24日であったこと、(2)被控訴人らからそれぞれ債務整理の委任を受けた被控訴人ら訴訟代理人弁護士は、控訴人に対し、被控訴人X1については平成17年11月30日、被控訴人X2については平成15年4月10日、被控訴人X3については平成16年11月17日、被控訴人X4については平成18年2月6日、被控訴人X5については同月23日、被控訴人X6については同年3月23日、取引履歴全部の開示を求めたこと(当事者間に争いがない。)、(3)これに対し、控訴人は、当初過去3年分程度の取引履歴を開示し、被控訴人ら訴訟代理人弁護士からその前の取引履歴も開示するよう要求を受けて、被控訴人らが本訴を提起するまでに、被控訴人X1については平成7年9月18日の貸付け、被控訴人X2については同年7月5日の貸付け、被控訴人X3については平成8年2月5日の貸付け、被控訴人X4については同年1月4日の貸付け、被控訴人X5については同月9日の貸付け、被控訴人X6については平成9年7月16日の貸付け以降の取引履歴を開示したが、これらの各貸付けより前の取引履歴は開示していないことを認めることができる。

控訴人は、10年以上前の取引履歴は廃棄済みであり保存していないと主張し、乙26、37、38の1~14、43~49はこれに沿うものである。しかし、①顧客の取引履歴(顧客に交付した書面を含む。)は、過去の返済状況等を把握して顧客管理を行い、顧客と紛議が発生した場合には貸金業法43条1項の要件を具備していることを立証するために必要不可欠であるから、廃棄することは通常考え難く、上記各乙号証によっても、控訴人がいつ、いかなる理由で取引履歴の廃棄を始めたのか明らかでないこと、②控訴人は顧客ごとに従来からの取引に係る関係書類をまとめてファイルして保管していたところ(上記1(3))、被控訴人X4が平成17年ころ控訴人から借入れをした際、控訴人の担当者が同被控訴人に係るファイルの一番古い書面を見て「もう同被控訴人とは22、3年くらいの取引になる」旨述べたこと(甲9、同被控訴人)に照らして、控訴人の上記主張に沿う各証拠は採用することができない。

したがって、控訴人は、被控訴人ら訴訟代理人弁護士から取引履歴の開示を求められたのに、その一部しか開示せず、上記のとおり主張して上記各貸付けより前の取引履歴を開示しなかったのであるから、不法行為責任がある。

そして、本件の事実経過によれば、控訴人が被控訴人ら訴訟代理人弁護士の要求を受けても、取引履歴の一部しか開示しなかったので、被控訴人らは、過払金額を正確に把握することができず、同弁護士を介して控訴人との交渉により債権債務関係を整理することができず、本訴を提起するに至り、いまだ最終的には解決していないことにより、精神的損害を受けたものと推認することができる。被控訴人X2を除く被控訴人らは、その訴訟代理人弁護士に相談して、借入債務はなくかえって過払金があることを知り少しは安心した旨供述するが、控訴人が取引履歴全部の開示を拒絶していることにより本件の全面的な解決がいまだ図られていないことに照らして、被控訴人らが精神的損害を受けたとの上記認定を覆すに足りるものではない。

以上の説示によれば、控訴人が被控訴人らに支払う義務を負う慰謝料は各6万円、弁護士費用は各2万1000円が相当である。

なお、被控訴人X5及び被控訴人X6は、最高裁平成18年1月13日判決後、控訴人が同被控訴人らに借入債務がないことを認識しながら借入債務があるかのように誤信させて、同被控訴人らに返済をさせた旨主張するが、本件全証拠によるも、控訴人が同被控訴人らに対し借入債務があるかのように誤信させる言動をした事実を認めることはできない。」

(4)  原判決25頁14行目冒頭から17行目末尾までを次のように、18行目の「原告X4」を「被控訴人X4」に、20行目の「同原告らの尋問結果によれば」を「本件全証拠によるも」にそれぞれ改める。

「 証拠(被控訴人X1、被控訴人X3、被控訴人X4、被控訴人X5、被控訴人X6)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、控訴人から受領した借用証書、領収書兼残高証明書等の書面を廃棄したが、これは、控訴人から借入れをしたことを家族に知られたくないとか、借用証書は債権者である控訴人にとって必要な書面であるが自分には必要のないものであると思っていたといった理由からであったと認めることができる。そして、上記のような状況にあった被控訴人らが控訴人との将来の過払金返還等をめぐる紛議に備えて長年にわたり順次交付された多数の書面を保存しておくことは、通常は期待し難いこと、控訴人は、同法19条により取引履歴の保存が義務付けられており、これにより被控訴人らとの取引履歴を把握することが可能であることを併せ考えると、控訴人が支払う義務がある損害賠償額の算定に当たり、被控訴人らが借用証書等の書面を廃棄したことを過失として評価することは相当でないものというべきである。控訴人の過失相殺の主張は、採用することができない。」

(5)  原判決26頁1行目の「進行する」から14行目末尾までを次のように、15行目の「4」を「3」にそれぞれ改める。

「進行する。しかし、上記(1)で説示したとおり、控訴人と被控訴人らとの間には、本件各貸付けにおいて過払金が発生した場合には、当該過払金をその後に発生する新たな借入債務に充当する旨の合意があったものと認めるのが相当であるから、原判決別紙「法定金利計算書」1~6のとおり、過払金は過払金利息、過払金元金の順序でその後に発生した新たな借入債務に充当されて消滅した(その分被控訴人らの借入債務も減少した。)ものである。したがって、当該過払金について消滅時効が問題となる余地はない。控訴人の消滅時効の抗弁は、採用することができない。」

2  以上によれば、被控訴人らの本件請求は原判決主文1~6項の限度で理由があるから認容すべきであって、これと同旨の原判決は相当である。

よって、本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川善則 裁判官 菊池洋一 德増誠一)

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