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東京高等裁判所 平成20年(ネ)2483号 判決 2008年9月10日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

石井逸郎

石原正貴

被控訴人

株式会社Y堂

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

長尾亮

中垣美紀

山縣秀樹

被控訴人補助参加人

同訴訟代理人弁護士

田口明

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、169万5616円及びこれに対する平成18年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む)は、第1、2審を通じてこれを4分し、その3を控訴人の負担とし、その余を被控訴人及び被控訴人補助参加人の負担とする。

5  この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、649万5616円及び平成18年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

(4)  (2)について仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する被控訴人及び被控訴人補助参加人の答弁

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

本件は、被控訴人の経営する菓子店a(以下「本件店舗」という)で契約社員として稼働していた控訴人が、本件店舗の店長であった被控訴人補助参加人(以下「Z」という)から継続反復して受けたセクシュアルハラスメントや暴言、暴行等によって控訴人の性的自由、性的自己決定権等の人格権及び良好な職場環境で働く利益を害されたとして、被控訴人に対し、民法715条に基づいて、慰謝料500万円、6か月間の休業損害99万5616円、弁護士費用50万円の合計649万5616円及びこれに対する不法行為後で訴状送達の日の翌日である平成18年12月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

原審において、被控訴人及びZは、控訴人の主張に係るセクシュアルハラスメントや暴言、暴行等の事実を争い、原審は、控訴人の主張に係る事実の一部を認めたものの、それらは許容される限度を超えた違法な言動であったとは認められないとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人において不服を申し立てた。

そのほかの事案の概要は、次のとおり訂正し、又は付加するほかは、原判決の事実欄の「第2 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決4頁10行目の「99万5616円」を「99万5616円(控訴人の平成18年7月分の手取給与16万5936円の6か月分)」に改める。

2  原判決4頁11行目の「被告の不誠実な対応が重なり、」を次のとおり改める。

「被控訴人の不誠実な対応及び被控訴人において『雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律』(以下『雇用均等法』という)11条1項の趣旨にのっとった女性労働者に対する良好な職場環境の整備を怠ったことにより、」

3  原判決5頁21行目のかぎ括弧部分全体を「『後で話しがある』」に改める。

4  原判決6頁11行目の「原告が、」を「Zが、」に改める。

5  原判決6頁19行目の末尾の次に行を改めて、次のとおり加える。

「 なお、Zがそれ以前に控訴人を含む女性従業員と飲み会に行ったことはなかったし、被控訴人の本件店舗においてもクリスマスの打ち上げを行って従業員を慰労するという習慣はない。また、白木屋での飲み会の支払は割り勘で支払われた。」

6  原判決6頁20行目の末尾の次に行を改めて、次のとおり加える。

「 控訴人は被控訴人の対応が不誠実であったと主張するが、被控訴人は、控訴人が平成18年7月14日午後5時15分ころ、控訴人の勤務する本件店舗のエリアを管理する被控訴人の営業課長に対してZの言動についての不満を訴えるとともに退職したいとの申出をしたため、控訴人に2日間の休みを与え、翌日の同月15日には、Zと会いたくないという控訴人の気持を考慮して他店に同月17日から出勤するよう指示し、これに対し、控訴人は納得して他店への異動を了承したのであるし、その後における控訴人の父母との応対においても、被控訴人としても事実確認を行っていること、そのためにも、控訴人及び控訴人の両親との話し合いを望むことを電話及び文書で伝えるなどしてきたのであって、控訴人の両親においてそうした被控訴人の要望を拒み続けた経緯に照らすと、被控訴人の対応が不誠実であったとはいえない。なお、被控訴人において控訴人が申請した埼玉紛争調整委員会のあっせん(埼玉局-18-38号)に参加しなかったのは、被控訴人が行ったZや関係人からの事情聴取からはセクシュアルハラスメント等の事実を確認できなかったこと、控訴人が事実に反する理由によってあっせんを申請していたこと及び控訴人の両親によって控訴人と話しをさせてもらえなかったことから、そうした状況の中であっせんに参加することに同意しかねたからである。

また、控訴人は、被控訴人が雇用均等法11条1項の趣旨を全く理解せず、女性労働者に対する良好な職場環境の整備を怠ったと主張するが、被控訴人は同条項に基づいて、社内においてセクシュアルハラスメント禁止及び相談窓口の設置を通達するとともに、控訴人に対しては新入社員研修時に資料を渡すなどして教育し、また、控訴人が本件店舗に配属された後も総務部員による職場訪問やフォロー研修を行うなどできる限りの対応策を図っていた。そして、控訴人が被控訴人の営業課長に対してZの言動に対する不満を訴えるとともに退職したいとの申出をした日の前日には被控訴人の総務部員が別の用事で本件店舗に電話していたところ、その際電話口で応対した控訴人には、特に変わった様子はなく、何らの訴えもなかった。

また、被控訴人は、控訴人からの申出を受けてZの居ない他の店舗へ控訴人を異動させたのであるから、控訴人には欠勤する理由はないはずであるし、控訴人の欠勤理由とする精神的ショックの継続を裏付ける医師の診断書等の提出もない。なお、控訴人の父は、平成18年7月24日の電話で被控訴人の総務部長に対し、控訴人の休みについて、有給休暇との取得と併せ、有給休暇がないときは欠勤として良いと申し出た。」

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、控訴人の本件請求は、被控訴人に対し、169万5616円及びこれに対する平成18年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求部分は理由がないものと判断する。

その理由は、次のとおり訂正し、又は付加するほかは、原判決理由欄に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

(1)  原判決7頁1行目の「Zは、」を「Zは、昭和○年○月○日生まれで、控訴人より12歳年上で、」に改め、同3行目の「本件店舗の改装工事が行われ、」を次のとおり改める。

「同年7月11日から同年9月下旬までの間本件店舗の改装工事が行われ、」

(2)  原判決8頁5行目の「原告は、」から同行末尾までを次のとおり改める。

「控訴人は、改装開店の日である平成17年9月29日から同年10月4日までの6日間及び同年12月23日から同月25日までの3日間をいずれも連続して、また、平成18年1月2日の年始の営業日に、それぞれ早番の勤務時間から遅番の勤務時間まで通しで勤務した(書証省略)。」

(3)  原判決8頁13行目冒頭から同19行目末尾までを次のとおり改める。

「 また、Zは、控訴人が休日明けに出勤したときなどに控訴人に対し、『昨夜遊びすぎたんじゃないの』と言うことがあったり、勤務時間中に控訴人に対し『頭がおかしいんじゃないの』と言うことがあったことが認められるところ、これらの発言のうち、『昨夜遊びすぎたんじゃないの』との発言について、Zは、前日の遊びすぎが仕事に差し支えることを注意する趣旨であったと供述する(証人Z)が、控訴人は、他の場面でのZの発言等から性的な意味を含むものと受け止め(控訴人本人)、『頭がおかしいんじゃないの』との発言について、Zは、販売員としてやるべきことの優先順位やケーキの並べ方といった初歩的なことを控訴人ができなかったときのものであると供述する(証人Z)が、控訴人は、理由もないのに『頭がおかしいんじゃないの』と言われたと受け止めた(書証省略)。」

(4)  原判決9頁11行目冒頭から同10頁10行目末尾までを次のとおり改める。

「(2) 以上の認定を前提にZの言動について個別に検討するに、同人の言動のうち、控訴人に対して『僕がいないときは君が店長なんだよ』と大声で注意したことについては、大声で注意しなければならないほどの切迫した事態その他の事情が見当たらず、控訴人にとっては、注意された理由に理解が行き届かず、Zの言葉に怒気を感じて不満が残るものであったと認められる。

また、控訴人は、Zから『僕はエイズ検査を受けたことがあるから、Xさんもエイズ検査を受けた方がいいんじゃないか』と言われたと供述し(控訴人本人)、これに対して、Zは、控訴人に対しエイズの話しをしたことはないと供述する(証人Z)ものの、Zも本件店舗の工房の職人との間でテレビドラマに関連して話題にしたこと自体は認めている上、当時本件店舗において控訴人とともに働いていたBは、Zが本件店舗内で控訴人に対して『エイズ検査を受けた方がいいんじゃない』との発言をしたのを聞いて驚いたと涙ながらに供述し(人証省略)、B作成の陳述書(書証省略)にも控訴人がZに対して『何でですか?』と問いただしていた旨の記載があること、Bについては控訴人とZとのいずれかに特に有利又は不利益な供述や陳述をすることを疑うべき事情は見当たらないこと(なお、Bが同人の陳述書(書証省略)を控訴人代理人事務所において作成した後に同日の平成19年8月26日にZに送信したメール(書証省略)の内容は、Bは控訴人及びZのいずれにもくみするものではなかったが、Bが事実を述べることによってZを不利益にすることについてのジレンマを感じながら自己の経験した事実を述べていたものと認められ、Bの中立性及びその供述の信用性を十分に首肯することができる)に照らすと、Zが控訴人に対してエイズ検査に関する上記発言をしたと認めることができる。

次に、Bの陳述書(書証省略)の記載及び証言並びに控訴人の供述によれば、ZはBもいる場で、控訴人に対し『秋葉原で働いた方がいい』と言ったこと及びその意味は控訴人はいわゆるメード喫茶又はメードカフェで働くことに向いているという趣旨のものであったことが認められる。この点について、Zは証言の中で、秋葉原で働いた方がいいという趣旨の発言を本件店舗内でしたこと自体を認めながら、その趣旨は、被控訴人の他店舗で働いている女性従業員のことを指して言ったに過ぎず控訴人に向けて言ったことではないと供述するが、上記認定を覆すに足りるものではない。

(3) 以上要するに、Zが控訴人に対し、『頭がおかしいんじゃないの』、『僕はエイズ検査を受けたことがあるから、Xさんもエイズ検査を受けた方がいいんじゃないか』、『秋葉原で働いた方がいい』と発言した事実は、いずれも裏付けがあるといえ、優に認められる。

そして、本件におけるZと控訴人との関係は、上司と部下という関係にあり、前期のとおり平素からさして打ち解けて話すこともなかったのであり、上記各発言が職場における控訴人の仕事ぶりに対する店長としての部下に対する指導目的から発したものであったものとしても、上記各発言は、全体的にみると、控訴人においてZの上記各発言を強圧的なものとして受け止め、又は性的な行動をやゆし又は非難するものと受け止めたことにも理由があるというべきであり、男性から女性に対するものとしても、上司から部下に対するものとしても、許容される限度を超えた違法な発言であったといわざるを得ない。」

(5)  原判決10頁12行目の「(証拠省略)、」を「(証拠省略)、」に改める。

(6)  原判決10頁26行目冒頭から同12頁10行目末尾までを次のとおり改める。

「 次に、同日の本件店舗における終業後のZの控訴人に対する言動について個別に検討するに、証人B及び控訴人本人の各供述によれば、Zは、控訴人に対し、業務を終え更衣室へ向かう途中で『処女にみえるけど処女じゃないでしょう』と言ったことが認められる。

この点について、Zは、『処女にみえるけど処女じゃないでしょう』というのは同日行動をともにしていたパート従業員のCの発言であると証言(書証(省略)の記載も同趣旨)するところ、Cも冗談で控訴人が処女じゃないかもしれないとZに言った覚えがあると証言するものの、同証言はあいまいであり、C作成の陳述書(書証省略)にもCが上記白木屋で控訴人の処女性に関して発言した旨の記載もなく、Cの証言は採用できず、上記Zの証言も採用できない。したがって、C及びZの上記各証言をもって、上記Zが控訴人に対し、業務を終え更衣室に向かう途中で『処女にみえるけど処女じゃないでしょう』と発言した旨の認定を覆すことはできない。

また、Bの証言及び同人作成の陳述書の記載(書証省略)並びに控訴人本人の供述によれば、Zは、BやCも同席する白木屋で、控訴人に対し、『aにいる男の人と何人やったんだ』、『何かあったんじゃない?キスされたでしょ?』、『俺にはわかる、知ってる』と畳み掛けて言ったこと、その結果、控訴人が泣き出し、BがZを止めたことが認められる。

上記認定のZの各言動は、その必要性が全く認められず、ただ控訴人の人格をおとしめ、性的にはずかしめるだけの言動であるし、他の従業員も同席する場において発言されたことによって、控訴人の名誉をも公然と害する行為であり、明らかに違法である。」

(7)  原判決12頁19行目末尾の次に行を改めて、次のとおり加える。

「 しかし、シャドウボクシングのまねごととはいえ、それが控訴人に向けられたものであったこと及びそれは控訴人にとって不快なものであり、恐怖を感じるものであったであろうことも十分に首肯できるところであって(この点について、被控訴人の総務部長D作成に係る陳述書(書証省略)には、Cが平成17年7月29日に上記Dから事情聴取を受けた際に『拳法のまねごとを二人の間でしていたけど、店長はXさんを可愛がっているなという感じを私はもちました』と述べたとの記載があるが、白木屋における前記のZの言動やそれによって控訴人が泣いた後さして時間を経ない場面における出来事であったことに照らすと、Zの拳が実際に控訴人の顔面に当たったとまでは認められないことは前記のとおりであるものの、当時の状況としては、Zが控訴人を可愛がっていたとの上記Cの感想は当を得たものとは到底言い難いものであって、それは現実に殴打するまでには至っていなくとも違法な有形力の行使としての暴行と解する余地が十分にある)、そもそも前記のとおりZと控訴人の関係が打ち解けたものではなかったことに照らすと、極めて不適切な行動であったというべきである。

なお、当日の2次会終了後、控訴人はZ及びCとタクシーに同乗して帰宅したことが認められるが(人証省略)、午前1時をすぎ公共交通機関を利用できない深夜の帰宅に際して、当時未成年であった控訴人がZとタクシーに同乗したことのみをとらえて、控訴人の同日におけるZから受けた被害感情が軽微なものであったとか、解消していたということは相当ではない。」

(8)  原判決13頁22行目の「そうすると、」から同14頁2行目の「ものである。」までを次のとおり改める。

「そうすると、Zが、7月13日に、控訴人に対し、前記のような脅迫的発言をしたと認めるにはなお疑問が残り、他に控訴人本人の上記供述及び控訴人作成の陳述書の記載に係る事実を認めるに足りる証拠はない。」

(9)  原判決14頁13行目冒頭から同17頁5行目末尾までを次のとおり改める。

「5 Zの一連の言動の連続性の有無について

(1) 以上のとおり、Zは、控訴人に対し、『頭がおかしいんじゃないの』、『昨夜遊びすぎたんじゃないの』、『僕はエイズ検査を受けたことがあるから、Xさんもエイズ検査を受けた方がいいんじゃないか』、『秋葉原で働いた方がいい』、『処女にみえるけど処女じゃないでしょう』、『aにいる男の人と何人やったんだ』、『何かあったんじゃない?キスされたでしょ?』、『俺にはわかる、知ってる』などと発言し、シャドウボクシングのまねごとを控訴人に向かってしたことがそれぞれ認められ、上記各言動は、全体的に観察すると、控訴人において自己の性的行動等に対するやゆ又は非難と受け止めたことも、やむを得ないものというべきであり、控訴人をいたずらに困惑ないし恐怖させるものであったというべきであり、Zにとって、主観的には控訴人に対する指導目的に基づくものがあったとしても、全体として到底正当化しうるものとは認め難い。

また、上記発言等の中には、『aにいる男の人と何人やったんだ』、『何かあったんじゃない?キスされたでしょ?』、『俺にはわかる、知ってる』といった発言やシャドウボクシングのまねごとを控訴人に向かってしたことなど平成18年1月2日の本件店舗における就業時間終了後のものも含まれているが、当日の飲食自体がZと控訴人とが本件店舗における店長と契約社員との関係にあったことを抜きにしては考えられないものであったことに照らすと、就業時間終了後の出来事であったことを理由に前記Zの言動が店長としての立場と無関係のものであったということはできない。

なお、Zにおいて、控訴人が出勤を拒んだ平成18年7月15日の直前である同月13日に控訴人に対し『土手に顔だけ出して小便をかけるぞ』といった発言をしたとは認め難いが、Z自身平成18年1月2日に白木屋において同旨の発言を自己の高校時代の体験談として話していること自体は認めているところであり(書証省略)、少なくとも上記発言が控訴人の面前で発せられていたというべきであり、それがZにとって、叱られながらも頑張るべきことを控訴人に教える目的によるものであったとしても、適切な発言であったとは認め難いというべきである。そして、同年7月13日に控訴人がZから『後で話しがあるからな』と語気鋭く叱責されたことを契機として前記同年1月2日前後のZの言動が背景となり同年7月15日から出勤を拒むこととなったと解すべきである。

以上の事実及び検討の結果によれば、Zの控訴人に対する平成18年1月2日を中心とする各言動は、全体として受忍限度を超える違法なものであり、そのことによって、控訴人がZの下で働くことに困惑ないし恐怖を抱いていたことが認められ、そうした困惑ないし恐怖感が消失することなく継続する中で、同年7月13日にZの態度や形相からZに対する恐怖感と嫌悪感を再び強くし、本件店舗での就労意欲を失ったのみならず、再就労に向けて立ち直るまでに相当の時日を要する状態に陥ったものと認めることができる。

したがって、Zの前記認定に係る各言動は、控訴人に対する不法行為となる。

(2) そして、Zの前記認定に係る各言動は、いずれも男性であるZが被控訴人の経営する本件店舗の店長としてその部下従業員で女性である控訴人に対して職務の執行中ないしその延長上における慰労会ないし懇親会において行ったものであり、被控訴人の事業の執行について行われたものと認められる。

(3) なお、被控訴人は、平成18年1月2日の出来事は就業時間終了後のことで、しかもZが店長の立場で主催したものではないとして、民法715条の責任を争うが、当日の飲食は事前にZが計画していたものではなかったものの、クリスマスの繁忙期を終え新年に全員が揃った日に本件店舗の従業員全員が参加したものであること、飲食費の支払については割り勘(証拠省略)ではなく、Z又はZと他店舗店長のEが負担したものであったと認められること(証拠省略)に照らすと、当日の飲食は、本件店舗の営業に関連して、店長であるZが慰労と懇親のために出席し、2次会終了までの飲食についてはZが主導していたと認めるのが相当である。

また、被控訴人は、平素から雇用均等法の趣旨にのっとった従業員教育をしていたほか、従業員用の相談窓口を設けるとともに控訴人の平素の状況についても配慮していたと主張し、Zも毎年1回はセクシュアルハラスメント関係の研修を受けていたと供述する(証人Z)が、被控訴人の担当者がZの控訴人に対する言動を少しでも把握していたと認めるに足りる証拠はないし、本件に表れた控訴人、B、C、Fの各従業員についてみても、いずれについても、いわゆるセクシュアルハラスメントについて被控訴人から明確な教育を受けていたとか、対策について具体的な指導や指示が与えられていたと認められるような事情や状況は見当たらない(証人E9、10頁参照)のみならず、これまでに認定したZの言動に照らすと、被控訴人において、本件店舗の店長であるZに対しても十分な監督や相当の注意をしていたとは認め難く、他に被控訴人において、本件店舗の店長であるZに対して十分な監督や相当の注意をしていたと認めるに足りる的確な証拠もない。

のみならず、Cが部内の事情聴取に際して、Zの控訴人に対する拳法のまねごとをZが控訴人を可愛がっている様子と理解していた旨の説明をしていること、Cは冗談で控訴人が処女じゃないかも知れないと言った覚えがあるとの証言をしていることなどに照らすと、被控訴人の職場においては性的な言動により従業員の就業環境が害される場面が見受けられることも珍しいことではなかったことがうかがわれるといわざるを得ない。

さらに、被控訴人は、控訴人が本件訴訟を提起したことについて、控訴人からの退職の申出を受けた以後の対応に不誠実といわれるものはなかったと主張するが、控訴人において第三者機関である埼玉紛争調整委員会にあっせんの申請をしたにもかかわらず、被控訴人がそれに参加することを当初から拒んだことに照らすと、控訴人が本件訴訟を提起したことをもって不相当であるというのも当たらない。

6 以上の認定事実及び検討の結果に照らすと、控訴人の本件における損害として認められるものは次のとおりである。

(1) 慰謝料 50万円

前記認定のZの各言動は、全体として、控訴人の人格をおとしめ、控訴人を本件店舗において就業しづらくする強圧的ないし性的な言動といえ、職場における上司の指導、教育上の言動として正当化しうるものでもなく、それによって、菓子作りが好きで高校卒業後の職場として選んだ被控訴人の店舗における勤務(控訴人本人)を断念することとなった控訴人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては50万円が相当である。

(2) 逸失利益 99万5616円

本件において控訴人が被った精神的打撃とそれによる就労困難性を客観的に証明するに足りる証拠はないが(控訴人本人14頁参照)、控訴人は平成18年7月の時点でも退職を望んではいなかったこと(控訴人本人)、控訴人の年齢(昭和○年○月○日生まれ。したがって、Zの控訴人に対する問題の言動があった平成18年当時成人になる前後であった)、控訴人の受けた困惑、恐怖等及び控訴人が被控訴人に退職を申し出た後の経緯等を総合考慮すると、控訴人において、上記退職申出後直ちに被控訴人の他の店舗に異動して就労することは困難であったと認められるのみならず、控訴人に対し、平成18年7月から本件訴えを提起した日である同年12月20日までの約6か月の間に被控訴人から離職すること又は被控訴人以外の就職先を早期に探して就職することを決断すべきであったというのも控訴人に難を強いるものであるといわざるを得ず、控訴人が精神的に回復して再就職するまでには少なくとも6か月程度の期間を要するものと認めるのが相当である。

したがって、控訴人の平成18年7月の給与手取額は16万5936円であるから(書証省略)、これの6か月分(99万5616円)相当程度の逸失利益として99万5616円の損害を認めるのが相当である。

(3) 弁護士費用 20万円

上記(1)、(2)で認めた損害額並びに控訴人が平成18年8月1日に申請した埼玉調整委員会によるあっせんを被控訴人が当初から拒んだこと(書証省略)その他本件記録に表れた本件訴訟に至る経緯等に照らすと、本件におけるZの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用を20万円と認めるのが相当である。

(4) したがって、控訴人の本件請求は、被控訴人に対し、169万5616円及びこれに対する不法行為後で訴状送達の日の翌日である平成18年12月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求部分は理由がない。」

2  以上のとおりであって、当裁判所の上記判断と結論を異にする原判決を変更し、被控訴人に対し、169万5616円及びこれに対する不法行為後で訴状送達の日の翌日である平成18年12月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じることとし、控訴人のその余の請求部分は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮﨑公男 裁判官 山本博 裁判官 森邦明)

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