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東京高等裁判所 平成20年(ネ)5138号 判決 2009年3月12日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人X1に対し,原判決別紙アクセスログ目録(1)の表の2,3及び5の「投稿日」及び「時間」欄記載の日時における,これに対応する同表の「icc」欄記載のFOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカードに係るFOMAサービス契約の相手方の住所及び氏名又は名称をそれぞれ開示せよ。

3  被控訴人は,控訴人X2に対し,原判決別紙アクセスログ目録(2)の表の1ないし3の「投稿日」及び「時間」欄記載の日時における,これに対応する同表の「icc」欄記載のFOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカードに係るFOMAサービス契約の相手方の住所及び氏名又は名称をそれぞれ開示せよ。

4  被控訴人は,控訴人X3に対し,原判決別紙アクセスログ目録(3)の表の1の「投稿日」及び「時間」欄記載の日時における,これに対応する同表の「icc」欄記載のFOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカードに係るFOMAサービス契約の相手方の住所及び氏名又は名称を開示せよ。

5  被控訴人は,控訴人X4に対し,原判決別紙アクセスログ目録(4)の表の1及び4の「投稿日」及び「時間」欄記載の日時における,これに対応する同表の「icc」欄記載のFOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカードに係るFOMAサービス契約の相手方の住所及び氏名又は名称をそれぞれ開示せよ。

6  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

7  訴訟費用は,第一,二審を通じてこれを2分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人X1に対し,原判決別紙アクセスログ目録(1)記載の各日時における同目録記載のFOMAカード個体識別子によって特定される各電気通信設備を管理する者の電子メールアドレス,住所及び氏名(名称)を開示せよ。

3  被控訴人は,控訴人X2に対し,原判決別紙アクセスログ目録(2)記載の各日時における同目録記載のFOMAカード個体識別子によって特定される各電気通信設備を管理する者の電子メールアドレス,住所及び氏名(名称)を開示せよ。

4  被控訴人は,控訴人X3に対し,原判決別紙アクセスログ目録(3)記載の各日時における同目録記載のFOMAカード個体識別子によって特定される各電気通信設備を管理する者の電子メールアドレス,住所及び氏名(名称)を開示せよ。

5  被控訴人は,控訴人X4に対し,原判決別紙アクセスログ目録(4)記載の各日時における同目録記載のFOMAカード個体識別子によって特定される各電気通信設備を管理する者の電子メールアドレス,住所及び氏名(名称)を開示せよ。

6  訴訟費用は,第一,二審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項の規定に基づき,控訴人らが被控訴人に対し,発信者情報の開示をそれぞれ請求する事案である。原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却した。

2  前提事実(証拠原因を掲示しないものは争いがない事実である。)

(1)  控訴人X1(以下「控訴人会社」という。)は土木工事業,とび・土工工事業等を目的とする会社であり,控訴人X2(以下「控訴人X2」という。)はその代表取締役,控訴人X4(以下「控訴人X4」という。)はその従業員である。また,控訴人X3(以下「控訴人X3」という。)は控訴人X2の妻である。 (甲1,7~9)

(2)  被控訴人は携帯電話事業を主な事業とする株式会社である。

(3)  原判決別紙アクセスログ目録(1)ないし(4)の「投稿日」及び「時間」欄記載の日時に,当該日時に対応する「書き込み内容」欄記載の発言がウェブサイト「○○」内の電子掲示板(以下「本件掲示板」という。)に投稿され,掲示された(具体的な投稿先は,当該発言が記載された同目録(1)ないし(4)の表の冒頭にスレッド名として表示されたスレッドである。以下,同表に記載されたこれらの各発言を「本件各発言」と総称する。)。そして,本件各発言に関し控訴人らがウェブサイト「○○」管理人から開示を受けた情報には,本件各発言が同目録(1)ないし(4)の当該発言に対応する「icc」欄記載のFOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカードの装着されたFOMA端末から送信され,また,被控訴人の提供するインターネット接続サービスの用に供されている電気通信設備(電気通信事業法2条2号に規定する電気通信設備をいう。以下同じ。)を経由したことを示す内容が含まれていた。 (甲3~6,10,乙5,弁論の全趣旨)

(4)  被控訴人は,原判決別紙アクセスログ目録(1)ないし(4)の「icc」欄に記載のFOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカードに係るFOMAカード情報(FOMA端末に装着して使用するFOMAカードの裏面に記載されている番号)によって,本件各発言が投稿された時点の当該FOMAカードに係るFOMAサービス契約の相手方の個人情報(氏名又は名称,住所,電子メールアドレス等)を特定することが可能である。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

本件の争点は,①被控訴人は法4条1項の「特定電気通信役務提供者」に当たるか,②控訴人らが開示を求める情報が同項の「発信者情報」に当たるか,③本件各発言の投稿,掲示によって控訴人らの権利が侵害されたことが明らかであるか,④控訴人らが被控訴人から発信者情報の開示を受けるについての正当事由があるかである。争点に関し当事者は,次のとおり主張している。

(1)  被控訴人は法4条1項の「特定電気通信役務提供者」に当たるか。

(控訴人ら)

ア 発信者から不特定多数者への情報発信を行う過程において,発信者から経由プロバイダの電気通信設備への情報の送信は1対1の通信となるが,それだけでは通信としての意味はないから,発信者から当該電気通信設備への情報の送信と,それから不特定多数者への情報の送信を別個独立の通信であると考えるべきではなく,両者は不可分一体であり,全体として1個の通信を構成するものと考えるのが相当である。そして,経由プロバイダは,発信者にその電気通信設備を用いてインターネット接続サービスを提供し,これにより発信者から不特定多数者への情報の送信を媒介しているから,法2条3号の定義に当てはまり,法4条1項の「特定電気通信役務提供者」に当たることは明らかである。

法には,「発信者」の定義規定はあっても,「送信」及び「発信」の定義規定はなく,「送信」と「発信」が異なる意味であるとすべき根拠はない。法2条1号の「特定電気通信」の意義を被控訴人の主張するように限定解釈し,発信者が情報の記録又は入力(以下「記録等」という。)をすることは特定電気通信以前の1対1の電気通信にすぎず,これを媒介する経由プロバイダは「特定電気通信役務提供者」でないとすることは妥当ではない。

イ ひぼう中傷を受けた被害者の名誉権,プライバシー権も憲法上の人格権として保障されるべきものであり,表現の自由や通信の秘密に何ら劣後することはない。法の解釈に当たっては,このような被害者の権利にも十分に配慮することが必要である。

ウ 被控訴人は,電気通信事業法3条及び4条による制約がある以上法3条1項の責任を負わせるのは不当であるから,経由プロバイダは法4条1項の規定する「特定電気通信役務提供者」に当たらないと主張している。しかし,電気通信事業法が法に優先して適用されるとすべき理由はないし,電気通信事業法3条及び4条によって検閲が許されないというのであれば,法3条1項2号の「他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由」は存在しないことになり,損害賠償責任は負わないことになるから,経由プロバイダが損害賠償責任を負わなければならなくなるという被控訴人の主張はその前提自体誤りである。

エ 被控訴人は,経由プロバイダにおいては開示の対象となる通信の特定が極めて困難であり,誤った情報を開示するおそれがあるというが,控訴人らが開示を求めているのは発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称などであり,通信の内容でないから,無この者の通信記録を開示してしまうことはない。

(被控訴人)

ア 通信にかかわる事実は憲法21条2項の通信の秘密に含まれ,匿名による表現の自由の保障が及ぶほか,プライバシーの権利の一内容とも考えられている。また,電気通信事業者は,電気通信事業法によって発信者情報に係る守秘義務が課され(同法4条),この義務に違反した場合には,刑罰の対象とされている(同法179条)。発信者情報が正当な理由もないのに発信者の意に反して開示されてしまうことは絶対にあってはならず,しかも,発信者情報はいったん開示されてしまうとその性質上原状回復が不可能であるから,開示の許否の判断は厳格にされなければならない。

法は,憲法上の権利の犠牲の上に発信者情報開示請求権を創設したが,法4条において請求権発生のための厳格な要件を課している。これは,要件が充たされた場合にはじめて発信者の基本的人権の制約が許され,特定電気通信役務提供者に課せられた守秘義務に抵触する発信者情報の開示が正当行為として違法性を阻却されるという考えに基づくものであり,発信者情報の開示は明確な根拠に基づく必要があり,また,法4条1項の安易な拡張解釈は許されない。

イ 法3条1項は,特定電気通信役務提供者が損害賠償責任を負う場合があり得ることを規定している。仮に,経由プロバイダが特定電気通信役務提供者に含まれるとすれば,法3条1項の適用を受けることになり,すなわち,経由プロバイダは,当該通信により他人の権利が侵害されている事実を知らない場合であっても,当該通信によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるときには損害賠償責任を負う可能性が生じることになる。

しかし,経由プロバイダがこの損害賠償責任を免れるには,電気通信の内容を検閲して他人の権利を侵害する通信がされることを防止するほかはないが,そのような行為が電気通信事業法3条及び4条によって許されないことは明らかであるから,経由プロバイダは損害賠償責任を回避する方法を有しないことになる。それにもかかわらず,経由プロバイダが特定電気通信役務提供者に当たるとして損害賠償責任を負担させるのは余りに酷であり,著しく不当である。同法3条及び4条の規制を受ける以上,経由プロバイダは特定電気通信役務提供者に該当せず,その電気通信設備によってされる電気通信について何らの責任も負わないと解すべきである(控訴人らは,同法3条及び4条により検閲が許されないのであれば法3条1項2号の「他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由」は経由プロバイダには存在しないと主張するが,例えば,特定の発信者が同じ内容の権利を侵害する通信を繰り返し電子掲示板に投稿し,権利者からそのことについての警告を経由プロバイダが受けたような場合も考えられるのであるから,およそいかなる場合にも控訴人らが主張するようにいえるかは疑問というべきであるところ,経由プロバイダはいかなる場合にも損害賠償責任を負わないとの結論となるように解釈すべきであるから,控訴人らの主張は失当である。)。

ウ 法4条1項の規定によれば,発信者情報開示の請求先となる特定電気通信役務提供者は,その通信設備が特定電気通信の用に供されていることが必要である。そして,法2条1号に規定された特定電気通信の定義と電気通信事業法2条1号に規定された電気通信の定義とを併せて読めば,法2条1号の「送信」とは,電気通信事業法2条1号の「送り,伝え,又は受けること」のうちの送ること,すなわち,符号,音響又は影像を電気的信号に変換して送り出すことを指すことは明らかである。そうすると,法2条1号の特定電気通信とは,その始点に位置する者において「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」を「送信」することであることが明らかである。

他方,「発信者」の定義規定である法2条4号は,「特定電気通信設備」の設備自体に要求される性質についても定めたものであり,当該設備自体が不特定者の受信を直接可能とする設備であることが必要とされ,記録媒体又は送信装置(以下「記録媒体等」という。)に対する情報の記録等とその後の当該情報の送信が明確に区別されており,特定電気通信の始点に位置して送信を行う者が特定電気通信設備たる記録媒体等を用いる特定電気通信役務提供者であるということを当然の前提としている。特定電気通信設備の記録媒体等に情報を記録等することは,当該特定電気通信設備を用いる電気通信役務提供者による特定電気通信とは別個の,当該情報の記録等を目的とする発信者から特定電気通信役務提供者に対する1対1の電気通信にすぎず,これを媒介するにすぎない経由プロバイダを法4条1項の「特定電気通信役務提供者」と解することはできない。

エ インターネットのウェブサイト管理者と異なり,経由プロバイダは,自ら保有する接続記録の通信内容について知り得ず,権利を侵害した情報がどの通信によってされたか判断できないので,開示対象とすべき発信者情報の特定が極めて困難であり,当該通信が真に権利を侵害した情報の発信に係る通信であるか否かの確定はできない。開示を求める者がその対象として特定する通信の記録が誤ったものであれば,無この者の通信の秘密を侵すおそれすらあり,特に,被控訴人の提供するサービスにおいては,ひとつのIPアドレスをぼう大な数の利用者が利用しているため,これを開示すると無この者の通信記録が偶然存在する場合にはこれが開示されてしまうというリスクが大きい。

このように,開示対象とされる通信の特定が困難なことからも,経由プロバイダが法4条1項の「特定電気通信役務提供者」に該当すると解することはできないのである。

(2)  控訴人らが開示を求める情報は法4条1項の「発信者情報」に当たるか。

(控訴人ら)

ア 被控訴人は,FOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカード情報を現在も保有しているところ,これによって特定されるFOMAサービス契約の契約者の住所,氏名又は名称及び電子メールアドレスは,法4条1項の「発信者情報」に当たる。

イ 開示請求の要件を定める法4条1項は,「当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができる」と規定しており,通信に係る発信者情報ではなく,侵害に係る発信者情報の開示が認められている。被控訴人が主張するような発信元のIPアドレス,受信先のURL及び時刻の3点によって通信が特定されていることを必要とする要件は定められていないばかりか,そもそも同項は通信の特定を開示の要件としていないのである。

本件においては,FOMAカード個体識別子が明らかで,本件各発言を発信した携帯端末に装着されていたFOMAカードを特定し,これに基づき被控訴人の管理しているFOMAカード情報を特定することによって,当該FOMAカードに係る契約者を特定することは可能であるから,被控訴人の主張するような3点の特定がなくても,発信者その他侵害情報の送信に係る者を特定することは可能である。

ウ 被控訴人は,控訴人らがウェブサイト「○○」管理者がFOMAカード個体識別子の情報を開示したことは,電気通信事業法に違反する違法行為であり,違法行為から得られた情報に基づく請求を法は予定していないと主張している。しかし,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令(平成14年総務省令第57号。以下「本件省令」という。)は,侵害情報に係るIPアドレスを開示対象としているところ,この場合の「IPアドレス」は,インターネットに接続された個々の電気通信設備を識別するために割り当てられる番号をいうから,FOMAカード個体識別子もこの「IPアドレス」に当たり,その開示は何ら違法ではない。また,電気通信事業法4条は電気通信事業者を名あて人とする規定であり,当該事業者から開示を受ける行為を違法とする規定ではないから,仮に,FOMAカード個体識別子の開示が違法であったとしても,開示を受けた者には何らの違法性もなく,発信者情報開示請求が否定される理由とはならない。

エ さらに,被控訴人は,FOMAカード個体識別子により特定される情報を開示することが電気通信事業法により禁止されているというが,法による発信者情報開示が認められる場合,電気通信事業法への抵触は何ら問題とならないというべきである。

(被控訴人)

ア 法2条4号によって,「発信者」とは「特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該機録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し,又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されたものに限る。)に情報を入力した者」と定義されている。そして,法4条1項によって開示が認められるのは,「特定電気通信による情報の流通による権利侵害に係る発信者情報」である。

そもそも,発信者情報の開示が認められた「特定電気通信」は「不特定多数の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」であり,元来予定されているのはインターネットのウェブサイトを開設している者であって,被控訴人のようないわゆる経由プロバイダは含まれていない。インターネットのウェブサイト開設者に対して「発信者情報」の開示を請求する場合には,権利を侵害した情報を示せば特定されるが,経由プロバイダに「発信者情報」の開示を求める場合には,経由プロバイダは,自ら保有する接続記録の通信内容については知り得ず,権利を侵害した情報がどの通信によってされたのか判断できないので,インターネットのウェブサイト開設者から開示されたIPアドレス,受信先のURL及び時刻の3点によって通信が特定されないと,どの通信の発信者情報を開示すべきか判断できない。

控訴人らが開示を求めるFOMAカード個体識別子によって特定される情報は,発信元のIPアドレス,受信先のURL及び時刻の3点によって特定される,権利を侵害した情報の発信に係る通信についての情報ではなく,「発信者情報」に該当しないというべきである。控訴人らは,開示の対象となる通信の特定は必要ないと主張している。しかし,法4条1項の「開示関係役務提供者」は「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」であり,開示の対象となる「当該特定電気通信」,すなわち,特定電気通信による情報の流通によって権利侵害がされた場合における当該特定電気通信の用に供された「特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」であることが要件である。したがって,発信者情報開示請求権を行使するためには,義務者となり得る「特定電気通信役務提供者」の「特定電気通信設備」においていかなる「特定電気通信」がされたかが特定された上,そうした事実が証明されなければならないのである。

イ 電気通信事業法4条1項は「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は,侵してはならない。」と規定しており,通信内容はもちろん,電子掲示板やホームページにアップロードするための通信の日時,場所,通信当事者の氏名,住所・居所,電話番号などの当事者の識別符号,通信回数等それらの事項を知られることによって通信の意味内容が推知されるような事項も,その秘密の範囲に含まれている。

法4条1項の発信者情報開示請求は,特定電気通信による情報の流通による権利侵害の被害者を救済するために,通信の秘密の例外を認め,一定の厳格な要件の下に,電気通信事業者の守秘義務を解除するものである。そして,本件省令において,「発信者情報」とは,氏名又は名称,住所,電子メールアドレス,侵害情報に係るIPアドレス並びに侵害情報が送信された年月日及び時刻と規定されている。

本件においては,インターネットのウェブサイト管理者からFOMAカード個体識別子の情報が開示されているが,この情報は「発信者情報」に当たらないから,この情報の開示は,電気通信事業法に違反する違法行為である。法は,電子通信事業法に違反する違法行為によって得られた情報によって特定される情報に基づく発信者情報開示請求がされることを予定していないから,FOMAカード個体識別子により特定される情報は,「発信者情報」に該当しない。

控訴人らは,FOMAカード個体識別子が「IPアドレス」に当たるというが,「IPアドレス」とは,インターネットに接続された個々の電気通信設備を識別するために割り当てられる番号のことであり,現在使用されているIPv4においては,32ビットの数値(例 255.255.255.255)により表されるものである。FOMAカード個体識別子は,携帯電話番号に対応して存在する識別子ではあるが,携帯端末と被控訴人のサーバとの間の通信を成立させるために使用されておらず,上記の32ビットの数値のような機能を果たしていない。

ウ FOMAカード情報に係る契約者の個人情報は,いわゆる電話番号情報に該当するが,電話番号情報の外部提供に関し,当該通信を行ったFOMAカード情報に対応する加入者は誰かを開示することは,法によって認められない以上,電気通信事業法によって禁じられている。

(3)  本件各発言の投稿,掲示によって控訴人らの権利が侵害されたことが明らかであるか。

(控訴人ら)

本件各発言は,次のとおり,控訴人らの名誉を毀損し,また,プライバシー権を侵害するものであり,その事実摘示行為はいずれも違法である。

ア 控訴人会社

(ア) 原判決別紙アクセスログ目録(1)の1記載の発言について

原判決別紙1のNo.1に記載のとおり

(イ) 同目録(1)の2記載の発言について

同別紙1のNo.2に記載のとおり

(ウ) 同目録(1)の3記載の発言について

同別紙1のNo.3に記載のとおり

(エ) 同目録(1)の4記載の発言について

同別紙1のNo.4に記載のとおり

(オ) 同目録(1)の5記載の発言について

同別紙1のNo.5に記載のとおり

イ 控訴人X2

(ア) 同目録(2)の1記載の発言について

原判決別紙2のNo.1に記載のとおり

(イ) 同目録(2)の2及び3記載の各発言について

同別紙2のNo.2及びNo.3に記載のとおり

(ウ) 同目録(2)の4記載の発言について

同別紙2のNo.4に記載のとおり

ウ 控訴人X3

(ア) 同目録(3)の1記載の発言について

原判決別紙3のNo.1に記載のとおり

(イ) 同目録(3)の2記載の発言について

同別紙3のNo.2に記載のとおり

(ウ) 同目録(3)の3記載の発言について

同別紙3のNo.3に記載のとおり

(エ) 同目録(3)の4記載の発言について

同別紙3のNo.4に記載のとおり

エ 控訴人X4

(ア) 同目録(4)の1記載の発言について

原判決別紙4のNo.1に記載のとおり

(イ) 同目録(4)の2記載の発言について

同別紙4のNo.2に記載のとおり

(ウ) 同目録(4)の3記載の発言について

同別紙4のNo.3に記載のとおり

(エ) 同目録(4)の4記載の発言について

同別紙4のNo.4に記載のとおり

(オ) 同目録(4)の5記載の発言について

同別紙4のNo.5に記載のとおり

(カ) 同目録(4)の6記載の発言について

同別紙4のNo.6に記載のとおり

(キ) 同目録(4)の7記載の発言について

同別紙4のNo.7に記載のとおり

(ク) 同目録(4)の8記載の発言について

同別紙4のNo.8に記載のとおり

(被控訴人)

本件各発言の投稿,掲示によって,控訴人らの権利が侵害されたことは明らかとはいえない。

名誉毀損とは,人に対しその社会的評価を低下させる行為をいう。ある書き込みが名誉毀損に該当するかは,当該書き込みを見た一般人の通常の注意と読み方を基準として,これによって一般人が当該書き込みから受ける印象及び認識に従って判断するのが相当であり,この判断に当たっては,書き込みの趣旨,目的,当該部分の前後の文脈,見出し,体裁等も考慮した上,当該書き込みから一般人が受ける印象及び認識に従って判断するのが相当である。

本件各発言は,いずれも社会的評価を低下させるほどのものでない上,公共性,公益性や真実性が認められれば,名誉毀損とならないが,真実でないことの立証も十分でない。

(4)  控訴人らが被控訴人から発信者情報の開示を受けるについての正当事由があるか。

(控訴人ら)

次のような事情があるから,控訴人らの損害賠償請求権の行使のために被控訴人から発信者情報の開示を受けることが必要であり,また,控訴人らが被控訴人から発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。

ア 控訴人らは,本件発信者らの氏名・住所等が明らかになり次第,本件発信者らに対して損害賠償請求を行う予定である。

イ 控訴人らは,静岡地方裁判所浜松支部に対し,ウェブサイト「○○」管理者に対して本件各発言を投稿した者らの氏名・住所等,特定のために必要な情報の開示を求めて,同管理者から委託を受けたホスティング業者を相手方として仮処分命令の申立てをしたところ(同支部平成19年(ヨ)第8号),当該ホスティング業者は,ウェブサイト「○○」管理者の承諾を得た上で,投稿した者らのIPアドレス,タイムスタンプ等の情報を開示し,これにより,本件発信者らが被控訴人の管理するインターネット接続サービスのユーザーであることが判明した。

ウ そこで,控訴人らは,東京地方裁判所に対し,被控訴人を相手方として,原判決別紙発信者情報目録記載の情報の消去の禁止を求める仮処分命令申立て(同裁判所平成19年(ヨ)第1344号)を行ったが,当該情報は自動消去されていたので,同年5月31日,同裁判所から却下決定があった。

エ しかし,上記情報の通信記録は消去されてしまったものの,ウェブサイト「○○」管理者において本件各発言を投稿した者が使用した携帯端末のFOMAカード個体識別子をアクセスログとして記録しており,控訴人らは同管理人からこれらの情報の開示を得ている。

被控訴人は,このFOMAカード個体識別子から特定されるFOMAサービス契約の契約者情報を現在も保有し,個別識別子から「発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称及び住所」を特定することが可能である。

(被控訴人)

控訴人らが被控訴人から発信者情報の開示を受ける正当事由があることは争う。

控訴人らは,電子メールアドレスの開示も求めているが,仮に,氏名又は名称及び住所の開示を受けることができる場合には,それだけで損害賠償請求権の行使は可能であり,電子メールアドレスの開示を受けるべき正当な理由はない。そもそも,被控訴人が保有する電子メールアドレス情報は現時点のものであって,本件各発言が投稿,掲載された当時のそれは保有していない。

第3当裁判所の判断

1  被控訴人は法4条1項の「特定電気通信役務提供者」に当たるか(争点(1))について)

(1)  前提事実に加え,証拠(甲10)及び弁論の全趣旨によれば,本件各発言は,被控訴人が提供するインターネット接続サービスの用に供されている電気通信設備を経由して,本件掲示板に投稿され,掲示されたことが認められる(被控訴人は,同ウェブサイト管理人から控訴人らが開示を受けた情報が誤っている可能性を示さしているが,その主張は抽象的な可能性の指摘にとどまっているところ,控訴人らが開示を受けた情報〔甲10〕はその体裁に照らしても機械的に作成されたものと認められる一方,誤りが混入している特段の事情はうかがえないことにかんがみれば,以上のように認めることができる。)。

このように,本件各発言が本件掲示板に投稿,掲示されるについて本件各発言に係る電気通信は被控訴人が提供するインターネット接続サービスの用に供されている電気通信設備を経由しているところ,このようなインターネット接続サービスを提供した経由プロバイダである被控訴人が法4条1項の「特定電気通信役務提供者」に当たるか否かについて当事者間に争いがあるので,まずこの点を検討する。

(2)  法は,まず基本的な概念として「特定電気通信」を「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」の「送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)」と定義し(2条1号。なお,この場合の「電気通信」とは,有線,無線その他の電磁的方法により,符号,音響又は影像を送り,伝え,又は受けることをいう〔電気通信事業法2条1号〕。),これを前提として「特定電気通信設備」の概念を「特定電気通信の用に供される電気通信設備」と定め(法2条2号。なお,この場合の「電気通信設備」とは,電気通信を行うための機械,器具,線路その他の電気的設備をいう〔電気通信事業法2条2号〕。),さらに,その概念を前提として「特定電気通信役務提供者」の概念を「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し,その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」と定めている(法2条3号)。

そうすると,「特定電気通信役務提供者」とは,「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」の「送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)」の用に供される電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し,その他当該電気通信設備を他人の通信の用に供する者を指すことになる。

(3)  以上について,被控訴人は,①法2条1号にいう「送信」とは,電気通信事業法2条1号にいう「送り,伝え,又は受けること」のうちの送ること,すなわち,符号,音響又は影像を電気的信号に変換して送り出すことを指すことが明らかであり,そうすると,法2条1号の「特定電気通信」とは,その始点に位置する者において「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」を「送信」することであることが明らかである,②他方,「発信者」の定義規定である法2条4号は「特定電気通信設備」の設備自体に要求される性質についても定めたものであり,同号によれば,当該設備自体が不特定者の受信を直接可能とする設備であることが必要とされ,また,記録媒体等に対する情報の記録等と,その後の当該情報の送信が明確に区別されており,特定電気通信の始点に位置して送信を行う者が特定電気通信設備たる記録媒体等を用いる特定電気通信役務提供者であるということを当然の前提としている,③特定電気通信設備の記録媒体等に情報を記録等することは,当該特定電気通信設備を用いる電気通信役務提供者による特定電気通信とは別個の,当該情報の記録等を目的とする発信者から特定電気通信役務提供者に対する1対1の電気通信にすぎないなどとして,経由プロバイダは「特定電気通信役務提供者」に当たらないと主張している。

しかし,②について,法2条4号は「発信者」の定義を定めるものにすぎず,これが既に同条2号において定義済みの「特定電気通信設備」についてその設備自体に要求される性質を更に付加的に定めるものであると解することは不可能である。むしろ,同条4号の規定によれば,「特定電気通信設備」には,その記録媒体等に記録等された情報が送信される態様によって,これが不特定の者に送信されるものと,それ以外の2種類があることが明らかであるから(同号にあるように,特定の用語の後に括弧書を置いてその中で何々に限る旨が規定された場合,当該用語の概念を前提にその意味するところが当該何々の範囲に限定されることを示すものである。これは法制上の基本的なルールであり,被控訴人が主張するように,当該括弧書部分が当該用語の概念にそれが備えるべき性質を付加するものであるなどと解する余地はない。),法は「特定電気通信設備」でその記録媒体等に記録された情報等が特定の者に送信されるものの存在も予定しているということができ,そうすると,「特定電気通信役務提供者」から特定の者への1対1の通信が送信される場合もあり得ることが明らかである。

また,①について,法は,前示のとおり,「特定電気通信」を要するに「電気通信」の送信としているところ,「電気通信」とは「有線,無線その他の電磁的方法により,符号,音響又は影像を送り,伝え,又は受けること」であって,要するに電磁的方法により符号等を送り,伝え,受けるという一連の流れを意味するから,「電気通信」の送信とは,この一連の流れの送信を意味するものと解され(被控訴人の主張は,「電気通信」の定義から「伝え,又は受けること」を理由もなく除外し,単なる電磁的方法による符号等の送信に限定してしまうものであって,失当といわざるを得ない。),これは,インターネットにおける通信がネットワークで結ばれた多くのサーバ間においてあるサーバから他のサーバへと送信されることの繰り返しによって行われることを前提に,そこで行われる電気通信の送信を念頭に置いたものと考えることができる(以上のように解することは,法が随所において「特定電気通信による情報の流通」との文言を用いており,「特定電気通信」が「情報の流通」に応じて存在することを前提としていると解されることや,この「情報の流通」による権利の侵害は,当該情報が発信者から不特定の受信者まで達することによって生じるもので,その過程で行われる電気通信の送信のひとつでも欠けることになればこれが生じないことにも整合するものということができる。)。また,「特定電気通信」は「不特定の者によって受信されることを目的」とするものであるが,この場合の「受信」が当該送信を直接受領する場合に限られない(むしろ,この場合が除外されている)ことは,法2条1号の規定中に別途「直接受信」との文言があり,これによれば,同号の「受信」は直接するものであると否とを問わないことが明らかであることから明白である。そうすると,「特定電気通信」の定義から「特定電気通信」が,その始点に位置する者において「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」を「送信」することであることが明らかであるなどとは到底いえず,これがその始点に位置する者が電気通信を送る場合に限定されると解することはできない(そもそも,法が「特定電気通信」の意味を被控訴人の主張しているようにする趣旨であれば,明文の定義規定〔2条1号〕があり,また,そうすることに特段の支障があったとも考えられないから,この定義規定にその始点に位置する者の行う送信に限ることを明示する文言を置くはずではないかと思われるのに,これが見当たらないことだけをかんがみても,被控訴人の主張には無理があるというべきである。)。

さらに,①及び③について,被控訴人の主張するように,経由プロバイダを経由する電気通信は「特定電気通信」には当たらず,電子掲示板等のウェブサイトのサービスを提供する者の用いる電気通信設備(いわゆるコンテンツプロバイダの電気通信設備)の記録媒体等からの送信のみが「特定電気通信」であるとすると,当該電気通信設備を他者の用に供する者の提供するサービスのみを介して当該送信を不特定多数人が受ける場合もあり得ることと解されるところ(いわゆるコンテンツプロバイダがインターネットサービスプロバイダでもあり,回線事業者でもある場合など),法2条1号において「公衆によって直接受信されることを目的する電気通信の送信」が「特定電気通信」の概念から除外されていることに照らし,そのような場合の当該電気通信設備の記録媒体等からされる電気通信の送信は「特定電気通信」から除外されてしまう可能性がある(そのような場合,当該電気通信設備を他者の用に供する者から不特定多数人が直接受信する関係が生じるともいえるから,そうした関係を前提に不特定多数人に送信することは公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信に当たるとする余地がある。)。しかし,これが「特定電気通信」から除外されるとしたら,当該電気通信設備を他者の用に供する者(被控訴人が「特定電気通信」を行う者としている者)の事業範囲あるいは提供するサービスの内容いかんでその送信が「特定電気通信」に該当したりしなかったりするということになるが,この結果は到底合理的なものとは考えられない。逆に,被控訴人が主張するように解した上で上記のような場合でも「特定電気通信」から除外されない結論を導こうとすると,法2条1号における上記除外規定の解釈が難渋なものとなり,あるいはゆがんでしまうおそれが強いというべきである。

(4)  また,被控訴人は,仮に経由プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に含まれるとすれば,「特定電気通信役務提供者」が損害賠償責任を負う場合があり得ることを規定している法3条1項の適用を受けることになるが,そうなると,経由プロバイダは,電気通信事業法3条及び4条によって電気通信の内容を検閲することが許されず損害賠償を回避する方法を有しないのに,損害賠償責任を負う可能性を認めることになるから,上記解釈は経由プロバイダに余りにも酷であり,著しく不当であるなどと主張している。

しかし,民法709条によれば,特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されたときは,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者にそのことについての故意又は過失があれば,その損害を賠償する責任を負うことになるというべきところ,法3条1項は,こうした損害賠償責任を同項が定める範囲に制限したものであって(同項の規定が損害賠償責任の制限について定めたものであることは,法の題名や法1条の趣旨規定の内容,法3条の見出しからも明白というべきである。),同項の適用がないとしたからといって損害賠償責任を問われる余地が全くなくなるわけではない(法3条1項の適用がないとすれば,およそ責任を負わなくてよいことになるとする被控訴人の主張は誤解に基づくものといわざるを得ない。)。むしろ,電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されたときは,当該電気通信の用に供された電気通信設備を用いる者に故意又は過失があれば,その者が経由プロバイダであったとしても,それによる損害賠償責任を負担しなければならないのが本来の姿である(特定の発信者から同じ内容の権利を侵害する通信を繰り返し電子掲示板に投稿し,権利者からそのことについての警告を経由プロバイダが受けたといった被控訴人が例示するような場合において,経由プロバイダがそのままにしたようなときには,その結果権利を侵害された者に対して不法行為責任を負う可能性がある。)。この場合,電気通信事業法によって経由プロバイダが検閲を禁じられ,また,通信の秘密を保護すべきことが命じられていることは直ちには免責事由とはならないと解されるから,そうした責任を回避しようと思えば,経由プロバイダとしてはインターネット接続サービスの提供を取り止めるしかないことにもなりかねない(経由プロバイダがそのインターネット接続サービスを継続すると他者の権利の侵害の結果をもたらすことが明らかな場合において,そのサービス提供を継続してもその権利侵害の結果におよそ責任を負わなくてよいとする根拠はないから,サービス提供を取り止めない限り責任を免れないという事態は十分に考えられるところである。)。しかし,それでは,経由プロバイダのサービスを提供する者がなくなりかねず,経由プロバイダを介した電気通信を利用することができなくなるといった事態にも至りかねない。そこで,一定の合理的な範囲に責任を限定してそうした事態を予防する必要があるところ(この場合,別途,権利侵害を受けた者の保護を図る必要があるが,そのことはここでは直接関係しないから省略する。),そうした必要性があることは,経由プロバイダの場合といわゆるコンテンツプロバイダ等の場合との間で何ら変わるところはないと考えられる。そうすると,法3条1項の損害賠償責任の制限は,経由プロバイダにも適用されるとするのが合理的である。

(5)  さらに,被控訴人は,インターネットのウェブサイト管理者と異なり,経由プロバイダは,自ら接続記録を保有する通信の内容について知り得ず,権利を侵害した情報がどの通信によってされたか判断できないので,開示対象とすべき発信者情報の特定が極めて困難であり,当該通信が真に権利を侵害した情報の発信がされた通信であるか否かの確定はできないなどと主張している。

しかし,そもそも,法は,開示請求者の権利を侵害する情報の流通に係る電気通信の特定(確定)を発信者情報の開示の要件としておらず(被控訴人は,法4条1項の「開示関係役務提供者」は「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」であり,開示の対象となる「当該特定電気通信」,すなわち,特定電気通信による情報の流通によって権利侵害がされた場合における当該特定電気通信の用に供された「特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」であることが要件であるから,発信者情報開示請求権を行使するためには,義務者となり得る「特定電気通信役務提供者」の「特定電気通信設備」においていかなる「特定電気通信」がされたかが特定された上,そうした事実が証明されなければならないと主張しているが,被控訴人が指摘する同項の文言を前提としても,①特定電気通信による情報の流通によって請求者の権利が侵害されたことと,②請求の相手方となる特定電気通信役務提供者が用いる特定電気通信設備が当該特定電気通信の用に供されたことが要件となるとまでしか解すことはできず,そうとすると,請求者の権利を侵害した情報の流通に係る特定電気通信が当該特定電気通信設備をいつどのように経由したかまでが特定されなくても,請求の相手方となる特定電気通信役務提供者が用いる特定電気通信設備が当該特定電気通信の用に供されたことまでが明らかとなれば十分であるというのがその論理的帰結というべきであって,被控訴人の主張を理解することは不可能である。),「特定電気通信役務提供者」が特定電気通信設備を他人の通信の用に供することにより得られた情報のみによって電気通信を特定し,これによる情報の流通によって開示請求者の権利が侵害されたことを確認あるいは確定できなければ,発信者情報の開示が認められないわけではないから,被控訴人の上記主張は失当といわざるを得ない。

(6)  以上の検討によれば,「特定電気通信」は,その定義規定に定められた字義のとおり,不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信というべきであって(よって,不特定の者によって受信されることによって完結する電気通信〔公衆によって直接受信されることを目的とするものを除く。〕は,これが不特定の者によって受信されることを目的とするものといえ,最初に発せられてから最終的に受信されるまでの過程におけるそのすべての送信が「特定電気通信」に当たることになる。このように解すれば,法2条1号が「公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信」を「特定電気通信」から除外していることに関する上記のような疑義は,当該特定電気通信が発せられた経過に照らせば公衆によって直接受信されることを目的とするものでないことが明確となって,解消されることになる。),ウェブサイト等のサービスのための電気通信設備の記録媒体等に情報を記録等するために「発信者」がする電気通信の送信も,これが電気通信の送信といえる以上,「特定電気通信」に含まれるものと解される(法2条4号は「発信者」の定義を定めた規定であり,その定義をする上での必要があるために情報の「記録」〔又は「入力」〕との文言を用いただけで,これを「送信」と対置したり,「送信」から除外したりする趣旨ではないと解することができ,また,そのように解して特段の不合理も生じない。)。

そうすると,経由プロバイダがそのサービスの用に供する電気通信設備は,「発信者」からその不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信を受け,更にこれを送信するものである(この送信が「特定電気通信」に当たる。)から,これが「特定電気通信」の用に供される電気通信設備(「特定電気通信設備」)に当たることは明らかであり,また,経由プロバイダは,これを用いて他人の通信を媒介し,その他これを他人の通信の用に供する者であることも明らかであるから,結局のところ,「特定電気通信役務提供者」に当たるというべきである(こう解すれば,法2条4号の規定上「特定電気通信役務提供者」から特定の者への1対1の通信が送信される場合もあり得ることが明らかであることに整合する上,法3条1項による損害賠償責任の制限が経由プロバイダにも及ぶこととなって,合理的な結果となる。なお,以上は,法の文書の忠実な解釈によるものであって,被控訴人の主張するような安易な拡張解釈でないことはこれまでに説示したところから明らかである。)。なお,上記説示は経由プロバイダが受信した電気通信を中継する場面を前提としたものであるが,以上から明らかなように,被控訴人のFOMAサービスのようにインターネットに接続可能な携帯端末(これが電気通信設備に当たることは明らかである。)をもって他者の通信の用に供する者は,当該携帯端末から「発信者」によって発せられる不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(これが「特定電気通信」に当たることは以上から明らかである。)との関係でも,「特定電気通信役務提供者」に当たることになる。

2  控訴人らが開示を求める情報は法4条1項の「発信者情報」に当たるか(争点(2))について

(1)  前提事実によれば,本件各発言に関しウェブサイト「○○」管理人から控訴人らが開示を受けたFOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカードに係るFOMAカード情報によって,当該FOMAカードに係る契約者の氏名又は名称,住所及び電子メールアドレスを特定することができるところ,控訴人らは,このようにして特定される当該FOMAカードに係る契約者の氏名又は名称,住所及び電子メールアドレスが法4条1項の「発信者情報」に当たると主張しており,被控訴人はこれを争っているから,次にこの点について検討する。

(2)  この点,被控訴人は,開示の対象となる権利を侵害した情報の流通に係る特定電気通信は請求の相手方となる特定電気通信役務提供者の特定電気通信設備を経由する際のものとして特定される必要があるところ,控訴人らが開示を請求する情報は権利を侵害した情報の流通に係る特定電気通信を特定するものではないから「発信者情報」に該当しないと主張している。

しかし,被控訴人の主張している当該特定電気通信の特定が必要とされていないことは既に説示したとおりであり,被控訴人がその主張の前提とするところは認められないから,結局のところ,被控訴人の上記主張は失当であるというほかはない。

(3)  また,被控訴人は,控訴人らがウェブサイト「○○」管理者から開示を受けたFOMAカード個体識別子の情報は,本来,法が開示を認めた「発信者情報」に当たらず,この情報は電気通信事業法4条1項に反する違法行為によったものであるところ,法は,違法行為によって得られた情報によって特定される情報に基づく発信者情報開示請求を予定していないなどと主張している。

しかし,証拠(乙5)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人のFOMAサービスにおけるネットワークにおいては,携帯電話番号で個々のFOMAカードが識別され,当該FOMAカードが装着されたFOMA端末と被控訴人のサーバ間との通信が成立しているものの,別途,FOMAカード個体識別子は携帯電話番号に対応して存在しており,これによりFOMAカードを介してFOMA端末を識別できることが認められる。そして,本件省令によれば,開示請求の対象となる「発信者情報」として,侵害情報に係るIPアドレスが挙げられ,この場合の「IPアドレス」とは,インターネットに接続された個々の電気通信設備を識別するために割り当てられる番号をいうところ,以上によれば,FOMAカードが装着されたFOMA端末は被控訴人のネットワークを通じてインターネットに接続された個々の電気通信設備(電子通信事業法2条2号によれば,電気通信を行うための機械,器具,線路その他の電気的設備をいう。)に当たることが明らかであるから,FOMAカード個体識別子は,このFOMA端末を「識別するために割り当てられる番号」に該当するということが可能である(被控訴人は,本件省令のいう「IPアドレス」は,現在使用されているIPv4において,32ビットの数値〔例 255.255.255.255〕により表されるものであって,特定の通信が成立する上で使用されるものでなくてはならない旨主張しているが,本件省令上,「IPアドレス」をそうした32ビットの数値に限定すべき根拠は見当たらず,この場合の「識別」をインターネットへの接続上のことに限定して解さなければならない理由もない。被控訴人の主張するような数値とFOMA個体識別子とを比較して,前者が開示の対象とされる一方,後者がその対象から除外されるとすべき合理的な理由は見出し難いところ,法を所管する総務省による法の逐条解説〔乙3〕には,急速な技術の進歩やサービスの多様化により開示関係役務提供者が保有すべきであって開示請求をする者の損害賠償請求等に有用で開示の対象とすることが相当なものが出てくると考えられるが,それらを法制定の時点で法の中に書き尽くすことが不可能であるとして,総務省令において「発信者情報」の範囲を画することとした旨の説明があり,また,法制定後相当程度の時間が経過してその間に被控訴人によるFOMAサービスも相当程度普及したものと考えられるのに,本件省令の定めが改正されていない趣旨は,FOMAカード個体識別子を「IPアドレス」の定義に含んで解することが可能であって改正の必要をみないからであると解するのが合理的である。)。

以上によれば,ウェブサイト「○○」管理者がFOMAカード個体識別子の情報を開示したことが違法であるとはにわかに認められず,そうすると,被控訴人の上記主張は結局のところ理由がないといわざるを得ない。

(4)  法4条1項によれば,「発信者情報」とは,請求者の権利を侵害する情報の流通に係る特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る当該権利を侵害したとする情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいうとされ,また,本件省令によれば,この「情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるもの」には,発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称,発信者その他侵害情報の送信に係る者の住所,発信者の電子メールアドレスなどが掲げられている。

そして,本件各発言は,被控訴人が提供するインターネット接続サービスの用に供されている電気通信設備を経由して,本件掲示板に投稿され,掲示されたことは既に説示したところ,このことに加えて前提事実及び弁論の全趣旨によれば,原判決別紙アクセスログ目録(1)ないし(4)に記載された本件各発言は,それぞれの発言に対応する同目録(1)ないし(4)の表の「icc」欄記載のFOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカードの装着されたFOMA端末から送信されたものであり,それらのFOMAカード個体識別子によって,当該FOMAカードに係るFOMAサービス契約の相手方の氏名又は名称,住所及び電子メールアドレスを特定することができ,また,被控訴人は,本件各発言が投稿された時点におけるそれらの情報を保有していることが認められる。

以上によれば,被控訴人は,本件各発言の情報の流通に係る特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に該当し,また,上記のFOMAカードに係るFOMAサービス契約の相手方の氏名又は名称及び住所(いずれも本件各発言が投稿された時点のもの)は,本件各発言の投稿,掲示によって控訴人らの権利が侵害されたとすれば,当該特定電気通信役務提供者たる被控訴人が保有する当該権利の侵害に係る当該権利を侵害したとする情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものに該当するということができる(既に説示した特定電気通信による情報の流通の特質にかんがみれば,特定電気通信役務提供者が保有することになる情報は,侵害情報の発信者を直接特定するもののほか,当該発信者が使用した電気通信設備等侵害情報を発する上で不可欠な構成要素を特定するものや,当該発信者が送信した電気通信を中継して更に送信した電気通信設備あるいはこれを用いる者を特定するものなどである場合が多いと考えられるところ〔本件省令が「発信者情報」として定める「IPアドレス」はこの種の情報の典型例といえる。〕,余り情報がないのが一般的と思われる中で,発信者を直接特定するに足りなくても,発信者が使用した電気通信設備等侵害情報を発する上で不可欠な構成要素や,発信者から発せられた電気通信を中継した電気通信設備,これを用いる者などを特定できる情報であれば,発信者の特定に極めて有用である。このことにかんがみ,本件省令は,「発信者情報」としての特定の者の氏名又は名称あるいは住所を定めるのに当たり,侵害情報の発信者に限定せず,「侵害情報の送信に係る者」の氏名等として規定して,「侵害情報の送信」に一定の客観的なかかわりを有する者の情報を開示の対象としたものと解すことができる。この観点から,発信者による侵害情報の送信に使用されたFOMAカードに係る送信当時のFOMAサービス契約の相手方は,その契約に係るFOMAカードが侵害情報の発信をする上で不可欠な構成要素であり,その者自身が発信者である蓋然性も高いと考えられることからすれば,「侵害情報の送信」について明らかに客観的なかかわりを有する者といえ,「侵害情報の送信に係る者」に当たると解することができる。とすると,その氏名等は開示の対象となるというべきである。)。よって,控訴人らが開示を求めている本件各発言が投稿された時点におけるFOMAサービス契約の契約者の住所及びその氏名又は名称は,法4条1項の「発信者情報」に当たるというべきである。

しかし,以上に認定した事実のみでは,上記のFOMAカードに係るFOMAサービス契約の相手方が本件各発言の発信者であるとまでは認められず(認められるのは,既に説示したとおり,当該FOMAカードが装着されたFOMA端末を使用して,本件各発言が投稿されたことまでである。),他にこのことを認めるに足りる証拠はないから,当該契約の相手方の電子メールアドレスは「発信者の電子メールアドレス」ということができず,そうすると「発信者情報」には該当しないというべきである。

3  本件各発言の投稿,掲示によって控訴人らの権利が侵害されたことが明らかであるか(争点(3))について

(1)  控訴人らは,本件各発言の投稿,掲示によってその権利が侵害されたことが明らかであると主張しているので,以下,本件各発言について順次検討する。

ア 控訴人会社

(ア) 原判決別紙アクセスログ目録(1)の1記載の発言について

控訴人らは,当該発言が雇用主である控訴人会社が従業員に対して不当な服従を求めている旨の事実を摘示していると主張しているが,本件掲示板の当該発言をその前後の発言と通して一般人の普通の注意と読み方で読んでも(以下,本件各発言を読解するについてはこの基準による。),当該発言は必ずしも要領を得ないものといわざるを得ず,これによって特定の事実が摘示されたと解することができない。当該発言によって控訴人会社の社会的評価が低下したと認めることは困難であり,これによってその権利が侵害されたことは明らかとはいえない。

(イ) 同目録(1)の2記載の発言について

証拠(甲4)によれば,当該発言は,本件掲示板の「→→→a←←←」とのスレッドに投稿,掲示されたところ,このスレッドに掲示された発言を通して読めば,この「a」が控訴人会社を指すことは明らかであって,そうすると,当該発言は,控訴人会社について,陰険な者が多く,みな独善的な考え方の持ち主ばかりであること,社内でいじめが激しく,そのため若い従業員が入ってもすぐに嫌気がさして出社しなくなることを事実摘示していることが認められ,この事実摘示は,控訴人会社の労働環境が劣悪であることを指し示しており,その社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

また,発言者がほとんど匿名であることからうかがわれる本件掲示板の性格や前示のスレッド名,このスレッドに掲示された発言全体を通じて伏せ字が多様されていることなどの発言の表現方法に照らしても,このスレッドに掲示された発言が専ら公益を図る目的に出たものでないことが認められ,当該発言についても同様である(発信者情報開示請求権の要件の一つである「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」の規定〔法4条1項1号〕との関係で,侵害情報が名誉権を毀損することが明らかであるためには,請求者が当該情報により社会的評価が低下させられることのほかに違法阻却事由としてのいわゆる真実性の抗弁や相当性の抗弁に相当する事実のいかなる範囲の,かついかなる事実を立証対象とすべきかについてはともかくとして,本件では後にこの関係において説示する場合を含め,いずれにおいても結論として専ら公益を図る目的に出でたものでないことが認められ,また,公共の利害に関する事実に係るものでないことが認められるので,いずれにしても上記要件に当たることはいうまでもない。)。

以上によれば,当該発言によって控訴人会社の名誉権が侵害されたことは明らかである。

(ウ) 同目録(1)の3記載の発言について

上記認定事実に加え,証拠(甲4)によれば,当該発言は,本件掲示板の控訴人会社についての発言が掲示される「→→→a←←←」とのスレッドに投稿,掲示されたところ,その直前の発言と併せて読めば,控訴人会社が脱税をしており,国税当局に通知をすれば会社の業務ができないくらいの調査を受け,また,追徴課税を受けることになるとの事実を摘示していると解すことができ,これが控訴人会社の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

また,このスレッドに掲示された発言が専ら公益を図る目的に出たものでないことが認められることは既に説示したとおりであり,当該発言についても同様である。

以上によれば,当該発言によって控訴人会社の名誉権が侵害されたことは明らかである。

(エ) 同目録(1)の4記載の発言について

控訴人らは,当該発言が控訴人会社についての事実を摘示するものであると主張しているが,当該発言の直前の発言(甲第4号証の171項)は職長に関する発言であることに照らせば,当該発言が控訴人会社についてのものであるとは認められないから,控訴人らの主張は失当である。

(オ) 同目録(1)の5記載の発言について

上記認定事実に加え,証拠(甲4)によれば,当該発言は,本件掲示板の控訴人会社についての発言が掲示される「→→→a←←←」とのスレッドに投稿,掲示されたところ,その直後の発言と併せてこれを読めば,控訴人会社に1日について8時間を大幅に超える昼夜勤務の実態があるとの事実を摘示するものであることが明らかであり,これが控訴人会社が労働基準法に違反しているとの印象を読み手に与えるものであることにかんがみれば,控訴人会社の社会的評価を低下させるものであることが明らかである。

また,このスレッドに掲示された発言が専ら公益を図る目的に出たものでないことが認められることは既に説示したとおりであり,当該発言についても同様である。

以上によれば,当該発言によって控訴人会社の名誉権が侵害されたことは明らかである。

イ 控訴人X2

(ア) 同目録(2)の1記載の発言について

前提事実に加え,証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば,当該発言は,本件掲示板の控訴人会社についての発言が掲示される「→→→a←←←」とのスレッドに投稿,掲示されたところ,控訴人会社の社長である控訴人X2がその妻以外の女性との情交関係に熱中しているとの事実摘示をするものであることが認められ,これが控訴人X2の社会的評価を低下させることは多言を要しない。

また,このスレッドに掲示された発言が専ら公益を図る目的に出たものでないことが認められることは既に説示したとおりであり,当該発言についても同様である。

以上によれば,当該発言によって控訴人X2の名誉権が侵害されたことは明らかである。

(イ) 同目録(2)の2及び3記載の各発言について

前提事実に加え,証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば,当該発言は,本件掲示板の控訴人会社についての発言が掲示される「→→→a←←←」とのスレッドに投稿,掲示されたところ,いずれの発言も控訴人会社の社長である控訴人X2が暴力ばかり振るう男であり,あるいは,何でも暴力で解決する男であるとの事実を摘示するものであることが認められ,これが控訴人X2の社会的評価を低下させることは多言を要しない。

また,このスレッドに掲示された発言が専ら公益を図る目的に出たものでないことが認められることは既に説示したとおりであり,これらの発言についても同様である。

以上によれば,これらの発言によって控訴人X2の名誉権が侵害されたことは明らかである。

(ウ) 同目録(2)の4記載の発言について

控訴人らは,当該発言は控訴人X2のくせをやゆするもので,人格権侵害に当たると主張しているが,本件全証拠をもってもこれが同人のくせをやゆするものだとは必ずしも認められない。控訴人らの主張は理由がない。

ウ 控訴人X3

(ア) 同目録(3)の1記載の発言について

前提事実に加え,証拠(甲3,7~9)及び弁論の全趣旨によれば,当該発言は,本件掲示板の「X1」とのスレッドに投稿,掲示されたものであり,控訴人会社の社長夫人である控訴人X3が控訴人会社従業員の控訴人X4と性交をしたとの事実を摘示するものであることが認められるところ,夫を持つ控訴人X3が夫とは別人と性交をしたとの事実摘示が控訴人X3の社会的評価を低下させることは明らかである。

また,こうした私事にわたる事実摘示が公共の利害に関する事実に係るものでないことは多言を要しないから,当該発言によって控訴人X3の名誉権が侵害されたことは明らかである。

(イ) 同目録(3)の2記載の発言について

控訴人らは,当該発言が控訴人X3が不貞行為を行っている事実を摘示したものであり,また,そのプライバシー権を侵害するものでもあると主張している。しかし,当該発言は,直前の発言(甲第4号証の95項)を受けて,その発言の事実が真実であるかを確認する趣旨以上に何か特定の事実を摘示するものとも,何か具体的な意味を表すものとも認められないから,控訴人らの主張は失当である。

(ウ) 同目録(3)の3及び4記載の各発言について

控訴人らは,これらの発言が控訴人X3が不貞行為を行っている事実を摘示したものであり,また,そのプライバシー権を侵害するものでもあると主張している。しかし,これらの発言が掲示されたのは本件掲示板の「<A>社内のむかつく奴は誰だ?暴露しろ!!」とのスレッドであることは既に説示したとおりであるところ,本件掲示板のこのスレッドに掲示されたこれらの発言を読んだ一般人がこれらの発言を控訴人X3に関するものであると読み取るとまで認めることはできない(当該スレッドの発言が記載された甲第6号証を通しても,「社長の奥さん」との記載はあるものの,「A」とある以上にどの会社の社長の奥さんを指し示すものであるかについては全く判然としない〔それが控訴人会社であると特定できるほどのものではない。〕から,一般人がこれを控訴人X3のことであると解するとは認められない。)。

よって,これらの発言によって控訴人X3の権利が侵害されたことが明らかとはいえない。

エ 控訴人X4

(ア) 同目録(4)の1記載の発言について

前提事実に加え,証拠(甲3,7~9)及び弁論の全趣旨によれば,当該発言は,本件掲示板の「X1」とのスレッドに投稿,掲示されたものであり,控訴人会社の従業員である控訴人X4が控訴人会社の発電機やトラックから燃料を盗んだり,ガソリンスタンドの店員と共謀して会社名義で個人の用途のためにガソリンを入れたり,オイル交換をしたりしているとの事実を摘示するものであると認められる。そうすると,当該発言は控訴人X4について犯罪行為を指摘するものであるから,その社会的評価を低下させるものであることが明らかである。

また,当該発言には「僕もマネしたい」などとの部分もあり,やゆする趣旨であることが認められるところ,これによれば,これが専ら公共の利益を図る目的に出たものでないことが認められる。

以上によれば,当該発言によって控訴人X4の名誉権が侵害されたことが明らかである。

(イ) 同目録(4)の2記載の発言について

控訴人らは,当該発言が控訴人X4が不倫をしている事実を摘示するものであり,また,そのプライバシー権も侵害していると主張している。しかし,当該発言は,せいぜい控訴人X4が「Bのおかん」と密かに結ばれているとの事実を摘示するまでであるところ,「Bのおかん」が何を指し示すのかも判然とせず,また,控訴人X4の境遇も明らかとはされていない中で,この事実摘示から一般人が控訴人X4が不倫をしているとの意味まで読み取るとは解すことができない。また,控訴人らの主張によっても,そうした事実がないというのだから,この発言が控訴人X4のプライバシー権を侵害したことが明らかであると認めることは困難である。

よって,控訴人らの主張は失当である。

(ウ) 同目録(4)の3記載の発言について

控訴人らは,当該発言は控訴人X4が控訴人会社を辞めたら働き場所のない無能な人間であること,暴力団と関係があることを摘示するものであり,また,控訴人X4を侮辱して名誉感情を侵害するものであると主張している。

しかし,辞めたら再就職先があるのかを問うことは,そこに否定的なニュアンスがあったとしても,直ちに無能な人間であることを摘示するものとも解すことはできないし,その余の発言部分をもって控訴人X4が暴力団と関係がある事実を摘示するものとまで認めることは困難である。また,これらにかんがみれば,この発言が控訴人X4を侮辱するものだということもできない(当該発言の前には,「X4さんて かたぎじゃないんでしょ?」,「堅気だよ。」との発言が掲示されており〔甲第3号証の25項及び26項〕,これらを踏まえて当該発言を読めば,〔反社会的な団体の構成員のように見られるが実際にはそうでないとされているところ,その控訴人X4が〕いよいよ反社会的な団体に加わることになるのかを問う意味と解することができるが,それ以上に,反社会的な団体に加わるしかない人物であるとか,反社会的な団体に加わるのがふさわしい人物であるとかいった意見表明があるとまで認めることはできず,そうすると,当該発言によって控訴人X4の人格的な権利が侵害されたことが明らかであるとはいえない。)。

よって,控訴人らの主張は失当である。

(エ) 同目録(4)の4記載の発言について

当該発言が,控訴人会社従業員の控訴人X4が控訴人会社の社長夫人である控訴人X3と性交をしたとの事実を摘示するものであることは既に説示したとおりであり,この事実摘示が控訴人X4の不倫行為を意味しその社会的評価を低下させるものであり,かつ,公共の利害に関する事実に係るものではないことも,既に説示したところから明らかである。

よって,当該発言により控訴人X4の名誉権が侵害されたことは明らかである。

(オ) 同目録(4)の5記載の発言について

控訴人らは,当該発言が控訴人X4が控訴人会社の中で最も性格が悪い人物であることを摘示し,読み手に控訴人X4が嫌われ者であるとの印象を与えて,その社会的評価を低下させるものであり,また,控訴人X4を侮辱し,その人格権を侵害するものであると主張している。

しかし,当該発言は,その表示中に上向きの矢印(「↑」)があり,また,末尾にクエスチョンマークが付されていることに照らすと,直前の発言(甲第4号証の89項)の内容について問うものであると認められ,そうすると,これが控訴人会社の中で控訴人X4が最も性格が悪い人物であるとの事実摘示をするものとまで認めることは困難であるし,これによって同人が侮辱されてその人格権が侵害されたことが明らかであるとまでいうことはできない。

控訴人らの主張は失当である。

(カ) 同目録(4)の6記載の発言について

控訴人らは,当該発言が控訴人X4が嘘つきであるとの事実を摘示し,同人が信用できない人物であるとの印象を与えるものであり,また,控訴人X4を侮辱してその人格権を侵害するものであると主張している。

しかし,当該発言は「C」に関するものであるところ,これが控訴人X4を指すものであると解することはできないから(証拠〔甲4〕によれば,別途,「D」なる人物についての発言〔106項〕もされていることが認められるところ,その発言の前後を通じてみてもこれが控訴人X4のことを示すとは解せないことに照らしても,当該発言が控訴人X4に関するものであるということはできない。),控訴人らの主張は失当であるといわざるを得ない。

(キ) 同目録(4)の7及び8記載の各発言について

控訴人らは,これらの発言が控訴人X4が控訴人X3と不貞関係にある事実を摘示したものであると主張している。

しかし,既に控訴人X3について説示したところから明らかなとおり,これらの発言を読んだ一般人がこれらの発言を控訴人X4に関するものであるとの意味を読み取るとまで認めることはできない。

よって,これらの発言によって控訴人X4の権利が侵害されたことが明らかとはいえない。

4  控訴人らが被控訴人から発信者情報の開示を受けるについての正当事由があるか(争点(4))について

以上に説示したとおり,控訴人会社が原判決別紙アクセスログ目録(1)の2,3及び5記載の,控訴人X2が同目録(2)の1ないし3記載の,控訴人X3が同目録(3)の1記載の,控訴人X4が同目録(4)の1及び4記載の各発言によって権利侵害を受けたことが明らかであるところ,前提事実に加え,証拠(甲7~9,11)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人らは,この権利侵害について弁護士である代理人を介して損害賠償請求をする方針であるが,上記の各発言を本件掲示板に投稿,掲示してこの権利侵害をした者が明らかとなっておらず,他にこれを明らかにする現実的な方法もないため,損害賠償請求権を行使するには,上記の各発言について,控訴人らが開示を求めている「発信者情報」に当たる当該発言を投稿するのに使用されたFOMAカードに係るその時点におけるFOMAサービス契約の相手方の住所及び氏名又は名称の開示を被控訴人から受け,当該相手方から必要な情報を得て権利侵害を行った者を明らかにすることが必要であることが認められる。

よって,上記の各発言について,当該発信者情報が控訴人らの損害賠償請求権の行使のために必要であるといえるから,控訴人らが被控訴人から当該発信者情報の開示を受けるについての正当事由があることが明らかである。

5  まとめ

以上の次第で,控訴人らの本訴請求は,被控訴人に対し,控訴人会社が原判決別紙アクセスログ目録(1)の2,3及び5記載の,控訴人X2が同目録(2)の1ないし3記載の,控訴人X3が同目録(3)の1記載の,控訴人X4が同目録(4)の1及び4記載の各発言について,当該発言に対応する当該目録の表の「icc」欄記載のFOMAカード個体識別子によって特定されるFOMAカードに係るFOMAサービス契約の当該表の当該発言に対応する「投稿日」及び「時間」欄記載の日時における契約の相手方の住所及び氏名又は名称の開示を求める範囲でいずれも理由があり,その余はいずれも理由がない。

第4結論

よって,本訴請求は上記の範囲でこれをいずれも認容し,その余はいずれも棄却するべきところ,これと異なる原判決は不当であるから,その範囲で原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。

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